マテリアルズインフォマティクスを新帰納法と呼ぶ人がいるが、それは科学の概念を拡張している。科学とは何か。例えば、マッハ力学史には科学の定義およびそれが誕生した時代について書かれている。
イムレラカトシュは、「方法の擁護」の中で、科学の方法で完璧と呼べるのは否定証明だけ、と明確に述べている。この説に従えば、技術開発を完璧な科学の方法で行うとモノができない、となる。
ゴム会社に入社した時に、よくこのフレーズを耳にした。しかし、研究所に配属されたら、そこは異次元の科学一色の世界だった。否定証明が日常的に行われていたのだ。その結果、経営に貢献する成果が長年出ていないことが問題とされていた。
そのような部署で新入社員の研修で学んだ統計手法を用いて研究を進めていたら非科学的と言われたのである。これは、当然と言えば当然であるが、データ処理を科学的に行うためには統計手法となるのに、である。
すなわち、科学では仮説の真偽が重要であり、データのばらつきなどどうでもよいのである。部長の納得できるデータを出さないと今日は帰れない、と嘆いていた同僚がいた。
その部長は学会である理論を発表していた。そのためその理論に合うグラフを描けるデータが要求されていたのだ。ゴム物性は必ずばらつく。同僚のデータを見せていただいて、90%の信頼区間を書いたら十分にグラフの線上にそれが入っている。
しかし、それではダメだという。ズバリ線上に載った値が必要だと嘆いていた。そこで、物性測定にN数を3倍に増やし、当方に持ってきてほしい、と言って同僚の実験につきあった。
そして、各平均値がグラフの線上に載るように測定データを3点選びデータ処理を行った。同僚は無事終電車前に帰宅できて喜んでいた。
「統計でウソをつく方法」という本が出ているが、今回は嘘をついたわけではない。仮説に合うように実測データを選んだだけである。うまく仮説に合うデータが出ない時には、N数を増やすとよい。
偶然はN数が大きくなることにより、出会う可能性が高くなる。下手な鉄砲数打ちゃ当たる、という名言を活用すれば、セラミックスやゴムの物性では仮説に従うグラフを簡単に描ける。本日の内容を気持ち悪く感じた方は問い合わせていただきたい。
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マテリアルズインフォマティクスは、第三次AIブームの中で生まれた、とするのは、日本の研究者達であるが、データマイニングにより新しい知を求めようという活動は、古くから行われていた。
どのくらい前から、という時に、データマイニグをAIでやり始めた、とするならば、第三次AIブームとしてもよいかもしれないが、コンピューターで、とした場合には、第一次AIブームの1970年代となる。
情報処理を機械でやりはじめて起きた第一次AIブームでは、推論モデルが議論されたので、アルゴリズムが議論の中心だった。
ところが、多変量解析が社会学分野で使われ始めたのもこの時代なので、情報処理で物質の科学を議論しようという物好きがどこかにいたかもしれない。
当方は1979年にゴム会社に入社してデータマイニングの手法を学んで、マテリアルズインフォマティクスし、タイヤの軽量化因子を明らかにするととともに、高分子で165-SRー13というサイズのタイヤを作った時の最軽量値を求めている。
コンピュータではなく頭の中で数値をいじりながら新しい知を求めた事例は、ニュートンの思考実験が知られている。思考実験で万有引力の法則を求めている。
しかし、マッハはこの手法を非科学的、と「マッハ力学史」の中で述べているので、科学の時代に限って言えば、データマイニングは、物理学者により科学とともに生まれた、と言っても良いだろう。
マテリアルズインフォマティクスは何も新しい科学の潮流ではなく、数理モデルに弱い化学者たちが喜んで飛びついた学問の方法と捉えることができる。
物質の現象をデータで捉え、そこから新しい知を求めるのにAIを用いる、と言ってみたところで、現在のAIは、映画「マトリックス」で描かれたAIほどのレベルではない。オブジェクト指向の成果でアルゴリズムの工夫から生まれたものだ。
マテリアルズインフォマティクスの本質を考えてゆくと、化学者が物理学者のような考え方になりはじめた、あるいは物理と化学がフュージョンした、と捉えることができる。
フュージョンと聞くと音楽の世界で1970年代に起きた一つのムーブメントでクロスオーバーとも呼ばれた。
マイルス・デイビスがジャズだかロックだか分からない音楽を始めたのが最初、という説があるが、黒人によるブルースが西洋音楽とのクロスオーバーと捉えると黒人がアメリカ大陸に連れてこられたころとなり、もっと古くなる。
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始末書を提出するときにホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画を添付した話を以前書いている。ゆえに詳細はそちらを参考にしていただきたい。
燃焼時にオルソリン酸として揮発しない点がホスファゼン骨格の高い難燃性発現の機構におけるキモであるらしいことは、燃焼試験におけるガス分析等で明らかにされた。
ならば、リン酸エステルとホウ酸エステルと併用し、燃焼時の熱でボロンホスフェートを生成する仕掛けをすれば、オルソリン酸の揮発を防ぐことができる。そして、この組み合わせシステムは、ホスファゼン同等の高い難燃効果を発揮できるはずだ、という仮説からホウ酸エステル変性ポリウレタンフォームの企画は生まれている。
この企画は、すぐにテーマとして実施され、この実験結果とホスファゼン変性ポリウレタンフォームの実験結果を合わせて1年間の新入社員研修成果として発表している。
この時多変量解析で行った考察を報告していない。化学分析結果を科学的に考察してまとめた内容を報告している。統計手法も含め、当時の本部長がそれらを用いることについて非科学的として低い評価をしていたからだ。
当時の主任研究員が高分子学会崩壊と安定化研究会の委員だったので、30分の講演として発表するときにも多変量解析結果を発表するかどうかもめている。
当方は、データサイエンスを用いる方法として斬新な視点である、と上司を説得し発表項目の一つとして許可された。特許出願後にすぐにこのような新しい研究発表が許されていた時代である。
データサイエンスを用いた高分子の難燃化研究は、1981年に最初の発表がなされたのだが、当方が期待したほど反響は大きくなかった。
40年以上経過した今年の日本化学会春季年会では、この時の内容と、パーセプトロンを用いたアルゴリズムによる解析との比較を報告している。
マテリアルズインフォマティクスも10年の歴史があり、聴講者は少なかったが、40年以上前よりは反響があり、発表後二人の方から廊下で質問された。一人はアカデミアの方で、一人は企業の方だった。崩壊と安定化研究会では解析法に対する質問が0だったので40年の歴史の重みを感じた。
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衆院補選は自民党の惨敗という結果となったが、これは下馬評通り。多くのデータから事前に示されていたので、自民党も島根だけの戦いに臨んだのだが、そこでも予想通り負けた。
今回維新と立民の戦いが演じられると報道されていたのだが、東京15区は少し様子が異なった。後半で大混戦となり、立民が漁夫の利で勝った。
須藤元気氏が予想に反した善戦と報じる記事が多いが、当方は選挙戦の初めから想定していた。また日本保守党の候補も急激な追い上げを演じたが、須藤氏には勝てなかった。
この東京15区、もし須藤氏が立候補していなかったなら、立民ではなく維新か日本保守党の候補が当選していたかもしれない、と当方は予想している。
この15区の選挙結果は、現在の国民の意識、とりわけ保守層の意識が現れているような結果と当方はとらえている。岸田政権の支持率は、まだ2割以上あるようなアンケート結果になっているが、無党派層だけのアンケートをとったなら1割を割り込むのではないか。
問題は、一定数存在する保守層の票の行き先である。今回の15区はそれが分散した結果となったのではないか。乙武氏の敗退は昨今の不倫に対する厳しさの風潮から自明であり、その風を読むことができなかった小池氏の政治勘も鈍ったか?
今回の補選で見かけ上立民が躍進したように見えるが、それならば15区でもう少し票を獲得できていなければいけない。また、もと立民の須藤氏が次点となることもできなかった可能性がある。おそらく今週ワイドショーではこの15区の票の読み方が、今後の政局を占う話題となるのではないか。
この15区の事前の予想では、どのようなデータでどのように処理するのかで結果は左右された。当方は、今回都民ファーストの寄与を小さくして解析している。理由は乙武氏の公認となっていたからである。
都民ファーストの会の支持層は、小池氏の支持層でもあり、その支持層が減少しているデータが存在する。乙武氏の不人気だけで今回の乙武氏の得票率を説明できず、小池氏の支持層がかなり減少していたことを今回の結果から読み取らなければいけない。
但しその減少分は、小池氏の次の一手で動く可能性があり、衆議院の解散が6月以降遅くなれば面白い。データサイエンスで政治を読み解く難しさは、変革期にどのようなデータを扱い処理するかという点にある。
これが科学ならば、科学的現象に潜む相関を期待したデータを選択し、専門家ならばその選択するデータは同じになる。しかし、選挙のような社会科学と呼ぶにもその中に潜む関係を見出すのも難しい対象では、世の中を読み解くある程度の勘が要求される。
データサイエンスでは、データとアルゴリズムが重要で、とりわけ政治の変動期には、データサイエンスの手法よりも用いるデータの選択が重要となってくる。
ゆえにデータサイエンスによる推論を新帰納法による科学の推論と呼ばれる人がいるが、無理に科学的方法と結び付ける必要はない、と思っている。6デイズ7ナイツで語られているとおりである。
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ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームの工場試作大成功で始末書を書かされた話を以前この欄で紹介している。
ホスファゼンに含有されるリンは、リン酸エステル系難燃剤に含まれるリンよりも40%ほど高い難燃効果を発揮したことがデータサイエンスで明らかになった。
しかし、この結果についても科学的に証明するように指導を受けている。ASTM燃焼試験を行っているときに、ガスクロマトグラフィーを傍らに置き、燃焼中に発生しているガス分析を行っている。
その結果、リン酸セステル系難燃剤では必ず燃焼している炎の中にオルソリン酸が含まれるが、ホスファゼンでは燃焼ガスの中に含リン化合物が検出されなかった。
それだけではない。燃焼面の分析を行ってもリン酸エステル系難燃剤ではトレース程度のリン化合物が検出されただけだが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームでは明確にリン含有化合物が検出された。
さらに、サンプルを600℃で熱処理したところ、リン酸エステル系難燃剤添加系ではリン化合物の痕跡さえ残っていなかったが、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームではP=Nの吸収がIRで確認された。
その他、科学的データを収集して演繹的に仮説を立案し工場試作を行っているが、当時当方は新入社員であり、工場試作を進めたのは、上司だった。しかし、始末書を書かされている。データサイエンス無情話その3。
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データマイニングでは、データの処理方法がアルゴリズムと同様に大切な技術であると、社会人のスタート時に知ったのは幸運だった。79年10月1日に研究所へ配属され、樹脂補強ゴムの研究を担当した。これをデータサイエンスにより、3か月でモノにしている。
1年のテーマを3か月で済ませてしまったので、1980年1月に職場異動となって新たなテーマを担当することになった。軟質ポリウレタン発泡体の難燃化研究企画を立案している最中の職場で、世界初の難燃化技術を開発するように命じられた。
そこで、まだ市販されていなかったホスファゼンで軟質ポリウレタンフォームを変性する研究企画を提案したところあっさり通過している。その後のドタバタについて以前書いているので省略するが、この時にもデータサイエンスのスキルは役立った。
当時、耐熱高分子の研究ブームが一段落し、高分子難燃化研究の黎明期だった。そこで高分子の骨格と耐熱性や難燃性の解析を重回帰分析で行っている。その結果リン系化合物の難燃剤を用いた難燃化の寄与が一次構造の設計より10倍以上高いことから、ホスファゼンを選択している。
ホスファゼンを選んだ理由は、P=N骨格がリン酸エステル系難燃剤のように難燃効果を発揮するのか興味があったからである。
当時提案されていたりん系難燃剤の難燃化機構では、オルソリン酸の形態で脱水触媒として働いていることが知られていた。P=N耐熱骨格の構造でどの程度の難燃化効果が発揮されるのかは知られていなかった。
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現代では小学校入学前から科学の心を育てるために科学教育を行う親がいるらしい。これがいいことか悪いことか知らないが、AIのレベルが上がるにつれ、科学とは異なる視点で思考できる能力が重要になってくる。
ヤマカンや第六感は個人差どころか信頼性が無いのでここでは取り上げないが、これらの能力が生まれつき秀でている人はこれからの時代に重宝されるだろう。
ヤマカンや第六感は科学と異なる視点のアイデアを提示してくれるからだが、これらによらない方法でも同様の科学では導くことのできない、あるいは見出すことのできない成果を得ることができる。
良く知られているあみだくじ方式はその一つで、ヤマナカファクター発見で有名になった。消去法の特殊形だが、これ以外にPPAPも有名である。
弊社ではこれら特殊なアイデア創出法以外に汎用的な非科学的アイデア創出法をご指導しています。科学の癖で当たり前のことしか思い浮かばない人はお問い合わせください。個別指導にも対応いたします。
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当方がこのような話題を書いても信じていただけないかもしれないが、先々週あさイチでもとりあげていたので、当方の見解をご披露したい。一部あさイチとは異なるところがあるが、当方の味覚の傾向と捉えていただきたい。
昆布のダシは水出しをお勧めする。水出しは、室温前後の場合は6時間以上昆布をつけておく必要があるが、40℃前後のぬるま湯を使えば1-2時間でダシをとることができる。
室温長時間と40℃2時間で少しそのダシ汁の味が異なるが、みそ汁として味わう時にその差は分からなくなる。シイタケは2日ほど天日に干すだけでダシの出方が変わる。また2日ほどであれば、水で戻す手間もいらないのでこの条件で便利だ。
あさイチでも説明していたが、昆布とシイタケの組み合わせ、あるいは昆布とカツオダシの組み合わせは相乗作用が出るが、カツオだしとシイタケの組み合わせは良くないようだ。ただしみそ汁にした場合にはこの組み合わせでもそれほどまずいわけではない。
それでは、3種の組み合わせはどうなるかと言えば、カツオだしとシイタケの2種の組み合わせよりも良い。さらに、添加量を減らすことができる。
実験したところ、昆布とシイタケ、あるいは昆布とカツオダシの組み合わせでは、推奨される量よりも30%程度減らすことができる。好みにもよるが、総量で60%程度減らしてもダシの存在を味わえたので組み合わせたダシの使用法は推奨される。
味の素の一振りで味が変わるというのは嘘ではないようだ。本だしとかカツオだしの粉末であっても追いカツオのテクニックは生きるので、カツオだしの類は、みそ汁が完成まじかに添加するのが良いようだ。
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WEBの記事にイチロー氏のお金の使い方が載っていた。SMBC日興証券株式会社のYouTubeチャンネルの企画「おしえて! イチロー先生! リターンズ」の話題である。
例えば、日本で稼いだ金は渡米前に全部使いきっていたとか、オリックスの年収800万円時代に3000円のユンケルを飲んでいたとか、桁数が異なる。
詳細は省略するが、お金のことを気にせず自己投資を行えば稼げるようになる、という話である。このような話では理解しにくいかもしれないので、年収200万円台の時に100円のリポビタンDを飲んでいた当方の体験を書きたい。
リポビタンDが効いたかどうか知らないが、睡眠4時間でも昼休みにはテニスをする体力があった。また、以前書いているが、初任給10万円の時代に上司に言われ80万円のローンを組んでパソコンを独身寮に設置して会社の業務をやっていた。
また、入社した時に加入した社内預金はあったが、当方の通帳には二けたの貯金しかなく、無機材研留学の時には親から仕送りをしてもらっていた。親の年金額の方が当方の給与より高かったからである。
薄給にもかかわらず、学会には3つ加入し、各種研究会にも参加していたので、年間10万円ほどは消えた。Cマガジンはじめソフトバンクの雑誌やモーターマガジンの雑誌を毎月購入しており、趣味の図書費として3万円、その他書籍代に年間30万円ほど使っていた。
パソコンのハードやソフト代が年間20万円ほどかかっていたので、ローン支払い中は大変だったが、ローンの支払いが終わっても貯金などできなかった。
世間では一流会社のサラリーマンであっても生活苦で結婚どころではなかった。残業代は上限が決まっており、サービス残業の状態だった。
ただ、独身時代にコンピューターはじめデータサイエンスを徹底的に勉強したおかげで、DXの流れに遅れることなく仕事ができた。
しかし、それで昇進が早くなったわけではなく、無機材研留学中にはその後実際に成功した事業の話を答案に書いて一人だけ不合格となっている。
試験の問題は「あなたが推進したい新事業は何か」であり、満点だと思っていたが。ちなみに、社会はセラミックスフィーバーであり、採点官がご存知ない話でもなく、実現性の高い内容で現在でも答案に書いたシナリオで事業は続いている。
仕事は学習成果の検証の場となったが、世界初のホスファゼン変性ポリウレタンフォームの発明はじめポリエチルシリケートとフェノール樹脂から合成された前駆体による高純度SiC半導体治工具事業の起業など多くの成果を出すことができたサラリーマン生活だった。
サラリーマンが自己投資のため勉強する大変さを理解しており、土日は特別サービスデーとしているので、データサイエンスはじめDXの進展でスキル不足を感じている方はご相談ください。ご希望のテーマでセミナーを御用意いたします。
各種材料を研究してきてよかったことは、応用製品や機能部品についての知識も身についたことである。最近ではCASEが話題となっているが、低い誘電率材料がニーズとしてあり例えばPPSはこの分野の主役材料の一つである。材料科学の知識を基盤として、このようなことがすぐに理解できることだ。この欄の読者のニーズに合わせたセミナーを何でもご用意できます。
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新卒者が入社直前に取りやめたり、入社早々に退職したりする現象がニュースになっている。就職氷河期を脱して、人手不足となったので、企業もそれなりの人材対策をしないとダメである。
昨日3カ月でカオス混合プラントを建設して、日本のトップメーカーが6年間研究開発し作り上げた配合と同一でありながら、品質が著しく高いコンパウンドの生産に成功した話を書いた。
このプラント建設のために中途採用で若い優秀な大卒を獲得している。当時から入社間もない若者が突然辞める傾向はあった。当方が採用した若者は、何故前の会社を辞めたのか分からない、と述べていたので採用を決めた。
恐らく些細なことが理由だったのかもしれない。当方のFD事件の話をしたら、3枚壊されるまで我慢していたことに驚いていた。当方は枚数ではなく事件を隠蔽化する方針を出したリーダーでは身の危険を感じて転職したのである。その兆候となる事件もあった。
当方のような深刻な理由で最近の新卒者が退職を決心しているように見えないが、新卒で10月に配属が決まる直前に退職し、大手企業の会長まで昇進しているゴム会社の同期もおられるので、入社1-2年の退職の決断をあながち悪いことだと思えない。
当方も転職をしている立場なので、我慢して最初に勤めた会社に定年まで勤めることが良いと、説得しにくい。使命感から12年勤め、今も事業として続くような成果を出しても転職しなければいけない状況となる研究所の風土に我慢していたことを時々後悔している。
しかし、一生気持ちよく働ける職場など自分で起業しなければ実現できない、と若い人に申し上げたい。自分で起業ができないならば我慢しなければいけないことも出てくる。
そこで、何を我慢できて、我慢できないことは何かと、会社を選ぶ前によく整理しておくことをアドバイスしたい。そして事前に想定していなかった我慢できないことが出てきたなら、自分の考えが甘かった、と反省し、3年は我慢してみることである。
以前この欄で書いているが、当方は入社1年もしない時に上司から命じられて企画した仕事を工場試作まで短期に成功させた世界初の成果で始末書を書かされている。
このような不条理で転職相談した恩師から3年我慢しろ、とアドバイスされたので3年我慢したら無機材質研究所へ留学できた。ところが、今も続く事業提案を昇進試験に書いたら0点をつけられた。
そしてこの昇進試験の結果がよりによって所長室に電話が入って高純度SiCの研究機会が生まれた。これをゴム会社から先行投資を受けて事業推進していたらFD事件に巻き込まれた。
転職前は12年間の我慢だったが、転職後は20年勤め、退職記念日は東日本大震災と重なった。早期退職しようとした会社に帰宅難民として一晩宿泊し、翌朝には、良い会社で良い同僚に恵まれた、と感謝していた。
勤務最後の日に未曽有の大地震であったが、無事だった。多少の不満はあっても、生命の危険が無く安心して勤められた会社なら優良会社である。
世の中には、殺されそうになったり、自殺者が出たり、表ざたになっていない不祥事を抱えるとんでもない会社が日本でも存在する。大きな会社ではそれを隠蔽化しようとするケースもある。
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