ゴムケースからブリードアウトした物質により増粘して電気粘性流体の耐久性を阻害した問題は、界面活性剤を添加しなければ解決できない、という考え方は、ゴム材料の知識があればヒューリスティックな解として出てくる。
界面活性剤では問題解決できない、という科学的に完璧な答えが出ても、界面活性剤で解決しなければいけないのだ。
この当たり前のことを優秀な人はすぐに理解できない。そこで、加硫剤も老化防止剤も何も添加されていない世界初のゴム材料開発という、常識で考えればアホと言いたくなる企画を真顔でまとめる。それを科学こそ技術開発で唯一の方法と信じているI本部長は、アホな企画で世界初に挑戦しようとするその姿勢をほめちぎる。
アメリカのタイヤ会社を買収しやがて世界トップとなるゴム会社のアカデミアよりもアカデミックな研究所で30年以上前の企画に、今ならば誰もが大笑いするだろう。
しかし、ゴム開発担当の技術者が買収後の事業立て直しに狩りだされたため、当時残された研究員の誰もが、そのおかしさに気がついていなかった。
科学の時代とはこのような時代だった。1980年代に科学論が日本でも盛んに論じられるようになり、著書も多数出版されたが、アメリカではトランスサイエンスという言葉が生まれている。
1990年代にバブルがはじけ、科学論ブームが幕を閉じるが、2007年に突然日本でトランスサイエンスというタイトルの著書が発売された。環境問題とりわけ地球温暖化の兆候を無視できなくなってきたからである。
科学的には界面活性剤では問題を解けない、科学に問いこのような結果が出たとしても問題を解かなければまじかに迫った、それをテストする自動車会社の試験走行に間に合わない。
当方は界面活性剤について主成分分析を行い、HLB値と相関の高かった第一主成分の軸から離れた群に存在していた界面活性剤をヘドロのように増粘した電気粘性流体に添加したところ、それは初期の特性にすぐに回復した。
科学に問い、科学が出した答えと、データから統計的に出された答えが異なっていた。ただし、データサイエンスは、科学で解明されていない分野について存在する機能を示したに過ぎない。
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詳細は不明だが、研究不正が明らかとなりながら、関係者の処分が曖昧な報告書が発表された。数億円という国民の税金が使われたのである。責任者にはそれなりのペナルティーを課し公開すべきである。
あの小保方氏には未熟な研究者として学位まで剥奪し、研究者としての将来も閉ざされたのに、今回は曖昧な処分となったら常識的に不公平である。
ところで、その研究テーマだが「科学的妥当性も確認されていない状態で研究が開始され(JAXA報告書より)」と言われている。
「科学的妥当性を確認するための研究」という発想は無かったのか、と言いたくなる。実は、科学の研究では、「研究のための研究」が許される。「芸術のための芸術」と同じで、純粋な科学研究という方法も存在する。
当方は高純度SiCの新合成法において、反応速度論を使い反応の均一性を純粋な科学研究としてまとめ中部大学で正しくご評価いただき学位を取得している(注)。
ただし、この研究は高純度SiCの製造技術が完成してから行っている。技術の完成は、この研究が無くても技術の機能として反応の均一性を証明していたのだが、その科学的妥当性について科学的に証明されていなかった。
アカデミアよりもアカデミックな研究所ではその点が問題とされ、2000万円かけて2000℃まで1分未満で到達できる超高速昇温熱重量天秤を手作りして研究を完成している。
当方が転職後この熱天秤は邪魔物として廃棄されたそうだが、もったいないことである。品質管理用に使えたはずだが、目視でも均一であることを確認できたので不要と判断されたらしい。
この均一素反応で進行することを証明する研究では、技術が完成してから遂行されているが、技術の妥当性を科学的に証明したものである。このような研究企画をできないJAXAの研究者のレベルが捏造以上に問題である。国民の税金から人件費が支払われているのだ。
(注)この研究では、旧7帝大の一つの某大学の先生から、学会発表した時に学位を取得できるように指導するから詳細な速度論のデータを見せてほしいと言われた。詳細データについては学会でも発表していなかったので、当方が書いた社内報告書すべての社外発表許可及び学位取得のための許可を会社で頂き、データを先生に見せたところ勝手に論文を出されてしまった(国際的に日本のアカデミアのポテンシャルが落ちてきたことが指摘されているが、バブル崩壊前からこのような先生がいたのだ。今更である)。研究企画から学会発表まで面識がなかっただけでなく、実験にも携わっていない。しかし大学の先生は、小生に許可もなくご自分をファーストネームにし、小生をラストネームとしている。この図々しさには腹が立ったが学位取得のために我慢した。しかしその後転職したところ、写真会社からも奨学金を出してくださいと言われたので、この大学で学位審査を受けることを辞退している。中部大学では、学位審査料だけで学位試験から2年の論文作成指導までフルコースのサービスだった。勝手に論文を出してくれてこれに表紙をつければ完成と言われた先生の行為に思わず感謝したくなるぐらいに大変だったが、日本語の表現も含め誠実真摯にご指導くださった中部大学の先生方は高純度SiCの研究だけでなく、ゴム会社から公開許可を受けた研究すべてをまとめたいと申し出た小生の願いをかなえるために、ご迷惑をおかけしたと反省している。ゴム会社と中部大学の先生のはからいで、データサイエンスによる高分子の難燃化研究も学位論文に記載することができた。当方のセミナーは学位論文や学会、学会賞の審査会など外部で公開されたデータで構成されている。ただし、一部科学的では無いという理由で賞の審査に落ちた、15年以上安定生産が続いているトランスサイエンスの技術(技術レポートとして在職中に一部公開ずみ)もある。
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30年以上前だが、電気粘性流体の耐久性問題は典型的なトランスサイエンスだった。高偏差値の大学卒工学博士など数名で1年間取り組み、「あらゆるHLB値の界面活性剤を用いても解決できない」という否定証明の結論を導いている。
そして、電気粘性流体を封入するゴムとして、加硫剤も何も添加されていないゴム開発というテーマを設定して、住友金属工業と高純度SiCの半導体治工具事業をたった一人で立ち上げ忙しい当方に担当するよう命じてきた。
当時実務肌のU本部長から学者そのもののI本部長に代わり、当方の身の回りでは不思議な事件が起きるようになった。このゴム会社でありながら、絶対に実現できないテーマが当方に割り当てられたのもその一つである。
当方は1週間だけ時間が欲しい、と願い出て、データサイエンスを用いて電気粘性流体の耐久性問題をたった一晩で解決した。
MZ80KとPC9801の二台が当方の書斎で稼働しており、この二台はパラレルインターフェースでつながれていた。MZ80Kで走らせた主成分分析のプログラムから出力されたデータはPC9801へ送られた。
PC9801ではLOTUS123が動作し、そのデータをグラフ化する。こうして界面活性剤の物性値を主成分分析にかけたデータはグラフ化された。第一主成分と第二主成分の平面には界面活性剤が数種類のグループに分類された様子が描き出された。
もっとも大きいのはHLB値の寄与が80%以上の第一主成分の軸の周りに集まったグループである。面白いのは、そのグループから大きく離れた位置に存在したグループである。粘度の寄与が大きい第二主成分に並行に存在していた。
このグループの界面活性剤を耐久試験で増粘した電気粘性流体に添加したところ、増粘が解消され、初期の特性に回復した。興味深いのは界面活性剤の粘度は高いにも関わらず1%しか添加しないのでその影響が観察されなかったことだ。
この結果は特許として出願され実用化されたが、トランスサイエンスの問題をデータサイエンスで解いたところ、ますます住友金属工業とのJVを推進しずらくなった。
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当方が社会人になる時には、学際思考とπ型人間がキーワードだった。すなわち専門が一つだけでは生きてゆけない時代の到来が叫ばれていた。それより10年前にドラッカーは強みを磨け、と書いている。
半世紀前を思い出すと、リスキリングは不易流行、「学び」の重要性を言っているに過ぎないが、背景にDXの進展にボーっとしていたらどうにもならなくなった日本人の姿がある。
バブルがはじけて30年、なかなかGDPが上がらず日本だけが先進国の中で沈み続けている。少し前に田中角栄がもてはやされたが、確かに国家のリーダーの責任が大きい。田中角栄は当時の通産省の役人を集めて日本の未来像を考えさせたという。それがもとになって日本列島改造論が生まれている。
未来のシナリオを描いてくれるリーダーがいなければ、国民の一人一人がそれを描く努力をしなければ日本は良くならない、との精神で起業したが、電子出版で出だしを誤った。日本でニーズが無ければ中国で、と方針転換して売り上げを伸ばしてきた。
指導した会社が中国で成長し、日本企業の中国市場を奪ってゆく様を見て悩み始めたら、コロナ禍ですべての売り上げを喪失した。日本企業の弱さを見てこの3年近く日本人向けセミナーに力を入れてきた。
その時、政府の音頭取りでリスキリングのニーズが生まれた。当方の経験から何か一つスキルを磨くとすれば、技術者だろうが事務屋だろうがPythonによるプログラミングスキルを身に着けるべきだと提案しておく。
Pythonで劇的に仕事が効率アップする。当方は自動処理をしたいときに、かつてはAutoexec.batというバッチファイルを活用し、必要ならばCでコマンドを作ってきた。そして10年前までそれがC#となっていたが今はPythonである。
当方はプログラマーではないが、パソコンで仕事をする以上はコンピューターに仕事を命じられるスキルを身に着けるべきとの考え方でプログラミングスキルを情報工学の無い時代から磨いてきた。その当方が今リスキリングをするならPython、と言っているのだ。間違いない!
30年近く前に誕生したPythonが、何故今もてはやされるのか。詳しくは弊社に問い合わせていただきたい。
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DXの進展により、技術者はこれまでの仕事のやり方も含め見直しが迫られている。さらにその専門性さえも変更しなければいけない技術者も勤務している企業によってはいるだろう。
例えば、材料メーカーの技術者ならば、勤務している企業がサービス産業へ転換した時に人文科学系の知識を要求される場面もあるかもしれない。
極端なことを書いているが、決してそうではない。デジタルトランスフォーメーションは企業内にカオス状態を創り出している、と言っても良いような社会変革を起こしている。
この活動報告でデータサイエンスに関して連日書いているのは、どのようなリスキリングにおいても共通に要求される新たな知がデータサイエンスだからである。
今技術者向けに、データサイエンスとトランスサイエンスについて連載を書いているが、もう少し一般的なリスキリングとデータサイエンスについても連載を予定している。
ただし、リスキリングがAIを学ぶことと誤解してはいけない。実験のやり方がDXの進展で変わってきたのだ。そのトランスフォーメーションにおいて、AIも含めたデータサイエンスのスキルを早急に身に着ける必要がある。
弊社にはそのコンテンツが揃っているので問い合わせていただきたい。今科学と非科学の境界も変化し始めており、このような変化を研究している組織は弊社ぐらいではないか。
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当方に全く高分子材料の知識がない、という理由で、毎朝3時間のレオロジーを中心とした講義が展開された。そこでは、ゴムの世界では形式知がほとんど通用しない話や、KKDを研究所では馬鹿にするが、最後はKKDで決断しなくてはいけない、ばらつきの問題など、多数のノウハウを説明してくれた。
仮説を立てて実験を行う問題も出てきた。研究所では学会発表のためにわざわざきれいにデータを揃えようとする問題がある、と指摘していた。すなわち捏造では問題となるが、ゴムの大きなばらつきを活用し、希望するデータが出るとそれを採用し、その他の変動した数値に言及しない作法があるという。
実はゴムのばらつきデータを解析してゆくと気がついていなかった因子や新しい機能が潜んでいたりする。この樹脂補強ゴムサンプルもそうだ、と言って見せてくれた。
そのサンプルは、当方の新入社員研究テーマのゴールだという。しかし、研究所内ではまだできていないことになっているから、誰にも言うな、と口止めされた。
そのできていないことになっている樹脂補強ゴムは、混練条件により、樹脂の海相が形成されたり、樹脂の島相が形成されたりするという。χが0ではない組み合わせであるが、相溶している可能性があるが、このような変化はまだ知られていない、という。
指導社員は偶然得られた、樹脂が海相を形成しているサンプルの粘弾性データを見て驚いたという。ダッシュポットとバネのモデルでシミュレーションした結果と同じになったという。その粘弾性データを防振ゴム開発担当者に見せて、研究企画となった、という。
最初に当方が行う仕事は、ロール混練の練習であり、この樹脂補強ゴムと同じ粘弾性データが得られるまで練習してほしい、と言われた。
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ゴム会社に入社した時、いわゆる技術者としての専門は、無機材料化学と合成技術者だった。合成技術者としては、天然物合成の論文をアメリカ化学会誌に掲載されただけでなく、ポリホスフォリルトリアミドの反応解析をアメリカの無機材料化学専門誌に掲載されたので、恐らく当時世界に一人の有機無機合成技術者だった。
入社した年に高分子学会内に無機高分子研究会が設立されているので、世界に一人のという形容は大げさではないと思う。また指導して下さった大学の先生がそのように称して社会へ送り出してくださった。
しかし、その就職先がゴム会社では専門能力をどのように発揮してよいのか、とまどった。新入社員のこの戸惑いを年配の指導社員は十分に配慮してくださった。驚いたのはその年齢で、世間の係長職に昇進したばかりだという。そして小生が初めての部下だった。
指導を受けてすぐに理解できたのだが、高いレオロジーの専門性と穏やかな人格の技術者で昇進がここまで遅れるような研究所の人事評価に震撼した。ゴム会社の厳しさを学ぶことができた指導社員だった。
研究所の人事の厳しさのためなのか、いろいろと研究所で生きてゆくための知恵を教えられた。企画は必ず文書として残し、上司に見せるまでは他の人に見せない方が良いとか、社内における機密の扱いには厳しかった。
また、研究をやりたいなら開発をやり終えてから研究をした方が良い、というアジャイル開発とよべる考え方も指導してくださった。ただし、一番役立ったのは、物性データからどのように高分子材料を考察するのか、というレオロジー専門家としての高い形式知と経験知からの学びである。
毎日9時から12時までの3時間、高分子の知識が乏しかった当方にレオロジーを基礎とした高分子材料科学の座学を3か月熱心に指導してくださった。
指導社員がシミュレーションされたデータとゴム配合の関係や、その実際のゴムの粘弾性データとの関係の説明は圧巻だった。今のMIにもつながる側面もあり、大学よりも実践的でありながらアカデミックな色彩もはなつ、当方が受講した講義の中で人生最高の講義だった。
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当時のゴム会社の研究所は40年先を走っていた。定時になると皆帰宅する、ワークライフバランスを先取りした職場だった。タイヤ開発部隊も同じ8階建てのビルで研究開発を行っていたが、夕方の6時には6階以上の研究所事務所の電気は消えていた。
同期からは羨ましがられたが、当方は勉強のために時間があれば実験をしていた。ゆえに当方が配属された10月から夜中12時近くまで6階以上のどこかの部屋の明かりがついていることが少し話題となった。
指導社員は、毎朝9時から12時まで3時間の座学で高分子の基礎から最先端のレオロジーまで指導してくれた。理論的に混練技術の学習ができた。伝説のカオス混合についても教えてくれて、当方ならばどのように実現するのかと宿題を出されている(注)。
また、午後は自由にテーマを推進していいが、データについては誰にも言うな、と言われた。研究所内では他人の成果を奪っても平気な輩が多かったからである。
気がかりとなったのは、指導社員は学生時代から理学部でレオロジーを学んだ技術者だったが、ダッシュポットとバネのモデルによるレオロジー研究は20世紀で終わりになるから、新たなレオロジーの姿をデータから研究するように、と指導社員の教えてくださっている知識を否定する難しいことを要求されたことだ。
さらに、ダッシュポットとバネのモデルを教えているが、データベースで考えろ、とも言われた。すなわち、ダッシュポットとバネのモデルで仮説を設定できるが、あくまでもデータ中心に考えろ、と。
この考え方は、その後の当方の技術者としての成長にとって重要なアドバイスとなった。科学者は仮説を基に実験を進める。そして、仮説に従った実験データが得られれば満足するが、仮説を否定するようなデータが出ると、否定証明に走る場合がある。
当時タイヤ開発を担当していた役員から、科学ではモノができない、と新入社員研修の発表会で多変量解析による成果を批判された。新QC7つ道具に多変量解析が取り上げられていても、である。
(注)約30年後にこの宿題を完成させることができた。PPS/6ナイロン/カーボンの配合の中間転写ベルトの歩留まりをあげるために必要な技術だった。
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子供のころから化学が好きで、高校生の時に名古屋大学平田教授のフグ毒の新聞記事に感動した。大学では、その先生の特別講義を拝聴でき、卒業研究は有機金属合成の講座で1年間シクラメンの香りの全合成経路について研究した。
アメリカ化学会誌にショートコミュニケーションとして紹介されたが、教授の退官とともに講座が閉鎖されるというので、大学院はSiCウィスカーを研究していた無機材料の講座で2年間ホスホリルトリアミドの研究をして論文を4報ほど書いた。
だから、専門は無機材料化学となるのだが、2度のオイルショックで就職氷河期だった。当時最先端材料として注目を集めていたホスファゼンについてファイアーストーン社は人工衛星ジェミニ用の特殊ゴムを提供していた。
そのファイアーストーン社の研究所へ訪問した企業の非公開リストをたまたま某先生が持っておられて、そこに載っていた日本のブリヂストンタイヤに興味を持った。
運よく先輩社員がリクルーターとして来校されたときに入社意思を示したら、79年にはその社員となっていた。入社までの経緯においてもいろいろあったが省略する。とにかくゴムについて形式知の乏しいまま、研究所へ配属されたことから話を書く。
79年10月1日にアカデミアよりもアカデミックな研究所へ配属されたのだが、大学院2年間の生活よりもアカデミックだった。ただし、アカデミックな点は学部の卒研の時の講座と同様だったが、厳しさは無かった(注)。
アカデミックでありながら厳しさの無い状態とはどのような状態か、想像していただきたい。入社4年後に無機材質研究所へ留学し高純度SiCの新合成法を実証するのだが、この時に研究所を管轄する本部長がYからUに交代した。
Yは大学教授にしたなら最も大学教授らしい人だったが、Uは実務家で研究所の風土改革を目指していた。このUの忘れられない迷言に「女学生より甘い」という言葉がある。今なら世間から批判される言葉だが、これが企画会議で管理職に向けられた言葉なのでパワハラにもあたるかもしれない。
しかし、アカデミアよりアカデミックで厳しさがない当時の研究所の姿を形容した言葉でもある。当方は学部の卒研の1年間にアカデミックな研究とは自己を厳しく律しない限り堕落に走る、と躾けられ、1年研究したら1報論文を書けるぐらいになれ、と学部の4年生にアカハラ以上の圧力をかけられて成長できた。
今でも思い出すが、明日が締め切りという日に卒論を提出したところ、大量の英語の論文の山を渡され、これを読んで明日までに書き直してこい、と言われたときには、頭が真っ白になった。
しかし、今の君にはそれだけの実力がある、と言われ、豚もおだてられれば木に登るわけでもないが、徹夜で大量の論文をまとめて、数10ページの緒言とした。
大学院まで6年間勉強して語学と数学には自信がついたが、化学については人様に誇れる専門分野は無かった。ゆえに社会に出たときに混練の神様と言ってよいような指導社員に出会ったことは幸運だった。
(注)会社の経営には、石橋イズムといっていいような厳しさがあった。この欄で始末書体験を書いているが経営上の問題があると管理職は厳しく注意を受ける。そして、始末書となるのだが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの基本配合を半年で仕上げ、課長に命じられて工場試作まで成功させた新入社員は本来褒められるべきだ、と思っている。市販されていないホスファゼンを使ったことを課長である主任研究員は始末書の理由として当方に説明し、その責任が当方にあると責めている。しかし、課内で当方が企画説明をしたときに、この課長は世間に存在しない世界初のホスファゼン変性高分子を合成しようという新入社員は今までいなかった、と褒めてくれたのである。おそらく、課長が書くべき始末書を新入社員に書かせたので、その甘い考え方に人事部長も目が点になっていたかもしれない。世間に存在しなければ、市販されていないことは自明である。
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科学で問うことができても、科学で答えることができない問題が増えてきたが、トランスサイエンスという言葉は、科学論が活発に論じられた1980年代末にアメリカで生まれている。
日本ではバブル崩壊とともに科学論も立ち消えになったが、1970年前後からの企業の研究所ブームもバブル崩壊とともに見直しが起きている。
1979年にゴム会社へ入社し、当時最先端材料だった樹脂補強ゴムの開発を3か月で仕上げた後、ポリウレタン発泡体の難燃化技術を担当した。
その時、世界初の難燃化技術を開発せよと命じられたので、ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームを企画し、半年で工場試作まで仕上げている。
ところが、始末書を書かされた話を以前この欄で紹介しているが、未だにこの時の始末書の意味が不明である。命じられたゴールを実現し、特許や論文にもまとめ名実ともに世界初の難燃化技術だった。
上司は、特許の発明者は自分を筆頭にしろと言われたので筆頭にしているが、工場試作の成功の責任は当方が負うことになり、始末書を書かされたのだ。工場試作を命じたのも上司であり、急な予定変更で、工場試作の準備のために過重労働をさせられている。
工場試作を突然行うことになったのは、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームの難燃化レベルが高ったからである。半年間の開発業務において、その難燃化機構についても解析している。
燃焼という現象は急激な酸化反応であり、非平衡で進行するので、典型的なトランスサイエンス現象である。しかし、それを科学的に解明せよ、と言われたので、燃焼時のオルソリン酸の揮発量はじめ、様々なデータを収集している。
科学的に解明が難しい現象については、仮説設定よりもとにかくデータを集めることが先決である。現象から科学的手法で得られるデータを絞り出し、科学で証明が難しい現象について多数のデータから考える方法が効率的だ。
これを科学的にとらわれて仮説設定しデータを集めてみても、非平衡で進行している反応を完璧に証明できず、否定証明の報告書を乱発することになる。
トランスサイエンス現象については、科学的に測定可能なデータをとにかく集め、科学的に確からしい多数のデータから何が起きているのか解析的に想像を進める以外に方法は無い(ユークリッドはこのようにして図形の問題を解いていたのかもしれない。そして、経験的に一本の線を引くヒントを身に着けたのだろう。科学誕生以前にユークリッド幾何学は生まれている。)。
ゴム会社の研究所には、これを頭が悪いから、と笑っていた人がいるが、その人が今マテリアルインフォマティクスへ真剣に取り組んでいる研究者を見たら、大笑いするかもしれない。
科学と非科学を厳密に分けていた時代があった。そのような時代に新QC7つ道具と出会い、データサイエンスの可能性について研究するのは大変だった。
しかし、ホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームや高純度SiCの事業化、電気粘性流体の耐久性問題解決など科学的に取り組んでいたら出せなかった多数の成果を出すことができている。
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