高分子に無機の成分をナノ分散すると高分子の難燃性能を向上することができる。ホウ酸エステルとリン酸エステルをポリウレタンに分散し合成された軟質ポリウレタンフォームは、燃焼させると燃焼面でガラスが生成し火が消える。
ホウ酸もリン酸も難燃剤として知られていたので、難燃性の無いシリカを使って同様の難燃化技術ができないか検討していた。たまたまフェノール樹脂発泡体で天井材を開発する、というテーマを担当し、フェノール樹脂をポリシリケートで変性する技術を検討した。
ケイ酸ソーダから抽出したケイ酸ポリマーをフェノール樹脂に均一分散し、それを発泡させたところ極めて防火性の高いフェノール樹脂発泡体ができた。しかしケイ酸ソーダの抽出にジオキサンとTHFの混合溶媒を使用するのでコストと環境問題が実用化の障害となった。
シリカのドメインがどのくらいのサイズであると難燃性の機能を発揮するのか調べたところ、幸いなことにエアロゾルレベルでも十分な難燃性能が得られた。ただし特殊な分散技術が必要でプロセス開発が重要な技術開発テーマとなった。
この技術は実用化されシリカ変性フェノール樹脂天井材は某建築会社に納入されたが、5円/m2のコストダウンを議論し、開発したにもかかわらず搭載できなかった技術があり、本欄では書きにくい後味の悪いテーマであった。
もともと腐ることは性分に合わないので仕事を面白くしたい、と考え、シリカ変性フェノール樹脂技術についていろいろと実験を行った。成果を後工程に移管し半年後には無機材質研究所への留学が決まっている、という状況だったので、実験室の後片付けと報告書を書く程度の仕事が半年間の業務という状況であった。
廃棄処理しなければいけない様々なメーカーのフェノール樹脂を種々の方法でシリカ変性し「ゴミ」を製造した。当時液体の可燃物を廃棄するにはお金がかかったが、樹脂であれば一般ゴミとして廃棄できたので、液状のフェノール樹脂をひたすら固体のゴミに変性した。
ただその変性方法として様々なケイ酸ユニットを持つポリマーと混合する方法を用いて、その変化を調べながら捨てた。廃棄物処理というつまらない仕事が楽しく面白い仕事に変わった。
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板東英二氏が明石家さんま氏の後押しで吉本興業入りをするそうだ。板東英二氏は、7500万円の所得隠し以来、芸能界の仕事が無くなりかなりお金に困窮していたらしい。個人事務所のビルも売却し芸能界復帰の記者会見も行ったが、まったく仕事のオファーは無く75歳の罪人(脱税)に社会は当然の報いとして反応したのかもしれない。
もともと悪人のキャラクターで売れていた人ならば世間の反応は少し異なったかもしれないが、プロ野球で成功した善人のおじさんキャラで売っていたのだから、脱税という罪を犯せばファンはそっぽを向くのはあたりまえだ。人気商売とはそういうものだ。もし再度復帰をしたいならば報酬の半分を社会に寄付する、ぐらいのことを言えば仕事はたくさんくるだろう。
一方、引退してもよさそうな年齢だが、本人は「働くことが好きだ」と言っているので働き場所を与えるのも社会の役目である。言葉通り、大いに働き以前のように笑いを振りまき社会を明るくして欲しい。
ただし、働く、とは、ドラッカーが言っているように「貢献」と「自己実現」が純粋に目標となっていなければならない。「貢献」と「自己実現」を純粋に目標として働けば、必ず社会に成果が出る、とドラッカーは言っている。脱税という反社会的行為を二度とせず、社会に貢献するために働きたい、というのであれば元ファンの一人として声援を送りたい。
「貢献」と「自己実現」を純粋に追究したら、ドラッカーが言うように成果がでたのが、ゴム会社で推進された高純度SiCの研究開発である。技術シーズは天井材の開発から生まれたが、半導体の開発は事業基盤の全くない環境で推進することになる。企業にとっては多大な投資が負荷となり、研究開発を推進する担当者にとっては企業への「具体的貢献」が見えない中で働かなくてはならない。
30年ほど前、無機材質研究所から戻り、6年間死の谷を歩いて今は他の企業と合併したS社とのJVを立ち上げることになるのだが、経営陣の激励が唯一の「貢献」の証であった。また、学位を取ることを会社が承認してくれたおかげで「自己実現」の目標も明確になった。
そのためFDを壊されるという嫌がらせを受けたときに犯人捜しなど行わなければよかった、という反省が生まれた。その結果板東英二氏のように仕事に困ること無く、まったく専門外となる写真会社をヘッドハンティング会社から紹介をうける、というチャンスが訪れた。
JVも動き始めたので、新たな「貢献」と「自己実現」の場を求めて写真会社へ転職したのだが、純粋な気持ちで立ち上げた事業は、30年以上経った今でもゴム会社で継続している。元ドラゴンズ、名古屋のヒーロー板東英二さん、社会貢献するという純粋な気持ちで頑張ってください。私腹を肥やすのが「働く」目的ではありません。
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高級オーディオにSiC半導体を採用したアンプが登場した。すでにインバーターやLEDにSiCウェハーは活用されているが、SiC半導体の実用化技術は、この30年間の成果である。
SiCは、エジソンの弟子アチソンにより発明された人工材料でカーボランダムとも呼ばれている。エジソンは山っ気のある人物でダイヤモンドの合成研究をアチソンにやらせていた。アチソンは石英製のルツボでカーボンを加熱し、ダイヤモンドに転化しようと努力していた。ある日偶然に硬い結晶ができたのでびっくりして調べてみたらダイヤモンドではなくSiCだった、という。
ルツボに用いた石英がカーボンと接触し、1600℃以上の温度で反応してSiCができたのである。現在でもSiCのインゴットを製造する方法としてアチソン法というのがあり、彼の名前が残っている。このアチソン法というのは豪快な方法で、石英とカーボンを混ぜた状態の原料に電気を流し発熱させSiCの反応を行う。このような製造法ゆえにSiCは多結晶体のインゴットとして得られる。
このインゴットを粉砕し研磨剤として長い間使われてきた。また他のセラミックスをバインダーとして耐火物セラミックスとする開発も一部で行われてきた。この材料の技術革新が急激に進んだのは、1980年代のセラミックスフィーバーの時で、様々なSiC合成法が開発された。
いろいろ開発されたSiC合成法の中でユニークなのが、ゴム会社で開発され日本化学会技術賞を受賞したフェノール樹脂とポリエチルシリケートのポリマーアロイを前駆体に用いるSiC合成法である。この技術シーズは、フェノール樹脂発泡体の難燃性を上げるためにフェノール樹脂にシリカを分子状態で分散できないか、すなわちポリシリケートとフェノール樹脂のポリマーアロイができないか検討していた過程で生まれた。
30年前に開発された技術で基本特許は切れたが、最近でも某セメント会社から本合成法にシリカ粉末をまぜ、驚くべき効果が得られたとして特許出願がされている実績のある合成手法である。また某ゴム会社では現在でもこの方法で合成された高純度SiCを用いた事業が継続されている。
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2011年3月11日の福島原発の事故以来日本のエネルギーに関する議論が活発に行われている。福島原発の事故処理費用はじめ公にされてこなかった原発の隠れたコストを考慮すると日本で原発は極めてコストの高い発電方法と言わざるをえない。脱原発の小泉発言が問題になっているが、この髙コストの問題を明確に議論すれば、日本で原発を行う大義が無くなる。
それでは低コストの発電方法は、となると現在のところ安価な天然ガスを用いた火力発電ということになる。これは従来技術の延長で集中発電方式を考慮したときの結論である。もし分散発電という考え方になってくると、現在のガス供給ラインを用いた各家庭における燃料電池発電が最有力と一部で言われている。
今のところ燃料電池の価格も高くこれを各家庭の負担で設置しなければいけないので普及していないが、各家庭で発電された電気の余剰電力を買い取るシステムが結びつけば一気に普及すると思われる。ただこれには法整備の問題があるのでまだ時間がかかるが、分散発電によりインターネットのようにエネルギーのネットワーク化が進んだ社会をスマートグリッド社会という。この小規模分散ネットワーク型システムでは新たなビジネスが誕生する可能性があり、今注目を浴びている。
この詳細は来年議論したいが、スマートグリッド社会では燃料電池以外に太陽電池や各家庭で蓄電するための安価な蓄電池など電池技術が不可欠で、「安価な電池」は今目に見えている重要なコンセプトである。レドックスフロー電池は最も安価な電池と言われているが結構場所をとる。鉛蓄電池がその次に位置している。
鉛蓄電池は自動車用として長年の間に改良されてリサイクルシステムもできあがっており、分散型発電における安価な期待される電池だが、現在のLi二次電池の技術を応用したNa二次電池の技術が東京理科大から3年前発表された。スマートグリッドの世界では安心安全安価な三安電池が不可欠である。
弊社ではスマートグリッド実現に向けすでに調査を開始しており、独自の蓄電池シナリオをすでに技術情報協会の書籍に発表しました。来年も弊社は元気な日本のために頑張りますのでご支援よろしくお願いいたします。良いお年をお迎えください。
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光コンピューターというコンセプトがある。学術書も販売されているので夢物語では無くその分野の研究も行われているのだろう。光ならば7色少なくとも3色使用できるので、電気信号の現在のコンピューターよりも多くの情報を扱えるだけでなくスピードも早くなる。
現在の汎用CPUはシリコーンを基板にして何層も積み重ねて製造されている。ガリウムヒソを基板とする速度の速いCPUも開発されている。またSiCを基板としたCPUも登場した。特にSiC製のCPUは耐熱性や熱伝導性の観点で注目されている。CPUではないが、SiC製パワートランジスターは高級ステレオアンプにも使用されているので20年後までには汎用CPUとしてSiCウェハーを用いたコンピューターが登場するであろう。
電気信号のCPU材料についてはかなりのシナリオを描ける状態で、それゆえすでにCPUの速度限界も議論され始めている。しかし光コンピューターの材料シナリオは見えていない。また光コンピューターにおいてメモリーをどのように設計するのか、という見通しも十分に得られていない。光コンピューターで演算を行うためにはメモリー機能が不可欠で長時間どのように光を閉じ込めるのか議論されている。
未来のコンピューターについて話題を拾ってみると20年後に実用化されているコンピューター技術のおおよその姿は見えてくる。すなわちSiCウェハーの大型化に成功すればSiで問題となる発熱温度の上限が高くなり、今よりも高速駆動可能なコンピューターが登場する。SiCウェハーの大型化技術はほぼ見えてきており20年後の技術として実現可能性が高い夢である。
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機能性低分子材料のコンピューターによる材料設計は、40年前コーリーらが逆合成のコンセプトで分子の合成ロジックを完成し、コンピューター上で効率的な合成ルートを評価したことに始まる。そして現代ではパーソナルコンピューターでその機能をシミュレーション可能なレベルまで到達している。
また、無機材料も固体物理の進歩によりコンピューターでその機能をシミュレーション可能なレベルに到達している。しかし、高分子については10年ほど前に元東大教授土井先生らのOCTAが完成したが、現在シミュレーターのテスト段階という状況である。
テスト段階であるが、例えばSUSHIのように現実系に適用できるシミュレーターもできている。ポリマーアロイの材料設計についてはSUSHIと経験知を併用するとコンピューター上である程度の実験が可能となる。OCTAが機能性低分子材料の設計のように使われるまでまだまだ時間がかかりそうであるが、原因は高分子物理の遅れにある。
高分子物理については、元東大教授西先生らのグループが地道に行っている分子1本のレオロジーの研究が重要である。レオロジーについては40年前の状況と現在では大きく変わったにもかかわらず、その変化が産業界に十分認知されていないように思う。
昔はあるスケールの大きさで高分子を眺め、計測されたレオロジーデータから高分子物性を議論していたのが、現在は分子一本から観測されるレオロジーデータを考察し高分子物性を議論しようとしている。この実験は気の遠くなるような実験で一つのデータを見る限り遊んでいるようにしか見えない問題がある。
しかし、このデータが必要な実務の現場が多数あるはずで、産業界はもっとこの研究に注目し、現場の情報を提供すべきであろう。実務の現場で得られたデータとこの研究が結びついたときに分子1本からメソフェーズ領域、そして目視可能なマクロ領域まで高分子物性の理解が連続的に進む。その結果高分子の材料設計がモノマーから自由に可能となる。
このコンセプトをある程度コンピューター上で実現しようとしたのがOCTAのように思われる。ここで「思われる」としたのは門外漢としてOCTAを眺めてきたからである。しかし退職後OCTAを勉強してみると高分子物理の向かうべき方向が示されていると考えるようになった。すなわちコンピューターのプログラムがあたかも高分子物理の哲学のようでもある。細部のプログラムを理解できていないのでオペレーションからの推定になるが、土井先生がOCTAで目指されたのは高分子材料設計における設計図の概念かもしれない。
(注)OCTAは名古屋で生まれたので名古屋の市のマーク「丸八」(布団屋ではない)から由来している。
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フジフィルムのデジカメの成功で2年ほど前からクラシック感覚のデジカメが増えてきた。そして今年ニコンDfという画期的デジカメが発売された。どこが画期的かというと、画素数とか感度とかのスペックを宣伝しないカメラである。見て触って買ってください、といわんばかりのカメラ好きを狙った商品だ。
さっそく触ってみた。軽い!といってもペンタックス(リコー)の一眼レフカメラよりは重く感じた。実際にはペンタックスK3よりもわずかに軽いのだが、ペンタックスの製品はレンズも軽く作られているのにニコンのレンズは重い。ただ見た目の大きさから推定される重量よりも軽い。特にレンズセットで発売された組み合わせは、フィルムカメラを触っているような錯覚になる。ダイヤルの感触がまたよい。単なるぎざぎざダイヤルではなく昔懐かしい触り心地である。シャッターボタン始めボタン類の触り心地も抜群である。今バックオーダーを抱えているヒット商品だそうだ。
雑誌「アサヒカメラ12月号」に掲載された開発者インタビューを読み開発本部長山本氏の発言にしびれた。「構想段階ではしっかりと手を使って書き、イメージを膨らませるという教育をしている」と語っている。今時は3次元CADで図面を描けば、立体物の構想をPC上ででき、そのまま図面に落とせる便利な時代である。それでも構想段階では手を使うように教育をしているとのこと。
理由はCADで良いデザインができても実際に組み立ててみるとダイヤルの間隔が極端に狭かったりするそうだ。それで構想段階では手書きで、実際の自分のイメージを平面で確認しながら構想を具体化できるように教育をしている、という。これこそ心眼を大切にする技術者教育である。E.S.ファーガソンも同じような事を「技術者の心眼」に書いていた。
ニコンDfを1時間ほど店頭で触れてみたが、これだけ手になじむデジカメは初めてである。学生時代からペンタックスの手触り感が好きで、カメラはペンタックスを使い続けてきたが、このカメラには技術者の気合いを感じた。ただ、今売れに売れているので30万円近くする。センサー類はD4、その他はD610の部品の流用らしくD4よりは値段は安いが、外観にそれなりのお金がかかったカメラなのだろう。
高画素のデジカメD800よりも高い。D800と比較するのは無粋なことなのだろう。Dfは比較する対象が無い、それを欲しい人が買う商品である。そしてライカよりもお買い得である。カメラに興味が無い人もお金が余っていたらファッションアイテムとして買っても良いカメラである。価格もスペックとニコンカメラの製品ラインから考えるとビミョーに高い「持ちたくなる価値」を細部まで技術で表現した商品である。
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パーコレーション転移について材料科学の分野では未解明な部分が数多く残っている。数学的には確率過程で説明されるが、材料科学ではここへ材料固有の問題が加わる。すなわち高分子をバインダーに用いて導電性粒子をその中に分散し、半導体フィルムを製造しようとすると、溶融時の高分子の挙動が科学的に解明されていない場合には技術でこの問題を解くことになる。しかもKKDを働かせて科学的取り組みを行いながらモノを創り上げてゆく。
パーコレーション転移を材料設計で自由自在に使いこなすにはコツがある。詳細はコンサルティングで個別に請け負うことになるが、未経験で知識が無い場合にはカーボンと高分子1組成の単純な2元系のシステムでも隘路にはまる。
その結果、添加剤を加えて制御しようと試みる。パーコレーションに限らず材料のシステムは成分が増えれば増えるほど複雑になる。そもそも高分子という材料は多成分系である。そこへ全く構造の異なる物質を添加すれば見かけ上改善されても隠れた問題のために商品化で苦労することもある。
実際に問題解決を依頼されたケースでは、高分子AにカーボンXを添加して検討していたが抵抗が安定しないので高分子Bも加えて制御しようとした。2割ほど偏差が小さくなったが仕様に入らない。そこでXよりも微粒子のカーボンYを添加して凝集させようと試みたところ偏差が2元系よりも大きくなった。偏差が小さくなるときもあるので1年間タグチメソッドで最適化を試みたがロバストを上げることができなかった、という内容である。
故田口先生が聞かれたら、それはシステムが悪くタグチメソッドの責任ではない、と明快におっしゃるに違いない。パーコレーション転移の制御にはあたかも機械系のシステムのごとく最初にある程度の設計が必要である。カーボンの選択もその一つであるが、そのコツを書いた教科書や文献が無い。論文では現象の解説はあるが、解決方法を書いていない。
パーコレーション転移の問題は電気抵抗に限らない。実はフィラーを高分子に添加して力学物性を改善しようとするときにも現れる。しかしフィラーによる力学物性の改善は、せいぜい10倍程度なので電気抵抗のように100倍の偏差など生じない。それで問題になっていないだけである。
パーコレーション転移の科学は単純化されたモデルでうまく説明できるが、全ての材料システムに当てはめた科学理論、すなわち問題が発生したときに必ずこうすれば解決する、という理論はまだ無い。奥深い内容を含んだ技術の問題である。しかし、技術としてこうすれば良い、という経験則は存在する。ご興味のある方はご相談ください。
現在パーコレーション転移シミュレーションプログラムを作りながら学ぶPython入門セミナーの受講者を募集中です。
PRセミナーについてはこちら【無料】
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技術の伝承のために体験が不可欠である。どのような技術でも体験無しに伝承することは難しい。もし体験をしないで伝承可能な技術があったとしたらそれはすべて科学的に解明された万民が認める公知の技術か、あるいは大した技術ではないのかどちらかだろう。科学のおかげで科学で説明できる技術は論文で伝承可能である。しかし、技術の中には科学で解明されていない内容が含まれる場合もある。その部分を伝承するときに文章だけではうまく伝承できない。
技術の伝承のために何故体験が必要なのか。例えばパーコレーション転移という数学で原理が解明された現象を化学の世界で活用しようとするときに、未だパーコレーション転移は化学の分野で科学的に全てが解明されていないので、技術の伝承が文章だけでは難しくなる。
どのように難しくなるのか。例えば技術的に完成したパーコレーション転移制御による帯電防止層を体験無しに文章で説明しても伝わらず、何か品質問題が発生したときに文章で伝承された人が技術的には品質問題解決を不可能という誤った結論を出す、ということが起きる(これは実際に起きた問題であるので少し書きにくいが)。
その場合に、化学の世界におけるパーコレーション転移という知識と数学における成果を結びつけて品質問題の原因仮説を設定できるにもかかわらず、そのような行動をとろうとしない。化学の世界におけるパーコレーション転移について科学的に解明されていないため、自分が経験上獲得した他の知識と品質問題を結びつけて原因仮説を設定し、論証しようとするためおかしな事が起きる。
すなわち文章で伝承された技術は次世代の人の体験レベルまで結びついた理解が無い限り、技術がうまく伝承されない。難解な技術、というものはほとんどの場合科学的な解明がなされていない部分が多く残っている。このパーコレーション転移という現象もコンピューターの中で制御因子は解明されているが、化学の世界では未解明の因子が存在する。
この例で言えば導電性粒子表面とバインダー高分子の濡れの問題はすべてが解明されているわけではない。濡れの問題については界面活性剤の経験を数多く積んでいるためにすぐに界面活性剤を用いた仮説をアイデアとして考える傾向にある。バインダー高分子のコンフォメーションやその高分子が結晶化していた場合などに濡れが変化するという知識や経験をしていないためだ。その結果、界面活性剤など持ち出さなくても解決できる問題を界面活性剤で解決しようとしてパーコレーション転移の制御因子を増やし問題を難しくしたり解決できなくする。
特公昭35-6616という特許は酸化スズゾルを世界で初めて写真フィルムの帯電防止層として用いた技術だった。しかし酸化スズの物性やパーコレーション転移に関する数学的解明もされていなかったため、1991年にその特許の偉大さの再発見がされるまで誰もその技術の重要性を評価し理解できなかった。その特許を出願した会社においてさえ技術の痕跡すら無かった。
ライバル会社はその技術を否定するような特許を多数出願していた。写真フィルムには無色透明の酸化スズゾルが最も適しているのに青みを帯びたアンチモンドープの酸化スズが良い、という特許を出願していたのである。写真フィルムの色材以外の材料は無色であることが一番良いのは素人にも理解できるが、技術が伝承されていないとこのような不思議なことが起きる。
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オカラハンバーグは、とにかくおいしいハンバーグを創ることに集中しとりあえず完成した。しかし、食材のコストの問題が残っている。研究開発において新商品を開発するときに多くの場合新技術を導入する。新技術が完成しそれを新商品に組み込む、という余裕のある研究開発のできる環境が理想だが、研究開発のスピードアップという観点に立ったときには、新技術と新商品の開発を同時並行(コンカレント)で進める手法が重要になる。
このコンカレントエンジニアリングを成功させるためには、企画段階で新技術を用いた商品を組み立ててみることが大切である。新技術ができていなくても、企画段階で結集できる最善の技術を組み合わせてまず商品を創り上げ、その評価を企画書とともに議論するとコンカレントエンジニアリングの成功確率が上がる。
ゴム会社で高純度SiCの事業をスタートしたとき、世の中はセラミックスフィーバーであったが、パワー半導体のマーケットもSiCウェハーを商品化している会社も無く、高純度粉末を開発できてもお客様がいなかった。
現在ウェハー事業で日本の中心企業になっている某メーカーへ高純度粉末の商品評価をお願いしたら、「実は当社もこの高純度SiCを開発しており、それを評価して欲しい」、といわれ高純度SiCの交換評価を行う、といった笑い話の体験もある。結局当時のU本部長から「テーマは0.5人で推進しろ」と言われ、0.5人工数の研究企画を求められた。
S社とジョイントベンチャーを立ち上げ再出発するまでの5年間、新技術の企画ばかりやっていた。そしてその時U本部長から言われたのは、「まず、企画書は入らないからモノをもってこい」である。ECD、フレキシブル常温超伝導体、セミソリッド電解質、燃料電池、切削チップ、SiC製ルツボ等外部のメーカーの技術や秋葉原のお世話になりながら世の中に無い新技術を不完全ではあるが、まず創った。
例えば、フレキシブル常温超導電体では、同僚の若手F君が常温超伝導体をすっぱ抜いた週刊紙を片手にその日のうちに評価装置を組み立ててくれた。週刊紙に載っていた材料は液体窒素温度で超伝導現象を示したが、面白いことに、1週間経過すると超伝導を示さなくなった。当時の超伝導体は生ものだったのである。
その結晶構造からすぐに酸素欠陥が増えるのではないかと仮説を立て、常温超伝導体が出現したときには酸素が抜けないような対策が重要と考え、ブチルゴムで覆った超伝導体という発明をすぐに出願した。そして、ブチルゴムで被覆された超伝導線を試作し超伝導体の研究企画を提出した。
ブチルゴムで包んだ超伝導体の板でマイスナー効果をU本部長に見せたのだ。それを見せながら、現在の材料では液体窒素温度でなければ超伝導を示さないが、これを改良して常温で超伝導体にする、とプレゼンテーションを行った。この企画は無事通り、1年間超伝導体の研究開発を行った。
最初にとりあえず不完全であっても「モノ」を創り出してみると、ゴールが明確になる。ブチルゴムで被覆した超伝導線の場合には、ブチルゴムのTg以上の温度で超伝導現象を示す必要がある。それ以下の超伝導体で酸素欠陥が増加するのを防ぐには金属で被覆する必要がある、といったアイデアも容易に出てくる。ゴム会社のU本部長は厳しい人であったがその指導のおかげで技術開発に注力する実践的研究開発を学ぶことができた。
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