ニコンF100は、同社のデジカメD2Hを使用し始めた頃から防湿庫に静置したままだった。ただ最近防湿庫もいっぱいになってきたので、昨年暮れに使用しないカメラを下取りに出そうと整理をはじめた。その時裏蓋のフックが壊れているのを見つけた。
10年以上防湿庫に入れたままで使っていないのに破壊するのは明らかに設計ミスである。しかし、このような設計ミスをしている製品は世の中に多い。但し、品質保証期間は1年なので、10年以上経って壊れる現象はメーカーの責任ではない、と一応言うことはできる。
ところが、ニコンのカメラは10年以上経っても壊れないのが常識と思っているユーザーも多いのではないか。**のカメラならば10年経過して壊れていても仕方がないとあきらめることができるが、ニコンは大丈夫、という神話が存在する。だから高くてもニコンカメラを買うのである。
中古の下取りもニコンカメラは高い、と思っていたらF100は1万円以下の価格だそうだ。フックが壊れたF100はジャンク扱いになり値段が付かない。仕方がないので、オプションをつけたときに外した裏蓋を取り付け、また防湿庫にしまった。
ただし、最初についていた裏蓋もフック部分は樹脂製なので、裏蓋のフックをかけないまま保管している。裏蓋のスプリングでフックがクリープするのを防ぐためである。結局防湿庫から出すことができたのは、ペンタックスのフィルムカメラ2台だけだった。
高分子のクリープ(注)をシミュレーションするのは難しい。昔のダッシュポットとバネによる粘弾性理論が破綻したのもこのクリープという現象のためである。高分子のクリープは、メーカーの神話を破壊しただけでなく科学の一分野も使えない理論として葬り去った。
(注)クリープ現象は、その成形体にかけていた応力が次第に緩和する現象として観察され、金属やセラミックス、高分子などあらゆる材料で起きる。金属のクリープは原子を玉と考えることで比較的モデル通りの考察が可能だが、高分子のクリープは複雑である。絡み合っていた紐が次第に緩んで抜けて行くモデルでシミュレーションできそうだが、この紐の絡み方がプロセシングの影響を受けるので、実験データを示すのが難しい。また、今では土井先生のレピュテーションモデルなど進化した成果が存在するが、30年以上前は粘弾性をダッシュポットとバネでシミュレーションしていた時代である。当時ゴム会社で聞いた伝説として、ゴム会社からM大学へ転身されたT部長の部下の実験の様子がある。T部長は理論家で粘弾性モデルでシミュレーションされたデータと一致する実験データを部下に求めた。クリープや粘弾性データでそのような実験データを得ることは至難の技だ。シミュレーションの値に近いデータが出るまで何度もその部下は実験をやらされたそうだが、クリープの実験では時間がかかるので、ある日部下は捏造データをグラフに示したという。そのデータを見たT部長は、このようなデータが得られるはずがない、と言って部下を叱ったという。T部長はクリープのシミュレーション結果と一致しないデータを求めていたのだ。上司と部下の巡り合わせは運だが、この伝説を話してくれたのは理論屋で上司だった。当方は運が良かった。
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材料のクリープという現象は、一定の力を材料に加えたときに材料がわずかに変形するが、その変形量が時間とともに大きくなる現象、あるいは時間とともに力が緩和する現象である。
セラミックスのような硬い物質でもクリープは起き、例えばSiCが拡散クリープにより高温下で変形することが知られている。高分子では、紐状の分子がじわじわと抜けてゆくような機構でクリープが生じる。
身近では靴下や下着のゴムが長年使用していると緩んでいることに気がつくが、これがクリープである。若いときには下着のクリープなど気がつかなかったが、中年になり、腰回りが標準以上になっていると、このクリープ速度の速さを痛感することになる。
そのほか樹脂製のフックに耐荷重以内の荷物をぶら下げていたのに、気がついたらフックが破壊し、荷物が下に落ちていた、と言う現象もクリープから疲労破壊が生じた現象である。
昨日のニコンF100のフックが疲労破壊した事例も同様で、裏蓋のフックにはボタンを押すと開くように常にバネで力がかかっていた。その結果、クリープにより疲労破壊に至ったのだ。
このような問題では材料のクリープ速度を計測し、使用実態に合う材料を選択する。例えばFRPであればクリープ速度は樹脂単体よりも遅くできるので、10年でフックが壊れる、という失敗を防ぐことができたかもしれない。
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昨日、高分子材料の物性は自由体積と呼ばれる構造の存在故にばらつく話を書いた。この自由体積の量は、高分子の混練プロセスの工夫で少し制御可能であるがこのあたりについては弊社企画のセミナーでデータを用いて解説している。
とりあえず、昨日の重要なポイントは、高分子材料が紐状の分子の塊である点だ。このイメージが頭にあると、クリープという現象についてもその怖さを理解できる。
昨年末、カメラを整理していたらニコンF100の裏蓋のフックが壊れていることに気がついた。裏蓋はオプションのデータパックという5万円前後の高価な商品だったが、樹脂製のフックが疲労破壊していたのだ。
おそらくニコンの材料技術者は高分子の疲労破壊にクリープが関係していること、そしてそのクリープは高分子が紐状の分子の塊であることから避けられない物性であることを理解していなかったようだ。
カメラ会社としては一流であってもそこに勤務している材料技術者の力量が低かったために、看板商品であったF100を10年程度で自然に壊れる商品として設計した。
もしニコンの材料技術者が昨日書いた内容程度の知識を持っており、高分子のクリープの機構を理解しておれば、裏蓋のフックの設計を変更していたに違いない。
すなわち昨日書いた内容を少し深く理解しているだけで、このような失敗を防ぐことができる。しかし、昨日のようなことは昔の高分子材料の教科書には書かれていない。また、大学の先生の説明では難解な説明となる。
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高分子は、何も添加されていない一種類の高分子を加工しても3つの構造ができるという。
すなわち結晶化しやすい凝集部分、樹脂であれば微結晶になっているかもしれない構造と、非晶質の構造、そして非晶質の構造は密度の高い構造と密度の低い構造ができる。
これは、紐を乱雑にまとめて放り投げ、床に落ちてできる模様を見れば、何となく理解できる。高分子は紐状の分子なのでこのモデルで高分子の構造イメージを学ぶと高分子物理を理解しやすい。
不規則に重なった紐の構造をよく見ると、スカスカの構造が幾つか観察できるが、これが自由体積部分と呼ばれる構造である。高分子の非晶質構造の中には、このようなスカスカな構造、自由体積部分が必ず存在する。
高分子の射出成形体の密度がばらつくのは、この構造を制御しにくいためだ。すなわち,高分子の自由体積が高分子物性のばらつきと関係している、と言っても言い過ぎではない。
例えば密度がばらつけば、弾性率や誘電率が必ずばらつく。誘電率がばらつけば、屈折率もばらつく、という具合である。
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指導社員は「複合材料」という本の中で説明されている複合則は、やがてパーコレーションで書き換えられるだろう、と教えてくださった。
しかし、今はまだ複合則が中心なので、まずその考え方を十分に理解しておく必要がある、とか、粘弾性についてもダッシュポットとバネのモデルが説明されているが、これもやがて新たな体系で説明されるだろう、しかし、今皆が使っている考え方なので覚えておくように、などと指導してくださった。
この指導社員は大学の先生よりも知識が多かった。質問すればすべて的確な回答が返ってきた。また、高分子についてフローリーの高分子が大学で教えられている点について、あれは一つの研究事例だと批判的だった。
フローリーの高分子を理解できてもゴム技術の実務の理解は難しいだろうとも言われていた。高分子材料の知識で何が一番大切かといえば、それは高分子を加工したときにできる構造だ、と教えてくれた。
さらにゴムと樹脂の違いや、高分子材料は単一成分で実用化された例は無いとか、χパラメータよりもSP値、それも溶媒に溶かして求めるSP値が重要だ、とか大学では教えてもらえない多くの実務知識をこの指導社員から学んだ。
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「高齢者の定義を「75歳以上」に見直すべきだとする日本老年学会などの提言は、医学的な見地から、65~74歳は十分に社会参加ができる活力と意欲を備えた層だと前向きに評価したものだ。----同学会は、65~74歳を健康で活力がある人が多い「准高齢者」と定義し、仕事やボランティアなどの社会活動への参加を促すよう求めた。75~89歳は「高齢者」、90歳以上は「超高齢者」と位置づけた。 」
これは毎日新聞電子版1月5日の記事からの抜粋である。しかし、この内容は少し乱暴だ。人間が生物である限り個体差が大きいからだ。同窓会に出席して感じたことだが、50歳ぐらいから友人達の表情に大きな差が出てきた。
すなわち、50歳くらいから本当の老人になってしまった、かつて優秀な人たちが少なからず社会にはいるのだ。一方で当方のように左遷されてもへこたれず40代に見えるために老人として社会から優遇されない、かわいそうな老人も多数いる。
亡父の時代には、50歳から老人と言われ55歳定年制だった。しかし亡父は元気だったので80歳ぐらいまでボランティアで郵便局や小中学校に出かけ、ポスターなどの毛筆書きを手伝っていた。一枚書いても10円にもならない仕事だったらしいがそれでも元気に歩けるあいだは続けていた。そして最後は辞退して20年間家に引きこもっていた。
警察官をしていたときに交番のポスターを書いていた、というからその腕前は折り紙付きで、亡父が辞退するまで仕事が舞い込んだ理由を素直に理解できた。亡父の姿を見て、知識労働者の時代における一芸の重要さを知った。
当方は幸運にも50歳頃に左遷され、さらには老体にむち打つ処遇で豊川に単身赴任することになった。昔は家具屋で栄え今は寂れてしまった牛久保という田舎の安アパートの一室で、裸電球を点し自炊をしながらの一人暮らしは、そのままであれば惨めな生活となるはずだった。
せっかくの独身生活を活かして高分子技術に磨きをかけることにした。ゴム会社時代に出会った指導社員から謎かけのように与えられたテーマ「カオス混合」技術を実用化したり、二軸混練機を用いた混練技術を極める努力もした。その結果、混練プラントを8000万円という低価格(注)で建設できる幸運に恵まれた。
また、複写機用再生PET樹脂の開発を通じ、高分子の難燃化技術についても磨き上げることができ、左遷を退職後の準備の機会に活用できた。
日本では、大卒以上であれば35歳前後から管理職いわゆるゼネラリストの道を歩むことになる。その結果、個人のスキルは「その会社における業務のスペシャリスト」として磨く道を歩む。運良く役員までなれれば60歳を過ぎても会社に雇ってもらえるが、たいていは50歳前後から肩を叩かれる。
肩を叩かれたときに嘆いていては人生そこで終わる。むしろそれを機会に自己の一芸を磨くことを考えると良い。60歳くらいまでは会社は雇ってくれるはずなので早く肩たたきにあった幸運を活かすべきである。
当方は、前任者やそれに協力していたコンパウンドメーカーが絶対に成功できなかったと誰もが認めているPPS・6ナイロンが相容した中間転写ベルトの押出成形技術を成功させて会社に多大な貢献をした。それによって前任者はセンター長へ昇進した。
当方は報われることは無かったが、その問題解決のために磨き上げることができた高分子技術のスキルは、昇進以上の宝である。50過ぎの組織への貢献は、会社から報われることがないと覚悟し、純粋に自己実現努力に打ち込める機会と捉えると後悔は無い。
一方、ゴム会社のように風土の良い会社とは、そのように貢献した社員を正しく評価し報いる会社であるが、残念ながらそのような会社は今少なくなってきている。組織と人生の関わり方を冷静に考えなければいけない時代である。
サラリーマンは運が50%と言う言葉を昔聞いたが、確かにそうだ。ゴム会社では高純度SiCの事業化に成功しそれなりに処遇された。ところが写真会社ではたくさんの成果を出して業績に貢献したが、それが昇進として報われたわけではない。仕事の成功が50%の運であれば、写真会社で昇進に対して報われなかったのは仕方がないことだろう。報われなかったおかげで高分子材料技術者という一芸を得ることができた。
(注)コンパウンド生産のラインをご希望の方は弊社へご相談ください。先端のカオス混合技術を備えたラインを格安にて立ち上げる方法を伝授致します。
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学生時代に化学系の学部だったので高分子の授業を幾つか受講していたが、残念ながらそれらの知識を社会で活用できなかった。高分子の重合が中心の授業だったので、実務と無関係の内容がほとんどだった。
また実務で大切となった高分子物理についてはフローリーの希薄溶液理論が中心でバルクの話は皆無だった。
今でも当時の教科書を大切に保管しているが、社会に出て一度も開いたことがない。バーローやムーアの物理化学の教科書は今でも時々必要に応じて読む。フローリーの「高分子」も上下持っているが、授業で活用して以来一度も読んでいない。
高分子についてはゴム会社に入社したときに指導社員から勧められた本が役に立った。写真会社にはいるまではそれらで事足りた。しかし、1980年頃から、高分子科学は大きく進歩したように思う。
まず、高分子導電体について。白川先生のノーベル賞受賞で学生時代に購入した「高分子半導体」という本はゴミ箱行きとなった。高価な本だったが白川先生の受賞が報じられた一夜でゴミになった。ただしこの経験は重要だった。
ゴム会社の指導社員から「複合材料」という本を薦められたときに、この本はいつまで使えますか、と質問した。指導社員は、もう時代遅れだが古典的に良い本だから一度だけ読むと良い、と知恵を授けられた。
フローリーの「高分子」も古典的に良い本だったが、一度読んだだけである。理論的に書かれており、理解しやすかった。しかし、それだけだった。目の前の樹脂補強ゴムの開発には「複合材料」に書かれていた考え方が役立った。それらはフローリーの著書には書かれていなかった内容である。
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N先生は、ゴム会社の基礎研究で業績をあげられアカデミアへ転身された経歴である。そのようなキャリアなので実務も基礎科学も高分子分野においてすべてに精通されている先生だ。また誠実で真摯でもある。その先生は、最初にある書籍を紹介してくださった。
その著書は、ウトラッキーの書かれた書籍の翻訳だった。中身はあまり良くないが、巻末の表は大変役に立つ、とN先生は言われた。早い話が、実務を進めるに当たって、高分子材料技術について調査する方法とそのまとめ方を伝授してくださったのだ。
そして、高分子物理はこれからどんどん進歩するので学会での勉強が欠かせないとのアドバイスがあった。写真会社で20年実務を担当したが、まさにそのアドバイスに従い実行して肌身でその正しさを感じ取った。
肌身で感じ取った、と言う意味は、難しくて頭で理解はできなかったが、多くの教科書が書き直されたりしなければいけないという感覚を学ぶことができた、ということだ。
これは大切な感覚で、現場で目にしたことを単純に教科書どおりに眺めていてはいけない、という意味でもある。N先生は、”自分の出した結果以外信じられない段階の技術だ”、とも表現された。N先生はアカデミアに席を置かれているのでKKDも重要とは言いにくかったのだろう。
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何を学ぶかは大切だが、世の中には学ぶべき事柄は多く、おそらくそれらすべてを一生かかって学び上げることは不可能だろう。現代は情報がほぼ無限といえるぐらい存在し、社会に知識が溢れている時代である。
この溢れる知識を一つづつ学ぶ作業について論じることは大量の論文を書く作業と等しいが、その学び方であれば、共通点が存在し、そこに焦点をしぼり手短に論じることができると思う。
写真会社に転職し担当したフィルム成形とその表面加工技術には「高分子材料技術」の知識が不可欠だった。そしてその知識の大半はゴム材料技術の知識とは遠い関係にあった。
セラミックスについては、高純度SiCの合成法を開発したときに専門家としてやっていけるだけの知識を身につけていた。どのようなセラミックス材料でもあるいはどのようなプロセシングでも開発できる自信があった。
それらの知識獲得に社会で公開されていた教科書は役に立たなかった。無機材質研究所で専門家から直接教育された知識だけが当時のセラミックスフィーバーの時代に唯一役に立つ知識、という経験をした。
この経験故に転職直後には迷わず東大の赤門をくぐり、高分子の一流の専門家に知識の伝授をお願いする行動をとった。技術について基礎知識を得たいならば、学歴とは無関係にまずアカデミアの門を叩く、という行動は大切である。
アカデミアの敷居が高いならば弊社のような会社にまず相談する、という行動は知識を獲得するために良い方法である。弊社ではセラミックスから高分子技術まで材料すべてについてご相談頂いた内容に対して適切な回答を出すことが可能です。
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昨年末にBuzzFeed Japan「「学歴」で分断されるリアル」という記事があった。すなわち現代の学歴社会の構造を扱った内容だが、この記事で論じられている格差は、高度経済成長の時代からの流れの一側面を扱っているに過ぎないと思っている。
昨年の格差に関する記事に共通しているのは、格差の固定化という考え方である。社会の格差はいつの時代にも存在し、格差が全くない社会といういのは理想かもしれないが、人間に欲望がある限り、また誠実真摯な人が100%とならない限り、そのような社会の実現は不可能である。
すなわち格差を無くす努力の方向として、格差の固定化を無くす努力ならば可能であるが、格差0社会は不可能である。これは共産主義社会である中国の現状を見れば明らかで、共産主義の理想とは遠くかけ離れた超格差社会である。
ドラッカーは社会に3つの組織が必要であり、その一つ政治を司る組織の重要な使命の一つに富の再配分がある、と説いていた。中国に比較すれば日本は極めて理想的にその組織が機能している。しかし、日本という社会だけを取り上げたときにまだそれがうまく機能していない、と考える人が多い。
学歴の格差は学校制度ができた昔から存在していた。現代の一番の問題は、衆知のように就職そのものが学歴別に行われ学歴でチャレンジの機会に差ができる職場が多いという現実である。
大切なことは、福沢諭吉の「学問ノススメ」が明治の社会に大きな影響を与えたように「学び」の機会と「学び」により人材が育成され、明るい未来が開かれるような社会の実現だろう。
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