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2016.04/09 高分子の融点(1)

物質の熱的変化については、材料を実用化する上で重要な情報なので古くから研究されてきた。今でも研究テーマとして存在し、アカデミアで研究される永遠のテーマのように思われる。
 
金属材料についてはほとんど解明されているが、高分子についてはまだ科学的に解明されていない部分が存在し、高分子学会の年会でも必ずこのテーマの発表がある。
 
ところが、高分子の熱的変化を考えるときに、まずその状態変化を正しく認識することが必要だが、科学的に解明されていない部分も存在するので大学の先生に説明を伺うと歯切れの悪い答えが返ってくる。
 
学生時代にびっくりしたのは、ガラス転移点(Tg)の説明を授業で聞いたときに、高分子だけではなく物質すべてに存在する、と教えられた。この先生はおそらくガラスの定義をご存じなかったのだろう。
 
物質の固体状態には、結晶と非晶の二つの状態が存在し、非晶状態にガラス状態とそうでない状態が存在する。ガラス状態で観察されるのがガラス転移点であり、ガラス状態ではない非晶状態では、ガラス転移点が存在しない。
 
だから、無機物質でガラス状態をとらない、あるいはとることが出来ない材料(注)にはガラス転移点が観察されない。高分子の先生だから無機材料のことをご存じなくても良い、という話にはならないだろう。
 
技術者なら知らなくてもアイデアが出にくくなる程度で済まされるが、高分子科学の研究者ならば、なぜ高分子にはすべてガラス転移点が存在するのか、という疑問を持つ必要がある。
 
(注)例えば非晶質酸化第二スズにはTgが存在しない。ちなみに高純度二酸化スズ単結晶は絶縁体であるが非晶質酸化第二スズは半導体から導体までの様々な電気特性を有する。また、ATOやITOと異なる導電準位も見出された。DSCとTGA、ガスクロによる解析から微量の水分が効いている。またインピーダンスや活性化エネルギーの考察から、電子とプロトンの両者がキャリアであることも実験で見出したが、データの信頼性に問題があったので発表していない。非晶質の研究は難しい。しかし、帯電防止剤として実用化している。ロバストを確保できれば科学で信頼性が乏しくても実用化できるのである。科学と技術の相違点である。

カテゴリー : 高分子

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2016.04/08 高分子のレオロジー(2)

高分子材料の物理的挙動については、大まかに昔ながらのレオロジーで解釈でき、バネとダッシュポットのモデルによる理解は便利である。岡小天著「レオロジー入門」や村上謙吉著「レオロジー基礎論」は材料技術者にとって今でも役立つ、と思っている。
 
クリープや一部の現象について注意する必要があるが、昔のバネとダッシュポットのモデルによる理解が無駄だとは思わない。実践知としてその適用の仕方を身につけておけば、現場で材料の問題を解決するときに直感で対策しやすい場面もある。
 
今高分子材料の力学物性について分子一本から積み上げて、どのような高次構造が作られ物性が発現しているのか研究が行われている。高分子シミュレーター「OCTA」はその思想を目指したソフトウェアーだ。まだ実験例は少ないが、引張試験で得られるSS曲線をシミュレーションすることが可能で、その時の分子挙動も動画として得られる。
 
おそらく将来「OCTA」で材料設計できる時代が来るかもしれないが、現在はまだ試行錯誤の状態である。試行錯誤の状態ではあるが、この「OCTA」の重要な点は、時として暗黙知を刺激するところである。モヤのかかったような高分子のレオロジー挙動について「OCTA」がヒントを与えてくれる点に高分子技術者は注目すべきだろう。
 
高分子材料のプロセシングにおいて困るのは可視化が難しいところである。かつて射出成形の金型の一部を可視化した設備や二軸混練機の一部を可視化した設備を見たが、残念なのはいつもその設備で可視化された現象が起きている、という保証が無いところである。
 
しかし、コンピューターでは自由に高分子融体の画像を書くことが出来る。時として役立たない漫画となる場合もあるが、プロセシングでトラブルが起きアイデアが何も無いときにはヒントになるので「OCTA」はそれなりに役立つソフトウェアーである。
 
学生時代に「シシカバブ」という構造を見せられたときに、おもわずその構造の名前の由来を授業中に質問したが、先生はご存じなかった。ラテン語を調べても出ていなかったが、これが料理の名前とわかってずっこけた。テストのためには丸暗記で記憶しそれで済ませることが出来るが、もう少しポリマーに関係したわかりやすい名前をつけておいて欲しかった。
 

カテゴリー : 一般 高分子

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2016.04/01 備忘録:スピノーダル分解(2)

金属やセラミックスにおける結晶成長や相分離は核を中心に進行する。単一材料のアモルファスから結晶成長する場合には、問題とならないが、二成分以上の多成分系になってくると核の存在を仮定しにくい相分離を考えなくてはいけない現象が出てきた。
 
すなわち各成分の局部的な濃度の不均一がもとで相分離が進行してゆくのがスピノーダル分解と呼ばれるものである。このようにとらえると、スピノーダル分解の様子を頭の中に描きやすくなる。
 
金属材料では、原子の拡散が問題になるが、高分子では炭素原子がつながり一本の紐のような状態になっているので、このスピノーダル分解の様子を頭に描くのは少し楽しい。試しに二種類の相溶した高分子がスピノーダル分解する様子を頭に浮かべてみてほしい。
 
イメージがわきにくい人は黄色と黒の組みひもが混ざった様子を思い浮かべ、それが黒色と黄色の二つの相にわかれてゆく映像を描けばよい。それがスピノーダル分解である。
 
このような映像を思い浮かべるとスピノーダル分解では速度が問題になることが思いつく。そして金属やセラミックスよりも高分子は速度が遅いかもしれない、という想像ができる。実際に高分子のスピノーダル分解速度は目視できるぐらいに遅いものも存在する(もちろんその速度は温度に大きく影響を受ける)。
 
PPSと6ナイロンをカオス混合で相溶させることに成功した。6ナイロン以外に様々なナイロンを試してみたら、予想されたことだが、χに相関してスピノーダル分解速度が変化していた。面白いのは、この2元系にカーボンを分散すると、スピノーダル分解速度に相関してカーボンの凝集粒子の大きさが変化するのだ。
 
高温度で一度相溶状態になっているものを急冷してベルトを製造するのだが、その冷却までの時間が一定でも、わずかに生じるスピノーダル分解に速度差があるのでそれが凝集粒子の大きさに影響していた。本日はエープリルフールだがこの現象は真実である。
 
ついでにもっと凄いことを書くと、PPSと6ナイロンをカオス混合で相容させて急冷した透明なストランドを室温で放置しておいたら6年ほどで不透明になったのだ。Tg未満の室温でゆっくりとスピノーダル分解が進行した証拠である。
 
この速度はPVAの結晶化速度のおよそ1/6以下である。障子の張り替えをやられている方はご存じと思うが、障子を買うとおまけで付いてくるのりはPVAが多い。PVAののりで貼り付けて1年後はがすときに、希に球晶を観察することが出来る。この球晶は、一年間のいつ出来たのか不明だが。
   

カテゴリー : 高分子

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2016.03/31 備忘録:スピノーダル分解(1)

サラリーマン時代にセラミックスから有機高分子まで様々な材料を扱った恩恵を感じた言葉の一つにスピノーダル分解がある。スピノーダル分解は相分離の一形態であり、金属材料分野から高分子材料へ持ち込まれた概念である。
 
材料技術の進歩において、金属材料は最初に科学として完成の域に到達した分野である。高分子材料よりもその進歩は早く、特に材料の熱力学的変化については、金属材料のいくつかの成果を高分子材料は真似ている。
 
スピノーダル分解はその一つで、言葉の意味を金属材料の教科書から引用すると、次のようになる。「二種類以上の元素が溶け合った単一の固溶体が時間とともに分離して二つ以上の相に分かれる現象を相分離という。相分離のうち、核の発生を必要とせず、小さな濃度ゆらぎでも原子の拡散によって濃度差が拡大していく相分離をスピノーダル分解という。濃度ゆらぎの波は、特定の波長のとき成長速度が大きくなるため、スピノーダル分解によって生成した組織は周期的な変調構造を呈することが多い。」と書かれている。
 
相分離に限らず、結晶成長などの相変化においては特有の考え方があり、まずそれを理解しないと、金属材料の教科書に書かれたこの意味も具体的に理解できないかもしれない。しかし、高分子の教科書は不親切で、スピノーダル分解を簡単に濃度揺らぎで進行する相分離と説明しているだけである。テストならば丸暗記で覚えればそれですむが、実務では頭の中に具体的にイメージできなければ、せっかくの科学、形式知を生かせない。
 
まず相分離のイメージを具体化する必要があるが、それを困難にしているのが「核」の存在である。1970年前後によく研究されたテーマで「ガラスからの結晶成長」というのがある。電子顕微鏡の進歩に助けられて、結晶成長の様子を可視化でき、論文を簡単に書くことができた。この時代におけるこの分野の学位論文を見てほしい。多くは写真集と見間違うような学位論文が多い。
 
ガラスはアモルファスかつTgを有する材料(ガラスの定義)で、アモルファス材料の中でも特殊な材料である(例えば非晶質酸化スズはTgを持たないのでガラスではない)。Tgという熱力学的パラメーターがあり、結晶ができればTcを計測することが可能なので、ガラスからの結晶成長は、ワンパターンで誰でも科学論文を書くことができた。その結果なぜこのような材料を研究しているのだろう、というその研究目的が不明な内容でも「ガラスからの結晶成長」とタイトルをつけて立派な科学論文になった。
 
このとき、問題となったのが「核」である。アモルファスから結晶が生成するときに、必ず最初に核が生成し、その核を中心に結晶が成長する。しかし、「核」は見ることができない仮想の状態である。結晶ができて初めてそこに核があった、と仮定される仮想の物質が核である。
 
ゆえに学会での議論は本当にそれが核なのか、という質問で始まることが多かった。すなわち、核は可視化できないのではなく、相分離した結果の状態から推定している仮想の物質で、科学者の誰も見たことがない暗黙知に近い概念である。科学的ではない核を前提に科学の議論を展開するという摩訶不思議な議論となる。これが仮説であり、いつか誰かがそれを明確に証明できる前提ならば納得も行くが、気の利いた教科書だけ明確に「誰もどのような方法を用いてもみることが出来ない」と説明している。
 
学生時代に、門外漢の当方も議論に参加することができたのがこの核の議論である。認識の問題なので誰も間違いとは即座にいえない。それを言うためには否定証明が必要になるが、学会の議論ではそこまで至らないので何を言っても間違いにならない。何を言っても間違いにはならない議論を展開している様子は、暇な時間があるときには見ていて面白い。「裸の王様」の物語のようでもある。

カテゴリー : 高分子

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2016.03/30 備忘録:高分子の相溶(6)

(3月25日からの続き)16番目に合成されたPSを光学用ポリオレフィン樹脂と混練したところ、透明な樹脂が得られた。この実験結果は、転職してからの不幸な出来事をすべて吹き飛ばした。驚くべきことにすべての混合比率で透明になっている。
 
20wt%PSを相溶させた光学用ポリオレフィン樹脂で射出成形体を製造したところ透明な成形体が得られた。この成形体の面白いところは、PSのTgまで加熱すると白濁してくることである。そしてさらに加熱し、光学用ポリオレフィン樹脂のTg以上に加熱するとまた透明になる。
 
さらに面白いことに、この白濁する様子を細かく観察すると、射出成型時の樹脂流動の痕跡が観察されるのだ。おそらくかさ高い構造を持っている光学用ポリオレフィン樹脂とPSとが錠と鍵のような形態で相溶しているのだろう。
 
科学ではさらに検証を進めなければいけないが、技術の立場では、これだけの実験結果が得られれば機能の面白いアイデアをいくつか創りだすことが可能である。例えば、混練プロセスで二種類の高分子のコンフォメーションをそろえることができれば相溶現象を起こすことも可能である。そしてもし本当に相溶したならば、それを急冷すれば、χが正でも室温で安定なポリマーアロイを製造することが可能となる。
 
このアイデアを実行し成功したのが、PPSと6ナイロンを相溶した中間転写ベルトである。残念ながらこの成果は、退職前に推薦された高分子学会賞技術賞を受賞できなかったが、高分子の相溶という項目においてフローリー・ハギンズ理論でうまく説明できない事例だと思っている。
 
このようなトリッキーな事例をここで説明しているのは、高分子の相溶について教科書に書かれていることに振り回されるな、ということを伝えたいからである。高分子物理の分野は、現在進行形で研究が進められている。現在の教科書が20年後には書き直される可能性すらある。
 
当方が学生時代に読んだ教科書は、転職して高分子技術のリーダーになった時に使い物にならなくなっていた。N先生に勧められた難解な教科書は、自己実現意欲に火をつけた。その結果、転職した会社で新たな技術を開発し押出成形で高級機用の中間転写ベルトを製造でき、社業へ十分に貢献することができた。

カテゴリー : 高分子

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2016.03/25 備忘録:高分子の相溶(5)

高分子の相溶について実務で注意すべき点は、形式知と実践知が混然一体となってあたかも完成した形式知であるかのように教科書に書かれている点である。わかりやすく言えば、教科書に書かれている内容と異なる現象が実務の現場で起きることがある、あるいは起こせるということである。
 
このような考え方をWEBという公共の場で書くと当方の知識を疑われる危険があるが、リスクを承知で書いている。当方はアカデミアで働く身ではなく、技術を追求する立場なので、高分子技術の進歩に大切という理由で技術者の視点で勇気をふり絞り書いている。
 
先日紹介した、ポリオレフィンであるアペル樹脂にポリスチレンが相溶し透明になる現象は教科書に書かれた内容で説明できない。OCTAでχを計算しても正となり非相容系ポリマーブレンドであることがわかる。しかし、重合条件を選んで合成された特殊なポリスチレンはこのポリオレフィンに相容して透明になるのだ。
 
実用性の無いこのような実験を何故行ったか?カオス混合も含めた混練技術の可能性についてアイデアを練っていて、新しいプロセシングで面白い技術が出来ないか考えていた(注)。たまたまサラリーマンの一時期に、それまで倉庫として使用されていた一室で仕事をするように言われたが、さらに具体的な業務ないからと研究所長に告げられた。
 
それまで30名前後の部下を抱え成果も出して会社に貢献してきたのに何も説明無く、突然いかにも会社を辞めて欲しい、という扱いを受けたなら、辞める前に少し楽しみながら貢献させていただいても良いだろうと思い実験をした。窓際になっても腐らずに貢献を考える習慣はドラッカーの教えである。
 
詳細について問題になるといけないので書けないが、光学材料が不思議な緩和現象を起こしていたので、この緩和速度を何かポリマーを相溶させて遅くし改善(やや荒っぽい説明だがまだ20年たっていないので詳しく書けない)してやろう、と考えたのがきっかけである。だが、ポリオレフィンとPSを混練しても相分離し不透明な樹脂しか出来ない。科学の常識では当たり前だが、自分の身の上に当たり前で無いことが起きたのだから、少しひねくれた発想でもと思い、外部の企業に当方の正直な気持ちをお話しし、協力していただいた。
 
具体的な実験の目的は機密事項になるので話せないが、窓際に至る身の上話なら公開情報を基に正直に話せる。仕事の依頼理由を誠実に話をすることは大切である。特に教科書に反する企画に協力してもらう訳なので、そのリスクとそこから得られる成果はそれぞれの企業で考え方が異なる。お互いにリスクを納得したうえで実験を進める必要があるので、誠実なコミュニケーションは重要である。
 
早い話が、リスクの高い仕事であるが、得られる成果は大きいばくちの様な仕事を一緒にやってみませんか、という提案をした。当方は時間が十分にあるから一生懸命混錬しシートサンプルを作るので、外部の企業は様々なPSをひたすら合成してください、と頼んだ。
 
実験を進めるにあたりPSの合成条件を一応提示したが、合成の順序はすべて外部の会社に任せた。様々な条件でPSを合成していただき、当方はひたすら送られて来るPSとアペル樹脂を混練した。そしてきれいな白い樹脂しか得られなかった毎日は、やはり運が悪いのか、と落ち込んだりしていた。
 
13番目のPSでやはり白い樹脂しか得られなかった時に、PS合成の担当者からどこまでやりますか、と問い合わせがあった。まだ13個目なのであきらめるわけにゆかない、高純度SiCの前駆体では、300種類の配合を検討した、と回答したら、静かにわかりました、という声が返ってきた。そして、さらに5種類のPSを送ってきた。その中の一つ、最初から数えて16番目のPSで透明になる試料が得られた。(続く)
 
(注)ゴム会社で3ケ月ほどロール混錬を経験した。新入社員テーマだった樹脂補強ゴムを開発するためであるが、その時の指導社員からカオス混合を実用化できるアイデアを考えてみよ、と宿題を出されていた。

カテゴリー : 高分子

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2016.03/24 備忘録:高分子の相溶(4)

高分子の相溶を議論するときにSP値が使用される場合がある。実務では圧倒的にSP値が多いと思う。仮にOCTAでχを計算するときには、公知のSP値が使用されるので、SP値でも構わないが、χとは意味が異なることを知っておく必要がある。
 
SP値やχについて未来技術研究所(www.miragiken.com)で後日わかりやすく解説する予定でいるが、SP値は溶液論から導かれてきた考え方である。そして公開されているSP値は正則溶液という制限で成り立つ値である。
 
わかりやすく言えば、SP値で高分子の相溶を予測した場合には、経験上50%程度は予想通りの実験結果が得られたが、50%は外れたのである。すなわちSP値は考えるときの手掛かりとなるが、それですべてを語ることができないパラメーターである。
 
されど、実務では頼りになるパラメーターで、わかっちゃいるけどSP値である。ブリードアウトを対策するときにもSP値を用いたりする。できればOCTAを起動しχを計算して用いたほうが当たる確率は高くなる。しかし、実験で確認したほうが早いし確実だ、という現実がある。
 
それではポリマーアロイを設計するときに具体的にどうしたらよいのか、と尋ねられたなら、現実がわかっていても、OCTAでのシミュレーションを勧めている。
 
OCTAは20世紀最後の大発明(少しオーバーか?)で名古屋で生まれている。名古屋市の丸八マークが名前の由来で、元東大教授土井先生が名づけられた軽いシミュレーターである。OCTAの良いところは名前が軽いだけでなく、当時のコンピューターでも稼働できたように、現在のコンピューターならばサクサク動く。
 
写真会社に在職中にOCTAに出会ったが、難燃剤の設計や中間転写ベルトの材料設計などに用いた。この二つでは、シミュレーションの醍醐味を味わうことができた。これ以外もいろいろ活用してみたが、シミュレーターの癖の様なものがわかるまでよい結果が得られなかった。土井先生は三河のご出身であるが、名古屋人らしい少し癖のあるシミュレーターである。
 
しかしこの癖を理解できると、OCTAでアイデアを練ることが可能となる。PPSと6ナイロンをプロセシングで相溶させようと思いついたのは、OCTAで遊んでいるときである。χの温度依存性をいろいろ計算していたら、きれいな曲線が得られない場合があった。もしかしてコンフォメーションが影響しているのか、と予想し、カオス混合を思いついた(注)。
 
シミュレーションの良いところは、計算にお金がかからないことである。実験を行うと高価なPPSを廃棄することになる。コンピューターではせいぜい電気代と人件費で、休日に自宅で行えば、会社の電気代と人件費を節約できる。高分子の研究を行う部門の管理職はOCTAを使えるようにしておくと、それだけでも会社に貢献できる。
 
(注)カオス混合を思いついたが、この時には具体的な手段、方法までのアイデアに至っていない。ただ、カオス混合における急激な引き延ばしであればコンフォメーション変化がおこり、相溶という現象も起きやすくなるのでは、という妄想を思いついた。そしてこの妄想を頭に描きながら、現場の押出成形を見て思わずDSCを測定したくなった。妄想は衝動を呼び起こす。そしてDSCを測定したら妄想が実現しそうなことを示すデータが得られたのである。押出成形された試料のDSCデータなど、過去に山のようにたくさんあった。それらの多くのデータにも注意深く見れば兆候は存在した。しかし、この時得られたデータは、妄想実現まであと少しという情報だった。そしておそらく他の人の6年間の努力の中でその情報は得られていたかもしれないが、妄想が無ければ見過ごしてしまう、科学的論理で説明のつかないデータだった。ある意味、前任者は科学のおかげで開発に時間がかかった、と言っていいかもしれない。不謹慎であるが、時には科学を忘れ、実践知や暗黙知による妄想で現象を眺め、実験を行うのも官能的で気持ちが良いものである。現状の高分子物理の進歩では、実戦に生かせない。実戦に生かせないが、実戦終了後になぜ勝ったのか考察を行う時には役に立つ。

カテゴリー : 高分子

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2016.03/17 備忘録:高分子の相溶(3)

二種の高分子が相溶し単一相を形成するための熱力学的必要条件は、混合のギブス自由エネルギーΔG<0すなわち負となることである。格子モデルでは、各格子に高分子のセグメントをあてはめこの条件でχパラメーターを定義し議論をしている。
 
詳細な議論は教科書を読んでいただきたいが、ここで注意をしなければいけないのは、この議論は平衡における議論である、という点だ。実務のプロセスで熱力学的平衡状態を維持することは難しいし、その状態で物質を創り出すことも困難だ。
 
ただ、この理論から二成分の高分子のそれぞれのセグメントで構成されたコポリマーを相溶化剤として用いてポリマーアロイを製造するアイデアが生まれ、多くのポリマーアロイが実用化されている。ゆえにフローリー・ハギンズ理論は実用的にもその理解が大切な理論の一つだが、二次元格子に二種のポリマーを押し込んで議論している荒っぽい理論であることを忘れてはいけない。
 
例えば、χが負にならない二種のポリマーの組み合わせでも条件が整えば相溶でき、透明にすることも可能である。三井化学のアペルというポリオレフィン樹脂があるがこの樹脂とポリスチレン(PS)を相溶させて透明にした経験がある。
 
なぜこの組み合わせを選んだのか。分子モデルを組み立てて遊んでいるときに閃いたのである。学生時代に有機合成を専攻していたので、当時アルバイトで稼いだお金で高い分子モデルを購入した。野依先生が不斉合成に成功し、名古屋大学の教授になられた時代のことで、合成反応を考えるときに分子モデルをよく使った。
 
当初講座で解放されていたモデル部品を使用していたが、自分専用の分子モデルが欲しくなり購入した。少し贅沢だったが、社会人になり捨てるのももったいないし、4年時に在籍した講座も廃止され寄付する先も無くなったので、時々遊びで使っていた。
 
アペルという樹脂のモデルを作って眺めていたらPSがすっぽり入って安定になりそうな形になった。もしかしたら、と思いアペルとPSを混練したところ白濁したポリマーブレンドが得られたが、DSCや粘弾性測定を行ったところ、一部相溶していそうな挙動が見られた。
 
そこで様々な条件でPSを重合し、16番目に得られたPS(少しPEが入ったコポリマー)をアペルに混合したところ透明なポリマーアロイが得られた。DSCや粘弾性の結果も相溶していることを示す結果が得られていた。
 
このように高分子の相溶は、コンフォメーションの一致でも起きることがあり、単純に一次構造の類似性だけで判断していると実用上は片手落ちである。コンフォメーションの効果はχのエントロピーとして効いている可能性があるので、相溶を考える場合には分子モデルで3次元的に問題をとらえることは有効である。

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2016.03/15 備忘録:高分子の相溶(2)

東京農工大名誉教授秋山三郎先生の著書「エッセンシャルポリマーアロイ」(2012)は、ポリマーアロイを手っ取り早く勉強するためには大変良い本である。なんといっても、「---そしてFloryの格子理論の延長上に相溶性の熱力学が確立されてきた。」と現在完了進行形で書かれている。
 
この表現は、読む人により、「今もその深化に努力が続けられている」あるいは「ほぼ完成した」と意見が分かれるに違いない。この本は、曖昧さの残っているところはそのように丁寧に書いている。当方が学生時代に使っていた教科書よりも謙虚で初学者に誤解を与えない良書である。
 
高分子の相溶は、今も研究が続けられているテーマであり、フローリー・ハギンズ理論におけるχについても議論が行われている。すなわち、未だ学術的に完成した領域ではない、と言うことを技術者は知っておくべきである。
 
ゆえに秋山先生の本の出だしも言葉の整理から入っている。すなわち相溶という現象を表現する言葉も厳密に使われていない(とは本に書かれていないが)と考えた方が良い。換言すれば日本語の論文を読むときでさえその言葉の意味をよく考えなければだめだ、ということである。
 
英文では、miscibility(相溶性)とcompatibility(混和性)は分けて使用されているが、これが日本語になると、両者を相溶性と表現している場合もある。前者は、混合系が単一相を形成する能力であり、後者は非相容性ポリマーブレンドまたはポリマーコンポジットにおいて各成分物質が界面結合をする能力があることを意味している。
 
すなわち、セグメント運動を単位とする狭義の相溶性(miscibility)とミクロ分散構造を示す混和性(compatibility)とはっきり区別しなければいけない。後者は「溶」の「さんずいへん」をとり、相容という用語が用いられたりするが、これは避けるべきだと先の著書にはある。
 
このような厳密な視点で高分子材料を眺めると相溶系はごく限られたポリマーアロイだけになる。一方でミクロ分散構造を見分ける方法は実務上難しく、仮にそれを実施してもコストが高いという問題が生じる。20年ほど前、学会発表のために、ラテックスで製造したミクロ分散構造を某社に依頼してきれいな写真を撮っていただいたが、満足した写真が得られるまで1サンプル200万円ほどかかった。
 
あるコポリマーのラテックスが二種以上のコポリマーの混合物であり、技術的に安定性の悪い多元系コポリマーを製造するよりも、製造安定性の良い二種のラテックスを混合した方が経済性が良い、という結論を導き出すまでに人件費も含め2000万円ほどかかった。自分で指揮をとっていた仕事であるが「-----」と感じている。

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2016.03/14 備忘録:高分子の相溶(1)

活動報告では、当方のサラリーマン時代の成果を中心に書いているが、日々の活動で学んだ事柄を中心にした内容を書いてみる。学術的な内容を書いてみてもアカデミアの先生にかなわないから技術者の視点で実践知を中心にまとめてみたい。
 
セラミックスから有機高分子まで32年間材料開発に携わってきた。その中で、「二種類の物質が溶けあう」ほど難解な現象は無い、と感じている。学術的には熱力学で論じると説明がつく話ではあるが、その現象に含まれる機能を活用しなければいけない技術分野では単純な問題ではない。
 
料理でも、例えばカレーのルーを溶かし込むときに無精をして火を弱めずに行うとこがしてしまうことがある。見た目に均一であると油断をしていると突然吹き出したりすることがある。初めてカレーを作ったのは中学時代であるが、母親に叱られながら焦がした(注)カレーを食べた苦い思い出がある。
 
「溶解現象」あるいは物を溶かす作業は、材料技術で必ず遭遇するが奥が深い。大学では物理化学の一コマで熱力学的な現象として習う。物理化学の教科書では低分子あるいはイオンの溶解現象を扱い、高分子の授業では、高分子物性を調べる手段として低分子溶媒に高分子を溶かした現象を学ぶ。
 
当方の学生時代の教科書には、二種類の高分子を混ぜたときの現象について、いわゆるフローリー・ハギンズ理論は、2ページ程度しかその説明に裂かれていなかった。相溶という言葉の説明も格子モデルのようになった状態として説明されているだけだ。教科書の大半はフローリーの書いた高分子を短く焼き直し、そこへ高分子の合成をくっつけた内容だった。
 
ごれがG.R.Strobl”The Physics of Polymers”(1997)という学部学生向けに書かれた教科書では、3割以上がこの議論である。 この本は、ゴム会社で長くセラミックス技術に従事していたために、転職して必要に迫られ改めて高分子科学を勉強するために購入したが、転職後のストレスで眠れないときに大変役だった。
 
(注)熱力学でエネルギーの状態を知るためのパラメーター「温度」が強度因子であることを体験したのはカレーが最初である。粘度の高い物質の入った鍋の中の系を均一な温度に保つのは大変な作業である。ゆえにカレーのルーを添加するときは加熱しないで攪拌した方が安全である。またルーを溶かし込んだ後、粘度の高い物質の混合技術が無いならば、弱火で時間をかけて混合する以外においしいカレーを作る手段はない。カレーを作る作業で,非平衡状態では系の温度が不均一であることを学ぶ。ものづくりの現場でも温度計測を行うが、非平衡状態の温度計測は注意した方が良い。カレーの鍋の中は、実測すると分かることだが、50℃以上の温度差(表面94℃、鍋の底176℃は実測値である)が生じている場合もある。だから油断すると焦がす。平衡状態以外では系の温度を均一にすることは不可能である。そもそも系の温度が不均一なときは非平衡状態である。

カテゴリー : 高分子

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