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2013.04/10 PENフィルムの巻き癖(3)

PENの巻き癖とその高次構造の関係については、科学的な香りをつけた報告がライバル会社から発表されていた。やや胡散臭い論理で技術の正当性が説明されていた。発表内容を読む限りにおいては、唯一のすごい科学技術でそれに取って代わる技術開発は不可能に思われた。学会賞の審査員もそのように思ったに違いない。

 

技術内容は熱処理により高分子の高次構造を制御する“もすごく高度な”技術と言われていた。しかし、熱処理技術は高分子材料分野よりも金属やセラミックス材料分野のほうが進歩している。温度というパラメーターが強度因子であり、容量因子であるエネルギーと異なることの重要性を高分子材料の研究者はあまり考えない。PENの巻き癖解消技術についてもライバル特許は大きな穴を残していた。恐らく気がついていなかったはずである。

 

大量の特許群を整理してみると大穴があいていた。しかもその大穴は長時間アニールする必要が無く、ロールtoロールで巻き癖解消が可能な生産効率の高い技術領域で、むしろ学会賞の技術よりも好ましい領域である。技術開発で注意しなければいけないのは、自分たちの技術が科学的に完璧で唯一の技術とうぬぼれてしまうことである。

 

科学とは技術の世界に包含されることを忘れている。非科学的な技術という領域があることを技術者は、いつも忘れないことである。非科学的な技術とは科学的に解明されていないか、あるいは科学的に否定される技術のことである。

 

実は学会賞を受賞していたが、ライバル会社の説明には科学的に怪しい内容が多数含まれていた。怪しい内容をさも科学的であるがごとく現象をうまく説明していた。学会賞を取るにはこのようなプレゼンテーション能力が重要である。その結果、技術者全員がそれを信じたのだろう。そのおかげで特許に大穴が残されることになった。

 

弊社の問題解決法ではこのような似非科学の技術に対抗するアイデアをうまく考え出すことが可能な方法を提供している。すなわち科学的に完璧に説明されないかぎり、どこかに穴を見いだすことができるのである。科学的に完璧な場合には弊社の問題解決法でも太刀打ちできない。それでも、非科学的技術で解決できる余地が残っている場合には弊社の問題解決法でアイデアをうまく導き出すことが可能である。このPENの巻き癖解消技術でも科学的考察ではなく問題解決法で技術手段を見つけ出した。

 

<明日に続く>

 

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2013.04/09 PENフィルムの巻き癖(2)

PENフィルムの損失係数を規定した特許は脅威に感じられた。しかし、特許をよく読むと、レオロジーを知らないのか、あるいは意図的にインチキ特許を書いたのか不明だが、科学的におかしい特許であった。すなわち損失係数の測定と書かれているが、大きな応力をかけて測定していたのである。

 

粘弾性の測定に詳しい技術者ならば、この測定方法がすぐにおかしいことに気がつく。すなわち粘弾性の性質を評価するためには、本来応力ゼロで測定することが望ましい。しかし、応力ゼロでは物性測定ができないので、わずかな歪みをかけて測定することになる。

 

特許では、サンプルに大きな応力をかけていた。すなわち損失係数の測定と特許には記載してあるが、応力緩和と相関するパラメーターを測定していることになり、物質固有の損失係数の測定になっていないのである。発明者が粘弾性に詳しくないか、あるいは特許審査官の目を欺くための手法なのか不明だが、物質固有のパラメーターを規定した特許になっていないことに気がつき安心した。

 

PENフィルムの巻き癖はPENが応力緩和して現れる現象であることが解明されていた。応力緩和とは、長年使用していたパンツのゴム紐が伸びた状態になるような現象である。中年太りの体型だったので応力緩和の実験量は豊富であった。ゆえにPENの巻き癖解消技術に関してはすぐに理解ができた。すなわちフィルムを巻いた状態にしていると、フィルムの内側は圧縮応力を、外側は引張応力を受けることになる。その結果応力緩和で巻き癖がつくのである。

 

PENの損失係数を規定したライバル特許は、損失係数を扱っているが、実際には応力緩和しない領域をパラメーターで規定しているだけの特許であった。樹脂の応力緩和が高次構造に影響を受けることも当時知られており、異なる高次構造を作り出して応力緩和しにくいPENにすればよいのである。

 

若い技術者に考えたことを説明したら、高次構造の制御と簡単に言うがどのように構造制御したら良いのか、と質問された。ライバル特許を読んでいてすぐに指示してきた仕事であると気がつく頭の良い社員である。頭のいい人はとかく生まれたばかりのアイデアを否定する傾向にある。君ならできる、と持ち上げたら、すばらしいアイデアだから一緒に考えてください、と上司の私が丸め込まれ、PENの高次構造を必死に勉強することになった。確かにアイデアまでは良かったが、世の中に情報が無い世界であった。科学的に難しいのであれば、技術的なセンスで問題解決する以外に方法の無い状態だった。

 

<明日に続く>

 

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2013.04/08 PENフィルムの巻き癖(1)

いまや写真はデジタルカメラで撮影するのでフィルムをほとんど見かけなくなった。またAPSフィルムなど入手がかなり困難になったばかりでなく、APSというフィルム規格など忘れ去られたかもしれない。このAPSフィルムというのはデジタルカメラ普及前のアナログ技術のささやかな抵抗だったような気がする。一般的に使用されていた135フィルム(35mm幅のパトローネ入り写真フィルム)の24x36mmの規格に対し16.7×30.2mmと画像面積がやや狭い規格である。イースタマンコダックが提唱し富士フィルム、キャノン、ミノルタ、ニコンの5社で作り上げた規格である。

 

残念ながらコニカはこの中に入れてもらえなかった。ビジネスとは厳しい世界である。ただ、この規格は写真愛好家から見れば普及する見込みの無い規格に思われた。当時銀塩フィルムの技術が進歩して画像面積を小さくしてもA4レベルの引き延ばし程度ならば差が分からない、ということでイーストマンコダックと富士フィルムがカメラメーカーを巻き込んで普及させようとした規格である。小さくなっても135フィルムと価格差は無いので付加価値をあげることができるメーカーサイドの考え方である。

 

いろいろユーザーメリットが書き立てられていたが、写真愛好家の立場に立てば普及しそうに無い商品である。同じ解像度の技術で面積を小さくしているのだから画像品質は135フィルムよりも悪くなる。規格が登場当時には無視していてもよい商品、と思っていたが、上位2社のフィルム会社が品揃えしているので売れないと分かっていても商品開発をしなければならなかった。画質を愛好するお客様にメリットの無い商品と不満を持ちつつ技術開発を担当した。

 

APSフィルムにはPENという高価なエンジニアリングプラスチックが使用された。135フィルムと同じようにTACでも良さそうに思えたが、巻き癖の問題がありPENが採用された。135フィルムは現像処理後、帯状の状態でお客様の手元に戻るが、APSフィルムではカートリッジの中に巻き込んだままお客様にお返しする。ネガの保存に場所をとらない長所がある、と言われていたが、それほどのアイデアには思われない。巻き込んだまま保管されるので巻き癖がつきやすいTACを使用することができなくてPENが採用され、PENフィルムの物性が規格にもなっていた。

 

20年近く前に標準化を武器に戦う手法が盛んになりつつあったが、このAPSも写真フィルム上位2社が規格を武器に下位2社から特許料を吸い上げる戦法で、お客様のため、と言うよりも企業の論理が強かった。弱肉強食のためならお客様メリットが二の次になる、そんな傲慢な技術に見えた。当然このような規格はすぐに売れなくなったが、それでも商品を揃えなければ写真フィルム会社の面目が立たない、ということで少しでも特許を回避できる技術を開発することが技術者の重要課題となった。

 

PENフィルムの巻き癖解消技術については、富士フィルムの技術が学会賞まで受賞し、技術として完成されていて特許回避が難しい、と言われていた。学会賞では科学的にフィルムの巻き癖という問題を解明しており、それを解消するために10時間以上かかる長時間アニールという技術を完成したとある。ただし長時間アニール技術は元巻き状態で保管時に実施するのでコストに影響しない、といわれていたが、いささか技術としてセンスが悪いように感じた。

 

フィルム技術であれば、ロールtoロールで元巻きに巻かれたときには製品としてできあがっている状態が好ましい。ライバルよりセンスの良い技術を開発しようと意気込んでいたら、フィルムの損失係数を規定した特許が出てきた。物質特許なので知財部から、この特許回避はできないでしょう、と言われたが、科学的には不可能だが技術で回避する、と今から思えば若さから大胆な回答をした、と少し反省している。しかし幸運なことに回避できた。努力は成功を信じて必死でしてみるものである。

<明日に続く>

 

 

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2013.04/07 光学用樹脂の奇妙な構造

昨日非晶性ポリオレフィン樹脂として販売されている光学用樹脂の奇妙な物性について書いた。この奇妙な物性を示した樹脂の高次構造を調べてみると、その構造も不思議である。

 

光学用ポリオレフィン樹脂として販売されている樹脂は単一組成のポリマーなので、非晶性ならば高次構造は均一なガラス構造となっているはずである。実際に通常の高価な分析装置で何も考えず分析する限りは非晶質として観察される。しかし、非晶性樹脂ではなく結晶性樹脂ではないか、と疑っていろいろ実験を行い、その構造の問題を探っていくといろいろ出てくる。

 

例えば、成形体を金槌で破砕しその破面観察を行うと、あるドメインの大きさで異なった弾性率の部分があるために、結晶性高分子の破面と類似の構造とゴムの破面と同様の構造とが混在して作られた汚い破面が観察される。すなわち弾性率が高いために破壊エネルギーの伝播が高速で進んだ領域と弾性率が低く伸びやすいために引き延ばされた構造とが観察される。そしてこの構造の大きさは、射出成形条件の違いで様々に変化している。またそれらの構造以外にボイドらしき構造も観察される。

 

このボイドらしき構造は、射出成形体をアニールしてやると、アニール時間と相関し大きくなり、ある大きさまで成長する面白い性質がある。奇妙なのは光学的性質について耐久試験を行うとこのボイドらしき構造が多い成形体ほど耐久性が良いのである。さらに粘弾性の性質を調べてこのボイドらしき構造との関係を調べてみたり、密度との関係を調べてみたり、いろいろと実験を行った。10年以上前の話だが未だにその時の不思議な興奮を記憶している。

 

それから7年ほど過ぎて、また光学用ポリオレフィン樹脂を取り扱う仕事を担当した。これは5年ほど前のことなので詳細は控えるが、大きな成形体をそのままX線分析装置で測定してみると、期待されたとおりの現象が観察された。1cm前後の間隔で密度の高い部分の分散構造が観察されたのである。すなわち10年以上前は米粒ほどのレンズ材料だったのでミクロ構造の解析しかできなかったが、こんどは豊川のちくわほどの大きさのレンズだったので大きな構造周期を観察することができた。

 

いまだに光学用ポリオレフィン樹脂は非晶性樹脂として販売されている。もし10年以上前の樹脂から大幅な改良がなされ、まったく結晶化しないならば問題は無いが、少なくとも5年ほど前射出成形体に結晶化したと思われるドメインを捉えることができたので表示に偽りがあることになる。大手メーカーの樹脂なので、もし結晶性樹脂であるにもかかわらず非晶性樹脂と偽って販売しているならば、その影響は大きいと思う。ユーザーは高分子の知識が乏しい技術者なのでさらに問題は大きくなる。

 

10年以上前にあるメーカーの技術者にはこの情報を流したが、当方が間違っている、と言われた。しかし、非晶性樹脂ならば起きない現象が実際には発生しており、それが品質問題となっているのである。科学的によく分からないなら非晶性樹脂として販売しても問題ない、というのは材料メーカーとして間違った考え方である。できている構造が結晶かどうかは、おそらく難しい議論となるが、粘弾性試験やキャストフィルムなどを作成し結晶化させることは容易であり、良心的な技術者ならば問題の大きさに気がつくはずである。

 

このように光学用樹脂にはまだ改良の余地があり、完全な非晶性樹脂を開発することができたなら、既存の光学用樹脂を置き換えるマーケットを獲得できる。光学用成形体の射出成型条件や歩留まり、金型構造などの情報は外部にでてこない。その結果品質問題が発生したときに樹脂の問題なのか射出成形技術の問題なのか判断しにくい状況だが、樹脂を分析すれば樹脂に問題のあることがわかるはずである。光学用樹脂の大きなマーケットではパーフェクトポリマーが求められている。

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2013.04/06 高分子材料の熱膨張

昨日高分子材料の気持ち悪い現象について触れた。本日は熱膨張の測定でで観察した気持ち悪い現象。光学材料用ポリオレフィンとしてアペルやゼオネックスが10年以上前から使用されてきた。10年以上前の話で恐縮するが、光学的耐久性を力学的パラメーターから予測しようと実験していた時に体験した話。ここでは気持ち悪い現象だけ説明するが、その深い意味等ご興味ある方はお問い合わせください。

 

材料の熱膨張の測定にはTMAが用いられる。無機材料の研究には良く用いられるが、高分子材料では、DSCやTGAに比較して使用頻度が少ないように思う。ゴム会社で高純度SiCの事業を立ち上げ、セラミックスの研究者としてTMAを使い込んだ経験から、フィルム会社で高分子材料の研究を始めるに当たり購入したのはTMAである。TMAを気に入っている理由は、直感と分析結果が結びつきやすいことである。測定しているのは温度上昇に伴う線膨張で物質の状態変化が生じれば線膨張率が変化する、という単純な現象の測定である。それ以上の情報が得られないのであまり使われない、という研究者がいるが、単純な現象ゆえに物質の異常をマクロ的につかみやすく、商品開発においては便利な道具である。

 

例えば材料の耐熱性を考えるときにガラス転移点が指標に使われることが多い。ガラス転移点まで材料の状態が変化しない、と暗黙的に信じられているからである(これは危険な常識である)。しかし、複合材料になってくると界面の問題が関わってくるので複雑になる。セラミックスでは粒界で生じる現象を考えなければならない。そのようなときにTMAは便利である。ミクロ領域の状態の変化を線膨張率の変化として検出してくれるのである。

 

さて、単体の物質であれば材料の融点までガラス転移点の前後で線膨張率が変化する。高分子材料ではガラス転移点と融点の間で結晶化が起きる場合もある。そのような場合にはガラス転移点と融点の間で結晶化に伴う状態変化が観察される。すなわち室温から融点までの間にガラス転移点で1回目の、結晶化温度で2回目の状態変化に伴う線膨張率の変化が観察される。これは平凡な材料変化の場合で、通常はこのような変化が観察されると安心できる。またこのような情報はDSCでも得られるのでTMAなどいらない、ということになる。

 

しかし、得られる状態変化のパラメーターが同じでもDSCとTMAでは見ている現象が異なるので、DSCでは観察されないが、TMAでなければ観察できない現象が存在する。また、その現象が気持ち悪いのである。

 

いくつか例をあげると、一種類の高分子であるはずのアペルやゼオネックスで観察された現象であるが、ガラス転移点と思われる現象が2つも見つかったり、ガラス転移点が一つの場合でも、ガラス転移点に到達する前に線膨張率が増加したり減少したりする現象が観察された。またアペルやゼオネックス以外でも観察されることがあるが、ガラス転移点を過ぎてから熱膨張のグラフがグニャグニャうねることである。アペルやゼオネックスでは、これがガクンガクンという感じに変化する場合がある。これらのTMAで観察される変化が、DSCでは何も検出されていないので気持ち悪いのである。分かってしまえばすっきりするが、すべてすっきりするまで10年以上かかった。

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2013.04/05 高分子ガラス

昨日光学用樹脂材料について述べたが、ガラスの定義について高分子の教科書にあまり書かれていない場合があるので、少し説明する。無機材料の教科書にはガラスの定義が書かれていたが、最近の無機材料の教科書を読んでみると定義が書かれていないことに気がついた。

 

ガラスの定義は、非晶質状態で、かつガラス転移点をもつ材料と習った。すなわち非晶質材料でもガラス転移点を持たない材料があり、ガラス転移点を持つかどうかで非晶質材料は二種類に分類される。

 

無機材料の熱分析(DSC)結果は大変分かりやすい。しかし、高分子材料の熱分析(DSC)結果には頭を悩まされる。慣れてしまえば悩まなくなるが、ゴム会社で過ごした新入社員時代はその結果によく悩まされた。特にガラス転移点については、信号が出るはずのところにでないときがある。

 

何度も測定を仕直していると、指導社員がコツを教えてくれた。ガラス転移点が出そうなところでスキャンを途中停止し、加熱あるいは冷却状態を保持したまま3分待つ。その後スキャンすればガラス転移点が現れる、というのである。やってみるときれいにガラス転移点がチャートに描かれる。3分という時間も覚えやすい。カップ麵の食べ頃と同じである。

 

ここでまた悩むことになる。このようにして得られたガラス転移点をどのように解釈すれば良いのか。例えば製造条件が異なる材料では、熱履歴に差異があるのでガラス転移点は変化する。まれにガラス転移点が現れなくなる条件もある。特許ネタには良いが、このガラス転移点が現れない状態というのはどのような状態なのだろう。熱的な解釈はできても状態のイメージを未だにつかむことができていない。

 

このように高分子では同一高分子の非晶質状態でガラス転移点が現れる場合と現れない場合がある。無機材料では経験したことが無い。35年の研究開発で無機材料と有機材料の両者を扱ってきて、高分子材料には無機材料に無い不思議な現象をいくつか体験している。

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2013.04/04 光学材料としてのポリオレフィン

20年以上前に光学材料としてポリカーボネートやポリアクリロニトリルが着目された。しかし、いずれも複屈折が大きいため、CD-ROMやDVDーROM、ブルーレイといったデバイス、ピックアップレンズ用の材料には不向きであった。現在レンズ材料として多く用いられているのは、ゼオネックスやアペルと呼ばれている材料である。10年以上前にこれらの材料を1年ほど扱い、その材料設計思想の稚拙さにあきれた。一部の公的機関の研究者もご存じの内容をもとにこの分野の材料開発がまだ必要である点を述べる。

 

ゼオネックスやアペルは、主鎖がポリエチレンと同じようなC-C結合でつながったポリオレフィンとよばれるポリマーの側鎖に大きな基をぶら下げた構造をしている。ちなみにレンズ材料用ゼオネックスはポリスチレンを水素化して合成する。すなわちゼオネックスの場合には、ポリスチレンの性質を一部ひきついだポリマーである。レンズ材料用ゼオネックスの主鎖はエチレンと同じで、側鎖基には6員環がぶら下がった構造をしている。

 

ポリマーの実用的な耐熱性はガラス転移点に制限をうける。このガラス転移点は主鎖の分子運動性とも関係する。ちなみにポリエチレンのガラス転移点は最も低い測定値で-110℃という値が報告されている。一般のポリエチレンをDSCで測定した場合に観察されるのは-20℃前後の値である。ガラス転移点という物性値で注意しなければならないのは、このように同じポリエチレンでも高い測定値がえられたり低い測定値がえられたりする点である。ポリエチレンは特殊な部類だが、ポリマーはその製造履歴によりガラス転移点がばらつくものである。

 

そもそも無機材料で観察されたガラス転移という現象をポリマーにそのまま適用したので多くの技術者の誤解を生んでいる。このポリエチレンのガラス転移を調べれば、物性値としてその気持ちの悪さに気がつき、耐熱性についてこのパラメーターを頼りにする危うさに驚くはずである。ポリエチレンのような単純な構造のポリマーのガラス転移点がこのような状況である。その構造に大きな側鎖基をぶら下げれば、大きな側鎖基が分子運動性を規制し耐熱性があがる、と考えるのはポリマーの物性を甘く見た考え方である。

 

確かにマクロ的には、すなわち構造材料に用いるときには、見かけ上の耐熱性は上がっている。ポリスチレンではガラス転移点は80℃から100℃の間で観察される。多くのカタログでは85℃前後の値が書かれている。そしてポリスチレンの耐熱性は80℃までとされ、ポリスチレン製容器には食洗器に入れないようにと言う注意書きが書かれている。ゼオネックスでは、このポリスチレンのベンゼン環に水素を付加し、より側鎖基どおしがぶつかりやすくし、主鎖の分子運動性を下げ見かけ上のガラス転移点を120℃以上にすることに成功している。

 

しかし、この考え方の問題はミクロ的な領域の分子運動性を忘れている。ゼオネックスを押出成形して様々な熱履歴を与えると80℃前後にガラス転移点をもった材料がえられる。これは面白い、ということで様々な条件で薄膜を作ってみると、カタログには絶対に結晶化しない非晶性高分子と書かれているのに結晶化した薄膜がえられる。なぜブルーレイ用ピックアップレンズにアペルやゼオネックスを当初使うことができなかったのか、この材料を開発した技術者は反省して欲しい。

 

CD-ROMからDVD-ROM,ブルーレイへと変わる過程で光学的耐熱性で考えなければならないドメインの大きさが小さくなっているのである。詳細はここでは書かないが、ポリマーの専門家ならば、すぐに理解できる世界の現象である。現在の光学用樹脂の世界はまだこの程度のレベルの技術である。高分子材料には、まだまだ研究の余地が残っている。固くて歯が立たないセラミックスに比較して取り組みやすいはずである。年寄りにも浮かぶアイデアなので若い人ならばパーフェクトポリマーのアイデアはすぐに出てくるはずである。

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2013.04/03 高分子材料開発の傾向

持続的な社会実現へ向けて1990年から2000年にかけて環境に関係する各種法律が整備された。当時高分子同友会でも次々と立法化される法律で高分子事業がどのように影響を受けるのか議論された。それから10年以上経過し、明らかになってきたことは、材料のコモディティー化が進むともともにリサイクルしやすいように使用される高分子材料の標準化が進んできたように思われる。

 

例えばテレビやパソコンの外装材には、ABSあるいは高級外装としてPC/ABSが主に使用されてきている。また、PSやPPも多く使用される材料である。すなわち靱性が要求される分野にはABS系が、高い靱性が要求されない分野にはPSが、弾性率が多少低くても、あるいは弾性率が低いところにはPPといった傾向である。

 

このような標準化の流れ以外にポリ乳酸を一部に使用した環境材料も普及してきた。しかし、ポリ乳酸を使用した材料は、まだ高価であり、スペシャリティー材料の仲間である。ポリ乳酸がさらに普及するかどうかは価格に依存している。

 

一方で機能性材料についても傾向が出てきた。直鎖状PPSの普及である。10年ほど前のPPSは、分子量が低く、射出成形材料以外に用途は無かったが、押出成形によるフィルム材料に使用可能なPPSも普及期に入った。絶縁テープなどで見かけるようになった。またカラー複写機やレーザープリンターには中間転写ベルトが使用されているが、このベルト材料についてもPPSの使用が広がっている。

 

その他のスペシャリティーポリマーの動向については、それぞれ単独で取り上げてみたい。

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2013.04/02 技術と芸術(照明)

今月の高分子学会誌には、照明技術に使用される高分子材料の特集が載っている。有機ELが1990年代に登場し、その有機ELを使用して平板照明を開発すれば一大事業になる、といって10年も開発を続けた企業がある。それも開発リソースを大量に用いて。技術の視点では有機ELで紙のように薄い発光体が得られるから平面発光体という発想になるが、それでは感性の乏しい技術開発になる。

 

エジソンにより電球が発明され世の中は夜でも明るくなった。しかし、電球はその発光原理のため形状に制約があり、電球の形状を生かしたランプシェードのデザインが発達した。ステンドグラスを使用したランプは現在でも美的に評価され高価である。エジソンによる発明から21世紀まで電球は照明技術の一角を占めてきた。その形状は技術的制約から規格化されたソケットともにあまり変化せず、ランプシェードの芸術性を高めることにより付加価値をつけ販売されてきた。一時、裸電球と四畳半がもてはやされ、窓の外に神田川が見えたなら最高の景色とされた時代もあったが、電球はランプシェードとともにその意匠性を高め付加価値をつけてきた。

 

その後蛍光灯が登場してもやはり発光部分の技術的制約からランプシェードとの組み合わせで付加価値がつけられてきた。しかし、電球を点で表現できるとすれば蛍光灯は線として表現でき、すでに平面発光を経済的に実現できる技術になっていた。実際蛍光灯を利用した平面発光の照明も昔販売された実績がある。ただ、平面発光のニーズが大きくなく普及しなかったのである。そのかわり円形の照明技術が発展し、意匠性の自由度が上がった。

 

すなわち、これまでの照明器具の意匠性は発光部分の技術的制約からランプシェードとの組み合わせで商品化され成長してきた。有機ELの登場で面発光が可能になった、というのは技術屋の単純な発想である。有機EL技術で大きく変わったのは、発光部分の自由な設計が可能になったことである。その自由な設計に寄与できる材料として高分子材料の活躍の場ができたのである。有機ELの平面発光は、意匠として一分野に過ぎない。発光部分の意匠に対する技術的制約が無くなったことが一番の特徴である。そして有機ELでなくとも無機ELでも同じ状況で、無機のほうが有機よりも寿命が長い点において優れている。すなわち、有機ELで平面照明をというアイデアは照明のわずかな市場を目指す企画に過ぎない。LED照明に駆逐される可能性すらある。

 

新しい照明技術は発光部分の意匠の自由度を上げたことが重要で芸術性の高い発光体実現も可能になった。これまで発光部分とランプシェードの組み合わせで意匠を考えなければならなかったのが発光部分まで意匠として使用可能な時代になったのである。ただ、このような捉え方はなかなか理解されにくいのだろう。芸術学部の学生に様々な照明のデザインをさせて某企業に提案したがLED照明がそのような発展をすると思えない、と一笑に付された。LED照明が平板照明として市場を席巻してゆくのか、様々な意匠性の優れた発光体として進化をしてゆくのか楽しみにしたい。

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2013.04/01 樹脂の混練について

混練技術の基本は、剪断流動と伸張流動をうまく組み合わせて材料を均一に練ることだと35年前に習った。ゴムの混練については、バンバリーミキサーとオープンロール混練といったバッチプロセスを組み合わせて行う。バンバリーミキサーで混練する時間は通常5分前後である。オープンロール混練(以下ロール混練)では処方に依存して混練時間が大きく異なる。

 

バンバリーミキサーをのぞくと、いかにも剪断流動を発生しています、と物語る構造をしている羽根が見える。剪断流動は、混練効率は高いが混練後の高次構造のサイズに限界がある、と言われている。すなわちミクロンオーダーよりも細かい構造を剪断流動で創り出すことはできない、とされていた。されていた、と言う理由については後日説明するが、そのために伸張流動を発生可能なロール混練で仕上げを行う。伸張流動は、混練効率は悪いがナノオーダーまでの構造を作り出すことが可能と言われている。ロール混練ではロール間のギャップ幅を変更して伸張流動の発生を制御できる。

 

ゴムの混練では、バンバリープロセスの後のロール混練で物性が決まる、と言われており、ロール混練を2プロセス以上に分割して行うこともある。また、バンバリープロセスの前にロールプロセスを入れることも稀にある。例えば天然ゴムでは、分子量が大きいのでそのままバンバリープロセスにかけた場合にうまく混練できない処方もある。その場合には、一度ロール混練を行い、天然ゴムの高次構造を壊してからバンバリーに投入する、といったノウハウもある。

 

ゴムの世界が難しいのは、このようなバッチプロセスの組み合わせで大きく物性が変化し、その変化を制御する方法がブラックボックス化しているためである。有限要素法などでシミュレーションを行っても解析できない、と言われている。ただそれなりの高分子の知識があれば、実際の実技を通してノウハウの意味が「見えて」くる。新入社員時代の指導社員は、優秀なレオロジストで各プロセスでどのようなことが起きているのかマンガでわかりやすく教えてくれた。また、当時の研究所ではニーダー派とバンバリー派がいたが、工場見学をしながら実験室でも大きなバンバリーを使用しなければいけない理由も分かりやすく説明してくれた。

 

定年退職前はゴム会社ではなく写真会社に在籍していたが、6年間樹脂開発を担当した。他社の樹脂混練技術者とのミーティングの機会を通して樹脂混練の世界がゴムに比較して大雑把であることが気になった。少し意見を述べると「素人には分からないですよ。」とたしなめられるので、黙って蘊蓄を聞いていたが、2000年頃に4年間推進された高分子精密プロジェクトにおいて学術的には成果が有りながら、実務では大きな成果が得られなかった理由を理解できた。おそらく当時も同様の狭い了見で議論が進められた可能性が高い。L/Dの大きな二軸混練機を作りだした程度の進歩しか無かった。

 

写真会社に転職したときに、実験室に小さなバンバリーミキサーがあったので、ポリオレフィン樹脂を練ってみた。自由体積の大きさと混練時間の関係を見てみたら、30分間以上混練すると自由体積の大きさが変化しなくなる。一般の二軸混練機では樹脂投入後5-8分程度で混練された樹脂が出てくる。樹脂工場を4社ほど見学したが、10分以上混練にかけている企業は無かった。おそらく経済性の観点で10分以上混練していないのだろうと思われるが、混練技術の理想は誰が成形しても品質の安定した成形体ができることを保証できる技術だと思う。現在の樹脂の混練技術は、その理想から遠いように思う。ゆえに成形技術の研究が今でも重要な一分野になっているのだろう。射出成形の品質問題に遭遇する度に樹脂の混練技術の問題を思い出す。

カテゴリー : 高分子

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