光学用ポリオレフィン樹脂と無秩序性を目指した重合条件のポリスチレンとが混練で相溶し透明になった、という実験事実は、フローリー・ハギンズの理論で説明がつかない。しかし高分子の相溶に高分子の立体構造が関係していることを示す重要な実験事実である。
この実験事実を技術者の心眼で眺めてみると、新しい混練技術の可能性が見えてくる。実験事実は、ポリスチレン樹脂の立体構造をいろいろ変えて重合したら、提灯のような大きな側鎖を持つ光学用ポリオレフィン樹脂に相溶した、という内容である。これを頭の中でイメージしてやると光学用ポリオレフィン樹脂の分子の隙間にポリスチレン樹脂が、スポッと収まっている様子が見えてくる。
この状態と同じ事を混練で実現すれば、光学用ポリオレフィン樹脂と特殊な立体構造のポリスチレン樹脂が相溶したような状況を作り出すことができる。すなわち、異なる構造の高分子をうまくすりあわせて重ね合わせることができれば、相溶できることになる。
もちろんそのような条件で混練してできたポリマーアロイは不安定であるが、樹脂のTgは室温よりも高いので、急冷すれば相溶状態を保持できる。すなわちフローリー・ハギンズ理論のχが大きな樹脂でも混練で相溶させることができ、急冷すればその状態の樹脂を室温で得られるプロセスが設計可能と心眼で見えてくる。ただし、このようにして得られた樹脂は室温でも自由体積部分は運動しているので、混練直後は透明でもやがて失透してゆくだろう。
相溶していた透明な高分子がゆっくりと時間をかけ相分離し失透してゆく、という光景を光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレン樹脂とが相溶した樹脂で観察することができた。光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレン樹脂が相溶した樹脂をポリスチレンのTg近辺で温めたら、ゆっくりと失透したのである。ちょうど樹脂がゲートから流れたスジがゆっくりと現れ、その模様が広がり真っ白になったのである。
面白いのはこの真っ白になった樹脂を光学用ポリオレフィン樹脂のTgで温めてやると、また透明になったのである。さらにこれを室温まで急冷したら、透明のままであった。21世紀初めの珍事であった。
*光学用樹脂につきましてご相談事項がございましたらお問い合わせください。
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昨日まで紹介した光学用ポリオレフィン樹脂と特別な重合条件で合成したポリスチレン樹脂との相溶実験は、実験用の小型バンバリー(300cc)を用いて5分程度の混練で実現した結果である。恐らく一般の生産で使用されている二軸混練機でも再現できるだろう。
高分子を相溶させると、異なる物性の材料が得られる。二軸混練機は反応装置の視点で扱われていないが、この視点でプロセシングを開発すれば、新たなプロセシング技術を開発できる可能性がある。
反応という概念は共有結合が生成する場合に用いる、といわれているが、イオン反応でイオン結合の生成や、錯体化学では配位結合の生成の場合にも反応という言葉が使用されている。二種の異なる高分子の相溶では結合生成こそしないが、単なる「混ぜ物」ではない。技術的視点から「反応して合成された」高分子という見方もできる。
このようなポリオレフィン樹脂とポリスチレン樹脂のように1次構造を工夫し混練して全く別物が生成する現象を見ると、混練で相溶させるプロセスを「合成」という機能で捉えることで新たな技術が生まれる可能性を感じる。E.S.ファーガソンの言葉を借りれば、「心眼」で現象を眺めると新たな技術が生まれる、と表現される。
あるいは、昨今コンセプトの重要性がさけばれているが、2種の高分子を混練するプロセスをどのようなコンセプトで開発するのか、と考えることで新たな技術を生み出すことが可能となるので、まさに「コンセプト」という言葉の力が生きる視点である。
樹脂補強ゴムは、バンバリーとロールを用いたバッチプロセスで生産されていた。不思議なことにゴム業界ではバンバリーとロールを単なる混ぜる機械とみていない。ゴム(高分子)を変性させる装置=合成装置という見方をしている。歴史的にゴムの混練プロセス開発は一種の合成という見方で行われてきた可能性がある。これは混練プロセスだけで工程は完結せず後工程の加硫反応で成形するプロセスまで含めて考えなければゴム業界で材料開発をできなかったためだろう。
樹脂業界では、樹脂を混練するメーカーと成形するメーカーが別々に存在する。ゴムのように混練から成形まで一気通貫で行うメーカーは少ない。しかし、二軸混練機の世界にも合成あるいは反応というコンセプトで最近面白い技術が生まれている。
1990年代に樹脂補強ゴムとは異なるコンセプトで、高靱性の樹脂や、射出成形でゴム弾性を持つ成形体が得られる動的加硫技術が発展した。樹脂補強ゴムでは、加硫反応を行わなければ成形体ができないが、動的加硫技術による樹脂では、混練中にゴムの加硫を完了しており、成形プロセスで加硫反応を行う必要が無い。この樹脂を用いて射出成形でゴム状の成形体が簡単に得られる。
この技術は、1970年末に登場した熱可塑性エラストマー(TPE)と同様の用途に使用されている。すなわちTPEのコストダウン技術として動的加硫ゴムは生まれた。TPEはゴムと樹脂を反応させて製造する、文字通り昔ながらの「反応」や「合成」プロセスによる材料である。そしてTPEを用いて射出成形により簡単にゴムの成形体を製造することができる。加硫反応がいらない便利な材料である。
このTPEと同様の用途の材料を二軸混練機で「合成」できるようにしたのが動的加硫技術である。ゆえに2種の高分子を混練して、変性された材料ができる過程を広義の「合成プロセス」ととらえる事により、新たな材料技術が生まれる可能性がある。たとえ科学的に正しい言葉の用い方ではない、と否定されても機能を追求する立場の技術では、そのような概念の拡張は重要である。
また、ゴム量を10%程度にして1μm以下のサイズで分散すれば高靱性の樹脂が得られる。3年前再生PET樹脂を用いて環境対応樹脂を開発した時に動的加硫技術を使ったが、加硫剤の選択と混練温度が重要な因子だった。加硫剤としてフェノール樹脂を使用し射出成形可能で難燃剤を用いなくても(可塑剤としてリン系化合物が3%程度入っているが)UL-94V2に合格する射出成形可能なPET樹脂ができた。
*新しい混練技術を開発いたしました。関心のある方は、弊社へお問い合わせください。
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昨日、実用上は無駄なデータとして周囲から扱われたが、科学の視点では注目すべき実験データが得られた経験を書いた。ポリスチレンとポリオレフィンを相溶させて透明な樹脂が得られた実験であるが、この結果についてもう少し説明する。
ポリスチレンは規則的に重合させる技術は確立されているが、完全にランダムに重合させる技術が知られていない。そこで可能な限り不規則になる重合条件でポリスチレンを合成した。その中の一つがアペルにブレンドすると透明になったのである。ちょうど鍵と錠の関係でうまく立体的に噛み合う組み合わせが見つかったのである。
ポリスチレンとポリオレフィンの組み合わせはχが正なのでフローリー・ハギンズの理論からは相溶しない組み合わせになるが、きれいに相溶し透明な樹脂が得られていた。この実験結果は、立体的な組み合わせで安定になる条件が揃えば、高分子が相溶する可能性を示している。イメージを膨らませ、もし混練で分子のコンフォメーションを制御できるならば、どのようなポリマーブレンドでも混練時に相溶させることができる可能性を示している。
このような発想が科学的に正しいかどうかは問題ではない(注)。技術的にそのようなことが高いロバストを確保して実現できるかどうかが重要である。その上、この場合になぜ科学的に正しいかどうかが問題にならないかと言えば、すでに科学的に否定できないが科学者が説明できない現象が目の前に起きているからだ。このような状態の時、科学者は、新たな真理を求め研究を進めるが、技術者はこの現象を活用し、新たな機能実現に向けて努力する。
目の前にあるχが正であっても高分子のコンフォメーションを制御してやると高分子が相溶するという事実を新たな機能実現に活用しようと考えるのが技術者である。科学的に不明確な現象を技術に応用して大丈夫か、という心配は不要である。科学的に不明確な現象でもロバストネスを確保できる条件が見つかれば、実用化可能な新しい技術が生まれるのである。科学では繰り返し再現性が重要だが、技術では繰り返し再現性だけでなくそのロバストネスが重要である。
また、新たな現象を見いだしたときに新しい技術へチャレンジするのか、無駄なデータとして扱うかは、技術者と職人の分かれ目であり、新たなチャレンジを行おうとする点では、科学者と技術者は似ている。ゆえに技術者にも心眼でイメージした結果を確認する実験は重要な活動の一つである。昨日紹介した小竹先生の「etwas news」は、技術者にも大切なキーワードである。
(注)弊社の問題解決法では、科学的視点ではなく、技術的視点で問題解決にあたれるような仕掛けを工夫している。科学的な問題解決を忠実に行うTRIZやUSITと大きく異なる点である。
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昨日高分子シミュレーターOCTAに触れたが、混練プロセスでどのようなポリマーブレンドができるのかを知りたいときにSUSHIは、科学的な視点から解答を示してくれる。これは役にたつシミュレーターである。すなわち科学的な解答が目標とする機能を達成できない材料の場合に、あきらめるべきか、目標とする材料を技術で作り上げるべきか判断するときのよりどころとなる。
真理を追究するのが科学ならば、機能を実現するのが技術である。一方哲学者イムレラカトシュによれば科学は否定証明を完璧にできるが、肯定証明は苦手とする。すなわちある真実が実験で示されたのならば、昨日までのある現象を肯定していた理論がひっくり返る可能性があるのが科学の世界である。
そのため、学生時代に指導してくださったI先生は研究者の科学における研究の意味を書いた小竹先生の随筆のコピーをもとに実験の重要性をことあるごとに教えてくださった。すなわち研究とは「etwas news」を見つけることで、新しい事実を見いだすために毎日実験を繰り返すのが研究者の仕事である、と。
OCTAは、土井先生によれば、高分子物理の成果が詰め込まれたシミュレーターだそうである。例えば高分子物理に疎い技術者でもOCTAを使って実験を行えば、高分子物理の科学的成果について検証ができるのである。すなわちコンピューター上で高分子物理の実験ができるのである。
三井化学のアペルというポリオレフィン樹脂を10年以上前に扱うチャンスがあった。アペルは、側鎖に提灯のようなバルキーな基がぶら下がっている光学用樹脂で、このバルキーな基で主鎖の分子運動性を落としTgを高くするように設計された樹脂である。この樹脂については苦い思い出とここで紹介する楽しい思い出がある。絶対実現できない、と技術的に分かっていても、その技術内容を科学的に証明をすることができないときに、周囲はそれを理解しない場合がある。そのような中で、少しでも可能性のある方向をOCTAで探ったのである。
アペルは、提灯のような側鎖基で分子運動性を低めTgを高くしている樹脂であるが、もともとポリオレフィンという材料はTgが低い。ゆえにこの樹脂の耐久性の指標としてTgを採用するのは危険である。実際に、その時担当していたテーマでは、Tgから期待される耐久性を実現できるかどうかがカギであった。
ある混練の「技」を使った実験で、カタログに示されたTgよりも低いTgがこの樹脂には存在し、この低いTgで樹脂の耐久寿命が決まっていることを示したのだが、材料メーカーの研究者に一笑にふされ、その実験結果は採用されなかった。
この実験結果による予測は正しいと2年後分かるのだが、当時少しでも改善に寄与しようということで、提灯のような側鎖基を動きにくくするような高分子をブレンドする実験をOCTAで行った。ある構造のポリスチレンが良さそうだ、ということで、D社にお願いして、様々な重合条件でポリスチレンを重合し、一次構造が異なるポリスチレンを創り出した。
このポリスチレンを片っ端からアペルにブレンドし、透明になるポリスチレンを探したところ16個目の実験で、アペルと混ぜても透明になるポリスチレンが見つかった。そしてこのポリスチレンを混ぜたアペルは期待されたとおり、そのアペルのTg付近まで透明で、低いTgが無くなった。
ところが、ポリスチレンが複屈折の原因となるのでプロジェクトからは価値の無い無駄な実験とされたが、ポリオレフィンとポリスチレンが安定に相溶する場合があるという、フローリーハギンズの理論の不完全性を示す実験として価値がある実験結果が得られた。
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混練について研究するためにはレオロジーを理解していることが必要になる。しかし、ダッシュポットとばねのモデルで高分子のレオロジーを論じるのは、もはや時代遅れである。今高分子のレオロジーはOCTAでシミュレーションし、研究を進めるのが科学的な一手段となっている。ところが、8年前2種類ほど混練のシミュレーターを購入(注)し使ってみたが、1000万円近くする市販の混練のシミュレーターには、OCTAが使われていない。ひどいのは16ビットで計算している前世紀のシミュレーターもあった。
OCTAは無料である。OCTAは20世紀末、当時名古屋大学教授土井先生がリーダーとなり、国家プロジェクトで開発された高分子シミュレーターである。国家プロジェクトの中では、大成功のプロジェクトと皆が認めた成果である。OCTAの名前の由来は名古屋市のマーク“八”からきている。OCTAは、GURMETのもとにCOGNAC、PASTA,SUSHI,MUFFINの4つのメソシミュレーターが用意されたオープンソースでマルチプラットフォームのシミュレーターだ。
このシミュレーターの良いところは、開発された当時のパソコンの能力程度、すなわちペンティアムⅢ1GHzでも動くことである。土井先生は東大に移られた後もご退職まで開発を続けられ現在もこのシミュレーターは進化しているが、SUSHIは材料設計に有効に使えるレベルである。ただし、フローリーハギンズの理論が基になっていることを知っておく必要がある。
フローリー・ハギンズ理論については、大枠の考え方では正しいのかもしれない。SUSHIで幾つかのポリマーアロイの相分離をシミュレートし、実際に二軸混練機で混練を行うとシミュレーション通りに相分離する。そして、そこへ他の添加剤を入れたときの分散状態をシミュレートしても、おおよそ当たっており、実験結果と良く合う。普通に二軸混練機で分散を行う時には実用性のあるシミュレーターである。
無料でここまで実用性のあるシミュレーターが手に入るが、やや敷居が高い。敷居を低くしたJ-OCTAと言うソフトウェアーが販売されているが、こちらは敷居が低くなった分有料で、お値段は一般のシミュレーター並み、と価格は高い。
混練の市販のシミュレーターがOCTA以外まったく使えなかったか、というと、予想外ではあったが、16ビットで稼働しているソフトウェアーがツールも充実しており、素人が使うには良くできたソフトウェアーで、混練時の温度分布は、実用性のある結果だった。ただし、このソフトウェアーで出てくる結果は、二軸混練機の実務を少しかじれば予想がつく。
(注)当初購入したシミュレータは使いにくい上に、シミュレーション結果が実際の結果とうまく合わなかった。使いやすい16ビット版を購入し直したところ、メッシュの制約があるもののユーザーインターフェースも良くできており、使いにくいシミュレーターと同じ事ができて値段は安かった。ただ、温度分布以外は使い物にならなかった。プレゼンの絵を描くのに利用した程度である。1000万円は高い。OCTAは無料である。
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ゴムを樹脂で補強すると弾性率と損失係数をあげたゴムを設計できる。どのような組み合わせでもできるわけではない。ゴムにゴムよりも弾性率の高い樹脂を混練してゆくと、弾性率が上がるとともに損失係数始めゴムに備わっている他の性質も無くなってゆく。
弾性率だけをあげて他のゴムの物性を生かした材料を設計しようとすると高分子の高次構造の知識が不可欠である。樹脂補強ゴムでは、ただ樹脂が添加されたというだけではなく、30部前後添加された樹脂が海を形成しゴム相が島となる海島構造も影響している。
このことはゴム会社に入って初めて獲得した知識である。大学で高分子物性論も学んだが高次構造が力学物性に影響を及ぼしている、という程度の曖昧な知識しか学ばなかった。レオロジーが大半のその講義では、バネとダッシュポットのモデルから高分子物性を説明し、高分子のクリープについてのモデルが複雑である、という説明であった。
社会人になって、メンターから今のレオロジーでは高分子物性をすべて説明できない、と教えられた。ただ材料技術として捉えたときにクリープ以外の現象を理解するときにバネとダッシュポットのモデルは便利だ、とも。また、粘弾性の測定装置もレオロジーをもとに考え出された機械なので、アカデミアで不要になっても技術として残るのではないか、というのがメンターの見解であった。
大学で学んだ高分子の知識は何だったのだろう、と少し戸惑ったが、業界トップ企業の技術力がアカデミアを越えている現実を知った良い経験である。そしてそれを支えていたのが優秀な技術者集団だった。高分子について一家言持っている“ウルサ型”技術者、“教え魔型”技術者が大切な先生だった。今のようにインターネットで情報を収集できる時代ではなかったので、いち早く先端情報を入手しようと競い合っていった。先端情報をいち早く入手すればドヤ顔ができた時代である。
今情報入手という点では恵まれている。誰でもどこでも情報入手できるユビキタスの時代である。特許でも無料検索できる。その気になれば最低1.5年遅れになるが無料で先端情報を入手できる。お金を払えば半年遅れで入手できる。あとは学ぶ意欲があるかどうかだ。
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昨日の続き。
スクリーニングを行っていた30部という水準と、混練しにくいという理由で結晶化度の低いゴムを検討していた当初の方針で、1年間実験を行っていたら見落としていた可能性があった。フェノール樹脂を用いた樹脂補強ゴムにヒントを得て、3次元に架橋する樹脂でなくとも樹脂補強ゴムができるのでは、とスタートしたプロジェクトではあったが、その科学的理解が十分ではなかった。
すなわち、樹脂補強ゴムの開発は科学的情報など無い中で、単なるアナロジー的発想で始まった研究開発プロジェクトである。アナロジー的発想ではあったが、樹脂がゴム中に分散し結晶化すればフェノール樹脂の架橋と同様の効果を期待できるのでは、という仮説はあった。その仮説を基にしてメンターは樹脂が海で、ゴムが島になったときの高次構造を仮定してレオロジーシミュレーションを行ったのである。
しかし、なぜ30部でなければいけないのか、とか結晶化度がどれだけなくてはいけないか、という情報は存在しなかった。正確に表現すると、前者の科学的情報は数学の世界に存在したが、材料科学の関係者は、1979年の頃パーコレーション転移を知らず、混合則で現象を捉えていたために30部の意味を理解できなかった、となる。
パーコレーション転移が材料科学の分野に普及していったのは1990年前後である。この頃になって写真会社で開発した酸化スズゾルの帯電防止層の技術は化学工業協会から技術特別賞を頂いたが、インピーダンスの評価技術を用いてパーコレーション転移を制御した当時珍しい技術であった。
このように異なる分野で科学的情報が存在しても、その情報の理解が進み普及するまで二昔前まで10年程度の月日がかかった。情報化時代の今日でも、2-3年かかっている。Π型人間とかたこ足的技術者とか時代の変遷とともに異分野の情報を入手し理解できる人材の重要性が表現されてきたが、今は足の数よりもキーボードを叩く”マメさ”が重要な時代だ。千手観音が理想となるのだろう。
ただ、情報の普及がスローな時代には、発見の喜びが多数あった。そして発見した現象についてタコツボの楽しみを味わうことができた。今は、新しい現象を発見したならば、猛スピードでまず走らなければならない時代である。キーボード片手に情報調査と実験を並行に行わなければ安心できない時代である。山中博士がヤマナカファクターを発見した非科学的方法を秘密にして、特許出願を優先した姿勢は日本のアカデミアの研究者もアメリカ並みになってきて競争とスピードを意識するようになったことを示している。
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最初の1ケ月間、樹脂補強ゴムの開発は、ゴミを混練してる様な仕事だった。シミュレーション結果とはほど遠く、単純な引張試験のデータも実用にならない結果ばかりだった。一年後に得られるであろうデータを一ヶ月程度で出してやろうと目論んでいたが、月報も書けない状態である。すなわち、ゴムへ樹脂を30部配合してうまく樹脂が海で、ゴムが島になる構造をとる組み合わせを探していたのだが引張試験のデータ以外に大きな変化は見られなかった。
引張試験の結果には、樹脂を混ぜても強度があまり低下しない系が幾つか存在した。いずれもSP値が近い組み合わせで、周囲の専門家の意見では当たり前の結果であった。実験を始めて1ケ月半過ぎた頃少し弾性率が高いゴムが得られた。弾性率が高く、損失係数も高いゴムが目標だが、そのゴムの損失係数はゴムのそれとあまり変わらなかった。
メンターの方針では30部程度でスクリーニングを行い、シミュレーション通りの結果が得られたら樹脂の添加量を変動させる実験に移る予定だったが、その少し高い弾性率を示した組み合わせについて、添加量を振ってみたところ、40部でシミュレーションどおりの物性のゴムとなった。
30部と40部で細かく3点ほどデータを取ってみたところ、35部もシミュレーション通りのデータとなった。このシステムに用いた樹脂とよく似た構造の樹脂を1ケ月前に検討していたが、それについても40部でデータ見直しを行ったところ、弾性率はやや低いがシミュレーションに近い傾向を示していた。
1ケ月間ゴミを混練しているような実験であったが、スクリーニング段階の添加量の設定が悪かったのではないかと、これまで実験したデータについて40部で再度全ての組み合わせを見直した。するともう2組みシミュレーションに近い傾向を示す組み合わせを見つけた。気がついたら、毎日夜中の12時まで実験を1週間続けていた。
メンターにこの結果を報告したら、40部は樹脂の添加量として多すぎないか、といわれた。30部程度でもうしばらくスクリーニングしてみようということになったが、実験は30部、35部、40部と3水準でこっそりと進めた。実験量が3倍に増えたので、サービス残業を毎日夜中の12時まで行った。東京に出てきたばかりで毎日独身寮と会社の往復である。同期の誘惑さえ断れば時間は無尽蔵にあった。自己啓発の時間を削れば一日に2日分の仕事をこなせる恵まれた状況だった。
面白いことに35部の添加量で、シミュレーションと近い傾向の組み合わせシステムがさらに4組見つかった。スクリーニングを予定していた樹脂の評価をすべて終えたのでデータを整理してみたら、35部の添加量であるパラメータが樹脂の結晶化度と相関するデータが得られた。結晶化度の高い樹脂は混練しにくいと言う理由で除外していたが、結晶化度の高い樹脂についても少し検討したところ、2組みシミュレーションと同じ結果となり、驚くべき事に1組は30部でも弾性率が高く損失係数も高いゴムとなっていた
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ゴム会社で社会人1年生となったが、運が良かった。技術者とは何か、技術の伝承の仕方、科学と技術の役割の違い等1年間に多くのことを学ぶことができた。半年に及ぶ新入社員研修と優れたメンターのおかげである。
10月に配属され樹脂補強ゴムの研究開発を指導してくださったメンターはゴム材料技術者として大変優秀な人だった。また、配属先の居室の斜め前の部屋には、当方が配属されて半年後東大へ転職された西先生がいらっしゃった。給与をもらえて勉強できて、大変に恵まれた環境で技術者としてスタートできた。
メンターはレオロジーの専門家で、HPの関数電卓で常微分方程式を解きゴム材料の動的粘弾性についてシミュレーションを行う器用な人であった。新入社員用のテーマ説明書には、電卓でシミュレーションされた物性データとその基になる考え方が10ページほどにまとめられていた。
1年かけてそのシミュレーションデータの挙動を示す材料を開発する、というのがテーマである。そして、その10ページに及ぶテーマ説明書は誰にも見せてはいけない、という。理由は課内会議のその年の1年分のネタだからだ。また特許出願も1年後に予定しているから、というのも理由の一つであった。
この仕事のやり方は極めてエレガントだと思った。単なるアクションプランだけではなく、アクションの結果まで予測しているのである。ここまで仕事が整理されていると、何か異常事態があったときに軌道修正をすぐにできる。
Oさん(メンター)と仕事をすると大変でしょう、と同情の言葉をかけてくれた人がいた。噂では、Oさんと一緒に仕事をやった人は皆やらされ感で仕事のやる気がなくなったそうである。当方は、1年間の仕事がここまで整理されているなら、これを半年でやり遂げたらどうなるか、ということを考えていた。あるいは1年先のデータを最初に出してしまったらどうなるか、ということも考えていた。
メンターは作業の一通りを指導してくれた。その後、ゴムの配合表と、サンプル5本を渡されて、自由にバンバリーとロール混練の練習をして、サンプルと同じゴムを作れるようになってから実験を行うように言われた。サンプルは、当時タイヤのビードフィラーに採用予定の最先端の樹脂補強ゴムであった。簡単な作業と思っていたら、サンプルと同じ物性を示すゴムを混練できるようになるまで1週間かかった。
1週間毎日同じ配合のゴムを混練し加硫、物性を評価する、という単純作業の繰り返しであった。実験室では諸先輩が実験装置の扱い方のコツをいろいろと教えてくださった。面白かったのは流派が2つほどあり、混練装置の扱い方が異なっていたことである。今から思えば、無駄な捨てる材料は多くなるが、メンターが指導してくれた中型の装置を使用してゴムの混練をする方法が近道であった。
同じ物性のゴムが得られたことをメンターに報告すると、実験室で誰のアドバイスが参考になったか、と質問された。Aさんだ、と正直に答えたら、今後分からないことがあったらAさんに聞くように、と実務のやり方までうまく教えてくれた。ホーレンソーの重要性が言われるが、誰に何を相談したら良いのか、早めに覚えることは、実務を効率良くこなすために大切なことである。上司に相談内容を報告することは常識だが、上司不在の時など仕事の相談を気軽にできる人が身近にいた方が便利である。
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昨日外部から調達していたコンパウンドで満足な製品ができなくて困っていたが、コンパウンドメーカーからは、親切にも成形技術に問題があると言われた体験を書いた。品質問題が起きると、コンパウンドメーカーは、成形技術のどこが悪いか、ということを親切に教えてくれる。そのかわり混練技術の問題を指摘しても素人には分からない、といなされる。
しかし製品化スケジュールに余裕が無かったので、成形技術の見直しを中断して、二軸混練機の中古機を導入し3ケ月間でコンパウンドから製品までの生産ラインを立ち上げた話を紹介したが、これは同じ事を実行しても異なる結果が出る、科学では許されないことであるが、技術ではしばしば生じる事例だ。
同じ二軸混練機を使用しているが、異なる品質あるいは異なる機能の樹脂ができる、科学的にあり得ないことが、技術ではその前後のわずかな方法や手順の違いで劇的な品質の差を創り出すことができる。技術を理解していないとわずかな方法や手順の違いの意味がわからず、すべて同じに見える。
科学を知っていても、細かいノウハウの科学的な意味を理解できていなければ多少の違いを見落とす。技術を知らない、と言う言葉はこのような場合に使われる。科学で解明されていない現象が多いプロセスでは技術のブラックボックス化が有効である。
技術者は、科学的な解明がされていない現象でも体系化された一つの方法として機能実現のために使いこなせなければならない。科学的に解明されていなければそれを実行できない、というのでは技術でイノベーションを起こすことなどできない単なる職人である。
科学的な理解ができていないのに、単なるノウハウとしてその方法を実行しているのなら、それこそ職人ではないか、といわれるかもしれないが、体系化された知識の無い職人にはイノベーションを起こせない。
機能実現の方法について体系化された知識を持っているからイノベーションを引き起こすことができ、そこが技術者と職人の違いである。機能実現の方法を知識として体系化するには、現代であれば体系化するための科学的知識が要求される。科学的知識をどれだけ持っているかどうかは、技術者と職人の分岐点である。
ゴムの混練ではロールを使用する。生産ラインではバンバリーで5分ほど混練し、その後ロール混練を行うが、バンバリーを使用せず、すべてロールでゴムの配合を仕上げることもできる。研究段階の試作はバンバリーを使用せず、すべてロールだけでゴムの配合を作り上げることがある。
職人は、長年の経験とカンで研究用のプロセスを組み立て、ロール温度や回転数、返しの方法など二本のロールで使用可能なあらゆる技から適した方法を選択するが、技術者はゴムの配合と分析データその他を見比べてプロセス条件を決める。
同一配合でも、しばしば職人が混練したゴムを用いた成形体の物性が良かったりする。科学的に説明ができない場合には、技術者が職人から「技」を学ぶ機会ができ、それが知識として整理され技術が伝承されてゆく。科学の知識が論文で伝承されるように、メーカーにおいて職人の「技」を知識として伝承するのは、技術者の責任である。
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