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2016.09/25 企画を成功させる(9)

写真会社でカオス混合プロセスのプラントを立ち上げた仕事では、高純度SiCの成功体験が生きた。ただひたすら周囲の反感を生まないように努力した。組織に歓迎されない企画ではこれが最も重要である。
 
高純度SiCの仕事では、経営層の支持が得られていたことはわかっていた。職場診断で、必ず社長が当方の仕事ぶりを見に来てくださったからだ。しかし、研究部門ではつぶれても良いテーマだという陰口がささやかれていた。
 
中間転写ベルトのテーマは、単身赴任前に所属していたコーポレートの研究所で評判が悪かった。しかし、開発を推進していた現場では、何とか成功させたいという思いが伝わるほど熱く仕事をしていた。成功させたいという思いから部下の課長は当方が計画外の仕事を推進するのを嫌がった。
 
このような問題では、コミュニケーションを図り組織を動かすマネジメントが理想の解答となる。担当者に成功させたいという意欲があるので、成功しない要因を論理的に説明し、あるべき姿を提示すれば、すぐに方向転換できる組織であることは赴任してすぐにわかった。
 
しかし、PPSと6ナイロンを相溶させる技術は、どこの高分子の教科書を見ても間違い、すなわち科学的に否定される技術だった。さらに世界初のカオス混合プロセスを開発します、という内容を理解してもらうには時間が必要だった。このような場合には「モノ」を示すことが重要で、出来上がった「モノ」を示せば皆がすぐに納得し方向転換する。
 
そのためには、世の中に存在しないカオス混合プロセスを立ち上げる必要があった。ゴム会社でお世話になっていたエンジニアリング会社社長にお願いし、プラントを設置予定の子会社の敷地と同様の広さの場所を用意していただき、そこで中古機を用いて最初のプラントを立ち上げた。
 
子会社の敷地に合わせたのは、プラントが完成したらすぐに移設するためであった。高純度SiCではパイロットプラントをいきなり建設しU本部長に叱られたが、ここでは直接生産プラントを建設するアジャイル開発を行っている。
 
この作業は、土日東京に帰った時に行われた。新幹線代は自腹である。自己責任で推進していた仕事なのであきらめはついていたが、やや懐には痛かった。別荘へ都民の税金を使って出かける前M知事が批判されるのは当たり前である。民間ではこのような仕事でも自腹を切らなくてはいけないのである。
 
このような仕事のやり方は正しくない、とわかっていても、企画を成功させるためにその方法以外に道がないならば、コンプライアンス違反にならない程度にやや非常識な手段もとらざるをえない。ただし、どのような場合でも悪事は禁止である。ゆえにセンター長に予算の手当を赴任早々お願いしたのである。
 
 
<ポイント>
新幹線代を出張旅費として請求する道もあった。しかし、当時東京から豊川へ赴任している管理職が出張と称して帰省している問題が労働組合から指摘されていた。あるいは、月曜日に東京地区で仕事を作り、金曜日夜に出張旅費で帰省する場合も問題視された。民間企業ではこのような厳しい状況であることを公務員は知るべきだろう。そして厳しい状況では、管理職は疑いをもたれぬように誠実真摯に行動しなければいけない。公費による毎週の帰省が許されないことは当時の状況では仕方がないのである。前M知事の感覚が批判されるのは当たり前だが、私費で会社の仕事のために高い新幹線代を払うのも実は問題なのである。当時の職位からそれが問題とならなかっただけである。
会社の企画を成功に導くためにどこまで自己犠牲を強いるのか、という問いはナンセンスである。自己犠牲を強いる組織はそもそも問題なのだ。しかし、自分がここで踏ん張れば企画は成功する、しかし、その方向に組織を動かすためには時間がかかる、という場合にはやはり自己犠牲覚悟で踏ん張る必要がある。本来踏ん張るべき人が踏ん張らなかったためにダメになった企画をゴム会社でいくつか見てきた経験から、企画を成功させるためにいかなる仕事でもやり通す覚悟が無い人は、企画を担当すべきではない、といえる。
少し異なるが、豊洲の移転騒動において地下の空洞問題を部門の管理者が知らなかった、と平気で言っている姿がTVで映し出されている。豊洲移転に関して一生懸命仕事をやっていませんでした、と発言しているような姿である。建築現場を一度でも見に行けば、地下空間の存在を建築途中で見つけることができたはずだ。このような人たちに都民の税金から給与が支払われ、そして都民の税金が人件費として支払われている団体へ当然のように天下りしているのである。貢献と自己実現を働く意味と信じて働いている誠実真摯な知識労働者が報われる世の中に変えてこそ生産性はあがる。真に働き方とその意識を変えなければいけないのは、公務員の管理職だろう。この問題でニュースから判断すると、一部の心ない管理職が原因ではなく、この仕事に関わったほとんどすべての管理職が業務を誠実真摯に遂行していなかった都庁の実体が見えてくる。元都庁の職員で某大学の教授を勤めておられる方が、新宿と豊洲の現場が離れていたから、と解説していたが、豊川と袋井の間を毎日往復して仕事をした経験から、新宿と豊洲は離れている距離とは思えない。都庁の1階と屋上の間の距離程度である。TVによく出てくるこの教授もその考え方が甘過ぎる.
ところで、企画に問題があり推進途中で失敗すると解った時には、踏ん張ってはいけない。できない企画を推進した責任を取り、早めに企画中断を申し出なければいけない。15年ほど前に光学用樹脂レンズの材料開発を依頼された。中間転写ベルト同様に外部に材料開発を依頼して進める企画だった。この企画では早い段階で技術的に不可能と言う結論を出したが受け入れられず、プロジェクトの担当から外され窓際になっている。プロジェクトの結末は当方の結論が正しかったが。周りが竹やりでも戦う勢いで仕事を進めているプロジェクトでは、なかなか悪い情報や悪い結論を提案しずらい。しかし、失敗する可能性を示唆する情報こそ早めにメンバーと共有すべきである。科学の方法論では否定証明は科学で完璧にできる唯一の方法と論じている。否定証明が難しい場合には、とりあえず「モノ」を完成させることである。科学でそれを説明できる必要はない。再現良くモノを作れれば生産はできる。科学で否定されても「モノ」の実体ができる場合はあるが、技術で否定された仮想上の「モノ」は科学的に正しくてもインチキである。実際にできていることが重要である。
  

カテゴリー : 一般

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2016.09/24 企画を成功させる(8)

転職した写真会社で窓際になり、研究部門から豊川にある生産部門へ単身赴任して担当した業務は、研究部門の誰もが「できもしない企画」と捉えていた仕事である。ゆえに、研究部門ではその仕事の後工程を担当していたが、重要テーマとして位置付けられていなかった。そのため、当方が成功し生産段階に移行した時にばたばたと開発を始め、結局開発納期遅れと言う結果になっている。
 
この仕事では、企画した前任者はその仕事が成功後昇進している。一方、納期通り開発に成功した当方は、横滑りで単身赴任終了東京帰任となったことがこの時の成果報酬ぐらいである。それでも転職まで選択しなければいけなかった高純度SiCのテーマに比較すれば幸せな終わり方だった。
 
この中間転写ベルトの仕事では、コンパウンド技術が重要だった。しかし、この重要な技術を外部に依存し、どのようなコンパウンドができているのかわからない状態で、前任者はひたすら押出成形をして開発を進めていた。
 
当方はコンパウンド内製化の企画を立案するのだが、高純度SiCの時と同様に組織内では歓迎されなかった。しかし、上司のセンター長がなかなか腹の座った人物で、無条件に当方を信頼してくれた。このような上司の場合には組織に歓迎されない企画でも進めやすい(当方の部下の課長は、外部から購入したコンパウンドによる開発の継承を主張(注)したため、管理下のメンバーはだれも成果を出せなかったが組織として成果がでた、という奇妙な結果でこのテーマは終了している。)。
 
センター長は、当方を信頼し中古の二軸混練機を買ってくれただけでなく、カオス混合の開発に成功した時にプラント建設に必要な投資の約束もしてくれたのだ。しかし、組織で歓迎されない仕事なので生産開始の3ケ月前までコンパウンドプラントの開発進捗を詳しく報告していない(報告できなかった、と言う表現が正しい)。そのためコンパウンドプラントは開発したのではなく、ただ必要になって立ち上げただけの小さな成果となった(プラントは発注から3ケ月ほどで立ち上がっている。誰が見ても小さな仕事だ)。
 
実際は外部のコンパウンドメーカーでも実現できなかった混練技術と、押出成形プロセスと相関する高度な品質管理技術がコンパウンドプロセスのために開発されたのだが、それらは成果として評価されていない。これら高度な技術を開発するために、報われないことが分かっていても土日を返上し働いた。
  
<ポイント>
組織の都合で正しい仕事が行われない場合がある。例えば豊洲の建物の問題も何か組織の問題があったのだろう。ワイドショーでは縦割り行政の弊害が指摘されているが、組織単位を階層の視点で見れば、豊洲移転は一つのテーマで、下部組織において複数のテーマに分かれてゆく。元石原都知事が言ったとか言わないとか議論されている建築下の空洞問題は、ワイドショーの情報を聞いている限り、下位の組織で独自の判断がなされたのだろう。単純に縦割りの弊害であれば、犯人探しは容易である。本来上位職者が知っていなければいけない金額が発生する業務において、上位職者の知らない状態がおかしいのだ。縦割りという問題ではない。下位の組織で扱えない金額の仕事を自由に担当者が推進できる状態がおかしい。これは、業者からわいろをもらい誰かがお金を着服しても監督指導できない状態である。大雑把にいえば昨日小池都知事が指摘していたガバナンスとコンプライアンスの問題となる。
高純度SiCの企画では、経営者の信頼は得られていたが研究部門は事業化したくない、というねじれた状態だった。すなわち、ガバナンスの問題である。
中間転写ベルトの企画では、一流の外部メーカーからコンパウンドを購入し開発するので必ず成功するという企画内容だった。しかしその「一流のコンパウンダー」の技術をもってしても製造できないようなスーパーコンパウンドが必要な企画だった。この事実を明らかにすれば、開発はすぐに中断となったが、すでに製品化フェーズに入っていたので、開発中断の責任は経営レベルまで及ぶ。だからスーパーコンパウンドを開発できる技術をセンター長に相談すれば、ゴーサインが出ることを当方は確信していた(判断力の無いセンター長ならば決断ができない)。センター長はこの点を理解していたので、当方のカオスな提案についてすばやく決断できた。もし無能な上司だったら、当方の退職が早まり東日本大震災で送別会が無くなる、という事態にはならず、このセンター長と一緒に盛大な送別会となっていた。しかし無事中間転写ベルトの開発に成功し、ついでにPETボトル廃材を用いた射出成型部品まで開発したので退職時期が遅れ、不幸にも大震災の日と重なった。おかげで送別会が無くなっただけでなく、帰宅難民として会社に一泊することになった。
 
(注)開発方針と開発納期を形式で判断すれば、外部のコンパウンダーからコンパウンドを購入し、仕上がったレベルの製品で我慢し生産を行う、という結論にいたる。部下の課長は、外部のコンパウンダーの技術では完成しないという当方の判断を聞き、外部のコンパウンダーに依頼するコンパウンドの検討の条件を増やす方針を出してきた。当方は、真面目な課長の計画を聞き、技術の視点で無意味なのでこの計画に反対だが科学的に否定できないので承認する、と伝え、2000万円の予算外の稟議書を起案している。ロジカルシンキングというセミナーはいつの時代でも受講者は多い。ただ、そのセミナーではロジックの間違いの可能性に技術的視点があることを教えていないのが問題だ。科学的に間違いでは無くても、技術的に実現できないロジックと言うものがあることを知らない人は多い。一方で科学的に間違っていても技術ができる場合があることを知っている人も少ない。PPSと6ナイロンを相溶させる技術は、教科書に書かれたフローリー・ハギンズの理論からは否定される。しかし、この中間転写ベルト用コンパウンドでは、これを技術として用いている。詳細は弊社へ問い合わせていただきたい。

カテゴリー : 一般 未分類

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2016.09/23 企画を成功させる(7)

政府が21日、原子力関係閣僚会議を開き、高速増殖炉原型炉「もんじゅ」(福井県敦賀市)について「廃炉を含め抜本的な見直し」を表明したことについて、地元からは不信や困惑の声が上がった、と昨日の産経新聞で報じられた。そして、「夢の原子炉、 迷走20年、 なぜ成果が出なかったのか」という表題の記事も掲載されていた。
 
廃炉に対する反対意見を地元民の名を借りて記事にしているところは、昨今の国民の動向を捉えた配慮だろう。国民の大多数は廃炉に賛成だからだ。ただ地元への経済の影響は大きいので、当然反対意見も局地的に多くなる。しかし、1兆円超が投じられながら、「無用の長物」と酷評されてきたもんじゅは、なぜ20年以上も成果が出なかったのか。
 
新聞記事では、ナトリウム漏れ事故での隠蔽工作や、組織のずさんな体質が論じられていた。しかし、福島原発の事故の状況やその後の対応などをみていると、ただそれだけではない。根本的に「甘え」が、担当している人たちにあった、と思っている。「あったのではないか」と推定にしていないのは、これまでの原子力関係の報じられた記事を読めば明らかである。
 
福島原発の事故後でも「甘え」は残っており、凍土壁の問題でもあれだけ金をかけても成功させようという気概が伝わってこない。もっと金出せ、金出せの大合唱である。この原子力担当者の「甘え」が無くならない限り、日本で原子力技術がこれ以上発展することも無いだろう。もし誠実真摯で志の高い人物が原子力関係の担当者の中に現れれば状況は逆転するかもしれないが、TVで見る限り、そのような人物にお目にかかれていない。
 
事業を推進しようとする時に、組織体制の果たす役割は大きいが、その組織に対して成果を出すように働きかけるのは人間なのだ。組織は成果を出すための単なる道具であって、成果は人が組織に働きかけて、初めて出てくるものなのだ。腐った組織でもそこへ働きかける人間が腐っていなければ、成果は出る。ゴム会社における高純度SiCの事業はまさにその事例だ。
 
原子力事業では安易に国からお金が大量に流された結果、それを担当してきた人間が腐ってしまったのだ。故ドラッカーも頭の良い人達が成果を出せない問題を指摘しているように、組織ではなく原子力事業に担当している人の問題に大きなメスを入れない限り、福島原発の事故処理もうまくゆかない。ご相談があればいつでも弊社は協力します。
 
 

カテゴリー : 一般

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2016.09/22 企画を成功させる(6)

高純度SiCの技術について他社が実施できなかった理由は、特許部から研究所へ戻られたI次長のご指導の貢献が大きい。基本特許が公開される前に特許戦略に基づく出願計画を示され、特許を書く作業をアドバイスされた(職制上は上司ではなかった。ただ当方の立場とテーマの状況をご判断されてのこと。この方に関しては、少しドラマめいた話がある。)。
 
研究開発における特許戦略を本格的に学んだのはこの時が初めてである。I次長の説明は大変わかりやすく、高純度SiC紛体を製造するに当たり、重要となる技術についてすべて抑えることができた。
 
このとき、SiC化の反応とSiC回収の冷却ゾーンとを分けた電気炉の発明も書いている。アイデア特許であったが、先行投資を受けてから、この発明に基づく電気炉を生産炉として開発している。
 
今、政府の方針はモーレツ社員撲滅であるが、この頃は、睡眠時間4時間未満で多数の特許を書いていた。しかし留学中でもあったので残業代はもらえなかった。その数年後FDを壊されるような妨害にあい事態を収拾するために転職することになるが、この頃はそのようなことを想像すらしていなかった。ただ真摯に企画の成功だけを祈って特許を書いていた。
 
経営方針とは合致していても所属組織内では歓迎されない企画というケースでは、個人の負担が大きくなる。個人の犠牲を払ってまでも推進するのか、という問題については、個人の価値観に依存する問いである。また、個人の犠牲を払ってまでも努力する社員をどのように処遇するかは会社の風土で変わる。個人の犠牲を払ってまでも仕事をやられたのでは会社として迷惑だ、という会社もある。
 
ワークライフバランスの導入でこのような仕事のやり方が無くなるのは良いのかもしれない。個人の犠牲を払って仕事をしても決して報われないからだ。ましてや、企画が成功しつつある最後の段階で、FDを壊されるような妨害をされたのではたまらない。
 
だから無理な企画推進はしないほうが良い、と他人にはアドバイスするが、努力して成功した時の達成感はものすごい。麻薬の経験は無いが、週刊誌などに書かれている麻薬の快感よりも気持ちが良いと思う。住友金属工業とのJVが立ち上がり、未来の確実なマーケット情報まで見通せるようになった瞬間の気持ちの余韻は今でも残っており、苦しい業務でも頑張れるエネルギーの源になっている。成功体験が重要と言われる所以だろう。
 
<ポイント>
ワークライフバランスなど働き方の見直しが政府中心に進められている。人間らしい生活と仕事のバランスをとる、といえば当たり前に聞こえる。しかし、誠実真摯に仕事に打ち込むときに、人間らしい生活を犠牲にしなければならないときがある。その時に躊躇無く、ワークライフバランスを崩す勇気があるかどうかで企画の成否が変わる。個人の犠牲など無く、誰もが楽に企画という業務を推進できるのが理想の組織だが、実際の現場では理想からほど遠い状態だ。あとは個人の価値観になる。企画の成功を目標に掲げたら、徹底して推進する覚悟が重要である。FD事件が起きたとき、ゴム会社を辞める決断をしたのは、すでに事業が立ち上がり、組織も動きだし、テーマを担当したい人も出てきて当方でなくても事業推進が可能になったからだ。このとき功労者に正しく報いるような会社ならば、次から次と新事業が生まれる風土となる。逆に誠実真摯に努力した社員を見殺しにするようでは、会社の未来は暗いだけでなく、さらに悲惨な出来事も起きるような風土となる。
 

カテゴリー : 一般

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2016.09/21 高分子の難燃化技術講演会

創業から5年たち、いろいろな仕事を経験することができました。その中で高分子の難燃化技術は、ゴム会社へ入社1年後から3年間担当した業務でした。担当業務の中で自ら企画したテーマ、ホスファゼン変性ポリウレタンやホウ酸エステル変性ポリウレタン、ケイ酸変性フェノール樹脂など燃焼時にリン酸ユニットを系内に保持する炭化促進型コンセプトで開発した技術は、40年ほど前では斬新な考え方で、学会の招待講演などでも高い評価を得ました。
 
その後、イントメッセント系難燃剤などが注目され、現在に至っておりますが、燃焼時にリン酸ユニットを固定し、炭化促進を行う難燃化手法は、三酸化アンチモンとハロゲンの組み合わせによる難燃化手法と同様現在でも主要な難燃化技術(イントメッセント系難燃剤も同様のコンセプトの発展形)として採用されております。
 
今回、この難燃化技術にさらに磨きをかけるため、新素材を開発いたしました。まだ特許出願中のため素材の詳細を開示できませんが、基本コンセプトについてわかりやすく解説する講演会を開催いたします。弊社へお申込みいただければ、新素材を開発した企業のご紹介等特典がございます。
 
なお、11月には科学にとらわれない思考法をベースにした問題解決法の講演会を予定しております。本講演会では、従来の科学的な問題解決法をおさらいし、そこに潜む問題点を明らかにし、新たな技術を創造するための誰でもできる発想法と当方がこれまで用いてきて有効だったノウハウを伝授いたします。
 
1.機能性高分子の難燃化技術とその応用
 
(1)日時 10月4日  10時30-17時30分まで
(2)場所:東京・西新宿
(3)参加費:48,600円
 
(注)難燃性と力学物性、さらに要求される機能性をどのようにバランスさせ品質として創り込むのか、という視点で解説致します。
 
https://www.j-techno.co.jp/seminar/ID57NLFEZ15/%E6%A9%9F%E8%83%BD%E6%80%A7%E9%AB%98%E5%88%86%E5%AD%90%E6%9D%90%E6%96%99%E3%81%AE%E9%9B%A3%E7%87%83%E5%8C%96%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%BF%9C%E7%94%A8/
 
2.高分子難燃化技術の実務
 
(1)日時 10月27日  10時30-16時30分まで
(2)場所:江東区産業会館第一会議室
(3)参加費:49,980円
 
(注)評価技術に力点を置き、高分子物性を創りこむノウハウもご説明致します。
 
https://www.rdsc.co.jp/seminar/161026
 
3.11月度開催予定の講演会は下記

https://www.rdsc.co.jp/seminar/161116

カテゴリー : 学会講習会情報 高分子

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2016.09/20 企画を成功させる(5)

ゴム会社で高純度SiCの研究開発が可能になったのは、無機材質研究所のI先生の功績が大きい。I先生がうまくマネジメントしてくださらなかったら、STAP細胞同様の混乱となりゴム会社とは異なる企業で事業化されていたのかもしれない。基本特許は無機材質研究所で出願され、この時の状況はどこでも研究開発が可能だったからだ。
 
無機材研で芽を出すことができた高純度SiCの技術は国の研究所の成果として計上され、そのように粛々と運営された。すなわち、文科省からの斡旋を受ける形でゴム会社は事業をスタートしている。そして毎年レポートが提出され、基本特許に対する報奨金もゴム会社から国に支払われている。
 
当方に対するヘッドハンティングの話など脇道はいろいろあったが、ゴム会社で事業として立ち上げる決断をし、数年の死の谷を歩き、住友金属工業とのJVとして半導体治工具の事業が立ち上がっていった。
 
ただしマーケットが無いのに高純度SiCの技術開発がゴム会社で続けられたのは、当時の研究開発本部長U氏の特徴あるマネジメントのおかげである。「まずモノをもってこい」という厳しいマネジメントに対して、忠実に研究成果としてのモノを出し、厳しい要求に応えてきた。
 
例えば、SiCセラミックスヒーターは、常圧焼結で製造されたバージョンとホットプレスで製造されたバージョンをすぐにモノにすることができた。これは無機材質研究所がSiCについて焼結理論も含め最先端の研究成果を有しており、その成果を応用すればよいだけだったからだ。
 
そのほか、燃料電池用電極、単結晶シリコン引き上げ用るつぼなど他社からの要望にも試作品として即座に対応した。もし当時マーケットが大きかったならば戦力補強もしていただけたが、無機材質研究所の紹介で住友金属工業からJVの申し出があるまでまとまったマーケットに出会えなかった。
 
例えばこのとき応用技術としてSiC基セラミックス切削チップを開発しているが、マーケット規模が一億円程度と小さくボツになっている。
 
U氏からは、高純度SiCのテーマ以外にLi二次電池や電気粘性流体の仕事を手伝うように指導された。これらのテーマでは、高純度高絶縁ホスファゼンや電気粘性流体の増粘防止技術、高性能粉体3種セットなどの成果をだし、おかげで開発予算だけは潤沢に確保できていた。
 
<ポイント>
最近では成果主義の評価を行う企業も増えてきた。研究開発部門の成果として一番わかりやすいのは、「事業となりうるネタ」である。すなわちメーカーであれば「モノ」となる。研究開発も行わずいきなりモノを作ることができるのか、と聞かれて「不可能」という人は甘い。今やそれなりの努力をすれば「先端技術でできあがったモノ」を作ることができるのだ。ただし、STAP細胞のような再現できない「モノ」では事業構築は不可能なので「再現性のあるモノ」を作る必要がある。もし先端技術を集めてみて「モノ」あるいはそれに近い「モノ」が全くできないならば、事業化は難しいだろう。企業において企画立案するときに、「モノ」を作れない企画をしてはいけない。
退職前に担当した中間転写ベルトでは、その「モノ」ができていないのに「商品化フェーズ」までテーマが進んでいた。原因は、「問題点はあるが製品立ち上げまでには改善できる」と周囲に説明されていたためだ。しかし、その問題点は、化学の教科書に書かれたフローリー・ハギンズ理論では解決できない内容だった。この仕事を引き継ぐ覚悟を決めた理由は、科学で解決ができない問題を技術で解くことができるか、という命題を考えていたからだった。そして科学では説明できない現象を利用した技術を完成し、プラントを立ち上げた。11月に予定している講演会では、科学の先を進む技術をどのように創り出すかについても説明する。
 

カテゴリー : 一般

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2016.09/19 企画を成功させる(4)

2000℃以上まで結晶を固定できる技術を評価されて、計測実験もまかされるようになった。そして、2200℃までの結晶格子のデータが得られ、無事6H型SiC単結晶には異方性のあることを実証でき、論文が完成したときに、末席に当方の名前が載っていた。うれしかった。
 
しかし、幸福は永く続かない。投稿前の論文を見せられたときに、ゴム会社から電話がかかってきて昇進試験に落ちたことを知らされた。
 
ゴム会社では世間でいうところの係長職に相当する役職へ昇進するときに論文試験があった。当方が受験したときの問題は「あなたが考えている新事業について会社へ提案してください」という内容だった。当方にとって易しい問題で、高純度SiCの事業シナリオを書いた。しかし、その答案に0点がつけられたそうだ。そして0点は試験制度始まって以来の最低点と言うことも電話で告げられた。
 
会社からの連絡はI先生の机に置かれた電話にかかってきたので一部始終I先生に聞かれることになり、これが一瞬の地獄から幸運へ向かうきっかけとなった。I先生は1週間だけ無機材質研究所の設備を自由に使えるように研究所内の調整をしてくださること、そしてこの1週間の間に当方の夢を完成するとの条件付きで高純度SiC合成法研究のチャンスをくださった。
 
このチャンスを見事活かすことができて、真っ黄色の粉体を一週間で開発できた。この実験結果は無機材質研究所の中で噂になった。そのままであればSTAP細胞と同様の騒動になっていたかもしれない。しかしI先生はうまくマネジメントされ、騒動にならないように研究所に箝口令を敷いてくださった。
 
この時の体験があったのでSTAP細胞の騒動については組織マネジメントの問題が大きいのでは、と思っている。研究開発部門というのは活性が高ければ高いほど騒動が起きやすい。大きな成果が出たとしても冷静に対応できる、あるいは推進できるマネジメントが必要である。
 
I先生はうまくマネジメントしてくださり、ゴム会社で高純度SiCの開発ができるように下地を整えてくださった。下地はできたが、ゴム会社はすぐに対応しなかった。このあたりのごたごたは省略するが、やがて故服部社長の前でプレゼンテーションを行いファインセラミックス専用の研究棟建設と2億4千万円の先行投資が決まり、企画実現のチャンスが訪れた。
 
 
 

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2016.09/18 企画を成功させる(3)

上司だった主任研究員と研究開発本部長(取締役)と当方の3人で、無機材質研究所長を訪問した。そこで所長が大阪工業試験所(大工試)で研究していた頃の話題が出て、ゴム会社の創業者が大変な額の寄付を大工試にしたこと、そして今その恩返しができるチャンスが訪れたとお話ししてくださった。
 
その結果、どのような仕事でもお手伝いをする、という条件で、SiCの研究部門、I先生のもとへ定員オーバーであったけれど留学の許可をしてくださった。
 
翌年の4月から無機材質研究所で研究のお手伝い生活が始まった。大学と異なり授業は無いので、毎日言われた仕事をこなすだけである。最初にお手伝いを頼まれたのは、SiCの熱膨張を四軸回折計を用いて直接計測する仕事だった。
 
計測そのものは無機材研の主任研究官の方が行うので、当方は実験室の掃除やサンプル準備その他の雑用だった。SiCの単結晶を石英ガラス管に封入し、それをYAGレーザーで加熱し、赤外線温度計で単結晶の温度を計測、結晶の格子定数をX線回折で求めるという実験である。
 
ガラス管への封入が難しく、ガラスくずがたくさん出ていた。それでガラスくずからサンプルを封入しやすいように工夫した電球状の細工をして主任研究官にお見せしたところ、ガラス管への封入作業も当方の仕事になった。学生時代の有機合成実験で鍛えたガラス細工の腕が役だった。
 
実験が進み、1000℃以上の温度で計測する段階になった。しかしこの温度領域では接着剤が溶けて計測ができない。市販の耐熱接着剤は1200℃まで耐久する仕様になっていたが、1000℃前後で軟化することがTMAの計測で判明し、主任研究官の方は頭を抱えていた。
 
当方に1週間ほど時間を頂ければ2000℃まで単結晶を固定できる方法を考えます、と申し出たところ、開発して欲しい、と言われた。また、耐熱接着剤が無ければ計測実験もできないので、当方の業務も無くなった。
 
耐熱接着技術は3日ほどでできあがった。さっそくその接着剤で単結晶を炭素ロッドに固定し石英管に封入して試験を行ったところ、2000℃以上の計測でもそれを使用可能なことが分かった。世の中でそのような接着剤の開発が進められていた時代だったので、大変な成果だと褒めていただくとともに3日でできたことに驚かれていた。そこで、ゴム会社ではこのくらいのスピードで仕事をしなければ企画を通していただけない、と説明した。
 
 
 

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2016.09/17 企画を成功させる(2)

50周年記念論文審査では散々の結果だったが、海外留学のチャンスが生まれた。アメリカの大学でセラミックスを勉強することになったのだが、当時セラミックス研究のトップを走っていたのは日本だった。
 
さらに、当方は半導体としての将来性とエンジニアリング材料としての将来性の両面を兼ね添えたSiCに興味があった。社内の留学経験者は、海外で3年間遊べるチャンスだからただ留学するだけでも良い、とアドバイスしてくださったが、ここは誠実真摯に捉え、SiCで世界のトップを走っていた無機材質研究所へ留学したい、と人事部長に相談した。
 
人事部長は海外留学の予算が取ってあるから、日本なら長期留学が可能だ、といってくださり、すべて自分で段取りを決める条件で許可が出た。すなわち海外留学ならば留学のお膳立てを会社でやるが、国内ならば、留学先との調整から住居まで全部自分で行えと言うことだった。
 
まず学生時代にお世話になった先生にお願いし、無機材質研究所の研究者の紹介をしていただき、無機材質研究所を訪問した。そこで、セラミックスフィーバーのため空席が無いことを伝えられた。また、専門外の人間では研究に邪魔なのでセラミックスメーカーの研究者が優先される、と言われた。これは、大変ショックだった。
 
とりあえず、SiCの研究部門の責任者の紹介だけでも、とお願いし、何とか面会できたが、聖人と呼びたくなるような考え方の先生だった。しかし、それでも専門外の研究者では留学は難しい、と言われた。ただ、そのI先生の講演が1ケ月後にあるから一度勉強してみてください、とアドバイスしてくださった。
 
その1ケ月後に行われたI先生の講演後に1時間お話できる時間を作っていただけた。その場で、前駆体法による高純度SiCの合成技術について説明(注)したところ、大変すばらしい、と称賛されゴム会社の役員の方と無機材質研究所へ訪問し、所長に面会するようにアドバイスされた。佳作にも入らなかった50周年記念論文の内容が天才的な構想だと評価をうけたのでうれしかった。
 
(注)50周年記念論文に応募した内容を社外の研究者にお話しする許可を上司から得ていた。審査に通らないような内容だったので簡単に許可が下りた。「社外研究発表許可書」というのがあり、それを提出している。
 
 
 
 

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2016.09/16 企画を成功させる(1)

新企画を事業の成功に結びつけるためには、膨大なエネルギーが必要である。そのときマネジメントの役割が大きい。さらに確かな真実を指摘すれば、企画者の職位に関係なく、知識労働者は全員がエグゼクティブである、という意識を持たない限り、成功は保証されない。
 
この、知識労働者は皆エグゼクティブ、という言葉は、故ドラッカーの幾つかの著書に出てくる知識労働者の時代である現代をうまく表現した言葉だ。企画担当者は当然企業の中でエグゼクティブなのである。
 
高純度SiCの企画をゴム会社で立案したときには、ドラッカーを愛読していたので、このような気持ちだった。さらにゴム会社の創業者の精神を新入社員時代に研修で教育されていたのでドラッカーの精神を実践するのも容易だった。
 
高純度SiCの企画は、ワンショット法(リアクティブブレンドプロセス)による発泡体技術開発を担当したことがきっかけで生まれている。すなわちリアクティブブレンドを用いれば、当時先端技術として登場したゾルゲル法の適用領域を無機成分だけの混合から無機高分子と有機高分子という異なる成分の混合技術まで拡張できるメリットがあった。
 
たまたま、会社の50周年記念論文の募集があったので、この技術を核にしてゴム会社がセラミックス分野へ進出するシナリオを書いて応募した。世間ではセラミックスフィーバーが始まり、社長方針として、1.電池、2.メカトロニクス、3.ファインセラミックスの3本の柱で新事業へ、というスローガンも出されていた。
 
だから、自分の書いたシナリオには自信があったが、その審査では佳作にも入らなかった。但し、当時一席になったのは、豚と牛を掛け合わせたトンギューなる生物を産みだすバイオ技術など当時とすれば荒唐無稽の話題を扱った論文だった。誠実真摯に書かれた現実的な内容のシナリオは箸にも棒にもかからなかったわけだ。
   

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