ゴム会社から写真会社へ転職したときのキャリアは、セラミックスの研究者であった。ゴム会社で住友金属工業との半導体用高純度SiCのJVを立ち上げるまで、炭化物以外に窒化アルミや窒化珪素などの非酸化物系セラミックスの研究開発を推進していた。数年間は一人で担当しており、スタッフ職という位置づけであった。
スタッフ職なのでセラミックス以外のテーマの支援も行っており、ゴムを初めとして高分子関係のテーマに接する機会も多かった。ゆえに写真会社で高分子技術を担当すると言っても違和感は無かったが、学位を取得しようとしていたセラミックスに比べると圧倒的に知識が不足していた。そこで役にたったのが、新人時代に50万円の研修で1年間勉強させて頂いた多変量解析を初めとする統計の知識であった。
転職先の部署で隘路にはまっているテーマを見つけては、実験データを多変量解析していた。フィルムのスクラッチ試験を主成分分析で解析したときには、スクラッチ試験で傷の付き方が幾つかに分類されることを発見した。担当者に尋ねてもその事実に気がついていなかった。
スクラッチ試験器は2台あり、同じサンプルでこの2台の傷の付き方を調べたところ、微妙に異なっている。担当者は誤差範囲だという。その日から、どちらの試験器で試験を行ったのか記録させることにした。すると片方の試験器で傷がつきにくくなっていることが傾向として現れた。1サンプルでは誤差範囲という言い訳はできても、Nが大きくなってくると有意差検定の精度があがる。有意差検定でクロとなれば試験器の差を認めざるを得ない。
面白いことに、この機種の差はサンプルの処方設計に依存して大きくなったりしている。単純に試験器のメンテナンスの問題なのだが、針先の形状の違いが振動の差を生み出し処方の差を検知しているのである。これをヒントに動的にスクラッチ試験を行い、薄膜の粘弾性を解析する装置を発明した。クズデータと思われるデータを多変量解析にかけたら新しい技術のヒントが生まれたのである。その上この薄膜粘弾性測定試験器は、新しい技術「写真フィルムのプレッシャ-故障防止技術」を開発するのに活躍した。多変量解析さまさまである。
また、酸化スズゾルを用いた帯電防止層の開発のきっかけとなったのは、酸化スズゾルの粒子には導電性が無いと結論づけられたクズデータ群である。このデータ群とイオン導電体による帯電防止層のデータ群をいっしょに重回帰分析にかけた。誤差分析を行ったところ、パーコレーション転移前は、酸化スズゾルに含まれる微粒子の導電性が高いという可能性が出てきた。
酸化スズゾルに含まれる粒子の比重が極めて大きいので、体積分率を基準にしたときの添加量の多いところまで検討していなかった問題もあったのだが、酸化スズゾルに含まれる粒子の導電性が良好、という統計データは金星であった。すなわち、否定的結論を出したデータを解析し直したところ有益な見通しが得られた。
一連の解析は、当時主流であった16ビットのPC9801を改造した32ビットのマシンで行っていたので1時間もかかっていない。大半がデータをインプットする時間であった。プログラムはLattice Cで作成した自前のソフトウェアーである。当時このCの処理系にはライフボート社から多数のライブラリーが販売されており、統計計算のソフト開発が容易な環境であった。日科技連で受講した研修の復習をするため日曜日にプログラムを作成していた。プログラムを作成したら難しく見えた多変量解析も簡単に見えてきた。
多変量解析では因子間に相関が高ければ、必ず何らかの傾向が現れる。それが固有技術の観点から説明できれば良いが、説明のつかないときには注意が必要である。偶然の結果なのか気がついていない因子が存在するのか統計の視点と技術の視点から検証しなければならない。転職して一年間多数のデータを解析してみたが、偶然の相関よりも実験ミスの傾向の方が多かった。測定装置のメンテナンス不足のようにデータが少ない段階で気がつかない実験ミスが転職した職場に多いことを発見した。
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ビッグデータのブームで多変量解析に注目が集まっているが、科学と技術の視点で面白いと思っている。多変量解析は40年以上前に統計科学で確立された学問で、最初は大型コンピュータ上で実用化された。
アンケートの集計や解析に活用されただけでなく、心理学の分野などでも利用された。技術として身近に活用されたのは洋服の型紙への応用である。そこでは主成分分析が使用された。ゴム会社では、分子設計に統計学手法が早くから使用されていたが、これは日科技連の影響が大きい。
多変量解析には重回帰分析や主成分分析、正準相関分析、変形主成分分析、判別分析、因子分析、クラスター分析など様々な方法があるが、利用価値が高いのは主成分分析と重回帰分析である。技術者であれば、この二つの科学的知識を身につけておいて損は無い。技術開発の現場でアイデアに困ったら、この2つの科学的知識をおまじないのごとく活用すると新たなアイデアが見えてくるという、そんなありがたい方法である。
ビッグデータ専用の解析手法と昨今は報じられているが、20個ほどのデータの解析で使用しても単相関で見えていなかった世界が見えてくる。例えばこんな使い方がある。
開発業務では前任者がうまくゆかなかった業務の尻ぬぐいを担当することがある。うまくゆかなければそのテーマは終わりで自分に責任が来る、という損な役割が回ってくるのはサラリーマン生活で1回や2回はあるはずだ。そのような経験が無い人は運が良い。運が悪いと20年そのような仕事ばかりで成果が出ても他人に持って行かれる、という生活になる。会社の仕組みが明らかに悪く、内部エネルギー消費型の決して業界トップになれない会社ではそのようなことが起きるかもしれない。
その様なときに、だまされたと思って多変量解析を使ってみると良い。うまく進捗していない仕事には何か原因があり、前任者の実験データは紙くずのように見えるかもしれない。しかし、そのくずデータを多変量解析するのである。開発がモグラたたきで推移した場合には、因子ばかり増加して訳の分からないデータ集となっているかもしれないが、多変量解析を行うと見えていない傾向が見えてくるときがある。前任者のデータは決してくずではないので活用する道を考えなくてはならない。
あるいは、多変量解析の結果、開発を進めてもダメ、という結果が早々と得られるかもしれない。これはこれで幸運である。全く新しい視点で開発を進めれば良いだけである。成功しても評価されず失敗したら責任が飛んでくる状態であれば、思い切ったアイデアを躊躇無く試すことができる。
但し多変量解析は統計的手法であることを忘れてはいけない。この手法で浮かび上がったアイデアを技術分野の常識で事前に検証することも重要である。30年間多変量解析を使用してきたが、単相関では見落としが多いという実感を持っている。前任者の仕事の解析結果なので、社内で公開しにくい側面もあり秘策として使ってきたが若い技術者にはタグチメソッド同様に有効な知識であるとお伝えしたい。
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朝出勤のために電車に乗る。電車の中ではスマホでSNSに書き込んだり、インターネットでニュースを閲覧したりする。会社近くの駅で降りコンビニにはいり、SUICAで買い物をする。会社についてコーヒーを飲みながらイントラネットで社内のニュースを見つつ外部のホームページをついでに閲覧して知識を少し蓄える。
朝の仕事を開始するまでの行動だけでも、次のようにいっぱいデータを世の中に提供している。
1.出勤時間
2.通勤区間
3.通勤区間における電車の速度
4.SNSに書き込んだ情報
5.どのようなニュースに関心があったか
6.朝の買い物で購入される品物
7.ホームページ閲覧時間
8.ホームページ閲覧ページ数
9.ホームページの経由地
10.興味を持ったホームページ
11.その他
通勤電車の混み具合を調査したければ、上記1,2,3の情報をインターネット上から集めればよく、JRではSUICAの情報を基に実施している。最近ではその情報を販売する、と報道されて問題になった。
今消費者がどのような事柄に関心があるかは、4-10までの情報を集めれば傾向がわかる。さらにそこへ閲覧時間が加われば、消費者の分類も可能である。ビッグデータが話題になっているが、膨大なデータに対してどのような目的で活用するのかが重要である。また逆に企業の活動方向を定めるのにどのようなデータを集めるのかという知恵が必要となる。
すなわちビッグデータの活用には、科学者が自然現象に対峙してきた姿勢を支えた科学の知識が要求される。その知識とは統計学であり、統計学の多変量解析に今注目が集まっている。
しかし多変量解析については、1971年に日科技連から奧野忠一らによる「多変量解析法」という著書が発表されている。これは40年以上前に科学的に確立された手法である。統計学ではないが、マハラビノスタグチメソッドという手法も普及してきた。
40年以上前は、マイコンも登場していなかったので、大型コンピューターに用意された高額なソフトウェアーパッケージで販売されていた。新入社員の頃IBM3033へパンチカードでデータを供給し、主成分分析を行ったことがあるが、入力から出力まで2時間かかった記憶がある。今なら入力にかかる30分程度の時間で出力が得られるのに、昔のコンピューターは、マルチタスクでCPUを占有することができず固有値の計算にも時間がかかっていた。
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調査や実験を行うときにデータを収集するが、データの収集は通常計画的に行われる。この時目的変数をyにしてx-y座標系にデータをプロットするために一因子だけのデータを集めるというのは稀で、多数の因子についてデータを収集する。例えば洋服の開発では、人間の体形データが必要である。この時身長以外に胸囲や腹囲、腕の長さ、座高など複数の項目すなわち因子についてデータが収集される。
集められたデータは、個人別にまず整理される。この時エクセルなどの表計算ソフトを使用し一覧表にまとめたり、予め用意しておいたデータベースにデータを入力してデータの組み替え加工をしやすいようにまとめたりする。
このように複数の項目について集められたデータ、すなわち多変数のデータのことを多変量データと呼び、それを解析して多変量データの中に隠れている各項目の関係その他を解析する手法が多変量解析である。最近ビッグデータ時代といわれているが、インターネットの世界からある目的のために仮説を立て因子を選びロボットを使い集められたデータも多変量データであり、これを多変量解析しているだけである。
ゆえに先日30年以上前のブームの再来と表現したが、30年前インターネットは無かったので再来と言っても中身は異なる。昔は多変量データを集めるにも大変な労力が必要になったが、今はインターネットの世界にロボットを放ち、容易に多変量データを集めることが可能である。
30年前は3年程度で下火になったが、恐らく10年以上続くブームになるかもしれない。あるいは、オタクのアニメ同様に様々なビッグデータを活用した各種トレンド解析が企業だけで無く個人の生活に入り込み一つの文化になるのかもしれない。そのようになったらタグチメソッド以上の文化大革命である。
タグチメソッドは技術系の開発メソッドとして定着し、企業によっては品質工学社内大会を行っているところも多い。しかし、実際のところ各企業でタグチメソッドを積極的に推進しているのは、残念なことにタグチオタクだけである。一般の生活にまで浸透するようなムーブメントになっていない。もし家庭の主婦がSN比を意識して料理を作るぐらいのブームになれば、オフクロの味も復活するのかもしれない。
因子をラテン方格に割り付け、実験の一部実施で因子の関係を導く実験計画法も多変量データを扱うので多変量解析の一つに入れても良いが、統計学では実験計画法は別のカテゴリーで扱い多変量解析には入れない。ゆえにタグチメソッドでL18以上の実験を組み外側に3水準ほどの誤差因子を割り付け多変量データを扱っていても、多変量解析とは言わない。
また実験計画法でデータを収集するときには、予めラテン方格に割り付けられた因子の水準で実験を計画的に行い、実験量を減らしても因子の寄与率等が計算できる仕組みが用意されているので実験手順に制約ができるが、多変量解析では、集める試料の個数と調査項目が決められておれば無作為にデータを収集すればよく、データ収集の時に実験計画法のように気をつかう必要は無い。だからロボットに機械的にデータを集めさせることが可能となる。誤差を調合するときに入れ忘れた誤差の影響を受けないのかびくびくする必要も無い。変動も重要なデータとして扱う。
但し、集められたデータに対しどのような手法で解析を進め、どのような結論を導き出すのか、すなわち仮説は予め立てておいた方が好ましい。データを集めてから多変量解析の手法を検討する手順で進めている場合も見られるが、解析された結果を考察するときに調査項目すなわち調査に取り上げた因子に不満が出て、せっかく収集したデータを棄却したりしてムダが出たりする。そもそもそのような解析では解析結果の信頼性が怪しくなる。ビッグデータの効率的な収集と解析に仮説は重要な役割がある。
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今のパソコンは、30年前の大型コンピューターを凌ぐ性能を誇り、メモリーも安くなった。すなわちソフトウェアーさえあれば家庭で気楽にビッグデータを扱える時代である。
しかし、多変量解析などの統計処理では、コンピューターでデータ処理を行うとその結果を手軽に得ることができるが、その結果が正しいのか、あるいはそもそも処理の仕方が正しいのか、統計処理の知識が無ければその判断すらできない。
統計学については、中学と高校で簡単に学習しその基礎が身についているはずであるが、大学入試で重視されてこなかったので社会人になって改めて統計学を学ぶことになる。技術開発を担当すれば、タグチメソッドとして出会うことになる。
「タグチメソッドは統計ではない」、というのは故田口先生の口癖で、タグチメソッドの真の狙いが技術開発思想にあり、実験計画法でSN比を計算したりするのはその目的ではない、というのがその理由であるが、SN比の計算方法は統計学の流れを組んでいる。そしてタグチメソッドにはマハラビノスタグチメソッドという多変量解析の手法もある。
タグチメソッドは統計ではないが、タグチメソッドに用いられている計算を正しく早く理解したいと思うならば統計学の基礎を勉強すべきである。このようなことを書くと故田口先生に叱られそうだが、統計学の基礎を理解しておれば、タグチメソッドが統計ではなく品質工学である、という理解も早くできる。
これが30年前ならば、日科技連のQC手法で技術系新入社員の必須科目として統計手法の基礎を学んだ。工程管理にも統計手法は重要で、これを理解していなければ現場の管理職として失格であった。この時代は科学と技術をあたかも味噌糞ごとき扱いをしていた頃である。
ところが今はコンピューターに数字を入れれば結果がすぐに出てくる時代であえて統計学の基礎を学ばなくても工場で仕事ができるようになった。タグチメソッドは統計ではない、とそのインストラクターも言うのでますます統計学を勉強しなくなった。
そこへ昨今のビッグデータブームである。改めて統計学が注目されているが、少なくとも技術屋は多変量解析まで一通り知っていた方が便利である。30年前は新QC7つ道具の一つとして多変量解析を学んだが、今はマハラビノスタグチメソッドとして学び、統計科学としての側面が見えなくなってきている。統計学は科学の一分野であり、技術の一つの手法であるタグチメソッドのカテゴリーではありません。
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統計学がブームだという。書店には様々な統計学の本が並んでいる。さらにアマゾンの成功を例にしてビジネスの成功は統計学のおかげと表現され、統計学が今後重要な学問となる、と新聞にも書かれている。
統計学のブームは過去にもあった。1980年前後のマイコンが登場した頃である。マイコンが登場した頃、それを何に利用するのか話題になった。用途が決まっていない道具が登場したのである。面白いのはシーズ指向からニーズ指向の研究開発が叫ばれていた時代である。
マイクロソフトのBASICが走るマイコンはパソコンと呼ばれるようになり、統計計算のパッケージが多数販売された。単なる平均値や単相関のソフトウェアーだけでなく、多変量解析のソフトウェアーも販売された。しかし当時の64Kバイトのメモリー空間では扱えるデータ量に制約があり、やがてブームは下火になった。
当時高分子の難燃化技術を担当していたときに、MZ80Kを購入し重回帰分析のプログラムを開発した。MZ80KではシャープオリジナルBASICと、今ではゲームソフトで有名なハドソンのHu-BASICを使うことができた。Hu-BASICにはF-DOS上で動作するバージョンもあり、何とBASICコンパイラーまで走っていた。
8ビットのZ80というCPUには8MHzバージョンがあり、MZ80KのCPUを換装すると世界最速のパソコンになった。ソフトウェアーからフロッピーディスクのシステムまで揃えると軽自動車1台分以上の値段になったが多変量解析をやりたくて購入した。
ホウ酸エステルとリン酸エステルを併用したガラスを生成する難燃化システムでホウ素原子が統計的に有為に機能しているかどうか証明するために多変量解析を行おうと考えた。まだ高分子の難燃化技術の分野で多変量解析が使われていなかったので論文を書くことができた時代である。
リン酸エステルの難燃剤を多種類購入し、ホウ酸エステルと組み合わせた軟質ポリウレタンフォームを40種類以上合成した。この40種類以上のサンプルの燃焼試験結果を解析しホウ素とリン、ハロゲン原子の3成分をパラメーターとした重回帰式を求めた。
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学生時代にパチンコにはまったことがある。地下鉄本山駅で降りて大学へ向かうために交差点に来るともうダメである。3方にパチンコ店があった。おまけに大学への道は、二件のパチンコ店の間を通らなくてはいけない。ここを無事通過しても雀荘の窓から友人が手を振る。男装の麗人ならば絵になるが、スズメの巣のような頭のヒゲズラである。集団遊戯は時間調節が難しいが、一人の遊戯は自分の意志で時間調節ができる、とくだらない理屈でパチンコにはまった。
当時のパチンコ台の盤面は、ガラス製であった。まれにガシャーンと大きな音がする。負けが込んでキレた客が台を叩きガラスが割れた音である。このような客を相手にするパチンコ屋も命がけである。パチンコ台のその他の材料は、木材とセルロイドであった。
先日数十年ぶりにパチンコ店に入って驚いた。チューリップがどの台にも無い!さらに驚いたことに音も静かである。玉が盤面のガラスに当たる刺激的な音が皆無でヤクモノのミュージックが店にあふれている。ここはどこだと叫びたくなるぐらいの違和感があった。よく見ると、なんと盤面はすべて樹脂製である。ものすごい材料革命だ!それと同時にパチンコの客が減った理由も理解できた。玉がガラスに当たる刺激的な音こそパチンコの魅力の一つであったはずだ。耳の穴にパチンコ玉や百円玉を詰めていた客も絵になった。そんな客もいない。
久しぶりにイスに腰掛けて遊戯を開始するとあっという間に玉は静かに台に吸い込まれた。本当に静かであった。その瞬間ケミカルアタックが心配になった。パチンコ台には至る所にオイルが使用されている。また、そのためパチンコ玉の表面は油で汚れている。恐らくパチンコ台の材料革命はケミカルアタックとの戦いであったはずだ。
昔使用されていたセルロイドはケミカルアタックに比較的強い樹脂だ。セルロイドを溶解する溶媒はメチクロぐらいである。昔読んだ、元旭化成の役員の上出先生の論文によればアセトンも良溶媒となっているが、アセトンへセルロイドを溶解するためにはそれなりの技術がいる。このようにセルロイドは、それを溶解する溶媒を探すのが難しいくらいの樹脂だからその辺の油では容易に膨潤しない。ゆえに昔のパチンコ台はケミカルアタックの問題から解放されていた。
ところが今のパチンコ台にはポリカーボネートやアクリル樹脂のようなものが使用されている。目にIR分析の機能が無くても叩けば分かる?タネを明かせば取り外されていたパチンコ台を店員に頼んで見せて頂いたのだが、至る所に樹脂が使用されており、樹脂名が印字されている。これらの樹脂はケミカルアタックを受けやすいはずであるが、盤面を観察してもひび割れやクラックは見当たらない。大発見であった。
事務機で発生すると大問題となるが、滅多に発生しないケミカルアタックだったので対症療法しか開発経験は無く、また樹脂メーカーもユーザーの責任に転嫁する場合ばかりだったのでSP値程度の考察しかしてこなかったが、パチンコ台の樹脂化ではケミカルアタックの嵐が吹き荒れていたはずで、多くのケミカルアタック解消技術が開発された可能性がある。
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二軸混練機を用いた場合に、教科書に書かれているような使用方法ではバンバリーとロール混練によるバッチ操作以上に混練を進めることが可能なプロセス設計は難しい。しかし、この連続式混練機の改良努力は現在でも行われている。
例えば量産設備は難しいが、10年以上前に開発された毎分1000回転以上の高速混練機で、剪断流動でもナノオーダーの分散を実現できることが示された。またポリマーアロイの研究者として有名なウトラッキーの開発したEFMでは既存の連続式混練機の先に取り付けるだけで伸張流動によるナノオーダーの分散が可能である。但し何段階もの細い隙間を通す必要から量産性は無い。
ウトラッキーは細い鋭利な隙間で発生する伸張流動に着目したが、隙間がある距離で並行に続くと壁面では剪断流動となる。すなわち隙間を広げれば壁面で発生する剪断流動でウトラッキーの装置よりも吐出量を上げた混練が可能となる。この点に着目して写真会社から連続式混練機の先に取り付ける新しい混練装置が特許出願された。
この方法の面白いところはカオス混合と類似の現象が発生している点である。実際にこの装置を用いると混練レベルを大幅に上げることが可能で、特許にDSCのTg変化で示したようにPPSと6ナイロンが相溶する。このアイデアの改良を現在も続けているのでご興味のある方はお問い合わせください。
さて、連続式混練機のもっと面白い使用方法は無いかと調べてみると、詳細のノウハウは開示されていないが、ベント孔から粘土鉱物のスラリーを樹脂の流動方向と反対に流し込み他のベント孔から水を水蒸気として取り出す力業を見つけた。この方法で粘土鉱物を樹脂にナノオーダーで分散させることに成功している。
粘土鉱物は層状構造なので高い剪断流動で容易に劈開する。また、層間にアミン類をインタカレーションさせて劈開しやすくした粘土鉱物もナノフィラーとして販売されている。またこの変性粘土鉱物は変性剤の種類により樹脂に分散しやすくできる長所がある。
配合処方の工夫とプロセシングの改良により連続式混練機の混練性能を上げることが可能であるが、L/Dの制約で混練時間の問題が残る。しかし、これも複数回連続式混練機を使用すれば解決がつくのでバンバリーとオープンロールの組み合わせに迫る混練プロセスを連続式混練機で行えるようになってきた。また、ラムスタットミキサーと呼ばれるバッチ式と連続式を組み合わせた新しい混練装置も4年前に開発された。
今年の高分子自由討論会では、キャピラリーの樹脂流動で発生する壁面の現象に関する発表があった。写真会社で出願された特許の現象を支持する実験結果が得られていた。ラムスタットミキサーでは伸張流動で混練が進むと説明されていたが、壁面で発生してる剪断流動により混練が進んでいる可能性がある。
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混練は伸張流動と剪断流動で混合を進めるプロセスである。前者の混合効率は悪いが微細化に効果があり、後者の混合効率は高いが分散の微細化に難点がある、と教科書には書かれている。
ロール混練では、ただ二本のロールを用いているだけであるが、剪断流動も伸張流動も発生している。面白いのは慣れてくると分散状態が目に見えるような錯覚にとらわれる。またL/Dとスクリューセグメントの制約がある二軸混練機に比較し、混練の制約がロール混練には無い。コストは上がるがオープンロールでは長時間混練しても高分子へのダメージは少ない。
バンバリーとロールによる混練はバッチ操作であり、生産効率が悪い。連続生産可能な二軸混練機の発明以来、加硫ゴム以外の高分子の混練にはほとんど使われなくなった。しかし、樹脂や熱可塑性エラストマーの混練に使用できないわけではない。もし樹脂や熱可塑性エラストマーの混練レベルに不満があるのなら、一度オープンロールを用いたロール混練を試してみると良い。二軸混練では得られないレベルの混練物ができる。
セルロースをポリエチレンに分散するにあたり、二軸混練機を用いるとセルロースの含有率を30%以上にあげるのが難しくなる。剪断力が不足するためで、この剪断力不足を解決した連続式混練機KCK(俗称石臼式混練機)が発明された。しかし、このKCKを用いても40%前後が限界である。
ノンプロ練りをバンバリーで行うと80%レベルまで分散することが可能となる。プロ練りをオープンロールで行うと、ポリエチレンに50-55%のセルロース含有率でポリスチレン同等の複合材料が得られる。この実験から、二軸混練機などの連続式混練機の位置づけがご理解頂けるのではないかと思う。
KCKはかなり剪断力を高く発生させることが可能な連続式混練機であるが、バンバリーにはかなわない。また長時間高分子を安定に混練できる、という点においてオープンロールによる混練に勝る方法は無い。
しかしプロセスコストが高くなるのですべてバージン材を用いてポリスチレン並の複合材料を製造してもメリットは無いが、ポリエチレンやセルロースの廃材を用いれば価値が出てくる。かつてフィルムの樹脂缶はポリエチレンでできており、ラボから大量に入手できた。また印画紙の廃材やオフィスの廃ペーパーも大量に工場から入手できた。もう近所に写真屋さん45も無くなり、銀塩フィルムを使う機会も大幅に減った。この技術はアナログ時代の話である。
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加硫ゴムの混練について加硫直前の混練物をプロ練り、プロ練り以前の混練物をノンプロ練りと呼ぶ場合がある。バンバリーの混練物を必ずロール混練するので、バンバリープロセスはいつでもノンプロ練りである。またロール混練については、ロール混練を何回行うかにより、プロ練りとノンプロ練りに分かれる。最後のプロセスで行われるロール混練はプロ練りとなるが、その直前のロール混練はノンプロ練りとなる。
このように加硫ゴムでは最低2回以上混練プロセスで処理される。また混練プロセスの時間について、最低でも15分以上だ。長いときにはトータルの混練時間が30分以上になるときもある。これに対して樹脂や熱可塑性エラストマー(TPE)の混練時間は二軸混練機の投入口から吐出口までの時間できまり、せいぜい10分前後ぐらいである。
加硫ゴムの価格がTPEよりも高くなるケースがあるのは、加硫プロセスも含めこのようなプロセスコストがかかっているからである。しかし加硫ゴムの性能はTPEよりも高いので、高性能なゴム材料は今でも加硫ゴムが使用されている。
加硫ゴムの混練時間が長くなるのは配合処方が複雑である点も影響している。一般に2種類以上の加硫剤はプロ練りとノンプロ練りに分けて配合される。混練時の熱で加硫が進むのを抑制するためである。高分子材料全てについて調査したわけではないが、ゴムを樹脂やTPEの配合処方と比較すると、ゴムにはおおよそ2倍前後の配合剤の種類が使用されているのではないだろうか。
混練は多数の配合剤を高分子に分散するために行われるが、混練で高分子の変性が行われていることをゴム材料開発者は認識している。しかし樹脂材料開発者は、そのあたりに関して無頓着である。有名な樹脂会社の優秀な技術者に質問してみてもそのような認識が無い。
混練時間で高分子がどのような影響を受けるのか、樹脂メーカーの技術者に理解してもらうために、実験用小型バンバリーで混練時間を変えて混練し、ガラス転移点のエンタルピーの変化を調べてグラフを作成した。このエンタルピーは高分子の自由体積部分の量と関係している。
その結果、30分以上混練しなければこのエンタルピーは安定しないことが分かった。また、混練時間だけでなく、混練温度もこのエンタルピーに関係し、溶融粘度(MFR)も複雑な変化をしている。樹脂の溶融粘度は、ロット間でばらつく因子で、この値を樹脂のスペックに入れる場合があるが、ばらつく理由もこのようなデータを整理したグラフで眺めると見えてくる。
樹脂の混練時間に比較し、加硫ゴムの混練時間は一般に長いが、それは高性能な加硫ゴムの品質を安定化するために重要であり、それを短くする研究開発も行われているが、いまだに加硫ゴムは効率の悪いバンバリーとロールで混練されている。高性能なゴムのためには重要なプロセスだからである。
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