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2014.06/27 カオス混合(16)

押出成形技術については、新入社員時代の工場実習でゴム会社の職長から学んでいた。コンパウンドが作りこまれていなければ品質を維持できない、「いってこい」の世界である、と習った。押出工程でできるのは金型の温調ぐらいしかないので、コンパウンド段階で性能を作りこまない限り成形体の品質を安定にできない技術である。

 

このテーマのコンパウンドで目標性能を作りこむプロセスとは、カオス混合以外考えられなかった。さらにそのアイデアもこれまでの経験から十分に熟成できていた。あとは商品化直前のステージで行う方針変更について周囲を説得する戦術だけであった。

 

大きな問題は内製場所と予算だった。コンパウンドの内製化はテーマに含まれていなかった。ただこの問題は、二つの企業が統合するに当たりカンパニー制になっていたので、他のカンパニーに依頼すれば解決できる。本来ケミカル会社は現在の電子写真の子会社で会った方が良かったのだが、なぜか幸運にもコーポレートの研究を行う会社の子会社になっていた。ゆえにこのケミカル会社にコンパウンド工場を作ることを決心し調整を始めた。

 

次に金の問題である。製品化テーマのため開発予算変更は製品価格に影響するので、大幅な変更はできない。ただ、投資を1億円以下にして、数種類の製品でコンパウンドを活用するシナリオにすれば、新たな投資金額を誤差の範囲にできる可能性があった。また二軸混練機の納期は通常半年以上かかるので中古機以外に選択の余地は無いので1億円以下でプロセスを組み立てる見通しも立った。

 

残るのは人の問題である。製品化まで1年しか無い状態でコンパウンドの内製化技術を立ち上げるとなるとそれなりの人数を割かなければいけない。押出成形技術だけでもいろいろな問題を抱えていた。当方も工数を割かなければ内製化プラント立ち上げまでやりきれないことは見えていた。

 

また短期決戦では、少人数活動で効率を上げたほうが成功率が高くなる。すなわち、外に出せる業務は可能な限り外部に委託して、外部に委託できない仕事だけを行う方法である。金はかかるが、計画を立てやすい。幸い面白い男は教育のため当方の下につけていた。さらに現場には一名仕事はできるが問題社員のひげ親父がいた。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/26 カオス混合(15)

朝のミーティングでカオス混合装置の話をしたが、マネージャーからはコンパウンドをどこで作らせるのか、という現実的な話になった。このテーマでは、PPSと6ナイロン・カーボン系のコンパウンドを外部コンパウンドメーカーAから購入して押出成形技術を創り上げることがミッションだった。

 

製品化まで1年という期間のテーマ、すなわち製品化ステージに入っており、新たに混練技術を内製化する、という変更ができない状態だった。しかし、PPSと6ナイロンを相溶させる以外にこのテーマを成功させる道は無い。結局カオス混合技術を外部コンパウンドメーカーAで実現する以外に道は無かった。

 

そこで、混練プロセスの見直しを行いたい、という申し出を行ったところコンパウンドメーカーAは非協力的だった。説得するために納入されているコンパウンドの混練方法について少し見解を述べたら、素人は黙っていろ、と同等の厳しい言葉を言われた。

 

伸張流動が注目されていた時代である。そんな時代に剪断流動を重視した混練を提案しても否定されるのは分かっていた。さらにフローリー・ハギンズ理論に反した結果でこれを信じて1年以内に生産プロセスを作れ、といっても無理な話であることは当方も理解していた。しかし、PPSと6ナイロンを相溶させパーコレーション転移のシミュレーションから導かれた最適なカーボンクラスターを実現するためには、二軸混練機におけるスクリューセグメントの設計から見直したかった。

 

いくら説明してもダメだった。コンパウンドメーカーAの技術営業の頭が硬いのではなく当方を信じていない、ということが分かった。コンパウンドメーカーAの技術者も自信があるのであろう。当方が担当している押出技術さえ完成すればこのテーマは成功する、とまで言ってきた。早い話が押出成形技術の未完成はコンパウンド技術ではなく当方の責任、と言っているようなものだ。

 

当方はカーボンクラスターの説明からカオス混合の可能性まで一通り情報提供したが、ムダだった。質問すら無かった。信用が無い、ということはコミュニケーションもおかしくする。せっかく面白いデータが出て、それをすぐに業務へ反映させようとしたが、外部の協力が得られず頓挫した。コンパウンドメーカーAへの対応はマネージャーに任せ、内製化の準備を始めた。

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/25 第52回高分子材料自由討論会

昨日まで表題の討論会に参加していた。表題の討論会は、昭和30年代後半高分子の物性加工で分からないことが多かった時代に、学会が主催する講演会では時間が少ないのでゆっくり討論できる時間を取るためと官学交流の場として企画されたそうだ。

 

当方はゴム会社から写真会社に転職した20年前に東大N先生に紹介されて参加している。参加のきっかけは、ゴム会社で半導体用高純度SiCの冶工具事業を立ち上げ、FDを壊されるという事件で転職したばかりの頃、転職先の高分子技術のレベルが低く、当方が研究管理だけやっていたのではだめな状況だったから。

 

自らが技術を引っ張りあげなければレベルが上がらない、と考え、N先生にご相談した。N先生はゴム会社の先輩に当たり、当方のキャリアがセラミックスであったこと、そして学位を取得したばかりだったことなど考慮してくださり、この討論会を紹介された。

 

今回の討論会もそうだったが、学会の講演会と異なり、研究としてまとまっていない話題が多い。だから問題点が明確になる。面白い討論会である。また学会発表であれば聞きに行かないであろうテーマの講演もホテルに夜9時まで拘束されるので聞くことになる。

 

勉強の場として初めて参加したときにレベルの高さについて行けなかったが、門前の小僧習わぬお経を読む、のごとく、2回程参加したところ高分子の先端の話題を理解できるようになった(注)。門外漢には便利な討論会である。

 

ただ20年近く参加してきて感じていることは、アカデミアから新しい話題が無くなってきたことである。AFMの見直しや高分子の管モデルからの脱却、粗視化の工夫など温故知新的な取り組みには、期待できそうな香りがあったが。

 

環状高分子の精密合成のようなそれを研究して何に役立つのか分からないようなテーマと思われる講演もあった。ところが、20年近く聞いてきたので感動もしないと思われた環動高分子の基礎と応用で、環動高分子を微量添加したときの物性変化の話題が、このテーマと頭の中で結びつき、疑問に思っていたことが氷解し感動した。

 

科学の真理の中には、社会に役立つどのような機能に結びつくのか分からないものもある。だから基礎研究はもう不要というのは乱暴で、このテーマのように真理が確定したことで、それを活かすアイデアが生まれる場合がある。科学の研究にムダはない、といった物理学者がいたが、自然界の真理を確定する成果が出る限りにおいて恐らくそれは正しいのだろう。じっくり聞ける講演会の長所である。

 

(注)OCTAの世界を勉強できたのもこの講演会のおかげである。写真会社の後半の仕事に勉強の成果を活かすことができた。前半の仕事は、酸化スズゾルのパーコレーション転移制御のように「高分子」が無くても出せた成果が多い。

カテゴリー : 一般 学会講習会情報

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2014.06/24 カオス混合(14)

押出成形機の最大速度で押し出したベルトの電子顕微鏡写真には、6ナイロン相の島が無く、さらにカーボンクラスターの形状も変化していた。面白い男の大発見である。さっそくTダイを手配して、並行スリットの実験を行った。詳細は省略するが、期待していたデータだけでなく面白い結果もたくさん得られた。単身赴任してからアイデアが行き詰まっていただけに喜びもひとしおであった。

 

分かってしまえば簡単な答でもなかなかそれが見つからない時がある。間隙の狭い並行スリットに樹脂を押し出す実験を行えばすぐに答が得られたわけだが、それが分かっていても、身近に装置がないのでできない、と一度思い込んでしまうと隘路にはまる。その様なときには他人に話してみると良い。この事例のように、他人の頭を借りて自分が陥った隘路を打開するのである。

 

面白い男の素性が分かっておれば素直に相談したが、まだ転職してきたばかりなので、素直に相談しても相談された側が困るのではないかと遠慮していた。しかし、現場で何気なく話したことで一気に解答が得られた。ところが、彼はその答を得ようとして努力したわけでもなく、むしろ上司の話した内容の否定証明を行おうと思って実験して、思わぬ発見をした。彼はセレンディピティーが優れている。

 

ところで、科学において間違った命題の否定証明では予期せぬ結果が出るものである。

 

PPSと6ナイロンはχが大きいので相溶しない。だから成形装置の能力上限で製造したベルトではPPSと6ナイロンは相溶していないだろう、上司の考えを否定するには試作ベルトの結果と装置能力上限のベルトの結果を揃えて報告すれば良い、と彼は考えたのだ。

 

PPSと6ナイロンはχが大きいのでベルト成型の過程では相溶しない、という前提条件が、この否定照明において間違っていたために、予期せぬ結果となりDSCで測定したTgが大きく下がった。そして電子顕微鏡観察で6ナイロンの島が消失しているデータから新たな真実が生まれると同時に機能が明確になり、開発テーマを成功に導くプロセシング技術の設計が完成した。

 

自分一人で思い悩むよりも他人を巻き込んでアイデアを練った方が良いアイデアになる。三人寄れば文殊の知恵とは良い言葉である。今回の場合は犬も歩けば棒にあたる、のほうが良いかもしれない。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/23 カオス混合(13)

面白い男が出社したのでマネージャーとともに呼び出し、15分ほどミーティングを行った。実験結果の説明を受けながら、金型の図面を見て驚いた。リップ部の設計がPETの押出成形で用いていたTダイと少し異なり、並行平面となっていたのだ。

 

そして面白い男はPPSと6ナイロン、カーボンの組成のベルトをサンプリングするときに、試作していたベルトではなく、試作終了後に押出機に残っていたコンパウンドを清掃のため装置の最大速度で押し出したベルトを採取していた。

 

なぜそのベルトをサンプルにしたのか尋ねたところ、試作で流れているベルトについてはすでに過去に測定済みで、少しベルトのTgがコンパウンドのそれよりも下がっていることを知っていたからという。さらに、最大速度で押し出したベルトでも同様の結果であれば、上司の言っていることは間違っている、と自信を持って報告できると考えた、と応えてきた。

 

頼もしい男である。当方は、普通に押し出したのではベルトのTgとコンパウンドのTgが大きく変化しないことは知っていた、と自分で測定したDSCのデータを見せた。さらにDSC以外に自分で計測していた粘弾性のデータを見せて、粘弾性の装置の中で混練を進めるとTgが下がってゆくという現象を説明した。

 

彼の目が輝くのが分かった。そして彼は口を開き、ご自分で計られたのですか、感動しました、と言ったので、どう思う、と問いかけたら、以前の会社の上司は、決して自分で実験をしない人だったので、と脱力感を味わう答が返ってきた。目が輝いたのは、部長にもなって実験をしている上司に対して驚いていたのだ。

 

感動して欲しかったのは、粘弾性測定装置のパラレルプレートを回転させて混練を行うと、損失係数のピーク温度が下がってゆく現象だ、と説明した。そして、ベルト成形機の押出速度を上げて実験を行うと、このデータを再現できる可能性があり、それを君に指示しようと思っていたところだ、と付け加えた。

 

すごいですね、予想されていたのですか、と彼は驚いていた。素直に驚かれると金型のリップ構造を知らなかった当方は恥ずかしいが、兎に角カオス混合を実験できそうな装置が身近にあることが分かった。

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/22 カオス混合(12)

頭の中にカオス混合を実現できる機能とその装置の構造が浮かんでいても、それを実証できる設備が無かった。本当は東工大の実験装置を借りて実験を行いたかったのだが、6ナイロンでは透明になりません、といわれたので頼みにくくなった。

 

豊川へ単身赴任してから、毎日カオス混合を実現できる実験装置のことばかり考えていた。単身赴任した同じ頃に面白い男が某ゴム会社から転職してきて部下になった。ゴムベルトの開発を担当していて面白くないから、というのが転職理由だったが、転職先でまたベルトの担当になった、と嘆いていた。面接の時に業務内容を聞かなかったのか、と尋ねたら、電子写真のキーパーツ開発だ、と言われたのでベルトではない、と期待したとのこと。

 

電子写真のキーパーツに中間転写ベルトがあることを知らない君が悪い、ゴムベルトではなく樹脂ベルトなので面白いぞ、と言ったら、どこが面白いのか、と興味を示してきた。例えば目の前のベルトでは6ナイロンは島になっているが、これが相溶したら面白くないか、と言ったところ、フローリー・ハギンズ理論をご存じですか?と科学的では無いことを言っている上司を疑い、さらに不安そうに仕事のことを尋ねてきた。

 

単身赴任するにあたり、高分子材料のわかる若手を1名確保するように人事に頼んでおいたが、結構期待できる人材を確保してくれた、とこの時感じた。写真会社では上位に入るぐらいの高分子の潜在能力はありそうである。自分の知識で上司の力量を測り、科学的ではない会話で不安になってきたのだろう。冗談ついでに、目の前のベルトのTg評価を行うと、コンパウンドよりも下がっているぞ、と話したら、楽しそうに、計ってみましょうか、と答えてきた。

 

翌日の朝、机の上にDSCのチャートが載せられており、!マークが2つも書かれていた。定時後、自発的に現場でサンプリングし、冗談で話した実験を実行したことが,そのマークの力強さから伝わってきた。そして驚くような結果だったのでチャートを上司の机の上に置いて帰宅したのだ。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/21 STAP細胞は存在するのか

カオス混合(12)の前に、科学的に未解明の現象が多い状態で科学的真理を導こうとしたときに生じる問題について、STAP細胞を例に考えてみたい。

 

つい先日、山梨大若山教授から否定証明により、ネイチャー誌に投稿された論文で使われたSTAP細胞が彼から提供されたマウス由来ではないことと、ES細胞だったことを示す科学的なデータが公開された。この結果は科学的に正しい結果だろう。しかも第三者機関が出したデータなので客観性もある。注意しなければいけないのはこのプロセスが否定証明である点だ。

 

気の早いメディアでは、この結果からSTAP細胞は存在しないという結論を掲載しているところもある。否定証明は、ある命題を否定しただけであって、全てを否定しているわけではない。仮に否定しようとした命題が間違っていたならば、否定証明で得られた結論も正しくないケースも出てくる。今回科学的な真実として示されたのは、現代の科学で証明された事実から導かれた、未熟な研究者が用いた細胞は若山教授が提供したマウス由来ではなかった、という一点である。

 

未熟な研究者は若山教授のマウスの細胞からSTAP細胞を作った、と主張しているので、現代の科学を元に判断すると、未熟な研究者は論文捏造だけでなくウソまで言っていることになる。もし、ここで理研からSTAP細胞作成成功という実験結果が出てきたら、単にSTAP細胞が存在する、という真実が示されるだけでなく、若山教授の真実まで疑わなければいけない状況、すなわち現在得られている科学の真実を再度見直さなければいけない状況まで生まれることになる。

 

これは、かつてゴッドハンドを持つ男と言われた考古学者が考古学の発見を捏造したためにそれまでの成果についてすべて見直しを行わなければいけなくなった事件と似た状況である。STAP細胞の論文捏造事件では、誰かがウソをついているのか、あるいは科学に誤りがあるのかどちらかとなる。

 

科学的に怪しい世界では、科学を厳しく見つめる技術者が必要になる。もし現在の科学の状況でSTAP細胞を作りたいならば、科学的アプローチではなく技術的アプローチを取るべきで、STAP細胞を作りだす機能をまず捜すべきである。そしてそのロバストを高める研究を行い、改めて科学的研究に入るのが正しい問題解決の方法である。

 

STAP細胞では細いスリットを通過させるプロセスが重要といわれており、このプロセスについては山形大学から最近発表された真理を知らないとその機能が見えてこない。すなわち生化学とレオロジーのクロスした地点がSTAP細胞の重要な機能になっている可能性がある。そしてこの機能が明らかになったときに、細胞刺激におけるレオロジーのような新たな学問分野が生まれるのかもしれない。将来必要となる科学についても(www.miragiken.com)で扱ってみたい。

 

 

カテゴリー : 一般

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2014.06/20 カオス混合(11)

昨日東工大の研究において二枚のガラス円盤に挟まれたPPSと4,6ナイロンでカオス混合が起きているかどうか怪しい、と10年前の感想を書いたが、山形大学の最近の研究論文から推測すると剪断速度の速い円周付近では、カオス状態になっている可能性がある。この山形大学の研究論文とはカオス混合(1)で紹介した親切な研究者が送ってくださった論文のことである。

 

10年ほど前に東工大の論文を読んだときにはカオス混合が起きているのかどうか疑い、相溶ではなく混和で透明になっているのか、とも考えたりしていたが、O先生との議論の過程で相溶が起きている、と確信し、PPSと6ナイロンも急速な伸張を行えば相溶が進行すると考えた。

 

もし、山形大学の論文が10年前に存在していたならば、他の人も同様のアイデアを持ったかもしれない。この論文が無かったおかげで当方だけがアイデアを思いつくことができた。科学情報の少ない中で自然現象から人間に便利な機能を抽出できる能力は、技術者の不断の努力と成功体験で培われる。

 

科学者は目の前の現象から真理を導き出すために研究し論文としてまとめるのが仕事だが、技術者は自然現象から機能を取り出しロバストを上げて実用化するのが仕事である。それぞれの過程でそれぞれの能力が磨かれてゆく。山形大学では、フィルムの多層押出で発生する現象からこの論文の研究が行われた。

 

この論文には、キャピラリーの壁面にポリマーAをコーティングしておいて、その中にポリマーAあるいはポリマーBを溶融状態で流した結果が考察されている。するとポリマーAとポリマーAとの組み合わせ界面では生じないスリップが、ポリマーAとポリマーB の界面で起きるという。

 

この実験は、ABA型の3層で構成された積層フィルムの押出成形における界面の挙動を考察した研究の中で行われた一部で、異相積層フィルムの押出でもスリップが発生しているそうだ。この研究結果から、東工大の二枚の円盤の実験における4,6ナイロンの島相とPPSの界面でも同様に、スリップが発生している可能性が高い。

 

スリップが起きた瞬間には、相対的に4,6ナイロン相の界面のある位置とPPSのある位置とがずれて、それまで等速に剪断力を受け残っていた規則性が、一気にカオス状態になる様子を想像できる。すなわち、ガラス円盤の外周に近い領域では剪断速度が速くなると同時にスリップも頻繁に起き、中心部とは異なった混合状態になっている可能性がある。

この機能を実用化したプラントが7年近く稼働している。

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/19 カオス混合(10)

PPSへナイロンを相溶させる研究は、単身赴任する2年ほど前に東工大から論文として公開されていた。但しその研究で用いられていたのは4,6ナイロンであり、6ナイロンとは異なっていた。東工大のO先生に6ナイロンも同様の結果になるのか尋ねたところ、4、6ナイロンは相容するが6ナイロンは残念な結果だ、と教えられた。

 

開発を始める前の事前調査で第三者の意見を聞く習慣は毎度のことであったが、開発方向と反する見解が聞けたときにはささやかなイノベーションを期待でき、その様なケースでは成功確率も高かったので、カオス混合は成功する、という感触をつかむことができた。単なるヤマカンではない。東工大の研究論文に基づき、これから開発を行う内容について検証した結論である。検証法等は弊社の研究開発必勝法プログラムの一部ツールを用いる。また、弊社のこのプログラムについては(www.miragiken.com)でも一部その考え方を紹介している。

 

ところで参考にした東工大の研究内容だが、高分子の相溶現象をその場観察できる優れた方法を用いていた。二枚の透明ガラス円盤の間にPPSと4,6ナイロンが混練された材料を挟み、高温度で片側の円盤を回転させて剪断力をかける。このとき中心と外側では剪断速度が異なり、外側で早くなる。これを下側からカメラで観察する。上側からライトをあてれば、相溶し透明になる変化をその場観察できる。

 

この方法によるとPPSと4,6ナイロンでは、300℃で相溶の窓が開く。さらにその温度では、周辺がわずかに透明になるだけだが、310℃になると周辺のかなりの部分が透明になる。すなわち、温度と剪断速度で決まる特定条件でPPSと4,6ナイロンが相溶することをこの研究は示している。そしてこの研究の結論はχが小さいのでこのような変化が起きた、とある。だからχの大きな6ナイロンでは相溶しない、とO先生は答えられたのだ。

 

O先生には悪いが、質問しながらカオス混合のプロセスを開発できる自信が高まった。すでにχの大きな場合でも高分子が相容する現象を見いだしていたからだ。科学の世界ではO先生の意見が正しいが、技術の世界ではχが大きくても相溶できた実績があれば、そのロバストを上げる条件を捜すだけで技術を完成させることが可能である。制御因子が分かっておれば、タグチメソッドで解決できる。

 

O先生との議論をする前に、ある機能を頭に描いていた。この研究の実験におけるガラス円盤と類似の機能である。すなわち狭い平行平面で働く剪断力という機能である。回転する円盤の実験では、間に挟まれた材料から見れば無限に引き延ばされていることになる。無限に引き延ばされながら混練されている、これはカオス混合そのものである。

 

偏芯2円筒を用いた京都大学によるカオス混合のシミュレーションでは、有限空間でカオス混合を実現するために折りたたむ必要があった。しかし、カオス状態を作るのに折りたたむことは必須ではなく、大きく急速に引き延ばしカオス状態にできればよい。

 

東工大の研究では、円盤の運動は等速なので残念ながらカオス状態まで進んでいるかどうか怪しいが、円盤ですりあわせるだけでも混練が進行し透明になる、という事実は、事前に頭に描いていた装置の機能が間違っていないことを示していた。この研究では、円盤の回転速度はモータートルクとの関係で上限が決まっていたが、頭の中の装置では引き延ばす速度を自由に変えることが可能であった。

 

 

カテゴリー : 連載 高分子

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2014.06/18 カオス混合(9)

ポリオレフィンとポリスチレン系TPEが相溶するという「笑劇」的実験結果で、それまでのもやもやが一度に晴れた。さっそくこのポリマーアロイを押出成形してフィルムを製造したところ偏光板ができた。ポリスチレン系TPEの量を増やしたところ偏光量は大きくなり、クロスニコルで暗くなる。社内で実験結果を報告しても誰も感心を示さない。また、当方もその目的で実験を行っていなかったのでこの結果はどうでも良かった。

 

アペルの耐熱性を上げるのが当方の仕事であった。ゆえにアペルについて錠と鍵の関係になる高分子を探索したのである。分子モデルを組み立て思考実験を行ったところポリスチレンとイソプレンを組み合わせるとぴったりと寸法があったので、まず易しいところから実験を行ったのだ。科学的にはフローリー・ハギンズ理論で否定されるが、技術的にはうまくゆくと思われる組み合わせである。

 

この組み合わせで成功したならば、ポリオレフィンで同様の分子設計を行えば良いだけである。さらには、得られたTPEについてポリスチレンを水添すればアペルに相溶できるポリオレフィンとなるはずだ。問題は、組み合わせるポリスチレンのTgが82℃なので、Tgを高めることができるかどうかだ。ただしうまく錠と鍵の関係のように相容すれば側鎖基が噛み合ってTgは上がるはずである。

 

ポリスチレン系TPEの量を40wt%まで増やしたところTgは126℃から139℃まで上昇した。ただTgを上げることはできたが最初から予想したとおり複屈折の問題が現れ、この設計ではレンズとして使用できない。複屈折があると分かっていたので偏光板の実験を行ってみたわけだが、一人で作業をしている現実を甘んじて受け入れなければならない残念な結果だった。

 

しかし、χが0でなくとも混練条件を選択すれば、分子どおしがうまく絡み合ってその結果高分子が相溶するという現象を見つけたことは重要な収穫で、カオス混合実現に大きく近づいた感触を得た。

 

年が明けて、この機能を使用しアペルと組み合わせるポリオレフィンの分子設計を行って、レンズの耐熱性を上げる、という企画を提案したが、フローリー・ハギンズ理論から考えて不可能だろうとボツにされた。アペルとポリスチレン系TPEで成功しているから簡単だ、と説明しても採用されなかった。

 

ちょうど写真会社がカメラ会社と「混合」された時期であり、両社がうまく「相溶」したシナジー成果が求められていた。カメラ会社では、PPSと6ナイロン・カーボン系のコンパウンドで中間転写ベルトを開発していたがうまくいっていなかった。このPPSと6ナイロンの組み合わせバインダーはカオス混合の効果を検証するのに魅力的に写った。

カテゴリー : 連載 電気/電子材料 高分子

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