米大リーグのレンジャーズを自由契約になった藤川球児投手が、推定一億円の提示をした阪神を蹴ってローカル球団の高知ファイティングドッグスに入団したニュースには続きがあり、その球団社長が無給という条件であることを明かした。
藤川球児投手はブログで「僕と妻の生まれ故郷の高知で、未来のスーパースターになるチャンスを持った子供達に僕が投げる姿を見てもらって今後の夢に繋げて貰いたい!」と思いを綴っているが、本音は、以前語っていた「自分を必要とするところで投げたい」と判断しての意志決定だろう。
シーズン途中であるが現在の阪神の中継ぎに藤川投手が加われば、と思ったのは当方だけではないだろう。しかし、藤川投手が肘の手術をしたことについて、阪神内部で心配している人たちがいる、とかねてから新聞報道されていた。
藤川投手が二流あるいは自己責任感の無い投手だったなら、そのような意見があったとしても球団の意志決定である一億円のオファーを受け入れたかもしれない。しかし、彼は一億円よりもプロの投手としての自己責任感からあっぱれな意志決定をした。
彼は、まだ若く、数年はスタープレーヤーとして活躍できるはずで、それを本人も自覚していると思う。一億円という金額を安いと判断したのかどうか、という議論が無意味であることはローカルリーグで無給という球団社長の発言から理解できる。
彼は、腐っても鯛になる道を選んだのである。実は大学を卒業した知識労働者も藤川投手のような意志決定をしなければいけない、とドラッカーは述べている。そうしなければ高い成果を上げられない、と断言している。
すなわち「農民が何をいかに行うかは代々伝えられていた。職人は仕事の中身、手順、基準についてギルドの定めがあった。今日組織に働く人たちは何も教えてもらえない。」と「断絶の時代」(1968)に書かれているように、知識労働者は藤川投手のようなプロ意識を持って自ら考え組織に貢献しなければいけないのである(注)。
「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
「今日組織に働く人たちは何も教えてもらえない。自ら意志決定を行わなければならない。さもなければ成果をあげられない。何事も成し遂げられずいかなる成功も収められない。」
(注)本来大卒以上の知識労働者は、組織に入るやいなや即戦力として活動できなければいけない時代である。しかし、大学にそのような準備と体制ができていない。科学の水準が高くて即戦力は無理だ、と言っていた大学の先生を知っているが、この発言は大学の使命を忘れた発言である。今大学教育で欠けているのは、「技術者」教育である。日本の教育カリキュラムにおいて、「技術」を取り入れている学校は少ない。そもそも科学と技術はイノベーションを引き起こす車の両輪のはずなのに「技術とは何か」という哲学科目さえ大学に存在しない。当方はゴム会社の新入社員研修で「技術」哲学を初めて習った。それはきわめて新鮮だった。花冠大学には未来技術研究所があり、そこで少し技術について女子大生が議論している(www.miragiken.com)。技術を扱っている珍しい大学である。
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昨日の(注)を書きながら、科学と技術について誤解されている人が多いのではないだろうか、と考えた。当方も新入社員研修で技術について学校教育で学んでいなかったことを初めて自覚した。実務についてから技術者という職業を考える毎日だった。指導社員はその手本として最高の人だった。
技術者の開発方法論を実務から学ぶことになったが、ゴム会社で高純度SiCの事業化を検討しているときの体験は学習として厳しいものだった。社長決裁のテーマだったのでつぶすためには、それなりの理由が必要で、一方継続するにも地獄であった。
当時のU本部長には厳しく鍛えられ、M研究所長にはやさしく癒やしていただいた。特にM研究所長については、瞬間湯沸かし器の異名が陰口として語られており、部下で叱られなかった人がいない、と言われていたが、当方は一度もそのような湯沸かし状態も見たことがなければ、叱られたこともなかった。いつでもよくがんばった、と褒められていた。気になったのは、いつも過去形だった点ぐらいである。
いつも褒められるときには過去形だったので、その後は新しいテーマを提案するようにしていた。するとM研究所長の回答は、「まだそれ、考えなくていいよ」か、あるいは、「すごいね、すぐにやりなさい」のいずれかだった。すなわち前者の回答の時には、「よくがんばった」は、過去形ではなく現在完了形の継続の意味だったのである。
M研究所長は、いつも親身に研究テーマを心配してくださっていた。U本部長とM研究所長の組織体制のままであったなら、転職するような事態になる事件が起きなかったと思う。55歳役職定年は研究組織の管理者にとって早すぎる年齢制度である。
U本部長は、大学の先輩でもあり、当方の性格をよくご存じだった。だから周囲が心配するほど辛辣な叱責が多かった。そして最後には、「まず、モノを持ってこい」が口癖だった。ところがM研究所長とは反対にU本部長は周囲の管理職から優しいと評判の方だった。また、日常はそのような紳士然とされた方だった。それだけにテーマ進捗の報告は、当方にとって地獄だった。
U本部長は厳しかったが、「モノを持って来い」という口癖に象徴されているように、技術重視のマネジメントであり、科学と技術について理解を深めるのには役だった。ちなみに「まず、モノを持って来い」は、当方だけでなく他の研究管理者も言われていたらしい。「本部長は手品のようにすぐモノができる、と考えている」という陰口がきかれた。
ただ、この陰口は間違っており、度重なる議論から知った本部長が意図していた意味は、機能の確認モデルが必要だ、という内容であった。たとえばこのようなことがあった。ECDの企画を説明しようとして秋葉原で液晶表示板を購入し、手作りでECDパネルを完成した。しかし、文字をうまく消すことができない。そのままテーマ提案の場で使用したところ、「すぐに文字が消えるように研究しろ」とテーマが認められた。
本部長が意図していたのはその程度で、企画内容で重要となる技術の機能についてどこまで真剣に考えていたかを知りたかっただけである。企画の説明資料に科学的内容をいくら書いてもだめで、重要なのは技術開発テーマ企画として技術の要となる機能が十分に検討されているかどうかである、と指導を受けた。
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「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
「組織社会を自由な社会にするには、一人ひとりが自らの責任及び組織の責任として、社会への貢献の責任を認めなければいけない。」
「人生から何を得るかを問い、得られるものは自らが投じたものによることを知ったとき、人は人として成熟する。組織から何を得るかを問い、得られるものは自らが投じたものによることを知ったとき、人は人として自由となる。」
これは、社会と組織への責任を述べた内容からの抜粋であるが、組織社会で働く意味でもある。現代の働く意味は、「貢献」と「自己実現」にあると「プロフェッショナルの条件」でドラッカーは述べている。そして組織で働くときに自己責任の原則を知ったときに自由になるという。
今から10年前に豊川へ単身赴任したが、引っ越しを手伝ってくれた家族は、楽しそうにしているのが不思議だといった。自分以外に誰も解決できない仕事をする楽しさだ、と説明したが、できるかどうか不安ではないのか、という質問になった。
外部の業者に技術が無ければ失敗するだろう、そして自分が責任をとることになるが、外部の業者は一流だから、恐らく当方のアイデアを採用してくれて、仕事は成功するだろうと、見通しを語った。しかし、赴任してすぐにその答えは出た。外部の業者は一流と言われていたのでその判断に期待したが、当方の提案したアイデアを採用してくれなかったのだ(注)。
外部の業者が当方のアイデアを否定したので、一年後の結果はすぐに見えた。責任をとり早期退職するつもりで、上司に「申し訳ない」と頭を下げた。「ほかに方法は無いのか」と言われたので、「納期も迫っており、外部の業者に依存している限り、無い」と答えたら、半年以内に子会社でコンパウンドのラインを建設することになった。フローリーハギンズの理論など上司に説明しても不安を煽るだけなので、「中古の二軸混練機が一台あれば結果にコミットできる」と答えた。
上司は組織長として当方の提案内容を受け入れてくださった。赴任して間もないリーダーの提案を受け入れてくれるほど度量の大きな組織長であったことが幸いした。この信頼に応え成功することは組織への貢献である。
カオス混合の実用化は初めての体験であったが、高分子技術者を目標とした自己実現の機会として最適なテーマだった。ゴム会社で高純度SiCの事業化を目指したときにはセラミックス技術者を目標としていた。そしてその生産ラインを半年で完成させた。ただしその事業化は6年かかった。今回は事業が目前でつぶれるかどうか、という状況で、最大の問題はフローリーハギンズの理論だった。
しかし、単身赴任する前にポリオレフィンとポリスチレンを相容させることに成功していたので、フローリーハギンズの理論など怖くはなく、PPSと6ナイロンをプロセシングで相容できる自信があった。このとき、新しい組織へは管理者として赴任したが頭の中は技術者モードになっていた。グループのマネジメントはすべて部下のマネージャーに任せた。
休みはほとんど自費で東京へ帰る日常となった。センター長の決裁範囲の価格で購入できた中古の二軸混練機を根津にある某業者にあずけ、カオス混合の生産機を組み立てていたからだ。ここで業者とともにその機能を勉強することになった。センター長の信頼に応えるため新たな分野を短期に学ぶ必要が生じたが、それは貢献の手段でもあった。
(注)一流だから採用しなかった、という解釈もできる。しかし、一流だから科学と技術の世界観が異なることを理解している、と期待していた。科学は単なる哲学である。一方、技術は人間の営みである。科学では論理の厳密性が重要であり、科学で完璧にできる証明方法は否定証明だけだ、と言ったのはイムレラカトシュである。換言すれば科学的な否定証明がなされていない現象では実現できる可能性が残っている。ポリオレフィンとポリスチレンが相容し透明になった(15年以上経過しても透明である)ことで、フローリーハギンズの理論が完璧な理論でないことを証明できた。すなわちフローリーハギンズの理論を基に「否定証明」を構築し、カオス混合の結果を否定することはできないので、そこに属する現象の機能については、フローリーハギンズ理論で、できるともできないとも考察できない。機能を実現できるようにするのは技術である。ただし、技術でも科学で完璧に否定された現象に即した機能をそのまま利用することはできないので、そのときはほかの代替できる現象から機能を持ってくることになる。これは技術開発の方法論。科学と技術は世界観が異なり、技術の世界では科学は一手段あるいは方法の一つである。また、科学の世界ではモデル化された現象を実現するために技術を使う。技術で科学を手段として使うときに問題は発生しないが、科学の世界で技術を使うときには、その技術が科学で証明されていないときに問題が発生する。科学と技術は論理学の必要条件と十分条件の関係に似ている。ここを正しく理解していないとうまく問題解決できないばかりか大騒動を引き起こすこともある。最近の有名な事例は、STAP細胞の騒動である。科学で完璧な否定証明ができていないこの現象について、未熟な科学者が偶然成功した。未熟な科学者は技術として完成させる道を選べば良かったが、人生経験が不足していた。科学の世界に巻き込まれたので、とんでもない混乱となったのだ。マウス作成にES細胞を使用していたことを窃盗罪という人間の営みとして訴える科学者も現れた。熟練した人生経験豊富な科学者は、研究の世界に時々人間の営みをそのまま持ち込んだりするが、それはあくまで成果を生み出すためだ。ここで窃盗罪を持ち出してどのような成果を期待しているのだろうか。ちなみに科学の世界に技術の世界観を持ち込みノーベル賞まで受賞したiPS細胞の成果は、今の時代にヒューマンプロセスの見直しが重要であることを示している。
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「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
「情報は、何かを行うことのために使われて初めて知識となる。--中略--従って知識経済の出現は知識の歴史の中に位置づけられるものではない。それはいかに道具を仕事に適用するかという技術の歴史の中に位置づけられる。
---中略--知識経済の知識は、新しさや古さに関係なく、ニュートン力学の宇宙開発への適用のように、実際に適用できるか否かに意味がある。重要なことは新しさや精緻さではなく、それを使う者の創造力と技能にある。」
この40年以上前のドラッカーの指摘は、体系だった知識の重要性とその使い方の重要性を指摘している。ビジネスシーンにおけるロジカルシンキングやタグチメソッドはじめ問題解決法の流行は、知識の使い方に重点が置かれている。
科学の時代において、科学的知識は体系だった知識の一例である。ゆえに科学的知識を扱う限りにおいて知識の使い方だけ学べば良いかもしれない。しかしビジネスシーンの問題では、科学的知識だけで解決できるとは限らない。
科学的知識の中には、実際に活用できない知識も存在する。あるいは活用方法が分からない知識と表現した方が良いかもしれない。例えばパーコレーション転移については、古くから数学者により議論されていた。そして40年くらい前には一つの体系ができていた。
しかし材料技術の世界においてパーコレーション転移の知識が積極的に活用されたのは、この20年である。30年前にパーコレーション転移の理論は単なる情報に過ぎなかった。材料科学の教科書に書かれた混合則を不満に思い、パーコレーションについて勉強しシミュレーションプログラムを作成した。
知識の使い方だけでなく、情報を知識に変換する技術や独自の知識を体系化する技術も重要である。弊社では、単なる問題解決法ではなく、知識にまつわる技術を身につけるためのプログラムを用意しています。
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落合GMに戦力外と通告された二人の選手が原監督の下で大活躍している。これは同じシステムでリーダーの違いによりメンバーの成果が変わることを示しているビジネスにおいてもよくある事例だ。但し野球のシステムは、ビジネスのシステムよりも単純で成果の尺度も明確なので原因もわかりやすい。
堂上選手や吉川選手にとって成果を出すためには、野球のチームという組織が必要だ。すなわち中日ドラゴンズは成果を出すための彼らの手段だったのが、落合GMにそれを取り上げられ、新たに原監督から類似システムを手段として提供され、成果を出している。
落合GMも原監督もリーダーシップで実績のある一流の野球人である。それぞれのキャラクターの違いもあるが、今シーズンの堂上選手や吉川選手を見ていると、個人が意識を変え「ひたむきに組織に貢献すること」の重要性が見えてくる。彼らの活躍について原監督に育てられている、と表現している新聞もあるが、一年も経たず活躍できるのは「個人の意識変革の効果」が大きいのだろう。
原監督に育てられた、と言うよりも、落合GMの非情な資本の論理による組織追いだし効果が大きいと思っている。そして彼らは落合GMを恨むのではなく、一度生活の手段を失った恐怖をひたむきな貢献という形に変えてプレーしていると思われる(注)。
スーパープレーを見せた吉川選手にしても堂上選手にしてもスキルに問題が多かった選手である。これはリーダーとして言ってはいけない発言と思ったので記憶に残っているが、落合GMは、かつて対談で「野球の下手な選手はいらない」というような発言をしていた。
しかし、プロ野球の選手は一応一定レベル以上の選手であり、どのようなチームでも成果を出せる能力があるはずだ。それが同一システムの組織の違いで大きく影響を受けるのは、一人ひとりが成果の必要性をよく理解していないことが一因としてある。すなわち成果に対する考え方や意識が重要である。彼らを見ていると、組織の意味が見えてくる。
「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
[一人ひとりの人間が成果を上げることは組織にとって必要なだけではない。働く人間一人ひとりにとって必要である。なぜなら組織は、社会が必要とするものを生み出す手段であると同時に、組織に働く人たちにとっての手段だからである。]
「企業といえども従業員のために存在するのではない。成果は組織の外にあり、従業員の同意、納得、態度に影響されるだけである。」
(注)これはインタビューをみた当方の思い入れかもしれないが、彼らの笑顔は野球ができることの喜びであって、追い出された恨みを感じさせない。人間だからつらい原因を作った人に対する恨みは残るかもしれないが、恨みだけで毎日を過ごしていると、不思議なことに、ますます悪い方に転がってゆくものである。組織で働くコツは、「笑顔で成果」である。
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ゴム会社の創業者のご子息は、経営を使用人のリーダーに任せた。新入社員の研修で会社の歴史とともに、企業が公器であること、そして創業家もそのような意志決定をしたことを学んだ。すばらしい会社を選択し入社できた、と誇りに思った。そのとき、会社に選んでいただいたことを忘れていた。
これは自分のサラリーマン生活で大きな間違いだった、と気がついたが、遅かった。高純度SiCの事業を立ち上げ、慢心していたことは周囲からみて明らかだったのだろう。被害者ではあったが、仕事を妨害した加害者の気持ちを考えた。
いろいろな思いが去来したが、誠実に自己責任の原則に則り、転職する道を選んだ。バブルがはじけた後、就職氷河期が長く続いたので、今、会社でばりばり仕事をしている30歳前後のサラリーマンは、「会社に選んでいただいた感」を忘れていないと思うが、その気持ちは大切だと思うので持ち続けてもらいたい。
当方の時も二回のオイルショックがあり、一応就職難だったが、それでも就職率は100%に近かった。日本の経済状態が良かったという過去の経緯もあり、当時の学生には「就職してやる」的傲慢な考え方があったように思う。知識労働者は組織が無ければ成果を出せないことが分かっていても、社会的風潮は今と異なっていた。
就職難は学生にとって不幸な状態かもしれないけれど、知識労働者というものを理解するには良い時代だと思う。自分の希望した職種に就職できなければ自分で起業してもよいと思っている。むしろ今の日本はそうすべき時代かもしれない。既存の組織はそこに必要な人材以外は不要なのである。しかし、一方で今の社会は新しい組織を求めている。そして若い知識労働者が新たな組織を立ち上げ日本を活性化してゆく体制が、政府の補助金などで整いつつある。
組織からはじき出されたときに否定的な考えになる必要はなく(注)、起業も含め新しい組織へチャレンジできる時代であるし、組織というものをそのようにとらえるのが健全な考え方である。騒動が起きたときに、転職を引き留めてくださった方が多く感謝しているが、住友金属工業とのJVが立ち上がって顧客も明確になり、後はマネジメントさえ誤らなければ成果がでる状態になっていた。
高純度SiCのニーズが市場に無ければ、テーマはつぶれていて、騒動の加害者の感情を損ねること無く転職するような事態にはならなかった。しかし、高純度SiCの市場が立ち上がり細々と続けてきた開発を重点的に進めた結果、仕事の妨害は起きてしまったのである。
ここで6年間の苦労を成果として結実できるかどうかは、問題を素早く収集してせっかく出口が見えたチャンスをつぶさないことである。皮肉にも問題解決の答えに転職以外見いだすことができなかった。しかし、この時の意志決定は間違っていなかったのだろう。高純度SiCの事業は30年後の今もゴム会社で続いている。
「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
「企業といえども従業員のために存在するのではない。成果は組織の外にあり、従業員の同意、納得、態度に影響されるだけである。」
(注)勝ち組、負け組などと言う言葉があったが、健全な組織に勝ちも負けも無い。騒動の被害者になったときに、つくずくそう思った。健全な組織では、所属メンバーに必ず役割があるはずで、それは勝ち負けから来るものではない。勝ち負けが組織の価値になったとき、問題が起きる。さらに数年後世間を騒がす騒動が起きたが、残念なことである。今は入社時の風土に戻った、と聞いた。12年間貢献できたことを誇りに思える会社である。
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「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
「今日の組織は、部族、村落、町という狭い環境から抜け出す自由を与えた。近代組織は教育のある人たちをして知識を働かせ、収入しかも高額の収入を得る機会をもたらした。しかしそこには、意志決定の責任が伴う。自らが何でありたいか、何になりたいかについて責任を負わされる。組織があるべきもの、なるべきものについても責任を負わされる。
そのためには、組織に何を求めるべきか。組織を自らの役に立つものにするためには、自らは何を行うべきか。
したがってわれわれは、組織が一人ひとりの人間に対して位置と役割を与えることを当然のこととしなければならない。同時に、組織をもって自己実現と成長の機会とすることを当然のこととしなければならない。」
ここでドラッカーは、今日の組織社会における、機会としての組織について説明している。ドラッカーのマネジメント論は有名であるが、ドラッカーの書には、個人のあり方がうまく説明されており、マネジメントの教科書として読む以外に、組織人としてどのように振る舞ったら良いかの答えを求めることができる。
ドラッカーの答えが正しいとか正しくないとかの議論は意味が無く、個人が現代の社会でどのように「活」きたらよいのかという問いを持って読むべきものだろう。このとき個人を社会で活用できるよう自分で自分をマネジメントする指南書となる。
昨年「追い出し部屋」と新聞で騒がれたが、何か組織で不満が生じたときに組織を責めてみても仕方がないのである。仕事の成果は、組織を通してしか得られないばかりか、社会への貢献でも組織を通さない場合には、ボランティア活動しか道がなくなってしまうのである。どのような組織でも自己実現と成長の機会とすることを当然のこととして実践しなければいけない。
この意味で組織リーダーである上司の責任は重い。一人ひとりの人間に対して位置と役割を与える責任があり、部下の自己実現の支援をしなければならない。残念ながらサラリーマン生活において、この視点で上司に恵まれなかったが、自らを組織の中で位置づける努力をしてきた。転職や単身赴任、早期退職などのサラリーマンの苦労は自ら選択した結果で、それゆえ前向きにがんばることができる。
転職では、セラミックスの専門家から高分子の専門家へ転身し、単身赴任ではカオス混合技術を生み出した。そして早期退職して、セラミックスから高分子材料まで開発して得た経験や知恵を社会に生かそうと活動している。
このようにドラッカーの書は、個人が組織をどのように活用したら良いのか、と読むことができる。実はドラッカーの書を高校時代に初めて読んでわかりにくかったのは、彼の組織に対する考え方であったが、30数年サラリーマンを体験した後、これを再度読んでみると非常にわかりやすく書かれていることに気がつく。ドラッカーは組織活動の経験者には難解な書ではないのだ。
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高分子の混合プロセスでは混練技術が用いられる。混練の科学についてはこの10年の進歩が著しい。高分子学会でも活発な議論が行われることもある。但し、混練そのものではなく、高分子のレオロジーの側面からである。
カオス混合では、偏芯二重円筒を用いたシミュレーションが有名だが、このシミュレーションどおりの生産装置を一度見てみたいと思っている。カオス混合については、ゴム会社の新入社員時代の指導社員から頂いた宿題として30年近く考えてきた。
毎日考えていたわけではない。カオス的なことを見つけては思い出していた。結婚はカオスのようなものだ、と言っていた人がいたが、新婚時代はカオス混合をほとんど忘れていた。転職先の写真会社でもしばらく忘れていた。
誠実真摯に職務に励み外部から表彰されるような成果も二種類の業務で出したのにラインからはずされ研究所長付スタッフに突然された時には、頭の中はカオス状態になった。そしてそのとき実現可能な技術を思いついたのは偶然だった。その偶然を捕まえるための仕込み実験もこのスタッフ時代にできた。カオス混合に成功する前に、ポリオレフィンとポリスチレンの相容に成功したのだ。
これはカオス混合を実現できたときに何が起きるかを知るための重要な実験だった。換言すれば、SP値の離れた相容しないと言われている高分子の組み合わせでも相容することを確認するための実験である。左遷という不幸な機会に、STAP細胞と同様の、このきわもの的実験に成功する幸運に恵まれた。
この成功でますますカオス混合をやってみたくなった。突然写真会社とカメラ会社が合体する。そしてカメラ会社の開発部隊の中にPPSと6ナイロンの組み合わせで苦しんでいる人が偶然いた。
さらに運良く外部のコンパウンドメーカーから嫌われて、混練プラントを短期間に建設しなければいけない幸運が舞い込んだ。ラインから外されてからは人生設計の誤算続きではあったが、30年近く考えてきたことを自分で実験できるチャンスが訪れた。
混練技術の専門家ではなかったけれど、また、組織では自分で実験ができる立場ではなかったけれど、カオス混合は自分でやってみたかった実験である。恋い焦がれて、というと大げさだが、新入社員時代の宿題をやり遂げたい、と思い続けてきた実験でもある。
カオス混合に初めて成功し、PPSと6ナイロンが相容した透明な樹脂が混練機から吐出されたのは、電気炉が暴走して生まれた高純度SiCの時と同様に不思議な技術の体験である。不思議な体験ではあるが、それまでの努力を思い返すと幸運と不幸のバランスがうまくとれた結果に思えてくる。不幸だからと嘆く前に不断の努力を続け、不幸を努力の過程に混ぜ合わせることが大切である。
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MS-WINDOWS8を使用しているが、結構タフなOSである。多少の無茶なシャットダウンでも壊れない。Xpでタフになったと感じたが、当時のXpでは一度起動しなくなるともう手が付けられない状態になった。しかし8では一度起動しなくなるようなトラブルでも、ハードが壊れていない限り立ち上がってくれる。
30年以上前のMS-DOS時代は気楽だった。起動しなくなれば再インストールすればよかった。それもさほどの時間がかからない。また、デバイスドライバーの干渉が不具合の原因であれば、多少テクニックが必要であったが、マニュアル片手に何とかなった時代である。
WINDOWS3.1から起動しなくなった場合の復旧が大変になってきた。それでも98まではOSの中身が多少とも見えていたので何とか力技で復旧できたが、NT以降のOSはもうだめである。落ちにくくはなったが、逆に落ちてからの復旧が大変になった。
MS-WINDOWS8では、一度原因不明のトラブルにあったが、深夜スイッチをいれてコンピューター任せにしておいたところ翌朝無事起動していた。ふとビジネスモデルと同じではないか、と気がついた。大企業で流行した見える化運動などは巨大化してどのように動いているのかわからないOSにも必要だ。昔のMS-DOSはシンプルで分かりやすくトラブルが生じても短期に回復ができた。
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お弁当箱にも進化があった。昔お弁当箱といえばアルミ製だった。B5サイズの大きさで、学生鞄に教科書とともに入るタイプが人気だった。今お弁当箱は樹脂製のカラフルなタイプが人気だという。カラフルなだけではない。様々な形状のお弁当箱が販売されている。
日本は様々なデザインのお弁当箱が販売されていることで世界的に有名になっていた。OBENTOという英語もあるそうだ。また、日本のお弁当箱を主にヨーロッパへ輸出する事業を営んでいる企業も6年ほど前に誕生している。
すなわちこの数年お弁当箱のブームが起きている。販売個数から計算してみたところ、20代から50代までに限ると一人2個以上持っている、という数値が出た。ビックリしたが、我が家にも知らない間にお弁当箱がいくつかあった。
今売れ筋のお弁当箱は2段になっているタイプで、汁漏れや匂い漏れがしないように工夫されている。昔ながらの保温弁当箱は3000円以上でこれまた様々なタイプが販売されているが、驚いたのは樹脂製でありながら、1500円以上しているのである。
100円ショップにもかわいい弁当箱は販売されているが、1500円以上する弁当箱は、キャラクターがデズニーやジプリなどいかにも値段が高そうなデザインになっている。お店の人に聞くとOLに人気だそうで、一人で複数購入する人もいるという。また、お弁当男子用も存在し、そちらは1000円前後の無骨なタイプが売れ筋だそうだ。
デザインの進化以外に材料の進化もあり、1000円以上の弁当箱にはシリコンLIMSが使用され、密閉性が向上している。また、樹脂も電子レンジに対応し耐熱性のPPが使用されている。安いPS製品には電子レンジや食洗器不可と書かれている。電子レンジや食洗器に対応することは、樹脂製お弁当箱の付加価値なんだろう。
弊社でも新しいお弁当箱の開発を始めた。ご興味のある方はお問い合わせください。デザインに特徴を持たせています。弊社は技術から芸術までコンサルティング致します。
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