材料の熱膨張あるいは熱収縮は、熱機械分析装置(TMA)で試験を行う。セラミックスやガラス、金属については昔から低熱膨張材料というのは重要な研究テーマであった。理由はこれらの材料が800℃以上の高温度で加工され、室温の環境条件で使用するケースがあり熱歪みが力学物性に大きく影響を与えるためである。
また無機材料ではガラスを除き結晶が分散した構造となり、結晶が異方性の場合にはその界面に大きな熱歪みを抱え靱性が低下する。原料の微細化やその管理技術が進んでもお茶碗などの陶器が割れやすいのはそのためである。
さて、高分子材料の場合には加工温度と使用環境との温度差はせいぜい300℃未満であるのでこのような熱歪みの影響は小さくなるが、概して線膨張率が大きいのでその影響は存在する。さらに微粒子分散系であればクラスター形成がその影響を大きくする。
一般に熱歪みを除去するためにアニールが行われる。50年前瀬戸物は割れやすいから一度100℃のお湯で一日処理して使用すると良い(注)、と母から教えられたが、これもアニール処理である。高分子ではTgから5-10℃低い温度でアニールを行うと効果的である、と言われている。
高温度短時間処理、という裏技もあるが、この裏技とTg以下のアニールでは、アニール後の高分子の高次構造に違いが出る。以下はすべてTg以下のアニールを前提に話を進める。
樹脂のアニールで成形時の熱歪みは緩和されるが、微粒子分散系では十分にアニール効果が現れないことが多い。理由はクラスターの形成状態による歪みまで除去できないからだ。このクラスターの形成状態は、コンパウンドの製造方法と成型加工プロセスの影響を受ける。
樹脂のコンパウンディングでは二軸混練機が使用される場合が多く、微粒子分散系は不完全な分散状態でコンパウンドとして提供されている。どの程度不完全かは、3時間以上混練したコンパウンドと比較すれば理解できる。(続く)
(注)昔は各家庭に火鉢や練炭のコンロがあり、そこで終日加熱する作業ができた。今ではエネルギーコストがお茶碗の値段よりも高いのであまり行われなくなったが。
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以前この欄で導電性微粒子を分散した高分子材料のインピーダンス変化について説明したが、フィルムのインピーダンス変化はパーコレーション転移と関係している。すなわち、パーコレーション転移の閾値近辺でインピーダンスは大きな変化を示す。この性質を利用して、パーコレーション転移の閾値推定を行う事ができる。
凝集粒子が分散した場合でも、凝集粒子の状態が変化しなければ、凝集粒子でパーコレーション転移が生じればインピーダンスは大きな変化を示す。面白いのは、凝集粒子の形態でパーコレーション転移を生じていないときに、凝集粒子の密度を上げるとインピーダンスに変化が現れる。
すなわちフィルムのインピーダンスを測定すると導電性粒子の凝集状態までも知ることが可能となる。一般的に凝集状態の密度は体積分率で0.6前後で有り、凝集状態の内部ではパーコレーション転移が生じている。これをうまく制御して、凝集状態の内部の密度を下げて体積分率で0.2未満にすると凝集状態でパーコレーション転移が起きていないから、面白い現象を観察することが出来る。
導電性粒子を増やしたり、外力を加えたりして凝集粒子の内部でパーコレーション転移を起こさせ、さらに凝集粒子のパ-コレーション転移まで起こさせるWパーコレーション転移を発生させるのだ。直流抵抗ではこの場合の現象をうまくモニターできないがインピーダンスではうまくモニターでき、面白い変化となって現れる。
面白い、といっても、ただ導電性粒子の添加量に対するインピーダンス変化が二段の変化になるだけだが、初めて測定したときには感動した。なぜか感動した。
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高分子にカーボンが分散されたときに、カーボンは一次粒子まで分散されることは稀で、大抵は凝集粒子の状態で分散する。凝集粒子の抵抗は、凝集体の密度で変化する。この凝集粒子内では、ホッピング伝導で電子が流れるので、凝集粒子も電子伝導性の粒子として扱うことが可能である。
しかし、カーボンを分散した高分子のインピーダンスを計測すると、凝集粒子中の伝導現象でイオン導電性を仮定しなければいけない現象に遭遇する。その現象が観察されたからどのような問題が生じるかは、材料の応用分野により様々である。
電気抵抗の線形性が崩れたり、VI特性にヒステリシスが現れたり、誘電緩和の緩和時間が長くなったりといった現象が観察されるが、これらの現象が品質に悪影響を与えなければ凝集粒子中の導電性が電子伝導であろうがなかろうが問題にならない。
しかし個別の品質特性で予期せぬ電気特性の問題が生じたら、この凝集粒子の導電性の問題について考えてみると良い。悪いことばかりではない。凝集粒子の接触抵抗により導電性が大きく変化する、という現象は、押出成形でフィルムを製造するときにうまく活用すると、フィルムの電気特性を引取速度で制御する技術となる。
このあたりの詳細は相談して欲しいが。とかくカーボンを分散して半導体フィルムを製造する技術では、電気抵抗の不均一さ、ばらつきで悩まされる。製造プロセス因子でその悩みを少しでも解消できるとしたらありがたい。
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難燃剤は赤燐で、加水分解されなければ絶縁体、と安心しきっていたそうだ。しかし、赤燐は加水分解されればリン酸を生成する。表面が加水分解された赤燐は、10の3-4乗Ωcm程度の導電性を示す。
パーコレーション転移を起こせば10の6乗Ωcm程度まで絶縁性高分子の電気特性を変化させる。このように高分子マトリックスに絶縁性フィラーを分散する時には、その表面抵抗がどのような性質を持っているのか調べなくてはいけない。さらにパーコレーション転移という現象がどのような現象なのかも理解しておかなければならない。
面白いのは、高い絶縁性の2種の高分子をブレンドした時に、高分子に不純物が含まれており、相分離して界面にその不純物が偏積する現象が起きたときである。10の10乗Ωcmレベルまで抵抗は下がる。すなわち100倍程度導電性が上がるのだ。このことは以外と知られていない。また学術的に確認することも難しい(できないことは無い)。ただ、これまでの経験から、推定している現象である。
PPSにナイロンとカーボンを分散したときには、単純にカーボンのパーコレーション転移だけで抵抗変化を説明できない。ナイロンの状態によりマトリックスの抵抗が1000倍近く変化するためだ。インピーダンスなどを測定するとそのあたりの現象は見えてくる。もし興味のある方は実験してみて欲しい。
この系では、分散しているカーボンの凝集状態でも全体の抵抗は変化する。すなわち、カーボンの抵抗は1-10Ωcm程度の導電体であるが、凝集体になると接触抵抗の影響により10の4-6乗Ωcm程度まで導電性は変化する。高分子中でカーボンが分散しているときに一次粒子まで分散している例は珍しい。大抵は凝集粒子として分散している。その結果、パーコレーションの扱いも、1Ωcm程度の粒子のパーコレーションを考えていてはだめで、凝集粒子1個の導電性を問題にしなくてはいけない。
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白川先生により導電性高分子が発見され、その分野の研究が進み、多くの導電性高分子が開発された。高分子半導体技術なども実用化され始めた。ここでは絶縁性の一般の高分子について考えてみる。
高分子材料の多くは比誘電率が3前後の誘電体である。導電性を直流で計測するためには精密な電流計が必要になる。高電圧を印加すれば電流が増加するので計測可能と言われるが、高分子材料のVI特性の線形性は材料により異なる。
誘電率が3程度の高分子材料は、10の13乗Ωcm以上の体積固有抵抗を示す絶縁体であるが、誘電率が3.5以上の高分子材料になってくると10の12乗Ωcm前後になってくる。すなわち一応絶縁体領域であるが、高誘電率の材料になってくると絶縁性と詠っていても10の11乗Ωcm程度の半導体領域の抵抗を示すようになってくる。
注意しなければいけないのは、フィラーを添加したときである。絶縁性のフィラーを添加したつもりでもフィラーの添加により材料の抵抗が変化する場合がある。これはフィラーとマトリックス高分子との界面の問題が大きいが、10年以上前に富士通のハードディスク問題を引き起こしたのは表面が一部加水分解され導電性になっていた難燃材を用いたためである。
このとき材料メーカー担当者にはパーコレーション転移の恐怖が分かっていなかったらしく、実験室で問題が無かったのでそのまま市場に出したらしい。実験室で問題が無くともパーコレーションの閾値は容赦なく下がる。当時の原因解析では、成形体の中でフィラーの再分配が生じ、表面付近に難燃剤の量が増加した状態になっていたという。その結果、パーコレーション転移が生じ半導体領域まで本来絶縁体で無ければならない材料の抵抗が下がった。
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ポリマーアロイの材料設計になると複雑になってくる。この欄では書きにくいノウハウが存在するので相談して欲しいが、公知のポリマーアロイ以外は、高分子のブレンド結果に落胆させられる。すなわち樹脂で2種以上の未知の高分子のブレンドは、素人は行わない方が良い。
この分野の考え方として強相関ソフトマテリアルというのが有名である。この考え方は怪しいから使わない方が良い、という学者もいる。確かによく分からず高分子をブレンドすると狙った物性通りの材料はえられず、大抵は1+1が1以下というひどい結果にもなったりする。
もともと強相関材料という考え方はセラミックス分野で提唱され、教科書も出ていた。最近は見かけないので廃れてしまったのかもしれないけれど、このコンセプトは理解できれば便利である。すなわち未知のポリマーブレンドで材料の改質が可能となる。
セラミックス分野では相溶という現象よりも新たな結晶構造ができる面白さも有り、特にガラスなどではブレンド研究が今でも行われている。高分子ではフローリーハギンズ理論のχパラメータの制限からブレンドして良い結果が得られる高分子の組み合わせは限定的となる。
強相関ソフトマテリアルというコンセプトを怪しい、という人に話を聞くとこのあたりの話となり、論理的にコンセプトが否定される。ここでフローリーハギンズ理論から解放されるプロセシングができたとしたらどうなるであろうか。強相関ソフトマテリアルというコンセプトで材料設計が可能となる。
退職前の短時間にこの技術について実験を行い大成功の結果を得た。退職後このプロセシングの研究を進め、新たな装置を開発した。現在その装置の図面ができあがるところである。ご興味のある方は問い合わせて頂きたい。
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単体の高分子材料を用いるときに成形体の力学物性は、高分子の一次構造と密度に関係する。弾性率は密度と相関するので、引張試験の結果も密度と相関することになるが、こちらは靱性という因子も関係する。靱性は材料に含まれる欠陥に大きく影響される。
射出成形体における力学データは、カタログ値を見ると高分子の一次構造に支配されているように見えるが、実際には一次構造以外の因子も影響するのでコンパウンド技術と射出成形技術は重要である。これらの技術が存在する前提で、材料の配合設計技術を力学物性について考えてみる。
単体の場合には、熱分析結果が重要となる。熱分析の結果から結晶化度や結晶化速度等がわかる。単体の材料でも重合条件が異なるとこれらの物性も変わる。ゆえに材料メーカーから技術情報データとして一次構造以外に熱分析データももらうと良い。
単体の高分子をマトリックスに用いてフィラーを添加するとパーコレーション転移が力学物性を支配するようになる。その結果フィラー添加量の少ないところでは、射出成形場所が異なると力学物性がばらつくことになる。ゆえにフィラーを添加する場合には体積分率でパーコレーション転移の閾値以上添加する必要がある。
その他老化防止剤などの添加剤を用いると弾性率をわずかに低下させる。また低分子といえども分散が悪ければ力学データに影響が出る。ゆえに低添加率のこれらの材料は、マスターバッチ形式で添加すると力学物性を安定化できる。また分散性が上がるのでわずかに添加量を減らすことが可能である。そのような特許も出願されている。
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かつて高分子のレオロジーについてはダッシュポットとバネのモデルで研究を進めていた時代があった。今このようなモデルは使われなくなったが、材料設計の分野では結構便利な考え方であった。
特に粘弾性試験を行い、その結果を用いて材料設計を進めようとするときに、ダッシュポットとバネのモデルで材料をイメージすると分かりやすい。30年以上前に防振ゴム材料の開発を担当したときに、数値計算の方法も含めその考え方の指導を受けた。
その時その考え方は、電気回路における抵抗とコンデンサーのモデルからきている、とも教えられた。多くの高分子は絶縁体であり、その電気特性を研究するためにインピーダンスが測定されていた。もっとも高分子に限らずセラミックスも含め誘電体材料はすべてインピーダンスを測定しなければその特徴を理解することができないのだが。
この誘電体の電気特性を考えるときのモデルからレオロジーのモデルは考え出された、と説明を受けて納得した。そしてこの方法は将来使われなくなるだろう、という予言まで聞いた。予言の根拠は高分子のクリープという現象がバネとダッシュポットのモデルで説明することができない、というものだ。
それから10年以上すぎて、高分子学会の報告でバネとダッシュポットのモデルがめっきり少なくなったことに気がついた。当方は、社会人になって3年弱高分子を扱ったが、その後10年間はセラミックスの研究開発を担当していたので学会におけるレオロジーの変化にはびっくりした。指導社員の予言通りの変化であった。
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20年ほど前に、バクテリアが生産するセルロースを取り出す技術が実用化され、まずスピーカーなどに活用されたが、これらのセルロースは、植物から得られるセルロースよりも2ケタ程度繊維構造が細く、水分散性がよく、細長い繊維状物質として得られる。
ゆえに水分散性の高分子用フィラーとして活用しやすい。植物由来のセルロースとこれらバクテリアの生産するセルロースとの最も大きな違いは、その純度で、医療材料のような純度の高い工業材料が要求される分野で期待されている。このようなセルロースからゲルを作ると、そのまま濾過膜として活用できる。
例えば酢酸菌などのバクテリアがつくるセルロースは、その繊維幅は植物セルロースに比べて100分の1~1000分の1という細さで、その極細の繊維が複雑に絡み合うことで、アルミニウムシート並の強さの濾過膜を作ることが可能である。また、ココナッツミルクの中で幾多の酢酸菌が縦横無尽に動き回るとセルロースゲルができあがるが、これをシロップ漬けにしたものがナタデココである。糖分を酢酸菌がセルロースに加工している様子を肉眼で見ることはできないが、ナタデココを食べるとその食感からセルロースが多糖類の一種であり繊維素と呼ばれるのもなんとなく理解できる。
バクテリアセルロース以外に、ホヤセルロースの研究もおこなわれている。ホヤは、俗に海のパイナップルと呼ばれる海産動物で、古くから食用とされ、養殖も盛んに行われている。現在のところ、ホヤは、体内でセルロースを合成することが確認された唯一の動物である。本来バクテリアが持っているセルロース合成遺伝子が、進化の過程で取り込まれ、セルロース合成のプロセシング機能を獲得できたと言われている。 ゆえにホヤ以外の動物からセルロースが発見される可能性が残っている。
バクテリアを含め、生物が生成するセルロースの、夢の活用の仕方として、運動可能な生物の特徴を利用したナノビルダーというアイデアがある。すなわち培地の上に生体高分子でつくったレールを配置し、酢酸菌がそのレール上を行き来すると、そこに排出されたナノ繊維が吸着され繊維が一方向に整列したフィルムができる可能性がある。
植物からセルロースを取り出す方法では製造できなかったナノ構造体をバクテリアの運動能力を用いて製造することができる。セルロース結晶の強靭なナノ構造体と他の機能素材とを複合し、ナノ機能材料を開発する分野は、バクテリアの運動制御のアイデアと材料設計技術が必要で、環境技術だけでなく生物材料科学としても期待される分野である。
セルロースについて以前「科学と教育」に掲載された内容を連載してきたが、最近はセルロースと同じ多糖類であるパラミロンの研究も行っている。パラミロンはミドリムシから容易に採取できる物質で、セルロースを変性したTACの製造プロセスをそのまま使用可能で、優れた環境樹脂を製造できる。ミドリムシの培養からパラミロンの抽出、アセチル化までは少し努力すれば一般家庭の台所でも実験できる。すでに光学用樹脂として特許を出願したのでご興味のある方は弊社へお問い合わせください。
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液晶ディスプレーは、二枚の偏光板の間に駆動可能な機構を有する液晶を挟み込んだ構造で、バックライトを付設し画像を見やすくしている。現在は液晶をガラスで挟んでいるが、近い将来すべて高分子材料のフィルムで構成された液晶ディスプレーが登場する可能性がある。
有機ELやプラズマディスプレーのような自発光型のディスプレーに用いられるフィルムについて、セルロースがいつまで使用されるか不明であるが、液晶の偏光板に使用されるセルロースフィルムは、偏光板の材料としてポリビニルアルコール(PVA)が使用される限り、あるいは偏光板の製造に水が使用される限り、セルロースフィルムが使われ続ける可能性が高い。
理由は偏光板の製造プロセスにあり、現在のプロセスではPVAを水性接着剤でTACと貼り合わせ乾燥させる工程になっており、PVAを挟むフィルムが透湿性でない場合には偏光板の水分管理が難しくなる。偏光板の保護フィルム機能としては透湿性フィルムが必要と思われる。
ただし現在のTACフィルムは、環境負荷の高い溶媒を使用した流延法で製造されるので、今後セルロースフィルムを無溶媒で製造する新技術の開発が環境対応技術として不可欠である。
その他ガラスを置き換えるにはどのような変性が必要か、フィルムそのものを機能化し複数のフィルム機能を1枚のフィルムで達成できないか、さらには溶媒キャスト製膜よりも生産性が高い押出成型によるセルロースフィルムなどの開発課題は豊富である。
以前触れたが、ミドリムシプラスチックスはセルロースと類似の多糖類のプラスチックスでセルロースよりも流動性がある。すなわち変性セルロースで押出成形が難しくともミドリムシプラスチックス(パラミロン誘導体)ならば可能なので、この分野にミドリムシプラスチックスが応用されるかもしれない。
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