6月末に上海で開催されたCMFデザインに関する国際会議で招待講演者として発表の機会があったので、30秒ほど弊社が開発した新技術についてお披露目した。講演の後、中国の放送局や出版社の取材を受ける決まりがあった。新技術について質問を受けた場合の回答を用意していたが、幸運なことに質問が無かった。
もっともこの国際会議の参加者は発表者も含めデザイナーばかりだったので30秒ほどの説明では気がつかれなかったのかもしれない。会社を起業してから7年になるが、カーボンクラスターの制御技術以外に新規技術がいくつか生まれている。
後発なので最初に紹介する技術として気が引けるが、CNTの水分散技術やこれを活用した樹脂の変性技術、同じくコロイド技術になるがホスファゼンによる皮革の難燃化技術、PC/ABSの新たな難燃化システムの開発、新規オリゴマーの開発とその機能、熱伝導性光散乱樹脂、絶縁耐性の高いPPSはじめPPS関係の技術など特許を書いていない技術も存在する。
多くは中国で開発し実用化している技術で単なる研究ではない。これらの新技術の一部はセミナーなどで公開しており、来月開催されるブリードアウトのセミナーでもブリードアウト防止技術として紹介する。またKRIからも講演依頼があるのでそこでもいくつかご紹介させていただく。ご興味のある方は弊社へご相談ください。
有料のセミナーで新技術を公開する理由はPRのためでもあるが、高価な参加料を支払って来ている方に学会では得られない情報提供をするサービス精神からである。当方のセミナーでは発明の方法や特許ネタも紹介しているので、その内容は学会発表よりも直接実務に役立つはずだ。
例えば皮革の難燃化技術は、皮革だけでなく他への応用も可能である。さらに単なるコーティングではなく革の内部にホスファゼンが浸透しており学術的にも興味を持てる内容である。おそらく結果をご覧になるとアッと驚かれるはずだ。これは日本の某中小企業から商品が販売されるはずだが残念なのは資金が乏しくそれがいつになるのか決まっていない点である。
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ごみ付着距離とインピーダンスの絶対値とがうまく相関した実験結果は、日常の帯電という現象が帯電と放電とが同時に起きており放電では、交流的に電荷が移動し電気が流れている様子を示している。
すなわち、教科書に書かれている帯電現象についてその体系を直流的な視点から交流的な視点へ書き直さなければいけないことを示す実験結果である。
しかし、このような結果を学会で発表してもそのような騒ぎになっていない。もっとも当方は騒ぎを恐れ、ただの事実として発表しただけで、その示す意味まで明確に語っていない。
カナダで開催された写真学会では、トリで講演を行っているが、その時にも穏やかに実験結果のみについて冷静に講演した。
当方が科学者であればこのような発表の仕方はしない。すでに当方は技術者として生きる道を選んでいた。技術者の立場としては、自然界の現象に潜む機能だけを取り出せればよいだけで、科学の真理など科学者の仕事だととらえていた。
また、それでも社会は困ることは無い、と判断したので、今でも帯電現象の科学的理解など仕事としてやろうと思っていない。これはニュートン力学とアインシュタインの相対性原理をうまく使い分けている日常と同じだと思っている。
もし若手科学者で帯電現象に興味を持たれた方がいたならば、帯電現象における相対性原理の発見に努力するのも面白いかもしれない。超電導現象の理解にもつながるのかもしれない。
ゴム会社で常温超伝導体の研究を命じられた時には、それを面白いとは思えなかったので、常温超伝導体が作られた時に社会はどうなるのかという視点で開発を行い、特許を書いている。すなわちその機能を取り出すときの問題点に着目した研究開発である。
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印刷工場でフィルムが金属の壁に吸い付いたようになる現象は、工程帯電が原因だった。フィルムには帯電防止層があり、さらにフィルムが滑っていたのは金属表面である。だから帯電故障というところになかなか頭が回っていかない現象である。
金属は導電性が良いから帯電しないという間違った知識が現象の理解を難しくしているのである。フィルムに何か意思があるわけでなく金属にしがみつくのは、帯電現象以外にないのだが、目の前でその現象が起きるとびっくりする。
金属の帯電現象については、帯電の教科書を読むと帯電の説明のために出てくる。絶縁体は帯電しやすいが、帯電現象の説明のためには金属が便利なのだ。例えば高分子材料の帯電現象は、未だに科学で完璧に説明できない。
帯電現象は奥の深い現象であるが難しいためか、意外と研究者の少ない分野である。帯電現象の理解にインピーダンスを持ち込んだのは当方が最初である。それまで帯電現象はもっぱら直流抵抗的なコンセプトで現象の理解が行われていた。
確かに帯電は正負の電荷が生じ、それが片方だけに残るため直流で考えたくなるが、放電現象は交流的な電気の流れで進行しているようだ。研究途中でリストラされたので、それ以上の研究ができていない。
しかし、たばこの吸い殻の廃付着テストの結果とインピーダンスとの相関は、日米写真学会で発表し注目された興味深い成果である。その研究のきっかけは、印刷工場で見た滑り性不良による品質故障だった。
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混練技術に関する書籍を何冊か読んでみたが、良い本が無い。また、書を読んでいてこれほど違和感を持った経験も少ない。混練技術について書かれている内容が実務に役立たないのだ。
混練機構の説明に分配混合と分散混合という機構が出てくる。10年以上前に実用化した中間転写ベルトのコンパウンドは分配混合だけ完璧に進行するように混練システムを設計した、というとものすごい技術に見えるかもしれない。
それを可能にしたのはカオス混合だ、といえばこの分野の技術をご存知の方はびっくりするはずだ。ただし、ソフト凝集したカーボンの構造を均一にしてパーコレーション転移を制御しようとしたのは事実だが、分配混合を完璧に進行させる設計などしていないし、この材料の開発で、混練技術の教科書が役立たないことも実感した。
その後、上海のある大学の先生が混練について研究されているというので見学させていただいたが、怪しさ100%だった。混練の教科書に書かれていることを確認するような仕事の進め方をされている。基本に忠実と評価できるが、得られた結果の説明が怪しい。
PE中でCNTをナノ分散した、というサンプルを見せられたが透明ではない。その理由として添加量が多いからだという。ではナノ分散であることをどのように確認したのかというと、この混練機ではナノ分散が可能になる、という具合に話がかみ合わない。これは通訳の問題ではなく、通訳者も困っていた。
混練機のスクリューについてはたいへん詳しく説明してくださるが、混錬された樹脂の説明になると途端に怪しくなる。日本の理事長にあたるコーディネーターを務めてくれた先生までもやや怪しい顔になってきた。日本ではないのであまり厳しい質問をしないように努めたが質問の回答がかみ合っていないことはその場に居合わせた誰もが感じたようだ。
とにかく材料の話を避けるように回答をされていたので質問したいことがあっても途中でやめたが、どうも機械工学の専門だったようでコーディネーター役の方が別れ際に謝罪された。
この体験は混練の教科書の状況と同じで、教科書に違和感を感じたのは材料加工に対する視点が欠けているのだ。混練では「混ぜること」と「練ること」がプロセスで進行する。「混ぜる」視点のみで教科書が書かれている、といったらしかられるか?
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銀塩フィルムが写真材料として使われていた時代に、写真フィルムの滑り性は重要な品質項目だった。その滑り性付与には、滑剤による方法とマット材による方法とがあり、さらに帯電防止性能も滑り性に関係した。
アカデミアで表面界面の研究は今でも活発に議論されている分野だが、写真フィルムの滑り性付与に必要な機能といえば、滑剤とマット材、それに帯電防止性能だった。
滑りすぎてもフィルムが扱いにくくなるのでその程よいさじ加減でフィルムを設計する行為が滑り性設計技術である。すなわち学会でどのような活発な議論がなされようが無関係に、職人技に近い技術開発で滑り性は設計されてきた。
このとき滑剤のブリードアウトも品質問題を引き起こすので設計に際し、最初にテストする項目となっていた。開発初期に合格していても、商品テストで粉を吹いたようになることもあった。
ブリードアウトは開発者泣かせの品質問題だが、コツをつかめば恐れるに足らずの問題でもある。しかし現場で困っていてもアカデミアでは、このような問題を取り上げてくれない。せいぜい拡散係数程度の研究である。
写真フィルムの新製品ごとに毎度設計しなおさなければならない面倒な技術だが、おやじギャグで滑らないようにするのと、フィルムの滑り性を制御するのでは、後者の方がやさしい、という程度の技術である。
やさしい技術ではあるが、品質設計となると市場での問題が絡んでくるので担当者にとっては頭の痛い問題となる。転職したばかりのころ、ある担当者に連れられて印刷工場の現場に案内された。
そこで2枚に1回現像されたフィルムがうまく滑らず途中で金属の壁にくっついている光景を見せられた。おもわず吹き出して面白い現象だ、といったら担当者に叱られた。しかし調べてみたら本当に笑えるような面白い現象だった。
科学時代ゆえに科学的に解明された考え方で表面の設計をすると問題解決できないパラドックスというよりも「科学時代」ゆえのとんでもない現象だった。まさに科学とは自然現象をある一つの視点で眺めているに過ぎない哲学であることを気づかせてくれた問題だった。
技術者は恋愛真っ只中の若者のようなモノの見方で自然現象を眺めてはいけない。科学者にはそれが許されても技術者は常にストイックに自然現象を多方面から、それも科学者が思いもつかないような視点で眺める努力が必要である。真理がどうであれ、まず観察し機能を感じるモノの見方が求められる。
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高分子の改質のために無機フィラーを添加する。例えば、弾性率を上げたり、導電性を付与したり、難燃性を向上したり、と様々な目的がある。
ゴムには昔からカーボン粉末がフィラーとして添加されてきた。その目的は硬度向上であり、カーボン粉末を大量に入れると硬くなりゴムとしての性質も小さくなる。
硬くて柔らかい(衝撃吸収という意味の柔らかさ)という矛盾したゴムを設計するためには、硬度を上げる手段をカーボンではなく架橋密度に期待することもできるが、1970年代に樹脂補強ゴムという硬さを全く異なるコンセプトで向上する技術が開発された。
これは、無機フィラーだけでは性能改善が行き詰まった時にポリマーアロイでブレークスルーした事例である。
無機フィラーの組み合わせで二律背反の性能を改善した事例もある。例えば転がり抵抗とグリップ特性の改善という省燃費タイヤ技術では、カーボンとシリカの組み合わせでブレークスルーが可能となり、シリカの改良については現在でも特許出願が行われている。
高分子と無機フィラーの組み合わせについてもこのように要求される特性に対して、無機フィラーと高分子、あるいは2種以上の無機フィラーの組み合わせで検討される時代になった。
無機フィラーについては混練中にそのフィラーの組成が変わることはないので、その表面状態が高分子への添加でよく考えなければいけない問題で、溶媒に溶質が溶解するかどうかを指標で表すSPを粉体に拡張する試みが1980年前後から試みられている。
また表面を化学修飾する技術も同時に開発が進み、多くの種類のカップリング剤が販売されている。カップリング剤の知識は無機フィラーを高分子に分散するときに要求される知識の一つである。
カップリング剤技術の面白くない点は、コストが高くなるところである。カップリング剤の価格とプロセシング価格の上昇を考えなければいけない。
ゆえにカップリング剤を使用しない技術というものも発展しているが、これはノウハウとして使われることが多く、表に出てこない。当方は科学的にはよくわからない場合が多いという理由で、このような技術に魅力を感じる。
また、AIでも考えつかない技術が存在する。特許には科学的に説明が難しいためか、驚くべきことに、と説明されていたりする。それほどびっくりするような技術でなくても特許を書いている人が驚いて見せなければ発明にならないような技術だ。
ところで高分子と高分子のブレンドではχを用いるが、SPで評価することも行われる。無機フィラーもSPで議論できるので、高分子のブレンドでは、SPのほうがχよりも便利かもしれない。
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高分子材料の開発過程で観察される現象について金属やセラミックスと比較すると、科学的に説明できる範囲が限られているような気がしている。
金属やセラミックスでも経験知や暗黙知に頼らなくてはいけない部分も多いが、昨年末から今年にかけて問題となったようなデータの捏造が科学の進歩で安心してできるレベルになってきた(皮肉ではない。恐らく担当者の気持ちもこのような感覚を持っていたのだろう)。
ところが今でも高分子材料では、同様の捏造には高いリスクが伴う。まだ科学でうまく説明できない現象が多いからだ。高分子材料科学は、この40年間にアカデミアの努力もあり大きく進歩した。しかしセラミックス材料をかつて研究した経験から高分子材料を眺めたときに、果てのない世界に見えてくる時が今でもある。
高分子材料を真剣に研究した経験がないので、勝手な印象しか表現できないが、セラミックス材料よりも研究者の数が多いにもかかわらず、高分子材料科学の進歩が遅いのは、研究者の問題というよりも非晶質の理解が難しいことによると「感じている」。
高分子材料の非晶質部分は、すべてガラスであるが、密度の高いところと低いところがある。密度の低いところでは室温で高分子の枝が分子運動をしている。すなわち、動いている。この部分は部分自由体積と呼ばれているが、この量がばらつくと高分子の密度もばらつくことになる。
密度がばらつけば、密度の関数である弾性率や屈折率、誘電率がばらつく。弾性率がばらつけば引張強度もばらつく、といった具合に成形体で要求される高分子物性ばらつきの原因はこの部分自由体積と呼ばれるところにある。
また、高分子材料は、目標とする性能を新たなブレンドで実現しようとしたときに、やってみなければわからない点が多い。そのとき、混練のプロセシングでさえ科学で満足な説明ができない状態で、どのように材料開発を進めたらよいかは経験を頼りに工夫も必要になってくる時がある。
例えばPPSと6ナイロンを混練で相溶できる、などと教科書には書かれていない。書かれていないだけでなく、そのような現象を否定する説明が書かれている。相溶しないとされるブレンドなので、やがてはスピノーダル分解をして相分離するが、一度相溶してから相分離した材料と一度も相溶しなかった材料では同一組成でも脆さの指標である靭性が異なっている。
ゆえに混練プロセスを工夫し、相溶した材料や一度相溶させてから冷却速度を遅くし相分離させた材料、急冷しても相分離している材料をプロセシングで創り出すことが可能である。この3種の材料は、力学物性だけでなく電気特性も異なる全く別の材料となっているが、化学的組成分析では同じものである。
このような現象を一度でも体験すると高分子の材料設計では、目標とするブレンド組成について、一度組成を大きく変動させたサンプルを作ってみて自分が必要としている組成の位置づけを見てから開発を進めるといった、泥臭い方法が重要になってくる。
当たり前の結果しか出ないかもしれないが、当たり前であることも確認してから進めないと足元をすくわれる可能性があるのが高分子材料の世界である。もしこの実験で当たり前で無い結果が出たならフィーバーするかびっくりして腰を抜かすかすればよい。落胆してはいけない。
その後は、ゆっくりと落ち着いて知識の整理を行い、それから研究開発を進める姿勢が大切で、当たり前で無い結果を理解できない結果として捨て去ってはいけない。20年近く前に日本写真学会から賞を頂いた高靭性ゼラチンは捨てられていた実験結果を拾い上げた成果である。
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中間転写ベルトの押出成形工程で発生する騒音が、清掃作業で金属音から鈍い音に変化する現象を誰もが情報として知っていた。その現象に疑問を持ち解決策の機能をみつけることができなかったのは、目の前の現象が発している情報を知識と結び付け、新たな知識に変える作業をしていなかったためである。
カンが働く人と働かない人との差はこのようなものである。目の前の現象の変化に疑問を持ち、現象の情報を知識に変えるためには、現象の変化を自らの言葉で説明する作業が有効である。その時不明点が出てきたならば、書籍に載っている形式知でその不明点を解決してゆく。
すると、形式知で説明できないところが見つかるかもしれない。形式知には限界があるからそこは経験知で理解できないか考える。経験知には暗黙知もぶら下がっているから、運が良ければ暗黙知を現象と結びつけて具体化できるかもしれない。
この一連の作業で、ある不思議な現象を前にしたときにそこから得られる情報と身についている知が現象と結び付けられてゆく。すなわち、形式知と経験知、そして暗黙知が整理された状態で目の前の現象といつでもうまく対峙できる状態に自ら努力しなければいけない。
自然現象から得られる情報を知識に効率よく変えるために、まず身に着けている知識をいつも整理された状態にしておかなければいけない。そのとき、形式知や経験知は容易に具体化でき整理できるが、暗黙知は厄介である。
当方が実践している方法は、暗黙知を経験知にぶら下げておく努力である。経験知の枝に何かわけのわからない袋がぶら下がっているようなイメージを忘れない努力である。
経験知の中には、何か腑に落ちないが、何となくこうなる、だから覚えておこう、と感じるような知識がある。この腑に落ちない、しっくりこない感覚を忘れないことである。
身に着けていた経験知でたまたまうまくゆき、それで満足している人を時々見かけるが、しっくりこない経験知で運よくうまくいっても満足してはいけない。なぜうまくいったのかそこで考えると暗黙知が新たな経験知に変化する。
この暗黙知が新たな経験知に変わる瞬間は、まさに一を聞いて十を知る、という感覚である。言葉では言い表せないすっきり感がある。PPS/6ナイロンの相溶に成功した時、経験知から狙い通りの結果ではあったが、やはり満足のゆかないところがあったので、さらにいろいろと実験を行ってみた。
すると満足のゆかないところが具体化され、新たな技術アイデアが生み出された。3年前中国のローカル企業を指導していた時にそれを実行する機会があり無事成功し、頭の中がすっきりした。
何を発明してすっきりしたかは問い合わせてほしい。高分子のプロセシングと材料設計にかかわる発明で、これはコンサルティングのお客である某社から特許が出願された。
ちなみに、カオス混合装置はゴム会社の新入社員実習で指導社員から彼のすっきりしない経験知を伝承していただき、頭の隅で悶々となっていた暗黙知の寄与が大きい。30年弱の時間をかけた発明である。
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カオス混合装置の発明について、セミナーで説明するときにウトラッキーの発明した伸長流動装置をヒントにした、と話している。これは半分正しいが、実際には昨日書いた現場で起きた音色の変化の寄与が大きいと思っている。
経験知として、新入社員時代に指導社員から教えられたカオス混合という技術を体得していたからである。40年近く前の体験について以前この欄で書いているが、1年間のテーマだった樹脂補強ゴムの開発を3ケ月でやり遂げた話だ。
その3ケ月は、ほとんど徹夜で過重労働の極みだったが、学生時代の知識の蓄積も無い全く未経験の領域の仕事であり、楽しさはあっても苦しくなかった。毎日午前中行われたレオロジーに関する座学が睡眠学習となり、鋭気が養われていたからだ。その座学で剪断流動やカオス混合について説明を受けた。大切なところは、しっかりと拝聴し、ケムンパスのような半目で質問もしている。
このカオス混合の説明では、カオスという言葉に惹かれ、1時間ほど議論していた記憶がある。ロール混練では剪断流動が発生していると説明されているが、単純な二本のロール回転で複雑な高分子の流動がそこで発生している、というのが指導社員の説明である。
明確な説明をされないので、ホワイトボードで当方が絵を書きこのようなことかといろいろ質問していたような記憶も残っている。最初は指導社員自身も訳が分からないからカオス混合とゴマかしているのかと思ったら、伸長流動と剪断流動がごちゃ混ぜになったような流動と理解が進み、とにかく急激な伸長が生み出す組織の微細化の機能がカオス混合である、と経験知のすべてを教えてくれた。
指導社員は、京都大学で修士まで高分子のレオロジーの研究をやってこられた方である。しかし形式知で凝り固まった理論派ではなく、電卓で微分方程式を解き、具体的なグラフとしてダッシュポットとバネのモデルを説明する実践派であった。それだけでなく、ご自分のやられた手法がやがて時代遅れとなり、新しい高分子のシミュレート手法が生まれるという予測もされていた。このような雑談も含め指導社員の経験知や暗黙知を身に着けることができた。
さらに指導社員は、当時混練の世界で二軸混練機が普及し始めた背景を説明してくださった。その後、こうした混練の自動化システムでカオス混合を実現できるのは君しかいない、とからかわれたりした。そのようなときには、当方は元気よく実現したいと思います、と答えている。指導社員の熱意に対してこの回答しかなかった。
この日の午後は早速ロール混練でカオス混合を確認する実験を行っている。そこでロール間の距離やロールの回転速度がロール混練で混練を制御する重要な因子であることを学んだ。ここで得た経験知や暗黙知があったので、押出速度が速くなり、結晶ができなくなる現象において、金型に機能が隠されていると発想できたのである。
これは余談だが、転職してびっくりしたのは研究所の管理職会議で役員が、会社でホワイトボードに向かってちーちぱっぱをやるようなことは無駄だからやめよ、と発言されたことである。要するに勉強は自分でやるものだ、というのがその意図である。それでは、経験知の伝承を会社でやれなければどこでやるのか、とつっこみたくなったが、役員のご指導なので20年間やらないように努めた。
伝えきれていない経験知をセミナーでは何とか伝えようと努力しているが、企業におけるOJTの在り方として、新入社員時代の3ケ月にご指導を受けたスタイルが理想だと思っている。現場で得られた経験知と形式知を整理し伝承する使命が先輩技術者にはあると思う。勉強は自分でやるものだ、という考え方は正しいが、経験知はOJTでしか伝えることができない。
指導社員は先端のレオロジーの形式知に裏打ちされた豊富な経験知を持っておられた。しかし、電卓でレオロジーモデルを解析できる一流の形式知を持ちながらも現場主義の考え方のため研究所で評価されていなかった。樹脂補強ゴムは大手自動車メーカーの防振ゴムとして採用されているので大きな成果だと思われるが、このような成果をそのほかにもいくつか出していながらも課長格で退職している。
そのようなキャリアのため、ゴムに関し全く無知の小生に同情され毎日座学をしてくれたのだと思う。マンツーマンの座学で居眠りをしていても決して叱らなかった。しかし、時々現場で質問をして答えられないと、「これ先ほど話したばかりだが」といじられた。このようなことがあっても何故か腐る気持ちは起きなかった。それはいつも指導社員が経験知の伝承に真剣だったからである。
知識には、現場でなければ伝えられないカテゴリーも存在する。自然現象のすべてを未だ科学で説明できていないためだが、このようなカテゴリーの知識ではOJT以外に伝える方法が無い。OJTがうまくいっていない会社経営者はご相談ください。
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形式知で考えれば、PPSと6ナイロンが相溶する現象はフローリーハギンズ理論から否定される。
しかし、フローリー・ハギンズ理論では説明できないフェノール樹脂とポリエチルシリケートとの相溶や、ポリオレフィンとポリスチレンの相溶など自ら実験を行ってきたので、いくつか経験知が身についていた。
経験知から想像すると、条件さえ整えばPPSと6ナイロンが相溶してもよいことになる。これがもし起きたならどうなるか。相溶は結晶相で起きないことが形式知から理解できていた。
相溶は非晶質相だけで起きる。PPSは結晶化しやすい樹脂であり、おまけに押出工程における伸長流動がそれを促進する。ゆえに結晶化しやすいPPS材料の押出では、結晶化して弾性率が上がったベルトが振動するため工場内に金属音が響くことになる。
工程を見学していた時には、身に着けた知識で説明できる現象だけ起きていたのだが、製品試作作業終了後の押出速度を早くしてPPS樹脂を押出機から排出する洗浄作業により、形式知では説明できない現象が引き起こされた。
すなわち、押し出されたベルトから発せられる金属音が鈍い音に変化したのがそれで、その時目の前で押し出されているベルトから発せられた音の変化から結晶化が起きていないことが想像され、一方で押出速度を速めて伸長流動が大きくなって、結晶化が起きやすい状況でその矛盾した現象が起きていた。
これは形式知により説明できない。しかし、経験知とそれにぶら下がっていた暗黙知から、カオス混合(伸長流動と剪断流動の組み合わせ)によりPPSと6ナイロンが相溶し、結晶化しなくなった、と合理的に説明できる。
科学的に考えると矛盾するありえない現象であっても、経験知と暗黙知からは十分に説明できる現象であれば、それを信じることができるのは技術者である。余談になるが、STAP細胞の失敗は、形式知では説明できない現象を科学の世界で考えようとしたところにある。技術の世界で機能に着目していたならあのような不幸な事件にならなかった。
科学者は現象から真理を導き出そうとするので、形式知で矛盾する現象を受け入れることが難しくなる。しかし技術者は目の前で起きている現象から機能を取り出すのが仕事なので、その現象が形式知で説明できるかどうかは重要ではなく、うまく機能を取り出せるかどうかに関心が向く。
例えばこうだ。押出速度が早くなって不思議な現象が起きたのだから、金型にカオス混合を発生させる仕掛けがある、という暗黙知からのヒントがもらえて、すぐに案内をしてくれた課長にベルトの熱分析を依頼するとともに金型の構造をチェックするという「現象に潜む機能を探す」動作に結びついてゆく。
ややパワハラ気味ではあったが、力で仕事を加速させ、命じた30分後にはDSCのデータが出てきて、当方の金型の理解もでき、暗黙知が具体化されて新たな経験知がその日のうちに生まれるとともにカオス混合装置の青写真も頭の中に完成した。
翌日は、東京に帰ることをやめ、清掃作業の時の押出速度でベルトを押し出してもらい、それを粉砕し、再度ベルトの押出成形をしてもらった。
驚くべきことに周方向で測定した電気抵抗の分布が安定し、品質規格に合格したベルトの歩留まりがほぼ100%となった。単身赴任前に成功が約束された瞬間である。
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