紙の発明は105年とされてきたが、それより250年前にも紙があった、というのが定説である。紙は科学が無い時代に技術だけで発明された情報記録媒体である。科学が無くてもこのような優れた材料を生み出すことができる点に着目し、未来技術へ展開するサイト(www.miragiken.com)を運営しています。
ところで、紙の定義は、主として植物体から繊維を取り出して、これを水の中に分散させ、金網や簾で水をこしわけて、薄く平らに絡み合わせて乾燥させたものとされたが、JISではプラスチックの表面を紙のように筆記具で記録可能な形態に変性したものまで紙に入れている。
ここでは50%以上のセルロースを含む紙だけをとりあげるが、それでも最近様々な紙が登場している。これらの紙の大半は、セルロースが含まれるパルプと他の材料とのハイブリッドである。
例えば、写真の印画紙や高級印刷物、食品容器に使用されるコート紙は、セルロース繊維で作られた紙に樹脂を積層したものである。またインクジェットプリンターで紙に印字するとコクリングが発生するので、その問題を解決するために、ラテックスと複合化したインクジェット専用紙も存在する。
また、有機材料であるセルロースと無機材料とを複合化させた有機無機ハイブリッドペーパーも実用化されている。例えば、折り紙で作ったイメージの焼き物を製作するために使用されるセラミックペーパーや、お祝い事に使用される水引に、セルロースと無機材料との複合化により発水性をもたせた超越紙水引と呼ばれる製品も登場している。
車愛好家に広く知られている“ボール紙ボディーの車”トラバントは、1958年から1991年まで長きにわたり、モデルチェンジもしないで発売された東ドイツの車だが、これは品質が悪いために揶揄された表現で、実際にはセルロース強化プラスチックであるFRPが使用されていた。
ちなみに、日本における産業用のゴミの分類では、セルロースからできているパルプが50%以上含まれていれば紙として扱われるので、トラバントの環境技術的先進性を評価すべきかもしれない。
約40年ほど前に、環境技術の一手段として古紙のリサイクル性をあげる目的で、混練によるパルプ樹脂複合紙が研究された。10年ほど前には、大阪の町工場で、この材料を用いたゴルフ用品が開発された、とニュースで報じられた。
この材料は生分解性を備えており、マナーの悪いゴルファーがティーの形状でゴルフ場に捨てていっても、1年ほどでその形が無くなる、とニュースでは報じていた。しかし、このニュースはいささか怪しく、なぜならばセルロースは多糖類なので土中のバクテリアにより分解しても、複合化に用いた石油由来の樹脂は残るはずである。100%完全な生分解性樹脂ではないが、形状が無くなればゴルファーのポイ捨ての罪悪感は少し救われるのかもしれない。
混練によるパルプ樹脂複合材料は、完全な生分解性樹脂ではない、という問題以外に、パルプに含まれるセルロースの水酸基には複雑な構造のアルデヒド類が結合しているので、これが混練時に分解し異臭を放つという難問がある。当然ながら製品にもその異臭は残る。
しかしこの異臭の問題については、混練プロセスにおける厳密な温度管理と樹脂の配合を工夫すれば解決できる。その技術で製造されたポリエチレンとパルプの複合材料は、ポリスチレンと同等の弾性率を有し、繊維形状のフィラーの配合された複合材料ゆえに脆さはポリスチレンよりも改善されるという特徴をもつ。フィルム状に押出成形を行えば、記録メディアとして使用可能である。
紙はセルロースの主要な用途だけでなく、プロセスから材料物性までセルロースの性質をうまく活用した製品と見ることができる。様々な紙の技術が登場しても、歴史のある薄く平らにパルプを絡み合わせて乾燥させた紙は、セルロース分野で優れた商品の位置を占める。
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セルロースが高分子であるがゆえに観察される性質について、結晶性高分子と非晶性高分子の視点で概説する。
ここで、非晶性高分子とは、結晶化しない高分子を意味する。そのような高分子は、成形加工などのプロセスでも結晶化することはない。ゆえに密度や弾性率は結晶化した高分子よりも低く、一般に力学物性が劣るとされる。しかし無機ガラスと同様、光学的均一性が高くなるため、結晶特有の性質を利用しない光学特性が要求される分野には、不可欠な高分子である。
セルロースは、光合成により反応が進行し、高分子量化したものであり、そのつながった構造を一次構造と呼ぶ。この一次構造が不規則であると非晶性高分子となる。一次構造を不規則にする方法には、対称性の低い低分子を不規則に並べるか、高分子の規則性のある部分に他の低分子を反応させ、規則性を崩す方法がある。
後者は、規則性が高い天然高分子を非晶性高分子に変える手段として有効で、合成セルロースの一部は非晶性である。余談だが、光学用高分子として供給されている石油由来の合成高分子のほとんどは、ここで述べる非晶性高分子ではなく、カタログに非晶性高分子と書かれていても加工条件を工夫すれば結晶化できる。
加工条件を制御して結晶性高分子を非晶化して用いた場合には、加工後の温度条件や力学的要因などで結晶化する場合があり、品質問題が起きる原因となっている。たとえば無機ガラスで観察され、その機構も明らかになっている失透現象の原因の一つは、部分的に生成した微結晶で引き起こされる。
注意深い耐久試験で発見できる現象であるが、非晶性高分子であればそのような問題を心配する必要が無い。セルロースの場合、C6H10O5単位に三個の水酸基が含まれるので、無秩序にこの水酸基を変性すれば規則性が無くなり、完全な非晶性高分子を製造可能である。このような非晶性高分子は、光学分野では現在でも研究開発の対象として重要である。
非晶性高分子に対して、一次構造に規則性がある結晶性高分子は、結晶化した時に結晶化部分と非晶部分ができる。一般に結晶化部分が多くなるにつれ弾性率が上がる。天然のセルロース類を化学修飾しなければ、規則性が失われず結晶化するので、セルロースは高い弾性率を有する。天然のセルロース類は、この力学物性ゆえに古くから活用されてきた。
木の皮をそのまま使用した時代から繊維状の形態で使用した時代になるまでどの程度の月日が必要だったか不明であるが、セルロース系高分子の活用形態としては結晶性高分子としての形態が歴史的に最も長い。パルプはその代表であり、紙の腰の強さは結晶化したセルロースに由来する。スピーカーのコーン紙は、硬くて材料自身は共振しないことが求められ、金属からセラミックス材料まで検討されているが、名器と呼ばれるスピーカーの多くは、硬さとしてセルロースの性質を利用し、振動時のエネルギー吸収を繊維の絡み合い構造で達成している紙を振動板に採用している。
水に溶けるように変性したヒドロキシセルロースは液晶としての性質を示す。http://itf.que.jp/lc/lca.htmlにはヒドロキシセルロースを用いた簡単なアクセサリーの作り方が紹介されている。セルロース誘導体の液晶については現在も研究されており、将来高機能樹脂としての応用例が出てくるものと思われる。次章では、現在のセルロースの応用製品について簡単に紹介する。
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セルロース(繊維素)は、(C6H10O5)nという化学式で表される多糖類の一種であって、棉、木材、その他植物体を構成する細胞膜の主成分として、高分子量体のまま地球上に豊富に存在している。
空気中の炭酸ガスと水分から、太陽エネルギーを活用する光合成という光化学プロセシングにより自然界で大量に合成されている。ゆえに資源は無尽蔵といってよい。一年生草本などの植物のセルロース含量は、10-25%、木材では40-50%、亜麻、黄麻、大麻などでは60-85%であり、これらは重要なセルロース源として活用可能である。
セルロースという呼び名は、1840年頃木材から繊維状の物質が初めて単離されたときに、その物質につけられた呼び名で、今日では化学用語として定着している。
理論的には、あらゆる植物からセルロースを単離、抽出できるが、実用上は経済的要因に左右され、工業的に製造されるセルロース誘導体用のセルロース源としては、棉リンタおよび木材パルプの二つが主体となっている。そして紙、繊維、フィルム、プラスチック、塗料、接着剤、火薬などのセルロース化学工業用原料として活用されてきた。
最近はミドリムシからも多糖類が抽出され注目されているが、こちらはパラミロンと呼ばれる物質である。多糖類の工業材料としてセルロースは多方面で使用されてきたので天然高分子で大変な合成プロセスであっても価格はポリ乳酸よりも安価である。
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昨日の産経新聞朝刊に理研がSTAP細胞の作成方法の詳細を公表した、という記事が載っていた。小保方博士が先月その再現実験手順を作成し、再現実験に成功した、という情報も同時に報じられていた。作成方法の公開記事よりも彼女が元気に実験手順を作成していたことを知りほっとした。
当方でも彼女の現在の状況で平常心による仕事ができたかどうか自信はないが、彼女は責任を全うした。相当強靱な精神力の研究者と思われ将来が楽しみなリケジョ(www.miragiken.com)である。現代の研究者にとって社会に受け入れられるかどうかは重要なことである。若い研究者のモラールを萎えさせることなく再現実験を即座に推進できるようにした理研の対応も立派、といえるだろう。そのような恵まれた環境で仕事をした経験がないだけにうらやましい限りである。
さて、昨日の記事には再現性のために重要な点として生後一週間を過ぎたマウスの体細胞では作成効率が大幅に落ちることや、細胞を浸す溶液の酸性の度合いが変化しやすいこと、雄マウスの体細胞の方が雌より効率の良いことなどが公開されていた。
これらはSTAP細胞作成のための制御因子である。おそらく制御因子の存在を十分に調査せず研究を進めてきた問題が今回の騒動を引き起こしたのだろう。また一方で、研究を独占する方法として、このような制御因子の詳細を研究者は公開したくないことも確かである。後者については、科学者には許されない我が儘であるが、時としてそのような研究者がいる。
但しこのような姿勢は研究者には許されないが技術者には許される。技術者はそれにより自らの立場を守ることができるからである。技術者が社会で長生きするためには、機能を創り出すまでのノウハウ(注)を公開せず、機能を実現する方法だけを提供することである。安定に繰り返し再現性が得られる生産システムを自ら開発し、それで社会に貢献すれば技術者の責任は全うされるのである。科学者のように全てを公開する責任を負わず、安全安心安定な技術を提供するだけで良い。そしてできあがった機能について科学的に保証すれば技術者の仕事は終わる。
科学者は真理を証明するために全てを公開する必要がある。もし公開せず技術者と同じ態度を取ったならば今回のような混乱を引き起こすだけである。科学者は全てを公開することで名誉を獲得できる。それにより新たな仕事を呼び込むことが可能になる。秘密主義の科学者に社会は研究費を提供しない。秘密の多い科学者は技術者よりも極めてリスクが高くなるからである。
おそらく彼女は今回見いだされた制御因子の詳細をご存じないのかもしれない。すなわち彼女の属人的スキルでうまくSTAP細胞を創ることができていたが、STAP細胞に関する科学的研究については山中博士が指摘されたようにこれからスタートする状況と言えるだろう。彼女はSTAP細胞の発見者として評価されるが、STAP細胞の研究者としては他の人が評価される可能性がある。
(注)ノウハウの一つが弊社で販売している研究開発必勝法プログラムである
(古くて新しいセルロース(2)は明日掲載します。)
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合成セルロース系高分子は、他の合成高分子と異なり、モノマーの重合や縮合などによって得られるのではなく、天然の高分子であるセルロースを化学的にエステル化またはエーテル化することによって得られる種々のセルロース誘導体を主原料とし、これに可塑剤その他の添加剤を配合して製造される。セルロース自体は溶融せず、熱可塑性ではない。
しかしサランラップはじめ石油モノマーから合成されたフィルムの普及であまり見かけなくなったセロハンや、これも他の合成繊維の台頭で市場占有率が縮小したレーヨンなどのように、苛性ソーダと二硫化炭素でセルロースを処理後、酸性溶液中に押出して得られる再生セルロースは、他の熱可塑性高分子に似た性質も備えている。
かつてセルロースの化学を語るときには、セロハンやレーヨンを中心にまとめれば、それで興味深い読み物になった。また、石油系ラップフィルムと異なりセロハンには透湿性があり、石油系ラップフィルムで包むと湿気で食感の変化するお菓子や惣菜をおいしく包むことができ、そのフィルム物性について読者の興味を引く内容にまとめることができた。40年ほど前には、セルロースの化学は別名繊維素系樹脂として重要な合成高分子の一つであり、高校の化学の教科書にもそのような紹介がされていた。
時代が変わり、環境ビジネスが取りざたされる昨今、天然高分子としてのセルロースにも注目が集まっている。しかし環境適合性の劣るプロセスで製造されるセロハンやレーヨンは、もはや研究対象ではなく、高度な機能性高分子としてのセルロース、あるいは環境に優しいプロセシングで製造されるセルロースおよびその応用製品の開発が期待されている。
(日本化学会から依頼され「科学と教育」へ4年前投稿した論文を本日から連続で掲載します。)
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STAP細胞の発表から1ケ月以上経過したところで何か怪しい動きがある。STAP細胞の実験について再現性が乏しいところもその一つ。当方は小保方さんの発明を信じているが、週刊紙にはえげつない書き方をしている例もある。科学者に任せておけばそのうち評価が固まるであろうが、このままでは若い研究者をつぶすことになりかねない。
当方も高純度SiCの新合成法を開発し学会発表したときなどはひどい目にあった。しかしそれが技術者として生きる決断になったのだから良かったのかもしれない。科学者の中には功名心から他人の足を引っ張る輩がいる。会社でFDを壊された嫌がらせもそのたぐいと捉えているが、今回のマスコミを巻き込んでの騒ぎは若い研究者にどれほどの心の傷を残すのであろう。しばらくそのままにできないのだろうか。
STAP細胞の再現性の乏しさは、その誕生の経緯からも予想がついた。小保方さんが行っていた実験は、彼女以外もやっていたはずで、その実験を担当した人には、皆STAP細胞発見のチャンスがあった。ではなぜ彼女だけがSTAP細胞を発見できたのか。
おそらくSTAP細胞は再現性の乏しい現象で、彼女以外も発見したかもしれないが、それを間違いの現象と決めつけたから、と想像される。科学に忠実になろうとしたならば、植物では起きるが動物では起きない、とされた学説を信じる以外になく、この学説を元に仮説を立てたならば、否定証明しかできないからである。
彼女は再現性の乏しい現象でも、自分を信じた。自然界がほんのわずかに見せたスキを逃さなかった。忍耐強く技術によるチャレンジを繰り返し、STAP細胞をある確率で創りだす技術を見いだした。まだ科学ではないのである。
このように技術が科学を生み出した場合に学会は冷たい行動をする。新しい科学の芽を技術による発明や発見が実現してきたことを忘れて。理系女子の未来技術というホームページ(www.miragiken.com)では、技術が科学を牽引する新しい時代として未来を捉えている。現代の発明や発見は、自然界で偶然接する機会だけでなく、新技術を用いた実験で行われる可能性が高いからだ。
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この数年理系女子が注目を集めている。流行を追いかけているわけではないが、ホームページ(www.miragiken.com)を立ち上げ、不定期に更新を始めた。
弊社の活動報告では、過去の技術開発経験を書いているが、理系女子のサイトでは未来技術の可能性について書いてゆく予定である。
書き出しは未来技術を開発するためには、「技術」が重要になってくる点に着目し、科学と技術の違いについて物語が展開してゆく。
20世紀は科学の時代であった。すなわち科学が技術を先導し、技術が発展してきた。しかし、iPS細胞やSTAP細胞の発明では、技術が先行し科学が構築されてゆく展開となっている。
STAP細胞については、科学が確立していない、ロバストの低い技術で生まれたばかりの状態が著名な科学雑誌に掲載されたために、騒がなくても良い週刊紙までもがあたかもインチキな発見のごとく書き立てている。
21世紀はこのような状態が、まだ現れるのではないだろうか。今年の6月に高分子学会のシンポジウムに招待講演者として講演依頼を受けたが、そこでは科学ではなく技術の講演を行う。
かつて高純度SiCの技術を日本化学会春季年会で初めて発表したとき、有機無機ハイブリッドなど概念が存在しなかった時代なので袋だたきにあった。今回は招待講演なのでその様なことはないと思うが、技術が先行してもそこに科学の芽を見いだし、育てるのはアカデミアの役目である。科学的ではない新しい技術をけなしてみても仕方がない。
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コアシェルラテックスを開発していた担当者とこの点を議論したが、不可能という回答であった。目の前に従来技術による理想的に混合されたマンガを書いて議論していたのだが、コロイド科学の知識を活用して見事な否定証明を展開した。
コアシェルラテックスと従来技術の比較を検討してくれたメンバーAをよび同様の議論をしてみた。すると、シリカゾルをミセルにしてラテックスを重合すれば良い、というアイデアが生まれた。すばらしいアイデアである。ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術というのは当時誰も研究していない新規コンセプトであった。
この新規コンセプトについてラテックス重合を担当しているメンバーに話したが、やはり軽く否定証明でつぶされた。あまり軽妙に否定証明を展開してくれるので、コアシェルラテックス合成実験の全データをメンバーAに検討させたところ失敗した実験データの中から、ゾルをミセルにしたラテックス重合を実現できるヒントを見つけてくれた。
すなわちゾルをミセルにしたラテックス重合は、コアシェルラテックス検討過程の失敗条件から生まれた。さっそくメンバーAにラテックス重合技術を勉強させて、最適化検討を行ったところ、3週間ほどで、シリカゾルをミセルに用いたラテックスが完成した。驚くべきことに、このラテックス溶液にゼラチン水溶液を添加してもシリカゾルの凝集は生じなかった。
こうして従来技術の改良に成功し、できあがったゼラチンの性能についてコアシェルラテックスを用いた場合と比較したところ、2割ほど性能が優れていた。
ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術が完成したので高分子学会賞に応募したら、審査会でそんなもの誰でも知っている、と言われ落選した。1996年のことである。その後ラングミュアという科学雑誌にイギリスの研究者によるゾルをミセルに用いたオイル分散の研究報告が載っていたが、そこには実験の成功は世界初と書かれていた。
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コアシェルラテックスはゼラチンの靱性改良技術として究極の方法と考えられた。少なくとも従来のシリカとラテックスを併用する方法で、それをナノレベルで一体化しているのだから究極と呼んでも良いだろう。
転職した会社では重要テーマと位置づけられ後追い技術が検討されていた。後追い技術では特許回避が必須となる。当然技術に無理が生じる。写真性能へ副作用が現れたり、工程で問題を起こしたりと様々な弊害が現れる。
何故同じ技術を追究しなければいけないのか担当者に尋ねた。担当者は他に技術が無いからだ、と答えてきた。また、コアシェルラテックスは自分たちも追求していた技術だという。頭が熱くなっている状態で他のアイデアを考えさせても無駄である。
3名ほど高分子物性に興味を持っている連中を集めて、従来技術とコアシェルラテックス技術の違いをまとめさせた。するとゼラチンを硬くする、という目的のためには、従来技術のほうがコアシェルラテックスよりも優れていることが分かった。換言すればコアシェルラテックスは、水で膨潤したときのゼラチンの硬度低下を和らげる程度であるが従来技術は、水で膨潤したゼラチンにある程度の硬さを持たせる効果があった。
コアシェルラテックスは究極の技術では無かったのである。シリカのまわりをラテックスで覆った副作用があったのだ。
一方従来技術では、シリカとゼラチンが直接接触しているので、ゼラチンを硬くする目的では、コアシェルラテックスよりも効率が高く、同一シリカの量で比較するとゼラチンの弾性率を高くできる。問題は、シリカとゼラチンを混合、あるいはシリカとラテックスを混合するときにシリカのゼータ電位が変化し、一部凝集する現象である。すなわちこの混合時に発生する凝集の問題を解決すれば従来技術でも超迅速に対応出来るゼラチンを作ることができる。(続く)
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バブル崩壊直前に写真会社へ転職したころ、写真業界では脆いゼラチンを強靱化する検討がされていた。写真フィルムを現像処理すると、ゼラチンが水を吸って膨潤したときに割れやすくなり、その処理速度を速くすることができなかった。現像処理速度を速くするためには写真フィルムの感光層に使用されているゼラチンを強靱にする必要があった。
ゼラチンは水に膨潤すると柔らかくスリキズがつきやすくなる。それを硬くするためにシリカと呼ばれる無機微粒子が添加されていた。しかし、無機微粒子が添加されたゼラチンが乾燥したときにひび割れやすくなるので、それを防止するためにラテックスと呼ばれる柔らかい微粒子が添加されていた。
すなわち硬くするためにシリカを添加し、その結果さらに脆くなったゼラチンの物性を改良するためにラテックスを添加していた。ややモグラたたき的技術のようだが、このシリカとラテックスを併用する方法は10年以上の実績があり、感光層のバインダー技術として重要であった。
しかし、現像処理速度が速くなるにつれて、その技術では対応出来なくなり、ライバルの写真会社から、シリカをコアにしてそのまわりをラテックスで覆ったコアシェルラテックスという技術が登場し、超迅速処理技術として注目された。
コアシェルラテックスはシリカとラテックスが一体化されているので、ゼラチン水溶液に分散してもシリカの凝集が発生せず安定なコロイドを生成する。そのためプロセス上のメリットも大きかった。
このコアシェルラテックス技術はナノテクとしても注目され、高分子学会でも取り上げられた。単なるシリカの表面処理では無く、シリカの微小な表面上でラテックス重合を制御するという極めて高度なナノテクであった。またできあがったコアシェルラテックスは有機無機複合ラテックスでもある。(続く)
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