技術開発は、新機能の開発と思っていました。社会人になって新機能の中にコストダウンも入る、と学びました。すなわちコストも機能だ、と。写真会社に転職し、コストよりも機能という考え方の会社もあることを知りました。この時、機能にはコストの考え方はありません。100円ショップという事業をみますと、やはりコストを機能に含める考え方の方が合理的です。
コンピューターの登場で、ソフトウェアー技術に注目が集まりました。そしてソフトウェアーが標準化されたとき、莫大な利益が生み出されることも知りました。コストダウンという目標はある意味ソフトウェアー的側面があるように思います。すなわち企画からユーザーまでのすべての段階においてコストダウンのネタは存在し、さらには会議のやり方まで含めればコストダウンとは古い技術の領域からはみ出てしまいます。しかしソフトウェアーとしてとらえればこれも技術に入れてもよいと思います。
生産場所を人件費の安いところへ移すのは、簡単にコストダウンする方法です。しかし、それぞれの産業を細かく見てゆきますと、日本で生産できている業種もあります。付加価値の高い業種に多いですが、100円ショップの商品の一部に日本製があるのを見つけるとびっくりします。人件費の問題をうまく解決して日本で生産しているのです。
コストダウンという問題は、弊社の問題解決法の特徴が表れる問題です。従来の問題解決法では当たり前の答しか出なかったのが、当社の問題解決法では奇抜なアイデアも生まれる可能性があります。
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このような独特な問題解決プロセスでiPS細胞を発明できたわけですが、データベースを基に約三万個の遺伝子から二十四個に絞り込む過程において、絞り込む条件の妥当性を実験で確認せず、経験知だけを用いています。また、遺伝子間で働く作用などが不明の段階で、二十四個の遺伝子をすべて細胞に組み込む実験を行ったり、科学的に解明されていない実験結果を活用し、消去法的手順で四個の遺伝子を見出したり、など科学者の研究手順として見た時に、いくつか疑問点が出てきます。このあたりを少し考えてみます。
まず、約三万個の中からデータベースを基に研究対象を絞り込むプロセスでは、例えばiPS細胞はこうすればできるという仮説を設定し、その仮説の正しさを証明する実験、もしくは過去の研究結果を揃え検証し、絞り込む条件や手順の科学的妥当性を示して研究を進めるのが一般的な科学的手順です。
しかし、当時まだiPS細胞を作った人がいませんから、iPS細胞を生成する遺伝子を絞り込む科学的作業とは、約三万個の遺伝子について実験を行い、その機能や遺伝子間で働く作用を調べる実験をしなければいけません。ところが山中博士は、約三万個の遺伝子を対象にこのような実験を行っていません。ゆえにデータベースから遺伝子を絞り込む作業は、科学的プロセスとして不完全です。科学的プロセスではなく、自らの意志で「答えを決めた」プロセスと本書で説明している理由でもあります。
次に、データベースから絞り込まれた二十四個の遺伝子について、一つ一つ細胞に組み込みiPS細胞ができないことを確認したプロセスでは、遺伝子一つ一つの実験結果で何も変化が起きていないことが示されていますので、この実験結果から導き出される「単独で細胞に組み込んだ時に、二十四個の遺伝子の中にiPS細胞を作る遺伝子は存在しない」という結論は、科学的に完璧です。
しかし、同時に行った二十四個の遺伝子すべてを細胞に組み込みiPS細胞生成に成功した実験では、二十四個の遺伝子の細胞内における働きについて科学的に確認していません。そのため、それぞれの遺伝子の作用が不明であり何が起きるのか仮説を立てられないだけでなく、実験結果を科学的に説明できないので、科学的に正しいプロセスと言えません。
ただ、この実験に成功した時に得られる、「大人の細胞でiPS細胞ができた。」、という実験結果は科学的に価値があります。すなわち、iPS細胞を発見するまでのプロセスは科学的とは言えませんが、世の中に存在しなかった大人の細胞の初期化手段が、それを発見した方法で繰り返し再現することができますので、科学的に大きな価値があります。山中博士もテレビ番組の中で説明されていたように、答の正しさを確信したプロセスです。
iPS細胞発見に至るプロセスが科学的ではなく、運が作用したといわれる点についてもう少し考えてみます。仮に経験知で絞り込み、答と決めた二十四個の遺伝子の組み合わせの中に、iPS細胞を作る機能を持った四個の遺伝子の組と、何らかの作用を起こし負の効果を示す遺伝子が不運にも含まれていたならば、その遺伝子により四個の遺伝子が持つ機能が阻害され、大胆な実験も失敗に終わっていた可能性があります。ちなみに遺伝子間の組み合わせで働くこのような作用は交互作用と呼ばれています。
他の因子の作用により本来の因子の機能が隠れたり抑えられたりするのが交互作用あるいは交互効果と呼ばれている現象ですが、ある機能を制御するために使用する因子と交互作用をする因子が同時に存在すると両者のバランスを制御することが難しくなります。自然界にはこのような交互作用で生じる現象が多数存在しています。
このようなことを考慮しますと、注意深く科学的に行った実験からは成果が得られず、二十四個の遺伝子すべてを細胞に入れた大胆な実験でiPS細胞の兆候が現れたのは、幸運以外の何物でもないことがわかります。
<明日へ続く>
カテゴリー : 連載
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3.11で世の中は大きく変わりました。とりわけ原子力エネルギーに対する考え方は、180度の変化です。国民のだれもが未完成の技術で商用運転を行っていた実態を知ってしまいました。福島原発の事故は、天災で始まっていますが、事故の状況について報じられた内容を見る限り、商用運転してはいけない技術でした。
現在販売されている家電製品のマニュアルを見ていただけばわかりますが、注意書きには起こりえないことまで想定された注意が書かれています。しかし、原発の事故対策は発生確率で低い場合には対策を行わない、という考え方で設計されていたのです。また事故後の対応においても、電源車との接続において、コネクターが合わず電源供給できなかった、とか、ベントにフィルターがついていなかった、とか、およそ商用運転されている商品として怪しい状況が報じられています。さらに、いまだに使用後の燃料棒の処分方法が決まっていない、というありさまです。家電のように家電リサイクル法で商品そのもののリサイクルが義務づけられている時代に、原料の処分法すら決まっていないのです。原発を商品として見た場合に、再稼働を議論するときには、実験運転を行うという前提で議論する必要があります。
原発がこのような調子ですから、未来技術としてエネルギー関連技術が花形産業を生み出す、と考えました。すでに太陽光発電や風力発電が立ち上がっていますが、ごみ発電技術は経済的に可能性が無いのでしょうか。かつて名古屋市長がゴミの分別回収で政府に苦言を呈したことがありました。細かい分別回収をしてきたのにそれが無駄になったからで、さっそく名古屋で有識者が集められてゴミのリサイクルではどの方法が良いのか議論されました。その結果サーマルリサイクルが最も良い、との結論でした。熱エネルギーとして取り出せるならば発電は容易です。
ごみ以外の燃料では、ジャトロワや藻、チップなどのバイオエネルギーの経済的生産技術が立ち上がる可能性が見えています。藻の場合には、ガスタービンを工夫して藻をそのまま燃焼できる技術を開発すれば最も経済的に発電ができます。光合成で藻を育てるのは琵琶湖のような湖を使うことができます。藻の繁殖力と藻の回収速度をバランスさせればよいわけです。藻と水の分離では、熱エネルギーを使うのではなくフィルターワークで十分です。
集中発電の方法以外に分散発電技術も出てきました。エネファームなどの燃料電池で、ガスの供給ラインを使って発電するシステムです。電気代が高騰していますから、経済的に十分釣り合うようになってきました。また、スマートグリッドへの移行も可能です。太陽光発電や風力発電、水力発電、地熱発電など様々な発電技術に可能性が出てきました。このような分散発電では蓄電池が重要になってきます。また高電圧を制御する必要から、パワートランジスタのニーズが高まります。
電気自動車のような移動体に電気を供給するシステムの開発も重要です。わざわざコネクターをつないで電気供給する方法では利便性が悪いです。また高速充電システムも必要になってきます。電気の供給であれば無人化も可能で、ちょっとしたスペースがあれば電気を供給できるような、それこそ駐車場のどこでも駐車中に電気供給できるようなインフラにすれば一気に電気自動車が普及するように思います。新しい電気電子デバイス以外に膜技術も重要です。従来の熱エネルギーを用いた分離方法から膜分離へ移行する可能性があります。膜分離技術は省エネ技術です。
家庭内の創エネ技術も太陽光発電以外に登場する可能性があります。家庭内には発熱製品や振動製品がたくさんあります。そのような発熱媒体や振動媒体から電気を回収するシステムです。コストが問題になりますが、材料技術が進歩すればぺロブスカイト系の材料で経済的な熱電変換素子ができるように思います。
こうしたエネルギー関連の未来技術はまだまだたくさんあり、具体的なアイデアもあります。これらを公開する企画を考えていますが、事前に情報を入手したい方はご連絡ください。
カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子
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山中博士以外にも多くの研究者が万能細胞の研究に携わっていましたが、なぜ山中博士が最初にiPS細胞を発見することができたのでしょうか。テレビ放送で説明された研究プロセスから成功の要因を推定してみますと、以下に示すアクションが重要なポイントと思われます。
(1)経験知だけで三万個から大胆に二十四個に絞り込む。答を最初に決める方法。
(2)選ばれた二十四個の遺伝子すべてをまとめて細胞に入れる、大胆な思いつき実験。
(3)二十三個の遺伝子の組を用いる巧みな実験。
(3)につきまして、山中博士の実験のどこが巧みかもう少し詳しく説明しますと、二十四個の遺伝子をすべて細胞に組み込んだ大胆な実験でiPS細胞ができていますから、この二十四個の遺伝子に含まれる特定の遺伝子の組み合わせで、細胞が初期状態にリセットされたと判断できます。この判断の下で以下に説明する消去法的発想に基づく、新たな二十三個の遺伝子を細胞に組み込んだ二十四組の実験を行い、iPS細胞を作るために必要な四個の遺伝子の組を簡単に見つけだします。
すなわち、(2)でiPS細胞ができていますから、この遺伝子の組を答と決めたことが正しいとわかりました。あとは二十四個すべて必要なのか、あるいは特定の組み合わせでiPS細胞ができるのかを決めればよいのです。今iPS細胞を作る為に必要な特定の遺伝子の四個の組を「遺伝子A、遺伝子B,遺伝子C,遺伝子D」としますと、二十四個すべてからなる遺伝子の組は、「遺伝子A,遺伝子B,遺伝子C、遺伝子D,その他の機能しない二十個の遺伝子」と表現できます。
そこで遺伝子を1つずつ減らした二十三個の遺伝子からなる組を作ります。例えばiPS細胞を作る為に必要な遺伝子Aを取り除いた組は、「遺伝子B,遺伝子C,遺伝子D,その他の機能しない二十個の遺伝子」、同様に遺伝子Bや遺伝子C、遺伝子Dを取り除いた組も、必要な遺伝子が一つ不足した三個の組と,その他の機能しない二十個の遺伝子として表現でき、この表現の組は四組できます。「遺伝子A、遺伝子B,遺伝子C,遺伝子D」が揃っている組は、「遺伝子A,遺伝子B,遺伝子C,遺伝子D,その他の機能しない十九個の遺伝子」の二十組作ることができます。
この新たに作成した二十三個の遺伝子の組み合わせ二十四組をそれぞれの細胞に入れた実験を行いますと、「遺伝子A,遺伝子B,遺伝子C,遺伝子D,その他の機能しない19個の遺伝子」の二十組では細胞が初期化されますが、iPS細胞を作るために必要な四個の遺伝子の組から一つ取り除かれた四種の実験では、細胞が初期状態にリセットされずiPS細胞ができません。その結果、取り除いた遺伝子Aあるいは遺伝子B,遺伝子C,遺伝子Dが、細胞を初期状態にリセットするために必要な遺伝子であった、と明らかになります。
実験手順は、実際に見つかった遺伝子の個数を用いて説明いたしましたが、仮に四個以外の複数の組であった場合でも、iPS細胞ができなかった実験だけに着目すれば良く、大変巧みな実験方法であります。ただしこの方法は選択肢の中に正しい答えがあるとする、すなわちすでに答えを決めてしまっている非科学的な消去法の考え方です。
山中博士がなぜこのような非科学的実験プロセスを選ぶことができたのでしょうか。その理由をテレビ放送の中で(2)の大胆な実験で得られた結果で「成功を確信したから」と説明していました。すなわち(1)でおおよその答を決めて、(2)でその答え正しさを確信し、(3)で答を具体化した、と成功のプロセスを説明していたわけです。
ノーベル賞受賞研究の実験プロセスの説明が本書の問題解決方法と似ており、最初に答を決めることが問題解決のコツと確信したことがこの本を書くきっかけとなっております。答が分かっているならば、それは問題にはならないだろう、という疑問を持たれるかもしれません。すでに説明しましたが、この本で意味する最初に決める答とは、こういう状態であってほしいという願望とか「あるべき姿」のような概念的な答です。この概念的な答が決まると、それを具体化するためのアクションやアクションの組み合わせ、すなわちアクションプランを考えなければなりません。それは問題を解くという行為になります。
最初に答を決めて、何が問題かを明確にし、その次にアクションプランを考える手順が本書で提案した問題解決プロセスの特徴であり、従来行われていたような、先に問題設定がありその問題を分析してアクションプランを求めるやり方とは順序が逆になっているだけでなく、答を設定して問題を考えるというイメージの、常識でとらえると不思議に見える方法です。しかし、この不思議な方法を山中博士は実行し、ノーベル賞を受賞しています。ノーベル賞の効果は大きく、多くの方は不思議と捉えず、頭の良い方法と感じたのではないでしょうか。
もし、山中博士が従来の科学的な問題解決法を用いたならば、iPS細胞を作る技術を問題としてとらえ分析的に問題解決をして、約三万個の遺伝子の中から機能を発揮する遺伝子を探すために一つ一つ調べるというような膨大な実験、それこそ一生かかっても終わらない実験を行うことになります。おそらくこの分野の多くの研究者はこのようなやり方で研究を続け論文を書いていると思います。
しかし、iPS細胞を作る技術という問題には、遺伝子を複数組み合わせて細胞に組み込んだ時の問題とか、そもそも多量の遺伝子を一度に細胞に組み込むことができるのか、とかいろいろ細かい多くの問題があるそうで、これらの問題を分析的に解いていった場合には、問題の中に問題の山が詰まっている状態をさまようことになります。
そこで山中博士は、理化学研究所の遺伝子データベースを使用して、最初に答を決めてから実験を行っていったのです。
<明日へ続く>
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2012年10月21日の夜、たまたまテレビのスイッチをいれましたところ、地上波のNHKで、今年ノーベル賞を受賞した山中博士のiPS細胞を発明した研究プロセスについて、実験結果のファイルを見せながら解説をしていました。その資料は特許出願をしていた内容とも関係するという理由で、これまで未公開だったとの説明がありました。他の番組を見るつもりでしたが、チャンネルを回すのを忘れ、わくわくしながら話を聞きました。
iPS細胞というのはinduced Pluripotent Stem cellの略で、日本語にすると「人工多能性幹細胞」と訳され、通称「万能細胞」とよばれており、体中のあらゆる細胞に変化できる能力を持った細胞のことです。同様の細胞として、ES細胞と呼ばれる万能細胞が先に発明されていました。しかし、こちらは受精卵を用いる必要があり、研究を進める上で倫理上の問題がありました。iPS細胞の技術では、大人の細胞から万能細胞を作ることができますので、倫理上の問題を克服できます。さらに、自分の細胞を用いて体外で人工臓器を作ることが可能になるので免疫拒絶問題も解決されます。このような理由からiPS細胞は、再生医療の分野で画期的技術と言われております。
山中博士が研究に着手しました時に、遺伝子がどのように機能してあらゆる細胞に変化できる細胞を作るのか、すなわち受精卵のような初期状態に細胞をどのようにリセットするのかまったく解明されていない状態でした。ゆえに山中博士が最初に行わなければならない研究は、一つ一つ遺伝子を細胞に組み込み、細胞を初期状態にリセットできるのかを調べる作業が中心になります。そしてどのような遺伝子を細胞に組み込めば、うまく機能してiPS細胞となるのかを明らかにすることが、研究のゴールとなります。
ところで、マウスやヒトの遺伝子の数は全部で約3万個あると言われており、研究の内容を単純に表現すれば「iPS細胞を生成する機能を持つ遺伝子は3万個の遺伝子のどれか」という問題になりますので、まともに科学的に取り組むならば天文学的な仕事量になります。
しかし、山中博士は、理化学研究所が2001年から無料提供を始めたマウスの遺伝子データベースと、それまでの博士の研究経験を基にした知見とを活用し、iPS細胞を生成する機能を持つと予想される遺伝子を二十四個まで絞り込み、遺伝子探索実験を短期間にできる範囲の仕事量にしました。すなわち、答となるiPS細胞を作る遺伝子をとりあえず二十四個と決めたのです。
経験知だけで3万個から大胆に二十四個に絞り込む過程や、その後iPS細胞を作る遺伝子の探索作業に移る過程も詳しい説明を聞きたいと思いましたが、それらと同じくらいテレビ解説の中で興味深かったのは、遺伝子を細胞に組み込み、iPS細胞になるかどうかを確認する実験の進め方です。
この選ばれた二十四個の遺伝子について、まず1つ1つそれぞれの機能を確認する実験を行うと同時に、選ばれた二十四個の遺伝子すべてをまとめて細胞に入れる大胆な思いつき実験を行っています。そして、1つ1つの遺伝子について科学的プロセスで確認した結果では、期待された現象が観察されなかったのですが、驚くべきことに大胆な思いつきで行った実験で、細胞が初期状態にリセットされたのです。この実験結果から、今度は23個の遺伝子の組を用いる巧みな実験を進め、たった1ケ月でiPS細胞発見にたどりつきました。
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K1チャートから選択された経路を使い、シナリオを作成して思考実験を行います。この時全体のシナリオについて行っても良いですが、一部分だけ抽出して行う方法もあります。あるいは、シナリオを幾つかに分割してそれぞれについて思考実験を行っても良いです。本問題解決法では、そのやり方に制限を加えません。大切なことは、「あるべき姿」実現の可能性について確信を得ることです。思考実験の良いところは、問題解決して得られた「あるべき姿」達成のシナリオについて自信と問題解決する力が湧いてくることです。このことは重要で、思考実験がイノベーションを引き起こす源動力にもなります。
技術者による思考実験ついては、E.S.ファーガソン著「技術屋の心願」に次のような表現があります。
「ある機械について考えるとき、一つの動的なプロセスをなす各段階を順次たどりながら推論を進めていけば、心の中でその機械を始動させることができる。」
この表現は、思考実験の特徴を象徴的に表しています。すなわち、これから開発しようとする新しい機械についてアイデアを練る時に、開発の対象となる動的なプロセスをイメージし、各段階の一つ一つを頭の中だけで組み立て、その動作を確認し、不具合を修正しながら新しいアイデアを生み出して機械を完成させてゆく、という空想を行えば、実際にモデルを組み立てなくとも新しい機械を発明できる、と彼は言っているのです。
この本の題名にある心眼とは、「思い起こされた現実のイメージと思い描いた工夫のイメージが存在する場所であり、信じられないほどの能力をもつ不思議な器官」、と説明されています。そして、ファーガソンは、心眼について、「本当の眼を通して入ってくるよりもずっと多くの情報を集めて解釈し、生涯にわたる感覚的情報―視覚、触角、筋力、内臓、聴覚、臭覚、味覚の情報―を集積して、相互につないで関係づける働きをする器官であり、その器官があるので、工学的知識の大部分は、視覚的な言語によって記録され伝達されている」、と述べています。
ここで、視覚的言語という表現は、実際に作られ伝承されてきた機械や建築物を意味しており、第二次世界大戦以後、工学の主流が数式的な関係に表現できない知識を敬遠する傾向にあるため、現場軽視と数式・計算偏重の現状に、警鐘を鳴らし、モノヅクリの根本について再考を促したいというのが彼の狙いのようです。
ファーガソンの主張は、思考実験についてなされたものではありませんが、その考え方は、思考実験というものがどのように行われれば、新しい技術を生み出す源動力になるかというヒントになります。例えば、思考実験に関係する工学の知識について、次のように説明しています。
「技術分野の設計者が用いる表向きの知識は、その主要部分が科学に由来しているとはいえ、科学ではない。これには、実験的証拠だけでなく材料やシステムについての経験的な観察に基づいた知識も含まれている。————(中略)—————-
工学的科学は、科学とは別個の抽象概念を数多く持つ点でも純粋科学と異なっている。これらの抽象概念は、技術上の問題を解析する時の枠組みとなるものである。」
すなわち、彼の考える工学の知識とは、科学ではない非科学の内容も含んだ経験的知識の体系を意味します。この経験的知識については個人差の出るところですが、1年以上技術開発の現場で仕事を行えば、思考実験の有効性は理解できると思います。思考実験により、頭の中の抽象概念が刺激され、成功の自信とともに新しいアイデアも出る可能性が高まります。
<明日へ続く>
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長期間使わなかったビニール製品あるいはゴムなどで表面がべとべとしたような状態になった経験はないでしょうか。これは、高分子製品で特にやわらかい風合いの製品で多く見かける、低分子化合物が表面に浮き出てくるブリードアウトという現象です。固い樹脂製品でも起きる現象です。
実用化されている高分子材料の製品には必ず何か添加剤が入っています。カメラのレンズやDVDプレーヤーのピックアップレンズのような光学樹脂にも必ず添加剤が入っています。その添加剤と高分子との相性が悪い場合には早く表面に浮き出てきます。相性が良い場合でも必ず表面に出てきます。また固い高分子に添加されている場合よりもやわらかい高分子に添加されている場合の方が早く出てくる傾向にあります。
高分子に添加された低分子化合物が表面に浮き出てくる、このブリードアウトという現象は、高分子材料では宿命のような現象で、添加剤を高分子に反応させない限り防ぐことはできません。他の添加剤と組み合わせてブリードアウトする速度を遅らせることはできますが、完全に防ぐことはできません。
そのためブリードアウトという現象を目立たせないように、あるいはブリードアウトで商品の品質が損なわれないようにする技術がいくつか開発されています。同じ材質のビニール製品でもべとべとするものや、しないものがあるのはそのためです。高い技術がその差に隠されているのです。高分子材料技術にはこのような目立たない技術も存在します。
カテゴリー : 高分子
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全てのK0ポイントについて作成されましたK1チャートを眺めますと、あるべき姿にむけて取るべきすべてのアクションが書かれています。そしてそれぞれのアクションについて失敗した時と成功した時の二つの事象が書かれております。アクションの中には、これまでの問題解決法では考えつかなかったアクションも書かれているはずです。
例えば成功確率が高いアクションが実行されるケースでは、普通は失敗した時のアクションまで考えませんが、この問題解決法では必ず失敗した事象も考え、その対策となる次のアクションも考えるルールにしています。
このように本問題解決法で作成するK1チャートでは、すべてのアクションについて成否でまとめていますから、すべての可能性を考えていることになるはずです。よく知られている科学的問題解決法では、確率の低い場合や起こりえない事象について考えませんが、この問題解決法では、このような冗長化を行うことによりリスク対策や余裕ある万全の準備ができますので不確実性の時代に対応しています。
それでは、このK1チャートを眺めて、最短経路で「あるべき姿」を達成できる道筋を見出してください。その最短経路は、すべて可能性が高いアクションになっているでしょうか。もし、すべて実現の可能性の高いアクションであれば、その最短経路で、頭の中のシミュレーション、すなわち思考実験を行います。もし、最短経路の中に成功確率の低いアクションが入っているならば、失敗した場合の経路も入れて思考実験を行います。このような吟味を繰り返し、全体の成功確率が高くなるように経路を選択してください。
このようにして選択された経路を基に物語を作成し、思考実験を行います。思考実験は歴史的にも非科学的なヒューマンプロセスとして知られ、ニュートンやアインシュタインも使用して科学的大成果を出しています。思考実験には基本的に細かいルールはありません。K1チャートで見出されたあるべき姿を実現するアクションを使って頭の中でシミュレーションを行うだけです。
思考実験は、前向きの推論で進めますので、K1チャートに示されたアクション以外のアイデアを思いつくこともあります。
<明日へ続く>
カテゴリー : 連載
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樹脂の混練は固体分散が基本で、液状物の添加剤を通常用いない場合が多い。しかし、液状の難燃剤を用いたい場合も出てくる。同等の機能の固体の難燃剤を選択した方が良いが、液状の難燃剤を使うために二軸混練機のサイドフィーダーで対応する場合もある。あるいは、他の添加剤とあらかじめバッチ式分散機でプレミクスを行い添加したりする場合もでてくる。いずれもコストにも関わる問題であり、二軸混練機で樹脂を混練する場合には液状の難燃剤が敬遠されがちな理由である。また、プロセスの問題以外にブリードアウトなど製品においても液状の難燃剤が問題となる場合がある。
製品の問題については後日触れますが、本日はプロセスの問題に限定して液状の難燃剤を樹脂に混練する場合について考えてみます。液状の難燃剤を二軸混練機で分散する場合に経験的には、マスターバッチ法で作った高濃度の難燃剤を含む樹脂として添加する方法が良いと思っています。コストでは若干不利になりますが、安定した製品を作ることができます。
サイドフィーダーで行う方法もよいですが、マスターバッチ法に比較し、ばらつきが大きくなります。サイドフィーダーの問題は液状の難燃剤に限ったことではありませんが、ペレットのばらつきを生じる原因となっています。L/Dが十分大きな混練機であればよいが、そうでない場合にはばらつきの問題を対策する必要がある。ばらつきの問題を回避するために、できあがったペレットをタンブラーで混合してから、それを1バッチとして扱う場合もある。しかしこれが原因不明の問題を引き起こすことがある。
何も市場で問題が発生しなければ、選ばれたプロセスは妥当なプロセスとして採用されるが、二軸混練で樹脂を混練する場合には、分散のばらつきをいつも抱えていると覚悟した方が良い。液状の難燃剤の分散ではそれが顕在化するだけである。二軸混練機の抱えるばらつきの問題を小さくする技術も開発されています。ご相談ください。
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K0チャートが作成されましたら、各K0ポイントごとに、K1チャートを作成します。K1チャートとは課題を実行するアクションとその成否を新QC七つ道具のPDPC図のようにゴールに向けて進行状況を見える化したものです。
すなわち、ある課題を解決するためにアクションを実行しますと必ずアクションについて成功か失敗かという二つの事象の内どちらかの結果が出ます。通常アクションプランを考える時にはアクションが成功することを前提に計画表へ記入し、判断が必要なところで分岐点を設けるように計画表を作成しますが、K1チャートにつきましては、すべてのアクションについて、その結果の成否を記入するようにします。失敗する可能性が極めて低いときでも失敗の事象を記入します。
こうすることで、福島原発の事故でよく言われた想定外という言い訳が無くなります。すなわち、とるべきアクションについて成功と失敗の両事象を事前に考えていますから、不測の事態に迅速に対応できます。また、この方法はアクションの結果をすべて考えていることになりますので、アイデア漏れを防ぐ手段にもなっています。
それでは具体的な手順を以下に示します。
①各K0ポイントのゴールを確認する。K0ポイントが一つの場合には、そのゴールと「あるべき姿」とは一致する。
②K0ポイントに存在する課題を確認する。この作業では、問題の構造を表した系統図を用います。系統図に示された課題の中で、優先順位の高い課題、すなわち最初にやり終えなければならない課題を選択する。系統図は階層構造を表現しておりますので優先順位の高い課題を決めるのは難しくありません。系統図を作成せずにK0チャートを作成した場合には、この段階で課題を考えてください。
① ②のプロセスで求めた課題について、知識ベースで達成手段すなわちアクションを
書き上げる。それぞれのアクションにおいて、それが成功した事象と、失敗した事象に分け、それぞれについて、次のアクションを考える。このアクションを考える場合には、必ず何か記入すること。具体的なアクションが無くなれば、その時点で失敗と記入する。アクションを思いつかないだけであれば“?”を記入する。
④ ③の作業において、アクションを起こした結果、問題の構造の系統図に示されている課題が発生したならば、アクションの結果に課題を書き入れる。そして次のアクションについては、この課題に対するアクションを考えることになる。
⑤ ④の作業において、アクションを起こした結果、問題の構造の系統図に示されていない新たな課題が見えてくることもあります。その時はアクションの結果に新たに見えた課題を書き入れる。そして次のアクションについては、この課題に対するアクションを考えることになる。
① ③から⑤をゴールに到達するまで繰り返す。
このゴールとは各K0ポイントのゴールのことですが、少なくとも一つはあるべき姿と一致します。
このK1チャートを作成するときのコツは、推論の性質をうまく使うことです。慣れてくれば、推論の性質を用いなくとも、K0チャート作成までの段階でK1チャートの様子が見えてくるようになります。問題の構造を系統図で表現するプロセスにおいて、ゴールである「あるべき姿」から逆向きの推論により課題を追加する場合があったなら、その時にK1チャートの全体像が見えたかもしれません。
本問題解決法に慣れますと、問題設定後すぐにK1チャートを作成することができるようになります。ここではK1チャートの意味を理解しやすいように前向きの推論を使用する方法で説明いたしましたが、「あるべき姿」から逆向きの推論で作り上げると必要なアクションが前向きの推論よりも少なくなります。K1チャートは逆向きの推論で作成するのが本来の姿ですが、逆向きの推論に慣れていない時にはK1チャート作成に時間がかかるようです。もし読者が逆向きの推論を日常使用してきたならば、K1チャートは逆向きの推論で作成してください。次の章で山中博士の研究を用いてK1チャートを後ろ向きで作成するとアクションが少なくなることを示します。
プロジェクトの成功体験を重ねるにつれ、K0チャートやK1チャートのパターンができてきます。また、K0チャートからK1チャートを作成する作業も、パターン化され、いわゆる問題解決の必勝パターンというものができます。研究開発において技術を伝承する時に、この問題解決の必勝パターンを伝承するのも良い方法です。
この問題解決法の長所は、ここまでの手順において、あるべき姿から問題を見直す作業が何度も出てきます。あるべき姿を具体化する作業と同様に、この作業はこの問題解決法の特徴で、問題解決案を得るために問題を詳細に分析する従来の問題解決法と異なる点です。
この問題解決法では、問題解決の道筋を重視し、問題の理解については、何度もあるべき姿を参照することで深めていきます。そして、このステップで作成するK1チャートは、問題解決の道筋を具体的なアクションで表現するためのものです。
複数のK0ポイントがある場合も同様ですが、K0ポイントが一つの場合との違いは、各K0ポイントのゴールを具体的に決める作業をしなければいけない点です。
<明日へ続く>
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