フェノール樹脂とポリエチルシリケートを用いた高純度SiCの前駆体合成法は、第三者から見ると簡単に見える。しかし、ノウハウの塊で同じような反応物ができても良好な前駆体が合成されたわけではない。それでも1600℃以上で熱処理すれば高純度SiCとなり、問題が無いように見える。しかし、良好な前駆体を用いると粒度や結晶化度まで揃った高純度SiC粉末になる。
この技術を20年前学位論文にまとめたが、前駆体のノウハウについて記載していない。良好な前駆体ができたところから論文は始まっている。良好な前駆体を用いると均一素反応の取り扱いができ、SiC化の反応解析をできるのである。すなわち良好な前駆体とは、フェノール樹脂とポリエチルシリケートが分子レベルで均一に合成され、1000℃で熱処理を行ったときには、シリカとカーボンが分子レベルで化学量論的に均一に混合された状態を作り出す前駆体である。
この前駆体ができるまで、シリカ還元法によるSiC化の反応機構ではSiOの関与が示されていたが、良好な前駆体ではSiOを経由せず、直接SiC化まで進行することが解明された。すなわち、SiCの結晶成長はシリカを核として生じる。そしてSiC化の反応は拡散律速過程で進み、反応しながら結晶成長が進む。これはレーリー法でSiCウェハーを製造するときと同様の機構である。昇華法で結晶成長させるときには核がシリカと異なるだけである。
この研究成果を利用すると前駆体の品質管理が可能となる。すなわち良好な前駆体の場合にはSiC化の反応がアブラミの式で示される重量減少のプロファイルを示すが、うまく合成されなかった前駆体の場合には、従来のシリカ還元法の反応機構で反応が進行する重量減少を示す。
不良品ではどこが問題になるのか。それは不良品の状態によるが、1.副生成物としてウィスカーが生成、2.粒度分布が不均一、3.不純物酸素が残るなどの問題がある。このなかで3は、SiCウェハーの原料として使用するときに問題となる。
すでに基本特許の権利が無くなった技術であるが、多くのノウハウのためこの技術を実施している企業は少ない。特許情報によると某セメント会社はアルコール溶媒を用いて前駆体合成を行っているようだが、無溶媒で行う技術を開発できなかった可能性がある。
溶媒を使用すると経済性が悪くなる。本前駆体の原料価格は量産レベルで驚くべき低価格となる。ポリエチルシリケートは高純度であればゴミのシリケートでよく、フェノール樹脂もその原料は100円以下である。SiCウェハーの原料となる高純度SiCを、原料調達手段と合成ノウハウさえあれば、驚くべき低価格で合成できる。
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SP値あるいはフローリー・ハギンズのχは、二種の高分子の混合状態を予測するときに用いられるが、混合しようとする系で反応を伴うときには、これらの理論は当てにならない。リアクティブブレンドでもこれらのパラメータは重要だ、と言われるが、重要視しすぎるとアイデアを否定するパラメーターとなる。これらのパラメーターを扱う時には少し経験が必要である。
液状のフェノール樹脂にSiOユニットを含む様々な化合物を分散しながら、フェノール樹脂が固まるまでの変化を観察した。同じような大きさのχなのに樹脂の中のドメインサイズが様々に変化する。それが目視で分かる程度の変化である。シリカのドメインサイズの大きいフェノール樹脂の中には空気中で燃え続ける組成も存在した。
ミクロンオーダーのシリカ粒子の分散ではフェノール樹脂の難燃性を改善できないことが分かっていたが、すべて空気中で自己消火性を示した。空気中で燃え続けるフェノール樹脂は、廃棄物処理の実験で初めての体験である。シリカの分散状態で難燃性が大きく変化する現象を観察して、これをSiC合成の前駆体に用いることとその反応機構を解析すると前駆体の品質管理を容易にできる、という2つのアイデアが同時に浮かんだ。
開発テーマが終了し、不要となった材料の処理を行いながら面白いアイデアが浮かんだので処分に手間をかけて良かった。また、フェノール樹脂とポリエチルシリケートの混合は、うまくゆかなかった経験があり諦めていたが、放置しても5時間程度は相分離しない液体が得られたり、透明のまま固化した組み合わせが得られたり、予想以上の実験成果がでた。
再現性の問題や、材料の同定など行っていないので研究発表できるレベルの成果ではないが、フェノール樹脂と珪素成分を含む材料との混合について概略の傾向を把握する事ができた。しかし、概略の傾向であって、実験結果を統一的に説明できる成果では無い複雑な点が多い。おそらくその目的のために実験計画を組み実験を行っても見落とす可能性が高い。
この廃棄物処理の実験の半年後、同様の実験を行うことになるのだが、この日の実験の再現性の無さに悩まされることになる。すなわち同一条件でフェノール樹脂とポリエチルシリケートを混合しても相分離し、シリカが析出したのだ。
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高分子に無機の成分をナノ分散すると高分子の難燃性能を向上することができる。ホウ酸エステルとリン酸エステルをポリウレタンに分散し合成された軟質ポリウレタンフォームは、燃焼させると燃焼面でガラスが生成し火が消える。
ホウ酸もリン酸も難燃剤として知られていたので、難燃性の無いシリカを使って同様の難燃化技術ができないか検討していた。たまたまフェノール樹脂発泡体で天井材を開発する、というテーマを担当し、フェノール樹脂をポリシリケートで変性する技術を検討した。
ケイ酸ソーダから抽出したケイ酸ポリマーをフェノール樹脂に均一分散し、それを発泡させたところ極めて防火性の高いフェノール樹脂発泡体ができた。しかしケイ酸ソーダの抽出にジオキサンとTHFの混合溶媒を使用するのでコストと環境問題が実用化の障害となった。
シリカのドメインがどのくらいのサイズであると難燃性の機能を発揮するのか調べたところ、幸いなことにエアロゾルレベルでも十分な難燃性能が得られた。ただし特殊な分散技術が必要でプロセス開発が重要な技術開発テーマとなった。
この技術は実用化されシリカ変性フェノール樹脂天井材は某建築会社に納入されたが、5円/m2のコストダウンを議論し、開発したにもかかわらず搭載できなかった技術があり、本欄では書きにくい後味の悪いテーマであった。
もともと腐ることは性分に合わないので仕事を面白くしたい、と考え、シリカ変性フェノール樹脂技術についていろいろと実験を行った。成果を後工程に移管し半年後には無機材質研究所への留学が決まっている、という状況だったので、実験室の後片付けと報告書を書く程度の仕事が半年間の業務という状況であった。
廃棄処理しなければいけない様々なメーカーのフェノール樹脂を種々の方法でシリカ変性し「ゴミ」を製造した。当時液体の可燃物を廃棄するにはお金がかかったが、樹脂であれば一般ゴミとして廃棄できたので、液状のフェノール樹脂をひたすら固体のゴミに変性した。
ただその変性方法として様々なケイ酸ユニットを持つポリマーと混合する方法を用いて、その変化を調べながら捨てた。廃棄物処理というつまらない仕事が楽しく面白い仕事に変わった。
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板東英二氏が明石家さんま氏の後押しで吉本興業入りをするそうだ。板東英二氏は、7500万円の所得隠し以来、芸能界の仕事が無くなりかなりお金に困窮していたらしい。個人事務所のビルも売却し芸能界復帰の記者会見も行ったが、まったく仕事のオファーは無く75歳の罪人(脱税)に社会は当然の報いとして反応したのかもしれない。
もともと悪人のキャラクターで売れていた人ならば世間の反応は少し異なったかもしれないが、プロ野球で成功した善人のおじさんキャラで売っていたのだから、脱税という罪を犯せばファンはそっぽを向くのはあたりまえだ。人気商売とはそういうものだ。もし再度復帰をしたいならば報酬の半分を社会に寄付する、ぐらいのことを言えば仕事はたくさんくるだろう。
一方、引退してもよさそうな年齢だが、本人は「働くことが好きだ」と言っているので働き場所を与えるのも社会の役目である。言葉通り、大いに働き以前のように笑いを振りまき社会を明るくして欲しい。
ただし、働く、とは、ドラッカーが言っているように「貢献」と「自己実現」が純粋に目標となっていなければならない。「貢献」と「自己実現」を純粋に目標として働けば、必ず社会に成果が出る、とドラッカーは言っている。脱税という反社会的行為を二度とせず、社会に貢献するために働きたい、というのであれば元ファンの一人として声援を送りたい。
「貢献」と「自己実現」を純粋に追究したら、ドラッカーが言うように成果がでたのが、ゴム会社で推進された高純度SiCの研究開発である。技術シーズは天井材の開発から生まれたが、半導体の開発は事業基盤の全くない環境で推進することになる。企業にとっては多大な投資が負荷となり、研究開発を推進する担当者にとっては企業への「具体的貢献」が見えない中で働かなくてはならない。
30年ほど前、無機材質研究所から戻り、6年間死の谷を歩いて今は他の企業と合併したS社とのJVを立ち上げることになるのだが、経営陣の激励が唯一の「貢献」の証であった。また、学位を取ることを会社が承認してくれたおかげで「自己実現」の目標も明確になった。
そのためFDを壊されるという嫌がらせを受けたときに犯人捜しなど行わなければよかった、という反省が生まれた。その結果板東英二氏のように仕事に困ること無く、まったく専門外となる写真会社をヘッドハンティング会社から紹介をうける、というチャンスが訪れた。
JVも動き始めたので、新たな「貢献」と「自己実現」の場を求めて写真会社へ転職したのだが、純粋な気持ちで立ち上げた事業は、30年以上経った今でもゴム会社で継続している。元ドラゴンズ、名古屋のヒーロー板東英二さん、社会貢献するという純粋な気持ちで頑張ってください。私腹を肥やすのが「働く」目的ではありません。
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高級オーディオにSiC半導体を採用したアンプが登場した。すでにインバーターやLEDにSiCウェハーは活用されているが、SiC半導体の実用化技術は、この30年間の成果である。
SiCは、エジソンの弟子アチソンにより発明された人工材料でカーボランダムとも呼ばれている。エジソンは山っ気のある人物でダイヤモンドの合成研究をアチソンにやらせていた。アチソンは石英製のルツボでカーボンを加熱し、ダイヤモンドに転化しようと努力していた。ある日偶然に硬い結晶ができたのでびっくりして調べてみたらダイヤモンドではなくSiCだった、という。
ルツボに用いた石英がカーボンと接触し、1600℃以上の温度で反応してSiCができたのである。現在でもSiCのインゴットを製造する方法としてアチソン法というのがあり、彼の名前が残っている。このアチソン法というのは豪快な方法で、石英とカーボンを混ぜた状態の原料に電気を流し発熱させSiCの反応を行う。このような製造法ゆえにSiCは多結晶体のインゴットとして得られる。
このインゴットを粉砕し研磨剤として長い間使われてきた。また他のセラミックスをバインダーとして耐火物セラミックスとする開発も一部で行われてきた。この材料の技術革新が急激に進んだのは、1980年代のセラミックスフィーバーの時で、様々なSiC合成法が開発された。
いろいろ開発されたSiC合成法の中でユニークなのが、ゴム会社で開発され日本化学会技術賞を受賞したフェノール樹脂とポリエチルシリケートのポリマーアロイを前駆体に用いるSiC合成法である。この技術シーズは、フェノール樹脂発泡体の難燃性を上げるためにフェノール樹脂にシリカを分子状態で分散できないか、すなわちポリシリケートとフェノール樹脂のポリマーアロイができないか検討していた過程で生まれた。
30年前に開発された技術で基本特許は切れたが、最近でも某セメント会社から本合成法にシリカ粉末をまぜ、驚くべき効果が得られたとして特許出願がされている実績のある合成手法である。また某ゴム会社では現在でもこの方法で合成された高純度SiCを用いた事業が継続されている。
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ゴムはエラストマー(弾性体)である。30年以上前、ゴム会社でゴムの研究開発を担当し、個性的な研究者が多いのにびっくりした。東大へ移られる前のN氏が霞むほどであった。指導社員のO氏は寡黙なレオロジーの大家でO氏ほど明快にレオロジーを語ってくれた指導者にこれまで出会ったことがない。その対局に声のでかいF氏という破壊力学の大家が近くの居室にいた。壁を隔てていてもその壁を破壊するくらいの声を毎日聞かされていた。勤怠表示板を見る必要の無い方であった。
O氏はバネとダッシュポットのモデルを中心にしたゴムのレオロジー研究が大きく変わると30年以上前に予見されていた。F氏は、線形破壊力学などゴムに使えない、と吠えていた。新入社員時代に初めて接するゴム技術について何を頼りに学べばよいのか悩む日々であった。しかし、O氏にしろF氏にしろ材料技術に対し独自の世界感を持たれ新入社員にとって教祖のような存在だった。
O氏から学んだレオロジーの概要については昨年紹介したので今日は破壊力学について。F氏によれば破壊力学と材料力学では破壊に至る考え方が異なるという。前者については、微小な亀裂が大きくなると、応力が小さくとも破壊に至る、と考えるのに対し、後者では、応力が破断強度や降伏応力より小さければ破壊しない、と考える。
材料力学では、材料の破壊特性を示す絶対的な強度特性値が存在することを前提にしている。そしてこれら強度特性値よりも外的負荷が小さければ材料が破壊しないので材料設計はこれらの値を基に行えば良い。しかし破壊力学では亀裂の進展を前提に考えるので、材料の中に存在する最大亀裂の大きさを検出できる非破壊検査法が重要となる。破壊力学の実用上の遅れは、この検査法の進展の遅れによるそうだ。
ゴムや樹脂が破壊したときに、実務でフラクトグラフィーによる解析を行うと破壊に至るメカニズムを推定しやすい。フラクトグラフィーは金属材料の世界で発展した方法であるが、破壊力学の論文でも登場する便利な方法であるにもかかわらず、F氏によればゴムや樹脂に用いる時には注意が必要だ、と警告している。エラストマーについていえばフラクトグラフィーを行うときの変形量は0%であるが、破壊した瞬間の変形量は500%近くの時もある、というのがその理由である。
ゴムの世界へ線形破壊力学を適用することの是非は、F氏が指摘するように破壊に至る変形量が大きいだけに悩ましい問題が存在する。しかし、大きな異物やキズが入っているゴムは、入っていない同一組成のゴムよりも低い応力で破壊に至る、というデータが存在し、日常の経験でもその傾向は一致している。セラミックスの破壊機構の研究をお手伝いした経験があるが、発生初期のキズを実験としてどのように生成させるのか、が問題であった。セラミックスとゴムでは弾性率に大きな違いがあり、その結果線形破壊力学を適用使用としたときの問題も異なる。
今でも問題は解決されていないが、材料の脆性を定量化しその比較をするときに線形破壊力学の考え方が便利であり、シャルピーやアイゾット衝撃試験では、亀裂を入れた測定を行う。フィルムの脆性評価では、耐久試験のようなMIT値を用いる。材料の脆性は、科学の未完成の世界である。
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本に書かれたTPEの分類がわかりにくい、最も大きいくくりは、樹脂とゴムとの複合体である、と昨日書いた。材料に限らず物事のカテゴリーを決める、という作業はコンセプトの影響をうける。すなわちTPEを開発するときに、TPEをどのように捉えるかはゴールイメージに影響を与え、さらに開発しようとする材料スペックに制限を加えることになりかねない。
30数年前開発した樹脂補強ゴムの中には熱可塑性を示すゴムも存在した。熱可塑性を示すにもかかわらず、圧縮永久歪や引張耐久試験の結果は一般のゴムと同等レベルであった。現在二軸混練機で動的加硫を用いて製造されているTPEとは比較にならないレベルであった。
詳細はここでは述べないが、これはコンセプトが異なると同じような高次構造のゴムでも物性が大きく異なる例である。樹脂補強ゴムは処方設計のコンセプトが、一般のTPEの教科書に説明されている考え方と異なる。どのように異なるのか、という点は問い合わせていただきたい。とにかく電子顕微鏡で見る限り区別のつかない構造のゴムが物性で大きく異なる不思議な現象は体感しないと分からない。
以前樹脂補強ゴムの開発を担当し悪戦苦闘した話をここで紹介したが、周囲からは、新入社員が指導社員にいじめられているように見えるほどの難しい技術ノウハウを含んでいる。面白いのはそのノウハウは指導社員が自ら実験を行い獲得した技術であり、当時の社内でそれを伝承されたのが新入社員一人だった、ということだ。
技術の伝承がうまく行われない会社では、高度な技術が自然消滅してもそれに気がつかない。生産ラインでトラブルが発生し、その対策に悪戦苦闘して初めてノウハウの重要性に気がつく。属人的技術は人材を大切にし、その伝承を促す環境を作らない限り企業の中に根付かない。フェロー制度は20年前勤務したころのゴム会社に無かったが、良い制度を生み出したと思う。しかし、独特の材料哲学を持った指導社員は、フェロー制度ができる前に定年退職している。
材料のカテゴリーは、動植物の分類よりも難しい。材料の見方、考え方が異なればその数だけカテゴリーの構造が存在するはずだ。それを一つの枠組みで統一しようとするのは、技術をわかりにくくする以外に新たなコンセプトを生み出す時に障害となる。材料の新陳代謝を促すためには、材料のカテゴリーを固定化しないことだ。多くのTPEの教科書は、偏った材料の見方をしているように思われる。
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熱可塑性エラストマーについて大学ではあまり扱われていないようだ。コポリマーの説明のところで出てくるくらいである。客員教授として大学で講義をしているときに、TPEの説明を尋ねても答えられる学生はいなかった。熱可塑性エラストマーのことだというと、熱で可塑性を示す弾性体ですね、という回答が返ってきた。そのままである。語学の勉強ではなく、材料技術の授業中の出来事である。
熱可塑性エラストマーを扱った教科書は高価な本ばかりだ。学生が興味を持ったときに自分で購入できる金額ではない。企業の技術者をターゲットに会社で購入することを前提にした書籍ばかりである。こうした本を安く供給できるように2年ほど前に電脳書店を立ち上げたが、お客が来ないので1年で閉鎖した。戦略を練り直し、近々新たな企画として電子出版サイトを立ち上げるが、ゆくゆくはこの高額の本を少なくとも3000円以下で提供できる環境を作りたい。
技術者にとって本というものは自分の手元に置き何度も繰り返して読む必要のある知識の道具である。繰り返して読むことにより、そして実務の体験と重ねることにより知識が自然と身についてゆく。文学書と異なり、専門書は1回読めばわかる人ばかりではないはずである。どんなに難しくとも100回読めば記憶できるので分かったような気になる。
技術者は学者ではないので、この「分かったような気」が大切である。分かったような気で勇気が沸き、KKDの度胸ができる。技術者に必要な度胸は知識で養われる。そして知識を養うために本を100回読む必要があり、そのためには手元に本が必要である。「読書百遍、意自ずから通ず」とは亡父の口癖であった。
ところが100回読んでもわかりにくいのがTPEの本かもしれない。これまでにTPEを扱った本を数冊1回読んだが、当方の知識と合致する本が無い。30年前、TPEは先端材料のため学術論文や特許で学ぶ以外に手段が無かった時代であり、独学で勉強しなければならなかった。その時指導社員から教わった樹脂補強ゴムのことを書いた本が無いのである。
樹脂補強ゴムの中には熱硬化性のフェノール樹脂を用いた加硫ゴムと同様に熱可塑性の無い材料から、熱可塑性を示す材料まで存在する。例えば結晶化度の高いRBを使用したときには、熱可塑性の樹脂補強ゴムとなる。昔、特許も出願している。
また、TPEについては略称が多い。そしてその略称が同次元で説明の中に登場したりするので説明がわかりにくくなっている。熱で可塑性を示す弾性体が最も上位の概念で、その材料の特徴は樹脂とゴムとの複合体である。複合化が分子レベルの場合にTPO、TPS、TPEE、TPU、TPVC、TPEA、フッソゴム系などがあり、メソフェーズ以上の複合化になると動的加硫技術によるTPE(TPV)や樹脂補強ゴムというTPEとなる。このように記憶している。
弾性体の架橋点が化学反応によるのか、樹脂の凝集部分によるのかで分類している本もあるが、TPVを分類するときに悩むはずだ。これを悩まずに分類しているので読む方が悩んでしまう。TPEの最も大きい「くくり」は、先に書いたように樹脂とゴムの複合体の事である。このように定義すると熱可塑性のRBを用いた樹脂補強ゴムもTPEとなる。
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TPEの物性はなぜ加硫ゴムに比較して劣るのか。詳細説明はこの欄の目的ではない。加硫ゴムをすべてTPEで置き換えることができるのかどうか、という問題について考えてみる。
ところでTPEも含めた未来の材料技術については、一ヶ月以内にスタートする「理系女子の未来技術」という企画の中で説明を展開したい。「理系女子の未来技術」は新しい電子出版の試みとして新たなサイトを立ち上げ展開するが、現在その準備中である。その中では、材料技術以外に未来の社会で必要とされる技術について弊社で作成したシナリオをもとに説明する。
未来の社会は、現在よりも省エネが進み創エネまで到達する。その中で現在の加硫ゴム技術がどうなるか、TPEはどのような発展をするのか、といった未来の夢を展開する。
今日は未来の夢ではなく、30年以上前新入社員のテーマとして担当した樹脂補強ゴムの開発テーマを推進しながら考えたことをまとめる。TPV以外のTPEの最大の問題は、架橋点が樹脂分子の凝集体である点。すなわち加硫ゴムの架橋点のような化学結合でできていないことである。ゆえに長時間応力がかかった状態でずれる現象が発生する(クリープという)。架橋点が長時間かかってずれると応力を外したときに戻らなくなる。
すなわち圧縮変形歪や耐久寿命などの「長時間+応力」という要因に影響をうける物性についてその高次構造が原因となり加硫成形プロセスで作られるゴムに比較して本質的に物性が劣る。TPUのRIMについては化学結合で3次元架橋が可能であるのでその問題を解決できるが、RIMの信頼性は、現在でも加硫ゴムに比較してやや劣るので耐久寿命に問題が残っている。
TPEの材料技術が進歩しても加硫成形プロセスで製造されるゴム部品が多いのは、時間依存の物性も含め「信頼性」に欠点を抱えているからである。実は高分子材料そのものは金属材料に比較し、過去の長い期間、信頼性の低い材料として考えられてきた。しかし、今や金属なみの信頼性を確保した高分子材料も存在する。例えば溶接技術の一部は高分子を用いた接着技術に置き換えが進んだ。
昔金属が最も信頼性の高い材料として扱われてきたが、20世紀末に一部の高分子材料の信頼性は金属なみとなった。材料の信頼性というファクターは技術の進歩とともに向上する。TPVが加硫ゴム並の信頼性を確保する時代が来るかもしれないが、そのためには科学的な仮説から導かれた開発されなければいけない技術がある。
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1933年グッドリッチによるTPEの発明から、1960年前後のTPUの衝撃そして1980年前後のTPVの開発まで材料開発の歴史を昨日簡単にまとめた。そして、TPVが樹脂補強ゴムに追いついていない原因がプロセシングにあると述べた。
TPVは、樹脂補強ゴムに比較し性能は劣っていたが、当時存在したTPEの性能レベルは十分に満たしていた。1981年にMonsantoによるEPDMとPPによるTPVの工業化(サントプレーン)が行われた。その後30年間は、積極的にTPEの開発が行われ、1982年にAtochemによるポリアミド系TPE、1987年にはダイキンによるフッソ系TPEの工業化がされている。
TPVについては、この30年間樹脂補強ゴムを目標に開発が進められ、21世紀に入り、自動車用ゴム部品を置き換えるまでに至った。また、学会報告も多数行われ、樹脂が海で加硫ゴムが島なのに、柔らかいTPVを製造できる原理も分かってきた。
ゴム会社で樹脂補強ゴムの開発が行われた理由は、タイヤのビード部に用いる硬くてしなやかなゴムの製造技術が存在しなかったからである。すなわちそのようなゴムを製造する為には、繊維などを用いて複合化しなければならなかった。
そもそも柔らかいゴムを製造することは易しかった。分子運動性の高いゴム分子の加硫密度を低く設計すれば柔らかいゴムを製造できる。しかし硬いゴムは難しかった。加硫密度をあげるとゴムの靱性が著しく低下するのだ。そこでゴムにフィラーを添加し、ミクロ構造で複合化する技術が誕生する。フィラーにはカーボンブラックやシリカゾル(ホワイトカーボン)が用いられる。
フィラーと架橋密度で硬度と靱性のバランスの取れたゴムを設計する技術が100年以上続いた。しかし、車の重量を支え振動吸収も可能な硬いバネのようなゴムは、フィラーと架橋密度のバランスを調整するだけでは実現できず、繊維などでビード部を補強するマクロ的な複合を行わなければいけなかった。
フェノール樹脂を海に加硫ゴムを島とする樹脂補強ゴムは、1970年末に市場に登場したが、フィラーと架橋密度のバランス調整だけでは到達できない硬度と振動を吸収するバネの役割を見事に果たしていた。しかし、この樹脂補強ゴムをTPVで実現することは難しかった。
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