以前この欄で高分子を大量の組紐に例え説明したことがある。すなわち、組紐をぐちゃぐちゃにして床に落としてみるとその時3つの構造が観察される、と説明した話だ。
紐が規則正しく並んでいる部分(結晶)とそうでない部分(非晶)がおおざっぱにできる。さらに非晶部分をよく見ると密な部分と疎な部分が存在する。
ここで非晶部分の密度が疎な部分は、高分子材料が固体状態であっても分子運動しているところで高分子の自由体積あるいは部分自由体積と教科書に書かれている状態である。そして非晶部分で密な部分は分子運動性を失ったガラス状態である。
この組紐の束を眺めているといろいろなことが思い浮かぶ。まず、まったく結晶化しない非晶性高分子を合成する、というのは大変なことだろうということだ。逆に結晶化する結晶性高分子は容易に合成が可能と思えてくる。
すなわち、全く結晶化しない高分子にするためには、立体的に完全で無秩序な構造の高分子を合成しなければいけない、というイメージが頭に描かれる。逆に、ある一部分が立体的に秩序正しく、化学構造も同一な場合には結晶化しやすい高分子になると想像できる。
この組紐実験でイメージされる高分子結晶と実際の高分子結晶の違いは、組紐実験では球晶が得られない点である。これは勝手な妄想だが、組紐に磁石のような凝集力を持たせたら球晶が得られるかもしれない、と思っている。
これはなぜ高分子が球晶を作るのかという概略の答えのイメージを提供してくれる。原子のオーダーではかなりの力の場ができているので凝集力がはたらき、それが規則正しければ結晶となり不規則ならばガラスとなると考えても間違いではないし、このような整理は目の前の現象を眺めるときに便利である。
余談だが、χが大きいPPSと6ナイロンを相溶させるプロセスを考案できたのは、このような整理が頭の中でされており、それを確認する実験すなわち特殊なポリオレフィンとポリスチレンを相溶化させる実験を事前におこなっていたからである。
カテゴリー : 高分子
pagetop
高分子のガラス転移点について、高分子が紐状であることと結びつけて頭にイメージする作業は高分子材料の熱的変化を考えるときに重要である。ここからは、実践知も混ぜて述べるので、やや科学的ではない表現も出てくる。
科学的ではないが高分子材料を活用する時に考えを整理しやすいという理由で、かなり偏見に満ちた内容も書く。心配な方は教科書を片手に読んでいただきたい。
まず、高分子材料の熱的変化を調べるときにDSCという分析装置がよく使われる。会社によっては、熱的変化を分析する装置としてDSCしか持っていない、というところもあるようだが、これは危険である。
大学の先生に相談するとDSCがまずあれば大丈夫だ、とおっしゃる先生もおられるが当方はTMAや温度分散の測定できる粘弾性装置も揃えておくべきと思っている。また化学変化の簡便なモニターのできるTGAも欲しい。
高分子は有機物である、ということを忘れてはいけない。融点が300℃前後の高分子の熱的変化を測定していて、酸化や熱分解の心配をしないのは片手落ちの仕事の進め方である。酸化を防ぐために窒素雰囲気で測定する、という人もいるかもしれない。
しかし、熱分解や熱による揮発は雰囲気を変えても発生する可能性がある。ゆえに実務で高分子材料を扱う場合には、DSC以外にTGAも揃えておくこと。できればTMAか粘弾性装置も高分子材料の熱的変化をモニターするために欲しい。今これらの装置も安くなってきた。
カテゴリー : 高分子
pagetop
そもそもガラスの定義は、非晶質でガラス転移点を持つ物質、と無機の教科書には書かれているが、高分子の教科書でこの定義に触れていない場合がある。高分子ならばガラス転移点を持つ、ということが常識化しているためだろうか。
この常識が、そもそもなぜ高分子はガラス転移点を持たなければならないか、とか無機ガラスは高分子ではないだろうか、という疑問を埋没させてしまう。
1970年代末に無機高分子研究会が高分子学会に設立されたが、この無機高分子研究会の設立は10年遅すぎたと思っている。1960年代に無機ガラスの研究がかなり進み、ガラス工学という分野が生まれていたからである。
無機高分子研究会の設立が遅れた原因とこのガラス転移点の理解は無関係ではなく、高分子研究者のガラス状態に対する当時の理解が遅れていたため、と思っている。だから当時ガラスの定義をご存じない高分子の研究者が堂々と授業をできた。いまならば大問題である。
ちなみにガラス転移点を持たない無機物質をどのように物理的に加工してもその物質をガラス化することはできない。そもそも、金属のガラスが誕生したのは20世紀末なのだ。ガラス転移点を持たない無機物質をガラス化することは大変なことだったのである。
ところで1970年前後登場したアモルファス金属はアモルファスであり、ガラスではない。高分子が容易にガラスになることができたのは、やはりその一次構造が長い紐状だったからで、高分子がガラス転移点をもつ、ということを正しく理解することは高分子研究者にとって基本の「キ」であり、技術者には心眼の視点を正しくするために重要な作業である。
カテゴリー : 高分子
pagetop
物質の熱的変化については、材料を実用化する上で重要な情報なので古くから研究されてきた。今でも研究テーマとして存在し、アカデミアで研究される永遠のテーマのように思われる。
金属材料についてはほとんど解明されているが、高分子についてはまだ科学的に解明されていない部分が存在し、高分子学会の年会でも必ずこのテーマの発表がある。
ところが、高分子の熱的変化を考えるときに、まずその状態変化を正しく認識することが必要だが、科学的に解明されていない部分も存在するので大学の先生に説明を伺うと歯切れの悪い答えが返ってくる。
学生時代にびっくりしたのは、ガラス転移点(Tg)の説明を授業で聞いたときに、高分子だけではなく物質すべてに存在する、と教えられた。この先生はおそらくガラスの定義をご存じなかったのだろう。
物質の固体状態には、結晶と非晶の二つの状態が存在し、非晶状態にガラス状態とそうでない状態が存在する。ガラス状態で観察されるのがガラス転移点であり、ガラス状態ではない非晶状態では、ガラス転移点が存在しない。
だから、無機物質でガラス状態をとらない、あるいはとることが出来ない材料(注)にはガラス転移点が観察されない。高分子の先生だから無機材料のことをご存じなくても良い、という話にはならないだろう。
技術者なら知らなくてもアイデアが出にくくなる程度で済まされるが、高分子科学の研究者ならば、なぜ高分子にはすべてガラス転移点が存在するのか、という疑問を持つ必要がある。
(注)例えば非晶質酸化第二スズにはTgが存在しない。ちなみに高純度二酸化スズ単結晶は絶縁体であるが非晶質酸化第二スズは半導体から導体までの様々な電気特性を有する。また、ATOやITOと異なる導電準位も見出された。DSCとTGA、ガスクロによる解析から微量の水分が効いている。またインピーダンスや活性化エネルギーの考察から、電子とプロトンの両者がキャリアであることも実験で見出したが、データの信頼性に問題があったので発表していない。非晶質の研究は難しい。しかし、帯電防止剤として実用化している。ロバストを確保できれば科学で信頼性が乏しくても実用化できるのである。科学と技術の相違点である。
カテゴリー : 高分子
pagetop
高分子材料の物理的挙動については、大まかに昔ながらのレオロジーで解釈でき、バネとダッシュポットのモデルによる理解は便利である。岡小天著「レオロジー入門」や村上謙吉著「レオロジー基礎論」は材料技術者にとって今でも役立つ、と思っている。
クリープや一部の現象について注意する必要があるが、昔のバネとダッシュポットのモデルによる理解が無駄だとは思わない。実践知としてその適用の仕方を身につけておけば、現場で材料の問題を解決するときに直感で対策しやすい場面もある。
今高分子材料の力学物性について分子一本から積み上げて、どのような高次構造が作られ物性が発現しているのか研究が行われている。高分子シミュレーター「OCTA」はその思想を目指したソフトウェアーだ。まだ実験例は少ないが、引張試験で得られるSS曲線をシミュレーションすることが可能で、その時の分子挙動も動画として得られる。
おそらく将来「OCTA」で材料設計できる時代が来るかもしれないが、現在はまだ試行錯誤の状態である。試行錯誤の状態ではあるが、この「OCTA」の重要な点は、時として暗黙知を刺激するところである。モヤのかかったような高分子のレオロジー挙動について「OCTA」がヒントを与えてくれる点に高分子技術者は注目すべきだろう。
高分子材料のプロセシングにおいて困るのは可視化が難しいところである。かつて射出成形の金型の一部を可視化した設備や二軸混練機の一部を可視化した設備を見たが、残念なのはいつもその設備で可視化された現象が起きている、という保証が無いところである。
しかし、コンピューターでは自由に高分子融体の画像を書くことが出来る。時として役立たない漫画となる場合もあるが、プロセシングでトラブルが起きアイデアが何も無いときにはヒントになるので「OCTA」はそれなりに役立つソフトウェアーである。
学生時代に「シシカバブ」という構造を見せられたときに、おもわずその構造の名前の由来を授業中に質問したが、先生はご存じなかった。ラテン語を調べても出ていなかったが、これが料理の名前とわかってずっこけた。テストのためには丸暗記で記憶しそれで済ませることが出来るが、もう少しポリマーに関係したわかりやすい名前をつけておいて欲しかった。
カテゴリー : 一般 高分子
pagetop
金属やセラミックスにおける結晶成長や相分離は核を中心に進行する。単一材料のアモルファスから結晶成長する場合には、問題とならないが、二成分以上の多成分系になってくると核の存在を仮定しにくい相分離を考えなくてはいけない現象が出てきた。
すなわち各成分の局部的な濃度の不均一がもとで相分離が進行してゆくのがスピノーダル分解と呼ばれるものである。このようにとらえると、スピノーダル分解の様子を頭の中に描きやすくなる。
金属材料では、原子の拡散が問題になるが、高分子では炭素原子がつながり一本の紐のような状態になっているので、このスピノーダル分解の様子を頭に描くのは少し楽しい。試しに二種類の相溶した高分子がスピノーダル分解する様子を頭に浮かべてみてほしい。
イメージがわきにくい人は黄色と黒の組みひもが混ざった様子を思い浮かべ、それが黒色と黄色の二つの相にわかれてゆく映像を描けばよい。それがスピノーダル分解である。
このような映像を思い浮かべるとスピノーダル分解では速度が問題になることが思いつく。そして金属やセラミックスよりも高分子は速度が遅いかもしれない、という想像ができる。実際に高分子のスピノーダル分解速度は目視できるぐらいに遅いものも存在する(もちろんその速度は温度に大きく影響を受ける)。
PPSと6ナイロンをカオス混合で相溶させることに成功した。6ナイロン以外に様々なナイロンを試してみたら、予想されたことだが、χに相関してスピノーダル分解速度が変化していた。面白いのは、この2元系にカーボンを分散すると、スピノーダル分解速度に相関してカーボンの凝集粒子の大きさが変化するのだ。
高温度で一度相溶状態になっているものを急冷してベルトを製造するのだが、その冷却までの時間が一定でも、わずかに生じるスピノーダル分解に速度差があるのでそれが凝集粒子の大きさに影響していた。本日はエープリルフールだがこの現象は真実である。
ついでにもっと凄いことを書くと、PPSと6ナイロンをカオス混合で相容させて急冷した透明なストランドを室温で放置しておいたら6年ほどで不透明になったのだ。Tg未満の室温でゆっくりとスピノーダル分解が進行した証拠である。
この速度はPVAの結晶化速度のおよそ1/6以下である。障子の張り替えをやられている方はご存じと思うが、障子を買うとおまけで付いてくるのりはPVAが多い。PVAののりで貼り付けて1年後はがすときに、希に球晶を観察することが出来る。この球晶は、一年間のいつ出来たのか不明だが。
カテゴリー : 高分子
pagetop
サラリーマン時代にセラミックスから有機高分子まで様々な材料を扱った恩恵を感じた言葉の一つにスピノーダル分解がある。スピノーダル分解は相分離の一形態であり、金属材料分野から高分子材料へ持ち込まれた概念である。
材料技術の進歩において、金属材料は最初に科学として完成の域に到達した分野である。高分子材料よりもその進歩は早く、特に材料の熱力学的変化については、金属材料のいくつかの成果を高分子材料は真似ている。
スピノーダル分解はその一つで、言葉の意味を金属材料の教科書から引用すると、次のようになる。「二種類以上の元素が溶け合った単一の固溶体が時間とともに分離して二つ以上の相に分かれる現象を相分離という。相分離のうち、核の発生を必要とせず、小さな濃度ゆらぎでも原子の拡散によって濃度差が拡大していく相分離をスピノーダル分解という。濃度ゆらぎの波は、特定の波長のとき成長速度が大きくなるため、スピノーダル分解によって生成した組織は周期的な変調構造を呈することが多い。」と書かれている。
相分離に限らず、結晶成長などの相変化においては特有の考え方があり、まずそれを理解しないと、金属材料の教科書に書かれたこの意味も具体的に理解できないかもしれない。しかし、高分子の教科書は不親切で、スピノーダル分解を簡単に濃度揺らぎで進行する相分離と説明しているだけである。テストならば丸暗記で覚えればそれですむが、実務では頭の中に具体的にイメージできなければ、せっかくの科学、形式知を生かせない。
まず相分離のイメージを具体化する必要があるが、それを困難にしているのが「核」の存在である。1970年前後によく研究されたテーマで「ガラスからの結晶成長」というのがある。電子顕微鏡の進歩に助けられて、結晶成長の様子を可視化でき、論文を簡単に書くことができた。この時代におけるこの分野の学位論文を見てほしい。多くは写真集と見間違うような学位論文が多い。
ガラスはアモルファスかつTgを有する材料(ガラスの定義)で、アモルファス材料の中でも特殊な材料である(例えば非晶質酸化スズはTgを持たないのでガラスではない)。Tgという熱力学的パラメーターがあり、結晶ができればTcを計測することが可能なので、ガラスからの結晶成長は、ワンパターンで誰でも科学論文を書くことができた。その結果なぜこのような材料を研究しているのだろう、というその研究目的が不明な内容でも「ガラスからの結晶成長」とタイトルをつけて立派な科学論文になった。
このとき、問題となったのが「核」である。アモルファスから結晶が生成するときに、必ず最初に核が生成し、その核を中心に結晶が成長する。しかし、「核」は見ることができない仮想の状態である。結晶ができて初めてそこに核があった、と仮定される仮想の物質が核である。
ゆえに学会での議論は本当にそれが核なのか、という質問で始まることが多かった。すなわち、核は可視化できないのではなく、相分離した結果の状態から推定している仮想の物質で、科学者の誰も見たことがない暗黙知に近い概念である。科学的ではない核を前提に科学の議論を展開するという摩訶不思議な議論となる。これが仮説であり、いつか誰かがそれを明確に証明できる前提ならば納得も行くが、気の利いた教科書だけ明確に「誰もどのような方法を用いてもみることが出来ない」と説明している。
学生時代に、門外漢の当方も議論に参加することができたのがこの核の議論である。認識の問題なので誰も間違いとは即座にいえない。それを言うためには否定証明が必要になるが、学会の議論ではそこまで至らないので何を言っても間違いにならない。何を言っても間違いにはならない議論を展開している様子は、暇な時間があるときには見ていて面白い。「裸の王様」の物語のようでもある。
カテゴリー : 高分子
pagetop
(3月25日からの続き)16番目に合成されたPSを光学用ポリオレフィン樹脂と混練したところ、透明な樹脂が得られた。この実験結果は、転職してからの不幸な出来事をすべて吹き飛ばした。驚くべきことにすべての混合比率で透明になっている。
20wt%PSを相溶させた光学用ポリオレフィン樹脂で射出成形体を製造したところ透明な成形体が得られた。この成形体の面白いところは、PSのTgまで加熱すると白濁してくることである。そしてさらに加熱し、光学用ポリオレフィン樹脂のTg以上に加熱するとまた透明になる。
さらに面白いことに、この白濁する様子を細かく観察すると、射出成型時の樹脂流動の痕跡が観察されるのだ。おそらくかさ高い構造を持っている光学用ポリオレフィン樹脂とPSとが錠と鍵のような形態で相溶しているのだろう。
科学ではさらに検証を進めなければいけないが、技術の立場では、これだけの実験結果が得られれば機能の面白いアイデアをいくつか創りだすことが可能である。例えば、混練プロセスで二種類の高分子のコンフォメーションをそろえることができれば相溶現象を起こすことも可能である。そしてもし本当に相溶したならば、それを急冷すれば、χが正でも室温で安定なポリマーアロイを製造することが可能となる。
このアイデアを実行し成功したのが、PPSと6ナイロンを相溶した中間転写ベルトである。残念ながらこの成果は、退職前に推薦された高分子学会賞技術賞を受賞できなかったが、高分子の相溶という項目においてフローリー・ハギンズ理論でうまく説明できない事例だと思っている。
このようなトリッキーな事例をここで説明しているのは、高分子の相溶について教科書に書かれていることに振り回されるな、ということを伝えたいからである。高分子物理の分野は、現在進行形で研究が進められている。現在の教科書が20年後には書き直される可能性すらある。
当方が学生時代に読んだ教科書は、転職して高分子技術のリーダーになった時に使い物にならなくなっていた。N先生に勧められた難解な教科書は、自己実現意欲に火をつけた。その結果、転職した会社で新たな技術を開発し押出成形で高級機用の中間転写ベルトを製造でき、社業へ十分に貢献することができた。
カテゴリー : 高分子
pagetop
高分子の相溶について実務で注意すべき点は、形式知と実践知が混然一体となってあたかも完成した形式知であるかのように教科書に書かれている点である。わかりやすく言えば、教科書に書かれている内容と異なる現象が実務の現場で起きることがある、あるいは起こせるということである。
このような考え方をWEBという公共の場で書くと当方の知識を疑われる危険があるが、リスクを承知で書いている。当方はアカデミアで働く身ではなく、技術を追求する立場なので、高分子技術の進歩に大切という理由で技術者の視点で勇気をふり絞り書いている。
先日紹介した、ポリオレフィンであるアペル樹脂にポリスチレンが相溶し透明になる現象は教科書に書かれた内容で説明できない。OCTAでχを計算しても正となり非相容系ポリマーブレンドであることがわかる。しかし、重合条件を選んで合成された特殊なポリスチレンはこのポリオレフィンに相容して透明になるのだ。
実用性の無いこのような実験を何故行ったか?カオス混合も含めた混練技術の可能性についてアイデアを練っていて、新しいプロセシングで面白い技術が出来ないか考えていた(注)。たまたまサラリーマンの一時期に、それまで倉庫として使用されていた一室で仕事をするように言われたが、さらに具体的な業務ないからと研究所長に告げられた。
それまで30名前後の部下を抱え成果も出して会社に貢献してきたのに何も説明無く、突然いかにも会社を辞めて欲しい、という扱いを受けたなら、辞める前に少し楽しみながら貢献させていただいても良いだろうと思い実験をした。窓際になっても腐らずに貢献を考える習慣はドラッカーの教えである。
詳細について問題になるといけないので書けないが、光学材料が不思議な緩和現象を起こしていたので、この緩和速度を何かポリマーを相溶させて遅くし改善(やや荒っぽい説明だがまだ20年たっていないので詳しく書けない)してやろう、と考えたのがきっかけである。だが、ポリオレフィンとPSを混練しても相分離し不透明な樹脂しか出来ない。科学の常識では当たり前だが、自分の身の上に当たり前で無いことが起きたのだから、少しひねくれた発想でもと思い、外部の企業に当方の正直な気持ちをお話しし、協力していただいた。
具体的な実験の目的は機密事項になるので話せないが、窓際に至る身の上話なら公開情報を基に正直に話せる。仕事の依頼理由を誠実に話をすることは大切である。特に教科書に反する企画に協力してもらう訳なので、そのリスクとそこから得られる成果はそれぞれの企業で考え方が異なる。お互いにリスクを納得したうえで実験を進める必要があるので、誠実なコミュニケーションは重要である。
早い話が、リスクの高い仕事であるが、得られる成果は大きいばくちの様な仕事を一緒にやってみませんか、という提案をした。当方は時間が十分にあるから一生懸命混錬しシートサンプルを作るので、外部の企業は様々なPSをひたすら合成してください、と頼んだ。
実験を進めるにあたりPSの合成条件を一応提示したが、合成の順序はすべて外部の会社に任せた。様々な条件でPSを合成していただき、当方はひたすら送られて来るPSとアペル樹脂を混練した。そしてきれいな白い樹脂しか得られなかった毎日は、やはり運が悪いのか、と落ち込んだりしていた。
13番目のPSでやはり白い樹脂しか得られなかった時に、PS合成の担当者からどこまでやりますか、と問い合わせがあった。まだ13個目なのであきらめるわけにゆかない、高純度SiCの前駆体では、300種類の配合を検討した、と回答したら、静かにわかりました、という声が返ってきた。そして、さらに5種類のPSを送ってきた。その中の一つ、最初から数えて16番目のPSで透明になる試料が得られた。(続く)
(注)ゴム会社で3ケ月ほどロール混錬を経験した。新入社員テーマだった樹脂補強ゴムを開発するためであるが、その時の指導社員からカオス混合を実用化できるアイデアを考えてみよ、と宿題を出されていた。
カテゴリー : 高分子
pagetop
高分子の相溶を議論するときにSP値が使用される場合がある。実務では圧倒的にSP値が多いと思う。仮にOCTAでχを計算するときには、公知のSP値が使用されるので、SP値でも構わないが、χとは意味が異なることを知っておく必要がある。
SP値やχについて未来技術研究所(www.miragiken.com)で後日わかりやすく解説する予定でいるが、SP値は溶液論から導かれてきた考え方である。そして公開されているSP値は正則溶液という制限で成り立つ値である。
わかりやすく言えば、SP値で高分子の相溶を予測した場合には、経験上50%程度は予想通りの実験結果が得られたが、50%は外れたのである。すなわちSP値は考えるときの手掛かりとなるが、それですべてを語ることができないパラメーターである。
されど、実務では頼りになるパラメーターで、わかっちゃいるけどSP値である。ブリードアウトを対策するときにもSP値を用いたりする。できればOCTAを起動しχを計算して用いたほうが当たる確率は高くなる。しかし、実験で確認したほうが早いし確実だ、という現実がある。
それではポリマーアロイを設計するときに具体的にどうしたらよいのか、と尋ねられたなら、現実がわかっていても、OCTAでのシミュレーションを勧めている。
OCTAは20世紀最後の大発明(少しオーバーか?)で名古屋で生まれている。名古屋市の丸八マークが名前の由来で、元東大教授土井先生が名づけられた軽いシミュレーターである。OCTAの良いところは名前が軽いだけでなく、当時のコンピューターでも稼働できたように、現在のコンピューターならばサクサク動く。
写真会社に在職中にOCTAに出会ったが、難燃剤の設計や中間転写ベルトの材料設計などに用いた。この二つでは、シミュレーションの醍醐味を味わうことができた。これ以外もいろいろ活用してみたが、シミュレーターの癖の様なものがわかるまでよい結果が得られなかった。土井先生は三河のご出身であるが、名古屋人らしい少し癖のあるシミュレーターである。
しかしこの癖を理解できると、OCTAでアイデアを練ることが可能となる。PPSと6ナイロンをプロセシングで相溶させようと思いついたのは、OCTAで遊んでいるときである。χの温度依存性をいろいろ計算していたら、きれいな曲線が得られない場合があった。もしかしてコンフォメーションが影響しているのか、と予想し、カオス混合を思いついた(注)。
シミュレーションの良いところは、計算にお金がかからないことである。実験を行うと高価なPPSを廃棄することになる。コンピューターではせいぜい電気代と人件費で、休日に自宅で行えば、会社の電気代と人件費を節約できる。高分子の研究を行う部門の管理職はOCTAを使えるようにしておくと、それだけでも会社に貢献できる。
(注)カオス混合を思いついたが、この時には具体的な手段、方法までのアイデアに至っていない。ただ、カオス混合における急激な引き延ばしであればコンフォメーション変化がおこり、相溶という現象も起きやすくなるのでは、という妄想を思いついた。そしてこの妄想を頭に描きながら、現場の押出成形を見て思わずDSCを測定したくなった。妄想は衝動を呼び起こす。そしてDSCを測定したら妄想が実現しそうなことを示すデータが得られたのである。押出成形された試料のDSCデータなど、過去に山のようにたくさんあった。それらの多くのデータにも注意深く見れば兆候は存在した。しかし、この時得られたデータは、妄想実現まであと少しという情報だった。そしておそらく他の人の6年間の努力の中でその情報は得られていたかもしれないが、妄想が無ければ見過ごしてしまう、科学的論理で説明のつかないデータだった。ある意味、前任者は科学のおかげで開発に時間がかかった、と言っていいかもしれない。不謹慎であるが、時には科学を忘れ、実践知や暗黙知による妄想で現象を眺め、実験を行うのも官能的で気持ちが良いものである。現状の高分子物理の進歩では、実戦に生かせない。実戦に生かせないが、実戦終了後になぜ勝ったのか考察を行う時には役に立つ。
カテゴリー : 高分子
pagetop