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2015.08/19 シクラメンの香り

秋から冬にかけて楽しめるシクラメンの香りは、布施明が歌って、40年ほど前の学生時代にヒットした曲だ。小椋佳作詞作曲のこの歌にはシクラメンの香りの特徴がうまく表現されている。ちなみにシクラメンのほのかな香りの成分にゲラニオールというテルペン類のアルコールが含まれている。
 
大学の卒業論文ではジケテンを出発物質としたゲラニオールの合成ルートを研究した。詳細は省略するが、このゲラニオールの合成研究では、失敗すると、精製分離したときにとてつもなく臭いにおいの物質が分離カラムから出てくる。
 
実験で失敗したのか成功したのかこれほどわかりやすいテーマは無かった。もちろん成功すれば鼻歌を歌いたくなるぐらいの良い香りが辺り一面に漂い、大学の事務の女性が実験室をのぞきに来たりした。このテーマのおかげでもてたのだ。
 
また、原料のジケテンはにおいをかぐこともできないくらいの刺激臭なのに、これが大変良い香りに変わるのが、頭で理解できていても不思議だった。不飽和脂肪酸では二重結合の位置が異なると腐敗臭になる、とか、何とかと言う化合物は水添される前はとてつもなく臭い、とか、試験問題として出されても、当時その臭さの理由を答えることができた。それでもゲラニオールのすがしい香りは不思議だった(注1)。
 
頭で理解できているのに不思議に思う感覚が重要であることに気がついたのは、ゴム会社に入社してからである。頭で理解できても分かったと思うな、と指導社員に教えられたからである。
 
実践知や暗黙知を学ぶときに、頭で理解できることは伝承の手続き上重要であるが、これらは形式知ではないので、頭で理解できていない知の世界が存在する。だから頭で理解できても分かったと思うな、と指導社員は言われたのだろう(注2)。
 
学校教育の効果かもしれないが、人間はまず頭で理解できなければ、なかなか身につかない。感覚的に理解するというのが苦手になってしまった。逆に頭で理解できれば教えられた形式知をすぐに実行できる便利な動物に進化しているのだが、科学誕生以前の遙か昔はうまくできたかもしれない技術の伝承が、現代は下手になっているような気がしている。
 
(注1)だから詩になったのかもしれない。何ともいえない不思議な良い香りだった。年をとり香りに鈍感になるのは悲しいことである。昨日花屋の店頭にあったシクラメンに気がついたのは、鼻ではなく目である。
(注2)バンバリーとロールを使いゴムを混練するプロセスは二軸混練機と異なり、混練状態を途中で観察することが可能である。わかりやすいプロセスであるが、二本の回転しているロールに巻き付いたゴムが時間とともに変性される現象は、今でも不思議に思う。ニーディングディスクやロータの組み合わせで混練状態が変わる二軸混練機よりも単純であるが奥の深いプロセスである。業務を担当して間もない頃、一日回転するロールのゴムを眺めていたがどのように混練が進むのか結局理解できなかった。平衡状態になっているように見えても、粘弾性を測定してみると、再現できないわずかな違いが現れる。誤差と呼ぶには大きな差が観察された。指導社員が面倒でもパイロットプラントレベルで試作したゴムを使え、と言われた理由を理解できた。

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2015.08/18 技術を重視した開発

科学は形式知として重要である。しかし、自然現象のすべてを形式知で理解できるわけではない。形式知で理解できる現象は限られている。換言すれば自然現象を科学的に理解するために人間は特殊な条件を設定してそれを見ているにすぎない。
 
これを補う能力として、人間には実践知や暗黙知がある。数年前TVで紹介された映像によれば、カラスでもこれらの知能を少し持っているようだ。カラスでも持っているような「知」なので人類は皆備えているのではないか。また、学校教育を受ける前の幼児が一人遊びできるようになるのはこの知能のおかげであるとも教育番組で放映していた。
 
ところが学校教育では形式知を中心に教育が進められている。アカデミアでは形式知一辺倒である。たまたま実践知や暗黙知を活用した研究者がノーベル賞を受賞しているが、実践知や暗黙知を活用する研究者は少ないようだ。しかし、アカデミアは知を追究するところでもあるので形式知以外の知もそこで扱うべきではないか。アカデミアの役割には真理の追究以外に知の追求と言う仕事もある。
 
企業には実践知や暗黙知の重要性を技術者に指導しているところもある。一方で科学に忠実に仕事を進めることを技術マネジメント(MOT)と勘違いしている経営者もいる。当然そのような企業では事業の企画も科学の美しさに魅かれた企画が中心になる。また、科学以外を排除しようとする極端な管理職も現れる(TRIZやUSITを推進しようとするのもその一例)。
 
ところで、技術開発の使命は自然界の現象から人類に役立つ機能を取り出し、それを製品に組み込み新しい価値を市場に提供することととらえたときに、もしこれを科学の知識だけで行ったらどうなるか。
 
科学情報が普及している現代ではすぐにそのような技術はコモディティー化することが予想される。それを防ぐために特許があるが、保護されるのは高々20年間である。20年後には形式知だけで組み上げられた技術は公知の科学的情報により容易にリベールされ、どこでもだれでも活用できるようになる。
 
自然界には,今でも科学で理解されていない現象が存在(注)している。それらの中には永遠に科学で理解できない現象もあるかもしれない。科学だけに頼っていては、それで理解できない現象を機能として利用できないだろう。
 
一方で、人類には実践知と暗黙知を蓄積できる能力があり、科学誕生以前にはそれらで自然現象を理解してきた。職人は後者を熟練というプロセスで獲得した機能を安定に製品へ創り込んできた。
 
技術者にも暗黙知や実践知は重要であるが、それらをメーカーでなければ学ぶことができない。ところがそのメーカーで科学一辺倒のMOTを行ったらどうなるか。それらを学ぶ機会がなくなる。
 
補足になるが、実践知や暗黙知で問題になるのは、これらが属人的な特性である点だ。また、うまく伝承するにも時間と工夫がいる。一つの工夫として形式知である科学を「利用」する方法がある。詳しくは弊社へ問い合わせていただきたい。
 
(注)PPSと6ナイロンが相溶する現象は、プロセスを工夫すると起こすことができる。通常科学的にはコンパチビライザーを用いる。これを用いていない、PPSと6ナイロン、カーボンという単純な三元系で製造されている中間転写ベルトが約10年近く市場で使われている。この技術のリベールは特許を取り寄せても難しいと思っている。

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2015.08/17 新入社員実習

ゴム会社の新人研修は、人事部所属で半年という長期間だった。その半年間に座学と現場実習を繰り返し、徹底的に会社の全体業務を学べるようにカリキュラムができていた。そして研修終了後、各人の希望を第3希望まで面接で話し合い、配属が決まった。
 
今もそのように行われているかどうか不明だが、人材を大切にする会社というイメージは、研修にも現れていた。この研修カリキュラムの一つに技術サービス実習があり、そこでの体験を書いてみる。
 
某支店で1ケ月実習したのだが、ある日指導社員に連れられて、某タクシー会社を訪問した。そこにはゴム会社の材料部門の開発担当者も来ていた。そのタクシー会社で、5台のタクシーについているタイヤの各種パラメーターをそれが装着されたままの状態で測定するのが当方の仕事だった。
 
帰り道、喫茶店で打ち合わせが行われ、その時初めて仕事の内容の説明を受けた。指導社員は状況をご存じだったのだが、統計的なデータを得るために事前情報を隠していた、と詫びられた。
 
驚いたのは、商品企画テーマとしてまだ採用されていないような基礎段階の材料を市場で検討していたことだ。基礎研究段階の配合なので万が一に備え、担当者は毎月このようにチェックしながらデータを集めているという。
 
タイヤの品質を落とさないため、新材料を一部に使っているだけなので、その品質は商品とほぼ同等か、商品よりも品質が上がっているとのこと。実際測定データはそのようになっていた。
 
2種類の新材料がタイヤに使われており、その比較として既存のタイヤが統計的に5台のタクシーに配置されているのだという。実車で新技術の可能性を試してから、企画を立案するのが、担当者の仕事のやり方だと説明してくれた。
 
基礎検討段階から市場で技術を試す考え方は、研究開発のスピードアップのために良い考え方だと学んだ。また、それを実現するための統計的品質管理手法も指導していただき、研究所に配属されても統計学を勉強する動機付けになった。

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2015.08/16 模倣と創造

東京オリンピックのロゴが模倣ではないかと騒がれている。その作者による別の作品が、模倣とされ、作者もそれを認めた。ただ認め方が良くない。スタッフの責任にしているのだ。誰が聞いても誠実さと真摯さが感じられない答弁である。もしスタッフの責任だというならば、最初からスタッフの名前を出しておき、自分は監修者として名前を添えればよかった。そのようになっておれば、今回の答弁に皆納得しただろう。
 
ところで東京オリンピックのロゴだが、模倣かどうか判断するのは当方の役割ではないのでコメントは避けたいが、どう見ても酷似しすぎている。サントリーの袋のデザインもそうだが、模倣そのままはパクリであり、創造が命の世界ではやってはいけないことだ。しかし、模倣から創造を生み出す手法もあり、この問題はややこしい。今回のデザインが模倣ではないとしたならば、仕事のやり方が下手であるので、機会があれば模倣から創造を生み出す手法をご指導したいと思っている。
 
すでにこの欄でも書いたが、日本化学会技術賞を受賞した高純度SiCの仕事はポリウレタンRIMの模倣からスタートしている。プロセシングを完全に模倣することから着想しているのだ。しかし、ポリウレタンRIMと似ても似つかぬ技術として創造している。かたやゴムのプロセシングであり、完成したのはセラミックスのプロセシングである。だから世界初の独創の技術として学会の賞をゴム会社は受賞できた。
 
模倣から創造を行うコツを機会があれば活動報告でも紹介したいが、弊社の研究開発必勝法の一部のプログラムである。難しい方法ではなく、とかくぱくりと騒がれる中国人にも容易に発明ができると喜ばれているコツである。東京オリンピックのロゴやサントリーの仕事もこのコツを用いていれば、騒ぎにならなかったと思っている。それどころかピカソ級の創造物が生まれた可能性がある。当方ならば現在の東京オリンピックのロゴを創造のレベルまで完成させることができる。ただしデザインとして美しいかどうかは自信がないが、技術では成功体験が豊富である。
 
著名な芸術家も習作として模倣を行っているので、模倣自体は悪いことではない。模倣したものを自分の創造物というところがまずいのである。模倣から出発しても創造のレベルまで創り上げれば自分の創造物と言ってよい。日本では創造者を尊重しない風土だからこのあたりはわかりにくいかもしれないが、ピカソなどの著名な画家でも模写を頻繁に行っており、彼の作品を観察すると模倣を当たり前として作業の中に取り入れていた可能性をうかがい知ることができる。
 
ただ彼は創造の真の意味を理解していたので、模倣のレベルの作品に対して自分の名前をつけなかった。あくまで創造の域に達した仕事に対して自分の名前を入れている。創造の域を見極められるかどうかは一流と三流の違いである。一流は模倣からスタートしても創造の域を見極められるので、誰もが新規性を認められる作品を創りだせるが、三流はそれができないので第三者から模倣に見られてしまう。
 
高純度SiCを初めとして当方の仕事について模倣と言われたこともなく、捏造騒ぎも起きていない。特公昭35-6616そのままの仕事である酸化スズゾルの帯電防止層の仕事でも、新たに出願した特許は公告特許として成立し、日本化学工業協会から技術特別賞まで頂いているほど創造の域に達している。
 
酸化スズゾルそのものは、昭和35年当時の再現だが、パーコレーション転移の制御方法や計測方法など古い特許に書かれていなかった、また過去に知られていなかった新たな技術を開発し、その再現が誰もできなかった技術の模倣であるにもかかわらず、誰でも機能を発揮できる技術として創造のレベルまで高めている。
 
それでは模倣と創造の違いとは何か?恐らく芸術でも研究や技術の世界でもそれは同じと思っているが、生み出された実体が持つ「新しさ」である。そこに万人が認める「新しさ」があれば、それは創造物と言える。東京オリンピックのロゴも基になったと言われているロゴと並べて新しさがあるかどうかを議論すればよい。
 
裁判で結論が出されてからひっこめる愚行だけは日本人としてやってほしくないと思っている。今回の場合、誠実な対応方法は辞退だが、一流ならば仮に模倣でなかったとしても模倣と言われれば「新しさ」の表現ができていなかったと反省して辞退するが、三流は辞退と言う言葉さえ思い浮かばないものである。
 
スタップ細胞の騒動では、その存在証明を示すマウスにES細胞が使われていた秘密を未熟な研究者は語らなかったので、退職した研究者に刑事事件として訴えられてしまった。東京オリンピックのロゴ事件も一流か三流かを問う踏絵状態に今なっている。名誉を守れるうちに、一流ならば早く決断したほうが良い。このような問題で決断が遅れれば遅れるほど傷は深くなることを昨年学んだはずだ。
 

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2015.08/15 まず、モノを持って来い(2)

「まず、モノを持って来い」手法で研究は否定されたのか?むしろ逆に研究は推奨された。但し、モノができ開発がスタートしてから研究が許されたのである。開発がスタートしていないテーマについて研究予算は付かなかった。
 
高純度SiCの技術では、モノは無機材質研究所でたった1週間未満の実験でできあがった。しかし、研究は開発とマーケティングを行いながら2年間続けられた。
 
すでにモノができあがっていたので、研究テーマを絞ることは容易だった。2000万円かけて超高温熱天秤を開発し、SiCの反応速度論を研究したのは、生産条件の妥当性確認と前駆体の品質管理技術開発の目的だった。この超高温熱天秤の開発ではBN部品の開発も一発勝負で行っている。それがなければ機能しなかったからだ。
 
この研究テーマで学位を取得したが、それはU取締役に勧められてのことだった。研究をなぜ行うのか、それは暗黙知を明確にするためだ、というのがU取締役の持論だった。
 
ゴム会社在職中にT大で学位取得を目指していたが、残念ながら審査の時期と転職がかさなり、モノ持って来いではなくカネ持って来いと教授に言われたので一度学位をあきらめた。しかし転職後もU取締役は激励してくださったのでC大学で10万円以下という安価な学位審査料で取得できた。
 
なぜ学位にまとめるような研究が必要になるのか。それは、技術開発だけでは、技術の伝承が難しくなるので形式知にして伝承するのである。しかし、すべてが形式知に転換できるわけではないので、その部分、すなわち暗黙知として残される部分を伝承するためにも研究が重要となった。
 
技術の伝承は、報告書だけでは難しい。ゴム会社では、技術を極めた人材をフェローとして手厚く処遇する人事施策も整っている。技術の暗黙知は人材で伝承する以外に方法は無いのである。人材流出に歯止めをかけていない企業では技術は枯れてゆく。

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2015.08/14 まず、モノを持って来い(1)

これはゴム会社の企画会議でU取締役が担当者に投げかけた言葉である。今多くの会社では、ステージゲート的な開発管理が行われている。すなわちウオーターフローの進め方で研究開発を行うのが一つの標準となっている。
 
しかし、U取締役は、まずモノを作ってみて機能の品質を安定に作り込むことが研究開発である、と約30年前に部下を指導されていた。ステージゲート法が出てきても独特の研究管理体制で開発が進められていた。1970年代のブームで設立された研究所も開発研究所と名前をあらためたぐらいである。
 
高純度SiCの事業が立ち上がる糸口を見つけられたのは、できあがった粉を市場へ持って行け、と言われ、自ら粉を生産しマーケティングを行ったからである。
 
ソフトウェアーの開発手法にアジャイル開発と呼ばれる手法があるが、これは「まず、モノを持って来い」という開発手法と同じである。すなわち、まず簡単な動くソフトウェアを作り、それを市場に出して不具合点や不足点を探り、その後それらを作りあげてゆく手法である。
 
科学に縛られて研究開発を行っているとこのような開発手法は難しくなる。しかし、技術ならばこのような開発手法は、コンピューターのソフトウェアーでなくてもあらゆる分野で実践することが可能である。
 
今研究開発のスピードアップが叫ばれているが、「まず、モノを持って来い」手法は一つのソリューションだと思っている。その技術マネジメントの中で考え出されたのが弊社の研究開発必勝法である。

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2015.08/13 未だ科学は発展途上(23)

中間転写ベルトのコンパウンドは、子会社の敷地を間借りして建設されたプラントで現在も生産が続けられている(現在はリスク管理の観点から国内2ケ所で生産を行っている)。科学では説明できない6ナイロンとPPSが相溶したコンパウンドが、技術で組み立てられた生産体制で品質が安定に維持(注)され、後工程の押出成形で高品質のベルト生産を可能としている。
 
科学の知の体系では、二相に相分離すべき系である。当初の材料設計では、この考え方に沿って開発が進められた。しかし、技術として完成できなかっただけでなく、分析を科学的に進めてもその原因を解明できなかった。
 
科学的に解決困難に見えたのだが、電気粘性流体の増粘の問題や酸化スズゾル薄膜の導電性問題のように、ウェルド部分では必ずこのような現象が生じるため、この技術を完成させることは不可能だという論法で前任者は否定証明を行わず、技術を完成させる意志決定をして当方に相談に来た。科学的手順でゆきづまったらヒューマンプロセスに頼る賢明さが大切である。
 
ところで、科学の知の体系では高分子のプロセシングの効果に関する情報が不足している。理由は、多くの高分子材料が非平衡で進行するプロセシングにより生産されているからである。これは科学的な解明が難しく、今でも研究が行われているテーマである。しかし技術では技術者の想像力により、異分野で行われている類似のプロセシングを応用することができる。そして異分野で成功した事例で起きている変化を活用し新たな材料を作り出すことができる(アナロジーの活用はヒューマンプロセスの一つ)。
 
技術者の知の体系では、アナロジーは重要な手段で、科学の知の体系では想像のつかない技術を生み出す原動力になっている。科学で未解明の現象でも、アナロジーにより機能を絞り出し、技術の実体として実現できる。
 
科学以外を排除するマネジメントでは、このような技術を生み出す土壌は育たない。TRIZやUSITなどのツールを用いて技術を科学で支配し、開発を論理的に進めることは科学の勉強になるかもしれない。しかし、実践知や暗黙知を軽蔑する風土では、形式知を超える技術を生み出すことが難しくなる。
 
6ナイロンとPPSが相溶し、しなやかなベルトを生み出すコンパウンドに科学的な解説を与えることは難しいが、カオス混合という技術について実践知と暗黙知がどのように生かされたのか説明することはできる。昨年高分子学会から招待されて、すでに公開された資料とその後の研究成果を基に1時間の講演を行っった。また、暑くて眠れない夜には、フローリー・ハギンズ理論の見直しを行い、睡眠不足解消に役立っている。
 
(注)ベルトの電気特性をコンパウンド段階でチェックしている。その結果、工場出荷されたコンパウンドでエラーが一度も起きていないという。弊社の研究開発必勝法を用いて短期間にプラント立ち上げから品質管理体制まで当方含め3人で行った。高純度SiCのプラントと同様に小平製作所に助けていただいた。

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2015.08/12 未だ科学は発展途上(22)

部下のマネージャーが成功したサンプルを見て、成功はしたけれど製品には載せられないですね、としたり顔で言い始めた。何故だ、と尋ねたら、デザインレビュー(DR)をやっていないから、というのがその答えだった(注)。
 
ここに至るまでの彼の姿勢から不誠実極まりない回答と感じたが、まさかできるとは思わなかったからすぐにやってみることに賛成した、と言うのである。すなわち失敗すればアイデアを諦めてグループリーダーの役目に戻る、と思った、といい、本心はグループのマネジメントを心配しての対応だったようだ。
 
正直なマネージャーである。不誠実と思ったが、彼は彼なりに20名近くのグループの運営を心配していたのである。君がグループリーダーをやれ、といったら彼は、それはむちゃな回答です、人事上ありえない、という。それにDRはステージゲート法に似ていて、各段階を踏んでステップアップしなければいけないので5ケ月ですべてのゲートを通過することは難しい、と教えてくれた。
 

一か月に3回ゲートを通過すれば、2ケ月後には、今検討している材料と同じファイナルステージになる、と言ったら、健康に気をつけてどうぞご自由に、となった。
 
DRの資料作りは徹夜すれば可能なので、一人で進められるが、問題は実験データである。部下のマネージャーは極めて堅物なので捏造でもしたら、その時点で新提案のプロジェクトは終了となってしまう。
 
新薬の開発などでデータを捏造をしたりするのは、おそらく薬が完成すればそれでもう商品ができた、という技術者の思い上がりが原因だろう。薬は人体への副作用なども明らかになって初めて完成する商品である。だから臨床データの捏造は許されない。
 
今回の中間転写ベルトについて、ベルトの押出成形機でコンパウンドを製造する、というプロセスは、その繰り返し再現性も確認していた。また、そのコンパウンドを用いて製造されたベルトを旧製品に取り付け絵出しを行い、PIベルトよりも美しい絵が出ることを確認できていた。
 
問題なのはコンパウンドの量産機が無い点である。ファイナルステージの手前のDRだけで許してもらえないのか、とマネージャーに相談したら、そんな馬鹿なことを言ったら品証部に叱られる、と悲鳴にも聞こえかねない回答が返ってきた。下手な回答をしたら、社内の調整を始めかねない困った上司に見えたのかもしれない。
 
DRのようなゲートを用いた管理はステージゲート法が有名で20年ほど前から日本でも普及していたが、当方は各社の実施状況を高分子同友会の開発部会など企業人の勉強会で話を聞き、この方法に疑問を感じていた。
 
すなわち開発スピードが要求される時代にウオーターフローのような開発の進め方をして良いのかという問題である。ゴム会社ではもっと気の利いた開発方法を行っていたが、そのおかげで高純度SiCの事業は立ち上がり、30年たった今でも事業が継続している。
 
今回の場合、ゴム会社であれば、すぐにやれ、という判断をトップが簡単に出してくれただろう。そしてトップは品質保証部に品質保証体制の構築の指示を出したと思われる。高純度SiCの事業立ち上げはそうだった。品質保証体制はすべて品質保証部が整えてくださった。しかし、今回は、仕様書も含め品質保証体制つくりも自分たちで行わなければいけない。それも5ケ月未満でプラント立ち上げとコンパウンドの品質検査方法も開発しなければいけない!コンパウンド技術の基盤もない会社でできるのか?
 
(注)今日の話は、苦労の状況をお伝えするために一部フィクションを書いている。実際には部下のマネージャーは二人いた。一人は極めてまじめで、仕事を誠実にこなすマネージャーだった。彼にマネージメントの仕事を託すことができたので、当方はコンパウンドのプラント建設に集中でき、感謝している。ただ最も大きな障害となったのは、DRを通過させる作業だった。このあたりは、書けない話もある。しかし、新製品の発売タイミングに支障をきたすことなく無事コンパウンド工場を立ち上げることができたので、終わりよければすべてよし、と気持ちよく退職するはずだった。しかし、この仕事以外に新たな仕事をすることになり、退職が一年延びて、最終日2011年3月11日は記憶に残る日となった。

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2015.08/11 未だ科学は発展途上(21)

技術の知恵の構造体が明確になっていると、アイデアを具体化しやすいばかりでなく、その実体を作り出す方法も見えてくる。もしその機能を創りだすために代用できる道具が身近にあるならば、それを活用して実体を作り出せばよい。この時その道具の本来備えている機能と全く異なる場合もあるが、代用できれば何でも良い。
 
新しい非科学的アイデアであるPPSと6ナイロンを相溶させるカオス混合で必要な機能は、急速に引き延ばし、すばやく折りたたむプロセスである。また6ナイロンをPPSに相溶後それを急冷しなければ相分離が始まる可能性がある(注1)ので、混練後急冷するプロセスが必要になる。
 
詳細な説明は省略するが、身近にあったベルト押出成形機がそれらの機能を備えていた(注2)。不完全な部分は「急速に」という点だけだった。実験用の押出機にはトルクと回転速度の大きなモーターが運良くついていたので、外部のコンパウンドメーカーの製造したペレットを押出機の能力限界を超えた速度で押し出してみた。サイジングダイには水を流し、押し出されたクチャクチャのベルトをそれで急冷した。
 
10kgほど強引に押出し、粉砕器でそれらを粉砕した。電子顕微鏡写真を見てびっくりした。6ナイロンの島は狙い通り無くなり、カーボンのソフト凝集体がうまくできていたのである。
 
一応その高次構造ができることを期待した実験ではあるが、あまりにも期待通りの高次構造が一発でできたので、そのような場合には、心の準備ができていてもやはり驚く。これは、30歳の時に無機材質研究所で初めて高純度SiCを合成できた時と同様の感動した驚きである。いくつになってもこのような感動は心地よい興奮を伴い天に上るような不思議な気持ちとなる。ましてや今回は30年近く温めてきたアイデアである。そのアイデアを試すチャンスが不運の処遇で訪れただけでなくその実現にも成功したのである。
 
理想通りのコンパウンドができたので、翌日それでベルトを成形してみた。周方向の電気特性を測定し、こんどは思わず涙が出てきた。PI製ベルトよりも精度の良い抵抗安定性だったからだ。6ナイロンがPPSに相溶していたので、脆さはMIT値でPPS単体の50倍以上となった。品質特性をすべて満たしPIよりも電気特性が優れたベルトを簡単に作ることができたと同時にカオス混合の条件と得られる機能も確認することができた。
 
(注1)科学的可能性なので対策は必須である。この技術を創りだしてわかったことだが、PPSと6ナイロンのスピノーダル分解速度は遅く、また流動状態ではこれが極めて遅いこともわかった。これは技術を創り上げる上において幸運な現象だった。このように技術を作ってみて初めてわかる科学もある。iPS細胞もそのような幸運があったので成功している。
(注2)どのような押出成形機でもこの機能を備えているわけではない。この時の金型形状は現場で5年間改良されてきた特殊な形状だった。驚くべきことは、その改良点には科学的意味があり、マトリックスが単一成分の時に発生した問題は、ウェルドも含め不完全ではあるが改善されていた。この部分は科学と技術の違いや科学的に解明されていない世界で科学的に問題解決した時に生じる問題を論じるには適した例であるが、そこには偶然様々な技術が生まれていたので、ここでその詳細を公開できない。ちなみにPPSだけの場合にこの金型で押出成形を行うと歩留まり30%程度で低価格プリンターにかろうじて使用できるレベルとなる。

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2015.08/10 未だ科学は発展途上(20)

バンバリーと技を用いて混練したコンパウンドを用いて、力学物性は脆くて使い物にならないが、電気特性は良好な中間転写ベルトを作ることができた。樹脂の混練については一流のコンパウンドメーカーの研究者から見れば素人だが、バンバリーを用いた高分子の混練については30年近く前に獲得した技術があった。技で製造したベルトの高次構造は6ナイロン相の島がPPSに分散し、その島の中にだけ導電性のカーボンが分散している。
 
もしこのベルトの高次構造において、6ナイロン相がPPSに相溶したならば、カーボンの凝集は拘束が無くなり、ソフト凝集体になるだろうと想像した。相談者も含め周囲はその考えに納得し、6ナイロンがPPSに相溶し、カーボンがソフト凝集して分散した高次構造のベルトを開発目標にしようと言うことがすぐに決まった。(この結果豊川へ単身赴任し、相談者から業務を引き継ぐことになった)
 
科学的には否定されるアイデアであるが、目の前に実体があり、6ナイロンを相溶させる技術的アイデアも用意していたので、社内の合意を得るのは簡単だった。
 
しかし、外部のコンパウンダーの説得には苦労した。挙げ句の果ては新しくコンビを組むことになった部下のマネージャーからアイデアが極めて危険な賭ではないか、と科学的に正しい指摘をされ苦しい立場になった。技術としては実現可能性が高い方法だと説明しても納得してもらえなかった。
 
結局部下のマネージャーは従来通り外部のコンパウンドメーカーからコンパウンドを購入し科学的に開発を進めて、当方が混練プラントを立ち上げることでその場は納得してもらった。驚いたのは外部のコンパウンドメーカーも了解したことだった。
 
あとが大変だった。危険な賭という噂が広まる前に、技術の知恵を完璧な実体として示す必要があった。しかし、新アイデアに用いるカオス混合機は、その時この世に存在しなかった。
 
この状態でどうするのか、弊社の問題解決法を用いて考えた。すぐに答えが出てそれを実行に移したところ、6ナイロンが相溶したPPSにソフト凝集したカーボンが均一に分散した理想通りのベルトを製造できた。知の全てを動員する点に特徴がある弊社の問題解決法は、巷の科学的問題解決法よりも強力である。

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