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2013.08/21 科学と技術(29)

パーコレーション転移の閾値近傍で材料設計を行うと物性がばらつく、という科学的真理は30年以上前から数学の世界で明らかにされていたが、材料科学分野では1990年代に入ってから普及し始めた。

 

1980年代まで材料科学分野では、混合則とか複合側とか呼ばれている電気抵抗の直列接続と並列接続のときの抵抗計算式とよく似た式が使用されていた。

 

1991年になり雑誌「炭素」で、コンピューターシミュレーションする方法が公開され、手軽にパーコレーション転移のシミュレーションができるようになった。科学の世界ではすでに7次元で生じるパーコレーション転移について数値解析が行われていた。

 

多次元のパーコレーションが実用上意味があるのか、というと実用上の意味は不明だが、多次元空間を実空間の現象に翻訳して活用することはできる。

 

例えば、凝集粒子で生じるパーコレーションの問題である。クラスターの生成を凝集粒子内で生じるクラスターと凝集粒子そのものが形成するクラスターの2種考えなければいけない場合である。単純には6次元のパーコレーションを考えることになるであろう。

 

しかし、これを科学の真理そのままで理解しようとするとかなり難解で盆休み程度の短期間で凡人には理解不能。また、理解できたからといって他人に説明するときに6次元のパーコレーションを説明するにしても難しい。天下り的に結果がこうだからこうなる式の説明しかできない。

 

凝集粒子の問題については、すでにある一定のクラスターが生成している塊が分散するモデルを考えると直感的に理解しやすい。すなわち、多次元空間で考えるのではなく、あくまで重量分率と体積分率の関係を用いて3次元空間で考えるのである。そうすると凡人の頭でもすっきりと理解可能である。

 

凝集粒子のクラスターが均一である、そしてそのクラスターは確率に依存しないという仮定を暗黙のうちに置くことになるので、やや科学的な正確さには欠けるが、実務にそのまま展開できる表現で科学の真理を正しく理解することは重要である。このような科学の理解の仕方は、科学を技術へ展開するときに便利である。但し不正確さの原因となる前提条件を忘れないこと。

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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2013.08/20 科学と技術(28)

パーコレーション転移について不変の真理として重要なことは、パーコレーション転移の閾値近傍で材料設計してはならない、という点である。

 

例えば絶縁体高分子と導電性微粒子を混合して10の9乗Ωcmから10の4乗Ωcmの領域の材料を閾値近傍の添加量で設計するときに、導電性の高いカーボンを使用すると材料設計が難しくなる(できないわけではない。安定に設計する方法はある。)。

 

それでは、この領域の材料を設計するにはどうしたらよいのか。それはパーコレーション転移のシミュレーションから解が出てくる。詳細は弊社に相談して頂きたいが、何も考えずに閾値近傍の添加量で混合すると材料の抵抗が、大きくばらつく。また仮に実験室で安定に目的の抵抗の材料ができたとしても量産段階で制御できなくなることもある。

 

半導体領域の材料設計でなくとも注意が必要な場合として、絶縁体材料を設計したいが、その材料が持っているある機能が必要なために導電性化合物の配合をしなければいけない、例えば難燃剤として添加したい材料が導電性化合物の場合である。

 

これは、10年以上前に発生したF社製のハードディスクが短期間で使用不能になった事故が有名である。原因はハードディスクのコントローラーが突然誤作動するようになったことだ。ハードディスクのコントローラーは樹脂パッケージのICで、難燃性の機能を付与するために赤燐粒子が添加されていた。

 

赤燐粒子の表面は一部加水分解していてリン酸を生成し導電性がある。そのためシリカ等で粒子の表面処理を行っている製品もある。教科書にも書いてある話である。しかし、実験室の評価では表面が導電性になっていても絶縁性を確保できていたので、そのまま生産に入ったようだ。

 

仮に実験室で安定に分散できる技術ができたとしても、パーコレーション転移の閾値近傍で微粒子を配合したならば、必ずばらつきが大きくなるという科学の真理を思い出さなければならない。閾値近傍より添加量が少なくても、成形段階で分散状態が変化し、樹脂表面に偏在してクラスターを形成することもある。

 

科学の真理は、時として新たな発見でひっくり返ることもあるが、科学の時代における技術開発では、まずそれを重視しなければならない。それを信じた上で、その真理に挑戦する技術開発を行うならば意味のある結果を期待できるが、真理を忘れて技術開発を行うと失敗する。このあたりは無謀な登山と冒険家の登山の違いに似ている。

 

カテゴリー : 一般

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2013.08/19 科学と技術(27)

1990年頃までパーコレーション転移の科学が普及していなかった化学の世界で、パーコレーションという現象を記述する方法は、混合則という数式であった。

 

すなわち、電気抵抗の直列接続と並列接続になぞらえた式を中心に、様々な式が提案されていた。1980年代の日本化学会の年会におけるアカデミアからの発表でも混合則が使用されており、数学の世界で誕生したパーコレーションの考え方は普及するのに、議論開始から30年以上かかったことになる。

 

絶縁性オイルに半導体粒子を分散した電気粘性流体の研究開発を担当したときにパーコレーション転移の世界を知った。同じ時期に東工大の研究者から、高分子微粒子分散系の現象を考察するときに混合則ではなくパーコレーションの考え方を用いた報告があった。

 

写真会社に1991年に転職し1年間ほど時間に余裕があったのでパーコレーションの科学について勉強した。数値計算では実際のパーコレーションと一致しないような印象を受けたので、立方格子をモデルとして使用し、Cでシミュレーションプログラムも作成した。

 

プログラムが完成したころ、雑誌「炭素」に類似のシミュレーションプログラムがあるのを見つけた。発表時期からほぼ同じ頃に同じ事を考えていた人がいたことがわかった。

 

パソコンが16ビットから32ビットへ移行するときで、手軽にコンピューターシミュレーションができる環境ができた時期で有り、パーコレーションのシミュレーションに関する研究報告が増えてきた。

 

ある雑誌のコラムには、パソコンの普及でパーコレーションの研究が進んだ、と書かれていたが、これは認識違いで、30年以上前に数値解析で数学者達は基礎研究を完成させていた。1990年頃にはn次元空間におけるパーコレーションの研究が完了していた。

 

n次元空間のパーコレーションの研究は何に活かされるのかよく分からない研究であるが、真理を追究するのが科学なので、面白い研究であれば、実用性など無視してどんどん研究は進む。科学の世界とはそういうもので、その結果パーコレーションの不変の真理というものが見いだされてきた。

 

パーコレーションの世界で、この不変の真理とは、次元が高くなればなるほどパーコレーション転移の閾値の確率が小さくなること、また粒子のアスペクト比が大きくなればなるほどやはり閾値の確率が小さくなることである。そして、確率過程でパーコレーション転移は生じるので、閾値近傍では、物性のばらつきが大きくなる。

<明日へ続く>

カテゴリー : 一般

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2013.08/18 科学と技術(26)

パーコレーション転移という現象は、高分子に粒子を分散するときに物性変化の現象として観察される。例えば粒子が導電性であれば、パーコレーション転移で微粒子を分散した高分子の電気抵抗が大きく変化する。この時弾性率も同様に変化する。

 

弾性率の変化はせいぜい数10倍までだが、電気抵抗は1/1000まで変化するのでかなり昔から注目されていたらしい。パーコレーション転移という名称はあたかも電気が抽出されるような転移という意味で、コーヒーを抽出するときに使用するパーコレーターにちなんで命名された。

 

パーコレーション転移を制御する技術は1990年頃までノウハウとして伝承されていた。科学の世界では、数学者達が1950年代頃取り上げていた、という記録が残っている。ボンド問題とかサイト問題とか呼ばれていたらしい。

 

このボンド問題とかサイト問題の呼び名は、粒子のつながり(クラスター)の考え方から由来しており、クラスターのできかたが、立方体を仮定したときに、稜でつながりを考えるのか、面心に存在する粒子のつながりで考えるかにより、転移が生じる確率が変化した。そのため数学者達の関心を呼び、研究が進められた、とスタウファーの教科書に書かれている。

 

また、パーコレーション転移は、粒子が真球であるのか、短径方向と長径方向の比(アスペクト比)が1以上異方性を持った粒子なのかにより発生確率が異なっている。例えば、発生確率を高分子に微粒子を分散したときの、微粒子の占める体積分率で表現すると、真球の場合には、0.35前後に臨界確率(閾値)が存在し、ボンド問題とサイト問題ではその値が異なる。

 

クラスターをどのように捉えるかにより転移の閾値が異なるので、真理を追究するのが目的である科学、とりわけ数学の世界で研究が大きく進歩した。数学の世界から30年以上遅れ、化学の世界でも1990年前後からパーコレーション転移について研究されるようになった。

<明日へ続く>

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2013.08/17 科学と技術(25)

大学の非常勤講師はある意味悲しい役割である。教育者としての役割や研究者の役割はあるようで無い。特別講義は単位をもらえるものだと学生は期待して参加している。大学の先生方ができない授業をしようと意気込んで準備をしても、学生は前が空いていても後ろへ集まり、授業が始まればスリープモードへ。

 

2000年頃から少し雰囲気が変わり前の方にすわる学生が出てきた。出身地を尋ねると日本ではない。皆留学生だ。すなわち日本の学生は後ろへ座り、留学生は前の席に座って講義を聴く状態で中央に聴講者はいない、まるでダイスウェル効果の大きい樹脂にカーボンを分散し押し出したときの樹脂の断面写真のようだ。

 

変化は着席の様子だけでなく、講義終了後に質問が届くようになったことである。質問は講義終了直後の時もあるが、自己紹介の時に記載したアドレスへ電子メールで来る。しかしこの質問をする学生も皆留学生だけである。うれしいのは授業を熱心に聞いていてくれたことが伝わるメールがあることだ。今まで聞いたことがない授業で大変参考になった、別の話を聞きたい、などと書かれていると、メールの返事にも力が入った。

 

講義では必ず科学と技術の話を入れる。科学の無い時代でも技術は進歩した話だ。科学はその進歩を加速したが、必ずしも順調に速度アップしてきたわけではないことを話す。イノベーションの波が大きな進歩をもたらしたこと、イノベーションを起こすために不断の努力が必要なことなど話す。「マッハ力学史」がネタ本だ。

 

日本人には受けないのだが、留学生にはこの話がうけた。恐らく授業に臨む意識が異なるのだろう。授業中に寝ている日本の学生を叱りたいが、非常勤講師の立場では難しい。せいぜい近くまでいって、反省を促す程度のことしかできない。熟睡をしているわけではないので疲れて寝ているわけではない、と思う。講義がつまらないから寝ているのである。しかし、そのつまらない講義でも、留学生には歓迎された。

 

客員教授や非常勤講師の経験は技術の伝承を考えるのに参考になると同時に魅力的な授業を考えることで自己の成長にも大変役だった。しかし、スリープモードに入る学生には申し訳ないことをした、という思いはある。教師には「いつやるか」「それは今でしょ」というようなスキルが求められている時代なのだろう。

カテゴリー : 一般

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2013.08/16 科学と技術(24)

1970年代公害問題の影響で化学系の学部の偏差値が軒並み下落した。その化学系学部は1960年代には石油化学発展の波に乗り花形学部だった。現在は工学部全体の偏差値が下がったままである。製造業のほとんどが中国や東南アジアへ出て行き、国内の産業構造が大きく変化しているので大学の偏差値が影響を受けるのは仕方がない。

 

しかし今や技術者はボーダーレスの時代に突入し、世界中の技術者との競争にさらされている。そのような状況で大学の偏差値が下がり続けている現実を見ると、就職難は当たり前のように思えてくる。

 

一方で、社会で活躍している技術者達の出身大学は様々である。出身大学の偏差値など無関係という雰囲気すらある。地方大学で客員教授をさせて頂いた時にびっくりしたことが一つあり、偏差値が低くても、東大にいるぐらいの優秀な生徒が二人や三人いるのである。地方大学でも優秀な先生がいらっしゃるのでこれを不思議なことと思ってはいけないのだろう。

 

問題は、学生の質のばらつきの大きさである。理系でも微積分を満足にできない学生から量子力学の問題まで解ける学生を相手にどのような講義を行えば良いのか。研究者と教育者の両面を期待されている大学の先生のご苦労は大きいだろうと、講義をしながら考えた。

 

まともな講義をすると、半分以上睡眠モードに入る。しかし笑い話をすれば、睡眠モードの学生は無視できる程度になる。お祈りをして高純度SiCができた話は、結構受けた。授業の感想を作文に書かせたところ、半分以上の学生がこの話題について書いてきた。180分の授業で10分の話しか聞いていただけなかったことになる。

 

カテゴリー : 一般

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2013.08/15 科学と技術(23)

技術開発を行うときに、いつでも科学的情報がすべて手に入るとは限らない。科学の時代の今日においても科学的に明らかにされたことだけで技術開発が可能な分野は限られる。

 

無機材料の固体物理は20世紀かなり科学的に進んだ分野である。有機材料科学の分野と無機材料科学の分野の技術開発について、32年間に両方を担当することができたのは幸運だった。有機材料科学例えば高分子科学の分野は、C-C結合でつながった材料の科学と捉えることが可能である。一方無機材料科学はC以外の様々な元素が織りなす材料科学と捉えることができる。

 

無機材料科学は、金属材料科学とセラミックス材料科学に分けられ、セラミックス材料科学は、金属材料科学以外の無機材料という分野である。例えば、ガラス材料はセラミックス材料科学に分類されるし、カーバイド系材料は主にセラミックス材料科学で取り扱う。この分類は科学の歴史の中で自然にできたものだ。その分類の歴史を見ると、かつて科学と技術2つの違いを科学者が意識していたように思われる。現代は有機無機ハイブリッドなどクロスオーバー材料の研究も盛んで、材料科学の垣根はなくなっている。

 

ところで金属材料科学は、純粋に金属だけを扱う風潮があるように見える。セラミックスフィーバーの時に東北大学の金属材料を研究されている先生にお話しを伺う機会があったが、金属材料工学については20世紀に研究のネタがなくなるのではないか、と言われていた。金属ガラスがその後生まれるのだが、これが最後の大きな研究と言われていた。その先生は、セラミックス材料工学の扱う範囲が広いにもかかわらず、研究者が少ない点やその他の批判を述べられていた。

 

その後大学の講座なども含め国立大学のリストラが行われ、大学の講座の看板から何を研究しているのか分からない時代になった。無機材料科学の一分野である無機固体物理については学問が完成した、と言われる研究者もいるぐらい進歩したようで無機固体物理を前面に出した講座はほとんど見られない。現在の半導体産業において日本が壊滅的状況に至っていることと関係しているように思われる。例えばCPUは、材料科学と言うよりも回路の設計技術が重要であり、科学よりも技術の比重が高い。

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2013.08/14 科学と技術(22)

SiC基切削チップの処方設計をどのように行ったのか、上司に質問された。すでにテーマは終わっていたのだが、ゴムが専門であった上司もセラミックスの文献を幾つか読み勉強をされたらしい。幾つかの相図を机の上にならべ、どのように考えたのか説明して欲しい、と言うのである。すべての相図が揃っているわけではないので、説明できない、と回答したら、処方を発想した方法を教えて欲しい、と言われた。難しい仕事でも何とかこの上司のためにやり遂げたい、と思うことができる真摯な上司であり、新入社員時代のメンター同様尊敬している上司の一人である。ゴム会社では優れた先輩に恵まれた。

 

それなら簡単、とばかりに説明した。すなわち当時すでに考案し活用していた弊社の問題解決法で解決した手順を示した。SiCで鋳鉄を研削するためにはフェロシリコンをできにくくすればよいこと、チップの組織構造を細かくすればよいことなどゴールが実現されたときのあるべき姿を説明した。そしてそのあるべき姿を実現するために、この組成が必要だった、と言いかけたときに、なぜ、そのあるべき姿を実現できると思ったのか、と尋ねられた。

 

当時SiCのホットプレスに関しては論文がたくさんあり、助剤を選べば、粒成長を抑制し組織の細かい焼結体が得られることは知られていた。TiCに関しても同様に研究例は多いほうであった。サーメットに関しても情報は多かった。しかし、複合カーバイドに関する研究例は少なく、何が起きるか分からないが、存在する周辺情報から特定の組成で細かい組織構造のセラミックスができる可能性が読み取れた、と説明した。仮説とまでは言えないが、公開された論文を整理し、想像を働かせれば細かい組織構造になる組成を見つけることはできる。

 

さらにその想像は、当時無機材質研究所で提唱された焼結の自由エネルギー理論に基づいて行えば容易であった。早い話が、難しいことは考えず、安定な相が優先してできるであろう、ぐらいの考え方である。実験結果は1個のサンプルしか得られなかったことから、この考え方だけでは問題がすべて解決できていないことを痛感し反省したが、一方で自然現象は熱力学的に決められた方向へ進む確率が高いので想像通りの材料が一つでもできたのは熱力学的な見積もりが間違っていなかった、と考え方に自信を持った。

 

これがキンガリーの教科書に書かれていた従来の焼結理論ならば液相の相図を組み合わせて考察しなければならないので難しい話になる。焼結理論は、当時日本セラミックス協会誌においても議論が展開されていたホットな話題であった。議論を読む限り自由エネルギー理論のほうが自然であった。

 

上司は一言、無機材質研究所に留学できて良かったですね、と言われた。上司はまじめな方だったので、科学と技術について議論をしたかったのだろう。科学的情報や知識に基づき技術開発を行う、という姿勢は基本として大切である。しかし、科学的情報が無いときにどのように技術開発を行えば良いのか、それは科学的研究を進めながら技術開発を行う、という答が一般的であり、そのように指導された。しかしそれでは科学的研究が律速段階となり、技術開発の速度を早めることはできない。山中博士は科学的ではない方法でイノベーションを起こすという一つの例を公開してくれた。彼は仮説を基に技術的に解を見つけてから科学的研究を進めた。科学的研究の重要性は認めつつ技術開発についてスピードアップとイノベーションの効率の視点から見直す必要がある。

 

(技術開発の速度を早める方法をまとめたのが弊社の問題解決法である。)

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2013.08/13 科学と技術(21)

高分子の相分離はスピノーダル分解で進む。Si-Ti-Al-C系の相分離も同様に進むのだろうか。手元にある18個のサンプルの電子顕微鏡観察を行いながらその相分離メカニズムを考えてみた。検討している系の相図はほとんど公開されていなかった。しかし、一部のSiC-TiC、SiC-Al4-Cの相図について論文が存在した。これを頼りに考える作業を始めた。

 

18個のサンプルの中で1種類1400℃前後で急激に柔らかくなる、すなわちかなり柔らかい液相ができる組成があった。この組成のおかげでホットプレスのカーボン型を1セットだめにした。しかし、論文に記載された情報からはその現象の説明がつかない。18個の電子顕微鏡写真を眺めながら、途方に暮れた。高分子の相分離のように簡単ではない。液相から様々な結晶形態が析出しているように見える。

 

SiCも低温度で結晶析出しているかのようだった。これは当時の科学常識に反する現象である。商品は期待通りできたが、期待していない不思議な現象も起きている。科学的に表現すれば、仮説通りの現象と仮説に反した現象の両方が起きていた。この状態は、第三者からみれば偶然にモノが出来た、となり、少し気の利いた人ならば、優れたセレンディピティーの持ち主という表現になるのだろう。

 

18個のサンプルの硬度と靱性の関係は、セラミックスの組織構造からうまく説明できた。しかし、仮説では半分以上良好なサンプルが得られるはずだったが、なぜ1サンプルだけ高硬度高靱性のサンプルが得られたのかが分からない。機能を実現できているので、技術として完成させることは容易でも、この組織構造がどのようにできたのか科学的に説明するとなると情報が少なく大変である。研究を行っていたら1年程度時間がかかってしまう。

 

偏光顕微鏡観察も加え、少なくとも6相程度できているらしいことはわかったが、それぞれの相を決定できる科学的データを1ケ月で揃えることなどできない。幸いなことに鋳鉄を研削できる組成が見つかり、その物性を組織構造から説明できたので、物性と組織構造の関係だけでも線形破壊力学を用いてまとめ上げることができた。また、最良のサンプルについて繰り返し再現性も問題なかったので生産することは可能であった。

 

この繰り返し再現性を見る実験でも一つ発見があった。1400℃前後で液相ができ、収縮が激しくなるが、圧力をあげても収縮速度の大きな変化が見られなかったのだ。X線分析でSiC相やTiC相は観察され、その他未確認の結晶相によるピークが多数あるが、これは他のサンプルと大きく異なる点である。他のサンプルでは、明確に同定できるピークは存在しない。この結晶相の構成は繰り返し再現性があるのであまり複雑なことは起きていない可能性があると推定し、仕込み比から組織構造で観察された結晶相の同定を試みた。

 

各元素の分散状態等の対比も含め、超微粒子相はSiとAlとTiCを含む相と結論づけた。やや強引であったが、配合条件、焼結の進行等から当時公開されていた論文を頼りに、この系の焼結機構のマンガを書いてみた。そしてマンガの各コマに集められたデータと文献情報を加え、上司に説明できる一応それらしい資料を作成した。

 

科学情報が少ない段階で新しい現象を発見した時に、アカデミアであれば研究のネタができ、真理を追究する作業に時間を割ける。しかし、企業では商品開発が中心になり、研究に多くの時間を割けない。ましてや、1ケ月先にはテーマでなくなっている可能性がある場合に、どこまで研究時間を割くのか難しい判断だ。技術ができれば良い、と割り切れば研究など不要である。瞬間芸で機能を実現でき繰り返し再現性のある技術ができたのならそれでゴールを達成したことになる。

 

材料の焼結機構に関するそれらしい資料について上司は何も言わなかった。セラミックス分野に科学的情報の少ない状況を理解できた、とセラミックスの仕事を離れるときに言われただけだった。30年前のセラミックスフィーバーでセラミックスの科学は大きく進歩したが、それはフィーバーが始まったときに公開された科学的情報が少なかったことを意味している。

 

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2013.08/12 科学と技術(20)

1ケ月という短期間で実際に商品を作り企画書をまとめる、というのはかなりきつい仕事である。技術開発と言うよりも瞬間芸的開発という表現が似合う。あれこれ調査している時間など無い。身につけている技術で芸をする感覚である。上司は指示を出すだけなので楽であろう、と思っていたが、そうではなかったようだ。担当者がいる会議の席ではあまり厳しい意見はでないが、管理職だけになると結構厳しい意見がでて胃が痛くなる、と上司がこぼしていた。

 

6年間一人でSiCの仕事を抱えていたときに、一時期上司は半年から1年で交代していた(注)。その上司の中で思い出に残っているのは基礎的に丁寧に仕事を進めた上司である。上司になる前の仕事ぶりは、参考になりそうだったので注目していたが、上司になったとたん大変なことになった。技術データ以外に、技術のよりどころを示す科学の基礎データまで要求されるのである。すなわち、科学に基づく技術開発を忠実に追究し、科学的ではない技術を認めない姿勢であった。

 

切削チップの開発では、超微粒子分散型の構造で靱性を上げる材料設計にしたが、仮説から始まり、その強靱化機構のメカニズムまで示すデータを要求された。1ケ月という短期間に商品まで作らなければいけないのに地獄である。時間が無い、という議論をしても時間の無駄で、科学的データを出す必要があった。困ったのはなぜ超微粒子が分散した構造になるのか、という科学的説明である。

 

思考実験ではできていたが、世の中の情報もデータも無いので風が吹けば桶屋が儲かる式の説明しかできない。そんな説明では、女子学生より甘い、と本部長に言われますよ、と「叱咤激励」された。今ならパワハラセクハラ表現で就業時間を越える仕事量を要求するブラック企業と騒がれるような状況だが、当時はそれが「叱咤激励」という言葉に感じる時代であった。ちなみに女子学生より甘い、とはその上司が本部長から本当に言われた言葉らしい。研究所で「迷言」として噂になっていた。

 

当時女子学生は、古くは11PMの時代から中年のあこがれの対象であり、それがゴールデンタイムに持ち込まれ、テレビ番組の低俗化がはじまった。そしてこれがバブルのはじける直前に流行したお台場のディスコにおけるお立ち台フィーバーにつながってゆくのだそうだ。お堅いNHKもサイエンスレーダーに慶應大学女子学生宮崎緑氏を採用し女子学生ブームに便乗していた。その後セラミックスフィーバーを特集したNHKの「日本の先端技術」という特番で彼女は司会を担当し世の中をさらに熱くした。50周年を迎えたゴム会社ではこのビデオが連日社内で流された。

 

科学の歴史は論理的必然性の歴史ばかりではなく突然変異的な発明や発見により発展する場合もあるが、一応のつながりは存在する。しかし、社会風俗の変化には理解できないところが多い。それでも風俗評論家は科学史以上にその流れをうまく説明する。そんな風俗史のもっともらしい説明を聞くと、逆に科学の歴史が人間の営みそのものであるように見えてくる。すなわち自然の美と豊かで便利な生活にあこがれる欲望の歴史のように見える。錬金術師から化学が生まれた逸話は今の日本経済の状況で化学の果たす役割の大きさを再認識させる。

 

おそらく本部長はそのような当時の風俗を取り込んだ冗談で使われた表現だろう。それほど厳しく捉える必要はない、と思ったが、上司は納期もマンパワーも考えず真剣に科学的データを迫ってきたので大変に困った。タグチメソッドもどきで狙ったとおりの構造はできた。しかし、それがどうしてできたのか、当時の科学論文を探しても見つからなかった。これでは女子学生よりも古い錬金術師と同じ発想と言われかねない。

<明日へ続く>

(注)上司が交代していたのか、担当者がたらい回しされていたのか不明である。高純度SiCのテーマは継続しており、0.5人分のパワーを裂いていた。残り0.5人分の仕事のテーマで上司が変化していた。実験室と居室は先行投資で建てて頂いた研究所にあったので6年間同じ場所で仕事をしていたが、退職してから冷静に考えるとサラリーマンとしてきつい状態だったのだろう。しかし、研究予算も潤沢にあり給与は毎年増えていたので、会社と自分を信じ業務を進めることができた。

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