情報工学が登場したのは1970年代であり、まだ半世紀も過ぎていないが目覚ましい進歩である。特にオブジェクト指向というプログラム言語が登場した1980年代に、その設計の考え方に感動した。
学生時代学んだ言語はFORTRANで、単位取得の条件は課題プログラムを作成し、その実行結果をプログラムリストともに提出することだった。プログラムやデータをパンチカードで打ちそれを読み取り機にかけて、実行させた。その後、プリンターから出力されたプログラムリストと実行結果を提出する程度の課題だったが、40人の学生に解放された端末が一台だけだったので大変だった。
だから、他人のパンチカードで提出する輩もいたが、教授は黙認していた。その程度の授業だった。ただ、大学院に進みインテル8086の互換CPUZ80の論文を読み衝撃を受けた。情報工学が専門ではなかったが、図書室のゴミ箱に捨てられていたそのコピーは学部の授業以上に濃厚だった。
8ビットのマイコンチップが登場したと思ったら、その改良された互換CPUがすでに登場したというのだ。論文では、両者の性能比較にとどまらず、マイコンの可能性まで言及していた。
就職し、MZ80Kを手に入れてからは秋葉原へ隔週通う生活になった。秋葉原は通信機を扱っていた店でマイコン関係の部品を売っていた。やがて秋葉原は街全体がマイコン部品であふれ、その後オタク化してゆくのだが、この街の変化は情報工学の発展の象徴のようでもある。
IOTが普及し始めた現代において情報工学はカプセル化され、生活の中に溶け込んでいった。ふと思い出すのは、短いプログラム一つ動かすだけでも大変だった学生時代だが、すべてが見えている安心感があった。
今身の回りの便利になった道具の恩恵を感じつつ、どこかに不安感がある。これは、その動作の裏側が全く見えなくなったためではないかと思っている。能動的に機械を操作しているつもりでもどこか機械に命じられてボタンを押しているような錯覚に陥る時がある。
例えば、ATMで操作を誤ったときに、一つ手前で間違えたことに気づいても、優しい女性の声で「もう一度最初からやり直してください」とささやかれ、強制的にスタート画面からボタンを押すことになる。本当の優しさとは一つ前の画面に戻ることだと、その声に向かって文句の一つも言いたくなるが、年を取ったせいか?
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日馬富士が引退を表明した。事件から1ケ月程度すぎてからであり、これだけ決断まで時間がかかる点でも横綱の資質が欠如している。白鵬にいたっては今場所負けても駄々をこねたり、日馬富士の暴力現場にいてもそれを止めもしないで喜んで見ていたような屑の横綱である。このような横綱を許している相撲協会が、そもそも問題であるが、本日の問題は相撲関係ではない。
材料メーカーの不祥事について、材料メーカーの思い上がりとか、日本のモノ造りの危機とかいろいろ書かれているが、いい加減なコンパウンドの工程管理をして、材料起因の問題が発生しても部品メーカーの責任にしてしまう猛者もいる。
コンパウンドをどう分析しても材料がおかしいが、現代の科学ではそれをボス割れの原因と完璧にむすびつけることができない以上、材料メーカーは正しい、と開き直られたら、誠実真摯な部品あるいは製品メーカーの材料担当者は対処のしようが無い。
悪貨が良貨を駆逐するのが人の世だ、といっていた人もいたが、そんな目に遭った部品あるいは製品メーカーの材料担当の立場からは、材料メーカーのデータの改竄など親切なサービス行為に見えてくる。
品質データにかかわらず、会社内のデータを勝手に改竄するのは悪い、というのは当たり前である。FDを3枚も意図的に同僚から壊された当方の経験からすれば、子供でも分かる善悪の問題よりもそのような問題を引き起こした本当の問題こそ重要と感じている。
今回の不祥事では、いずれも品質管理データの改竄が問題になりながらも部品メーカーあるいは製品メーカーなど末端の製品品質では問題が起きていない。言い方を変えれば、「改竄しても市場で問題のおきない項目を品質管理していた」ことになる。製品品質に影響の無い項目について、余分な品質管理をしていた問題こそモノ造りの現場では真の問題として考えなければいけない。
実は、科学的に解明できていない品質項目に関してこのようなことが起こりやすい。一方材料では、工程が十分な管理状態にあれば、材料の原料管理を厳密に行えるという前提で、完成品の材料の品質管理を行わなくても良い、という経験則がある。ただし、この経験則は材料屋ならば暗黙知としても自信がありながら、かならず突っ込みがでてくるので公に言うのをはばかる経験知である。
この経験知に関して真剣に取り組まなければいけない時代である。
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東レの子会社がタイヤコードのデータ改ざんを行った、というニュースが流れている。神戸製鋼や三菱マテリアルに続いてまたもや材料メーカーの品質データに関する不祥事で、さっそくお決まりの謝罪が行われた。
ところが、材料メーカーの品質データ改ざんはやってはいけないことであり、それをやってしまったから謝罪する、という対応だけでは解決できない問題を含んでいる。そろそろ材料メーカーと部品メーカーあるいは製品メーカーとの間で本音の品質管理を行わなければいけない時代である。
特効薬は、材料の品質データに問題があったにもかかわらず、特採を行って部品や製品に問題が発生しなかったならば、お互いに取り決めた材料の品質管理項目から外し、材料メーカーの内部データとして扱うことを部品メーカーが了解することだ。
そして、その内部データを必要に応じて部品あるいは製品メーカーに材料メーカーが開示するルールにすれば、品質データ改ざんの必要性は無くなる。すなわちQMSに則って品質管理の運用方法を改めるのだ。
このように書くと部品メーカーから反論が出てくるかもしれない。しかし、高分子や合金、セラミックスなどの材料は、材料段階で完璧な部品品質あるいは製品品質の保証を行おうとすると、その技術開発に膨大な時間と費用がかかる。その結果材料コストは上昇する。
また、部品メーカーや製品メーカーにとって、材料メーカーにそれが可能となるように協力すると、内部の技術を開示する必要が出て、組み立てノウハウが漏洩するリスクを抱えることになる。
このリスクの大きさは、経済産業省の音頭取りで材料メーカーが部材メーカーへ変貌したことから、ますます大きくなっている。材料メーカーが部品メーカー、あるいは製品メーカーへ変貌する時代である。
かつては、このようなリスクは小さかったので、部品メーカーの立場では、材料品質のばらつきは部品品質のばらつきにつながるのでどうしても材料の品質管理項目に厳しくしてきた。しかし、材料のどの品質項目が部品品質や製品品質にどの程度の寄与があり、どのような材料品質の管理を行えばよいのか、部品メーカーには完璧な技術が無いために、それを追求した結果、材料メーカーに過剰品質の生産を強いてきたのである。
このあたりを両者が話し合って、品質管理の運用方法を実態に合わせて改善していかない限り、品質データの改ざん問題は今後も起こる可能性がある。一部マスコミが材料メーカーのおごりと言っていたが、必ずしも正しくない。当方が製品メーカーの立場で接していた、東レという会社は、誠実で真摯な材料メーカーである。
そのような会社で起きた今回の問題を是非製品メーカーや部品メーカーは、深刻に考えていただきたい。さらに、東レは、川上から川下まで事業を展開可能な技術力を持っている会社でもある。データ改竄を悪いことだとわかっていても改竄を「しなければいけない、と考えてしまう」状況を作り出している品質管理は「おかしい」のである。
以前この欄で紹介したが、当方が複写機の部品を製造するために立ち上げたコンパウンド工場では製品の品質まで保証できる品質管理項目を採用した厳格な品質管理体制でスタートしている。
しかし、生産の安定性が確認されてから、当方の退職までに、たとえ担当を離れても、それらの品質管理項目を順番に見直しすべて撤廃している。理由は品質管理にコストがかかっていたからだ。また、撤廃しても各部署の了解が得られたのは、当方が責任を持って業務を進めたからである。
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昨日書こうと思ったが、日曜日に白鳳の取った行動に対するマスコミの反応を知りたかった。白鳳の日曜日の行動については賛否両論だったが、これは、相撲という文化に対する理解の違いと捉えている。
ここで相撲がスポーツかどうかを議論するつもりはない。ただ、多くの日本人が失ってはいけない文化の一つ、と感じている常識的見方から横綱という立場について一言書いてみたい。
横綱は相撲の最高位であり、ただ強いだけではその地位が得られない、と皆信じている。だから、負けた白鵬が勝ち名乗りの時間になっても、いつまでも駄々をこねて土俵に上がらなかった姿をみっともない、と誰もが感じたのだ。
それについて相撲協会は、ただ注意しただけという情けない処分。本当に日本の文化としての相撲を守って行こうという気概があるのか、と失望した。
日馬富士問題も相撲協会はおかしな動きをしている。被害者が何針も縫うような怪我をした事実があり、さらに警察から傷害事件として書類送検されるという状況でも日馬富士の処分を決めない。
もっとも、大けがをするような暴力を白鳳はじめそこにいた他の力士が止めに入らなかった問題もある。もし協会がこの問題も重視し、白鳳の処分まで考えているというならば、被害者の意見を聞けないから結論を出せないと言っているのを理解できるが、そうではなさそうだ。
相撲という文化を大切にすることにどのような意味があるのか。それは渡部昇一著「日本人論」に書かれている日本人について正しく理解する必要がある。
この書では特に相撲を扱っていないが、精神的権威の重要性について論じており、相撲という文化をどのように理解し後世に伝えねばならないのか考える参考になる。
グローバル化の現代こそ日本人は「日本人」であることを意識しなければ世界の中に埋没した小国となってしまう懸念がある。ただ強いだけでは勤まらない横綱という地位を大切にしたい。
中国が太平洋地域をアメリカと二分しようと言い出したり、韓国の日本に対する幾つかの無礼な態度など、アジアの中においてもその覇権を主張する国家の傍若無人ぶりが目立ってきており、その中で独立国家を維持するのも難しい時代となってきている。
相撲は外人力士も多くなってきているが、柔道のように世界のスポーツという道を選ばず、あくまで日本独自のスポーツとして位置づけられ運営されている。相撲をplayするためには、まず日本人との価値観を共有しなければいけない。
金太郎や桃太郎の例を出すまでもなく、日本人が描くヒーロー像とは強さ以外の優しさや品格を兼ね添えている。ただ強いだけでは到達できない横綱の価値を相撲協会は守ることができるのか。
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高純度SiCの経済的な製造方法は、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂を用いる前駆体法だ。これらの原料の高純度品は価格が安く、これらの原料が反応した前駆体から製造されたSiCは精製しなくても高純度である。
ところで、この二つの原料をどのように均一に混合し、前駆体を合成するのか。30年以上前に無機材質研究所から出願した基本特許には詳細な説明を書いていない。
高分子に詳しい人が実施例を読めばリアクティブブレンドであることに気がつくはずであるが、これを実際に行ってみると、ポリウレタンのリアクティブブレンドよりも難しい。
なぜなら、混合攪拌した材料がすぐに相分離し不均一な前駆体しかできないからだ。それでもSiC化の反応でカーボンを大量に残す覚悟があれば、このような不均一な前駆体でも高純度SiCとカーボンの混合された粉体を製造可能である。
しかし、化学量論的に均一にSiC化の反応を行いたいときには、ポリエチルシリケートとフェノール樹脂の反応が均一に進行するリアクティブブレンドで製造される前駆体を用いなければならない。
以前この欄で、この前駆体合成ルートについて試行錯誤で求めた、と書いたが、試行錯誤でもむちゃくちゃに実験していては反応条件を見つけることができない。試行錯誤には、うまいやり方があるのだ。
試行錯誤は、非科学的とされるが、ラテン方格を利用した実験計画法やタグチメソッドもある意味試行錯誤である。すべての実験を行う代わりに統計科学的に均等に任意の実験条件をラテン方格を使って選び、最適条件を求めている。
これ以外に、過去の形式知や経験知を活用し試行錯誤を効率的に進める方法がある。戦術図と戦略図を使う弊社の方法である。形式知はすべて正しい、とされているが、形式知には、ある特殊な条件でのみその真が保証されたものがあり、条件が外れたときに成立しない場合がある。このとき新発見が生まれる。
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今回の日馬富士問題、「もしも」の話だが、相撲協会が場所前に日馬富士の暴力問題を公にして謝罪し、日馬富士を出場停止処分にしていたらどのような展開になっていたか。
恐らく、日馬富士は引退ほどの処分を考える必要が無かったかもしれない。しかし、何も無かったかのように、今場所3日ほど日馬富士は相撲を取っていた。
暴力事件を起こした後すぐに謝罪しなかった結果、今のような大騒ぎになっているのだ。貴乃花親方の非協力的な態度は、そのようにしなかったら相撲協会が隠蔽していた可能性が極めて高いからだ。
実際に事件が明るみになったのは場所が始まった時で、それまで協会側は隠蔽していた、と言われても仕方が無い流れである。
半年以上不祥事の公開が遅れた三菱マテリアルの問題も同様だが、不祥事というものを素早く解決するには、不祥事発覚直後に公開する決断が必要である。
横綱が下位の力士を何度も殴り倒し、頭に数針縫う怪我を負わせたのならば、これは立派な傷害事件である。内輪のけんかのレベルではない。貴乃花はそのように判断してすぐに警察に届け出をしたのである。
貴乃花の行動でまずかったのは、組織人として協会への届け出を怠ったことである。しかし、これは貴乃花だけでなく、日馬富士の親方も同罪である。日馬富士の親方に至っては、もみ消し工作をしていたとの噂まである。
不祥事を起こした日馬富士をすぐに記者会見させ、社会に謝罪させていたら、貴乃花の対応も変わったかもしれない。少なくとも事件の経過を見ている限り、懲りもせず協会側が隠蔽に動いた、といわれても仕方がない。
また,協会側の隠蔽に動いたように見える行動は、日馬富士の処分について引退以外にこの問題の幕引きができないような状態に導いてしまった。相撲ファンは相撲協会が横綱の価値をどのように判断するのか、固唾をのんで眺めている。
ダメ横綱白鳳同様に甘い処分にしたら、恐らく相撲人気は萎むだろう。横綱は強さは当たり前で、それ以上の価値があってこそ相撲の面白さがあるのだ。
相撲が本当に国技として日本国民のスポーツとして発展できるかどうかは、相撲協会の決断にかかっている。取り組み後の横綱としてみっともない行動を取った白鳳を甘く処分した上に、日馬富士も同様の甘い処分になったら国民は怒るだろう。
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三菱マテリアルの子会社が品質データの改竄を行っていたというニュースが報じられた。詳細はニュースをご一読いただきたいが、顧客には影響が無い、という内容である。
以前この欄でコンパウンドの生産ラインで温度計の異常があってもそれを見落とし、顧客に一部スの入ったコンパウンドを納入し、顧客がボス割れで苦しんでいるときにケミカルアタックですよ、と涼しい顔をしていたコンパウンドメーカーの話を紹介している。
10年近く前の話で、メーカー名を公表したいとも思ったが、もうコンパウンドの販売を辞めてしまったようなので差し控える。
今、国内の素材メーカーはコストダウンにつぐコストダウンで大変である。また石油製品の多くは国内の生産からASEAN諸国へ出て行っている。
ただ、このような時代だからこそmade in JAPANの信頼性を大切にしなければいけない。これは今問題となっている日馬富士問題における貴乃花親方の行動にも通じる。
相撲という国技で横綱の品格をどうでも良い位置づけにしたら、それはもはや相撲ではなくなるのである。それを守ろうと親方は自分の立場を顧みず、行動を起こしたのだ。
組織内部で不祥事が起き、それを公開するかどうかの判断を迫られたトップは何を考えなければいけないのか。それは一番守らなければいけない組織の価値であり、その価値を守るため厳しい選択をトップはしなければいけない。
不祥事はあってはならないことだけれども、不祥事への対応は潔くしなければいけない。一番守らなければいけない価値を大切にすれば必ず復活できる。その時個人の犠牲が生まれるかもしれないが、そこで社会の価値を優先するとその個人の価値が高まる。
日馬富士も横綱として潔く傷害事件の責任を取り、引退すべきである。そのような判断のできない横綱など相撲界には不要である。ましてや取り組みに不平を言い、負けて土俵に上がらず勝ち名乗りを遅らせた横綱など論外である。
しかし相撲協会はモンゴル勢に気兼ねして厳しい指導をしていない。せっかく相撲人気が高まってきたのに残念である。不祥事の対応一つでその組織の価値は大きく左右される。
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ペレットに異常があるとどのような影響が成形体に現れるのか。ペレットにスが入っていただけでも成形体に問題が現れる。
ペレット一粒ごとに熱した針金でスを入れて射出成型を行うと、ウェルドとか樹脂の流れの末端にあたるところに空隙が集まったりする現象が観察される。そしてその部分は本来の樹脂が示すはずの強度が得られないだけでなく、靱性も低下していたりする。
このようなモデル実験を行ったうえで異常なコンパウンド納入業者に問題を指摘してもそれを認めない、という話を以前ここで紹介している。そして、現地の工場監査を行ったところ、壊れた温度制御器を使用してコンパウンドを生産していた実態を見つけた。
神戸製鋼の不正問題と同じ程度に問題にすべき実態だったが、そこは中国のローカル企業だった。日本企業が国内生産ではコスト競争に勝てないので、中国ローカル企業に生産委託していたのだ。
このような場合に責任はもちろん生産委託している日本のコンパウンドメーカーにあるはずだが、300℃を超える温度を表示していた写真を見せても動じない。中国ローカル企業だから、とうそぶいている。そしてボス割れの原因はケミカルアタックだという主張を曲げない。
遠山の金さんのように、カッコつけてスの入ったコンパウンドを並べて見せて、これでもコンパウンドの異常を認めないのか、といったら、スの入った状態だけ直します、となった。神戸製鋼の不正問題のほうが潔い。
コンパウンドの異常と成形体の因果関係を科学的に完璧に証明できるほど、現在の高分子科学は進歩していない。樹脂の信頼性を重視するならば、中間転写ベルトの事例で説明したように本当は自分たちでコンパウンドの生産も行ったほうがよい。
スのはいったコンパウンドメーカーのコンパウンドを今後いっさい調達しないように社内の関係部署に報告して問題を終結した。やはりだめなコンパウンドを納入していた類の問題だが、素人は黙っとれ、といったメーカーのほうが信頼できる。
ただ、コンパウンディング技術が当方のレベルに無かっただけで、そのコンパウンドで成形するとベルトの歩留まりは常に10%以下と品質は安定していた。ただし当方の立ち上げたラインのコンパウンドを使用した時には、成形歩留まりは100%近かった。
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昨日の白鳳・嘉風戦で土俵下に落ちた白鳳は、判定に不服を申し立てていた。その状況は「待った」ではないか、というジェスチャーだった。その後立ち合いの様子が録画で流されたが、おかしくない立ち合いだった。ただ、カメラの角度により白鳳が途中で力を抜いた様子が映し出されていた。
あまりにも汚い取り組みだった。横綱の品格は無く、強者の言い分が正しいだろうという横柄な態度だった。誰が見ても昨日の立ち合いについて問題を見出すことはできないだろう。
嘉風は、取り組みの途中で白鳳が一瞬力を抜いたのでそのまま押し続けたとインタビューで答えていた。また、立ち合いでは白鳳は最初に平手打ちを嘉風に与えている。これらから、白鳳の汚い取り組みが垣間見える。
以前稀勢の里がモンゴル勢との取り組みでは、立ち合いの時に少し気のタイミングを外される問題を上げていた。そしてそれを承知で合わせに行けば、モンゴル勢に勝てる、と答えていた。この過去の話と昨日の白鳳の態度から、モンゴル勢の強さの秘密と横綱失格の問題が浮き上がる。
相撲では、強者にも弱者にも土俵の上ではハンディを与えず戦うスポーツである。そのため、立ち合いを合わせることが重視されている。立ち合いをわざと外し自分に有利に持ってゆくような相撲を白鳳がとっていたとしたなら、昨日の白鳳の錯覚を理解できる。
昨日の白鳳の負けは、気をわずかに外す汚い立ち会いを続けてきて自ら招いた。さらにこの取り組みから白鳳に横綱失格の指導を今すぐ相撲協会はするべきである。国技である相撲には、常に求められている「美」がある。その一つは最も強いとされる横綱の態度に現れる「美」がある。
横綱の行動には横綱としての風格と品格が常に求められている。それが日本の相撲なのだ。他のプロスポーツとの大きな違いは、そこに日本人の求める「あるべき姿」が描かれなくてはいけないことである。ゆえに外国人力士であってもその姿勢が求められるのだ。
いくらスポーツのグローバル化が進んだとしても相撲は日本の国技として相撲道を追求すべきである。この観点で日馬富士問題を眺めてみると相撲協会と外部委員の不甲斐なさが透けて見えてくる。日馬富士問題では横綱が格下力士を殴りつけた傷害事件が起きているのである。
昨日は八角親方が貴乃花に「協力を求める」と言ったそうだが、これは「訴えを取り下げろ」という意味以外に聞こえない。情けない。組織人として貴乃花の態度を批判的に見てきたが、八角親方のだらしない態度や委員長の池坊先生の的外れの見解を聞いていると、腐った組織に対して戦っている貴乃花の態度が輝いて見えてくる。
日馬富士事件は、傷害事件であり警察がすでに動き出しているのだ。協会が関わる問題ではない。もし協会が関わるのであれば、日馬富士の引退勧告と昨日の白鳳の出場停止ぐらいしてもよい指導だろう。興業への影響を考えると隠蔽したくなる気持ちはわかるが、それを推進したらアウトである。
国民は協会の現状をすでに見てしまったのだ。腐った組織に対しては、大人げないようでも毅然たる態度をとらない限りその腐敗を明らかにできない。日本の相撲を守るため、頑張れ、貴乃花。
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中古の設備で建てたコンパウンドラインだが、コンパウンドの品質管理方法はいろいろと工夫した。ペレットの外観検査は当然だが、フィーダーの情報から混練機の稼働情報まですべてデータロガーに保存し、原料を加工し、ペレットになるまでの生産ライン制御情報をいつでも参照できるようにした(注)。
さらに、ペレット段階でベルトになった時の抵抗を予測する品質管理技術も開発した。一つは粘弾性試験機で抵抗偏差を予測する強相関ソフトマテリアルの性質を利用した評価技術だ。
もう一つは、抵抗の絶対値そのものを予測できるインピーダンス法の検査法だ。いずれもコンパウンドの品質安定化に寄与し、工場立ち上げ後退職するまでトラブル0だった。
コンパウンド側だけでなく、押出成形にも表面比抵抗のばらつきについて、その信頼性を上げる工夫をしている。すなわち材料設計を行い、押出成形段階で形成されるカーボンクラスターの構造を制御できるようにした。
しかしこれは少し誇大な表現で、正直に書くと、そのように期待して材料設計し、バンバリーで試作したコンパウンドが期待通りの構造となった。そこで運を天に任せてカオス混合を行ったらわずかに生じたスピノーダル分解により、その高次構造が実現された、となる。
実際にどのような技術ができたのか説明すると、カーボン添加量が1wt%程度ばらついても、押出成形における引取速度を制御すると品質目標どおりの表面比抵抗を実現出来る技術だ。実際には1wt%も添加量がばらつくことはないので、ほとんど利用価値のない技術だったが、このような技術でもあれば現場は安心する。
(注)このようなことまで格安で請け負ってくれた混練プロセス製造会社が日本にあるのだ。
また、最近神戸製鋼や日産、スバルなど品質管理が関わる大きな事件が起きている。新入社員をゴム会社で経験できたことは大きい、と考えている。製品の品質問題はメーカーの突然死を招くほどの重大な問題である、と教えられた。工場実習をしても現場の隅々までこの考え方が浸透しており、ビックリした。「タイヤは命を載せて走っている」は、当時この会社の商品の宣伝コピーだったが、決して誇大広告ではなく、その精神で現場の末端まで品質の重要性を意識し働いているのだ。モノ造りで品質管理工程はお客様の信頼が得られるかどうかの最後の砦である。設計技術が優れていてもこの工程がお粗末であれば市場競争に負けるのだ。ゴム会社が入社時世界ランキング6位からトップになれたのもこの品質管理技術に対する考え方が徹底されていたからと思っている。
ラインの設備は中古だが、ゴム会社で教育された精神に従い、そこから生産されるコンパウンドの品質は世界一を念じ、品質管理技術を短期間に開発している。カオス混合技術の発明からライン稼働まで半年であり、そのうえこのような品質管理技術まで開発した苦労を周囲は知らない。単身赴任した時に採用した中途入社の若者と定年前で少しやる気が無くなっていた、毎日サングラスをかけてパイプを離さない現場のオッサンの成果である。3人で楽しく徹夜をした思い出が宝として残っている。
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