過去に高分子の難燃化についてこの欄で書いているが、リンについてその効果を今日は書いてみる。リン系難燃剤については大八化学が有名で1980年ころ縮合リン酸エステル系難燃剤を多数開発している。ポリウレタンの難燃化を2年間担当していた時に多くのサンプルを頂いた。
このリン酸エステル系難燃剤の大半は燃焼時に熱分解し揮発する。その分解挙動は様々だが、600℃まで熱処理を行ったときにほとんど残らない。それでもポリウレタンはじめ多くの高分子を難燃化できているので、300℃前後で炭化物生成反応が開始していそうなことが推定でき、たいていの教科書には、その触媒作用の機構が書かれている。
面白いのは、ホウ酸や水酸化アルミニウムなどを組み合わせてやるとホウ素やアルミがオルソリン酸と反応し、600℃に加熱しても難燃剤由来のリン酸が残っている。また、ホウ酸や水酸化アルミニウムの併用でリン酸エステル系難燃剤添加量も半分程度に減らすことが可能である。
ただこれには多少ノウハウが必要で、高分子材料を扱うスキルが低い場合には再現しないようだ。このような少し怪しい技術だが40年近く前にいろいろと実験を行い、科学的に正しそうな知見を得た。
まず、多くのリン酸エステル系難燃剤は、280℃前後で熱分解し、オルソリン酸を発生する。オルソリン酸はこのあたりが沸点なので600℃で難燃剤由来のリン酸のユニットが存在しない理由を説明できる。また、ホウ酸や水酸化アルミニウムが均一に分散しておればオルソリン酸と反応し、これを系内に保持することが可能である。
ボロンホスフェートは耐熱性が高いので600℃までリン酸ユニットを保持していることも説明可能である。面白いのは、ボロンホスフェートの構造でポリウレタンに添加しても難燃効果は低いが、ホウ酸と縮合リン酸エステルの組み合わせでは難燃効果が高くなることである。
これは、300℃前後でオルソリン酸の構造をとっていないと炭化促進の触媒効果を示さないのでは、ということを想像させる。オルソリン酸が炭化促進効果で触媒作用を示すことは知られており、この想像は間違ってはいないだろう。この想像を膨らませると未知の難燃剤システムを設計可能で、高分子の難燃化技術は奥が深いと改めて感じる。
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学生時代に高分子科学の授業といえば高分子の合成が中心で、高分子物理については大学院2年間でその香りに触れることすらなかった。ただ、フローリー・ハギンズ理論が教科書に一言書かれていたという理由で、それが試験問題として出た。
これは、生涯忘れることのない高分子物理の苦い味だった。授業中に寝ていたのか、あるいは友人との交流に時間を取られ授業に出られなかったのか記憶にないが、授業では聞くことがなかったその言葉と試験用紙でいきなり遭遇し慌てた。
就職したゴム会社の研究所はアカデミアのような雰囲気で、知識の多さが第一という風土だった。ある日フローリー・ハギンズ理論について知っているか、と尋ねてきた先輩社員がいた。先輩社員は、当然当方のトラウマなど知らないので、完璧な説明にびっくりしていた。
1970年代の高分子科学の状況は社会人1年目でフローリー・ハギンズ理論を知っていることができる技術者の証の様な時代だった。今書店で大学の高分子科学に関する教科書になりそうな参考書を見れば、たいていは1ページ以上この理論の説明がある。
昔のように、一言教科書に触れていた程度の理論ではないのだ。高分子材料を扱う技術者には必須の知識の一つになっている。この40年間の高分子材料科学の進歩は著しい。
一方無機材料科学も1980年代のセラミックスフィーバーで著しい進歩をしたのだが、教科書の状況は高分子科学ほどの大きな変化はない。無機化学は、コットン・ウィルキンソンの著書である教科書に代表される錯体化学が中心のようである。
ただ、無機化学の教科書は、結晶関係やセラミックスなどが独立して存在し、おそらく大学の授業では基礎科学の一つとして授業が行われ、昔あったガラス工学などの授業は無くなったのだろう。
書店で教科書の類を眺めていると、実務で要求される材料科学という有機材料から無機材料まで俯瞰した優れた書籍が無い。一方で40年前優れた材料科学の教科書と言われた複合材料入門がいまだに書店に並んでいたりする。
結局材料技術については、セミナー会社が開催するセミナーでそれぞれの分野の技術について学ぶ以外に方法が無いようだ。セミナーの講師として呼ばれるときにはこのあたりの事情も考えて講義をしなければいけないと思っている。
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起業して7年が過ぎたが、面白い仕事として、お弁当箱事業市場調査というのがあった。お弁当箱の市場がどのようなものか全く知らなかったが、未知の分野でも事業を前提にした調査手法は同じなので苦労はしなかった。調査したところ日本のお弁当箱は今や世界的に有名で欧米に多数輸出されていることを知った。
そのデザインが海外でも受け入れられているためで、原宿でお弁当箱を持ってそうな外人にヒアリングすると一人で2-3個持っているとのこと。キーワードは「かわいい」であった。昔お弁当箱と言えばアルミ製だったが、今は樹脂製で様々なデザインの商品が存在する。
技術調査でもそうだが、現在の市場調査だけでなく将来予測がこの手の仕事では腕の見せ所となる。ネット情報として弁当箱の将来動向が公開されていたが、これだけでお茶を濁していては当社の能力を疑われてしまう。そこで某大学芸術学部の先生にご相談し、調査結果を基に将来流行しそうな新デザインの設計を実施した。
数十人の学生に課題を与え、各種デザインをお願いしたところ、奇抜なものから実用性があって面白い新製品が出来そうなデザインまで集まった。その中から数点、プレゼンテーション用に精密立体図を作成してもらった。これらの成果をまとめお客様に提出したのだが大変喜んでもらえた。残念だったのは弊社が少々赤字になったことだ。
赤字になっても大学に依頼したのは、単なる市場調査ならば今どきネット情報でもできてしまう。弊社としての特徴を出すために何をやるか、と考えたときにどうしても新デザインの提案をしたかったので、予定外の出費を決断した。
赤字が予想されても実施したのは、昔アメリカの有名なコンサル会社にゴム会社が依頼したファインセラミックスの市場予測レポートがあまりにもお粗末だった思い出があったからだ。1000万円前後支払ったそうだが、厚みこそ値段相応でありながら中身は単なる数値情報の山だった。
それらを解析してみても結論は通産省の役人が作成し公開されたレポート以上の内容は得られなかった。早い話が、当時の通産省から公開された情報だけで十分だったのに、さらに1000万円前後かけて、恐らくお役所と同じ情報源と思われる情報を集めていたのだ。
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ブリードアウトは、日常で接する高分子材料の品質問題と関係する現象だ。例えば、べたべたネバネバしたマウスやハンドバッグ、ケミカルシューズ等のブリードアウトによる表面状態の変化した品物は身近にみられる。
あまり気がつかないが、タイヤは毎日ワックスがブリードアウトしているので耐久性が確保されている。すなわち、ワックスがブリードアウトし表面に薄い膜が張った状態なので紫外線(UV)からタイヤのゴムが守られている。
昔子供のころ、よく粉を吹いたようなタイヤを見かけたが、最近はそのようなタイヤをまず見ない。ここにもイノベーションがあったのだ。すなわちワックスはブリードアウトしやすいように低分子のものが使用されるが、これが表面で結晶化すると粉を吹いたような状態になる。
この状態になるとタイヤ表面を均一にコーティングできていないのでUVによる劣化が進行することになる。この結果、昔は粉を吹くだけでなく、ひび割れの起きたタイヤも見かけた。
話が脱線するが、タイヤは多少ゴムが劣化し、ひび割れ状態になってもすぐには壊れないように設計されている。すなわちタイヤはタイヤコードが応力を支えているので、空気が漏れない限り、多少ひび割れても走行に支障をきたさないが、危険なのでこのようなタイヤは交換すべきである。
タイヤは皆黒くて同じに見えるが、品質の信頼性は今の時代でもやはり差がある。これは、自動車の運転を始めてずっとあるメーカーのタイヤを使い続けてきたが、1年前車を購入した時にタイヤのメーカー指定を忘れた。
冬場は、昔なじみのメーカーのスタッドレスをはいていたが、これを交換しようと新車時についていたタイヤを触ったら、何とも言えぬ肌触りだった。すなわち夏場のタイヤを保管していた間にワックスがブリードアウトしていたわけだが、それが不均一だったのだ。ブリードアウトの状態でワックスの設計を感じることが可能である。
昔は、夏場も冬場も気にしないで同じタイヤを使っていたが、最近の夏場タイヤは転がり抵抗が低くなっている。おそらく東京の冬ならばスタッドレスタイヤに交換する必要もないかもしれないが、昨年東京でも雪が大量に降るとの長期予報を聞き、11月にブ社のスタッドレスタイヤへ交換してみた。
天気予報はあたり、2回ほどタイヤ交換の恩恵と凍てついた道路でも安心して車を運転することができた。このタイヤ交換のおかげで、新入社員時代に座学で聞いたワックスの話を思い出した。同じ状態で保管したスタッドレスタイヤの表面が年末にどのようになっているのか楽しみだ。
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物質の弾性率は物質固有のパラメーターと誤解されている。無機材料における結晶であればその認識は正しいかもしれないが、同じ無機材料でもガラスになると非晶質なので、弾性率がばらつくときもある。
それでも無機ガラスでは、そのばらつきが小さいので組成から決まるパラメータとして捉えても、日常困らない。ところが高分子材料になると、その弾性率は材料を製造したプロセスに依存して変化するから大変だ。
さらに高分子材料では、弾性率の経年変化まで起きる。これが高分子の劣化と結びつけられるとそれで納得してしまうから、物質の基本的なパラメーターの一つである弾性率でさえ、高分子の世界では、摩訶不思議なパラメーターとなる。
しかし、短期間の研究ではこの弾性率の経時変化が問題にされず、高分子の構造と弾性率の関係としてまとめることができる。その結果、高分子の弾性率が長期間の間に低下すると劣化の問題と結びつけられ解釈されることになる。
高分子は賦形化の時にわずかなひずみを抱え込む。射出成形体が時々脱型後変形したりするのはそのひずみが解放されるためだが、これは緩和現象である。短時間の高分子緩和現象について多くの論文が存在するが年単位の長期の緩和現象について研究例は少ない。
ゆえに脱型後短時間に変形した製品は除去されるが、市場において長時間にわたる高分子の緩和でこのひずみが解放されるときに品質問題が発生する。
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高分子の構造と物性との相関を考えるときにセラミックスと比較して難しい点は、非晶質相の物性への影響である。セラミックスでは、これが単純だ。例えばガラスならば非晶質の均一固体である。
ペロブスカイトの焼き物であれば、非晶質相が粒界に存在するがその影響は力学物性に効くかもしれないが、ペロブスカイトの結晶で現れる機能性に対して大きな影響は無いので結晶構造と機能性との関係を論じればよい。
SiC焼結体の熱膨張を40年近く前に研究したが、α-SiCでは結晶軸方向で線膨張率が異なっていたが、焼結体の線膨張ではちょうどその平均が観察され、大変理解しやすかった。
しかし、高分子材料における構造と物性との相関はセラミックスほど単純ではない。単純ではないが、経験知があれば、強相関ソフトマテリアルとみなした材料設計が可能となる。
このコンセプトで写真会社退職間際の半年間に難燃剤を使用せず、PETが80%以上含まれている樹脂でUL94-V2合格レベルの構造体として使用可能な靭性の高い樹脂を開発した。
この開発では事前にOCTAであたりをつけた素材が選ばれ、PET以外の5種類のそれぞれ機能が異なる高分子が検討された。強相関ソフトマテリアルというコンセプトで材料開発を行ったのだが、3ケ月ほどで目標の材料組成を見出すことができた。
この技術開発は、一応OCTAで材料設計してあたりをつけた処方の成功事例と言えるかもしれないが、残念ながらOCTAを使わなくても退職後この仕事を見直して考案した弊社が提唱する簡便法でも同様の結果が得られることが分かった。
シミュレーションのおかげでできたかどうかよりも、この材料の面白い点は、カオス混合を行うと射出成型性も良好な樹脂となるが、通常の二軸混練機だけの混練では射出成型性が不良の材料となることだ。
すなわち混練プロセス依存性の高い材料となった。このような材料は、その技術をブラックボックス化しやすい。また、プロセス発明でありながら、特許に抵触しているかどうかの検出も容易である。
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難燃性ポリウレタン発泡体や、フェノール樹脂断熱天井材、そして高純度SiCの前駆体高分子までリアクティブブレンドを用いて開発して、高剪断と高速回転による分散が分子レベルまでの混合を可能にすることを学んだ。
このリアクティブブレンドで何がどのように変化し均一になってゆくのかは、用いた原材料の配合から推定できた。ポリウレタン発泡体やフェノール樹脂断熱天井材では均一なセルを実現するために界面活性剤が必要だった。
しかし、高純度SiCの前駆体高分子では、反応を進行させるための触媒だけを添加すればよく、非相溶系の組み合わせでリアクティブブレンドにおける分子レベルの混合を検討するには適したモデルだった。
フェノール樹脂とポリエチルシリケートのχは大きいので、そのまま攪拌しても均一にならない。酸触媒が存在すると反応が進行し、攪拌している溶液が透明になってくる。しかし、どのような酸触媒でも分子レベルの均一化を実現できるのかというとそうではない。
また、その他の条件も同様で、混合条件だけでなく、組み合わせるフェノール樹脂や酸触媒により、リアクティブブレンドで得られる物質の均一性は影響を受けた。
これは、無機微粒子の混合と比較した時に高分子の混合における特徴を示している。また、低分子の溶媒を用いた分散ではSP値が用いられ、その値で推定されるおおよその分散状態と実際は大きな差異は生じない。しかし、高分子のブレンドではSP値から期待される均一性は、経験では50%程度しか再現されない。
また、高分子ではSP値よりもχを用いたほうがよいとされるが、このχについてフローリーハギンズ式から推定される結果とスピノーダル分解速度とは相関しない。このような状況なので、実際の混合プロセスにおける現象は、それを実施してみないとわからないというのが現実である。
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愛知県特産の八丁味噌を作る岡崎市の『まるや八丁味噌』と『カクキュー』ブランドを展開する『八丁味噌』の老舗2社の製品が、国の保護登録からはずれたことを受け、2社は14日、国に不服を申し立てている。
国は去年12月、農林水産物や食品を地域ブランドとして守るGI=地理的表示保護制度に、愛知県内の味噌業者で作る『愛知県味噌溜醤油工業協同組合』の製品を『八丁味噌』として登録している。
しかし、この組合に所属していない岡崎市の2社の製品は、登録から外れた。これに対し2社は、「味噌溜醤油工業協同組合の製品は、歴史、製造方法、品質において我々と大きな違いがある」と国に登録の見直しを求めた。
お客様混乱させるものであり、極めて不当。今回このような判断をした理由は、長年お客様に受け入れられてきた八丁味噌を守りたいためだ、と八丁味噌協同組合・早川久右衛門理事長は怒っている。
この不服申し立てに対して国は、岡崎市の老舗2社の製法を変えることなく、そのまま追加のGI申請をしてもらえば、我々で審査して登録もありうる、と農水省・尾崎道調査官が語っているが、まさにこれはお役所仕事である。
まるやにカクキューは、八丁味噌ブランドとして愛知県民であれば知らない人はいない超有名な老舗ブランドである。今回の国の対応は、わかりやすく言えば、野球保護のために野球チームを国で登録・保護しようとしたときに、巨人と阪神を登録せずに仕事を完了しました、というものだ。
本来ならば国の担当者は、まるややカクキューに頭を下げてでも登録してくださいとお願いしてもいいような立場なのだ。我々で審査して登録もありうる、とは、担当者は何様のつもりでいるのだろう。
これは、みそとくその違いを食べてみないとわからない、と言っているようなものだ。あるいは、このお役人は、みそとくそを食べ比べてもわからない人かもしれない。今回の森友問題で書類の改竄があったが、赤味噌問題もお役人の傲慢さ、無神経さが現れた仕事の事例かもしれない。
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9日、佐川宣寿国税庁長官が辞任した。森友問題に関連した国会対応に丁寧さを欠き審議の混乱を招いた点や、行政文書の管理状況について様々な指摘、さらには今回取りざたされている文書の提出時の担当局長だったことの3つの責任を感じて辞職を申し出たという。
さて、この問題は、森友側へ破格の安値で土地売却を行ったことから始まっている。その後「忖度の連鎖」で、最後はこの改ざんという不正、担当者の自殺まで起きた。
現在のところ、まだわからないことが多いが、ドラッカーの組織論の観点で、これまでニュースで報じられた事実をもとに、財務省という組織を眺めると、腐った組織と言わざるを得ない。
まず、「組織の優劣は、平凡な人間をして非凡なことをなさしめるか否かにある」、とドラッカーは述べている。
しかし、財務省には高偏差値の優秀な人材が集まっているにもかかわらず、森友問題では、「安倍」を「安部」と書類に書いていたりする凡ミスをはじめとして、常識では考えられない業務状況である。
また、「組織の目的は、均衡と調和ではなく、人のエネルギーの解放と動員にある」とドラッカーの著書には書かれているが、エネルギーの解放どころか、「忖度」という束縛が働く内向きの高エネルギー状態で、とても国民のために成果の出る仕事をしているとは思えない。
はたして、財務省は現在のままの組織でよいのだろうか。そのマネジメントも含め、国民は森友問題の推移を見ながら検証しなければいけないと思う。
佐川長官の辞任がやや早すぎるのではないか。もし彼が本当に責任を感じているならば、自らの処遇を国民にゆだねるべきだろう。公務員のリーダーとはそのような覚悟があってこそ高給が保証されているのだ。
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非相溶系の高分子の組み合わせを相溶させる方法はリアクティブブレンドしかない、すごい研究だと当方の学会発表を聞かれて称賛されたのはT大のO先生である。T大で学位を授与するから熱分析のデータを見せてくれ、といわれたので、U本部長に承認を得たのち生データを渡したら勝手に学術論文として発表されてしまった。
学位を早く取りたいといわれたので書いた、というのがO先生の言い分だが、企画から実験まで全然携わっていないのに、ご自分を第一著者として論文を書いてしまう厚かましさに呆れた。
高純度SiCの前駆体が均一にできているということは画期的であり、ノーベル賞級とおだてられても腹の虫がおさまらないほど腹が立ったが、学位を出すから、と言われたのでいわゆる大人の対応として我慢した。
その後写真会社へ転職したら、同じくT大のH先生が今回学位の審査をO先生と担当するから写真会社からも奨学寄付金を入れてください、と言われた。ゴム会社では本部長決済でそれなりの金額の奨学寄付金を納めていたはずだが、これまた厚かましい申し出である。
自分の企画した研究を勝手に論文発表されたうえに奨学寄附金の請求もあったりで、気分は真っ暗なブラックホールというよりも、何か悲しく自己実現のゴールがこのような状態となり惨めな気持ちも生まれカオス状態となった。
当方の貯金を奨学寄付金として支払い学位を取得するのがよいか、このようなアカデミアの対応に三行半をたたきつけて学位をあきらめるのか迷ったが、学位の意味やその人生における価値を再度沈思熟考し、結局後者を選んだ。
その後日本化学会の懇親会でK先生から当方の学位取得を問われ、一部始終顛末をお話したら後日中部大学W先生をご紹介くださった。W先生はSiCのご専門ではなかったので、学位論文のまとめ方を変えて内容が審査できる状態ならば審査しましょう、ということになった。
それで、修士の時に発表した3件の学術論文と業界紙や学会研究会の雑誌に掲載された論文などかき集め、まさにカオス状態のこまごました研究テーマを混ぜ合わせた学位論文としてまとめ上げた。
新入社員時代の指導社員から「混合」というプロセシングはすべての分野で問題となるので、これをよく勉強するのは重要と教えられたが、まさか学位論文をまとめ上げるのにも役立つとは思わなかった。
プロトン導電体から高分子の難燃化技術、さらにはセラミックスとまさに様々な分野の研究成果をカオス混合して当方の学位論文は出来上がった(注)。
学位論文の表題の手直しや、一部構成の手直し、その他細々とした体裁など懇切丁寧にご指導いただき、審査料8万円ポッキリで中部大学から学位を頂いた。この金額と比較するとT大に支払われた奨学寄付金の額はボッタクリバーよりも悪徳なレベルである。しかも学位論文のまとめ方について満足な指導も無かった。
その内容を読むと研究する価値があるのかどうか不明な、乱雑で手書きされた、およそ手本となりそうもない審査の完了した学位論文を見本として、O先生は貸してくださっただけであり、あたかもこの程度でも学位が取れる、と言いたげだった。
まとめ始めていた学位論文の主要部分を扱っている研究論文が第二著者となった論文で大丈夫かと質問して不安になっていた小生を安心させるためだったのかもしれない。どの世界でもネオンの様なきらびやかな看板には誠実さではなく偽りがあるということだろう。
スタップ細胞の騒動では、これまたきらびやかな看板のW大におけるコピペの学位論文審査が問題となったが、当方の経験からすれば、審査の先生はもちろん問題だが学位論文の著者にも責任があるように見える。
コピペだからという理由で学位を授与後取り消しても問題解決とはならない。一番の問題は、大学の学位審査がどのような指導あるいは運営で行われて来たのか、という点である。その指導が不誠実であれば、教え子も不誠実を学ぶことになる。いつの時代でも師の偉大さはその弟子を見よと言われている。
中部大学では、20年以上前から英文で書かかれた論文をすべて日本文で書き直す(当方は、すでに英文で発表した論文をそのまま使用できるので英文の方が便利だったが、日本語に訳すのは英語論文のコピペ防止策と言われた)ような厳しい指導と語学試験など、審査料が赤字になるような懇切丁寧な指導がフルコースで行われていた。
だからT大のような、仮に研究論文にそれなりの価値があったとしても、お金を持ってくればすぐに出します、というユルイ審査の姿勢には疑問を持ってしまう。
アカデミアの先生には、聖人君主のような方から他人の研究は何でも自分の成果と誤解しているようなとんでもない先生までさまざまである。
ただ、いつの時代も社会はアカデミアの知に期待していることを忘れないで欲しい。学位の社会的価値が下がってきているが、当方は中部大学から授与された学位が、自己実現の一つのゴールとして人生の支えになっている。
中部大学の先生方の審査料を顧みない誠実真摯な指導と、自分の書いた英文を訳しながら自己嫌悪になったり、ドイツ語の試験も行うといわれてくじけそうになっただけに、苦労して取得した学位の価値は身に染みている。
(注)学位論文のタイトルは、「ホウ素、リン、ケイ素化合物によるケミカルプロセシングとその評価」であり、材料創成のプロセシングに視点を置き、まとめている。この作業で電子材料から構造材料までのプロセシングについて考え直す機会となった。これが現在の飯のタネになっているからSiCを中心にまとめ、安直に仕上げた英文の学位論文でかまわないといわれたT大の学位審査を辞退したのは良い判断だったのだろう。亡父から人生に迷ったら苦しい道を選べと教えられたが、これまでの人生では、この言葉に従いすべて良い方に転がっている。例えば、学位論文を読まれた方から、「機能材料」への投稿を勧められ、当方の学位論文の要約が2号にわたり掲載された。ゴム会社ではゴムの混練からセラミックスの焼結まで担当させていただいたが、材料を形にして機能を出すまでの過程にもそれなりの哲学が必要である。本来は科学の対象として研究されるべき分野のはずだが、アカデミアでは研究分野として成功していない。かつて化学工学という講座があったが機械工学との相違が明確でなかった。おそらく経験知や暗黙知の占める割合が多い分野なのでアカデミアで扱いにくいのかもしれないが、それゆえに形式知として研究する必要があると思っている。もしプロセス分野についてそれなりの形式知が出来上がっていたなら、STAP細胞の騒動ももう少しまともな方向に収束していたのではないか。STAP細胞はプロセスがその機能を決めているように夢想している。
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