オブジェクト指向の概念を学びそのパラダイムを理解できると、問題解決力が飛躍的に高まる。これは実際に30歳の時に学んでみて体感したから自信を持っていえる。
まず、日常業務をオブジェクトとして捉えることができる。そしてゴールのオブジェクトを意識した日常で発生しうる問題については、いきなり課題を考えるのではなく、問題を解決するために必要なオブジェクトの振る舞いを考えることになる。
これはどのような振る舞いをするオブジェクトを設計すれば問題解決できるのか、となる。問題解決に成功した時に、そこで登場したオブジェクトは経験知として蓄積され、新たな問題が発生したならば、経験知のオブジェクトの再利用で解決できないか考える。
その時過去のオブジェクトをそのまま使える場合もあれば、過去のオブジェクトの一部を変更して、他はそのままで振る舞いを制御しなければいけない場合もある。これは継承という概念である。
継承を意識すると一つの問題を解決するときに、その問題が特殊な問題なのか形を変えて将来も起こりうる問題なのかも一緒に考えるようになる。
とかく日常業務で問題に接すると、処理や手順ばかりに注目しがちである。しかし、目の前の現象やそれが数値化されたデータに注目することが重要で、それが問題解決の早道である。
そこには事実が具体的なオブジェクトとして存在しており、それらを見ながら抽象化しても他の人の理解は容易だが、処理や手順を抽象化すると経験の無い人には訳が分からなくなる。
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C#では、オブジェクトをクラスと呼び、プログラミングするときには、クラスを幾つか作ることになる。その幾つかのクラスの中には、他のクラスを内包したクラスも存在する。
これは問題解決するときに、問題を幾つかの課題に分けて解決する状況に似ている。このとき問題そのものもクラスとみなすことができ課題もクラスとなる。問題解決するとは、幾つかの課題が解決されて問題が解かれるので、問題というクラスには、幾つかのクラスが含まれることになる。
課題も同様で、他の課題と独立した事象の課題もあれば、他の課題と複雑に絡み合った課題も存在する。ここで問題をうまく解くには、可能な限り、各課題をシンプルにできて、他の課題は、一つの課題を解決したときと同じ手法で解決できる状態の解法を見いだすことである。
すなわち問題に幾つかの課題が含まれていても、ある一つの課題の解法が見いだせれば、他の課題も同様の解法で解決できる状態は、一つの課題の問題と同じような状態だ。この場合、全ての課題を考える必要は無く、一つの課題を可能な限り汎用化して解法を考えることが重要になる。
これをC#のプログラミングで説明すると、幾つかのクラスが必要だが、各クラスの振る舞いは似ているので、一つのクラスを汎用化して設計して、他のクラスはそのクラスの「継承」として作る、という説明になる。
この継承という概念は、オブジェクト指向の重要な特徴の一つで、継承という工夫によりプログラミングの生産効率が大変高くなった。また、クラスの継承で別のクラスを生成する、という手順でプログラミングすれば、プログラムの可読性も高まる。
すなわち継承により新たに書き加えた部分を実装したクラスは、その新たに追加する部分に注力して設計すれば良い。問題解決のシーンで説明すれば、類似問題については類似の方法で解くことを意味する。
(注)実装とか継承とか普段使いの日本語ではない言葉がオブジェクト指向のプログラミング言語では出てくる。このような、やや堅苦しく難解と思われる言語の意味するところを身につけるには、慣れるより仕方がない。ちなみにクラスの継承とは、元のクラスの性質(プロパティだけでなくフィールドやメソッドなどもすべて)を引き継ぐことであり、実装とはそれらを備える意味である。引き継いだなら備えているのは当然という突込みをしていると、馬から落馬する的表現になれることができない。
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働き方改革では、意識改革を行うために形から入るような進め方がなされている。ワークライフバランスというキーワードもその一つだ。しかし、バランスの重要性を押し付けているのに、その方向性を個人に任せている。
驚いたのは、残業0で仕事仲間と一杯飲みに行く世界をTVが映し出していたことだ。なぜ、家族団らんの家庭の風景をPRしないのか。核家族から家庭が崩壊してしばらくたつが、改めて家庭やご近所の再構築も悪くない。家族一緒に食事をすることで家庭が生まれる。
高度経済成長期からバブル崩壊までの時代に過重労働をものともせず働き過ぎて幸せのまま亡くなった人が少なからずいる。企業戦士なる活字が新聞や週刊誌にあふれていた。お葬式の受付には、ご親戚やご近所以外に戦友が堂々と並ぶようになった。
家長としての父親像が次第に薄れていき、葬儀委員長に戦友のリーダーが立つお葬式も目立つようになった。最近は親戚や家族だけ、あるいは密葬形式が多いが、かつてのにぎやかなお葬式も悪くない。伊丹監督の映画「お葬式」は、お葬式に笑顔も見られたそんな時代の様子を描いている。
この時代を美化するつもりはないが、ドラッカーの著書を読んでいる知識労働者が多かったのも特徴で、彼の新著が何冊もこの時代にはベストセラーに輝いていた。モーレツ社員が時代を表すキーワードの一方でモータリゼーションを牽引した遊び人の若者たちが話題になっている。
「どうにも止まらない」という歌もヒットしており、仕事や遊びに忙しかった疲れを知らない時代であり、過労死はさほど話題にならなかった。この時代の評価では、給与が右肩上がりで昇進ポストも増えていったから皆頑張ることができた時代、だといわれている。
高度経済成長からバブル崩壊に至る時代を当方は若者として幸福感を享受した年代だが、平日一生懸命働き休日は一生懸命遊んでいた記憶がある。遊び仲間最後の独身男性の結婚式の司会をしてわが身の生活環境が変わることに気がつき、さらに高純度SiCのプロジェクトも一人で担当していた寂しさから、当方は友人の式場で結婚式の予約を入れている。
アンバランスではあったが意識的に仕事以外の世界を作ることを心がけてきたのは、ドラッカーの「二つ以上の世界を持て」(注)という教えを守ったからだ。ドラッカーは、政治家に多い仕事だけの人生を否定している。
仕事と家庭は、とりあえず普通に努力すれば手に入れられる二つの世界だ。仕事と趣味の二つの世界でも、あるいは趣味がないならボランティアとかも考えられるが、家族との仕事を抜きにした交流の世界の大切なことをもう少しPRしたほうが良いように思う。
家族や親戚、そしてご近所との交流には仕事と異なる世界が存在するが、核家族化からおひとりさまのキーワードが示すようにはやらなくなった。ネットのつながりも一つの世界だが、独身の増加を止めないで不倫を増やしている。
(注)ドラッカーは、トータルライフのデザインが重要と言っている。ワークもライフのひとつであり、ワークの世界以外に複数の世界を持つことの重要性を指摘している。ワークとライフという二元的な見方ではない。この視点で、当方はワークライフバランスという言葉は知識労働者の生き方の指針として誤解を招く、あるいは不適切かもしれないと思っている。ワークはライフの一つの世界であり、家庭や友人の作る世界もワークと同様にライフでは重要である。ワークをライフから切り離すのではなく、ライフにワーク以外の世界を増やしていく、という考え方がドラッカーのトータルライフという考え方だ。
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隠蔽化されていた過去の春日野部屋の暴力問題が公にされた。すでに裁判も終了しているので完全に隠蔽化されていたわけではないが、広報部長である春日野親方は事件の起きたときの速やかな公開を怠っていた。
ワイドショーでは、さらに衝撃的なこととしてこの隠蔽に当時危機管理委員長であった貴乃花親方が関わっていたと報じており、びっくりしている。
しかし、これは今回の日馬富士問題における、貴乃花親方の理事解任という処罰を受けた彼の一連の行動から、ワイドショーが間違った解釈をしている可能性がある。
すなわち、今回貴乃花親方が、なぜかたくなまでに組織人として間違っている行動をとり続けたのか、という不思議が、ワイドショーが騒いでいる今回の隠蔽化された問題の経緯から垣間見えたことだ。
今回公になった暴力問題で一番不誠実なのは春日野親方だろう。自己の正当性ではなく当時の協会内部の動きをつぶさに報告すべきで、危機管理委員長貴乃花親方が隠蔽化したような説明の仕方を改めるべきだ。危機管理委員長よりも権限があるのは理事長だ。
ここは貴乃花親方が日馬富士問題について語ったレポートを公開してほしい。彼の性格から恐らく多くをマスコミに語らないだろう。しかしそれは組織にはびこる不誠実な人間に悪用されるだけである。
小生も旧住友金属工業とのJVを立ち上げた後ゴム会社を転職した理由をしばらくは語らなかった。語らなかっただけでなく、技術伝承のために転職後一年間転職先を定時退社し、無償でゴム会社の指導をした(注)。
しかし、これらの一連の行動が歪曲され、さらにはゴム会社で新事業が誕生した真の経緯が、あたかも小生の転職後引き継いだ人たちだけで生み出された歴史のように書き換えられた。
住友金属工業との数年にわたるJVが無ければ決して今日まで継続されなかっただろう事業を、さらには故服部社長がCIを導入し、明確にファインセラミックス事業の起業を方針としなければ生まれなかった事業を不誠実な人たちの成果として書き換えられたのだ。
これは、ゴム会社のHPに書かれたその歴史から知ったのだが、その後社内の天の声により少しづつ修正されていったようだ。しかし、ゴム会社で畑違いの高純度SiCの事業が生まれた歴史について、まだ完全に正しく修正されたわけではない。
当方は、転職後ゴム会社の管理職からいただいた手紙やその他いくつかの転職原因の証拠をまだ公開していない。組織の問題で沈黙は必ずしも金ではないことを学んだのだが、公開されている情報と真実との乖離が大きい場合に公開の仕方が問題となる。
恐らく貴乃花親方も当方と同じような考えで沈黙しているのかもしれない。当方の問題は一企業の小さな事業の問題であり、沈黙していても社会的影響は小さいが、相撲協会の問題は社会的影響が大きい。
(注)開発の歴史は、公開された特許情報から知ることもできる。しかし、本来発明者として当方の名前が入るべき発明に当方の名前が無かったり、おかしなことがある。このような状態でも、当方は、例えば公告となったいくつかの当方の発明について転職前に書いた特許も含め特許報償を一切請求していない。貴乃花親方の行動から組織における沈黙の価値を考え直したい。
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ドラッカーは大学へ進学する前に就職している。対談集でその時の様子を述べているが、それは仕事を楽しむ一つのコツかもしれない。ドラッカーの対談だから軽薄な表現は使われていないが、貢献を説明しながらドラッカー少年の仕事を楽しんでいる様子が伝わってくる。
残念ながら雑誌に掲載されたこの対談集が手元にないので記憶をたどりながらの話になり、少し正確さを欠くかもしれないが、ざっとは次のようであった。
ドラッカー少年は編集者の秘書として雇われた。高卒だったので編集者のスケジュール管理程度の簡単な仕事が彼の役割だった。勤務して間の無いある日、経理部から編集者が領収書を提出していないので探して持ってきてほしい、という電話がかかってきた。探して持ってきてほしい、という言葉がひっかかり経理担当者に確認したら、彼のボスは領収書を紛失する常習者だった。さっそくドラッカー少年はボスの行動を観察したところ、毎朝出勤後ボスはポケットの中のゴミを捨てるのが習慣であることに気がついた。さっそくゴミ箱を探索したらごみと一緒に捨てられた領収書が一枚出てきた。彼は、毎朝ボスが出勤後ゴミ箱の中を確認する仕事を自分の仕事にした。毎朝の仕事にしたのは、昼近くに掃除婦が、ゴミ箱のゴミをすべて捨ててしまうからだった。彼は編集者の秘書を1年ほどでやめて大学へ進学したのだが、この時の仕事で組織に一番貢献したのはこのゴミ箱捜査だったという。そして知識労働者は常に貢献を軸にして身の回りの仕事を探す努力をしなければいけない、と述べていた。
おそらくボスが捨てたゴミの中には前日夜の飲み屋でもらった名刺やその他プライベートの生活がわかるゴミがあったかもしれない。彼は楽しみながら仕事をしていたに違いない。対談集にはニヤニヤ笑いながらとは書いてなかったが。
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昨晩、高分子同友会で行われた中央大学大学院教授佐藤博樹氏の講演「なぜ今、働き方改革か?ダイバーシティー経営の土台づくり」を聞きました。
講演のポイントは、働き方改革の目的やその進め方で、平日のゆとりの重要性を指摘されていた。今話題のテーマであり、講演の内容は興味深く、ふとわが身の人生を振り返ることとなった。
ゴム会社に勤務していた時は、結婚するまで過重労働の毎日だったが、過重労働が辛いと思ったことは無く、むしろ楽しかったので仕事をやりすぎたのではないか。
過重労働で時間の余裕は無かったが、土日はテニスツアーに誘ってくれる友人がおり、「私をスキーに連れてって」という映画に描かれたようなバブル期の若者の生活をそれなりに楽しんでいた。写真も趣味として撮っていたので、当時の楽しい思い出が多数残っている。
ただ、高純度SiCの開発グループは、米国タイヤ会社買収の影響で途中から担当者が当方一人となった。職場まで徒歩二分の独身寮住まいでは、精神衛生が悪化すると感じたので結婚することにした。
新婚生活は通勤に1時間半かかったが、それまでの仕事のやり方を見直し定時退社を心がけた。第三者が見たら仕事は厳しい状況だったが新婚生活を楽しむことができた。本音は、そうでもしなければ仕事を続けられない,研究所内の管理職の目も厳しく、毎日針の筵状態だった。
同時に、仕事も他社との結婚というコンセプトでJVに絞って活動したところ、これもタイミングよくパートナーの紹介を無機材質研究所から受けて住友金属工業とのJVをスタートさせることができた。
この時の体験で、働く意味は貢献と自己実現かもしれないが、働き方はやはり仕事を楽しめるように工夫することではないかと、講演を聞きながら思った(注)。
人生の半分は寝てる時間かもしれないが、残りの時間で労働の占める割合は高い。これをどう楽しめるかが働き方改革のコツかもしれない。仮に労働時間を短縮できたとしても心に余裕のない仕事のやり方では、平日のゆとりなどできない。
(注)写真会社に転職後、50歳を過ぎて単身赴任となっても、この時の体験で乗り切った。優秀な課長と専門職課長が部下におり、横にはエリートの前任者とサンドイッチされたような自分の置かれた立場では、少しみじめな単身赴任だった。しかし、中間転写ベルト押出成形プロジェクトの責任者としてプロジェクトを成功させるために、この会社の基盤技術とは無関係の仕事、すなわちカオス混合の発明や決裁を受けてから3ケ月で立ち上げた樹脂プラント、退職前の置き土産のPETボトルのリサイクル材を電子写真に実用化するなどの仕事ができ、早期退職までの5年間十二分に楽しむことができた。もちろん失敗したときの責任者という自分の役割も真面目に勤めていたが、戦力が無かったので自分が土日をつぶしたり深夜無理をしてやらなければならなかった、成功するまでテーマとして認知されていなかった仕事の方が社業への貢献が高かった。サラリーマンは誰でも良い役割が回ってくるとは限らない。辛い役割でも楽しめる要素はある。ワークライフバランスを難しくとらえる必要はなく、仕事を人生の中にどのように取り込み楽しめるかが工夫するポイントだろう。社長をやってみて分かったことは、社長にはこのような楽しみ方が許されないということだ。中間管理職でそれ以上の昇進が望めないならば、責任は役員に任せて仕事を楽しんで成果を出すべきだろう。担当者であれば、やはり責任を上司に任せて仕事を楽しみ、自己実現努力をするべきだ。子供の頃、スーダラ社員という言葉が流行したが、経済はバブルへ向かう助走のような勢いで成長していた。スーダラ節で2度のオイルショックも乗り越えたのだ。スーダラ社員は無責任社員のように思われているが、組織というものは責任の分担体制で成り立っている。新入社員で残業手当もつかない時期に成果を出して始末書を書かされたような自分の役割以上の責任を負わされることもあるが、この時も始末書で新規テーマを提案しているように腐ったり悲観的な気持ちで仕事をしていない。毎日が松岡修造であった。
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故西部氏は、学生時代は左翼の活動家だった。彼にとっての保守は、保守政治や「伝統文化」の擁護を直接は意味しない。「慣習の奥底に示唆されている歴史の知恵を自分の力で発見し、自分が納得できる間はそれを仮に伝統とみなす。そうした論陣を張るのが保守というもの」だという。
また、伝統を「危機においてバランスを取るための知恵」とも述べていた。彼の人生やその思想を思うときに、AIが人間にとって代われるとは想像できない。
1970年前後に左翼的思想だった若者が、いつの間にか企業幹部になっている例は多い。当方の友人にも高校時代結構過激な発言をしていたのに左翼思想では決して出世できない大企業の副社長のいすに座っている人物もいる。
影響を受ける周囲の人たちは大変だが、思想の変説を社会は許容すべきである。それこそ人間の成長の証だからだ。昨日まで左の思想が突然右に変わったとしても、そこに哲学が存在するのであれば、立派な人間である。AIのデータを入れ替えたり、プログラムを変えたりした結果とは異なる。
故西部氏は、日本の保守思想家のリーダーの一人だったが、恥ずかしながら当方は彼の左翼時代を知らない。恐らく彼の若いころから知っている人の中には批判する人もいるかもしれない。
逆に彼の著書から当方は左翼だったことを素直に理解できないが、あえて納得するために伝統を認識する暗黙知がどのようなものであったかは想像できる。そしてこのような暗黙知が関わる思想の変化をAIが真似できると思えない。
だからAIが社会に普及することを恐れる必要は無いように思う。人間の営みの中には、AIが理解できない矛盾があふれており、そしてその多くの矛盾は営みの場に影響を与える伝統との摩擦から生まれる。
このような矛盾を矛盾としない知恵(注)を論理に基づき動作するAIが獲得できないだろう。西部氏の訃報から、人間の思索活動をAIが超えられない確信を持った。
(注)技術においても、形式知例えばフローリーハギンズの理論に矛盾する技術アイデアを経験知や暗黙知を駆使してカオス混合で実用化する場面では、分野は異なるが西部氏の思想に通じるところがある。AIがある人間の作ったプログラムとこれまた特定の人間の集めたデータからその能力を発揮するメカニズムである以上、すべての分野で人間を超えることはできない。二律背反を解決することこそ技術開発、という言葉をゴム会社に入社したときの研修で聞いたが、AIの時代にはますますこの言葉の実践が重要になってくる。
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昨日西部邁氏の死が報じられた。日本を代表する思想家であり経済学者だ。「国民の道徳」の著者でもあるので、この人を右翼と勘違いされている人もいるのではないか。
すでにネットには様々な情報が流れているので、この方に関することをここでは書かない。ただ、昨年暮れから自殺について「自裁死」という表現をされており、心配していた。
「生の最期を他人に命令されたり弄(いじ)り回されたくない」という思いから今回の死に至ったとするなら、大変もったいない生命の使い方だと思う。70歳定年制が議論されている時代に、まだ78歳である。
高校生の時に同級生が自殺した。高校合格後、父親が中国・四国地方へ転勤となり、彼を一人名古屋に残して家族は父親と引っ越していた。
彼の遺書には「交通事故などの他動的な死よりも能動的な死を選びたい」とあった。ベルリオーズのレクイエム(LP)とともに列車に飛び込んだのだが、今でも新聞記事の内容を覚えている。
生命を十分に燃焼した結果の死であれば、周囲の悲しみは和らぐが、そうではない死は、周りに少なからず傷を残す。死者に近ければ近いほどその傷は深くなる。
自裁死を唱え始めた西部邁氏はこのあたりに思いを巡らされたかどうか。健康ならば命続く限り生きたい、あるいは生きていてほしい人がいる。
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高分子にはポリフェニレンサルファイドのように空気中で燃えにくい材料もあるが、多くの高分子は空気中で燃える。
高分子の燃えやすさを材料の燃焼雰囲気における酸素濃度で指数化したLOI(極限酸素指数)で表現したときに、この値が21以下の高分子は一度着火すると長時間燃え続け、材料をすべて燃やすまで燃焼が止まらない。
炎が小さいと火が消えることもあるので、LOIも含め各種燃焼試験法では着火するときの炎の大きさを規定している。
高分子材料を各種燃焼試験に通過できるよう変性する方法には、1.燃焼面を炭化促進する方法と、2.燃焼熱で材料を溶融させ火を消す方法が知られている。
2の方針で設計された材料は、LOIが21以下でも、空気中で火が消える。しかし、1の方針の場合には、難燃剤を添加してLOIが21を超えるように材料設計する必要がある。
いずれの方針にしても形式知では扱いにくい。例えば、リン原子の含有率とLOIとは、注意深い実験を行うと良好な線形性が観察されるが、実験者によりその傾きが変化したり、ひどいときには線形性が観察されないこともある。
これらのばらつきや再現性の問題は、経験知としてプロセシングの問題が大きいと考えている技術者は多い。プロセシングを十分に管理し、データをとると、リンの含有率とLOIとは、LOIが21以下の領域で極めて高い相関を示す。
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2月13日に高分子難燃化技術に関する講演会(弊社へお申し込みの場合には参加費30,000円)を行います。詳細は弊社へお問い合わせください。経験知伝承が第一の目的ですが、形式知の観点で整理したデータも使用します。形式知のデータは、30年以上前高分子学会や無機高分子研究会、高分子の崩壊と安定化研究会で発表した内容です。経験知につきましては、中国ローカル企業を指導しながらその再現性を確認した結果で、樹脂の混練技術も講演会の中で説明致します。高分子の知識が無い技術者でもご理解いただけるよう、テキストには初心者用の説明も付録として添付します。形式知よりも経験知の進歩が著しい分野です。
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コンビニの店内で販売されていた昨日の大衆紙の一面は、小室哲哉氏の引退記事が多かった。確かに一時代を築いた作曲家かつ歌手、プロデューサーである。人生100年時代では、60歳の引退はこのような扱いになるのだろう、と思った。
ところが手にした大衆紙の記事には、不倫の禊ぎとして引退する、という内容ばかりだった。小室哲哉氏の不倫を報じることで、どれだけの社会的影響があるのか知らない。
彼は、独身時代に今の配偶者と交際しながら、同時並行に他の女性と浮き名を流してきた人物である。女性衆院議員の不倫疑惑ほどのニュースとして世間の興味をひかないのではないか。
また、彼の現在置かれた状況から不倫という問題でマスコミが取り上げるのは、彼に対する同情からの批判が出るかもしれない。女性議員の不倫疑惑とは問題が異なる。
多くの新聞各社は60歳引退で読者を惹きつけたかったに違いない。だから、タイトルの多くは引退の文字が大きかったが、一部不倫を大きく報じた新聞があり、これは的を外している。
創造的な仕事をしている人が、時代の急流についていけず、その才能に限界を感じて早々と引退、というのはいつの時代でも世間の話題となる。また、自分で才能に限界を感じ、それを打破できる気力が無ければ引退した方が本人も幸福であるが、華やかな世界では第三者から見たときに惨めさは増幅される。
技術者も創造的な職業の一つだが、昨日の羽生名人の姿勢のように、想定外の出来事に遭遇したときに、初めてその局面を前にしたらどうするか、と考える心の余裕や考え抜く気力さえあれば、いくつになっても楽しく仕事ができる。
また、技術者は新たな経験知を未知の自然に対抗するための新たな武器とすることができるので、経験知獲得の意欲さえあれば良い、ある意味長寿の時代に適した創造的職業かもしれない。
小室哲哉氏が売れていた時代に、グローブや華原朋美、安室奈美恵の曲を聴いたが、どれも同じに聞こえた。まるで演歌のような曲作りという印象だった。同じような旋律を歌手の変更により新鮮に聴かせているだけ、というのが当方の評価である。
セラミックスから高分子までまったく畑の異なる材料を扱ってきた経験からどうしても評価が辛くなるのかもしれない。しかし当方の仕事も扱った材料の範囲は広いが、混ぜる技術しか考えていなかった、と言われると辛いが、最近は、新しいチャレンジとして牛や羊を相手に格闘している。
混ぜる、というプロセシングは奥が深いのだ。混練プロセスでは、混ぜるだけでは不十分で如何に練り上げるかが求められる。セラミックスでは混ぜるプロセスと粉砕が同時に生じることもある。同じようなコード進行で曲をつくる場合と比較し難易度が大きく異なる。
また、その対象は味も素っ気も無い単なる材料だ。純粋に知的欲求を楽しめなければ、面白くも何ともない将棋の棋士ような仕事だ。ただ、期待以上の成果が出たときの喜びは大きい。「期待以上」の成果が得られるところが、形式知100%の科学の研究と異なる。
(注)科学的研究では、仮説にあった結果が出ることが求められる。結果が仮説から外れたのに仮説どおりのように修正することは捏造と言われている。技術では、機能が実現さることが重要で、期待した以上の機能が得られたときに、それを技術の成果にしても捏造とは言わない。ただし繰り返し再現性が求められる。
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