昨日東工大の研究において二枚のガラス円盤に挟まれたPPSと4,6ナイロンでカオス混合が起きているかどうか怪しい、と10年前の感想を書いたが、山形大学の最近の研究論文から推測すると剪断速度の速い円周付近では、カオス状態になっている可能性がある。この山形大学の研究論文とはカオス混合(1)で紹介した親切な研究者が送ってくださった論文のことである。
10年ほど前に東工大の論文を読んだときにはカオス混合が起きているのかどうか疑い、相溶ではなく混和で透明になっているのか、とも考えたりしていたが、O先生との議論の過程で相溶が起きている、と確信し、PPSと6ナイロンも急速な伸張を行えば相溶が進行すると考えた。
もし、山形大学の論文が10年前に存在していたならば、他の人も同様のアイデアを持ったかもしれない。この論文が無かったおかげで当方だけがアイデアを思いつくことができた。科学情報の少ない中で自然現象から人間に便利な機能を抽出できる能力は、技術者の不断の努力と成功体験で培われる。
科学者は目の前の現象から真理を導き出すために研究し論文としてまとめるのが仕事だが、技術者は自然現象から機能を取り出しロバストを上げて実用化するのが仕事である。それぞれの過程でそれぞれの能力が磨かれてゆく。山形大学では、フィルムの多層押出で発生する現象からこの論文の研究が行われた。
この論文には、キャピラリーの壁面にポリマーAをコーティングしておいて、その中にポリマーAあるいはポリマーBを溶融状態で流した結果が考察されている。するとポリマーAとポリマーAとの組み合わせ界面では生じないスリップが、ポリマーAとポリマーB の界面で起きるという。
この実験は、ABA型の3層で構成された積層フィルムの押出成形における界面の挙動を考察した研究の中で行われた一部で、異相積層フィルムの押出でもスリップが発生しているそうだ。この研究結果から、東工大の二枚の円盤の実験における4,6ナイロンの島相とPPSの界面でも同様に、スリップが発生している可能性が高い。
スリップが起きた瞬間には、相対的に4,6ナイロン相の界面のある位置とPPSのある位置とがずれて、それまで等速に剪断力を受け残っていた規則性が、一気にカオス状態になる様子を想像できる。すなわち、ガラス円盤の外周に近い領域では剪断速度が速くなると同時にスリップも頻繁に起き、中心部とは異なった混合状態になっている可能性がある。
この機能を実用化したプラントが7年近く稼働している。
カテゴリー : 連載 高分子
pagetop
PPSへナイロンを相溶させる研究は、単身赴任する2年ほど前に東工大から論文として公開されていた。但しその研究で用いられていたのは4,6ナイロンであり、6ナイロンとは異なっていた。東工大のO先生に6ナイロンも同様の結果になるのか尋ねたところ、4、6ナイロンは相容するが6ナイロンは残念な結果だ、と教えられた。
開発を始める前の事前調査で第三者の意見を聞く習慣は毎度のことであったが、開発方向と反する見解が聞けたときにはささやかなイノベーションを期待でき、その様なケースでは成功確率も高かったので、カオス混合は成功する、という感触をつかむことができた。単なるヤマカンではない。東工大の研究論文に基づき、これから開発を行う内容について検証した結論である。検証法等は弊社の研究開発必勝法プログラムの一部ツールを用いる。また、弊社のこのプログラムについては(www.miragiken.com)でも一部その考え方を紹介している。
ところで参考にした東工大の研究内容だが、高分子の相溶現象をその場観察できる優れた方法を用いていた。二枚の透明ガラス円盤の間にPPSと4,6ナイロンが混練された材料を挟み、高温度で片側の円盤を回転させて剪断力をかける。このとき中心と外側では剪断速度が異なり、外側で早くなる。これを下側からカメラで観察する。上側からライトをあてれば、相溶し透明になる変化をその場観察できる。
この方法によるとPPSと4,6ナイロンでは、300℃で相溶の窓が開く。さらにその温度では、周辺がわずかに透明になるだけだが、310℃になると周辺のかなりの部分が透明になる。すなわち、温度と剪断速度で決まる特定条件でPPSと4,6ナイロンが相溶することをこの研究は示している。そしてこの研究の結論はχが小さいのでこのような変化が起きた、とある。だからχの大きな6ナイロンでは相溶しない、とO先生は答えられたのだ。
O先生には悪いが、質問しながらカオス混合のプロセスを開発できる自信が高まった。すでにχの大きな場合でも高分子が相容する現象を見いだしていたからだ。科学の世界ではO先生の意見が正しいが、技術の世界ではχが大きくても相溶できた実績があれば、そのロバストを上げる条件を捜すだけで技術を完成させることが可能である。制御因子が分かっておれば、タグチメソッドで解決できる。
O先生との議論をする前に、ある機能を頭に描いていた。この研究の実験におけるガラス円盤と類似の機能である。すなわち狭い平行平面で働く剪断力という機能である。回転する円盤の実験では、間に挟まれた材料から見れば無限に引き延ばされていることになる。無限に引き延ばされながら混練されている、これはカオス混合そのものである。
偏芯2円筒を用いた京都大学によるカオス混合のシミュレーションでは、有限空間でカオス混合を実現するために折りたたむ必要があった。しかし、カオス状態を作るのに折りたたむことは必須ではなく、大きく急速に引き延ばしカオス状態にできればよい。
東工大の研究では、円盤の運動は等速なので残念ながらカオス状態まで進んでいるかどうか怪しいが、円盤ですりあわせるだけでも混練が進行し透明になる、という事実は、事前に頭に描いていた装置の機能が間違っていないことを示していた。この研究では、円盤の回転速度はモータートルクとの関係で上限が決まっていたが、頭の中の装置では引き延ばす速度を自由に変えることが可能であった。
カテゴリー : 連載 高分子
pagetop
ポリオレフィンとポリスチレン系TPEが相溶するという「笑劇」的実験結果で、それまでのもやもやが一度に晴れた。さっそくこのポリマーアロイを押出成形してフィルムを製造したところ偏光板ができた。ポリスチレン系TPEの量を増やしたところ偏光量は大きくなり、クロスニコルで暗くなる。社内で実験結果を報告しても誰も感心を示さない。また、当方もその目的で実験を行っていなかったのでこの結果はどうでも良かった。
アペルの耐熱性を上げるのが当方の仕事であった。ゆえにアペルについて錠と鍵の関係になる高分子を探索したのである。分子モデルを組み立て思考実験を行ったところポリスチレンとイソプレンを組み合わせるとぴったりと寸法があったので、まず易しいところから実験を行ったのだ。科学的にはフローリー・ハギンズ理論で否定されるが、技術的にはうまくゆくと思われる組み合わせである。
この組み合わせで成功したならば、ポリオレフィンで同様の分子設計を行えば良いだけである。さらには、得られたTPEについてポリスチレンを水添すればアペルに相溶できるポリオレフィンとなるはずだ。問題は、組み合わせるポリスチレンのTgが82℃なので、Tgを高めることができるかどうかだ。ただしうまく錠と鍵の関係のように相容すれば側鎖基が噛み合ってTgは上がるはずである。
ポリスチレン系TPEの量を40wt%まで増やしたところTgは126℃から139℃まで上昇した。ただTgを上げることはできたが最初から予想したとおり複屈折の問題が現れ、この設計ではレンズとして使用できない。複屈折があると分かっていたので偏光板の実験を行ってみたわけだが、一人で作業をしている現実を甘んじて受け入れなければならない残念な結果だった。
しかし、χが0でなくとも混練条件を選択すれば、分子どおしがうまく絡み合ってその結果高分子が相溶するという現象を見つけたことは重要な収穫で、カオス混合実現に大きく近づいた感触を得た。
年が明けて、この機能を使用しアペルと組み合わせるポリオレフィンの分子設計を行って、レンズの耐熱性を上げる、という企画を提案したが、フローリー・ハギンズ理論から考えて不可能だろうとボツにされた。アペルとポリスチレン系TPEで成功しているから簡単だ、と説明しても採用されなかった。
ちょうど写真会社がカメラ会社と「混合」された時期であり、両社がうまく「相溶」したシナジー成果が求められていた。カメラ会社では、PPSと6ナイロン・カーボン系のコンパウンドで中間転写ベルトを開発していたがうまくいっていなかった。このPPSと6ナイロンの組み合わせバインダーはカオス混合の効果を検証するのに魅力的に写った。
カテゴリー : 連載 電気/電子材料 高分子
pagetop
本日カオス混合の(9)をとりやめ、STAP細胞に関して報じられた新たなニュースで科学と技術について分かりやすい事例があったので取り上げる。詳細については、昨日のWEBニュースや新聞で取り上げられているので省略するが、本日とりあげるのは山梨大学若山教授の会見である。若山教授は、すべての責任を押しつけられるのではないかという恐怖感があった、とそこで語っており、その恐怖感から真実解明を急いだと言われている。
若山教授が恐怖感を感じたお気持ちを理解できる。当方もゴム会社でFDのデータを壊されたときに日常の流れから同様の恐怖感を味わった経験があるからだ。そしてその恐怖感は社長室乱入腹切り事件として現実になってしまった。STAP細胞の事件も、関係者の発言を聞いていると、当事者である未熟な研究者が真実を語らず、副センター長も責任が直接指導した若山先生にあるかのような発言をしている。
若山先生の立場では、性善説と理研の組織体制の中で精一杯の努力をされた方で、罪があるとしたならば、科学の世界では危険な存在の未熟な研究者の正体に早めに気がつき対処しなかった点であろう。しかし、関係者の中で一番早く自分の責任に気がつかれたので、その後のとるべき行動を会見でのべた恐怖感もあり迅速に結果を出せたと思われる。
とにかく若山先生の責任感と恐怖感のおかげで、論文取り下げから「論文に取り上げられたSTAP細胞」の正体まで理研のメンバーよりもいち早く結論が出された。この作業に科学と技術を正しく理解することが重要であることを示す事例が生まれた。それはイムレラカトシュも指摘している、「科学では、容易で確実にできるのは否定証明である」ということを示した事例である。若山先生は第三者機関の助けも借りて、STAP細胞騒動の真相を否定証明で迅速に科学的に証明した。
恐らく若山先生は迅速に結論を出し、自分の責任の所在を明確にされたかったのだろうと思う。否定証明で出てきた結果は、若山先生が未熟な研究者に騙されていた事を示している。「簡単に騙された」責任は残るが、そもそも科学では性善説で運営されているので悪意のある研究者がいた場合にはその責任は軽減されるか無くなるはずだ。
さて、この若山先生の行動はSTAP細胞の存在を証明しようとしている理研の立場からはどのように見えるのか。おそらく迷惑な仕事に見えているに違いない。若山先生の出された否定証明について「STAP細胞の存在を否定するものではない」という、「当たり前な」見解を発表している。理研の立場では、正しくは若山先生の結果の重要性を指摘した上で、STAP細胞を作る技術は、再生医療に革命を起こすので、その存在証明を行うために技術開発を急ぐと回答すべきであった。
すなわち若山先生は恐怖感から迅速に結果を出したかったので、科学的に間違いなく正しい結果を出せる否定証明を行ってそれに成功したが、理研は再生医療の技術を開発するためにSTAP細胞の存在を証明する研究を推進しているのである。科学的に容易である否定証明ではなく、科学的には極めて困難であるが技術として重要なSTAP細胞を作る機能の明確化とその存在証明を行おうとしている。
ただし理研の担当者はここでずるいことを考えており、存在証明ができたならば論文問題の騒動をうやむやにできるのではないか、という意図が見え隠れしている。科学と技術を混在化させて研究を推進しているだけでなく不純な動機が報道関係者への発言から漏れてくる。
STAP細胞の技術を生み出す努力は重要である。しかし、今回の騒動について正しい原因の究明と再発防止は、国の研究機関として「今」最も重要なはずである。若山先生が示された否定証明による真実は、未熟な研究者が若山先生のマウス以外の細胞を使い、さらにES細胞を用いてSTAP細胞を作った事実を明らかにしている。まずこの事実に基づきSTAP細胞の責任を明確にすべきである。
但し、この否定証明が為されたからと言って、STAP細胞が存在しないことが証明されたわけでないことは理研の主張どおりである。科学の否定証明で示された真実は、その事実をひっくり返す技術の出現で容易にひっくり返される「弱さ」がある。歴史の荒波に耐えた科学の真実が未来も残ってゆくだけなのだ。
科学は自然現象を眺める哲学に過ぎない。技術はよりよい生活環境を得ようとする人間の営みでもある。人間の強い思いが新たな技術を生み出し、科学を鍛えた事例はいくつもある。理研が純粋な気持ちで技術を追究したならばSTAP細胞は現実に生まれるかもしれない。
カテゴリー : 一般
pagetop
三井化学のアペルという光学用ポリオレフィン樹脂は、バルキーな側鎖基によりTgをあげた分子設計がなされている。このバルキーな側鎖基でできる空間に入り込む高分子としてポリスチレン系TPEに着目した。すなわち錠と鍵の関係になるような高分子の組み合わせで相溶を実現しようというコンセプトを考案した。
これを実現するためには分子設計だけでなくプロセス設計も重要である。一般に樹脂はTm温度以上で混練される。この樹脂をTmより低い190℃で混練したところ、DSCのTgで計算されるエンタルピーが安定化するために30分以上かかった。Tm付近の200℃では、10分程度で安定化したが、190℃で安定化して得られたエンタルピーよりも高かった。
DSCで計測されるTgのエンタルピーは、高分子の自由体積の量に相関するとも言われている。すなわち混練された樹脂がアモルファスでスカスカな状態の場合には、このエンタルピーは大きくなる。逆にアモルファスでも密度が高い場合には、この値は小さくなる。実際に得られた樹脂の密度とこのエンタルピーの値とは相関していた。
錠と鍵の関係で相溶させるためにはこのエンタルピーが小さくなるような条件で混練しなくてはいけないだろう。この値が大きくなる条件で混練したのでは、χが0ではないのでうまくバルキーな側鎖基とポリスチレンのベンゼン環とが噛み合わないと想像される。小さくなる条件では、バルキーな側鎖基にポリスチレンのベンゼン環がひっかかり、抱え込みつつ混練が進行してゆくはずだ。
バルキーな側鎖基がポリスチレンを抱き込みつつ混練が進行したところでTg以下に急冷すればアペルとポリスチレンが相溶した樹脂が得られるはずである。ただし、このような現象は教科書や論文には書かれていない、あくまで勝手な想像、思考実験だ。技術者にはゴールを実現するための機能が必要で、この機能を探るための思考実験は大変良いツールである。真実が保証されていない現象で発現している機能でも、思考実験では難なく実現できる。
この思考実験と仮説とは異なる。仮説とは真理を組み合わせて新たな真理を導き出す(注)ことだが、この思考実験では、真実とは保証されていない条件まで動員して機能の働きを確認するのである。妄想でも構わないのである。ただしどのような思考実験を行い、実際の商品で機能がどの程度のロバストで再現されるのかは、技術者の経験に依存し、それを高めるのは技術者の責任である。
常識外れなTm以下で行う樹脂の混練で、そのTg付近のエンタルピーが下がって安定化するなどという科学的真理は存在しない。ゴムのロール混練で得た経験からの「期待値」である。樹脂補強ゴムでは、樹脂のTm以下の混練を何度も経験していた。そして樹脂のTm以上で混練するよりも速く混合が進むことを経験で得ていた。自分で勝手に剪断混練と名付けていた。
アペルを混練できそうな170℃から200℃までの温度領域で、短時間で最小のエンタルピーになる条件を探したところ、180℃20分という混練条件でエンタルピーは0.25mj/deg・mg以下と最小になった。この条件で、市販のポリスチレン系TPEとアペルとを混練したところ、完全な透明物は得られなかったが、Tgが一つになる混練物が得られた。
ポリスチレン系TPEの最適化を行えば完全に相溶して透明になる現象が観察される、と期待し、300程度合成処方を考え、それを実行してくれるメーカーを探したところD社が見つかった。実際には300もの合成をするまでもなく16番目のTPEと混練して透明なポリマーアロイが得られた。
(注)数学では、論理ですべてを証明できるが、物理や化学では論理だけで必要十分な条件で証明できない場合があるので実験が重要になる。すなわち実験により新たな真理を証明するのである。そのために実験サンプルやノートをずさんに扱う、という姿勢は科学者に許されない。
カテゴリー : 連載 電気/電子材料 高分子
pagetop
前回の(6)では、ゴムのSP値から科学と技術の話になったが、二種類の高分子を混ぜる時の科学について、未だに解明されていない事項が多いため、30年経っても進歩していないように見える。だから、ゴム会社の友人がカオス混合装置について妙なシミュレーションの発表にしない方が良い、とアドバイスしてくれたのだろう。
高分子を混ぜるときには混練と呼ぶが、低分子の時には混合すると表現されている。どこから高分子というのか、という議論と同様に混合と混練の境界も曖昧である。ところが混ざり合った平衡状態の科学では、低分子についてSP値で議論し、高分子ではχで議論する。そしてχパラメーターをSP値で表現する式まで提案されている。
これを大学では完成された科学の理論として学ぶ。低分子の溶液論については物理化学の学生実験にテーマとして組み込まれている(40年前の話)。当時高分子の相溶については、幾つか完全に相溶する例が知られていたが、皆χパラメーターは大変小さな値だった。リアクティブブレンドは、χが大きくても相溶状態を作り出せる唯一の方法だった。
どのくらいの大きさまでリアクティブブレンドで相溶できるのか確認するために有機高分子と無機高分子の組み合わせについて取り組んだ。この活動報告では高純度βSiCの開発にその様子を詳しく書いたが、OCTAで計算して得られた8以上というχの値の組み合わせでもリアクティブブレンドで相溶状態を作り出すことが可能であることを見いだした。
もちろん簡単では無かったが、条件を工夫さえすればどんなに大きなχであってもリアクティブブレンドで高分子を相溶できることが分かったことは大きな成果だ。これがわかると、リアクティブブレンド以外の方法でも高分子の相溶を実現できるのではないかと思いたくなる。分子間相互作用のある系については当時学会発表にも登場していたので、高分子の立体的な構造で相溶を実現できる系を探すことにした(注)。
(注)
人生とは面白い。高純度SiCの事業化では、6年間一人で死の谷を歩き住友金属工業とJVを立ち上げることになるのだが、ストレス解消と上司の勧めもあり、ゴム会社内のあらゆるテーマの御用聞きをしていた。会社内の活動なので、他部署のテーマのお手伝いをさせられることになる。
電気粘性流体は、メカトロニクスの一分野として長く研究されて実用化が見えていなかったテーマだった。開発しなければいけない最も難しい機能は、ゴムの中に電気粘性流体を入れたときに、ゴムからゴムの配合物が電気粘性流体に染みだしてきて電気粘性流体の粘度を著しく上昇させる現象だ。この現象のために電気粘性流体の耐久性が悪く実用化が見えていない状態だった。
分析結果では、ゴムの配合物のあらゆるもの(すなわち大半)がシリコーンオイル中に抽出されていた。面白いのは、ゴムとシリコーンオイルのχパラメータは大きいのでシリコーンオイルがゴム中に拡散することはなく、ゴムの外に染みだしてくることはなかった。問題を相談されたときに思わず吹き出しそうになったことを覚えている。
本来相溶しないポリマーによりゴム内の配合物が抽出される現象というのは当時知られていた理論を駆使しても説明つかないはずだ(これについての仮説は後日述べる)。そのため問題を説明していたプロジェクトリーダーは、メカニズムは不明なのでその解析を行って欲しい、と依頼してきた。メカニズム解析よりも問題解決が先だろう、と言ったら、抽出メカニズムが分からないので問題解決ができない、と科学の観点で問題を捉えている悩ましい姿で回答していた。
抽出されても增粘しなければいいのだろう、と問うたら、そんな当たり前のことができればすでにやっている、と叱られた。あくまでも現象の機構が分からないから問題解決できない、という科学的石頭の説明である。自然科学の現象で解明された現象であれば科学的にメカニズムを解明し科学的に対策をうてばよい。
しかし科学で解明されていない現象では、問題解決を行うために必要な機能を考えた方が簡単である。電気粘性流体の耐久性の問題では、增粘を防ぐ機能を電気粘性流体に付与すれば良いだけである。
相談を受けて1日で問題解決できた。電気粘性流体の担当者は皆χやSP値を一生懸命議論していた。この問題では界面活性剤を添加すれば機能が付与されるわけで、χやSP値のことを散々考えていたところへ飛び込んできた問題なので、それでは解決できないと判断でき、すぐに頭を切り換えることができた。
ただこの仕事では、せっかく解決できても担当者に恨まれる結果になった。理由は界面活性剤の検討をすでに1年以上やっていて見つからなかった、という過去があったのだ。それを当方が簡単に一晩で見つけてきたものだから、問題の解答を示したときに、全員が絶句した。
なぜ彼らは1年以上も界面活性剤を探索して結果を出すことができなかったのか。それは科学的なアプローチを行い、否定証明に向かったためだ。実際にそのような報告書ができていた。一晩で問題解決した手法は弊社の研究開発必勝法そのもので、後日紹介する。
科学と技術は異なる、この点が分からなければ解決できない典型的な問題だった。それがχとSPの問題を考えていたときにでくわした。科学から技術へ頭を切り換える必要があったが、科学が怪しい、と判断していたので、あっさりと科学をすてて技術で問題解決を行った。
カテゴリー : 連載 高分子
pagetop
昨日のビッグニュースと同時にSTAP騒動に対して理研の改革委員会から発生・再生科学総合研究センター解体の提言が出された。カオス混合(7)は明日書くことにしてSTAP騒動の発生以来これまで関係者の発言を聞いていて釈然としない自己責任の重要性を述べてみたい。自己責任についてはドラッカーもリーダーの重要な資質である誠実で真摯な姿勢の表れとして著書でよく論じていた。
昨日の報道によると、改革委員会から、騒動の中心人物である研究ユニットリーダーのリケジョはじめ論文に関わった重要人物の責任が明確に出された。その結果としてセンター解体まで言及している。センターまで解体すべきかどうかはともかく、改革委員会が指摘した責任問題は国民の納得ゆく内容である。STAP細胞に用いたマウスが、そのDNAの解析からまったくインチキだったことまで明らかになりリケジョがどのような実験をしてどのようなことを企んでいたのか明らかになってきた。
本人も分かっているはずなので「生き別れの息子捜す」などと発言できる立場ではない。マスコミに向けられたこれまでの発言内容を聞く限りリケジョには自己責任の四文字が全く意識されていないように思われる。副センター長やセンター長も同じで、本来改革委員会から提言が出る前に自己責任の四文字がわかるような誠実な対応をしておればセンター解体までの表現が改革委員会から出されなかったはずである。
STAP騒動のような事件が起きたときに他人から言われる前にリーダーは自己責任から状況にあった行動を取るべきである。リーダーがそのような行動を取った時に本当に大切なものが守られるのである。
高純度SiCの事業化を住友金属工業とのJVとして立ち上げた時にFDを壊され研究開発の妨害をされる事件が起きた。騒がなければ良かったのだが静かにしていたらいかにも犯人の意思表示と思われる壊され方をされたので上司に告発したが、ゴム会社では事件を隠蔽するほうに動いた。
責任を取って自分のライフワークとまで考えていた仕事から身を引いた。タイヤ会社でうまく育つかどうかわからない出たばかりの事業の芽を守るためである。その結果30年以上その事業は続いている。自分が0から立ち上げた自負があっても誠実に対応しなければいけない状況では、組織人としての判断を優先すべきである。
ゴム会社の高純度SiCの事業には無機材質研究所の関係者やプロジェクトをスタートしたときの会社幹部の方々のご尽力や期待があり、個人のテーマ(注)ではなくなっていたのである。STAP細胞の騒動も同様で、このテーマはもうリケジョ一人の息子では無いのである。リケジョに限らず関係者は自己責任の四文字をよく考えた決断をして頂きたい。
(注)このテーマはゴム会社でCIが導入されたときにファインセラミックスと電池、メカトリニクスの3本の柱が新事業の方向という方針が出され、創業50周年記念論文に投稿するために企画されたテーマである。
(続編)
理研特別顧問が提言を受けて辞任するという。自己責任の観点から妥当な判断だが、その理由が「留まる理由は無い」とか「リケジョの採用過程は臨機応変に行った結果」とか言い訳がましい。後者は半分理解でき、同情する部分もあるが、本来一連の試験を行った上でリケジョを特別枠で採用すべきであった。
一連の試験をスキップして採用した結果、リケジョがどのような人物なのか不明のまま、その危険性に気がつかずに現職に就かせて今回の騒動が起きたことにまだ気がつかれていない。企業の研究管理をされた経験のある方ならば、今回のようなリケジョの扱いには慎重になる。
当方も経験があるが、頭は良いが重要な仕事を任せられない人がいる。訓練しても理解はできるが、その部分については全く欠如して責任感が身につかない人がいる。その様な人には本人にその旨を気付かせて問題が起きないような仕事の与え方をしなければいけない。そして本人が組織に貢献できる仕事を正しく選べるように指導しなければいけない。これは管理者として難しい仕事であるが責任をもってその人材を指導してゆくのが職責である。特別顧問はそれを怠ったのである。月10万円という報酬からの責任ではない。職務の責任である。報酬が高いか安いかはこの場合無関係である。税金で運営されている組織であることも考えて頂きたい。
カテゴリー : 一般
pagetop
本日カオス混合(7)を書くつもりでいたら、昨日次のようなビッグニュースが飛び込んできた。
http://scienceportal.jp/news/newsflash_review/newsflash/2014/06/20140611_03.html
ちょうど今弊社のサイト www.miragiken.com でも燃料電池を取り上げたところだけでなく、このニュースで取り上げている白金触媒に置き換わる金属二核錯体酵素の存在を4月24日の本欄で書いたばかりである。
4月24日の活動報告では、東工大S先生の退官記念最終講義に出席した話題を書いた。アカデミアの最終講義だから居眠りをしたという話ではないが、読みようによってはその様にとられてしまう「技術の妄想」の話である。
自然現象を前にして、科学は真理を追究するが、技術は機能を考える。これは弊社の科学と技術に対する考え方で、研究開発必勝法プログラムの思想でもある。S先生の最終講義は、まさに酵素を模した金属二核錯体合成の「真理」を追究した話であり、その道半ばで退官するので後進はこの分野を完成して欲しい、と締めくくっていた。
S先生は学生時代の先輩で酒の飲みっぷりは良いが頭の回転の速い人だった。しかし講義終了後のパーティーで先生のお仕事は燃料電池の電極になる、というお話をしたところ、僕はその分野はわからんので、という言葉が返ってきた。若い頃はそのような返事をされない先輩だった。
年をとって人間が円くなったとか、謙虚な先生だという話をするつもりは無い。優れた科学者のご返事である。当方は、S先生の科学の講義を聴きながら、機能を思いつき燃料電池がひらめいた。そして講義の最中に燃料電池が機能して発電していた。それだけS先生の講義はすばらしく「科学的」世界であった。すなわち普遍性の真理が新しい機能の妄想を生みだし、もし目の前に実験室があれば、すぐにでも燃料電池ができそうな雰囲気になったのだ。講義は面白かったし、先生はその講義を科学者として締めくくられたのだ。ゆえに先ほどのご返事になったのである。
もしS先生の最終講義(注)にご興味のある方はお問い合わせください。後日この話題は、www.miragiken.com でも取り上げます。ただこのサイトの記事は書きためてあるので、そこへ割り込ませる関係上1ケ月以上後になります。(未来技術研究部では、昨日高分子同友会で勉強してきました藻類を使ったバイオディーゼルの話題が先に出てきます。)
(注)アカデミアの最終講義は通常参加費無料で開催されている。このような儲け話もあるので時間があれば出席するようにしている。
カテゴリー : 一般 宣伝 電気/電子材料
pagetop
科学と技術では思考方法や現象の取り扱いが全く異なる。これを車の両輪と言う人もいたが少し違うと思う。科学技術とくっつけて論じる人もいるがおよそ異なる概念をくっつけてミソクソ一緒に語るのにも無理がある。但し宮本武蔵の二刀流のように科学と技術両方のスタイルで現象に対峙することは訓練あるいは適切なツールの使用でできるようになる。
当方は科学と技術の思考方法について、コロンボとホームズの事件解決で行う推理方法の違いに似ていると思っている。ゆえにどこかのシーンでコロンボが、わたしゃホームズのような刑事じゃない、というセリフを語っていたが、それは正しい感想だ。コロンボとホームズではその思考スタイルが異なるのだ。このあたりについては www.miragiken.com で説明しているのでそちらを見て頂きたい。
現象に対峙するときに科学の接し方と技術の接し方を区別しないとどうなるのか。STAPの騒動では真理を見いだそうとする視点と機能を重視する視点とを区別しないために問題が起きた、とも言える哲学の事件である。渦中のリケジョは科学者ではなくテクニシャンだったのだ。実験ノートから伺われるのはレベルの低い技術者の顔である。レベルの高い科学者かつ技術者でもあるバカンティー教授にこのリケジョがかわいく見えたのは当たり前である。
科学者は目の前の現象から真実を探そうとするが、技術者は目の前の現象で機能を確認しようとする。現象を前にしたときに、すでに科学者と技術者は異なる姿勢になっている。科学の世界でリケジョが犯した過ちを正しく理解すると、科学と技術の違いを明確に教育してこなかったアカデミアの責任が見えてくる。
批判を恐れずに言えば、科学で世の中全てが動いている、と誤解しているアカデミアの研究者がいる、という問題だ。すなわち技術によって生み出された人工物も存在し、それに含まれる知識まで科学がもたらした、というとんでもない勘違いをしていることだ。科学的ではない思考法で生み出された人工物も多いのだ。
だから学会は科学と技術が対等に議論できる場になるべきで、対等の議論ができるようにそれらを明確に区別しなければいけない。もし学会がそのような風土であればSTAP細胞の問題はすぐに是正ができたはずで、論文の内容表現も変わり何も問題が起きなかった。
昨日のロール混練の条件を変えて上司の理論に合致する実験結果を導いた指導社員の話(注)は、科学で解明できていない、それゆえ真実がどこにあるのか不明な技術を使い、科学のデータを創り出さなければいけないという科学者から見ればパラドクスのようなものだった。しかし、科学と技術が別物であることを認めればパラドクスでもなく、一つの作業手順であることに気がつく。そこに気がつけば効率的な科学の研究方法や技術開発の手順が見えてくる。弊社の研究開発必勝法はそこに着眼したプログラムだ。www.miragiken.com に一部紹介している。
(注)理論に合うように得られた実験データに修正を加える作業を捏造という。しかし、理論に合うデータを得るために、理論に影響を与えない(と思われる)操作手順を変えて理論に一致する実験データを得るのは、捏造ではない。
科学では実際にデータが得られている事が重要なのである。科学の新規領域を開拓するときには、科学的な技術が不明なので、しばしばこのような滑稽な手順を見ることができる。本来は、理論を実現できるロバストの高い技術を開発してから科学的研究を進めなくてはいけない。
iPS細胞では、iPS細胞を実現できるヤマナカファクターをKKDで見いだし、そして科学的研究を行ったのでノーベル賞受賞へとつながった。NHKの放送で山中博士は特許の都合で公開してこなかった、と言い、消去法による実験をしたことを明かしている。
STAP細胞の騒動では、笹井副センター長も確認したようにSTAP現象は存在すると思われる。しかし、技術と科学をミソクソ混ぜたように扱い、さらにミソまでもクソのようなハートマークで表現する実験の進め方をしたのでせっかくの科学的真理が分からなくなってしまったのである。
科学では1000に1個でもよいから、誰でもどこでもその手順を踏めば実現できることが重要で、技術では実現すべき機能を明確にしてそのロバストを高めることが要求される。STAP騒動では刺激をどのように与えればよいのか、すなわちSTAP現象を引き起こす技術が分かっていないために、あるいは細胞と外部刺激の関係における基本機能が分かっていないために、作ることができないのだ。
iPS細胞発見のように、まずSTAP細胞を作る技術を確立してから科学の研究を始めれば良い。この意味が分からない人はSTAP細胞を創り出すことはできない。
よく研究者に「モノ」を作ることはできない、という人がいるが、研究者は一つ一つの現象に潜む真理に目を奪われ、機能を見ようとしないからである。「モノ」を作れないのではなく、基本機能という概念を理解していないのが原因である。タグチメソッドでも基本機能の議論になると激論になる。
カテゴリー : 連載 高分子
pagetop
樹脂補強ゴムの開発では、ゴムのSP値を測定しなければならなかった。きれいな海島構造の相分離を可能とする組み合わせを求めるためだ。フローリー・ハギンズ理論のχパラメータで高分子の相分離は議論されるが、指導社員からはSP値が分かっている溶媒にゴムを溶かし溶解する状態観察からSP値を求めるように言われた。
SP値については分子構造のモノマー単位に着目して計算するSmallの方法も知られていたが、必ず溶媒から求めるように言われた。ゴム業界でSP値と言えば溶媒法で求めるのが標準と教えられた。しかしSP値を求める実験は退屈な作業だった。
毎回配合が変わる度に測定していては面倒なのでサンプルビンを大量に用意し、ドラフトの中にそれを並べ、たこ焼きを作るときのタコを入れるようにサンプルビンに実験で使用予定のゴムを一切れずつ落とし、そのまま放置しロール混練を行いながら作業の合間に観察するという手抜き方法を考案した。
丁寧に実験を行ったときよりも廃棄溶媒が増えるが、他の作業と並行して実験できるというメリットがあった。しかし、それで予期せぬ事を学んだ。SP値が適合したゴムと溶媒の組み合わせでも静置したままでは溶解していかない場合があったのだ。スパチュラーで強引に撹拌してやってはじめて溶解するのだが、多少振盪しただけでは膨潤したままで溶解しない。
おそらく擬似ゲルかエントロピーの関係だろう、と指導社員から教えられた。正則溶液の理論ではエントロピー項はモル分率だけで表現されていたが、高分子では様々なコンフォメーションが存在するために理想溶液の混合理論では取り扱えない、とも説明を受けた。ヘキサンとシクロヘキサンの溶解性の違いも同様で、χパラメーターで高分子の溶解を議論するにはエントロピー項の中身の精度があがらないとだめだ、と説明を受けた。
大学の講義では、χパラメータで高分子の相分離が議論できると習った。会社ではそれが使えないという。カルチャーショックという言葉があるが、これはカルチャーショックというレベルではない。大学で学んだ高分子科学の内容が明確に否定されているのだ。もっとも当時大学で学ぶ高分子科学は、合成化学が中心で、一次構造に対して高次構造ができる、その高次構造は現在学会で議論されている、と言う程度だった。
そのため指導社員から学ぶ高分子物性論は新鮮な内容だった。ダッシュポットとバネのモデルで説明しながら、この方法ではクリープを説明できないので将来このモデルは無くなる、とか、**先生のレオロジーはケモレオロジーといってなにやら怪しい話をしているが、このあたりは怪しいだけでなく間違っている、とか歯に衣着せぬ評論が面白かった(注1)。
さらに*△先生はこの会社の部長時代に上司だったが、自分の理論から導かれたグラフどおりのデータがでないと何度も実験のやり直しをさせられた。そのうえデータの捏造を許さないから大変だった。ロール混練の条件を変えてプロセスでデータを作りこんだ(注2)が、高分子という学問の実態を知る良い体験学習だった、と皮肉交じりに教えてくれた。科学のデータを創り出すためには、まず技術が必要であるというSTAP細胞と同様の状況であった。
(注1)指導社員の高分子の世界感はユニークだったが、OCTAの世界感に似ていた。分子レベルから行うズーミングとは逆にバルク状態から分子レベルへ考察を進める独特の説明は面白かった。
(注2)この連載のどこかでポリオレフィンとポリスチレン系ポリマーが相溶した体験を書くが、その体験では、混練条件を変更すると相溶しないというおもしろい現象に遭遇した。その体験ではカオス混合のヒントがまた一つ得られた。
カテゴリー : 連載 高分子
pagetop