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2016.10/08 名古屋の魅力(2)

このセラミックスフィーバーから10年近く前、すなわち電動パチンコが主流になる直前の頃に大三元という手打ちで大当たりが可能となるパチンコ台が名古屋に登場し注目を集めた。電動パチンコでも大三元が登場しているが、手打ち台でもっとも玉を出すことができた。
 
セラミックスフィーバーがナノテクに発展してゆく頃に、名古屋の錦三丁目は、とんでもないネオン街として週刊誌を賑わした。この30年前、当方の少年時代のことなので、新聞記事で読んだだけだが、女子大小路が全国区になっている。
 
女子大小路がヒットした同じ時代に、石原裕次郎「白い街」がヒットしており、その歌詞には名古屋白壁町が登場する。白壁町近くには名古屋嬢が通学する有名女子高や高偏差値の進学校があり、名古屋人なら皆知っているはずと思っていたら、カラオケで歌ってみても知らない人が多いのにびっくりさせられる。
 
名古屋の特徴は、風俗から先端技術領域まで全国の度肝を抜くような花火が時々上がることである。河村市長が誕生したときにも全国の注目を一瞬集めた。すなわち、名古屋は花火を打ち上げるのは得意だがその魅力を持続させることができない街なのだ。
 
名古屋祭りで有名な三英傑にしても徳川家康は名古屋を離れ東京に転勤している。もし本能寺の変が無かったとしても、名古屋は政治の中心になっていなかっただろう。三英傑でさえ名古屋を出てしまった。河村市長がもし総理を目指したいなら、再度上京しなければいけない。名古屋から総理は難しいと思う。
 
ところで今携帯電話のCMで注目を集めている「なめ猫」の発祥の地は名古屋であり、御多分に漏れず1980年代そのブームは花火のごとく一瞬にして終わった。残ったのは猫の虐待という不名誉な噂だけである。子猫の写真をとるのに割りばしを使ったことが原因だが、写真を撮った後においしい鮭缶を食べさせた伝説は伝わっていない。
 
過去に名古屋は大いなる田舎と呼ばれていたときもある。都会人では考えられない野良猫を集めてキャラクタ-に作り上げるような昔から「田舎的魅力」の街なのだ。だからアンケートでビリになったからといって大騒ぎする必要は無いと思う。大衆が魅力を感じる街が本当に魅力ある街とは限らないのだ。名古屋には名古屋人しか分からない魅力があり、その魅力を大切にしてゆくことも街づくりで大事だと思う。
 
たまに名古屋へ訪れたときに、栄の地下街を歩くとホットする。これだけの街でありながら、人混みとなっていないのだ。地下を歩く一人一人がゆったり生き生きと闊歩している。東京でこのような光景を見ることができない。
 
東京の街はあたかも人「ゴミ」の集積場である。豊洲の状況を見れば、都庁の役人の仕事まで腐ってゴミになりそうだ。名古屋ではありえない仕事ぶりである。名古屋の公務員は都庁の役人よりまじめである。
 

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2016.10/07 名古屋の魅力(1)

「行きたくない都市」ダントツ1位は名古屋だそうだ。
 
「最低だろうと思っていたけども、これだけポイントが低かったのは、びっくらこいた」。そう言って、自嘲ぎみに笑うのは、名古屋市長の河村たかし(67)だ。今夏、名古屋市が行ったアンケート調査の結果が、関係者ならびに名古屋市民たちを愕然とさせている。と、「女性自身」のWEBニュース10月6日版で報じられていた。
 
アンケートは、東京・大阪・札幌など全国の8都市に住む男女を対象としたもの。「買い物や遊びに行きたいか」という質問の回答を指数化したところ、名古屋が1.4ポイントと最下位。トップの京都(37.6ポイント)に比べると、わずか27分の1!7位の大阪でさえ16.8ポイントだから、その不人気ぶりは歴然だ。
 
さらに「最も魅力的な都市」と「最も魅力に欠ける都市」を1つずつ選ぶ質問では、名古屋を魅力的と答えた人はわずか3.0%、逆に魅力に欠けるという回答は、30.1%。関係者をよりガッカリさせたのは、ほかの7都市の市民は自分たちが住んでいる都市を「いちばん魅力的」と、答えているのに、名古屋市民だけは「東京や京都のほうが魅力的」と回答していたことだったという。
 
この記事について、名古屋出身の当方は十分に理解できる。一方で、名古屋が全国から熱い注目を集めた時期もあり、その現象を見ると、逆に名古屋という町の特徴が浮き上がる。そして、自信を持って、魅力の無い街、名古屋万歳と言いたい。月並みの魅力の無い点が名古屋の魅力だからだ。河村市長に、今のままでいいのだと提案したい。
 
それでは、名古屋が熱い注目を集めた現象を幾つか紹介したい。例えば、1980年代のセラミックスフィーバーでは、名古屋のセラミックス業界は熱く燃え、名古屋にファインセラミックスセンターが設置された。筑波に無機材質研究所があっても、名古屋に熱い視線が集まった一瞬である。

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2016.10/06 技術テーマを見つける

科学の基礎研究テーマに比較して、技術テーマは立案しやすい。もし新事業のエンジンとなるような技術テーマがなかなか見つからない、と言うのであれば、それは、新技術の考案がしにくい特別な風土かもしれない。
 
ゴム会社では、ホスファゼンに高純度SiC、電気粘性流体の増粘防止技術、傾斜機能粉体、微粒子分散型粉体、コンデンサー分散型粉体、ホウ酸エステルなど新素材に関わる技術テーマを多数企画提案し実現した。これらのテーマは転職後も引き続き検討され、高純度SiCの基本技術などは30年経った今でも事業で使われている。
 
なぜこれだけ多くの素材の企画提案、そして実現ができたのかは11月の講演会で明らかにするが、写真会社では自ら最初に企画提案したのは、退職間際の仕事から列挙すると、射出成型可能なリサイクルPET樹脂、カオス混合プロセス、酸化スズゾル帯電防止層、インピーダンスを用いた帯電防止技術、ポリマーアロイによる環境対応下引き技術など。ちなみに写真会社には20年、ゴム会社には12年勤めている。
 
その他の写真会社の仕事は、既に過去から存在したテーマの改良か、部下が立案してきた企画を磨き上げたぐらいである。ゾルをミセルにしたラテックス重合はホワイトボードに書いた下手な絵がきっかけになり、部下がそれを見て成功した企画である。
 
ゴム会社では担当者であり、写真会社では管理職という立場の違いもあるが、緊張感の影響も少なからずある。カオス混合プロセスの企画提案は、それを実行しないと単身赴任してそのまま惨めな退職という結果になりかねず、どうしてもテーマを成功させなければいけない立場だったので新技術を自ら企画提案し、それを用いた世界初の混練プラントまで立ち上げた。
 
ゴム会社では、怖い本部長から”まずモノ持ってこい”と叱られ、新技術による新素材を携えプレゼンすれば優しく褒められたので、一生懸命新技術のテーマを立案し、自分でモノを作る習慣がついた。
 
写真会社は皆が優しかった。職場環境そのものが優しく、同じ時期に転職してきた上司など毎日机で新聞広げていても誰も注意しなかった。
 
さすがにそれはまずいだろう、と思い、年下ではあったが注意したところその人に憎まれることになった。サラリーマンは難しい。最近はパワハラやモラハラが言われるので、厳しい上司はいなくなったが、アイデアを出すのに、良い意味で緊張感は重要である。
 
ゴム会社の本部長や研究所長を皆怖がっていたが、成果を出せば優しさ100%だったので、大変仕事をやりやすかった。新技術を考案するには、ある程度の緊張感が必要である。緊張感の乏しい風土では、日々の仕事を流していたほうが楽なので新しい技術を考えようとしない。緊張感があれば必死で考える。凡人には、この必死で考え汗を流す瞬間が必要である。ただし冷汗はだめ。11月の講演では、アイデアを出すコツとしてこの緊張感を自ら制御する方法も説明する。今は各種ハラスメントが騒がれるので皆が優しい時代となった。アイデアを出すためには自らを「適度に」追い込む必要がある。
    

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2016.10/05 行楽シーズン

うなぎパイが名古屋駅で販売されなくなった話から浜名湖のことが時折思い出される。袋井でコンパウンド工場立ち上げに奔走していたときであるのと、そこで偶然昔勤めていた会社の話題を小耳に挟んだりと印象的な出来事が重なっていたからかもしれない。
 
しかし、三河から浜名湖、大井川付近は秋の行楽シーズンにお勧めのエリアが多い。ローカルな話からすれば10月中旬には豊橋祭りが、11月には香嵐渓もみじ祭がある。浜名湖湖畔の舘山寺温泉は、春先も良いが、今の時期は少しすいているのでお勧めである。
 
2017年大河ドラマも決まり、おそらく来年は混雑するので、今年が狙い目である。また、都内では結構値段が高くなったウナギが、昔ながらの3000円前後で食べられるので浜名湖周辺は行楽シーズンのお勧めスポットである。
 
10年前うな重3000円は高いと思ったが、最近は都内で4000円以上の店もあるのでなぜか割安感がある。なんと言っても日本で初めて養殖に成功した浜名湖産であるところがいい。都内で蒲焼きを食べる時には、まず国産品かどうか聞くことから始まる。
 
3年前中国のシャントウで仕事をしていたときに、中国産のウナギをよく食べた。日本と違い、普通の魚の値段である。しかし、いけすのウナギの顔は、日本のウナギの顔と少し違う。中国人と日本人は見分けがつかないときもあるが、中国産のウナギは、一目で分かる。
 
蒲焼きになってしまうと首実検ができないので産地を騙されても確認しようが無いが、シャントウは海沿いの町で食事前に必ず首実検することになる。しかし、そこで日本産のウナギに一度も出会ったことがない。
 
 
 

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2016.10/04 知識を適用する働き方(2)

科学的知識は専門性が高いと思われているが、日常生活でも容易に得られる。また日常生活の中で得られる知識の方が学校で習う科学的知識よりも役立つ場合が多いように思う。時として非科学的知識も得られるが、それも重要である。
 
知識は学校で学ぶものだと考えている人は、この日常生活の中から知識を得ることが不得意である。亡母は、昔から漂白剤の使い方を生活から学んでいたし、洗剤を説明書通り入れなくても、すなわちその量を半分にしても洗濯ができることを知っていた。
 
後者の知識はケチの結果かと思ったら、その逆で、洗濯の量に比べて洗剤を間違えてたくさん入れたところ、汚れの落ち方は変わらず、逆にすすぎが大変だった経験から獲得したという。すなわちすすぎの時間を短くしたいから洗剤の量を半分にしたという。昔は全自動洗濯機など無かったので、毎日の家事で知識を適用しなければならないシーンが多かった。
 
日々の生活も自然現象なのでそこから得られる知識は科学的知識である。臨界ミセル濃度という難しい話を知らなくても界面活性剤の量を適量にする知識ぐらい身につくのである。そしてそれは調味料に応用され、味の素の使用量が激減した。
 
これは非科学的な話だが、味の素が販売量を増やすためにアナの大きさを変更したことは有名な話で、その噂話を聞いてから、味の素を直接ナベに添加するのではなくふたで計量してから入れるようになったという。
 
主婦でも家事に知識を適用した働き方をしているのである。もっとも亡母は女学校卒のインテリだったので身の回りに対する問題意識は高かった。すなわち知識を仕事に適用する働き方とは簡単な仕事でも問題意識を持って取り組むことに他ならない。
 
そして見出された問題を過去の知識を総動員して解決しながら働くのである。これが知識を適用する働き方であり、どのような仕事でも知識労働者の仕事になりうる。そのとき重要になってくるのは問題解決力であり、11月に従来の視点と異なる問題解決法の講演会を予定しています。弊社へお問い合わせください。
 
 
 
 
 
 
 

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2016.10/03 知識を適用する働き方(1)

知識を適用する働き方について考えてゆくと、仕事と人生を切り離す考え方は、どうしても効率が悪くなる。知識が人生から生まれる場合もあるからだ。また、人生から知識を生み出すような生活をするのが現代人の身につけていなければ行けない作法の一つであると思っている。
 
学校で学ぶ知識だけに囚われていると人生は非常につまらないものになる。時々、年をとってから改めて学校へ行くことが話題として取り上げられたりする。また、最近の大学では社会人のコースなどを用意しそのニーズに応えている。
 
知識を学校に行かなくては身につけられない、と考えている人は、グライダーのような人だ(注)、少なくとも義務教育を修了すれば、自分で知識を身につけられるようになっていなくてはならない。これは、亡父が当方によく説教した台詞である。小卒という学歴で、叙勲できるほど警察官を立派に勤め上げた人の説教だから説得力があった。
 
読書は学校に行かなくても知識を身につけられる一つの方法であり、読書を趣味だという人は勉強をしていない、と辛辣な表現をした友人がいたが、亡父によると読書は趣味ではなく日々の大切な習慣だといっていた。こちらの方が優しくその目的がわかりやすい。
 
読書以外にも知識を身につける方法は、情報化時代の現代においてたくさんある。例えば、WEBサーフィンを一時間も行うと雑学情報が相当頭の中に入る。インターネットが普及する前にパソコン通信という手段があったが、このときもチャットで仕事のヒントとなるような知識を手に入れることができた。
 
また、異業種の人が集まるパーティーで立ち話を聞いているだけでも多くの知識が入る。自分の分からない話が出てきたら、とりあえず聞いておいて後で調べてみると、それは自分が知らないだけの常識だったりした。
 
例えば、STAGE-GATE法という言葉は30年以上前に研究開発管理手法として常識となっていたが、研究開発5年生の当方にとって初めて耳にする言葉であった。ゴム会社では、この方法に近いQC手法に基づく研究管理が成されていた。
 
(注)外山滋比古著「思考の整理学」にも同様の言葉が出てくるが、当方は50年近く前からこの言葉を聞いていた。
 
 

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2016.10/01 都庁は典型的な腐った組織

東京豊洲の盛り土問題で東京都は責任者不明という報告書(注)を小池知事に提出したそうだ。その内容がまったくおかしい。小池知事は責任者に対する処分をまだ公表していないが、不明と報告したこの責任者も含めて責任感の欠如が問題だと思う。
 
この責任者調査では小池知事は時系列的に誰がどこで何を決断したのか報告するように指示している。また都民にもそのように指示した、と説明した。盛り土の図面を時系列的に並べれば、自然に責任者が決まる簡単な調査である。
 
すなわち盛り土の図面が確定した段階における管理職がその責任者となるのは、道具としての組織の掟である。仮に部下から報告を受けていなかったとしても、あるいは会議の場で流れとして決まったとしても、多額の都民の税金を実務担当者の決断では実行できない。また、それで実行していてはおかしいのである。
 
もし、そのおかしな手続きで盛り土の仕事が行われたとしても、管理職が責任を負う必要がある。なぜなら、仕事は組織が請け負いその組織メンバーで責任を持って担当するのが今の組織社会の仕事の進め方なのだ。そしてその組織の責任を明確にするためにリーダーを置き、リーダーには少し高い賃金が支払われている。
 
ところが道具としての組織の陰に仕事を含め責任までも隠れてしまう時代になったので15年ほど前から遠藤先生の提唱された見える化運動が民間の会社で推進された。
 
民間企業では仮に責任が組織に隠れたとしても責任者を処罰してきた。そうしないと道具としての組織がダメになるからである。そもそもダメな会社の原因の一つに、この点を誰もが指摘している。成功し続ける会社では責任体制が明確で道具がいつも活発に機能している。
 
当方がFDの問題で転職する決断をしたのは、会社の貴重なデータが記録されたFDを破壊し続けた責任がうやむやになりそうで、その結果高純度SiCのできあがったばかりのプロジェクト組織が腐るかもしれない、という心配からだった。被害者であった当方が責任を取る形で転職して事態を収拾し、プロジェクトは成功した。
 
(注)WEBニュースでは以下のように報じられている。数千億円と言うお金が思い込みとなれ合いで使われているのだ。民間企業では考えられない仕事の進め方である。高純度SiCの事業では、24000万円の先行投資について、研究所で陰口を言われたが、すべて手続きは責任体制が明確な形で進められた。
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内部調査の報告書によると、「地下水の汚染をモニタリングする空間」については、2008年に専門家会議が「盛り土」の提言を行った直後の同年10月頃から内部で検討が始まったということだが、具体的に、盛り土をせず地下空間をつくることを確定した時期と人物については、2010年11月の設計会社を選ぶ頃から翌2011年9月の実施設計の起工決定の間に組織として段階的に確定したとしている。しかし具体的な日時や確定させた個人については、特定できなかったとしている。
 また、間違った説明を続けたことについては、上司と部下や職種間での連携が不十分だったため歴代の幹部に盛り土がないとの認識がなく、間違った説明をしているという認識もなかった。また議会の答弁などでは以前の答弁をコピーして使っていたとしている。
 さらに専門家会議や技術会議に計画変更を伝えなかった点についても、過去の担当者が伝えていたはずとの思い込みがあったとした。

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2016.09/30 組織風土

界面活性剤が混入した点滴で2名続けて死亡した病院がニュースになっている。この事件が起きる前にも病院内で怪しげな事件が続いていたという。WEB記事によれば、警察は以前から把握していたが病院から正式な訴えが無かったので放置していたという。
 
この事件は、まだ全容が解明されておらず、そのため記事により表現方法が少し異なる。記事によっては界面活性剤の殺人を警察が病院よりも先に把握していたような書き方をしているものもあり、情報が入り乱れている。
 
ただ、看護師の持ち物に対するいたずら事件が長期にわたり病院内で問題にされていなかったり、病院内の患者死亡数が増加していてもそれを問題視しなかった事実は共通している。
 
このような組織風土が関わる事件を聞くたびに、ゴム会社で経験したFD事件を思い出す。これは高純度SiCの事業を立ち上げ始めた当方の業務に反感を持った人物によるものだったが、会社へ是正をお願いしても対応されなかった。退職後しばらくしてからとんでもない事件がおきて新聞に大きく取り上げられた。
 
故ドラッカーは組織への貢献と自己実現を働く意味といった。しかし、組織への無制限の貢献までは推奨していない。時には知識労働者が組織から去る勇気を勧めている。それに従い当方は高純度SiCの業務に未練はあったが他社とのJVで事業が立ち上がって一段落したので職場を去る決意をした(注)。
 
組織風土が関わる問題では、その組織のトップマネージメントによる改善努力が重要になる。そして大切なことは問題をオープンにして改善目標を明確にすることである。これにより最悪の事態を防ぐことができる。おそらく病院の院長がナースセンターで連続して起きていたと報じられている事件をすばやくオープンにして対応していたなら複数の命を救うことができたのではないか。
 
健全な組織風土をつくりあげるのはトップマネージメントの努力だけでは成立しないが、問題の是正はトップマネージメントの努力がなければ深刻になってゆくだけである。
 
(注)SMAPのマネージャーのような無責任な転職の仕方をしていない。当時たった一人で担当してきたので転職後一年近く高純度SiCの業務のサポートをした。すぐにお手伝いにゆけるよう転職先もゴム会社の近くをわざわざ選んでいる。証拠を示す上司の手紙等を眺めると、当時の燃えていた気持ちを思い出す。若さは人生の宝である。また一度純粋に燃えた体験は挫折から立ち直る時のエネルギーになる。

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2016.09/28 高分子の難燃化技術講演会(10・4)

10月4日に高分子難燃化技術に関する講演会を予定している。高分子の難燃化技術は科学で扱いにくい分野である。40年以上前にはアカデミアで積極的に研究されたテーマだが、30年ほど前から研究発表が少なくなっていった。
 
また、そのころから、LOIとかULなどの規格が普及していった。規格の中には科学的に決められたにもかかわらず、火災を普及させるようなものも登場している。それは、社会問題となってから規格の見直しが行われ,現在は使われていないが、当時は新聞にも取り上げられ大問題になった。
 
これは、科学的に決められた規格に対して、企業におけるある発見がもとになり規格を科学的に解析し、規格を通過できる材料設計を科学的に推進したことが原因で問題が大きくなった。すなわちその規格を採用した各企業で同じような材料設計の商品が販売されたために日本全国に問題が広がった。
 
当方がゴム会社に入社して2年目の出来事だったが、LOIのJIS化が制定されようとしていた時である。そのLOIを用いて、先に述べたとんでもない材料設計の問題を指摘したのだが、上司の主任研究員は、LOIは商品規格ではないので問題とはならず、自社の商品は国の規格に通過しているので問題ではない、と涼しい顔をしていた。
 
このような問題は、今の時代では涼しい顔は許されない。企業の社会的責任として、仮にお上が制定した規格であってもその間違いを積極的に指摘しなければいけない。さらに規格に問題を見つけた場合には、本来のあるべき姿を想定し、知財戦略を展開するチャンスでもある。
 
難燃化技術に関しては科学的に扱いにくい、という理由以外に、その手段が限られる問題がある。未だに炭化促進型がドリップ促進型のいずれかの手法の材料設計となり、用いる添加剤もほぼ定型になりつつある。
 
ただまだ新しいアイデアの出てくる余地はあり、今回の講演会では、電子材料に焦点をしぼり、その考え方を説明したい。1日では難燃化技術全体を講義できないので、10月下旬にも異なる視点の講演会を予定しているので、両方の講演会に参加することをお勧めしたい。
  

カテゴリー : 一般 学会講習会情報 高分子

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2016.09/27 企画を成功させる(10)

故ドラッカーによれば、マネジメントとは”人を成して成果を出させる”ことだという。新しいリーダーが誕生すると、担当者の仕事を見直し組織構造を変えたりするのはそのためだ。ただし、組織は道具であることを忘れてはならない。組織はリーダーにとってマネジメントの道具であり、担当者にとっては自分の仕事のための道具である。
 
写真会社に転職して拝命した職位は、センター長付主任研究員である。二年ほどでこのセンターは改組され(リストラされ)当方は30名ほどの組織リーダーになるのだが、それまで居心地の悪い組織で仕事をしていた。センター内には管理部門以外に研究開発の実務を遂行する組織が二つあり、それぞれに組織リーダーがいたのだが機能していなかった。センター長が自ら担当者一人一人を管理していたからだ。
 
管理部門も同様で、そのマネジメントが当方の役目だったのだが、仕事は伝書鳩と同じであった。いろいろ気がついてセンター長に提案すると、提案は君の仕事ではない、と言われた。だから毎日が暇になったので、貢献の手段としてセンター内のテーマを手伝うことを思いついた。パーコレーション転移のシミュレーションプログラムを作成したり、インピーダンスを活用したフィルムの帯電防止評価技術を開発したりできたのは、この暇な時間のおかげである。
 
また、各担当者の業務のお手伝いなので、センター長へ報告する必要は無く気楽に仕事ができた。当時研究ノートが各自配られており、そこに記入し定期的にセンター長へ提出すれば良いシステムで、わざわざ報告の時間を割く必要もなく、伝書鳩の仕事で暇なことに”感謝”していた。やりたいことがやりたいようにできる身分と思うと悪くない。ものは考えようである。
 
ただ、センターは大赤字でその対策をセンター長にご相談しても対応していただけなかったのが残念だった。赤字の原因は明らかで、センター内の各テーマの予算は人件費程度しか無かったからだ。センター長付マネージャーとして何とかしたかったが、せいぜい各テーマのお手伝いを手足として活動できる程度だった。それぞれに個性的なテーマリーダーがいたため、計画の見直しをアドバイスしても受け入れてもらえなかった。
 
ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術は、そのような状況でコアシェルラテックス開発テーマの中で、コーチングにより生まれている。マネジメントの制約の中で、コーチング手法によりテーマ担当ではなかった担当者に働きかけ、写真学会から賞を頂けるような成果を出している。本手法については、11月に開催予定の問題解決の講演会で事例として説明する。
 
<ポイント>
専制君主的な組織リーダーの下でマネジメントを担当するのは至難の技が必要である。宮仕えの立場では、テキトーに仕事をするに限る、というのが一般的な見解で、このセンター長の下にいた室長二名はそのような状態だった。一人は生え抜きの管理職で、センター長から色々と雑務を指示されそれを忙しそうにこなしていた。もう一人の室長は当方より一年ほど前にフィルム会社から転職してきた人だった。その人は毎日机の上に新聞を広げておられた。この方からは、いろいろ動くとセンター長ににらまれるぞとアドバイスされていた。実際に肉体労働の範疇を越えるとセンター長から叱られた。ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術の開発では、一日で成果が出たのでセンター長を激怒させたが、リストラが行われセンターが改組されたので救われた。
専制君主的なリーダーのため組織運営がうまくいっていない職場でマネジメントを担当するのは、毎日ドラッカーの顔が描かれた写真を踏絵にして生活するようなものである。しかし上司に人事権がある以上は我慢して仕事をしがちである。但し、そのような仕事をした場合には、組織とともにマネージャーとしての生命も終わることを覚悟しなければいけない。あくまでも基本は、成果がだせる組織になるように働きかける仕事の仕方を工夫する努力が重要である。そのように働いても決して大きく報われるわけではないが、この仕事は使命である、という考え方が知識労働者には必要である。貢献と自己実現が働く意味である以上、組織に流される働き方は自分のためにならない。
働いて得られる報酬には、金銭以外に、組織活動の中でいかに工夫して成果を出したのか、という組織活動しなければ得られない特別な経験という宝がある。この宝は人生と言うマラソンを社会という大きな組織の中で走るエネルギーになる。サラリーマンはせいぜい40年だが今や人の寿命はその倍である。100歳以上生きる人も多くなった。年を重ねる生き方のために働く意味をよく考えてサラリーマン人生を過ごす必要がある。
 
 

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