昨日の話をもう少し詳しく書くと、コンパウンドの開発を外部に依頼して製品開発を進めていた体制だったので、そこへカオス混合の開発を依頼する予定でいた。しかし、外部のコンパウンドメーカーに一笑にふされ、目論見は頓挫した。非科学的な内容だったからである。
結局材料を内製化することになり、コンパウンド工場をたった3ケ月で立ち上げなければいけない状態に追い込まれた。しかし日本には粋な中小企業があり、無茶苦茶な発注を当方の依頼であれば、と引き受けてくれた。これは過去の成功体験を積み重ねてきた信頼関係のおかげで、そこの担当者と進めた仕事がすべて成功していたからだ。
非科学的な技術は、町の中小企業により短期間に生産設備へと具現化された。日本の第二次産業の良いところは、中小企業でも凄い技術を持っているところがある点である。さらに良い点は現場指向が強いので非科学的であっても実験室で実現できたならば、信用してそのとおりのものを作ってくれることである。
特注二軸混練機からPPSと6ナイロンが相溶し透明な樹液となって出てきたときには感動して涙が出てきた。教科書に書かれていない現実が目の前で起きているのである。ところがマネージャーは「本当にできたんですね。」とあっさり一言だけであった。
企業の研究開発ではイノベーションが求められているが、大抵の研究管理者はこのマネージャーと同じではないだろうか。チャレンジの意味が分かっていないのである。管理者であることを忘れ、いっしょに感動を共有して欲しかった。
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科学的問題解決プロセスにおいて成功するためには、そのプロセスの過程で現れる現象がただ一つの真理で支配されているという条件が必要である。ゆえに科学的問題解決プロセスでは、仮説が重要となり、仮説に基づき一つの真理を検証できるように管理された実験条件で問題解決プロセスを遂行する必要がある。
ところが企業の製品開発において一つの真理を追究できるという理想的な実験モデルを設定することが多くの場合に難しい。誤差の問題以外に市場で想定されるノイズをモデル化したときの妥当性を検討しなければいけないという煩わしさも生じたりする。そこで手を抜けば複数の真理を内包した実験モデルになり、科学的な実験はもはや困難になる。
ある製品開発でPPSと6ナイロンを相容させる必要に迫られた。現代の科学でこれはナンセンスな目標である。しかし、製品開発で得られたデータの中には材料のTgが一つしか現れず異常に下がったサンプルが存在していることに気がついた。この「発見」をデータのばらつきと見るのか、偶然科学に反する現象が起きた、と考えるのか議論になった。
分析グループに解析をお願いしたら、偶然が重なった測定ミスという結論を出してきた。そして本来は相分離している、という分析グループで実施されたサンプルを用いた電子顕微鏡写真まで送ってきた。レポートでは見事な否定証明が展開されていた。
科学に反する現象が起きた場合に否定証明という方法は結論を出すのに最も安直な方法である。しかし幸運だったのは、否定されたとしてもPPSと6ナイロンが相容しない限り問題解決できない状態まで追い込まれていたことだ。
グループリーダーの立場でコーポレートの研究所が出した結論を無視し、カオス混合の開発を指示した。ところがマネージャーから反対され、従来技術の範囲でできないことを証明しテーマを終了しようということになった。おそらく大抵の企業でもこのような流れになると思われる。
当方は、粋のいい退職間近の職人と、活きの良い若手を抜擢し、3人でカオス混合の開発を行い、残りのメンバー20名をマネージャーに任せ否定証明の仕事をやらせた。結果はすぐに出た。カオス混合で非科学的な現象を引き起こすことができ無事製品開発に成功したのだ。
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ホワイトボードの図は、コロイド科学の知識を単純に展開すると簡単に否定される図であった。しかし、コーチングのストーリーを考えていた時に、科学的にはナンセンスな図だが、条件が揃えば実現できる現象ではないかと考えた。
すなわちこれは、機能の実現方法を思考実験であれこれ考えて思いついたヒューマンプロセスの成果である(詳細は弊社インフォメーションセンターへ問い合わせて頂きたい)。
コアシェルラテックスの合成過程でこの現象は生じると思われたので、担当者を集めて図で彼らの思考に刺激を与えたのである。ゾルをミセルとして用いるラテックス重合技術はこのようにして1993年に生まれた。ただし科学雑誌に他の研究者の報告が初めて掲載されたのが2000年なので7年早く世界初の技術が非科学的プロセスで生まれたことになる。
また、科学雑誌の研究報告では、ミセルができているところまでの論文内容だったが、写真会社ではそのミセルを活用してラテックス重合するところまで技術を完成していた。
世界初と緒言に書かれた外国人の論文が発表された直後に推薦された技術賞では学会により対応が異なった。ゾルをミセルに用いるのは技術ではない、とアカデミアの先生に否定され高分子学会賞を逃がしたが、高靱性ゼラチン技術として写真学会ではゼラチン賞を受賞できた。
一度技術ができるとその証明を科学的に行う事は容易である。しかし、技術を生み出す過程について科学的に示すことは大変難しい。この技術開発で幸運だった点は、特許回避するために膨大な数の実験を行っていたことである。しかも特許には書かれていない条件で。
コーチングを行うときには、後者も着目した。すなわち特許に書かれていない条件ではコアシェルラテックスの合成は大変難しくなる。なぜ難しくなるのか、という点とそれを克服するために担当者はどのような実験を行うかを考えてみた。
そしてきっと失敗作の中にうまくゾルでミセルが形成された場合があるのではないか、と「想像」した。うまく安定なミセルができれば後はコアシェルラテックスよりも簡単である。単なるラテックス合成実験となる。
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靱性の向上手段としてコアシェルラテックスが科学的に考え出されたのだから、それを開発することこそ近道、という考え方が当時主流を占めていた。これは一つの戦術であって他の戦術も検討すべきだ、といっても言葉の遊びとして片付けられた。
担当者を集めて戦略から再検討させてみた。目標仮説は、シリカが凝集すること無く分散し、ラテックスも同様に分散している構造を有するゼラチンが高靱性になる、ということで一致した。しかし、その実現方法となるとコアシェルラテックス以外アイデアが出てこない。
ホワイトボードに目標仮説の図を書いてみた。担当者の一人がコアシェルラテックスの合成に失敗したときに、そのイメージどおりのものができている可能性があると発言した。さっそくその実験を再現し、そこへゼラチンを添加して薄膜を作製してみた。すると驚くべきことにコアシェルラテックスで補強したゼラチンよりも靱性が高いゼラチン膜ができた。
実際にはコーチングプロセスにもう少し時間をかけたが概要は上記であった。高靱性ゼラチン膜ができたとき、皆半信半疑だった。当方は可能性を信じていたのでコーチングで担当者を成功へ導くことができた。
コロイド科学の観点から否定される図を書いたところ、それに触発されて実験の失敗例を思い出し、それを追試したところゴールにたどり着いたのである。この問題解決プロセスは科学的ではない。
さらに、ホワイトボードに書かれたシリカとラテックスが凝集しないで分散している状態は、ゼータ電位の不安定性を考えると、科学的にナンセンスな図である。しかし、この科学的にナンセンスな図が、科学的に取り組んでいては絶対に発想できない新しいアイデアを生みだし開発を成功に導いたのである。
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問題を抱えている現象があったとしよう。その問題が困った現象を引き起こしている事が明確ならば、すぐにその問題を解決しはじめる。しかし、意思決定された目標があり、その目標に至る過程でその問題を含む現象を避けて通ることができるならば、迂回路を探す問題を新しい問題として解いても良い。
目の前の問題を解決するのか、迂回路を探すのか、これは戦術論である。多少の問題については目をつぶるという戦略であれば、戦術として迂回路を探す問題に精力を注ぐことになる。ドラッカーが言うところの「何が問題か」という問いに正しく答えるためには、戦略がまず必要である。
写真会社へ転職したときのテーマに超迅速処理技術というのがあった。これは感材の現像処理時間を短くする技術である。現像処理時間を短くするためには、フィルムを早く搬送する必要がある。また湿式現像では、素早い乾燥技術も重要になってくる。いずれもバインダーに使われている脆い材料、ゼラチンにとって厳しい課題である。
脆い物性を改善する技術として、シリカをコアにしてラテックスを殻のようにシリカのまわりに合成する技術、コアシェルラテックス技術が登場した。シリカのまわりを柔らかいラテックスで覆っているので、シリカが凝集すること無く、硬さと靱性を増すことができる技術と言われた。但し問題は多数の特許がライバル会社から出ていたことだ。
このような状況で技術者は、どのように特許を回避し新しいコアシェルラテックスを開発するのか、という問題を取り上げがちである。しかし目標は脆くないゼラチン、靱性が向上したゼラチンを開発することである。
戦略としてシリカとラテックスを用いて脆くないゼラチンを創り出すことが決まっているのであって、コアシェルラテックスを開発することが戦略として決まっているのではない、ということに気がつく必要がある。
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科学的に商品のスペックを記述し、それを用いて商品の品質管理を行う事が難しい場合がある。高分子の難燃性もその一つである。ゆえに高分子の難燃性という機能の品質管理では、それぞれの業界で推奨される方法、各種難燃性評価規格が決まっている。
世の中すべて科学で厳密に構築されている、あるいは世界を科学一色で記述できると信じている人は、このあたりの状況を理解できない。そもそも科学が生まれる以前にも技術の進歩があった事を知らない人が多い。科学の歴史よりも技術の発展の歴史のほうが比べものにならないくらい長いのである。それぞれの問題解決プロセスは www.miragiken.com で一例を示して説明している。
高分子の難燃化は技術で行うので、高分子の難燃化技術という言葉をよく聞くが、高分子の難燃化科学とか高分子の難燃化の科学とはあまり言わない。せいぜい「難燃化への科学的アプローチ」という言葉を使うのが21世紀の今日でも精一杯の状況である。アプローチはできても科学的な唯一の真理としての万能な方法の開発は困難である。
科学は真理を追究し、技術は機能を追究する、という弊社の考え方では、高分子の難燃化を技術として解くときに、「システムの機能」をコンセプトにして技術開発の目標を設定する。
このときよく用いるコンセプトには、「炭化促進型の難燃化」と「溶融型による難燃化」である。前者は狭義にはイントメッセント系の難燃化技術であるが、この両者で基本機能の扱いは異なる。
詳細はコンサルティング内容になるので、個別に問い合わせて頂きたい。また、今月号の雑誌「ポリファイル」に掲載された当方の論文で、このあたりのことを少し説明している。
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高分子の難燃化を行うに当たりシステムが複雑である、と昨日述べたが、その時のシステムの考え方について弊社のお問い合わせからメールで質問を頂いた。質問者及び質問内容の詳細は省略するが、要点は高分子の難燃化を行うに当たり、その基本機能の考え方である。
高分子の燃焼は急激な酸化反応で進行するので、それを唯一の真理として記述することは難しい。すなわち科学的に100%解析することは困難だろう。しかし、燃焼という現象の部分的な情報については科学的に解明されている。
例えば分子の酸化で過酸化物が生じ、ラジカルが生成することなどは40年以上前に論文発表されている。そして燃焼がラジカル反応で進む「らしい」ことも30年前には科学的に確定している。
ただ、一般の火災現象を科学で100%記述することに成功していない。科学の世界で火災については現在でも「群盲像をなでる」状態である。コーンカロリメーターが火災現象を再現するのに便利な評価装置であり、建築関係でも活用されているが、それでもまだ不十分である。
火災という現象が科学的に100%解明されていない状態で、科学的に高分子を難燃化する技術を開発できるか、というと難しい。しかし、現場では技術でこれを解決し商品開発しなければならない。
技術で高分子を難燃化するとは、高分子を燃えにくくする機能あるいは燃焼しても継続燃焼が難しく火が消える機能、着火しにくくする機能などを付与すれば良い。用途によっては、いずれか一つの機能があれば火災を防ぐことが可能になる場合もある。(明日に続く)
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特公昭35-6616(以下特公昭35)を軸に特許戦略を立案し、実験計画を立てた。タイミング良くパーコレーション転移のシミュレーションソフトウェアーも完成した。産学連携で進めた研究結果では、特公昭35の実施例に記載された酸化スズゾルの体積固有抵抗は、20年近く前ライバル会社から出願された特許に書かれていたような絶縁体に近い物性ではなく、10の3乗Ωcmという導電体レベルの導電性で電子伝導性の材料だった。
それでは、なぜライバル会社や転職した写真会社でこの材料の導電性が悪いとされたのか?学術論文では高純度酸化スズの導電性は絶縁体と結論されていた。しかしこれは「結晶性」高純度酸化スズの場合である。
非晶性酸化スズの場合はどうか。学術論文が発表されていない。そもそもまともな研究論文は見当たらず特許程度に記載された情報だけである。産学連携で進めた実験結果が学術としては世界で初めての実験結果であった。この実験結果は日本化学会で発表されたが、非晶性材料における導電機構が問題にされた。
学術では導電機構が重要であるが、技術では電子伝導性で10の3乗Ωcmという導電体レベルの材料である、という結果、すなわち機能の存在を示す結果が重要である。幸いなことに世間は学術と技術の違いを認識していない、ということも分かってきた。
産学連携で見つかった導電体の機能がどうして特許や転職した写真会社では否定されているのか。それはパーコレーション転移という現象が存在するためだ。公開された技術情報や転職した会社の実験結果では、塗布膜の電気物性を評価している。バインダーに酸化スズゾルを分散し塗布するとパーコレーション転移が生じる。
また添加率を上げてゆくとひび割れしやすくなる。クラックは異方性が大きいので電気抵抗を高める方向に機能し、これもパーコレーション転移を生じる。すなわち導電性粒子のパーコレーション転移とバインダーの微小クラックが原因で導電性が低くなっていたのに酸化スズゾルに導電性機能が無いと結論していたのだ。
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高分子の難燃化技術から半導体にも用いることが可能な高純度SiCを合成できる技術シーズが生まれた話は、、ゴム会社の50周年記念論文への投稿がきっかけである。
この50周年記念論文の募集は、高分子の難燃化技術のテーマを遂行していた時の行事である。担当業務との関係から記念論文に書く内容は、ゴム会社の売り上げの3割弱しかなかった化工品事業と決めていた。
また社長方針にはファインセラミックス事業を起業する、という内容が含まれていたので、半導体用高純度SiCの事業は社長方針にも沿っており、50周年記念論文のテーマとして適切である、と思った。
しかし、審査員は社外の大学の先生だったので、同期の友人が指摘したとおり社長方針とは無関係の視点で記念論文は選ばれ、高純度SiCの論文はボツになった。記念論文がボツになっただけでなく、無機材質研究所留学中に行われた昇進試験でも、新規事業について述べよ、という作文テーマでも0点がつけられた。
この作文テーマでは、翌年同じ内容で100点となるのだが、このあたりの事情についてゴム会社の昇進試験の内容に関わるので詳しくかけないが、とにかく高純度SiCの研究テーマは、一度会社からダメだしを頂いていた状況である。
しかし、高分子難燃化技術の企画で始末書を経験していた当方にとって、大した事では無かった。また、技術内容については無機材質研究所のお墨付きもあった。STAP細胞のようなできるかどうか分からないような研究ではなく、誰がやっても再現可能な世界初の有機高分子と無機高分子の均一混合という画期的な技術という自信があった。
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高分子プリカーサー法による半導体用高純度SiCの合成技術では、科学的に説明できない電気炉の暴走という現象が起きたため、たった一回の実験でベストのプロセスが見つかった。真摯に努力してきた結果神様が幸運を届けてくれた、と素直に信じている。
ドラッカーの言葉であるが、知識労働者が誠実で真摯に努力することの重要性を示す体験に、高分子分野でも遭遇した。それは定年退職前の5年間単身赴任して担当した中間転写ベルトの開発の時である。
PPSと6ナイロン、カーボンの3成分を混練したコンパウンドを外部のコンパウンドメーカーから購入し、押出成形で半導体ベルトを製造する技術を開発していたテーマを途中から引き継いだ。10の9乗Ωcmという高抵抗を導電性の高いカーボンで実現するという難易度の高い技術である。
パーコレーション転移という現象をどのように制御するのか、という大きな問題である。6ナイロンが邪魔であったが、処方はすでに決まっていたので、変更することができない。全体の方針も処方も決まっており、専門家の誰がみてもほとんどうまくいかないと思われるテーマを途中で引き継ぐ意味をサラリーマンならご理解頂けると思うが、その様な状況でも真摯に努力した。
その結果PPSと6ナイロンの相容を実現できるプロセシングを開発することができた。このプロセスで起きている現象は、フローリー・ハギンズ理論では説明できない。しかし、真摯に開発の努力をした結果、技術で実現できた。
30年近い研究開発経験から、技術で実現できるかもしれない、という予感はしていた。最初は外部のコンパウンドメーカーにお願いしてその技術を開発して頂くつもりでいたが、技術サービスの方に素人は黙っとれ、と言われた。仕方がないので、休日一人で実験し、可能性を探った。
成功する感触を得たので中古の二軸混練機を購入し、プラントを立ち上げた。この時定年間際の職人と、転職してきたばかりの若い研究者の協力が得られ、短期間にプロセスを立ち上げることができた。科学では否定される現象を扱った技術であったが、実現できる自信があれば、真摯な努力を続けると成功できる。技術とはそういうものだ。
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