兵庫県知事の問題は、当方から見ると疑問点ばかり出てきてよく分からない、というのが正直なところだが、公開されたアンケート結果から垣間見えてきたどこの組織でも起こりうる問題がある。
まず、今という時代に心掛けなければいけないことを書く。上位職者が下位職者に声がけするときに、優しく声がけしなければいけない。普通に声がけした段階でパワハラとなる。
そもそも、普通の表現という基準が曖昧であるが、上位職者にパワーがあることは明確である。だから上位職者は自分のパワーを気にかけて下位職者に声がけしてようやくパワハラの無い関係で会話をしている、という場となる。
この意味では、兵庫県知事はパワハラの日常であった可能性が高く、アンケート結果にはそれが現れていた。おそらく、兵庫県知事はこのことに気づいていないのであろう。
40年前の当方のいた研究所は、今の基準であれば、パワハラやセクハラその他多種多様のハラスメントが溢れていた日常だった。おそらく、日本企業のほとんどの組織は似たような状態だったのだろうと思う。
写真会社は30年ほど前からハラスメントに取り組んできた優良企業である。たまたま、上司とゴム会社の研究所へ帯同する機会があったが、転職後10年以上経ってもゴム会社の研究所の風土は変化していなかった。
打ち合わせをしていた会議室まで聞こえてくる叱責の言葉に耳を傾けながら、なぜか懐かしさを感じていた。当方が転職した時に当方含め3人が同時期に転職しているが、組織外で起きたならば明らかに犯罪となる出来事が起きて、それを本部長が隠蔽化して放置したからである。
分かり易く言えば、命まで奪われそうな脅迫まがいのレベルの出来事が起きていた。それでも隠蔽化する、というのは異常な判断と人事部にも申し出て転職している。
兵庫県知事の問題では、そこまでひどい状況ではないと思われるが、自殺者が出ているのは不思議である。当方含め3人は死ぬことなく転職を選んでいる。
もっとも、当方が転職後、新聞沙汰になった自殺事件が起きているので、さらにエスカレートしたのだろうと推定しているが、このような問題で自死を防ぐ研修が必要なのかもしれない。
アンケートも含め状況証拠から、恐らく百条委員会ではパワハラを認定する可能性が高いが、兵庫県知事が反省されていないことが気にかかる。普通ならば辞職していてもいいような状況だ。
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パーコレーション転移という現象を数式で議論しようとすると、まず数式の意味を理解しなければいけないが、それを理解できたからと言って、すぐに配合と高分子高次構造との関係が見えてくるわけではない。
数理モデルで問題を解くときに、よく考えなければいけないのはこの点である。すなわち現象を数式で表すことは良いが、その表現の理解が難しいと、新たなアイデアに発展していかない。
数式の理解のために頭から湯気を出している状態ではだめである。そのようなときに直感で理解できるモデルをコンピューターの中でアルゴリズムを用いて再現できると、現象そのものをグラフ化できるので分かり易い。
すなわち数理モデルで問題を解く時にコンピューターを使うが、その時に直感で理解できるモデルを選択できないか、よく考えることは重要である。
数学としての正しさよりも、現象の再現性を高めた表現にはどのようなアルゴリズムがあり、そのアルゴリズムからグラフを描くところまで直感で理解できるかどうか、という点が重要な気がしている。
コンピューターの専門家ではないので、このようにやるとよい、とは書けないが、少なくとも当方は、コンピューターを使って問題を解くときに分かり易い表現をモデルから展開できるかどうかをまず考えてみる。
その点で、ダッシュポットとバネのモデルで高分子材料を記述するアイデアは、学術的には否定されていても捨てがたい。
分子の一次構造や,あるドメインの塊がバネとして機能し、分子の滑りや分散物とマトリックスの界面の滑りがダッシュポットと考えたりしてアイデアを展開できる。また、粘弾性試験機を利用しての確認も可能だ。
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もし、生成系AIの登場が原島先生が言われるような産業革命の総仕上げならば、次の段階を拓くイノベーションが同時に始まるはずである。
産業革命から今日まで、科学の時代と言われ、20世紀は科学の世紀とまで言われたが、アメリカでは1970年代にトランスサイエンスという言葉が生まれている。
そして、科学が推進した産業革命は、多くのトランスサイエンスの問題を生み出し、現在に至る。産業革命は論理学が誕生する直前、非科学の時代に始まった。恐らく、産業革命の総仕上げが行われた後の未来は、産業革命で生み出されたトランスサイエンスの問題を解決してゆく時代になるのではないか。
トランスサイエンスとは、科学で問うことはできても、科学で解決できない問題を意味すると言われている。この言葉が生まれてからセレンディピティーという言葉が流行り、日本にはこの言葉だけが輸入されている。
科学の方法で解決できない問題でも、人類は解決しなければ次の時代を生きてゆけない。科学の方法でできなければ、非科学の方法を使うことが必要になってくる。
このように考えると、次の時代は、科学と非科学が同等に扱われるサイエンスフュージョンの時代になるのではないか。すでにその兆候はあり、当方がゴム会社で発明した高純度SiCの合成法は、非科学的に開発された技術であるが、30年ゴム会社で事業として行われ、現在(株)MARUWAに事業継承されている。
また、ノーベル賞を受賞したiPS細胞の発明は、あみだくじ方式で開発され、その生成物であるiPS細胞の証明に科学的方法が用いられ、受賞に至っている。
当方の発明した方法は、当方の手により、反応速度論の解析が行われ、均一反応で進行することが確認され、当方一人の名前で日本化学会で発表された。
その後この講演を聞いた助教授から、学位を出すからデータを見せてくれと言われ、見せたところ勝手に彼は自分をファーストネームとして論文発表している。その後、彼は国際会議などでも当方に許可なく自分の研究として発表している。
この発明は、学会賞など数々の受賞をするのだが、一番苦しい事業の立ち上げまで行った当方や、それを引き継いだ部長、JVのパートナーなど存在しないものとして最初の推薦書が学会に提出されている。それでも許される科学の時代だった。
アカデミアの研究者や企業の研究者がこのような行為をしたことにショックを受けたが、それでもあきらめず、カオス混合はじめ非科学の発明を多数行ってきた。
人類の英知などと言われるが、その中には他人の成果を奪い自分の成果とする不純な英知も存在した科学の時代であるが、多数の人の英知を学習したAIの登場で、他人の成果も自分の成果も味噌糞一緒の未来となった。未来は、その成果が誰のもか分からないAIの英知で発展するのか?
ドラッカーは、知識労働者の成果は、他の人に自分の成果を渡すことにより生まれる、と述べている。素晴らしい成果ならば、渡さなくても他人が奪っていってしまった科学の時代であったが、誰の成果と気にすることなく、権利関係が浄化されたAIは、これから活発に使われるだろう。
AIを使う時には、先人の知に敬意を払って使うようにしたい。
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一辺が100個の立方体、すなわち100x100x100個の立方体の任意の一個に導電性粒子を放り込む。順次導電性粒子を乱数に従って立方体の1個に放り込み、その都度導電性粒子の体積分率と抵抗の関係を求めると、パーコレーションの曲線が得られる。
写真会社に転職してうまく動くプログラムが完成した。当時まだMS-DOSの時代であり、会社では一人1台パソコンが割り当てられていなかったので、1時間プログラムを動かしているとコンピューターの管理者に叱られた。
仕方がないのでエプソン互換機を購入し、それでパーコレーションのシミュレーションを行っていた。このアルゴリズムが面白いのは、微粒子がクラスターを生成した状態で、さらにパーコレーションを誘起するプログラムへ容易に発展させられることである。
当時日本化学会でこのプログラムを発表し、比較データとして酸化第二スズゾルのパーコレーション転移の様子を用いている。
その後、2005年に単身赴任し、PPS/6ナイロン/カーボンの配合でパーコレーションが安定化された半導体無端ベルトの材料設計を行う時にもこのシミュレーターは使われた。Wパーコレーションのシミュレーションとなったが、カオス混合による威力が示された実験結果をうまく説明できた。
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パーコレーションという現象は、数式で議論すると難解だが、コンピューターの中に立方体を創り出し、その中で微粒子がランダムに分散する様子をアルゴリズムで創り出すと、パーコレーションの過程を可視化できるので理解しやすい。
新入社員の時に指導社員からパーコレーションについて指導を受けた。当時学会でも複合則で議論されていた時代である。数学界ではパーコレーションという現象について結論が出ていた。
スタウファーのパーコレーションに関する教科書が発表されたのは1985年であり、その難解な教科書は今埃をかぶっている。Lattice Cでパーコレーションのプログラムを作ったのは1987年で、スタウファーの教科書を参考にしている。
もう少し気の利いたアルゴリズムを考えているときに、実際に立方体の中で粒子を分散させて計算する方法を思いついた。SiCセラミックスヒーターを開発した時で、微粒子を導電体にしてそれが分散した立方体の電気特性を測れば、パーコレーションを表現できる。
その後電気粘性流体を担当させられたりして、プログラムが完成したのは、写真会社へ転職してからである。どこに時間がかかったのかというと乱数の生成である。
コンピューターの乱数は疑似乱数であり、規則正しく乱数が出てくる。冗談を書いているのではない。乱数を計算するアルゴリズムに沿って乱数が出てくるのだ。ゆえに乱数の数列はいつも等しい。
ある目的には大変ありがたい特徴だが、ランダムに分散させたい時には、この乱数では困る。そこで乱数の発生の仕方をいろいろ調べたら、コンピューターのタイマーを使用する方法などいろいろあった。やはり、コンピューターにおける乱数の発生には誰もが苦労しているようだ。
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パリオリンピックの選手たちが帰国し、バラエティー番組ではその体験談を取り上げている。そこで共通して出てくるのは、選手村の食事。まずかったそうである。
まず、批判を覚悟で申せば、日本人ならば日本食の最もおいしい料理をおいしいと感じるはずである。帰国子女でもない限り、この味覚は変わらない、という実験番組を学生時代に見た記憶がある。
それぞれの分野で一流のシェフが同じ食材で料理を作って、アンケートにより序列を決める番組だったが、フランス料理は5番目だった。和食、中華、イタリアンまで順序を記憶しているから、フランス料理の5番目は、この時比較された10種の料理で特別旨いとまで評価されていなかったのだろう。
当方は、ゲテモノ料理はさすがに嫌いだが、食事に対して強い好き嫌いは無くても、フランス料理と和食との比較を聞かれたら、和食と答える。それも赤だしみそ汁がついた和食である。
筑波学園都市で1年半住んでいた経験がある。学園都市の中にはラーメン屋と街中華が多かった。フランス料理やイタリアンの高級店も1店舗ずつ存在した。ロシア料理店もあった。
これらの店に入ってみて、フランス料理店は1度しか食事に利用していない。他は出張者がいるとフランス料理店以外へ連れて行っている。とんかつ「太郎」がダントツに回数が多い。
やはり、安い和食が最高で、この店の赤だしは追いカツオが効き、旨かった。カウンター席しかなかったが、同席者に好評だった。
おそらく食べれないほどまずくは無かったのだろうけれど、フランス料理は下手な中華料理より旨くない、というのが当方の番組で語られる体験談からの想像である。
カレーライスと中華は失敗しても何とか食べられるので、単身赴任中の自炊は中華料理が多かった。時に赤だしみそ汁をつゆにした味噌煮込みうどんも作っている。これは本場赤だしを使って旨かった。もちろん追いカツオ入りである。
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コロナ禍で話題となった8割おじさんのクラスター理論は、浸透理論(パーコレーション転移の理論)の一種であり、1950年頃その原型が生まれている。
当時、サイト問題とボンド問題が議論され、それぞれの解法でパーコレーションの閾値の異なることが問題とされた。カリフォルニアの山火事の議論から生まれたパーコレーションだが、数式で議論すると結構難解である。
難解なだけでなく、その理解ができたところで、材料設計に応用するときにはさらに頭を使うことになる。企業内のプレゼンテーションで説明に使うには不適である。
8割おじさんは一生懸命説明されていたが、国民はその説明に納得したのではなく、コロナウィルスの恐怖の前に信じるより仕方が無かったのである。理論を理解して行動したのではなく、怖いから従っただけである。
しかし、もう死ぬ確率は下がり、老人以外は死なないと理解した若者たちは、8割おじさんの説明を理解しておれば7月8月は恐怖月間だったと気づいたはずなのに、マスクもせずに遊んでいる。
その結果、熱中症なのかコロナなのか分からない状態で病院に運ばれる。年寄りは少しの病気でも怖くて病院に行けなくなる。9月末に開催される再生材に関する国際会議で招待講演者となっているので収まってくれると良いが。
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とりあえず有料の予防接種を打ちに行く予定でいる。10月過ぎれば老人は無料になるが、これだけコロナが流行していると、早めに打っておこうという心理になる。
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コンピューターを使って問題を解くためには、数理モデルを数式にして計算で解く方法と、数理モデルをそのままコンピューターでプログラムとして実行させる方法が知られていた。
生成系AIの登場で言語のまま、あるいは画像を使ったりして問題が解けるようになった。今のAIはSWOT分析も連関図も作ることができる。しかし、これらは自分で行うことをお勧めする。
理由は、SWOT分析にしろ連関図にしろ、あるいはそのほかFMEAなど各種手法は、その結果が重要ではなく、それらを作る過程を通してアイデアを整理するのが目的だからである。
コンピューターを使って問題を解くときに勘違いしてはいけないのは、何のためにコンピューターを使うのかという視点である。FMEAにしろ連関図にしろ人間が作ることにより、その目的と価値が生まれる。
コンピューターはそれを作るための補助的に用いるか、あるいはまったく無用かもしれないので、よく考えて問題解決していただきたい。アイデアを出したり、考えを整理したりするツール類は人間が主体となってそれを実行するときに価値を発揮する。
QCツールを正しく理解していない人が多い。ゴム会社の12年間で3人の研究開発本部長のご指導を受けたが、QCツールに対する考え方が異なっていた。
最初の本部長は、鼻であしらい現場の道具だと語られていた。二番目の本部長は研究者にも有効だと語られていた。3番目はFMEAを作ったところで品質問題は起きる、と軽蔑していた。
FMEAのようなツールは、作っておしまいではないのである。作る過程とそれを改定する努力が重要となるツールである。ゆえに作る過程でAIと相談しながら、という使い方は問題ないが、作成そのものを丸投げするのは意味がないのである。
現場の道具とか、作成しても意味がない、という評価は論外であり、QCツールの目的を理解していない。科学が生まれたのも真理を知るツールが必要だったからである。AIが常識となっても科学的活動は残る。
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ニホンオオカミの剝製を発見した論文の筆頭に小学生の名前が、という記事を読んで、小学生をサポートされた国立科学博物館主幹川田氏と山科鳥類研究所研究員小林氏に頭が下がる。
また、この二人のサポートを受けながら論文にまとめた小学生の知力もすごいと思う。ただ、当方が最も凄いと思うのは、主幹川田氏が筆頭とならず、小学生を当然のように筆頭としている点である。
それは、以下の経験からありえないことと思っていたからである。ゴム会社で30年事業として行われ2018年に(株)MARUWAへ譲渡され今も承継されている高純度SiCの合成技術がある。
この製造方法に関わる反応速度論の研究は、前駆体の品質管理(注)のため当方単独で企画から研究の完成まで行われ日本化学会で発表された。それがきっかけで某国立大学で学位授与の話を当方は頂いた。それは、電気粘性流体の開発でゴタゴタの始まった頃である。
高純度SiCの合成技術研究は1985年に終え、焼結体の研究も終えた頃で、炭素だけでホットプレスできることやヒーターの開発なども完了し、住友金属工業とのJVをスタートもしていた。
新たに就任した研究開発本部長は、JVも立ち上がり、研究開発がひと段落したのだから電気粘性流体の研究を事業として立ち上げるように命じてきた。
そこで、否定証明されて解決できないとされた耐久性問題を一晩で解決するとともに科学的にはその機構が不明だが、電気粘性流体を実用化させた傾斜機能粉体はじめ3種のメタマテリアルを開発している。
その結果、当方含め3人の研究員が転職するような事件が起きたのだが、そのようなときにありがたい話と喜んだのが甘かった。命じられるまま提出したデータを用いて、その大学の助教授が筆頭となった反応速度論の論文を当方の承諾なく出されている。
その助教授は、それまで高純度SiCの開発に全く無関係だった。その研究が完了した時でもゴム会社との接点は無かった。当方が学会発表してから、生まれた接点である。
学位を授与するためには大学との研究履歴が必要だから出した、と事後に説明を受けたが、この研究に関しその後の国際会議等の招待講演をこの助教授は当然のように当方に承諾なく受けている。
当方が転職後、この大学の他の先生から転職先からも奨学寄付金を持ってくるように言われたので、泣く泣くこの大学で学位を取得することをあきらめている。
その後、中部大学から温かい支援が得られ、学位審査料だけで学位を取得できたのだが、この経験は企業研究者の学位について問題を提起したものだと今でも思っている。
このような経験があったので、このニホンオオカミの論文の話は、大変清く素晴らしい記事として心に残った。このような若い人を育てようとする研究者が多ければバブル崩壊後の日本は早く立ち直っていたのではないか。
(注)高純度SiCの製造方法は、無機材質研究所留学中に4日間で完成している。生産もほぼこの時の研究で見出された合成条件で行われている。この時、前駆体の均一性をどのように証明するのか、課題として残った。当方は、均一素反応で反応が進行することを示すために、留学修了後、2000万円かけて、2000℃まで1分で昇温可能なレーザー加熱の熱天秤を開発し、これで速度論の研究を行い、会社から発表許可を頂いて日本化学会で発表している。ゆえにこの研究がいつどこで行われ、誰が関わっていたのかを示す証拠がすべてそろっている。時間ができたときに、当方の12年間のゴム会社における研究開発の体験を書く予定にしているが、研究の成果はどのように評価されるべきなのかについては、その体験談で詳しく書く予定にしている。
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オリンピックが終わった。理解できなかったのが、新種目「ブレイキン」。女子は、日本人が金メダルをとったが、男子は、どうみても金メダルに思われる演技だったのに4位に終わったSHIGEKIXである。
少なくとも、繰り出す技の難易度は人間業に見えないレベルで、とても当方には真似できない。それも音楽に合わせて、あたかもデジタル画像が動いているようで、不思議な世界が広がっていた。
決勝でも3位決定戦でも、相手の技よりも素人目に高度や難易度の高いものだった。体操床運動ならばウルトラX級もあった。内村航平でも音楽に合わせては、やれないだろうと感じた(と同時に、どこかTV局で内村航平との対戦を企画してみてはどうか。ブレイキンと床運動の違いが明確になる。題名の無い音楽会で取り上げても面白い。)。
おそらく、技の難易度ではなく、動きの面白さからの採点の影響が大きかったのかもしれない。決勝も3位決定戦も動きの滑稽さでは、ライバルの方が勝っていた。おそらく、ブレイキンを今後もオリンピック競技とするならば、採点基準を誰でもわかるようにすべきだろう。
フィギュアスケートも八木沼純子選手(注)の採点が低く、不満だった記憶がある。その後、この競技では採点方法の見直しがなされ、スポーツとして理解しやすい形になってきた。
ブレイキンもスポーツとして今後採点基準の見直しが行われて欲しい。オリンピックでやるからには、やはりルールが分かり易くなっていることが重要だ。
それにしても、青春時代(1970年代)ビージーズのサタディー・ナイトフィーバーが流行り、様々なストリートダンスが生まれ、やがて日本では竹の子族やお台場のダンスブームなど話題となっているが、自ら踊ることは無かった。
趣味が違ったといえばそれまでだが、音楽に合わせて踊る機会が盆踊りだけではもったいないと反省している。若い人にはその時代のダンスを踊ってみることをお勧めする。ブレイキンなど年を取ったらできない経験である。
(注)ブレークダンスが基になったブレイキンを今後オリンピック種目とするならば、スポーツの要素を明確にした採点に改めるべきだろう。フィギュアスケートもその歴史において、演目内容と採点基準の見直しがあった。日本では渡部絵美選手の国際的活躍でマスコミがフィギュアスケートを取り上げるようになり、トリプルアクセルの伊藤みどり選手の活躍で一気に火がついた。さらに華麗な八木沼選手の登場で国民的スポーツとなったが、当時採点基準が不明で、SHIGEKIX同様に会場を沸かせても八木沼選手はなかなかトップになれない。その後採点基準の見直しやその方法の公開などがあり、スポーツ観戦として楽しめるようになったが、ブレイキンも技術点などの基準を公開する必要があるだろう。メダルは取れなかったが、SHIGEKIXは八木沼選手同様に記憶に残る選手になるのだろう。
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