高分子で帯電防止材料を設計するときに、導電性をどの程度にするのか問題となる。多くの高分子材料は絶縁体であり、添加剤の影響で抵抗が下がったとしても10の12乗Ωcmの体積固有抵抗レベルである。添加剤がブリードアウトし湿度が高い特殊な条件で表面だけの抵抗すなわち表面比抵抗は10の11乗程度に下がることもある。この程度になると、表面に滑り性を付与したりすると帯電しにくくなる。さらに帯電列というのがあり、それを考慮し表面を設計してやれば、使用環境が限られるが帯電防止性能を持つ材料になる。昔の写真フィルムの帯電防止技術はこの程度でありました。
写真フィルムの乳剤に含まれるハロゲン化銀は、帯電で容易に感光しスタティックマークと呼ばれる品質問題を生じる。写真フィルムの構造は80-120ミクロン程度の厚みの絶縁体樹脂フィルムに数ミクロンの乳剤(感光層)を塗布した構造なので、帯電防止材料設計無くして商品は成立しない。ゆえに帯電防止技術に関する研究はアカデミアよりも進歩していた。昭和35年ころには帯電防止を目標にした透明導電層を塗布で形成する世界初の技術が小西六工業で完成していた。コニカの図書室には昭和30年ころの資料も残っておりそこには今でも十分通用する帯電防止技術のいくつかがあったが、私が転職した時のコニカの帯電防止技術は、当時の技術に少し毛が生えた程度であり、当時の帯電防止技術の高さをうかがい知ることができた。
写真フィルムの体積固有抵抗は、導電性が悪い商品で10の12-13乗Ωcm程度なので教科書に書かれた帯電防止に必要な半導体領域ではなく絶縁体である。しかし、表面比抵抗を測定してみると、10の11乗Ω以下であり、帯電防止は、商品の表面設計が重要であることが理解できる。すなわち感光層の数10倍大きな絶縁体に接触しなければならない商品の帯電防止技術に関する研究は昭和30年前後にほぼ完成し、教科書に書かれた体積固有抵抗よりも1ケタ高い領域でも表面を設計すれば帯電防止できることが分かっていたのである。
しかし、表面比抵抗を10の11乗Ωに設計すれば、全体の体積固有抵抗が絶縁領域でも写真フィルムの帯電防止ができるのか、というとそうではない。摩擦抵抗とか、摩擦帯電とか帯電防止設計に必要な各種パラメーターがあり、これらパラメータを制御してスペック内に入れてはじめて帯電防止できるのである。転職した時にとんでもない技術だと印象を持ち、一つのパラメーターで制御できないか20年以上前に取り組みを始めた。
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約20年前にゴム会社から写真会社に転職し、高分子材料技術開発を担当することになりました。その時に悩んだ問題の一つが、帯電防止技術に必要な導電性である。どの教科書を見ても大体半導体領域の高い領域が書かれている。しかしその導電性が必要な説得力のある説明を書いた教科書が無いのです。論文を調べてみても状況は同じです。
たまたま参加した社外セミナーで質問したところ、4人の講師の中で一人だけ合点の行く説明をしてくれました。その昔病院で医療事故が起きたそうです。それは手術中に電気ショックで患者が亡くなったという事故です。原因を調べたところ、手術室の床が金属だったため、外部から帯電した電気が医者に流れ、それが患者に伝わったとのこと。医者は帯電防止対策をとっていたが、床の導電性が良すぎたため、電気は電位の低いところから高いところへ流れ、たまたま患者の電位が低く大量の電気が流れた、それでショック死したということです。
この事故の再発を防ぐための実験が行われ、床の導電性を半導体領域にすると防げることがわかったそうです。この時帯電防止に必要な導電性領域が半導体領域であるということが明らかになったそうです。すなわち導電性が良すぎると、他から電気を拾うリスクが高くなり、帯電防止をしたい対象の蓄電しやすい部分に電気が溜まる問題が発生する。ゆえに帯電防止に必要な導電性は10の7乗あたりから10の11乗Ωcm程度の体積固有抵抗が良い、とされました。
要するに電気が多少流れにくいが絶縁体ではない半導体領域、ということである。面白いのは教科書により、10の6乗から10の10乗Ωcmと書いてある場合や10の6乗から10の11乗としているものまで様々です。写真フィルムに関してはAPSフィルムで共通規格が決められ、その規格では特殊な測定方法が指定されていた。
帯電防止技術も科学として見ると、曖昧さの残っている分野です。本欄のテーマとして今後も扱いますが、電子出版も予定しております。
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高分子の難燃化技術から生まれた半導体用高純度SiC合成法という技術シーズが画期的な発明であり、CIを導入したブリヂストンの3本の柱(注1)の1本であるファインセラミックス事業の本命テーマになりうるかどうかを証明するために、超高温度熱重量天秤の開発は重要なテーマでした。しかし、無機材質研究所留学前に上司から却下されたテーマです。もし、留学前にこの企画が認められ、研究が進められておれば、半導体用高純度SiC合成法の発明に関する基本特許(参考文献1)は、ブリヂストンから出願されていたはずです。
海外留学を無機材質研究所の留学に切り替える調整まで順調に進みましたので、高分子前駆体法によるファインセラミックス合成法を基盤技術にした事業シナリオがブリヂストン研究開発本部で認知されているものと思っていましたが、留学して半年後に、全く評価されていない事が分かりました。それは、留学して3ケ月後に昇進試験(注2)があり、その3ケ月後である10月1日に試験が0点で昇進できない、との連絡が人事部より無機材質研究所に入ったからです。
昇進試験の問題は、新事業のシナリオに関する問題が出ることが事前に分かっていましたので、高純度SiCの新合成法を基盤技術として半導体事業を展開するシナリオ(注3)を用意し、試験に臨みました。試験問題は事前に聞いていた問題と同じで、無機材質研究所長から伺いましたパワー半導体用のウェハー開発までのシナリオを解答として書きましたが、それが0点という評価をつけられたわけです(注4)。無機材質研究所の電話で受けました内容は、詳細を本社で説明するので都合のつく時間に出張してくるようにとのことでした。
会社からの電話の一部始終を猪股先生は聞かれており、私に同情してくださいました。そして、「1週間だけ猶予をあげるから、自分の“思い”の研究をやってみなさい」と励ましてくださいました。私はすぐにブリヂストン研究開発本部の上司の許可を得てA氏に電話をかけ、仔細を説明し、高分子前駆体を合成するための準備をお願いしました。翌日朝9時から夜の9時まで実験を行い、高純度SiCの原料にできそうな高分子前駆体を10水準合成し、無機材質研究所へ持ち帰りました。実験をやりながら悔し涙が溢れていましたが、泣いている時間はありません。
無機材質研究所に戻り、3日間ほとんど徹夜で実験を行いました。猪股先生はじめ周囲の温かい視線に励まされ、無機材質研究所で実験を開始して3日目に黄色に輝くβSiCの粉末が得られました。100%の純度のβSiCが得られた瞬間です。
(注1) 電池、メカトロニクス、ファインセラミックス
(注2) 係長級に相当する昇進試験
(注3) 実際には、1990年に住友金属工業㈱小嶋氏と出会う(参考文献2)まで半導体事業の出口が見えず、ファインセラミックスフィーバーの中心であったエンジニアリング分野のマーケティングを行うことになる。
(注4) 高純度SiC新合成法を用いた半導体事業は、日本化学会から化学技術賞をブリヂストンは受賞し、30年経過した現在も事業が継続している。すなわち試験の解答は正解だった。
(参考文献1)特開昭60-226406、無機材質研究所から出願された高分子前駆体法によるSiC合成技術に関する基本特許(発明は1983年10月)
(参考文献2)特開平5-24818、半導体用部材開発の住友金属工業との最初の共同出願特許
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1983年4月1日から無機材質研究所の生活が始まりました。最初に担当しました研究テーマは、1000℃以上の高温度におけるセラミックス単結晶の線膨張率を計測する仕事です。四軸型自動回折計に取り付けたSiC(6H)単結晶をレーザーで加熱し1000℃以上に温め、各温度における回折パターンから、結晶格子定数を求め、各方位別に線膨張率を計測するのです。
ところが計測装置はできあがっていたのですが、1000℃以上の高温度で単結晶を固定する方法が見つかっていなかったのです。線膨張率を計測するためには、単結晶を炭素棒に接着する方法を開発しなければなりません。しかしこの方法のアイデアは、「問題は「結論」から考えろ!セミナー」や「なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」(注)でも紹介している新しい問題解決法ですぐに答えが見つかり、計測することができました。
1000℃から2100℃まで6点の温度でx線回折パターンを計測し、格子定数の変化から線膨張率を求めましたところ、a軸方向は4.94x10(-6乗)で、c軸方向は、4.41x10(-6乗)であることがわかり、線膨張率に異方性があり、その差は10%近くにもなることが分かりました。
SiCは2000℃前後の温度で焼結させて成形体を製造します。室温では、結晶の異方性による歪みが内在し、何らかのストレスでマイクロ亀裂を誘発する可能性があります。すなわちSiC(6H)の焼結体の靱性が低い原因の一つに、この結晶の異方性の問題も考えなくてはなりません。少しでも歪みを小さくする努力として、結晶をランダムに配向し、可能な限り粗大粒子化しないように焼結条件を制御する必要があります。
SiC(6H)単結晶に異方性の存在することは、分子模型を作ってみれば理解できます。ゆえに線膨張率にも異方性が出ることは、測定をしなくても予想できます。しかし、自然科学の世界では、仮説を検証するために、このように当たり前と思われることでも実データを計測し、仮説の正しさを確認する作業が重要です。無駄な作業に見えましても、実データでサポートされた理論と、そうではない理論では信頼度が異なります。
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硼酸エステル変性ウレタンフォーム(1)は、燃焼時にアモルファスボロンホスフェートを生成し、高分子の難燃化を行うコンセプトで開発しましたが、合成された高分子は、高純度ボロンホスフェートの前駆体高分子とみなすこともできます。
1980年頃通産省主導でセラミックスガスタービンを開発目標にしたムーンライト計画というプロジェクトがスタートし、セラミックスフィーバーが始まりました。ファインセラミックスの製造プロセスとして、金属アルコキシドを用いるゾルゲル法は注目を集めておりました。セラミックスは高温でも安定なので、高純度のファインセラミックスを得るためにセラミックスを合成してから高純度化するよりも、原料段階で高純度化できるゾルゲル法が有利だからです。しかし、アルコキシドの安定性や反応バランスから、合成できるセラミックスが制限されておりました。高分子マトリックス中にセラミックスの成分を固定化したゾルゲル法であれば、原料のアルコキシドの制約が無くなります。
硼酸エステル変性ウレタンフォームの開発が完了した時に、フェノール樹脂発泡体開発プロジェクトが社内にできました。フェノール樹脂は耐熱性が高い樹脂ですが、当時のフェノール樹脂で発泡体を製造すると難燃性が低下する問題がありました。しかしフェノール樹脂は、燃焼時に炭化物を多く生成する樹脂ですので、リン酸エステル系難燃剤が無くとも難燃性向上ができるのではないかと推定し、硼酸エステル変性ポリウレタンフォームのコンセプトを見直し、シリカゾルだけで難燃性向上を狙ってみました。見事的中し、LOIの向上とJIS規格準不燃レベルも低密度フェノール樹脂発泡体で合格することができました(2)。このフェノール樹脂とシリカゾルの複合材料は、窒素中800℃で炭化(蒸し焼き)しますと、高純度のシリカ(SiO2)と炭素(C)の均一に混合された材料になり、さらに1600℃以上の高温度で反応させますと、高純度SiCが合成されます。すなわち、シリカゾルで難燃性を向上させましたフェノール樹脂発泡体は、高純度SiCの前駆体高分子でもあるのです。
1990年代に有機無機ハイブリッドの研究報告が活発化しますが、1980年代に高分子前駆体からセラミックスを合成する研究は、ノーベル賞が噂された故矢島先生のポリジメチルシランのご研究が存在したぐらいで、2種以上の高分子を均一混合し、セラミックス前駆体に用いる研究報告はありませんでした。ホームランを狙い、フェノール樹脂とシリカゾルのハイブリッドポリマーの研究をフェノール樹脂発泡体開発の傍ら続けました。
難燃性を向上させたフェノール樹脂発泡体は某大手建築会社の天井材に採用されますが、この天井材開発は成功しても、いろいろなマネジメント上の障害が多数発生し、開発プロジェクトの活動は精神的苦労が大きかったので、良い思い出になっていません。ただ、プロジェクト活動中はストレスの多い毎日でしたので、時間外のテニスを有機無機ハイブリッドポリマーの研究に切り替えて、気分転換し楽しんでおりました。
天井材用に開発されたフェノール樹脂とシリカゾルのハイブリッドポリマーでもナノレベルの複合化を達成していました。さらに難易度が高い分子レベルの複合化をめざして、シリカゾルのかわりに、水ガラス(ケイ酸ソーダ)から抽出したケイ酸ポリマーとフェノール樹脂のリアクティブブレンドを研究していましたが、中間処理にジオキサンやTHFを用いますので作業環境の問題を抱えておりました。この研究は、フェノール樹脂とポリエチルシリケート(TEOSなど)とのリアクティブブレンド及びそれを用いた高純度SiCの発明(3)(4)へ発展しますが、難燃剤の研究が、ファインセラミックスフィーバーの影響を受け、ゴム会社の事業とは無関係の新しいアイデアを生み出す原動力になっておりました。
この時の思考過程は、コンセプト重視の考え方に思考実験を組み合わせたプロセスでしたが、ソフトウェアー工学のオブジェクト指向やエージェント指向の勉強もしておりましたので逆向きの推論の有効性に着目し始めておりました。「なぜ当たり前のことしか浮かばないのか」や「問題は「結論」から考えろ!セミナー」では、若い時にどのようにアイデアが浮かびそれを実現してきたのか、その方法をまとめています。是非ご一読ください。
<参考文献>
1.特開昭58-1366158
2.特開昭59-100144
3.特開昭60-226406
4.特開昭61-132509(特公平6-2565)
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