1991年にライバル会社から、シリカゾル一粒の粒子の周りをラテックスで包んだ複合構造の微粒子技術に関する特許が公開されました。その微粒子技術を用いた銀塩写真フィルムは30秒という短い時間で現像処理できます。
従来は、シリカゾルという硬い超微粒子とラテックスとをゼラチン水溶液に添加し、それをフィルムに塗布して感光層を作っていました。ライバル会社の技術は、シリカゾルという硬い超微粒子をコア(核)としてその周囲をラテックスで包む(殻、シェル)という複合粒子の形態でゼラチン水溶液に添加していました。
そのゼラチン水溶液で薄層を形成しますと、柔らかいゴムで包まれた硬い粒子の複合構造による効果で、ゼラチンに硬さとしなやかさを持たせることができました。その結果、現像処理時間を短くしても、擦り傷がつきにくく乾燥時のひび割れも起きにくくなりました。
ライバル会社の用いた複合粒子は、ラテックスがシェル(殻)のように粒子を覆っているのでコア・シェルラテックスと呼ばれていました。この製造技術は、当時のラテックス合成技術の中でも難易度が高く、合成例が学会で活発に議論されていた先端技術です。また有機無機ハイブリッド材料として業界紙でも多数取り上げられていました。
コア・シェルラテックスを分散したゼラチンは、それまでのシリカゾルとラテックスを分散したゼラチンに比較し脆さを大幅に改善できましたが、その効果が発揮されるメカニズムは、超微粒子の周りをゴムのラテックスが覆っているので、シリカゾルの凝集体ができないためである、と言われております。すなわちシリカゾルとラテックスを別々にゼラチンへ分散した時に、シリカゾルの一部で凝集が起き、そこが起点となってひび割れが起きるため、従来の技術では脆さを改善する技術に限界がありました。それをライバル会社は複合構造の微粒子でイノベーションを起こしたのです。
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以前説明しました問題解決法は、部下のコーチングに応用しますと、逆向きの推論から得られる適切な質問で部下の能力を引き出すことができます。イノベーションを起こすという意志を持って設定した「あるべき姿」の提示は仕事のゴールを明確にし、「あるべき姿」から逆向きの推論で行う適切な質問は、部下の発想力を刺激します。勘と経験から生まれたアイデアでゴールに到達できると確信した部下は、責任感と集中力でゴールを目指します。
以下の事例は1992年の実話で、2000年に他の研究者から同一技術について学術雑誌へ世界初の研究として投稿がありました。2004年度写真学会ゼラチン賞を受賞しております。
デジタルカメラの普及で写真フィルムを身近に見ることが少なくなりましたが、写真フィルムの画像を記録する部分には、光に反応して画像を形成する銀塩の結晶を分散したゼラチンが使用されており、銀塩写真フィルムとも言われています。この画像を記録する層(感光層)を保護するための保護層が表面に塗布されており、この層もゼラチンで作られています。すなわち銀塩写真フィルムは、0.1mm前後の厚みのプラスチックフィルムにゼラチンでできた薄膜が何層も積層された構造をしております。
また、ゼラチンはゼリーとして食用にも使用されていますが、柔らかくて脆い材料です。銀塩写真フィルムの技術で厄介なのは、ゼラチンは感光層に必須の材料でありますが、乾燥すると簡単にひび割れたり、現像処理過程で傷がつきやすいという問題を抱えていることです。銀塩写真フィルム開発の歴史は、画像形成技術以外にゼラチンの脆さとの戦いの歴史でもありました。
この柔らかくて脆いゼラチンを硬くするために、ゼラチンへシリカゾルという硬い超微粒子を分散する技術が開発されました。シリカゾルを分散したゼラチンは硬くなりましたが、さらに脆くなりました。そこで脆さを改善するためにラテックスと呼ばれる柔らかいゴムの超微粒子をシリカゾルと一緒にゼラチンに分散する技術が新たに開発されました。
このようにしてゼラチンの柔らかさと脆さを改善するための技術開発が続けられ、シリカゾルとラテックスの組み合わせで製品の品質を維持する技術が1990年頃まで使用されてきました。
しかし銀塩写真フィルムの現像処理時間が短くなるにつれ、銀塩写真フィルムを搬送するスピードが速くなり、それまでの技術では擦り傷が目立つようになりました。また、乾燥速度も速くなりひび割れしやすくなりました。すなわち、単純にシリカゾルとラテックスを組み合わせてゼラチンに分散するという技術では、現像処理の時間を1分以下にすることができません。
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研究開発は、どこの企業でもその成功率を管理されていると思います。20年程前ステージゲート法が注目され、各企業に導入が進みました。この呼称は様々かもしれませんが、企画から商品になるまで関門を幾つか作り、研究開発を管理する手法は、商品化段階に近づくにつれ、マンパワーなどの経営資源が多く投入されるので失敗のリスクを少なくするために重要です。
ステージゲート法では、各ゲートにおける課題の検討が重要であることは言うまでもないが、企画から実際の研究開発開始に移るゲートの成功確率をどの程度においているかという点についても重要である。理想的には、市場が存在する限り、あるいはニーズがあって事業が成立する限り、企画段階から研究開発段階へ移行するときには、成功率100%とすべきである。すなわち研究開発をスタートしたテーマは、開発完了段階で事業として成立する可能性が無くならない限り、打ち切るべきではないと思います。
この考え方には反論のある方も多いかと思います。別の表現を行えば、研究開発を100%成功させるために、企画段階で何をしなければいけないかよく考えるべきだ、ということです。企業で研究開発を担当していましたときに、企画をどのように通すかに精力を使われる方が多く、いつも疑問に思っていました。筆者の場合には管理職の立場で、仮に企画が通過しそうになっても議論の場で自分から取り下げたこともありました。逆に研究開発段階に移り、事業性がある限りは、筆者自ら現場に出て必ず研究開発を成功させる意気込みで仕事を進めました。
大企業では、一つや二つ製品化段階で中断しても倒産するリスクはありませんが、中小企業では一つの研究開発の失敗は倒産につながる場合も出てきます。本来大企業でも研究開発企画の評価には、中小企業同様の厳しい評価が必要と思っています。研究開発の成功率を上げるために、企画段階で何をしなければいけないかご相談ください。
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逆向きの推論は、結論から推論を展開する方法ですが、この考え方を研究開発に応用しますと、開発中の技術を市場でテストしながらアイデアを練る、という少し乱暴とも思える開発スタイルも考えられます。すなわち市場という結論に相当する場に未完成の技術を投入し、そこから研究室で開発すべき課題を推論する、という方法です。
最先端の事例を紹介すれば、ロボットの人間らしさを研究している大阪大学石黒浩教授は演出家平田オリザ氏とコラボレーションし、1台のロボットを役者として演劇に参加させ、観客の反応を探る取り組みをしています。近い将来アンドロイドが人間の生活の中に入ってくるのは予想されます。そのような未来に備え、前向きの推論を積み重ね人間の生活へ指向するのではなく、研究の初期から、ロボットを人間社会に投入し、試行錯誤を繰り返し作り上げてゆく取り組みです。
人間社会におけるロボットの動作に関し仮説を設定し、前向きの推論を展開して人間社会におけるロボットのあり方について研究してゆくのではなく、いきなりロボットと人間が共存する場で研究をスタートするのは大胆でありますが成果を得るスピードは速くなります。なぜならば、アンドロイドのゴールが人間社会なので、人間社会のモデルである演劇の舞台から得られるデータは、ゴールに直結したデータとなります。
テクノロジーだけで人間の繊細さを表現できない段階において、このような取り組みを行うのは、研究者と演出家にとりましてリスクが大きいですが、人間の表情や動作などで表現される繊細さをロボットで再現するために要求される動作の制御に必要な精度のレベルがわかった、と石黒教授は話されています。
このようなデータは実験室で前向きの推論を積み重ねる研究でも得られるでしょうが、1回の上演で成果が得られるスピードに追い付けません。この例のように不確実性の時代には、リスクよりも解決策の得られるスピードを重視した、ゴールに直結したアクション戦術が今後増えてゆくかもしれません。
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ポリエチレン(PE)やポリプロピレン(PP)などのポリオレフィン系ポリマーは難燃性が低く、LOIが18.5前後である。ポリスチレン(PS)もこのカテゴリーに入れる場合も多い。難燃性の観点から、PSをポリオレフィンに分類するのは妥当と思います。
すなわち、ポリオレフィン系ポリマーが燃焼するとポリマーの骨格を構成している主鎖が熱分解し、低分子量化するだけでなく、ラジカルと呼ばれる反応性の高い状態の物質を生成するため、急激に熱分解が進行することになる。そこへ空気が入れば急激な酸化反応、すなわち燃焼となります。
ポリオレフィン系のポリマーについて自己消火性の難燃性を付与する技術は難燃剤を添加する方法以外に存在しないようだ。「ようだ」としたのは、実験をしたことはないが、LOIが低い他の材料で難燃剤を用いずに溶融型でUL-94V2を達成し、商品化したことがあるからです。同様の方法で自己消火性レベルの材料ならば設計できる可能性が高いと思っています。
難燃性のポリオレフィンのコンパウンドには難燃剤が少なくとも5%以上含まれています。難燃性のポリオレフィンという商品には100%単一ポリマーで構成されているコンパウンドが存在しないことを示しています。耐光性や滑り性その他何か機能性を付与された場合には、ポリマーの成分は90%以下になります。
ゆえに力学物性の良好な難燃性ポリオレフィンを設計する場合には、難燃剤の使用量を低減できるポリマーアロイで材料設計した方がマトリックスを構成するポリマー成分が多くなるので射出成形時の外観などの他の品質の安定化のためにもよいと思っています。
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高分子材料以外にも、遺伝子分野も同様の状況のようで、山中博士は躊躇することなく、答を先に決める方法や逆向きの推論、さらには宝くじ的消去法などKKDを発揮しながら成功を収めています。
興味深いのは、二十四個の遺伝子を細胞にすべて入れた時に遺伝子がどのようになるのかが科学的に不明の状態でも学生の提案による実験を許可していることです。そしてその実験に成功した学生は宝くじ的消去法を提案し、ヤマナカファクターを確定しているのです。
この著書に書かれた内容から、学生は工学部出身で生化学の研究については素人でしたが1年未満でも山中博士のKKDの一部が伝承されたことを伺い知ることができます。
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TRIZやUSITはじめこれまで提案されてきた科学的な問題解決法で各種問題を解決できイノベーションを起こす力があるならば、「あるべき姿」を最初に決める問題解決法や、KKDを見直す必要は無いでしょう。しかし、言葉では表現しにくいKKDやその他のヒューマンプロセスも動員してイノベーションを起こす覚悟をしなければ3.11以降激変した環境を乗り越えることは難しいように思っています。
不確実性の時代とか、誰も見たことの無い未来とか言われておりますが、自分達の未来ですから「あるべき姿」を描き、そこから逆向きの推論を行って、現在やらなければならないことをスタートしなければなりません。
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ポリスチレン(PS)は、側鎖にベンゼン環がぶら下がった形の分子構造を持っている高分子です。ベンゼン環が入っていますと、一般にLOIは高くなりますが、側鎖基にぶら下がったPSでは、ベンゼン環を含まない高分子と大差はなく、18.5前後です。
ゆえにPSを難燃化して空気中で自己消火性にするためには、リン酸エステル系難燃剤が用いられる。しかし、リン酸エステル系難燃剤を添加した場合には、可塑剤として働くので、弾性率等の物性が低下する。アンチモン系の難燃剤も過去に検討されたが、環境への配慮から最近ではリン酸エステル系難燃剤を使用するケースが多い。
高い難燃性を得たい場合には、難燃剤を大量に添加することになり、弾性率だけで無く靱性なども低下する。線形破壊力学によれば弾性率の低下とともに靱性は向上するが、添加剤が入ったときには、その添加剤が形成するドメインの大きさで靱性が影響を受け、このように靱性が低下する場合がある。
物性低下を最小限にして、高い難燃性を得るためにはどうするか。このような問題解決には、ポリマーアロイの技術が使用される。すなわち難燃性の高い高分子を添加してマトリックスの難燃性レベルを持ち上げてから、難燃剤の検討を行うのである。このとき難燃剤の分散状態も変化しているので、その効果の検討には注意を要する。すなわちプロセス因子の寄与も大きくなるのである。
PSの場合には、ポリフェニレンエーテル(PPE)がよく使用される。これはPSとPEがうまく相溶系のポリマーアロイを形成し、どのような比率でもほどよい物性が得られるからである。面白いのは、PS/PPE/難燃剤の3元系の検討であるが、難燃剤の構造とPS/PPEの比率で難燃剤の添加量と難燃性が変化することである。PPEはPSよりも価格が高いので、コストパフォーマンスを狙うときには、弊社にご相談ください。
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「勘(K)と経験(K)と度胸(D)の研究開発」は、新入社員の時に先輩社員から教えられた企業の研究開発精神です。KKDは、日本企業の共通精神と思っていましたら間違いであり、ゴム会社特有の精神でした。
ゴム材料については、現在も高分子科学で解明されていない技術が多く存在し、それがタイヤ業界の参入障壁にもなっています。特にプロセシングで材料物性が大きく影響を受ける現象は、現場を経験した技術者でなければ理解できない世界です。
しかし、そのような世界でもKKDプロセスで科学的成果は生まれています。KKDを大切にする企業では、技術の伝承に力を入れております。すなわちヒューマンプロセスによる技術は、人から人への伝承以外に正確に伝える手段がないからです。
入社後担当したゴム材料の開発では、バンバリーやロール混練作業の練習が日課でした。手動式の不便な道具をわざわざ使用して指導社員からプロセスとゴム物性の関係を教えていただきましたが、驚いたのは30年経過して樹脂開発を担当した時に、その時の勘と経験を問題解決に活かせたことです。
勘と経験は、「考える技術」としてどのように役立つのでしょうか。刑事コロンボは、「刑事は年に100回殺人事件を見てるんだ。しかし真犯人はたった1回の経験だから必ずどこかにミスがあるはずだ」と名言を述べています。すなわち、繰り返しの現場観察による積み重ねられた情報とその情報により支援を受けた逆向きの推論で過去の事件における犯人の行動とが結び付けられ、真犯人を推理しているのです。刑事コロンボのドラマには、死体から逆向きの推論を行うシーンがこの他の作品にも何作も存在します。
科学分析技術が進歩し、刑事コロンボに限らず多方面において現場観察により得られる情報量は大変多くなりました。高分子材料につきましても、製品の分析を行えば、分子レベルの考察が可能になっています。しかし、その製品が作られたプロセス内の挙動に関しては、現在の科学分析技術を駆使しても解明することはできません。刑事コロンボが、犯人しか知りえない情報をKKDを頼りに逆向きの推論を展開しているのと同様に、高分子材料ではプロセス開発で発揮されるKKDの占める割合は大きいと思っています。
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テレビ放送で紹介された山中博士の問題解決プロセスは、非科学的でしたが科学的大成果をあげました。そしてその大成果をもし科学的に行うとしたら天文学的数値になるほどの実験回数を行わなければなりません。
日本の理科教育では、科学的なものの見方や考え方の重要性を教え、算数や数学で論理の緻密さを指導します。そして企業に入れば、ロジカルなビジネスプロセスを学び、TRIZやUSITに代表されるように製品開発では科学的なプロセスが重視されます。また、ホワイトカラーの業務手順については標準化がこの10年進められ、業務品質の向上が図られました。
科学的な思考やプロセス、業務の標準化は大切ですが、それを重視するあまり、効率を悪くしたり、新しい発想を阻害したりしているように感じられます。山中博士が進めたようなヒューマンプロセスでノーベル賞を受賞できること、そして短期間に目標を達成できる、その効率に注目し、非科学的プロセスも推奨すべきと思っています。すなわち、科学的成果は重要ですが、その成果を出すプロセスに関しては科学的というよりも効率を重視すべきと思います。この効率を重視した時にあるべき姿から逆向きの推論で得られるアクションは、最も重要なアクションになります。
ところで科学的方法論がこれまで尊重されてきましたが、この科学的方法論についてイムレ・ラカトシュという哲学者によれば、「科学的方法で完璧にできるのは否定証明だけ」(「方法の擁護」)だそうですから、完璧に問題を解こうとした時にほとんどのモノづくりの問題は科学的方法で解けないことになります。ヤマナカファクターは、科学的成果は重要だが問題解決は科学的プロセスに拘る必要は無い、というメッセージに見えてきます。
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高分子材料とセラミックスは、物質としてかけ離れた材料に見えますが、力学物性の発現機構に似ているところがあります。特に結晶化度の高い樹脂の脆さなどはセラミックスとよく似た挙動をとります。
力学物性を専門にやっておられる研究者には叱られるかもしれませんが、商品に構造材料を組み込むときには、セラミックスも高分子材料も同様に扱った方が安全です。即ち金属材料に比較して品質管理が充分に行われなかったときのペナルティーは大きいです。
金属材料には錆びとか外観上の問題でセラミックスや高分子よりも品質問題を引き起こすリスクが高い因子もありますが、少なくとも構造材料として用いたときの力学的信頼性は、セラミックスや高分子よりも高い。
学生時代には、セラミックス<<高分子<金属の順序で構造材料としての信頼性を学びましたが、1980年代のセラミックスフィーバーでかなりセラミックスの技術革新が進みました。高分子材料につきまして信頼性を向上できるような革新的技術は、複合材料以外ありません。ポリマーアロイを革新的な技術にあげても良い面はありますが、実務の観点では合金の信頼性に及びません。実務で射出成形や押出成形を経験し、高分子材料のコンパウンドから成形プロセスに至る品質管理の重要性を痛感しています。
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