PPS中間転写ベルトの高次構造の話を先週書いていたら、パーコレーションの理解が重要であることに気がついた。パーコレーション転移については、数学者によりかなり昔から研究されていた内容だが、複合材料の世界ではその現象を混合則で1980年代頃まで議論していた。
当方が日本化学会で酸化スズゾルのパーコレーション転移に関する研究を1990年代に発表しても同じセッションで混合則を用いた現象の考察がされていたような状況だった。
まず、混練機などを用いてフィラーを高分子材料に分散するとどのような現象が起きるのか簡単に説明すると、フィラーと高分子材料との間で相互作用が全く働かなければ、フィラーは高分子材料に統計的に分散して行く。教科書には分散混合と分配混合で分散が進行すると説明しているが、ここでは現象を簡単にとらえて説明する。
フィラーの添加量が少なければ、フィラーは凝集することなく高分子材料にばらばらに分散する。今フィラーが真球だとすると、30vol%前後添加された段階で、フィラーどおしの接触(凝集)がどこかで起きやすくなる。
これが60vol%前後になるともはや凝集を全く起こさずに分散することは難しくなり、必ず凝集ができる。このフィラーどおしがくっついた状態をクラスターと呼ぶ。
このクラスターの生成する現象について科学的に論じようとしたのがパーコレーションの理論である。パーコレーションの問題は材料の世界だけでなく、例えば山火事でも問題になり、数学者は山火事の問題を議論していて、抵抗変化などもその議論の中に組み入れていったらしい。
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川村氏の講演会の手土産代わりに,名古屋から駆けつけた高木君提供の1969年11月22日の出来事の写真と何枚かの冊子が配られた。それは文部省「高校生の政治活動禁止の通達」に抗議した旭丘生によるデモについて書かれたものだった。
105組担任だった廣林先生が準備された書類だという。ただ、配布された内容を読みデモの思い出よりも日本の教育のありかたについて改めて疑問を感じた。
デモには1000人以上が参加した、と書かれていたが、これは主催者側の発表した数値で、当時の新聞によれば800名前後だったように記憶している。主催者側の数値が大きくなるのはこのデモに限ったことではないので問題にしない。
ただ、その冊子にデモへ参加しなかった高校生の考察が書かれていなかったのは残念である。すなわち、デモをしたことが立派であった、という書き方である。
当方は当事者だったのでこの冊子をそのまま肯定的に懐かしさを込めて読むことができなかった。むしろ一度は教師を目指しながら考え直し技術者として生きてきてよかったと改めて感じた。おそらく教職を選んでいたなら、今の当方の価値観では後悔でその人生を終えたかもしれない。
かつて教職は聖職と言われたが、今や単なる知識労働者の一部門となっている。そのように社会が動いた結果だが、デモ当時はまだ聖職者を気取る先生がいらっしゃった。一方で教師も労働者だと血走った目で語る先生もおられた。
この高校生のデモの一シーンの裏には、文部省の通達に対してデモではなく他の継続的抗議手段を模索した生徒たちもいた。そしてデモは全校一致ではなく有志で行われたことなどの説明は、その歴史の1シーンとしてそれを正しく語るために重要なはずである。
当時の校長室封鎖に始まりデモに至る全校集会の議論では、デモがその目的ではなかった。当時の教育と教師の姿勢、そして大きくは社会体制が問題にされていたのだろうと事件の顛末について自分なりに総括している。そしてデモが終わった瞬間にすべてが日常に戻っていたことに疑問をもっていた。もしデモが戦いの始まりだったならデモの翌日からのあの授業の平穏さを説明できない。
単純にデモに突入した生徒も生徒だが、翌日の平穏を見て胸をなでおろしていた教師も教師である。あれでは単なる受験勉強のガス抜きだ。もし先日配布された冊子のような思いがあったなら、生徒の尻をもっとたたくべきだった。教師や生徒の非日常から日常への切り替えの早さに納得していなかったのは当方以外にも多数いた。教師という職業は知識労働者の仕事の中でも貢献のし甲斐のある尊い仕事である。しかし今日に至るまでその本来の目的や教師の役割が明確にされぬまま放置されている。
例えば今新聞に毎日のように活字が出てくるいじめなど当方の中学校時代でも存在したが、当方はいわゆるいじめっ子と戦っていた中学生だった。だからいじめっ子にとっては当方がいじめっ子に見えたかもしれない。時には危険な目にあいそうになったが、そのようなときには交番に駆け込んだ。生徒が危険な状態になっても先生が守ってくれないことを経験から知っていたからである。たかが子供の喧嘩と軽く見てはいけない。チェーンや刃物などが校内に持ち込まれ、生死を賭けた光景も現実に見られた。だからお巡りさんが時々学校に現れた凄まじい教育環境だった。しかしそれは隠蔽された。
通学していた中学校は名古屋市内でも、知る人ぞ知るその方面で少し有名な学校だった。ゆえに自分で自分を守る知恵はその生活の中で自然についた。教師を交えたデモの議論でも当方の目には同様に映った。なぜ全校一致ではなく「有志」でデモを行わなければいけないのか。先生はなぜ一緒に戦わないのか、すなおに不思議に思った。県教委通達も問題だが、それに対して短絡的に生徒だけでデモをしようという意見に疑問を持った。
ドラッカー流に何が問題なのか、考えても答えを出せるほどの大人ではなかった。ただ、亡父から渡された「断絶の時代」を理解しようと辞書を片手に毎日必死に読んでいた。「世代の断絶」という言葉は、著者と異なる意図でこの年の流行語となった。1969年は、ドラッカーが愛読書になった思い出の年である。大切なことはイデオロギーで過去を正当化したりせず、豊かで健全な未来を築くために皆が誠実で真摯に努力することだろう。
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昨日高校同窓会主催の月例会で川村容子氏による表題の講演を拝聴した。当方含む川村氏の同級生が大半であるが60名近い聴講者で普段の月例会の2倍の人数だった。故郷名古屋から参加した同級生も多数いた。
あと一年たてば必ず誕生日の順番に皆65歳を過ぎるので関心が高かった。さすがエディターとして生きてこられた方の講演だと、表題からも感じた。そのキャリアが生かされ講演全体が大変わかりやすく聴衆に自然に浸透する内容だった。
1時間という講演時間を考えた表題の付け方や素材の選び方、そして説明の仕方などが勉強になった講演会でご興味のある方にはご紹介いたします。
さて、その内容は東大が考える100歳までの人生設計(川村氏は編集者の一人)がもとになっており、年をとっても如何に社会とのつながりを維持して健康に気をつけて生きるのか、というのがポイントだ。
早い話が死ぬまで働けば社会とのつながりを維持できるが、社会の最小単位である夫婦のあり方も重要である。講演で示されたグラフによると、男性は健康のままぽっくり死ねる人が1%程度いるが女性はそのような人はいなくて、徐々に老化し死んでゆくのか、どこかで急激に老化し、その状態で長らえ死んでゆくものらしい。
実際に母は亡くなる約15年ほど前に脳梗塞を患い、言語が不自由なまま当方が単身赴任中に葬儀をすることになったが、その4年後母の後を追うように父は100歳で入浴中に心不全でぽっくりと亡くなった(注)。
母が亡くなる前は、母を病院に連れて行くのが父の日課だったが、まさに川村氏が講演で紹介していたグラフを示すような1%の男性がリードした典型的な長寿夫婦の一生だった。そして亡父は高齢社会の超エリート男性だったのだろう。
2050年平均寿命は男性84歳、女性90歳になると言われているが、男性はもっと頑張ってヘルシーエイジングしないといけない。女性より先に死ぬような生き方では、健康のままぽっくりとあの世へ逝くことができないのである。1%を目指し夫婦生活は最後まで亭主関白でありたい、と頑張っている。
(注)2010年の年末の、亡くなる数日前出張で豊川へ出向いた帰りに名古屋へ立ち寄り、2011年3月11日に早期退職し起業することを伝えた。これが亡父との最後の会話となった。
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たまたまWEBで、ハイレゾ音源とCDとはブラインドテストをしてもその違いが分からない、という記事を見つけた。
検索してみるとこの問題の記事が結構多い。昔はCDとレコードの差が話題となったが、最近のオーディオ業界の話題はデジタルにおける処理方法の比較である。
小生の感想を先に申せば、CDとレコードの差のような大きな違いはデジタル音源では体験したことがないので、あってもその差は小さく問題にするほどではない、と思っている。
昔、グローバーワシントンJrのレコードを購入したときに一緒にCDも購入し、比較試聴したことがある。これは妻もレコードに軍配をあげた。
CDの音はSN比も高くクリアーであったが、レコードのような芳醇な香りがしなかったのである。特にワインライトの出だし部分は完全にレコードの音のほうが魅力的で艶がある。
やはりデジタルではノイズと一緒に香りや艶を間引いているのだろう。しかし、不思議である。
それでは、とばかりにレコードからCD録音をしてみたところ、鮮度は落ちたが、市販CDの音よりも香りや艶が残っており、比較試聴するとその差が分かる。
レコードにはスクラッチノイズやワウフラッターなどの歪み成分が避けられないが、これらのアナログ故のノイズが言いしれぬ付加価値を音につけているのかもしれない。だからレコードを聞き慣れた世代にはレコードの音がよく聞こえるのかもしれない。
レコードの時代には音源や録音場所、録音エンジニアが話題になったりした。デジタルの時代には、その処理が大きな話題になったりしているが、音楽が楽しめれば何でもよい。それよりも昔4件あったCDの販売店が近所に一件も無くなったのが問題だ。2009年を最後にCDを購入していない。
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表題は、2月末日にゴム会社を退職した1979年入社同期の挨拶状に書かれていた一文である。素晴らしい感想で、当方も現在の会社基盤が盤石になりリタイアするときの言葉として使いたいと感じた。
ドラッカーが定義したように、働く目的は貢献と自己実現にある。知識労働者は社会に必要な3つの組織のいずれかで働くことにより社会貢献できると言っている。
ドラッカーは旧来のマネジメントの定義を科学的に構築しなおした現代のマネジメントの生みの親であるが、そこで働く意味を明確にするととともに知識労働者の時代のマネジメントについて多数の書物で解説している。
彼の著書は難解と言われているが、知識労働者が働く視点で読むと、たとえ引用されているのが欧米社会の歴史であったとしても、働く意味は日本でも同じであり、ここに着眼すると理解が容易となる。
すなわち、彼の理想の一つ貢献と自己実現について知識労働者のそれぞれの役割で考えなければいけないことが語られている。
働く意味が貢献と自己実現にあるならば、仕事は単なるその手段あるいはそれが具体化されたオブジェクトに過ぎない。退職してそれまでの仕事が無くなっても、さらに貢献と自己実現したいならば新たな仕事をすればよく、十分な貢献と自己実現をした満足感があるならば、労働者ではない第二の人生を闊歩すればよい。
当方はゴム会社で高純度SiCの事業を起業しながら、生産設備で材料合成が可能という理由で電気粘性流体の仕事をお手伝いをしたためにFD事件にあい、写真会社へ転職した。この時犯人を見つけてしまい、その判断について大いに迷ったが、ドラッカーの教えに従い誠実と真摯とは何か、貢献と自己実現とは、と問いながら転職する道を選んだ。
自ら企画し、学位まで取得したSiCの仕事ではあったが、ゴム会社の面接で「タイヤ以外の新事業を起業し、その社長になっていたい」と自己実現目標を答えていたという思いがあった。社長とは誠実で真摯な判断ができなければいけない、ということで転職の選択をしている。
大変難しい判断で、30代までの自己実現目標であった学位を取得するほど打ち込んだ仕事であり、今でもそれが正しかったのかと時々考えるほど未練はあるが、最終の自己実現目標である社会に必要な新しい組織を作るため2011年3月11日に写真会社を退職し現在の会社を起業している。この会社が予想もできない新しい組織として機能し社会に富を生み出せるようになったとき、表題のセリフを拝借し退職のあいさつをしたい、と思った。
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J-CASTニュースで教育困難校に勤務する女教師のブログが取り上げられ、話題になっているという。ブログ記事は17年2月7日、「はてな匿名ダイアリー」に投稿された。タイトルは「教育困難校に勤務してるけど、もう無理」。
「毎日、授業にもならなくて、毎日、ババアとかブスとか、死ねとか言われまくって、ちょっと強く言ったら、教育委員会に言うぞとか、体罰だとか騒がれて、でもそれが教員の仕事でしょ、って言われて、そういう子に情熱を傾けるのが教員でしょ、それがやりたくて教員になったんでしょ、って」
「公務員の給与プラスアルファで、朝7時から夜9時まで、昼休みなんて、パンを体内に詰め込む5分くらいで、クレームにうまく対応しながら、全く学校に行かない日なんて月に2、3日でも、休みの日だって狭い生活圏で、あの人は先生だって周囲に見られながら生活して」と生徒とのコミュニケーションの難しさ、仕事の辛さをぶちまけているそうな。
当方は若いころ教師になりたい夢を持ち、教育実習も経験し、教員採用試験に合格、いざ教員になる直前に教育実習でお世話になった先生から、**校定時制が最初の赴任校になるがよいか、と覚悟のほどを聞かれた。いわゆる教育困難校だった
最初の赴任先がいきなり教育困難校で足がすくんだ。いかなる困難も乗り越えてまで教育者になる勇気が無かったのだ。丁寧にお断りし、大学院へ進学、教員免許も申請することなく技術者の道を進んだ。
40年ほど前、す でに教員という職業は相当の覚悟のいる進路だった。働く意味は貢献と自己実現である。自己実現のゴールが青少年の育成に身を捧げた崇高な姿にあるのなら教師という職業はいつの時代でも魅力的な仕事である。しかしそうでないならばそのような仕事を選択してはいけない。
記事で取り上げられた女性教員は辞職したほうがよいし、この教員に限らず自己実現目標がその理想と異なるところにあるならば、今の時代義務教育の教師という仕事を継続することは大変難しいだろう。
青少年の育成は家庭と社会と学校教育の三位一体で進められるべきであるが、家庭のない家族の時代で多様化した社会の中、学校教育だけでその理想を実現しようと努力するには相当の困難が伴う。p>
青少年育成のために家庭がかなり頑張らなくてはいけない時代である。しかしその家庭が無い家族が増えている。その中で学校教育をどのように行うのか、教員だけで解決の糸口が見つかるほど簡単な問題ではない。
ポリカーボネートなどの光学的に透明な樹脂へポリアクリロニトリル樹脂球やシリコーン球を2-3%添加してLED電球に用いられる光散乱樹脂(電球の白く光っている部分)を製造する。20年以上まえに特許は公開されており、誰でもこの材料を製造することが可能である。
しかし、難燃性の光散乱樹脂となると、まだ生きている特許が多数あるのでどこでも製造できるわけではない。光散乱樹脂の難燃化で難しいのは、難燃剤の添加により光透過性が悪くなることである。ゆえに用いる難燃剤に制約があり、特許もその点に着眼した発明となる。
難燃性光散乱樹脂の技術開発は、まだ科学的に技術開発可能だが、熱伝導性光散乱樹脂になってくると、科学的にその達成手段が難しくなる。
なぜなら、熱伝導性を実現するためには、熱伝導性粒子をパーコレーション転移が起きるぐらい添加しなければいけない。すなわち微粒子を20vol%前後は添加しなければならず、そこまで微粒子を添加すると樹脂の光透過性は無くなり、光散乱樹脂の機能は消失する。
熱伝導性と光散乱性を同時に樹脂に賦与する方法は、公知の情報から科学的に導き出すことは不可能で、技術の問題として扱い初めて解くことができる。すなわち、この二律背反問題は技術で解決する。一度技術で解決できると、その解明を科学で行うことが可能となる。
このあたりの手順はiPS細胞と似ている。科学でまともに扱うと生きている間にヤマナカファクターは見つからないと思われたので、非科学的方法で見出し、その後科学的にその機構を解析し応用技術の開発を研究者は盛んに進めている。
当方も非科学的方法で熱伝導性光散乱樹脂をあっと驚くタメゴロ―方式で作ってみた。そこそこのモノが出来上がったが、まだ完璧ではない。それでも一応光散乱性能と光透過性があり、さわるとひんやりと感じる程度の熱伝導性がある。まだ改良の余地があるのでその努力をしているが、従来の技術と全く異なるコンセプトで機能を実現している。
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iPHONEでRAW撮影が可能と聞いた。当方の所有している携帯電話は富士通製スマートフォンなので、RAW形式で写真撮影できない。しかし、かつての携帯電話と比較して4年前のスマートフォンでもきれいな写真が得られる、と思っていた。このレベルのJPEG画質でRAW形式のファイル保存ができるならば、もうRAW形式のファイル保存ができないデジカメは不要である。
RAW形式とは一眼レフやレンズ交換可能なミラーレス一眼のデジカメで採用されているファイル形式で撮影情報をすべて記録する形式である。8ビットで圧縮されたJPEGファイルよりも容量は大きくなるが情報量は多い。
画像の情報量が多いRAW形式だと仮にJPEG形式の画質で白飛びや黒つぶれ,ノイズがのったとしても現像処理で改善することが可能となる。ただし専用の画像処理ソフトが必要になるが、もうコンパクトデジカメが不要な時代になった。これでセンサーが大きくなれば一眼レフやミラーレスも不要になる可能性がある。
ただし携帯電話では小型化が必要なので大型画像センサーが搭載されることはないが、大型画像センサーのメリットが問題になる。すなわちそのメリットがユーザーに必要なければ一眼レフやミラーレスカメラも不要になる可能性がある。最近のカメラ雑誌にはこのあたりの議論が毎号何処かに載っている。扱っているテーマが異なっても一言一眼レフの長所として画像センサーの大きさをコメントしている程度だが、携帯電話だけで写真を見るならばもはや一眼レフも不要な時代になった。
少なくともA5以上に引き伸ばさなければ一眼レフのありがたみ、すなわち大きな画像センサーの長所が分からなくなっている。ちなみにA4サイズでは640万画素以上であれば画素数の差が分からないが、画像センサーの大きさの違いは画像に表れている。ただしそれは表現の違いといえるような差であり、もはや携帯電話は一眼レフの地位も脅かし始めている。デジタル化の波は凄い!まだまだ進歩の波で荒れ狂っている。
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以下は現代ビジネス1月28日号記事からの抜粋である。
「東芝が経営層から一般社員までを対象に実施したアンケート結果が社内で大きな話題になっているという。
「昨年度に比べて会社の組織風土は改善してきたか」という問いに対して、そう思うと回答した人の割合はマネジメント層で67%だったのに対し、管理職層で51%、非管理職の役職者で38%、一般社員で30%にとどまったというのだ。
東芝は2015年に巨額の会計不正が発覚したが、経営トップが発してきた「チャレンジ」という言葉を受けて、様々な部門で利益のかさ上げが行われていた。その「組織風土」が現場に近いほど、今になっても「変わっていない」と捉えられている、ということだ。社内改革の旗を振って来た経営層と、現場との認識ギャップがあまりにも大きい事に、経営幹部の間では衝撃が走っているという。
東芝がこのタイミングでアンケートを実施したのは、「組織風土は大きく変わった」という事を対外的にアピールするためだったとみられる。会計不正によって東芝は、東京証券取引所から「特設注意(特注)市場銘柄」に指定されてきたが、1年たった2016年9月に「内部管理体制確認書」を東芝が提出、指定解除を求めていた。
ガバナンスの見直しなど「内部管理体制」を改善し、社内のムードは一変したというのが東芝の立場だった。一般社員も含め、過半の社員が「改善した」と答えたならば、それを証明する傍証になるはずだった、というわけだ。」(現代ビジネス1月28日号から転載)
企業の経営は難しい。弊社は起業し6年が経過して現在従業員は3人である。このような小さな会社でも起業時の電子出版の失敗で抱えた赤字を解消しつつ浮上するのは大変であり、ようやく光明が見えだしたところである。東芝ほどの大企業になれば、危機に陥ったときに一層その困難度は増加する。教科書通りの対策を行ってもその効果が現れなかった、それだけでなく経営陣は自画自賛をしようとしたらさらに悲劇的な結果だった、と先の記事は述べているのだ。
ところで東芝の一番の問題は現在の経営陣も含めた不誠実さであって、それを従業員も理解し経営陣の刷新を願っている(注)。さらに会社が現在の状況になっていても管理職の51%が風土の改善効果があったと答えている情けなさ。非管理職の役職者が一般社員と同じような回答をしているにもかかわらず、管理職は経営層の顔を伺い黒を白と言おうとしている様子が垣間見えるどうしようもないアンケート結果だ。
思い出されるのはゴム会社入社3年目の出来事。ゴム会社では年に1回、部下の書いた一年の振り返りと今後についてのアンケートを基に上司と部下の面接が行われていた。その面接で上司から、当方以外の全員がこの課を出たいと書いているが扇動者は誰かとの質問があった。小生は留学をまじかに控えていたので留学の夢を今後の欄に書いていた。「来月から留学でなかったら私も同様の意見を書いていたと思います。」と正直に上司に答えた。上司は上位職者に評判は良かったが、全員が異動希望を出したとしても不自然ではないような管理職だった。このようなはっきりと意見の言える風土がゴム会社の長所だった。
(注)ドラッカーは経営者の資質として誠実で真摯であれ、と述べている。そうでなければ、何をやってもうまくいかないという。また、自己の強みを問うことの重要性を繰り返しのべている。東芝の強みは何か?強みのある事業以外はとりあえず売却して整理すべきだろう。ゴム会社で高純度SiCの事業が立ち上がり始めたのは、米国のタイヤ会社を買収し買収額以上の資金が必要になったことがわかり大変な時だった。リストラが進められ見通しのない事業テーマはどんどん整理されていた。その中で住友金属工業とのJVを社長が承認をくださったことに感謝している。
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昨日行われた「卓球・全日本選手権」(22日、東京体育館)で女子シングルス決勝が行われ、前回準優勝の平野美宇(16)=エリートアカデミー=は、3連覇中の石川佳純(23)=全農=を4-2で破り初優勝した。16歳9カ月での優勝は、史上最年少記録となった。
試合後のインタビューで、平野選手は感激の涙によりしばらく声にならず、「リオ(五輪)に出られなくてすごく悔しかったので、絶対優勝しようと思っていた。優勝できてうれしいです」と絞り出すように喜びを語っている。
さらに「昨年は決勝で敗れてすごく悔しかったので、優勝したかった。石川さんは何連覇もしてずっと倒されてなかった。その選手に勝ったことは意味がある」と涙を流した。この大会の優勝で世界選手権(5~6月、デュッセルドルフ)の代表切符もつかみ、「中国人を倒して優勝したい」との力強い言葉も聞かれた。
平野選手には同年代に伊藤美誠選手というライバルがいて、そのライバルがリオに参加したときに平野選手は補欠だった。オリンピックに出られなかった悔しさが昨日の結果に結びついたと本人の言葉にもあったが、これは悔しさなり挫折をバネに成長した典型的な例だろう。
誰の人生にも悔しい経験や挫折はある。努力を一生懸命している人であればなおさらである。しかし悔しさや挫折を成功のエネルギーに向け、すぐに実現することも難しいので七転び八起などということわざもある。
平野選手のように短期に結果を出すためには、ゴール設定とそれを達成するための計画が大切である。もっとも悔しさや挫折のエネルギーの大きさは、それを体験したときにどこまでのゴールを設定していたかに依存する。
また、成長にはゴール設定すなわち具体的な目標が必要で、それがより具体的であれば失敗のあとに成功のための反省や努力の工夫をしやすい。平野選手はこの点について、「攻めの卓球に徹する練習を続けた」と述べている。16歳の選手から自己実現努力のコツをあらためて学んだような感動があった。
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