ゴム会社では、30年以上前に55歳役職定年制度が定まっていた。またアメリカ企業を買収し、その資金捻出のためにリストラを余儀なくされ、新聞に誤った情報が流れたりした。
それから30年経っても早期退職を巡る企業経営者と知識労働者の間では時折問題が生じ、昨年には「追い出し部屋」なる言葉が登場した。「断絶の時代」でドラッカーが指摘した内容は、未だ解決に至っていないのだ。
そのような状況で70歳定年制がささやかれるようになった。経営者からは単なる負担増の制度という声が聞かれるが、ここは思い切って現在行われている雇用制度を給与面から再度見直してみてはどうだろうか。
日本の終身雇用制度は崩れつつある、と言われているが、終身雇用制度を崩す必要も無いのである。全く新しいコンセプトで企業と従業員の雇用関係を見直す作業を行えば良いのである。
日本では労使関係を円滑にするために企業内に労働組合を持っている会社が多いので、組合で70歳定年制を議論させれば良いのである。特に第二次産業は今後の飛躍的成長は合理化しかないことが見えている。その前提で、議論すれば意見はまとまってゆく。
今一番の問題は、組織と人との関わりにおいて、人側の意識がまるで進歩していないかのような出来事や記事が多いことである。40年以上前にドラッカーに指摘された内容が未だ労働者の価値観として定着していない。
「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
「組織の責任に関する第一の原則は、従業員への影響を可能なかぎり抑えることである。----中略----特に従業員に忠誠を求めることは許しがたいことであり、正当性を欠く。組織とその従業員との関係は契約上のものであって、あらゆる契約の中で最も狭義に解釈すべきである。このことは、組織と従業員の間に愛情、感謝、友情、敬意、信頼があってはならないということではない。それらは価値あるものである。だが、いずれも付随的であって、勝ち取るべきものである。」
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ドラッカーはもう古い、という人がいる。また、ドラッカーは「ネクストソサエティー」を遺稿にして世を去った。確かに過去の人かもしれない。しかし、今世の中で起きている変化は、まさにドラッカーがその著書の中で指摘していたことであり、むしろ今ドラッカーが旬なのかもしれない。
初めて読んだドラッカーは、「断絶の時代」であり、高校1年の時に父親に勧められての受動的読書である。世の中は大学紛争の末期的症状で高校にまでその余波があり、通っていた高校では校長室封鎖事件が発生した。そして一週間授業を中断し、全校集会が行われ、高校生の政治活動について活発な議論が成されていたそのときに「断絶の時代」を読んでいた。
新聞にもこの本のタイトルが毎日のように出ていた。本のPRとしてではなく、親子の断絶も含めた世代の断絶の意味で用いられていた。ドラッカーの断絶の時代とは、経済や技術などの断絶を論じた本である。タイトルだけが一人歩きしていたのである。
ベストセラーになった本のタイトルが一人歩きし、社会現象の説明に使用されるのは、よくあることである。しかし、高校生の時に体験したその現象は新鮮だった。本は難解であったにもかかわらず、断絶の時代という新聞のタイトルに納得できる現実の中に生きていた。
しかし、ドラッカーの「断絶の時代」は、今読んでも役立つことが書かれている。おそらく日本の知識労働者は皆読むべきかもしれない。例えば、以下の内容である。
「断絶の時代」(1968)P.F.ドラッカー(上田惇生訳)より
「年齢をもって退職させることは残酷であるだけでなく人的資源の浪費である。年齢をもって退職させることが必要なのであれば、彼らが第二の人生を送ることのできる仕組みを作らなければならない。
----------(中略)--------------------------
人は年によって老いるのではない。65歳でも35歳のものより若いことがある。また、人はみな同じように老いるのではない。エネルギッシュに働くことはできなくとも、判断力に狂いがなく20年前よりも優れた意志決定を行う人がいる。助言者としても欲を離れ、かつ知恵と親身さを併せもつならば、最高の仕事をする。」
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日本はラーメンのおいしい国だ。中華そばとか中華ラーメンとか言われているが、中国でおいしいラーメンに巡り会った経験が無い。ローカルの少し汚いお店で70点程度のラーメンに出会ったときには感激した。チェーン店で味千ラーメンというのがあるが、これは40点から50点程度だ。プートン空港のそれは40点だ。
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事務所の近くに麺屋楠というラーメン屋がある。醤油ベースの魚介系のスープは豚骨系が好きな舌にもおいしく感じる濃厚さとさっぱり感が共存した不思議な味だ。90点以上はつけたいところだが、WEBで見ると蒙古タンメン中本よりも低い点がついている。
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この東上線沿線にはおいしいラーメン屋が多い。辛くて当方の味覚には合わない中本以外は味に不満は無い。楠は上位の店だが、場所が悪い。アクセスには便利だが人通りの少ないところに当方は事務所を借りている。その近くなので当然人の来ない場所だ。川越街道に面しているが、駐車場が無いので車では不便な場所である。
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そんな店でもお客がきちんと入っているから、やはりラーメンがうまいのだろう。しかし、中本のように行列はできていない。不思議なのは、辛くてとても当方には食べられないのに中本に多くの人が並んでいることだ。おそらくあのインパクトのある独特の辛さの評判が全国区となり人が集まってくるのだろう。
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学生時代、ラーメンといえばすがきやスーチャンのラーメンが一番だった。安く早くうまいラーメンは当時の名古屋の名物の一つだった。しかし40年の間にラーメンはものすごく進歩した。
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ゴム会社に入社したとき、会社の近くの久留米ラーメン「いし」の豚骨ラーメンのおいしさにびっくりした。鶏ガラでスープを作った母親の手作りの中華そばや、豚バラと赤だしのうどんラーメンはB級グルメと呼んでも良い味だったが、ラーメンは、懐かしの味とは全く異なる方向へ進化している。
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生命保険の担当者が生命保険の組み直しを提案してきた。組み直すと支払額が減り有利になるという。そこで言われるがまま変更したのだが、考え方により損をしていることもわかった。これは以前にも書いた問題解決と同じで、システムをどのようにとらえるのか、というところからくる。
すなわち生命保険とは入力(I/P)としてのお金があり、出力(O/P)として保証が得られる仕組みだ。保証内容が変わるとI/Pも変化するが、生命保険会社は、保証内容を工夫し「I/PよりもO/Pが他社よりも大きく見える」魅力的な商品を企画する。
保険商品を購入する、すなわちシステムをどのようにとらえるのかは自己責任であり、生命保険の担当者に責任は無い。また、「死んだときがO/Pの最大値になっている生命保険」というものをどのように考えるのかという複雑な問題がある。
バブルがはじけたときに、生命保険業界はその影響を受け、一部で再編や株式会社化が行われた。また、生命保険の見直しを新聞や週刊誌は書き立てた。すなわちバブル経済では、生命保険の保証内容もバブルだったのだ。
そして新聞や週刊誌が書き立てたのは、生命保険の保証内容が実現されない場合もでてくるので、家計への負担も考え適切な保険に切り替えるように書いていた。これは主に保険の配当金が減額される点を指摘していた。
換言すると、バブル期には銀行にお金を預けるよりは生命保険が有利だ、という社会の雰囲気ができていたことに対し注意を喚起したものだった。今時このような説明をする保険の担当者がいたら注意する必要がある。生命保険と貯金は別物である。
当時、生命保険だけでも10万円近くの支払いをして家計が圧迫されてきたので早速見直しを行った。生命保険が膨らんだのは、姉が生命保険の勧誘員であり、言われるがまま生命保険に加入していたからだ。
バブル期には、貯蓄型の生命保険は銀行よりも有利な配当をつけており、お得に見えた。しかし、生命保険の組み直しを行ったときに知ったのだが、特約事項でその有利な配当が幻になる可能性が説明されている。新聞や週刊誌が見直しを煽った理由の一つである。
当時、生命保険関係の支出を半分に減らしたが、そのとき65歳までの保証内容を最大にするという方針を明確にしていた。今回まだ65歳前だが、保証内容を減らすと毎月の支払額が下がると言うので生命保険をすべて整理し一つにまとめた。
20年ほど前は明確な方針を立てて生命保険を整理したのだが、今回は単純に支払金額や医療の保証関係に着目し、何となく変更してしまった。確かに保険の担当者が言うようにお得な内容だった。但し、変更前に比較すると、65歳までに死んだ場合には大損をする内容である。
生命保険というシステムは、死んだ場合の保証が掛けた金額以上になるので、基本は掛け捨てにならなければ保険会社は倒産するはずである。また加入者数が多くなるほど保険会社が有利となる。保険会社は集めたお金を投資に回し、その運用で利益を出す仕組みだ。
バブル期から継続して掛けてきた保険の保証内容は、まさにバブルだった。65歳までに死亡したときには、掛け金を考慮しても100歳までの収入より多いお金が入ってくる。今回の保険の組み直しで儲けたのは、「今」という時間をとれば、生命保険会社である。「未来」をとると、確かにお得な内容になっている。長生きしよう。
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30数年サラリーマン技術者として活動してきた。周囲からアイデアマンと言われたが、それなりの努力とコツを活用した結果で、天性の素質に頼ったわけではない。コーチングで部下にアイデアを出させたりした経験から考察すると、アイデアの出ない人には一つの共通した特徴がある。
それは努力をしていないか、無駄な努力をしている人である。ある日、君は努力不足だ、とはっきり部下に言ったら、毎日努力している、と真剣に食い下がってきた。見所があると思われたので、あるコツを授けたら、その日から彼はアイデアマンになった。
この体験から、凡才がアイデアを出すには、絶対に努力とコツが必要だと思っている。今は某大手の副社長をしている友人が、高校生の時に「知恵のあるやつは知恵を出し、知恵の無いやつは汗を出せ」と書かれたZ会の添削答案を持ってきて、「皆で汗をかこう」と言っていた。
一緒に仲良く一年目は大学を失敗したが、3月に行われる入塾テストの成績順にクラスと席が決まる予備校で、「なぜ君が前の方に座っているのか」、と質問してきた。「君以上に汗をかいた」と答えたら、「俺はもう少し汗をかく必要があった」と笑っていた。
天性の才能のある人は才能に頼れば良いが、凡才は努力しなければ知識労働者として成果を出せない。ただ努力にもコツは必要で、そのコツのいくつかを弊社は提供している。凡才でありながらそれなりの実績を出してきたので、そのときのコツは誰でも活用できると思っている。
例えば温故知新は、最初に説明するコツで誰でも必ず新しいアイデアが出せるようになる。これは写真会社へ転職したときに、専門外の業務でありながら日本化学工業協会技術特別賞(注)を頂けるほどの成果を出せた、基礎知識が無くてもできる有効な方法である。
(注)昭和35年に公開された特許を実用化した仕事である。パーコレーションを真剣に勉強するきっかけになった。バブルがはじける直前の転職した時代は、スタウファーの浸透理論など科学の成果がまとまりつつある頃で、学会に必ず年に1回は参加する習慣の努力が結びついた。独自に開発したシミュレーションソフトを論文発表しようとしたそのときに炭素学会から同様のコンセプトのプログラムが公開された。その5年後には、高分子学会で導電性高分子のパーコレーション転移を論じた発表が出てきた頃である。パーコレーションそのものは数学者によりもっと古くから議論されていたテーマで、学問の普及の仕方を学ぶ機会でもあった。
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問題解決と題して事例をもとにその概略を書いてみたが、新しいアイデアを考え出すコツの一つに「何が問題か」というドラッカーの問いがある。このドラッカーの問いは、ビジネスプロセスのすべてのシーンで有用な表現だ。
新しいアイデアをひねり出す必要があるときに、目の前のシステムを少し変えたものについて入力(I/P)と出力(O/P)を考えてみる方法がある。この方法は使用頻度の高いコツである。TRIZやUSITよりも簡単な方法でアイデアがよくでてくる。
ここまでの表現でよくわからない人は問い合わせていただきたいが、アイデアを出すには努力が必要なことは以前指摘した。考える対象にもよるが、システムを少し変えてそれを考える作業は、実際に行うときに結構大変である。
コーチングでは事前準備が欠かせないが、苦労するのはシステムを理解させて、それの変化系を作り出すところだ。そもそも目の前のシステムを離れて独自のシステムを考える習慣を社会人になるまでにしていないことが問題だ。
新入社員時代に指導社員から仕事の指導を受けたが、最初の内容がバネとダッシュポットの教育だったのは幸運だった。粘弾性モデルを考える時にこのプロセスは、どのような場合にも応用できるアイデア創出法である。指導社員からそのように習った。
高分子材料にバネとダッシュポットのモデルを適用し考える、というスタイルはもう古典であり行われなくなったが、高分子材料設計を行うときには便利な方法である。時間のあるときに今様に脚色し、まとめてみたいと思っている。
以前電子出版をネット上にオープンしていたときに「高分子のツボ」を販売していたが、そのときバネとダッシュポットの解説は除外した。しかし、日々特許などを読んでいると、時折そのような考え方も重要なことに気がついた。温故知新としてまとめてみたい。
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入社試験の回答の定番の一つに、趣味は読書、というのがある。果たして読書は趣味か?特定の趣味の分野の読書ならば、趣味かもしれない。しかし、それでも趣味は読書と答えたくない。知識労働者にとって読書は習慣の一つである。
漫画は読書か、という問いもあるが、議論しても無意味と思っている。会計の入門書は漫画で読んだ。最近は実用書を漫画で読める時代なのだ。漫画で読んで気がついたことがある。実用書はやはり活字だけのほうが情報量が多く理解しやすいのだ。
漫画は理解したような気にさせるが、実用性が無い。実用のために改めて本を買い直したが、手始めに漫画を読んでみる、というスタイルもあると思う。漫画の過激な表現は今に始まったことではなく、40年前からすでに鼻血がでそうな表現の漫画は存在した。
電車の中で過激な漫画を平然と読んでいる高校生を見ると隔世の感があるが、漫画も情報入手の一つの手段と見れば、知識労働者が読んでいてもおかしくない本,という時代なのだろう。
父が亡くなったときに困ったのは本の処分である。昔からの読書家だった。名古屋大空襲があったので、戦後の本しか残っていなかったが、それにしても多かった。最後に読んでいたのは仏像の本だった。
ドラッカーを読み始めたのは父の勧めだが、当方に勧めた割にはドラッカーの書籍は少なかった。アルビントフラーも、コビーも1冊だけだった。警察官の在職中の本はバラエティーに富んでいた。
しかし、亡くなる前の30年間に購入された本は仏教に関する書籍ばかりだった。街の書店ではあまり見かけない本ばかりだが、岩波書店とか著名な出版社の本で、それらを眺めながら、改めて読書は趣味ではない、と思った。
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中国は80%近くいた農業人口を30%に減らし、生み出した労働力を第二次産業へシフトして工業国へ変わろうとしている。経済特区では建設ラッシュがおき、すさまじい早さで町が生まれ変わっている。
中国の景色を見ていて心配になるのは荒れ果てた農地である。おそらくこのまま進むと、中国は農産物の輸入を大幅に増やさなければいけなくなるのではないだろうか。さらに一人っ子政策の影響で人口構造が変化して国を支えていた産業システムまで変わるのである。
10億人を超える超大国のシステムの変化は、世界に大きな影響を与えるに違いない。この影響を予測しにくいのは、共産主義という政治体制をそのまま維持して産業システムだけを変化させようとしているからと思っている。中国の政治システムは中国研究家に質問しても難しい問題だという。
例えば今の習近平体制を予想した専門家はいないと言われている。自動車という商品を基に企業の経営システムを想像するレベルではないようだ。三菱自動車で最初にリコール隠しが告発されたときに、担当者が市場の品質レポートをロッカーに隠していたと報道された。
この報道から会社のシステムが垣間見えた。しかし大きなシステム変更が行われなかったので再発した。この再発は、多くの人が予測できたのではないだろうか。当時の新聞や週刊誌には辛辣なことが書かれていた。
大企業で問題が起きたときに、その問題から社内のシステムを想像できるのは、事務の合理化や標準化が進んでいるからだ。中国について研究者がそのシステムを描いてみても、どのように将来動いてゆくのか見えないという。これは中国研究者の責任ではない。システムを科学的に描いている限り、中国の正しいシステムを描き出すことはできない。
面白いのは中国企業のシステムも国同様にうまく描くことができない。まったく標準化が進んでいないヒューマンプロセスのシステムだからだ。人件費が高騰して倒産する企業が出てきた、とニュースで報じられているが、人件費の高騰で倒産している企業は、ほんの少しではないかと推定している。信じられない理由で倒産している多くの企業が存在するらしい。
倒産する企業が増えても強引に第一次産業から第二次産業へ労働力を移そうとしている中国のシステムは、国も企業もきわめて不透明である。ゆえにそこで発生する問題について意見が分かれるのは当然のことだろう。10年前に書かれた「10年後の中国はこうなる」という本を読み返したが、一部あたっているが外れている部分が多い。その昔「ジャパン・アズ・No1」というベストセラーもあったが。
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メーカーでは技術者が経営に提案しなければいけない時代になった、と昨日書いた。これは技術者が知識労働者だからだ。今の時代は知識労働者も経営者と同じ立場にある。この前提に立ったときに日本のメーカーの技術者はそのように活動しているのだろうか、という疑問がわいてくる。
ゴム会社で半導体用高純度SiCを一人で担当しているときにあたかも社長直下で仕事をやっているような雰囲気だった。今や業界トップの大会社でこのような気分を味わっていたのだから、転職に至った問題はあきらめているが、そこにいたるまで今から思えば信じられないできごとが続いた。
高純度SiCの仕事を提案したのは、CIを導入した時の記念論文募集イベントだったが、このイベントも信じられない顛末だった。もう30年近く前の出来事なので公開するが、首席には10万円の賞金が出ることになっていたのだが、締め切りまでに応募されたのは8件だけだった。そして首席になったのは、締め切り後に書かれたとんでもない内容の論文だった。
当方が記念論文に応募した、という噂を聞いた当方の同期が、応募した論文を見せてみろ、と言ってきた。そして応募した当方の論文を読んで、このようなまじめな科学論文では佳作にも入らない、と言ってきた。当方は締め切り時点で8件しか応募が無いので佳作にぎりぎりはいる、と説明したら、同期は、そんなに応募が少ないのか、と驚いて事務局に電話し、今から応募しても間に合うか尋ねていた。
そしたら事務局は応募が低調なので職制を通じて全社に呼びかけているところだから大丈夫だ、と答えてきた。同期の友人は俺が模範解答を書いてみせる、と宣言し当方に書き上げた論文を見せてくれた。その内容は、実現性は怪しいが未来感あふれるマリンビジネスや豚の繁殖力と牛のうまみを組み合わせた生物を生み出すバイオビジネスの話など荒唐無稽な論文だった。
当方の未だ科学では説明できないが技術的に実現性の高い、有機高分子と無機高分子のポリマーアロイからセラミックスの高純度化を行う技術について、関連技術を調査し裏付けを採って書かれた論文に比較すると、二ー三日で書けるいい加減な論文だ、とコメントしたら、審査する側から見ればどちらも今実現されていないので同じに見える、レオポンが実現されているからトンギューのほうがセラミックスの高純度化よりも科学的に実現性が高く見える、という。さらにこの募集はお祭りの一環で審査員はW大学の先生だから、○○○○な審査になる、と予言していた。
この予言は当たり、「夢にあふれる論文」と高い評価を受け、当方の同期の論文が首席となった。当方の論文は佳作にも入らなかった。同期の指導社員は、こういう結果が予想されたから俺は応募しなかった、と慰めてくれたが、その後海外留学に人事部から指名され、高純度SiCの発明を無機材質研究所で成功し2億4千万円の先行投資を受けて事業をスタートすることになった。
経営が知識労働者に何を期待しているのか具体的に示すことが重要で、CI導入時の記念論文募集イベントは大胆な夢を期待し、それを従業員に示す目的があったのだろうと思った。ただあまりにもすごい論文を選ぶと目的とする意図が伝わらない場合もある。人間性あふれる思考、ヒューマンプロセスの難しいところである。
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その昔、フォード社はすべてを自社で開発する体制を作りあげたという。また、日本では1970年前後に基礎研究所ブームがあり、メーカーの基盤技術開発を自前で基礎から作りあげようとした。日産自動車の基礎研究所が二つ作られたのもその時代だと聞いている。
昔のような基礎研究所の時代ではなくなったが、メーカーのコアコンピタンスとなる技術のマネジメントについてどのように行うのか、今は難しい時代ではある。バブルがはじけた頃に、技術のマネジメント(MOT)が話題になった。メーカーが生産性を上げようとするときに基礎研究所のマネジメントが各企業で話題になったのだ。
ゴム会社では、それよりも10年早く1980年頃に研究所の運営が問題になっていた。これは、指導社員が自分の専門スキルであるダッシュポットとバネのモデルを使うレオロジーが将来無くなる、という発言をしていた背景でもある、と推定した。当方は入社後配属された研究所が縮小されてゆくのに戸惑ったが、ドラッカーを読んでいたので、知識労働者のあるべき姿を悩み解決のため考えた。
その結果、現場の技術者が考え、貢献と自己実現の目的で経営へ提案をしなければいけない時代になった、という結論に至った。ゴム会社のマネジメントもその方向になっていた。ゴム会社の社名からタイヤが無くなり、変化に対して工夫で対応する化工品事業を拡大するという方針で、「電池」「メカトロニクス」「ファインセラミックス」を三本の柱になるように育て事業を展開する、と全社員に社長は説明した。
そしてCI導入キャンペーンの一環として論文募集を会社は全社員向けに行った。社長方針を受け、当時フェノール樹脂の天井材を担当していた当方は、有機物から高純度半導体を製造する技術の提案を行った。紆余曲折あったが、無念の退職をするまで事業立ち上げに経営陣とともに努力した。
今もゴム会社にその事業は残っているが、恐らく当方が会社に残っていたら子会社として独立させるマネジメントを行っていたと思う。また、やめる直前までそのような活動を行っており、住友金属工業とJVを立ち上げたのだ。そのとき出願された半導体冶工具の基本特許はもう権利切れになっているが、このころの活動の証拠文献である。
このJV立ち上げ努力と平行して、日産自動車の基礎研究所と電気粘性流体部品開発のお手伝いをしていた。アクティブサスは、電気粘性流体を用いると大変簡単な構造になり、コストダウン可能な技術に見えたが、シリコンオイルを用いる電気粘性流体が高すぎた。
当時ものにならない技術と思いながらも、高純度SiC事業化のかたわらのお手伝いであってもベストをつくし、3種の電気粘性流体用特殊構造粒子やホスファゼンの難燃性油、そしてこの技術を手伝うきっかけとなったゴムからの抽出物で粘度が高くなる問題を解決した界面活性剤技術などを開発した。短期間になぜ豊富な技術を生み出すことができたのか。それはヒューマンプロセスを用いたからである。その具体的方法につきましてはお問い合わせください。
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