プレの準備不足でも引き受けたのはCMFデザインには関心があり、会議そのものに興味があったからだ。
招待講演者であれば宿泊費や交通費だけでなく破格の講演料も出るという。先月支払いを受けた某社の3回分の講演料を越える金額が45分の講演で得られるとあって躊躇なく引き受けた。
ただ、これが甘かった。会議の一日前の飛行機で訪中する計画になっていた。搭乗した飛行機はエコノミーではない。
破格の扱いで空港に着くと、「倉地先生」と呼ぶ声が聞こえた。迎えに来たのは、以前日本へ遊びに来た陳君である。
陳君の話ではこれから某樹脂会社で技術相談にのってほしい、という。当方はホテルでプレの練習をする予定でいたが、人の好さが裏目に出た。気楽にOKと応えてしまった。
技術指導内容は、朝飯前の内容だったが、大切な時間が無くなった。さらに夜はそのお礼の夕食会で、とうとう準備不足でぶっつけ本番となった。
講演当日は、朝9時陳君の電話で、会場に呼び出され「先生はここに座っていてください」と言われた。一番前の席である。少し期待していた自分の講演までのわずかな練習時間も無くなった。
ただ年を重ねて蚤の心臓は十分にタフになっていた。用意した資料を読むだけ、と覚悟を決めた。
このような状況で講演をしたのだが、散々だった。なぜ壇上で亡父に叱られなければいけないのかは自分の講演を客観的にみて明らかだった。お化けの話が似合う季節になった。
しかし、スポットライトの当たっている状態で出てくるお化けの話など聞いたことが無いが、お化けならば柳の下が定番で、お立ち台の上では目立ちすぎる。よほど我慢ができなかったのだろう。
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6月29日にCMFデザインに関する国際会議が上海で開催された。招待講演者として演題に立ったのだが不思議な体験をした。講演は前日に書き上げた文章を読んでいるだけなのでセミナーよりも楽だったのだが、演題に立った瞬間、突然脳裏に若い時の思い出や父親が現れたのである。
青春時代の白日夢であれば楽しかろうが、その時の自分の置かれた立場や自分が果たさなければいけないゴールの状況では悪夢以外の何物でもない。振り切ろうと大きな声で用意した文章を読み始めたのだが、口が乾き始め、おまけに脳裏に現れた父親が説教をし始めたのだ。
このような状況をここに書くのはお恥ずかしいが、依頼されてからの依頼元の説明不足や準備までの時間を考慮すると45分間のプレゼンをただ英文を読むしかない、と高をくくっていた。
起業してから生活面で改善されたのは睡眠時間である。いつのまにか夜九時に寝て4時ごろ起床するのが習慣になっていった。仕事もほぼ計画的に進めている。ところが、この国際会議について依頼されてから当方の発表内容を告げられたのが開催まで1ケ月を切ったところである。
依頼された発表内容のそれぞれは大したことではなかったのだが、つながりがない。大きなカテゴリーとして日本の家電状況と新素材について講演してほしいというものだが、新素材について透明導電材料や透明材料についてと条件を付けてきた。
デザインx透明導電材料x透明材料とくれば、LCDディスプレーの厚みと材料の変化について講演すればわかりやすいと思ってまとめ上げたのだが、パワーポイントの資料を送ったところダメ出しが出た。まず画面が横長だそうだ。そして内容についてPC/ABSの話や人工大理石の話を入れてほしいといってきた。
自己紹介の中で透明導電材料を語る流れに資料を作成しており、その流れの中で日本のCMFデザインの話やPC/ABS、人工大理石の話など盛り込むには無理があった。とにかく2回ほど依頼側と意見交換してプレの資料が英語で出来上がった。それが中国出張の2日前だった。
通訳と自分のために講演用の文章ができたのは上海出発の前日であり、練習を当日自分の発表時間までに行う予定でいたが、その時間も無くなった。中国における当方の行動予定がすべて先方により決められており、練習などできない状態だった。
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亡父は、死の間際まで読書をしていた。亡父の読書は、いわゆる読書というよりも勉強だった、と思っている。本を読みながらいつもメモを取っていた。読む本も文学書よりも古典や実用書、芸術分野など知識獲得のための書物ばかりだった。ドラッカー本について恐らく日本で販売された書籍を全部読んでいたに違いない。
亡父は、自分で読む本は自分で買え、が口癖だった。本屋の神様のような読書家だったが、本が高くなった今の時代は大変である。電子書籍が必ず普及すると思って事業を開始したが失敗して不思議に思っている。AIの普及でますます勉強が重要になってきたからだ。
亡父は組織で成功した人生だったが、55歳定年制の時代で、組織から離れた人生と組織で生きた人生の長さがほぼ同じの生き方をしている。当方が中学生の時に定年を迎えたのだが、メモを取りながら本を読んでいる姿を見る時間が多かった。
人は何のために学ぶのか、という問いはナンセンスで生きることは学ぶことだ、というのが亡父の口癖だった。しかし、当方の生きた時代は、不幸にも学ぶ意欲を失わせるような風潮で、勉強だけをやっていては生きてゆけない時代だった。
就職で上京し、ますます勉強時間が短くなった。毎日過重労働で勉強時間などとることができなかった。もっとも過重労働はみずから果した働き方のようなものだったが、指導社員はその働き方に同情されたのかどうかは不明だが、毎朝3時間座学の時間を習慣としていた。
この指導社員との3ケ月を新入社員時代にもてたのは人生の良い思い出である。本当は毎朝ではなかったのだろうが、思い出として毎朝として記憶されている。そしてマンツーマンの座学の時間に関わらず居眠りをしていた思い出が残っている。
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大学4年の時にシクラメンの香りが流行していた。だから、卒研にシクラメンの香りの合成ルート開発をテーマとした。天然物の合成ルート開発をライフワークにとも考えたりした。当時アメリカのコーリー博士がその分野で有名だったので彼の論文をよく読んでいた。
所属していたのが有機合成の講座だったので、論文を読むだけでなくコーリー博士の研究について知識として身に着けていることは常識だった。だから4年に進級してもっとも力を入れて勉強したのはコーリー博士の研究内容である。
化合物の合成経路を考えるにあたり、「逆合成」というコンセプトは有機合成以外の分野でも大変役に立つと感じた。簡単に説明すると、高校生の学習参考書にもあったチャート「結論からお迎え」という考え方である。
コーリー博士はこのコンセプトを用いて有機合成デザインをコンピューター上でシミュレーションできるようにした先駆者だ。1980年代にこの考え方は普及していくが、1970年代は先駆的な先生が大学院の講義で少し触れる程度だった。
コーリー博士の弟子による「有機合成デザイン」という書が出版されているが、それを購入したのは29歳の時で、すでに有機合成の研究をやめてから6年経っていた。無機材質研究所に留学していた時で、筑波大学の生協でその本を見つけた。
この書は期待通りの面白い本で、有機合成デザインだけでなく、その思想は実務にも生かせるような内容だった。すなわち知識の詰まった書であり専門家でなくてもそのコンセプトは参考になるだけでなく、内容を理解すればそのまま知識になる名著だった。
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界面活性剤を実務で活用するときにHLB値は一つの指標である。また、500種近くの界面活性剤を主成分分析しても第一主成分にHLB値が大きな寄与として現れるぐらい重要なファクターだ。
ただし、第一主成分と第二主成分の軸で界面活性剤をマッピングしてみると界面活性剤の複雑な機能がそこに現れてくる。すなわち同一HLB値でも界面活性効果が変わる場合が存在する、という意味だ。
溶媒に分散しミセルを形成するぐらいの話であれば、HLB値を指標にして研究していても間違いは起こりにくいかもしれない。
しかし、電気粘性流体とゴムを組み合わせて、ゴムから有象無象のブリードアウトが生じているようなカオスの状態における現象を扱う時にHLB値だけで議論は困難になる。
それではこのような場合にどうするかは、試行錯誤、すなわちやってみなければわからないのである。この、解決するためにやってみなければわからない、という言葉を頭から否定する人がいるが、そのような人は技術というものが分かっていない。
そもそも形式知だけで問題を解決できるならば、実験など不要である。実験は仮説を確認するために行う、は当方も好きな言葉であるが、当方はこのあと、但し、仮説と異なる結果がでたら、迷わず試行錯誤を行え、と部下を指導してきた。
仮説と異なる結果が出たら解析せよ、という人もいるが、解析も大切だが、技術では仮説の正しさよりも「機能」が重要で、山中先生が常識外れの24個の遺伝子をすべて細胞に組み込もうとした実験のような取り組みの方が技術開発では優先される。ノーベル賞学者でも掟破りの実験を行える勇気があるのだ。
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50年ほど前にオーディオブームは始まり、バブルとともに消えたと思っていたら、最近ささやかなブームがまた起きているらしい。以前オーディオチューナーが壊れたためにそれを探しに出かけたらヤマハ製しかなかった話をこの欄で紹介している。
インターネット端末とチューナーを兼ねた製品が販売されていることを知り、それを購入しようと思ったら、ややサイズが大きく邪魔になるので諦めた。それから2年ほど経ち、壊れていたチューナーをダメもとで修理しようとしたら、いつの間にか治っていた、という話だ。
40年前10万円以上したマイコン制御のシンセサイズドチューナーは、マイコンが暴走していたために動作不能になっただけのようだ。電源コードを外し放置している間にリセットされたらしい。ラジオマンジャックをまた聞きながら料理をしている。
骨董品と呼んでもいいようなチューナーはこうして復活したが、「さすがソニー製」と言いたくなるぐらいに良い音がしている。コンデンサーの大半はセラミック製なので劣化していないのだろう。修理しようとして40年間たまったホコリを掃除して放置しただけで復活した体験は他のデジタル機器で稀にある。
ところで、最近のオーディオ業界は、というと、まず音の出口であるスピーカーは外国勢に席巻された。スピーカーが売り物だったパイオニアはオンキョーへオーディオ部門を売却している。コニカミノルタの有機EL工場を東北パイオニアが購入しているので事業再構築中なのかもしれない。
パイオニアの事業を承継しているオンキョーは、スピーカーを振動板から自社開発しているフォステックスと並ぶスピーカーメーカーだ。最近小型の高級スピーカーを発表しているが、それがセプタープロジェクトによる、とわざわざPRしているので昔のオーディオ世代を狙い撃ちしているのは明確だ。
そのスピーカーの音は小型らしからぬ銘機と呼べるような音だが価格が高い。このスピーカーを買うぐらいならば、ギターの側板をボディーに使っている小型スピーカーのほうがよい。音の傾向は少し異なるが、価格とのバランスが良い。
スピーカーは値段が高ければ本当に良い音が聞こえてくる嗜好製品そのもので気にいらない。100万円以上のスピーカーは、スピーカーの存在がなくなり本物の音を通り越したきれいな音がする。老化した耳でもそれがわかるから不思議だ。使用されている材料や技術の価格を考慮しても本物の音が聞こえているわけではないので100万円は高すぎる。
本物でもないのに美しく聞かせて高い金を取る外国スピーカーの商売は、いくら趣味の世界でもボッタクリバーの感覚に見える(聞こえる)。
面白いのは3万円から10万円前後でそれらしい音のするスピーカーがあることだ。ただこの価格帯のスピーカーの特徴として、少し慣らし運転をしてやらないとよい音に聞こえてこない。
単身赴任したときに、展示品を半額以下まで値切り2万円前後で購入した当時新製品のオンキョースピーカーがこのごろ40万円前後のB&Wのスピーカー並みの音を出しているのに驚いている。コーンを支えているエッジやダンパーが劣化し柔らかくなってきたのかもしれない。
アンプで有名だったサンスイは長らく続けていたアンプの修理サービスを辞めてしまったようだ。デノンはいつの間にか安いスピーカーだけを扱いハイファイスピーカーの販売を辞めてしまった。また、2年前には1台だったレコードプレーヤーの商品を数種類揃えているのには驚いた。
秋葉原を歩いてみると、オーディオブームが復活してきたような雰囲気が漂っている。面白いのはカセットテープレコーダーの中古品を扱っている店があることだ。
昔のオーディオブームを支えた世代は、団塊の世代の尻尾と我々の世代までのおよそ6歳ほどの幅がある世代が中心ですそ野は20年の幅があり一大市場だ。その中心世代が退職し、年金を満額もらえるような年齢になった。
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電気粘性流体がゴムからブリードアウトする成分で増粘する現象は、技術者ならば、「この現象を解決できる界面活性剤はどのようなものか」と改めて問題を設定する。
それに対し、科学者は、「増粘現象がどのような機構で起きているのか」という問題を解こうとする。そして「機構が分かれば、対策を考えるだけ」となる。
実際に発生機構が解明できたところで、「界面活性剤では問題解決できないからブリードアウトする添加剤の入っていないゴムを開発」しようなどというばかげたテーマで当方の推進していた重要な住友金属工業とのJVの業務を30年ほど前に中断させようとしている。
もし科学者然とした本部長ではなく、交代前のU本部長ならば「添加剤の入っていないゴムで商品ができると思っているのか、大馬鹿もん」とどなったはずである。それよりも事業化を進めていたテーマを重視したはずである。
事業化テーマと研究テーマとの重要性比較ができないような経営者が日本ではいるようだ。U本部長は定年のため交代されたのだが、U本部長とM研究所長のもとで2億4千万円の先行投資を受けた高純度SiCの事業は、当方が研究開発を開始してから30年以上経過した今でも続いている。
交代された本部長が高純度SiCの事業をやめる判断までしていなかったことは、事業が無事立ち上がり当方が転職の決断をしたときにそれを引き継ぐためにプロジェクトが立ち上げられたことからわかる。
このとき労働工数の半分だけ電気粘性流体の仕事に割いてよかったと思っている。リーダーは優秀と言われていたが、本に書いてある行動しかできない人だった。
おそらく増粘現象の機構が解析できたところで、「すべてのHLB値の領域の界面活性剤を集めて、この発生機構を働かないようにするHLB値の領域が存在するのか調べよ」とリーダーが間違った指示を出したのかもしれない。
いずれにせよ間違った問題に対して設定された仮説に基づく実験が、それぞれの問題を解決するために立案され、多くの優秀な人材が投入され1年間推進されたのだろう。現象を改善できる界面活性剤を見つけるのに一晩の実験で一人の人間が鼻歌交じりに解決できたにもかかわらずである。
ドラッカーの言葉に、「頭の良い人ほど問題が起きたときにそれを解決できない」というのがある。
この言葉の説明として、{間違った問題を正しく解こうとするからだ」「間違った問題の正しい答えに意味があるのか」と説明されている。そして「何が問題か」よく考えることが重要だ、と戒めている。
すなわち、電気粘性流体の増粘という現象について、一年間かかって立派な科学論文が書かれたが、それが役立たなかったのは、発生している現象に対して間違った問題を設定して解いたからだ。
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「中日松坂大輔投手がファン投票先発投手部門で約39万票を集め、1位で選出された。出場すれば、西武時代の06年以来、12年ぶりとなる。2位の巨人菅野に約15万票の差をつけた。」
「記者会見では「1位になって、ビックリしているのが、正直なところです。選手にとっては、すごく光栄なことだと思う」と話した、とのこと。」
以上は、昨日の日刊スポーツデジタル版の情報である。このような現象は初めてではないだろうか。
当方の世代では江川氏が怪物と呼ばれたが、それほどの実績を残さず早々と引退し、芸能界でその才能を開花させている。
松阪投手については、江川氏と同じ道をたどるのか、と思っていたら、そうでもなかった。おそらくファン投票にはそのような気持ちも込められているのではないか。
誰もが認める才能ある人材が、努力を怠って期待通りの結果を残せなかった事例は山ほどある。
一方才能だけに頼って、寿命短く終わる場合や、運悪くケガをして再起できないまま引退という事例もある。
松阪投手も過去の事例の一つになるのでは、と多くの野球ファンは思ったのではないか。当方も彼の復活など信じていなかった。しかし、今期彼は泥だらけになりながらも復活のための努力をしている。
多くのファンは、それが極めて大変なことだと理解し、彼の野球にかける気合に共感したのだろうと思う。それがファン投票の結果に出たのだろう。
イチローの老体に鞭打つ姿にも感動するが、松阪投手にはイチローとは異なる種類の感動があり、今期は開幕より隠れて応援してきた。
才能は、その人個人のものであるが、それを社会で生かす努力ができるかどうかは、人間力による。
松阪投手は自分のために努力しているのかもしれないが、一生暮らすのに十分なお金があってもプライドを捨てファンの前で投げたいという真摯な意気込みは、その職業の性質として貢献の類である。
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電気粘性流体がゴムからブリードアウトする成分で増粘する現象について、界面活性剤により解決できないという間違った科学的真理が導き出されたが、イムレラカトシュの指摘している否定証明により完璧な論理展開がなされていた。
さすがに優秀な研究員が担当した仕事だとわかる、模範的な技術報告書が書かれていた。転職する直前に記念に読ませていただいたが、科学論文として素晴らしかった。
しかし、実際にはたった一晩の実験により見いだされた界面活性剤で問題を解決できたのである。論文に書かれた証明の論理に誤りは無かった。間違っていたのは、界面活性剤についてHLB値でその特性を表現できる、としたことである(注)。
これは界面科学の教科書にも書かれている形式知であり、間違いではない。しかし、界面活性剤のHLB値は、十分条件ではないのだ。同じHLB値でも界面における機能が異なる界面活性剤は多く存在する。
ただ、ゼータ電位を計測してもその差異が現れなかったりする。現物のマクロ現象だけに、その特性が現れる。すなわち、形式知ですべてが解明されているように教科書に書かれていても、現場では教科書と異なる現象が観察されることは技術の世界でよくある。
当方は好んでそのような現象を研究対象に選んできた。困難なテーマをなぜ好んで取り扱ったのかといえば、誠実真摯に現象に対応すれば簡単に問題を解けるからである。
というとかっこいいが、早い話が手間暇かけて実験さえ手抜きをせずに素直に行えば解決策が見つかるからだ。試行錯誤も一つの手段だ。ただし試行錯誤の場合には、形式知で否定されるような実験も含めすべて行うようにしている。
科学的方法が20世紀には推奨された。しかしAIが普及し始めた今日、当方が行ってきた技術的方法が重要だと思っている。山中博士は、技術的方法の一つであるあみだくじ手法でノーベル賞を受賞している。参考にすべきである。
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組織社会では組織で働ける年齢に制限を設ける必要がある。そうしないと組織の新陳代謝ができないからだ。すなわち、定年は組織社会において宿命である。ゆえに今社会全体で考えなければいけないのは、人間の寿命がこの定年の年齢よりもはるかに長くなったことである。
そこで、定年者を有効活用する企業がTVで話題になったりしているが、有効活用できる定年者が少ない、あるいは本来そのポテンシャルがあるのに有効活用されていないといった問題がある。もしこの問題に関心があるならば弊社に問い合わせていただきたいが、定年を迎えるサラリーマン個人が今すぐ取り組むべきことがある。
それは、サラリーマン人生の棚卸である。運よく出世できた人も出世できなかった人もこの棚卸を行い、自分の価値を自分でまず評価することである。そのとき組織における自分のポジションから評価してはいけない。自分の価値をいつから意識し、それを高める努力をどれだけしたかについて評価してほしい。
定年まで一つの会社で無事働ける立場にあったなら、それだけで必ずその人には何か価値があったはずである。自分の価値を勝手に決めて組織の仕事をまったくやらず会社に来て本だけを読んでいた人物を偶然部下(このような人物でも日本ではクビにできない。会社の上司を自由に選べないが、転職では部下を自由に選べないので注意する必要がある)に持った経験から言えるのは、日本の多くの組織は個人が希望し努力すれば自己実現を実践しやすい社会である、ということだ。だから自己実現努力を正しく自己評価できれば自分の価値を判断できる。
何も自己実現努力をしてこなかった、というサラリーマンは日本の社会では少ないはずだ。ただしその努力の仕方や量には個人差があるかもしれないが、ささやかなことでも良いから自分はこの点については少し努力してきた、という点について自己採点することが大切だ。
この自己採点で定年後の人生をどうしたらよいのか見えてくる。自己採点結果が全くダメでも、そのダメなところに気がつくことが残りの人生に生きてくると思っている。人生は生きている限り、死ぬまでやり直しができる。
ただやり直しの努力において加齢により生じる苦労は若い時の想像を越えるが、苦労を味わう術は若い時よりも長けているはずなので、その気になりさえあればどのようなことでもチャレンジできる。
問題は苦労を人生の中で楽しみとして捉えられるかどうかである。ただしこれはサドマゾの世界ではない。いつまでも苦労を越えたところにある夢を見ることができるかどうか、という点である。
例えば、定年後の再就職を給与の額面で決めてはいけない。このような棚卸で見えてきた自己の強みで再就職先を決めるのである。
再就職先では若い人材以上に厳しい評価をして採用しているはずで、担当する仕事や役割は明確である。そこで改めて自分の目標を設定し働くのである。
亡父は晩年体が動く限り、郵便局で働いていた。元警察官だったので十分な年金があったはずだが、交通費程度しかもらえないあて名書きの仕事をしていた。
たまに名古屋へ行ったときに郵便局の屋上から垂れ下がる垂れ幕の達筆な字をみつけると亡父によるものだったが、それで手当てをもらっていない、と笑っていた。「字を書くこと」ただそれだけに働く意味を見出したのだろう。未だにくぎの折れ曲がったような字で満足している当方にはおよそ勤まらない仕事である。交通費と給与が支払われる仕事につまらない仕事は無い。
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