昨日の続きになるが、義務教育における音楽は、楽しく歌うことと鑑賞が中心でペーパーテストでは、その背景となっている知識を試す内容となっていたように思う。ペーパーテストでは95点以下という点数を見たことが無く、100点だった記憶が多い。
今の音楽教育がどのような内容かは知らないが、音楽も含め美術や書道など芸術系の科目において科学とは無関係な内容だったと思う。これはこれで科学にとらわれていないので素晴らしい内容だったと評価しているが、それが鑑賞と楽しく歌うことが中心で楽譜を読める程度のわずかな音楽理論という教材でよいのかというと少し音楽を軽視しているように思う。
教育指導要領を確認せずに勝手なことを書いているが、通知表で5を採っていたにもかかわらず、学習した内容を思い出すと、算数や数学に比較してその薄っぺらさに不満が出てくる。高校生の時に深夜放送を聞き、フォークソングブームの中でサイモンとガーファンクルにあこがれた。
岡林信康や高田渡はどこか暗く、深夜放送で聞いているとこちらが落ち込んでくる。泉谷しげるは、小学校の時の自分の歌を思い出す。日本のフォークシンガーと呼ばれる歌手は個性的ではあったが、どこか好きになれなかった。
山崎ハコが登場した時に、この歌を好んで聞く人は、幸せな人よりも不幸な人が多いのだろうと感じた。あまりにも暗い。その暗さは岡林信康の歌と異なる方向の暗黒だった。
鑑賞が主体の音楽教育では、この程度の感想で終わる。当時の日本のフォークソングがアメリカのフォークソングから強い影響を受けていたことなど音楽評論雑誌を読まなければ気がつくことはない。
単なる好き嫌いの判断になってしまうのは、音楽を解析的に学ぶ姿勢に欠けるからだろう。面白いのは、化学系の学部で受講した高分子の授業である。高分子の一次構造の解析の話は出てくるが、その次は高次構造で詳しくその説明はなく、これでおしまいである。この問題は、後日触れる。
大学院で高分子ではなくセラミックスの講座に進学した理由でもある。ブラベイ格子やガラス相の問題など無機材料科学には、興味を描きたてるテーマを扱った副教材が多かった。キンガリーの教科書でも初めの書き出しは論理的でわかりやすかった。
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音楽を小学校から学んできたが、大学へ進学した時にその意味が何だったのか疑問を感じた。音楽の才能など子どものころから無いと諦めていた。中学へ進学する前に変声期となり、一時うまく声を出すことができない時があった。
原因は担任の教師から音楽の時間に歌を歌うなと言われたことがきっかけである。国語の時間に音読も困難になりかけた。人生で一番苦しかった時である。もがけばもがくほどうまく声が出せなくなる。
母親が異変に気がついて、母の知人に音大の先生がいるというので、そこでボイストレーニングを受けたところ何とか声が出るようになり、歌も歌えるようになった。
小学校の音楽の時間は散々だったが、中学高校では、普通に楽しく学ぶことができ、中学では5段階評価の5を3年間頂いた。小学校の時の教師の指導と当方とがうまくかみ合わず精神的な原因で声が出なくなっただけかもしれないが、母親の機転が無ければ音楽そのものも嫌いになっていたかもしれない。
ただ、家庭には早くから蓄音機やステレオがあったので音楽を聴く環境は整っていた。だから思春期には思春期の、大人になれば大人の音楽を楽しんではきたが、大学生の時にジャズの教則本を手にして、音楽教育に疑問を持った。
この時にジャズを真剣に勉強しておけばよかった、とこの年になって反省している。ジャズの教則本の後に読んだ本が悪かった。数冊ジャズ評論を読み続け、ブルースにのめりこんだ。なぜブルースなのかは機会があれば説明したい。今改めてジャズの教則本を読み始め、音楽の世界の形式知の進歩がジャズから始まったように思えてきた。
少なくとも50年近く前の教則本と最近のジャズの教則本では、体系が異なっている。昔はスケールからアドリブを展開する体系だったが、今はコードが中心であり、コードの各役割を教則本では詳しく説明している。
教則本を読んでいて、その説明を理解できるとそれが音楽の世界で普遍性を持っているように思えてきた。あらためて子供のころの音楽教育を思い出し、義務教育の音楽の指導のいい加減さにあきれている。
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押出成形あるいはブロー成形にしか用いることができなかったPET樹脂を射出成形用に改質する方法はそれほど難しくない。動的粘度の温度分散をPCと同じように揃えてやるだけで良い。
ただし、そのようにして良好な射出成形体が得られる粘度曲線を示す樹脂に変性できたとしても、成形体の物性が問題となる。すなわち、靭性が低く割れやすかったり、結晶化せずゴムのようにふにゃふにゃな成形体しか得られないことがある。
この中間の靭性とそこそこの弾性を備えた射出成形体が得られるようなコンパウンドを設計するには高度な配合技術を要求される。
すでに特許出願されている技術は、皆それを公開しているので、アカデミアで研究用に射出成形する場合にはそちらを見れば容易となる。また、いくつかの特許が年金の支払いが無いために死んでおり、それを事業に活用することができる。
当方は山形大学の発明による剪断混練技術を活用した配合を参考にしたが、特許に従ってコンパウンドを製造してもその成形体は弾性率が低く、実用性が無かった。また成形条件を変更すると、弾性率を上げることができるが、靭性が下がる問題が発生した。
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そこで、タグチメソッドよりも迅速にできるデータ駆動の手法で配合設計を行い、新たな処方を見出した。その処方では、弾性率や靭性が目標を満たしただけでなく、難燃剤を添加しなくてもUL94ーV2に合格する難燃性コンパウンドができた。
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トヨタ社員40歳の自殺が二審で労災認定となった、というニュースが流れた。最近の自殺事件ではなく10年ほど前の事件だが、トヨタのような優良企業で自殺者というのが不釣り合いで、さらに労災かどうかで争われている。
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トヨタに限らず最近は業務上の自殺に関するニュースが多い。有名なところでは忖度で争われている財務省の事件も書類の改ざんで自殺である。
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当方がかつて勤務したゴム会社研究所は、現代の尺度でとらえるとパワハラセクハラなんでもありだったように思いだされる。当方は高純度SiCの半導体治工具事業を立ち上げたときに様々ないじめにあい、FDを壊されてそれが隠蔽化されるというのでさすがに命の危険を悟り転職している。
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FDの壊され方がすごかったが、そのような事件がおきるような職場でも12年間自殺者はいなかった。ただし、鬱を発症する人は他職場に比較して多い、といううわさがあった。また、鬱を発症すると職場異動になっていたので、それなりの労務管理がなされていたのだろう。
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また新入社員の3か月間、残業代が出ないことが分かっていても自ら過重労働を行い、樹脂補強ゴムの実用配合を開発したところ、職場異動となり、指導社員が美人の女性に代わった。そして定時に帰宅するように躾られた。
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今の尺度で考えれば、逆セクハラで、望んでもいないのに業務後に食事に誘われた。美人との食事だったので思い出として悪くはないが、当時は高分子の勉強に燃えていたので少々迷惑だった。指導社員も結婚されていたので当方のために時間を使い大変だったのだろうと当時の状況を思い出している。
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あまり望まなかった指導社員との定時後の食事以外に新入社員時代には責任を問われないので力いっぱい仕事をやれ、と研修で役員から檄を飛ばされていたが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの工場試作を成功させたときに始末書を書かされた出来事は、明らかにわけのわからないパワハラである。
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当方が命じられてすぐに始末書を書かないので、周囲は新入社員による上司いじめと揶揄した人もいるが、命じられた成果を出したのに始末書を書け、という論理が不明だった。また工場試作の調整や決定を新入社員ができるわけでもないのに、なぜ当方が始末書を書かなければいけなかったのか理解できなかった。
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世界初の試作は成功していたのだ。ただ大きな問題点は世の中に存在しなかった世界初の化合物を当方が合成して用いていたことである。ところがこれは最初の企画説明で大変難易度の高い「研究」であることを説明していた。当方が簡単に実験を次々と成功させて半年もかからず試作レベルの技術まで仕上げたことが問題だったようだ。
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これを大した技術ではないと甘く見たのは上司の責任である。正しくは最初の3か月間の指導社員が神様のような指導をされたので当方のスキルが当時の上司のレベルを超えていただけなのだ。
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散々書く書かないで課長である主任研究員ともめた後、燃焼時のエネルギーでガラスを生成して難燃化するホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画を添付する条件で理不尽な始末書を書いている。
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高度経済成長で誰もが元気だった。当方は上司に対してまともに対応したために、一晩で企画をまとめてこいと言われて独身寮で徹夜してホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画をまとめる様な事態になったが、上司のパワハラを馬耳東風とするつわものもいた。
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職場の環境がどれだけ悪くても命を粗末にするような選択だけはするな、と言いたい。八方ふさがりとなれば転職すればよいのである。出世された人が優れた人格者ばかりであれば、GDPがいつまでも上がらないような日本の状態とはならない。
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また、池袋の親子を事故死させても自分の責任としないエリートに最近判決が出たが、あのようなエリートが少ないのであれば、今の日本はもっと良くなっているはずだが、そうではないのだ。これは、人事評価を多面評価にしても改善される問題ではない。良くない社会の責任は、エリートの責任である、と言われたエリート意識の否定も一因かもしれない。エリートはエリートの自覚とその責任を社会に果たさなければいけない。エリートとは単なる高給を約束された立場ではないのだが、そうなっているからGDPが上がらないのである。
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かつて話題になったスーパーボランティアの方のような人を単なる話題ではなく、誰もが本当に称賛するような社会とならない限り、日本は変わらないのである。偽善で成り立っている社会を描いた映画エレファントマンに感動していてはだめである。真の愛ある社会なり組織としなければ、よくはならない。ゴム会社がグローバル化する前はどこかに愛があるような幻想があった。例えば始末書でもめているときに周囲には声援を送ってくれる同僚がいた。FD事件を明らかにしたときに、周囲は沈黙した。これが12年間の組織の変化である。当方は死を選ばず転職している。それもセラミックスの専門を捨てた転職である。一応ゴム会社には忖度したので円満退社だそうである。
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金属やセラミックス材料と比較して難しい高分子材料の物性に熱膨張がある。この熱膨張に関して実戦的なセミナーが今週金曜日に技術情報協会主催で開催されます。
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WEBセミナーであり、2人講師のため、当方の担当時間は2時間弱である。そのため参加者の希望により補講サービスの特典を弊社で計画している。明日の予定ではありますが、本日中に弊社へ申し込まれても講師割引の特典がございます。
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技術情報協会へ直接申し込まれても、その旨をお伝えしていただければ大丈夫です。セミナーの補講については初めての試みですが、セミナーでは説明しずらいという理由よりも、テーマが基礎的内容より品質問題まで含めた幅広い知識を要求されるためです。受講者が困っている問題についてセミナーの中で情報不足となることを懸念して計画しています。
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「リン、ホウ素及びケイ素化合物を用いた機能性材料のケミカルプロセシングとその評価」は、中部大学渡辺先生が提案してくださった論文のタイトルである。
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当初英語論文を寄せ集めまとめただけの学位論文下書きが有名国立大学の先生のご指導で出来上がっていたが、転職時のごたごたで一時学位をあきらめた。しかし、中部大学で改めて学位取得のチャンスができたので、新たに書き直すことになった。
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そのとき高純度SiCの研究論文はじめ英語で書かれた論文を日本語で書き直すように指導された。その理由は、コピペ防止である。当時から、論文は英語で書くことが推奨されていたので、大学4年の時のJACSへの投稿論文や修士論文を英語で書いていた。
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だから、学位論文を英文でまとめることに抵抗は無かったし、そのほうが簡単だったのだが、英文は英借文とよんでも良いような文章であり、中にはコピペと言われかねない文章もあった。
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ところが一度英語でまとめられたものを日本語に直す作業は簡単なようで難しい。原因は化合物名や専門用語の日本語にある。適当に日本語で訳すわけにはゆかず、翻訳のルールがある。さらに、学位論文の表題が変ったのだから大変である。
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特許のような適当な日本語では、学位論文を書けない。むしろ英語の方が簡単な理由は、専門分野には英語論文の方が多いからで、そこから英文や化合物名を引っ張てくれば、簡単にまとめられる。うっかりするとコピペになるので注意を要するが、日本語よりも英語でまとめる方が簡単だと内心思っている研究者は多いのではないか。
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日本語への書き直しや論文タイトルの変更など苦労して学位論文をまとめてよかったと思えるのは、このことがきっかけで、プロセシングの重要性に改めて気がついたことである。企業で材料の研究開発に携われば多くの人はそれに気がつくはずだが、その体系化までは考えない。
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学位論文をまとめるためには、一度それを体系化する必要があり、そのうえで自分のフィールドをまとめてゆく。安直に有名国立大学で学位を取らなくてよかった、と思えるのは、それが今飯の種になっていることである。
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ちなみに学位論文を100部印刷したが希望者が多く全部なくなった。それどころか、某出版社から出版の依頼が来たが、さすがに少し気恥ずかしく要約版の連載で承諾していただいた。
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「学位は足の裏についた米粒」(注)とよく例えられるが、当方の足の裏はいつもきれいにしていたので、その米粒を食べることができている。研究者が論文のゴーストライターのアルバイトをしていたのでは足の裏以外もけがれているだろう。
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(注)とるまで気になるが、とってみても食えない、という意味である。
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大学教授らによる「研究スキル売買」を行うサイトがあるそうだ。すなわち研究論文の執筆の見返りに料金を取る仕組みらしい。このようなことを考える大学教授が118名登録しているというニュース(毎日新聞デジタル版)に驚いた。
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当方がすべて企画し、実験装置も手作りにより論文としてまとめていた内容を勝手に自分の論文として執筆された先生がおられる。その先生には研究内容の説明をしたが、研究論文を書いてくれ、と依頼した覚えはない。
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ただ、学位内容を検討したいから研究内容を提出せよと言われたので提出したら、まだ未公開の内容について勝手に論文として出されたのである。
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ちなみにその先生には依頼していないので当方は料金を払っていないが、それ以外に他の先生から学位審査に関わるので奨学金を出してほしいと言われたりして、過去問題の束を下さったり論文を執筆するサービスなどあって楽に取得できたかもしれないけれど当方の思い描いた博士の学位審査の実体に幻滅し、その有名国立大学の学位審査を辞退している。
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研究論文数を稼ぐために自分が全然関わっていなかった他人の研究について、学位審査に託けて勝手に論文執筆する先生について憤りを感じていたが、論文の代理執筆で金をとる先生の出現に驚いている。
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しかし、これは論文執筆依頼者がいるという理由で、他人の研究を自分の研究のように勝手に論文執筆する先生よりは罪は軽いと思うが、やはりこれは法律に触れなくても犯罪行為に近いと思う。そもそも科学論文の執筆にゴーストライターは禁じ手である。
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科学や技術成果を発表するときにその内容は少なからず世界に影響を与える。何も世界に影響を与えないようなくず論文は、どんな三流紙でも受け付けないからである。
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出版不況の現代ではなおさらである。誰も読まないようなことが書かれた雑誌を有料で販売する出版社は無いだろう。ゆえに有料で販売されている雑誌の執筆者は常にその内容について責任を負う必要があるので、STAP細胞の時に捏造などが問題にされたのだ。
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当方の論文を勝手に書いた先生は、大変いい研究内容だから、と褒めてくれたが、大変いい研究ゆえにその先生は自分の名前をちゃっかりトップに書いておられる。
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確かに高純度SiCの新規合成法の研究は、当方が言うには少し恥ずかしいが、日本化学会化学技術賞はじめ多くの受賞をゴム会社が受けているので素晴らしい成果だと世間に認められた。電気粘性流体よりも受賞した数は多い。ゆえに自分の研究にしたかった先生の欲も理解できるが、研究者としてやってはいけない行為だ。
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他人の研究を勝手に論文にしたり、ゴーストライター、さらにはSTAP細胞における学位審査のごたごたなど、このようなことが公然と行われるようになった科学の時代について疑問を持ってほしい。当方も研究スキルを販売しているが、当方はゴーストライターのようなことを請け負っていない。(ゴーストライターは名前を出さないが、自分が関わっていない研究を勝手に自分の名前をトップに論文として執筆するのは、犯罪と同じであることを警告しておく)
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サントリーホールディングズ社長が提案されている45歳定年制は、そのうちに実現されるに違いない。9月9日に開催された経済同友会夏季セミナーの話題がニュースとして報じられており、それを読んで感じた。
ニュースでは、雇用市場やポストコロナ禍の経営が論じられたとあり、キーワードは、「45歳定年制」と「アジャイル社会」だそうである。発想が陳腐である。
今日本社会を建て直すために重要となってくるのは、競争社会における脱落者の受け皿であり、再教育の場である。これが今の日本社会には欠けている。また、経営の効率化と称して企業内の教育の場も狭められて来た。社内図書館を無くした企業も多い。
このような人材を鍛えなおす場を用意せず、組織から人材を追い出す施策を進めてゆくとどうなるかは明白である。当方が経験した組織内の仁義なき戦いが常態化し、他人のFDを壊すことを平気で行うような人材が増えてくる。
会社内を厳しくすれば20代30代で勉強するようになる、という発言がニュースに書かれていたが、発言している人が本当に20代30代にまじめに勉強していたのか、胸に手を当てて考えてほしい。20代30代は会社のために一生懸命になっている年代であり、その一環として同僚と遊んでいる時間が多い世代である。
当方は自己実現に努力したサラリーマンと思っているが、それでも勉強したのは冬の間の日曜日だけである。春夏秋の休日は同僚と海や山へ遊びに行ったのである。さすがに冬だけは勉強時間に、とウィンタースポーツには一切手を出すことを辞めたが、同僚の多くは、ウィンタースポーツも楽しんで出世していった。
組織の仕事では、自分が勉強していなくても他人の成果をうまく横に流せばそれで評価されるのである。多面評価では、むしろそのような人物は、効率的に業務を動かす能力として高く評価される傾向がある。これは会社の機能と組織の関係を考えれば自明である。そこでは露骨に行わないことが重要なスキルになる。
この10年、各種ハラスメントに対する企業の対応には目を見張るものがあるが、それでもこのような組織内犯罪と呼んでも良い無慈悲な扱いの被害者となり自殺を選ぶ者が絶えない。本来会社内の業務を推進していて自殺者が出るのはおかしい、という発想が欠けている。自殺の原因はパワハラだけではないのである。
トヨタではパワハラによる自殺者が出たために一気に人事評価を多面評価に切り替える、と報じられたが、多面評価に切り替えたから改善されるものではない。多面評価には表に出ていない、企業経営にとって致命的な欠陥がある。
弊社は社会の再教育の場を提供する企業として、細々と活動しているが、本来自分を磨く勉強は自分のポケットマネーで行うべきであり(注)、そのための社会インフラなり税制なりをまず変えなければいけない。
例えば働く人が自己啓発のために使った費用を所得控除として認めるとかする税制改革である。あるいは弊社のような企業に対する補助金対策や教育費用のサポート施策も重要である。
(注)当方は学位取得にあたり、ゴム会社にはいろいろお世話になった。すなわち有名国立大学に奨学寄付金をゴム会社は数年にわたり支払ってくださったばかりか、研究内容の社外発表にも配慮していただけた。しかし、本部長が交代し、FD事件が起きて転職したところ、有名国立大学の先生から転職先の会社からも奨学寄付金を納めてください、と言われた。退職金から出そうということも考えたが、論文を勝手に出された問題もあったので、潔く辞退した。その後学会の懇親会で学位の話が出たので一部始終話したら、中部大学の先生から審査料だけで良いから再度学位を目指さないか、と激励された。ところが、英語で出来上がっていた学位論文を日本語で書き直す作業も含め、学位試験までフルセットの指導が丁寧に行われて大変だった。適当に過ごしておれば取得できそうな過去の経験があったので、一時慌てたが、頑張ってなんとか学位を取得できた。ただし、審査料や交通費は自腹を切っている。中部大学の先生方の立派なところは、お礼はいいから社会貢献してください、と学位授与の時に言われたことである。お言葉に甘え、現在の会社の起業を志した。
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ドラッカーは異なる見解こそ耳を傾けよ、と述べている。すなわち、組織内あるいは組織間で合意された見解に間違いやリスクがあるかもしれないからだ。異なる見解は、それを明らかにしてくれる。
倉持仁医師が、1年半のコロナ治療を数字で振り返り「感染症治療は早期の診断、隔離、治療介入により死亡はゼロにでき得る。この当たり前のことに今も気づいていない」とYouTubeで述べていた。
詳細はYouTubeを見ていただきたい。ご自身の今年3月から行った226人のコロナ患者治療において死亡0の経験から述べているのだが、説得力がある。
このような意見が、何故YouTubeで、と視聴者には疑問符がつくかもしれないが、30年以上の実務経験から、疑問符ではなく、今の日本で誠実真摯な医師の一人なのだろうと評価している。
医師と言う職業から黙って現状を見ておれないのだろう。本来は為政者がこのような見解にいち早く気づき、為政者の周囲の不誠実な担当者の見解よりもこのような見解に耳を傾けるべきだが、科学的に明らかになっていない分野ではそれが難しいし、「面倒くさい」と言うのが本音となる。
どうせもうすぐ辞任するのだから、という気持ちが少しでもあれば、このような異なった見解に耳を傾けていても面倒だ、適当なことを言っている医者の見解を採用しておけば責任を果たせる、とでも考えているのだろう。
大企業でもこのような流れになることが多い。当方のFD問題で隠蔽化された経緯だけでなく、そもそもゴム会社の研究所で高純度SiCの事業提案を行ったときには異なる見解として無視された。
無視していても、当方を留学させていると言い訳ができたからである。高純度SiCの事業提案では、たまたま無機材質研究所の先生方のサポートがあり、一企業の提案に留まらない良い提案であると認められたので、社長から直接2億4千万円の先行投資を頂けた。
その時のプレゼンテーションの場では事なかれ主義の研究所長にかわる新しい研究所長が出席されていた。研究部門の取締役も交代していた。おかげで新しい研究体制の6年間に住友金属工業とのJVと言う形で事業を立ち上げることができた。この体制が交代した直後にFD問題が起きている。
日本において倉持医師は異なる見解派であり、政治状況から無視される可能性が高いが、人の命がかかわっている問題だ。それを無視してこの見解を取り入れない政府の対応あるいは都の対応を人の命を軽視している、ととられてもしかたがない。
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ホンダはAll電池の電気自動車へシフトする戦略を発表しているが、当方はSDGsの観点からこれを誤った判断のように思っている。おそらく技術が進展すれば、電池のエネルギーだけで動く車が、必ずしも環境負荷軽減に役立たないことに気がつくかもしれない。
日本に限れば、今でもそのような結論になるはずだ。燃料電池或いはエンジンを水素燃料で稼働させて走る車が環境負荷を最も低減できるとLCAのシナリオを作れるような時代が来るような気がする。
水素を燃料として用いるときの問題は、水素の調達の問題とガソリンエンジンと異なり燃料タンクが大きくなる問題である。ゆえに小型車には現在のところ水素燃料(注)の車の商品企画は難しい。
セラミックスフィーバーのさなか、水素で走る車が未来の車として本命視された時がある。その時の理由は、電池の充電時間と重量の問題が一番に挙げられていた。水素を燃料とすればこの問題はすぐにかたずく。
同じころにハイブリッド車の本命は、エンジンとモーターの協調動作とされた。すなわち現在日産が盛んに宣伝しているe-Powerは、エネルギー保存則の観点から効率が悪いとされた。しかし、日産の技術者の努力により、トヨタのハイブリッド車に肉薄する技術が開発された。
科学的に考えると効率が不利に見えた方式でも、技術開発の結果、エンジンのエネルギー効率の良い回転数だけを使って電池を充電しながら走れば、トヨタ方式に肉薄できる技術になるとは40年前想像できなかった。
実は日産の方式であれば、ガソリンから水素へ燃料を変換することも容易である。おそらく日産の技術者も考えているのだろう。そのような特許が日産から出願されている。
未来の車の姿が電気自動車であるらしいことは変わらないかもしれないが、その電気をどのように調達して走るのかは、まだ結論を出せない状態だ。あせって、電池だけで動く車に絞り込む愚だけは、避けてほしい。
(注)電気自動車は、電気をどのように生み出すのか、というシナリオによりLCAの結果は異なる。また原子力が環境負荷の極めて大きいエネルギー源であることは福島原子力発電所で証明された。原子力研究者たちに騙されていただけである。科学の問題はこのような嘘を提示されたときにそれが暴かれるまでに時間がかかることである。電気以外の自動車の燃料として水素が科学的に好ましいと言われているが、ダークホースとしてアンモニアがある。アンモニアであれば液化して貯蔵可能なので水素よりも燃料タンクの大きさを小さくできる。
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