厚生労働省の「毎月勤労統計」調査が不適切だった問題は、政府の22の基幹統計でも不適切手続きが発覚し、霞が関全体を揺るがす事態に発展した、とWEBニュースで報じられている。しかしそれでも誰も逮捕されない。
ところで、映画「6days7nights」には、主人公の雑誌編集者である女性とその彼氏との会話で、彼氏が彼女を責めるシーンがある。アベックのデート中の会話なので、彼氏の言葉は冗談めかしてはいたが、穏やかだった。しかし、彼女の受け取り方は責められているようにそのシーンでは描かれていた。
この映画のラストシーンでは、この彼氏と別れ中年の男とハッピーエンドとなるので、このデートの会話はその伏線となる重要なシーンの一つである。しかし、統計操作が法に触れるほどの悪事である、ということが理解されていないと、両者の表情からは単なる彼氏の冗談の一つぐらいにしか見えないシーンでもある。
ところが、冒頭で演じられるデートシーンの彼氏のこの一言がきつい冗談で彼女を責めていた、と理解できると、物語が進むにつれて中年男に惹かれてゆく彼女の心の動きがよくわかる。
さて、デビッド・シュワイマー演じるドジな彼氏は、アン・ヘッシュ演じる彼女に何を言っていたのかはDVDで確認していただきたいが、要約すれば彼女が雑誌に女性の意識調査の統計データを載せており、その記事の中で統計数値を操作して女性の意識を変えてゆこうとしている、と彼氏が責めていた。
なお、「6days」はテロの話だが、これに7nightsがついたタイトルのこの映画はラブコメディーとなっている。『スターウオーズ』のパロディーである『ファンボーイズ 』では、ハリソン・フォードについて話が弾む車中で「 駄作なんか1本もないぜ!」と豪語する後方に、「6days7nights」の看板が大写しとなる。しかし、この映画、今回の厚生労働省の事件を知ってから見ると決して駄作ではなく丁寧に作られているとわかる。
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昨日の朝ドラ「まんぷく」では、発明のコンセプトを基に具体的な発明を開始するための「発明アイデアの具体化」の過程が、コンセプト形成過程と同様に科学的ではなく技術的な手法の事例としてうまく描かれていた。
インスタントラーメンのコンセプトは決まったが、具体的なインスタントラーメンの商品の姿がまだ見えていないマンペイさんは、屋台のラーメンを食べたり、フクちゃんとコンセプトについて議論したりしている。そのプロセスでトリガラスープなどのアイデアが出てくるのだが、なかなか商品の具体化までには至らない。
ある日、とろろ昆布にお湯を注ぐフクちゃんを見て、商品の完成形「お湯を注ぐだけで作れるラーメン」「麺からスープの味が染み出すラーメン」などのアイデアが出てきた。
このシーン、科学ではないのである。日常の経験である。すなわち、日常遭遇する現象から商品イメージ、商品の重要な機能を導き出しているのだ。おそらくこの演出家は技術というものをよく勉強した可能性がある。
単なる思い付きではなく、目の前で起きた現象から機能を取り出している点が重要である。とろろ昆布はラーメンの姿からほど遠いが、お湯の中に味の成分を拡散させて、そして自らはスープの具として機能している、この現象からインスタントラーメンという商品に重要な機能をとりだしていた。
これはインスタントラーメンの基本機能であり、この基本機能ゆえに大ヒットしたのだ。現象から基本機能を取り出すことに成功したマンペイさんは、親戚一同集めて商品名を決めるブレインストーミングを始めた。そしてお母さんの提案した「即席ラーメン」が商品名として決まった。
ブレインストーミングはともかく、「即席ラーメン」という商品の基本機能の描き方は、技術の発明の姿の描き方として秀逸である。科学が生まれる前の時代に活躍したニュートンはリンゴが落ちるのを見て万有引力を思いつく逸話は、マッハ力学史には「月がなぜ落ちてこないのか、とニュートンは考え続けた」とある。
リンゴが落ちる逸話はニュートンの着想をわかりやすくするために考えられたかもしれない。むしろすべてのものが地球に落ちてくるのに、なぜ月が地球に落ちてこないのか考えた話のほうが、ニュートン力学の体系を作り上げた事実と照らし合わせたときに信ぴょう性がある。いずれにしても自然現象の観察からアイデアが生まれていることには違いないが。
とにかく技術というものは人間の営みとしての活動の一つである。それは日々の生活で遭遇する現象から人間に役立つ機能を取り出す作業だ。古来から行われてきた技術開発のエンジンは科学的論理ではないのである。
科学も技術も観察が重要な行為である、と位置付けているが、科学では、観察した現象から仮説を導き出したり、あるいは現象そのものを仮説の実証対象としたり、現象と理論との論理的結び付けが求められるが、技術では現象から機能を取り出す作業が重要視される。
科学における観察と論理については小学校から高等教育のレベルまでそれを基本として学ぶが、技術における観察については義務教育も含め公教育で学ぶ機会が無い。企業の現場が唯一の機会であるが、弊社ではセミナーの中でそれを提供している。
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若いころに読んだ本で、「統計で嘘をつく」という、まさに今でも話題になりそうなテーマを扱った新書がある。当時ベストセラーになっているので神田の古本屋にあるかもしれない。ただし嘘は「ウソ」とカタカナ表記になっていたかもしれない。
この本を読んだときに、たいした内容ではないと思い無造作に扱って紛失したが、厚生労働省の今回の事件で、著者の意図を再確認した。ニュースでは伝えられていないが、お役人レベルの能力があれば、このような知恵は十分に回る。すなわち、歴代の事務次官レベルが逮捕されてもよい事件である。
但し、甲南大法科大学院の園田寿教授(刑事法)は「意図的な捏造(ねつぞう)や改ざんではなく、単に申し送りで漫然と続けていたなら、故意だったと認定するのは難しい」と説明する。漫然と続けていたなら許される、というところが気にかかる。
国民の税金が給与として支払われているのである。年金が源泉徴収され、そのような漫然と仕事をやっている役人に給与として支払われているのかと思うと、空しくなる。
さて、今回この問題を日々の品質管理活動や研究開発活動にあてはめて考えてみたい。話を簡単にするために抜き取りサンプル5個の平均と標準偏差を管理しているとする。
この時抜き取りサンプルを6個に増やし、測定値を見ながら、平均値や標準偏差を操作することが可能である。あるいは、抜き取りサンプル5個の統計データに不満があれば、自分の満足行くデータとなるまで抜き取りを繰り返し、都合の良い5個の抜き取りサンプルでデータを整えることもできる。
さてこのようにして収集された統計データは、正しいと言えるか。またこの行為は捏造ではないので許されるのか。学生時代、このような話を読んだ時にあまり真剣に考えなかった。
同じ悪事を行うのであれば、5個のサンプリングよりも面倒なことをする人がいるのか、それならばサンプリングもせず適当な数値を書いた方が面倒ではない、という感覚からである。
なぜなら学生実験であれば多少データが皆とずれていても、あるいは収率が悪くてもサンプル数を増やす方法など考えず、サンプリング5個のところを1個にして、n=1と添え書きをつけておいて、早く実験を切り上げ雀を追いかけていた。、n=1と添え書きをつけていたので、手抜きの減点はあっても捏造ではないのでレポートとして許された。
すなわち、その目的はともかく、統計処理を行うのは、自然界のすべてのサンプルを調べることが不可能なので一部のサンプリングで数値を代表させる、と信じており、統計数値で悪事を働くぐらいならば捏造を行うだろうと思っていた。
しかし、著者は、統計処理を悪用して数値を操作し、悪事を働くことができる問題を情報化時代の到来の前にテーマとして取り上げ警鐘を鳴らしていたのだ。この著書が販売されたときに、誤った統計処理を放置した場合には犯罪であると法整備をしていたならば、今回の事件はアウトである。
今やビッグデータ含め、統計データが身の回りにあふれ出しており、そしてそれらが日常生活に影響を与え始めた。情報化時代とは、統計の時代でもある。そのような時代に責任のある立場の人間が漫然と統計データを扱っていても許される、というのは法律が時代に合っていないように思う。
ところで故田口先生はタグチメソッドは統計手法ではない、とおっしゃっていた。タグチメソッドでは、基本機能に影響を及ぼさない制御因子をチューニング因子として使うことができる。
これは便利な考え方であり、逆にタグチメソッドを統計手法としていたら、このような考え方は統計で嘘をつくことに近い行為でメソッドが怪しくなる。タグチメソッドは統計手法ではないのでそれが許されるのだ。
確認実験が外れても当てはまるまでチューニング因子を活用しSN比の高い条件を見つけることは禁じ手ではない。なぜならタグチメソッドの目的にカイゼンがあるからだ。故田口先生はそこまで深読みされてタグチメソッドを完成された。メソッドを理解すると、改善できれば何でもありの世界が見えてくる。
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1月24日(木)発売の「週刊文春」では、日産及びカルソニックカンセイの検査不正問題を取り上げている。自動車用内装材の難燃性について不正をやっていたことを関係会社のカルソニックカンセイの関係者が明らかにしたらしい。
日産自動車は「2018年9月に日産自動車として事実を確認しました。本件は日産自動車とカルソニックカンセイ社との間で取り決めた難燃性試験の実施に不備があったものであり、カルソニックカンセイ社と調査・再発防止を社内関係部署にて実施しております。2018年10月に国土交通省へ確認した事実を報告しております」などと回答した内容を報じている。
日産自動車がいつから不正を行っていたのかについて「1999年にゴーン氏が日産に来てから系列でもコスト削減が進んだこと。人員不足で検査が片手間になっていました。」とある。
問題は年1500件以上も車両火災が発生しており、その内容は公開されていない。もし大半が日産車としたら大変な社会問題になるはずだ。
当方は年に数回高分子の難燃化技術についてセミナーを開催しているが、基本的な考え方として高分子を不燃化することができないので、それぞれの規格を守った材料の難燃化技術が重要と指導している。
この基本が守られていないとどうなるのか。燃えやすい商品となり、一気に燃焼リスクが高まるのだ。すなわち、本来燃える様な材料を燃えにくくしているだけで、その燃えにくさは経済性との関係で商品ごとの規格が設けられている。
その規格さえもコストダウン必達のために守られないとしたら、安全性についてリスクが高いことになる。文春オンラインで報じられている内容は、単なる品質検査の捏造では済まされない。実態を公開し、必要ならば、部品交換をすべき義務が発生する問題だ。
もしこれを国が放置しているならば、自動車火災が発生したときに国土交通省はその責任を負うことになる。昔、お餅のように膨らむことでJIS難燃規格を通過した天井材の話をこの欄で紹介している。その時社会問題化して、当時の通産省は難燃規格の見直しを行い、当方はその仕事のお手伝いさんとして建築研究所へゴム会社から派遣されている。
その見直しでは、天井材は、難燃二級という規格から簡易耐火試験という新たな企画に変更された。そしてゴム会社は新製品として販売していた餅のように膨らむ硬質ポリウレタン製天井材をフェノール樹脂に材料変更をすることになった。
もし国土交通省の担当者が報告を聴きながら何も対応しないならば、自動車火災の責任を問われることになるかもしれない。この意味がよくわからないならば、国土交通省の担当者は一度当方のセミナーを聴いて勉強する必要がある。
ところで、この日産自動車の問題は、一年前に起きた材料メーカーによる品質データねつ造事件と類似点があることにアセンブリーメーカーは気がつく必要がある。もし一連の事件における類似点が分からず対策ができなくて困っているメーカー担当者は弊社へご相談ください。
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NHK朝ドラ「まんぷく」が佳境に入ってきた。主人公マンペイさんがフクちゃんとインスタントラーメンの開発に着手し始めた場面である。昨日の朝は、企画の練り始め段階を放送していた。
このドラマの面白いところは、発明成功に至る過程をうまく描いているところである。そしてそれは決して科学的ではない、技術的手法として描かれている。テルマエロマエの温泉開発過程も面白かったが、このまんぷくの演出も十分に面白い。
インスタントラーメンの発明では開発ターゲットの着想段階から描いていた。すなわちニーズも何もない、マーケットの状況も不明な商品コンセプトの創出をどのように行うかを説明していたのだ。
小生も高純度SiCの開発を行った経験から、マンペイとフクコの会話の様子をよく理解できた。すなわち、ゴム会社がCIを導入した時に社長方針として、電池とメカトロニクス、ファインセラミックスの方針が出された。ここで、ファインセラミックスとしてどのような事業を開発するのか悩んだ経験があるからだ。
この経験では、ゴム会社=高分子事業の会社とファインセラミックスの水と油の世界について、高分子からファインセラミックスを製造する、という着想、そしてそれが高純度化のプロセスに貢献と至り、2000℃以上の高温度で昇華精製を繰り返さないと高純度化できないSiCにたどり着くのだが、その過程がまさしく昨日の朝ドラで描かれていた手順だった。
新しい事業企画においてコンセプトは重要であるが、それをどのように着想し練り上げるのかは難しい作業である。企画をする人により様々な手法が存在するかもしれない。
ドラッカーは、このような場合の考え方の道筋やヒントをその著書で示しているが、具体的なやり方については書いていない。弊社はドラッカーの著書と当方の体験をもとにその過程をまとめた教材を用意している。
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半導体治工具用高純度SiCは、ゴム会社にCIが導入された時の記念論文募集で最初に提案されている。しかし、この記念論文募集では、最初の締め切りに3件ほどしか集まらず、同期の友人が当方の論文を読み、人事部に連絡し締め切り延長を申し出ている。
そしてその友人の論文が一席に選ばれ、当方の論文は、入賞さえしていない。一席に選ばれた友人の論文は、夢というよりも荒唐無稽の内容で、当方の現実的な高分子から高純度セラミックスを作り、半導体事業を始める内容とは大きく異なっていた。
CI導入時の社長方針として、電池とメカトロニクス、ファインセラミックスが新事業の3本柱として提示されていたので、当方は論文の内容をファインセラミックスにしたのだが、友人のそれは社長方針とは全く関係のない内容だった。
友人は賞金10万円を得て、その賞金で小生の残念会を二人でしてくれたのだが、その時当方の論文の内容を実現したら、ということになった。この残念会はある意味キックオフの役割を果たしている。
その後、上司に改めて企画として提案したりしてヤミ実験を行い高純度SiCの前駆体合成に成功するのだが、ゴム会社ではそれ以上研究を進めることができなかった。
運よく、上司との折り合いが悪くなり、上司がアメリカ留学を提案してきた。当方は高純度SiCを実現したかったので、アメリカ留学を断ったのだが、上司はどうしても留学させたいということで当方が探してきた無機材質研究所留学を人事部と調整してくださった。
無機材質研究所には、ビジター研究員として研究所のテーマを行う予定だったのだが、たまたまゴム会社の昇進試験に落ちた連絡が人事部長から無機材質研究所にかかり、横で聞いておられた総合研究官の方が所長と調整してくださり、1週間の限定付きで高純度SiCの合成研究期間を設定してくださった。
そしてこの1週間の期間に、99.9999%の純度の黄色い粉ができてスタップ細胞並みの騒動になりかけたが、理研と無機材質研究所の違いは、極めて冷静に研究を育てる方向を先生方が真剣に考えてくださったことだ。そして、この時生まれた成果がゴム会社で30年続く事業になった。
実働はサービス残業に過重労働と細部を見れば大変であったが、大局的に見れば、JVのきっかけを作ってくださった小嶋莊一氏との出会いも含め、30年という時の流れはスーダラ節のごとく進んだのかもしれない。
一番大きい事業のきっかけとなったのは、昇進試験に落ちた当方のモラールアップのために総合研究官が働きかけた、東大本田教授のいうところの「やりがい詐欺」となるが、労働者のやる気を鼓舞することを詐欺と呼んでよいのかどうか。
当方は、その後のこの総合研究官のアドバイスで、仕事だけでなく人生においても何度も勇気づけられてきた。自分の人生から判断して、やはり、本田教授の概念は間違っていると思う。お金を超える人間関係、人との交流は、仕事において重要である。
直属の上司が誠実真摯であれば最高かもしれないが、追い出したくて当方の希望をかなえてくれたような上司も一方で大切である。パワハラやセクハラなど忘れ、いやな上司でも気楽に交流する必要がある。
(当時はおかしな主任研究員を忘れるため土日は仕事をやらずテニスに励んでいた。このおかげで無機材研におけるテニス大会で優勝できた。塞翁が馬である。パワハラやセクハラは人間関係から生まれるハラスメントだが、ハラスメントを個人の中で昇華する技は身に着けておいて損はない。数多くのハラスメントの被害にあってきたが、ひとつづつハラスメントの解決にあたるより、生産的な時間の使い方をしてきた人生で後悔はない。留学の世話をしてくださった主任研究員は、大変いやな上司であった(当方以外の課員全員が異動希望を出していた。当方は留学希望を出していた。)が、なぜか出世している(SiC事業の立役者と思われたのかもしれない。マネジメントとは人を成して成果を出すことであり、この観点では優れていた。当時SiCの事業を答案として提出し昇進試験を落とされた当方は複雑である。)。しかし、アメリカ留学をどうやって人事部長を丸め込んだのか知らないが、無機材研留学に切り替え、余った留学予算を当方が学会出席などの費用として使えるように調整してくださった。おかげで留学中は借家を二軒借りて、一軒を事務所として使うような生活で、学会も応用物理はじめあらゆる年会に出席できて飽きるほど勉強ができた。学位論文の構想もこのころ立てている。大学の先生の接待費も留学費用として使えたので、給与は安かったが、楽しい留学だった。サラリーマン人生で一番いやな上司という印象だったが、この留学環境を整えてくれたのは、ほかならぬこの上司だった。複雑な気持ちである。とても当時のハラスメントを訴える気分には慣れない。)
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昨日安室奈美恵のことを考えて、日本の技術者も安室奈美恵と同じような道をたどった結果、現在に至ったのではないか、と懸念している。すなわち、高度経済成長期は日本人労働者のモラールは自然とアップしていったが、それが個人のモチベーションアップに結び付いてゆかなかった可能性がある。
それだけではない。マネジメントの方向が個人のモチベーションアップに力を入れたところ、出世競争だけあおり、本来の個人の自己啓発努力と能力向上まで結びつけることができなかったためと想像している。
このような想像は、当方のサラリーマン経験と関係があるのかもしれない。すなわち当方の周囲には他人の成果を平気で自分の成果として申告し出世していった輩が多い。FD問題もその類であり、モチベーションアップのマネージメントが悪い結果を生み出した可能性がある。
管理職として部下の面接をしていて驚いたのは、若い人たちはそのような状況をよく見ているのだ。これは企業内に限らず社会全体の風潮でもあるようだ。
うまく振舞ったものが報われる社会でも全体に成長し、その恩恵が皆に回ってくればモラールアップもする技術者が出てくるかもしれないが、最近の政治の方向はそうではない。これでは若い技術者のモラールアップなど望めないし、経済発展のための個々のモチベーションアップにもつながらない。
当方のような社会経験を重ねてくると、モチベーションコントロールのスキルも身についてきて、どのような状況になっても仮に一度は落ち込んだとしてもモラールアップできるようセルフコントロールの努力ができる。しかし社会経験の乏しい若い人にそれを求めても無理だろう。
また、「やりがい詐欺」なる言葉を流布して、モチベーションアップを阻害するような活動をしている大学の先生もいる。モチベーションアップは、個人の活動において幸福の一要素と思っている。何も意識せず、風に吹かれて生きるスタイルだけが人間の生きる姿ではない。
ただでさえ高齢化でそのような人が増えているのだ。「やりがい詐欺」という言葉を流布しようとしている先生はその影響を反省して欲しい。
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昨日安室奈美恵の単独インタビュー番組を見た。番組を見終わって表題の問題の重要性を彼女の言動から考えてしまった。恐らく彼女はアーティストとして現状に満足できず、すなわち頂点に立ってみて、今後の自分のモチベーションをどのように方向づけたらよいのか分からなくなって引退を決断したのではないかと思った。
安室といえば、そのダンスセンスと歌唱力、ファッションが魅力である。その彼女が、デビューし小室ファミリーの一員として絶頂期に到達して自分の道に迷い、音楽機材を買い込んで作曲や作詞に取り組んだ時期があったという。そのとき、彼女にその魅力を教え、コンサート中心の活動を支えたのが、現在のプロデューサーであり、彼女のチームらしい。
そして、絶頂期に達して彼女は引退を決意しているのだが、恐らくチーム運営をしていたリーダーは彼女を甘く見ていた可能性が高い。すなわちそのマネジメントに失敗していたのだ。その結果として安室のモチベーションが下がってしまった可能性が高い。
これは組織運営でもよくやる失敗の一つである。何かのはずみで組織の成果がでると、組織のモラールは一時的に上がる。この時組織のモラールアップがうまく個人のモチベーションアップと結びついてゆくと組織は発展し続けるが、モラールアップが個人のモチベーションアップに結び付いてゆかないとせっかくのモラールアップの状態が萎えてしまう。
安室の音楽チームは恐らくモラールアップの絶頂期にあったと思われる。しかしその中で一人安室のモチベーションは下がっていったのだろう。リーダーはその彼女の変化に気がつかなかったようだ。
彼女の才能はそのダンスとファッションセンスにある。しかし、残念なのは0から音楽を創り出す才能が欠けている。音楽が無ければ彼女のダンスやファッションセンスも生きてこない。このことに気づき彼女を支えてゆこうとする人物が現れない限り、彼女の再デビューを期待できないだろう。彼女のインタビューを聞きながら、時折懐メロ番組に現れる山本リンダのエネルギーの凄さに恐れ入った。
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ハゲタカ学会誌が昨年話題になったが、毎日新聞電子版には表題の話題が載っていた。アカデミアの研究者が箔をつけるために4-5万円支払って国際会議に参加する形式らしい。まったくの無審査で内容も問わないようなひどい状態らしい。
昨年ハゲタカ学会誌の話題を読み、そのようなものがビジネスになることが信じられなかったが、その国際会議版がビジネスになっている、というのでさらに驚いた。
当方は頼まれない限り、最近は学会発表等しない主義だが、PRのために学会発表もしてみようと考えていたところでこのようなニュースを見て萎えてしまった。
昨年、「上海CMF国際会議」という国際会議に対して発表依頼が来た。講演内容もおそらく当方以外の発表者は、国際的にも少ないのだろうと思われる内容だった。しかし、英語で1時間という条件を見て、面倒くさいのでほったらかしにしていた。
そしたら、講演料30万円支払うから、と議長からメールが届いた。やはり講演者が見つからなかったのだろう。仕方がないので了解したら大変だった。発表内容にいろいろと注文があり、結局国際会議の1か月前はその資料作りで時間がつぶれた。
しかし、往復の飛行機はビジネスクラスと上海の一流ホテルのスイートルームで2泊三日の旅は快適だった。費やした時間から考えると講演料30万円は、あまりお得な感覚はしない。また、講演は1時間だったが、講演後の放送局によるインタビューが2時間もありこれが大変だった。
インタビューには日本語の通訳をつけていただいたので、最初の30分ほどはかっこをつけて英語で答えていたが、次第に面倒になって日本語になってきた。講演よりもこのインタビューが大変だった。
この国際会議が、どのような位置づけになるのかしらないが、およそ自分でお金を払ってまで講演をしようという気にはなれない大役だった。しかし、日本のセミナー料よりは十分に高い講演料と待遇で満足した国際会議だった。これでどれだけの箔がついたか知らないが、わけのわからない英文のメールが届くようになった。
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1960年ごろに植木等のスーダラ節が大ヒットした。分かっちゃいるけどやめられない、というフレーズが流行語となっている曲で、日本の高度経済成長前の助走段階をうまく表現している。
この歌は名古屋で火が付いた、と言われているが、当時名古屋は中小企業が多く、平均年収では全区平均より低い地域だったらしい。酒のはしごも仕事もすべてがスイスイスーダララッタと進んでいった時代で、賃金も右肩上がりで労働者が皆幸福感を味わっていた。今池に黒川、女子大小路にキャバレーが乱立していった時代で、昼間のネオンが子供の目にもまぶしかった。
このころのサラリーマンは気楽な稼業だったが、今、サラリーマンは当時よりも職場環境が良くなったにも関わらずスイスイスーダララッタと調子よくいかないようだ。GDPも中国に抜かれた。
中国は、10年前よりも給与生活者の待遇は良くなり、去年まで、このスーダラ節のような状態だったが、今年仕事始めに上海まで出かけたが、米中関係の悪化からか少し陰りが出てきた。情報化時代は変化が激しい。
植木等に象徴される無責任サラリーマンが当時の世相を表しているのだが、ある意味ではワークライフバランスがうまくいっていた時代なのかもしれない。それが給与が上がり、ワークライフバランスがおかしくなっていったのかもしれない。
当方が就職した時の初任給は月給10万円の時代で、無機材質研究所に留学していた時の年収は、300万円台だった。そして転職するときには、家族4人で600万円前後の年収だった。また、肩書も何もなく、すなわち業務の責任は会社から与えられていなかった。
当時はバブル時代で、当方の倍の年収になった社外の友人もいた。当方のこの安い給与でも30年続く半導体治工具事業を立ち上げている。経営から見ればコストパフォーマンスの高い新事業立ち上げであるが、給与も安く、肩書も無く気楽だったから、うまくいったのかもしれない。この事業はスーダラ節に火が付いた名古屋の企業に移管されたので新たな発展を期待している。
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