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2013.06/12 科学と技術(タグチメソッド7(帯電防止薄膜の基本機能))

写真感材用フィルムの表面処理技術について田口先生から御指導を頂いた時の話。酸化スズゾルを用いた帯電防止薄膜について、基本機能の議論で田口先生も楽しまれていた。

 

帯電防止薄膜は半導体薄膜なので、それまでの事例では導電性を基本機能としてみなし直流で測定されたVI特性を動特性として使用していたそうだ。その事例に対し、インピーダンスを基本機能にした方が良い結果になる、と提案した。動特性を直流で計測するよりも交流で計測してL18を行えば、電気特性を計測しても薄膜の接着力という力学特性まで評価していることになり、基本機能のSN比を改善したときに薄膜の物性すべてが改善された結果になる、まさにこれこそ基本機能だ、と提案した。

 

なぜ直流で測定するよりも交流で測定した動特性の方が優れているのか。理由は交流で測定した場合には情報量が多くなるからだ。直流で計測した場合には容量成分を見ていない。しかし、交流で測定すると容量成分を見ることになるので、膜の付着力をテストする誤差を調合して実験すると、この容量成分に誤差の結果が大きく反映されるからだ。

 

直流で計測した場合にも膜の付着力のテスト結果は少し反映され、基本機能としての役割をしているが交流で計測した方が誤差因子に対して大きく影響を受けた結果を得ることができる。

 

実際に調合予定のそれぞれの誤差因子に基本機能がどれだけ影響を受けるのか実験をしてみたところ、交流で計測した場合には全ての誤差に計測結果が影響を受けるが、直流で計測した場合に幾つかの誤差因子に影響されないケースが観察された。

 

基本機能の動特性を用いて実験を行い、SN比を改善すると、システムにおける全ての品質項目が最適化される、という点がタグチメソッドのセールスポイントだが、これを胡散臭く思っている人もいる。しかし、帯電防止薄膜についてインピーダンスを動特性に用いてタグチメソッドの実験を行ったところ、帯電防止薄膜のシステムについて全ての品質項目が改善された。このテーマのコンサルティング結果について田口先生は大変満足されていた。

 

<明日へ続く>

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2013.06/11 科学と技術(タグチメソッド6難燃化技術の制御因子)

リン系難燃剤のシステムでリン酸エステル系難燃剤の添加量は制御因子か、信号因子か。教科書を見ると制御因子で考えることになる。しかし、難燃化システムの基本機能としてLOIの増加率を考え外側にリンの濃度を取った場合には、信号因子として扱うことになる。基本機能の認識の仕方でこのような考え方も可能なのだ。これもタグチメソッドを難しくしている。

 

タグチメソッドの指導者にこの点を質問した場合に、その指導者が高分子の難燃化技術に詳しければ混乱はしないが、タグチメソッドに詳しいだけで技術というものを知らない指導者だった場合には最悪の事態になる。田口先生と直接議論したから当方もこの点を理解できたのだが、この場合田口先生はどちらでも良い、と言われる。すなわち技術者の責任なのである。

 

そもそもどのような制御因子を選んで実験を行うか、という点も技術者の責任である。この点を指導者の方が勘違いされてああだこうだ、と指図し、担当者の感覚とずれていたときに混乱が起きる。実験者が自由に設定できてSN比を改善できる因子が制御因子なのである。最近の教科書にはこのように書いてある本もあるが、10年以上前は難しい説明がされており理解するのに困難だった。その他調整因子とか因子の名前がいろいろ出てきて混乱した。しかし一番大切なのはSN比を改善できる制御因子を見つけることである。

 

リン系難燃剤を用いた実験で難燃剤の種類を制御因子に選ぶ場合がある。直交表にこの制御因子を入れた場合には、実験は少しややこしく感じるかもしれないが、処方が面倒になるだけで、実験そのものは難しくない。すなわちリンの濃度を揃えて処方を組めば良いのである。ずぼらをするのであれば、あとからリンの濃度を計算してSN比を決めても良いのである。

 

リンの濃度ではなく、難燃剤の添加量を信号因子にする場合もある。これも難燃化システムの捉え方が異なるだけで、間違ってはいない。技術者がシステムをどのように認識しているのか、と言うことである。

 

リン酸エステルの添加量を信号因子に取った場合には、難燃剤に含まれるリンの量が難燃剤の種類により異なるので解析に注意が必要になるが、それは技術の捉え方の違いの範囲内である。当方はリンの濃度を信号因子に取った方が考えやすいのでリンの濃度を推奨するが、添加量で信号因子をとったほうが考えやすいケースがあるのも事実である。どちらがよいか、それは技術者の責任である、と恐らく田口先生は天国から言われると思う。

 

高分子材料の難燃 化技術においてリンの濃度以外の基本機能を考えても間違いではない。設計しようとしているシステムに対して何を基本機能とするかは、技術者の責任なのである。このあたりは10年ほど前の品詞工学フォーラムの雑誌に竹とんぼの例が載っており、基本機能を考え竹とんぼを作ったがうまく飛ばなかった、というオチが書かれていた。もちろんこの例はタグチメソッドを否定するために書かれた記事ではない。

 

<明日へ続く>

 

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2013.06/10 科学と技術(タグチメソッド5(難燃化技術の基本機能))

高分子の難燃化技術について、炭化型システムでは、極限酸素指数(LOI)の増加率は基本機能だろう。溶融型システムでは基本機能とならない場合も出てくる。高分子の難燃化技術で基本機能を考えるときに難しい点である。基本機能を難燃化技術に直接関わらないところで考えることも可能であるが、ここでは炭化型システムでLOIの増加率を基本機能とした場合を考えてみる。

 

難燃化成分を横軸に取り、LOIを縦軸に取ると、難燃剤の場合、LOIが21前後まで一次線形の関係が得られる。LOIの増加率が高い系は、炭化型システムにおいて難燃性が高い傾向にある。また、難燃成分の中には、LOIが20で上限となり、その成分を増加させてもLOIが上昇しない場合もあるが、一応LOIの増加率を求めることができる。

 

ところがリン原子は、どのような高分子についてもLOIが22程度まで一次線形で正の相関係数をとる。リン系の難燃剤で難燃性の高い高分子材料を設計したいときには、信号因子としてリン原子の濃度を取り、LOIとの関係式からSN比を求める。このSN比を用いて他の制御因子について直交表を使い探す。

 

制御因子として何を考えるのか。予備実験から効果的な制御因子が分かっている場合は苦労しないが、全く分かっていない場合に、いきなり大きな直交表を用いた実験を行わない方が良い。L18が適当な大きさである。直交実験に慣れていれば、L8やL9という小さな直交表を使うのも良いが、L8やL9を二回行うくらいならば、L18を使用すべきである。

 

技術ができあがっていると制御因子のおおよその挙動は見えているが、技術が全くできあがっていない段階であると制御因子と思っていた因子がそうではなかったケースも経験している。一因子実験では制御因子のように見えても直交表を使用した実験では、効果が見られないことがある。これは実験を失敗したのではなく、タグチメソッドのメリットであり、実験者の誤解がその実験からあきらかになったのである。

 

直交表を用いたタグチメソッドの実験の良いところは、基本機能のSN比を“本当に上げることができる”制御因子を素早く見つけられることである。これは一因子実験をくり返して行い求めることもできるが、効率が異なる。但し、L18実験をすべて完了しなければその結果が得られないのがつらいところである。タグチメソッドを嫌う人の多くがこの点を指摘するが、実験計画をうまく組めば多くの場合1週間以内に結果が揃うので、タグチメソッドの欠点ではない。

 

ここまでリン系の難燃化システムの例で説明したが、他の難燃化システムでも同様である。例えば、ガラス生成の難燃化システムでは、ガラス成分とLOIの関係を直交表の外側に割り付ける。

 

ところで、難燃化技術では、燃焼速度の変化率が基本機能だ、という人もいる。もし自分たちの難燃化技術の哲学が燃焼速度を遅くする技術こそ大切である、と言うのであればそれでも良いのである。田口先生は基本機能を決めるのは技術者の責任だ、と言われた。タグチメソッドの責任では無いのである。何から何まで機械的に決めてくれないので、このあたりがタグチメソッドを難しくする原因になっている。あくまでもタグチメソッドは“メソッド“なのであるが、哲学的側面もある。基本機能は技術者がシステムを設計するときに自己責任で決めなければいけないコンセプトでもある。

<明日へ続く>

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2013.06/09 科学と技術(タグチメソッド4(動特性))

タグチメソッドの実験では直交表を使用する機会が多い。そのためタグチメソッドを実験計画法の一つと誤解されている人がいるかもしれない。しかしタグチメソッドを技術開発に用いるときには、直交表は必ずしも必要ではない。制御因子や調整因子を効率的に見つけるために直交表を利用するのであってそれを用いなくともタグチメソッドを活用できるシーンは多い。

 

タグチメソッドの実験で直交表はいつも必要ではないが、SN比を求めるのに動特性を用いることは必須と頭に入れるべきである。動特性を求めることができないときに、望小特性とか望目特性などを仕方がないから使う。ただその時でも基本機能の特性であることが求められる。

 

例えば直交表を使った実験で、外側因子として信号因子を使いSN比を求めるようにした実験と望目特性などを入れた実験では、制御因子の信頼度が異なる。タグチメソッドの一般の教科書にはここまで踏み込んで書かれていないが、田口先生も言われていたし、実際にタグチメソッドを20年近く使用した経験からもそれは教科書に書くべき事柄ではないか、とも思っている。

 

動特性でSN比を求める、とはどのような行為を言うのか。一般的に入力信号に対して応答する出力をプロットしたグラフを動特性のグラフという。タグチメソッドの実験を行うときにも入力信号を横軸に3水準程度とり、その入力信号に対して出力の値を求めるグラフを書く。そして実験で得られたグラフと理想的なグラフとの差異からSN比を求める。

 

一般的なタグチメソッドでは、理想的なグラフに対して直線を仮定し、その直線からのずれでSN比を求める。実験値についても一次線形のグラフを仮定し、その傾きは感度であり、理想的な直線からのずれがSN比になる。タグチメソッドの教科書に書かれた信号因子からSN比を求める方法の説明では、SN比の公式に感度が含まれている。

 

SN比とか感度は、ここまでの説明でその意味が漠然と分かってくる。特に感度とは一次回帰式の傾きのことだ、と言えば理解しやすい。またSN比は、理想的な直線からの誤差を示した値と理解できる。理想的なグラフを仮定できるためには、入力信号と出力信号は何らかの関数関係が成立していなければならない。これが信号因子の意味となってくる。信号因子の例として、電流電圧の関係とか延びと力の関係とかあるが、タグチメソッドで重要な信号因子は基本機能の信号因子だ、とよく言われる。

 

基本機能とは何か。実はタグチメソッドでこれが一番難しい概念です。科学的研究をやってはいけない、技術開発をやれ、基本機能の研究を行え、というのは田口先生の口癖で、この言葉から、基本機能の重要性とともに基本機能を見つける難しさが分かる。そして基本機能については何か、その具体的なことに関してタグチメソッドに書かれていない。田口先生は、基本機能は技術者の責任で見つける、と言われていた。

 

すなわち個々の技術で基本機能を技術者の責任で見いだし、その動特性のSN比でシステムの信頼性を議論する、これがタグチメソッドの重要なポイントと思っている。

 

<明日へ続く>

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2013.06/08 科学と技術(タグチメソッド3(タグチメソッド輸入前の時代))

会社の方針で技術開発に日本科学技術連盟(日科技連)の手法を導入していた時代の話。

 

高分子の難燃化技術開発を担当していたとき、実験の大半を実験計画法で行っていた。まじめに検定を行い信頼値の区間について統計計算まで行っていた。統計計算を行うために自腹でMZ80Kを購入した(注1)。当時給与の手取りが10万円前後の時代に2ケ月分の給与が吹っ飛んだ。日科技連のベーシックコースは50万円である。学生時代よりも教育費に金がかかった。サラリーマンとなりお酒にお金が消える心配よりも自己啓発にお金が消える心配をしなくてはいけない時代(注2)であった。

 

上司から、「君のグラフでは、いつも平均値がきれいに真ん中にきているが、なぜだ」と質問された。あたかもデータを捏造している、と言いたげな質問の仕方で口調も意地悪であった。検定で信頼値を求めるとこうなる、と説明したら驚いていた。その後、グラフの書き方はは実験で得られた最大値と最小値を用いて区間を示し、平均値をそこに書くように指導をされた。あたかもグラフの書き方を知らない小学生を指導するような口調である。

 

これはおかしな指導であった。間違っているかどうかの議論の前に、日科技連の方法を業務に取り入れるという会社の方針に従えば、必ず平均値は真ん中に来るのである。しかしゴムのような力学物性に大きなばらつきを持っている材料では、最大値と最小値で偏差の区間を示した場合に、平均値は真ん中に来ない場合が多い。

 

上司のあまりにも軽蔑的な指導方法のおかげで自分が大きな間違いをしているような気持ちになり、世間で偏差の区間をグラフでどのように表現しているのか調べてみた。技術論文を調べて気がついたが、当時は値の偏差の区間を最大値と最小値を使って示している場合と、検定で得られた信頼区間を用いている場合、検定を行わずただの標準偏差を示している場合の3通りあった。

 

タグチメソッドのSN比は日本ではまだ知られていなかった。日科技連の努力が続けられていても正しく日科技連の方法が世間に浸透していないことに気がついた。さらに「統計でウソをつく」などという著書まで登場した。

 

社会では1980年代は統計的手法に疑問が持たれた時代であるが、少なくともデミング賞を受賞している会社の中では日科技連の手法が標準となっているべきであるが、上司の指導が異なっているだけでなく、統計学の検定の意味すらご存じなかったことには驚かされた。全社方針がなかなか担当者まで浸透しないときには、中間管理職の教育を行った方がよい、という典型的な状態であった。

 

実験計画法にこだわる実験スタイルを周囲の人が笑うのも納得できた。全社品質発表会の時だけ統計を使うのが最も効率の良い、大人の仕事のやり方なのである。すでにこの状態が、当時の日科技連の科学的統計を用いた手法が技術開発に適合していないことを示していた。

 

それでは日科技連の手法が間違っているのか、というと技術開発には適合しないが、科学の研究には都合の良い便利な方法である。すなわち、自然現象は偏りのない統計分布を持つ、という仮定が無ければ科学の研究を進めることはできないので、日科技連の手法を使うべきなのだろう。ワイブル統計のような手法は隠れたモードを解析するのに大変便利なデータ整理の方法である。科学的手法として信頼でき、また発見を効率的に行う実験を組むことができる。科学的研究に用いる手法として日科技連の手法は間違ってはいない。

 

すなわち日科技連の手法を当時「技術開発の思想として導入」したことが間違っていたのである。その象徴が福島原発の事故なのである。技術開発を科学的統計の思想で行ってはいけないのである。但し繰り返しになるが科学的統計手法が間違っているのではない。技術開発のある場面では、科学的統計を使った方が良い場合だってある。最弱リングモデルに基づくワイブル統計は、故障モードの解析に大変有効である。即ち科学的解析手段として科学的統計を用いるのは良いが、それを技術開発の思想にするのは良くない。

 

<明日に続く>

 

(注1)当時上司に実験計画法でコンピューターが必要だ、と申し出たら、誰も実験計画法など使っていない、と一蹴された。人事部が研修でベーシックコースを技術者の必須コースとしていたので上司も受けていたはずである。MOTや企業統治がまだ話題になっていなかった時代である。

(注2)学会も年休をとり自腹で参加していた。たまに会社の出張で参加したときには、日当がついたので天国であった。若いときの苦労は金で買ってもせよ、とは父親の口癖だったが、若いときに自己啓発でお金が消えて苦労するのは仕方がないのであろう。

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2013.06/07 科学と技術(タグチメソッド2(誤差))

科学的統計の犯した最大の罪は福島原発の事故である。新聞報道によれば原発の安全に関する設計は科学的統計に従って行われている。タグチメソッドを用いていない。そもそも防波堤の高さを科学的な確率で決めておいて、それで安全としていた技術者の感覚を疑う。一部センサーの電源がはずされていたところがある、という報道から日々の管理の姿勢まで見えてくる。女川原発で大きな事故とならなかったことと合わせて考えると原発システムの安全設計における思想に問題があるのだろう。

 

福島原発の事故の経緯を見ると、防波堤を越える津波がきたときの対策がとられていなかったことは明らかで、外部電源コネクターが電源車のそれと合わなかったなどミスを含め事故が人災であったことを示している。対策をとってはいたが、それが機能しなかった、というのは詭弁である。ロバストネスを高める設計の考え方が無かっただけである。タグチメソッドがこれだけ日本に普及していてその設計思想を知らなかったではすまされない。

 

タグチメソッドと科学的統計との違いは、誤差に対する考え方にある。すなわち防波堤の高さを津波発生確率から決めていたが、発生確率の低い大津波がきたときにどうするか、という誤差の事象に対する考え方にある。福島原発では、それが確率が低いために発生しない(誤差が極めて小さいために0と見なす)、として処理されたという。その結果防波堤が破れたときのロバストネスが極めて低くなっていた。

 

タグチメソッドでは防波堤も含めた安全システムのロバストネスを高めるように設計する(誤差が小さいと0と見るのではなく、誤差の存在を認めそれを小さく制御できる因子を探して対策を取る)。

 

今日本の技術開発の世界には誤差に関して二つの思想が入り乱れている。一つは旧来の科学的統計学の誤差の考え方で、もう一つはタグチメソッドのSN比の考え方である。科学的統計学の誤差の考え方、偶然誤差として捉える考え方が如何に危険な思想であったかは福島原発の事故で証明された。今技術者は全員SN比で誤差をとらえる、すなわち誤差を必然誤差として捉える重要性に気がつくべきである。偶然誤差では確率が極めて低いときに0とする方法が認められているが、タグチメソッドでは誤差の存在を認め、それを限りなく小さくする技術開発が求められている。

 

技術開発の自然な流れを見てみると、理想の値を目標に技術開発を行っていることに気がつく。すなわち「あるべき姿」を目標にそれを行っている、ということもできる。測定値の平均値を目標に技術開発を行っていないのである。

 

ゆえに、その技術開発で現れる誤差というものは、この理想の値との差を意味している。技術開発とは、この理想の値との差を最小にする活動なのである。技術開発では工程管理と異なり統計学で問題となる誤差の分布を仮定する必要はまったく無いのである。

 

誤差の分布を考えなくとも、理想の値との差を最小にすることは可能である。すなわちタグチメソッドでは、このことをSN比を上げる、あるいは改善すると言っている。そしてSN比を改善するために行う多数の実験を効率的に行うために直交表を使う。これがタグチメソッドの基本的な手順である。だから田口先生は、タグチメソッドは統計ではない、とよく力説されていた。

 

<明日に続く>

 

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2013.06/06 科学と技術(タグチメソッド1)

田口玄一先生がお亡くなりになって1年になる。酸化スズゾルを用いた写真用フィルムの帯電防止層開発のテーマでは、70歳を過ぎた田口先生から直接御指導を受ける幸運な機会が2年ほどあった。酸化スズゾル技術を含め4テーマ御指導頂いたのだが、結構準備が大変であった。

 

コンサルティング時の苦労話をしても仕方がないのだが、毎回こちらのテーマを正しく理解して頂いているのか、という不安があった。しかし、タグチメソッドでは基本機能さえ正しく把握できれば細かい科学の話などどうでもよいのである。毎回の不安が、タグチメソッドの本質を理解するのに大変役立った。

 

タグチメソッドは「田口メソッド」と書いてはいけない。なぜなら米国からの輸入品だからである、という田口先生のジョークは面白かった。田口先生がアメリカでご活躍されていた頃、日本では日本科学技術連盟(日科技連)の推進する品質管理工学がもてはやされていた。

 

1979年にゴム会社に入社したとき、新入社員は全員日科技連の品質管理ベーシックコースを受講させられた。受講料一人50万円のコースである。おかげで統計学を基礎から理解することができた(お金の力はスゴイ。但し費用は無事終了したときに会社が支払ってくれる)。

 

日科技連の品質管理におけるばらつきの概念は、科学統計学のそれと同じである。すなわちばらつきは「偶然誤差」として扱う(注1)。技術開発において日科技連の統計手法を活用するとまずこの矛盾に遭遇する。しかし統計学では、それを矛盾とするのではなく、誤差が均等になるように実験計画を組め、としている。例えばさいころを振って実験順序を決めたり、あみだくじで実験順序を決めたりする説明がまじめに教科書に書かれている。

 

このあたりの胡散臭さは、実験計画法を使い込むと気がつく。実験計画法でうまく実験を行っても、最良の条件が外れる場合が出てくるのである。だから確認実験を行うようにテキストには書かれているが、なぜ外れるのかについては説明されていない。社内の講師に質問しようものなら、それは実験計画が悪い、と一言で片付けられてしまう。

 

コンセプトを決めて技術開発を行うスタイル(注2)だったので、実験計画を工夫してもうまく行かない場合が多かった。高分子発泡体の難燃化技術開発を担当していたときに積極的に実験計画法を使っていたのだが、よく外れて、その度に周囲から笑われた。他の人はどうしているのか、と覗くと、実験計画法など誰も使っていない。実験計画法が外れる事を知っているので皆一因子実験である。せっかく新入社員の研修で50万円も払って身につけたのだからと意地になって使っていたら、面白いアイデアが浮かんだ。

 

実験計画法の因子を割り付けるときに、外側にも因子を割り付け、外側に割り付けた因子で相関係数を求め、相関係数で実験計画法を行うのである。面白いほど最適値(いつも物性の最大値を最適値にしていた)を決める実験がうまく行くようになった。タグチメソッドなど知らなかったが、偶然タグチメソッドでいうところの感度を最大にする条件を求める実験方法を思いついたのだ。

 

このような体験があったので、タグチメソッドの解説を面白いほど素直に理解できた。そもそも技術開発の実験の世界で現れる誤差は、偶然誤差ではなく必然誤差と呼べる性質の誤差である。田口先生のご講演でSN比の説明を聞いたとき目から鱗状態で、感度の説明がされたときには仰天した。「私は田口先生と同じことを考えていたのかもしれない!」

 

<明日に続く>

(注1)福島原発は海岸沿いにあるにも関わらず、防波堤の高さを科学的な確率で決めたという。女川原発では、津波の経験から少しでも高台に、と考えて建設されたという。両者は同じように津波に襲われたが、福島の状況を見ると科学的確率で決める問題が浮き彫りになる。タグチメソッドではSN比で経済計算まで行う。もし原子力技術をSN比を用いてリスク計算あるいは事故が起きたときの損失を計算したならばものすごい数値になるであろう。地震国日本で原発を運転するときの覚悟とはお金を準備することと、日本に住めなくなる場合を理解することである。

(注2)弊社の問題解決法でもコンセプトに基づく実験を取り入れています。実験はタグチメソッドで行うことが基本です。

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2013.06/05 科学と技術(酸化スズゾル6)

結晶については、分析データを用いてどのような結晶であるかを議論できる。各種分析結果から同定された結晶についてその物性を議論すれば、誰でもどこでもその議論を検証できる。

 

伊藤・犬塚共著「結晶の評価」(1982)には、固体であって結晶性でない物質を非結晶または無定形と呼ぶ、と書かれている。前者にはnon-crystalline、後者にはamorphousと英語読みがふられており、さらに結晶の細かい分類について英語で記述し、日本語の記述を避けている。結晶という言葉に対するこの本のこだわりから結晶ではないものを定義する難しさが伝わってくる。

 

さらにこの本では、アモルファスに対して非晶質ではなく無定形という言葉だけをあて、本の中に非晶質と言う言葉はどこにも出てこない。アモルファス金属などが世の中に登場し、すでに実用化が始まっていた時代の教科書である。もちろんガラスは昔から知られていた。だから、意図的に非晶質という言葉を外しているのかもしれない。この本では、タイトルどおり結晶という物質をどのように評価し定義づけるのか、という点を厳密かつ明確に記述している。

 

一方で結晶ではない物質については、未だに科学としての研究は続いている。アモルファスについては曖昧のままだ。例えば電子顕微鏡で探しても結晶など見つからない状態の物質でもX線の散乱ではブロードの信号が現れたりする。潜晶質とも呼ばれているがこの言葉は金属以外の分野であまり聞かない。ちなみに潜晶質と呼ばれる物質は、先の教科書によれば結晶に分類されない。また無機化学の専門家10人にヒアリングした結果でも、9人までが無定形あるいは非晶質と解答している。

 

ただ、潜晶質のデータを結晶と答える先生がいらっしゃることも事実である。「あの先生はご自分で実験をやったことの無い先生だから」という批判やここでは書けない辛辣な言葉もあったが、いろいろ調べてみると古くから鉱物学をやってこられた先生は粉末x線の回折にブロードのピークが現れていてもその位置が期待された位置だった場合に結晶と見なすらしい。

 

これは結晶という言葉の起源を探るヒントになる。ある先生がここだけの話、とひそひそ話として教えてくださったのだが、結晶とか非晶とか結構いい加減に扱っている研究者が多いとのこと。

 

(注:確かに高分子の結晶と無機の結晶では少し異なるところがある。高分子の非晶質状態に至っては、無機のガラスと異なる挙動をとる場合もあるのに無機ガラスと同様の考察が進められている。科学ではそれで良いのかもしれない。しかし、技術では無機のガラスと高分子のガラスが異なるという認識を持つことはアイデアを出すために重要な時がある。)

 

その先生曰く、結晶とは鉱物学から生まれた言葉で、もともとは目で見て規則正しい形をしている物質に対して与えられた言葉とのこと。大きな結晶は、砕いて小さくしても規則正しい形を保っている、それが結晶の言葉の起源、と言うのである。昔はX線ぐらいしか分析手段がなかったから、目で見て結晶かどうか分からない物質はX線で分析していた。

 

鉱物学の分野ではあらかじめ目視段階で構造の予想をつけているから、ブロードなピークだろうがなんだろうが、期待された位置に回折ピークが現れれば、それで分析データとして充分だった、と言うのである。結晶という言葉の成り立ちから考えると、潜晶質を結晶ととらえる学者が鉱物学の流れを学ばれた先生にいらっしゃる理由を理解できる。

 

特公昭35-6616に記載された酸化スズゾルのx線回折データは、ブロードだがそれでも比較的シャープに回折ピークが現れる。しかし、酸化スズであれば現れなくてはいけない位置のいくつかにまったく回折ピークが出ていない。すなわちX線の反射面が存在しないのだ。電子顕微鏡観察では、ところどころ数層であるが積層状態を見つけることが可能である。しかし、それを結晶というのには無理がある。だから特許には非晶質と書かれていた。

 

特許の出願された時代の科学的成果を論文から考察すると、わざわざ非晶質と書かなくても結晶質の酸化スズまで含めた特許として成立した時代である。驚くべき成果として特許は出願されていたが、その結果、この特許の5年後にアンチモンドープの結晶性酸化スズによる帯電防止層の特許が出願され成立している。昭和35年の発明でわざわざ非晶質とこだわり特許が書かれていたことに改めて驚いている。

 

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2013.06/04 科学と技術(酸化スズゾル5)

タグチメソッドで最適化された酸化スズゾル水溶液に含まれる非晶質酸化スズの体積固有抵抗は10000Ωcm前後で安定して合成できた。また、この程度の導電性であれば、帯電防止層を設計する時に最適な値である。

 

帯電防止層は、酸化スズゾルをラテックスに分散した溶液をPETフィルムに塗布して製造する。帯電防止層の表面比抵抗は10の10乗Ω程度あればよいので、導電性粒子の体積固有抵抗は10000Ωcmもあれば充分である。パーコレーション転移の安定化の観点からは、タグチメソッドによる実験で最適な透明導電性材料が得られたのである。

 

過去の技術を見直し、すなわち温故知新ですばらしい技術ができた。公知技術を用いて完成しているので1000件以上あるライバル会社の特許も気にする必要が無い。この非晶質酸化スズゾルを用いた帯電防止層は、アナログからデジタルに移りつつあった感材の新製品に使用されるすべての支持体に採用され、化学工業協会から技術特別賞を頂いた。

 

この技術開発を行いながら、科学の視点でも非晶質酸化スズを見直した。その過程で驚くべき事実に遭遇した。無機化学の世界では偉い先生なのでお名前を伏せるが、10人中9人の学者が非晶質と答えた分析データを結晶との区別ができなかったのだ。この事実から改めて結晶という言葉の科学的意味を調べてみたら、無定義用語に近い言葉であることがわかった(1995年の出来事)。

 

ガラスには定義が存在したが、結晶については明確な定義が無く、非晶質との境界が不明確なナノ結晶などという言葉も存在する。例えば完全非晶質なカーボンを合成しても、粉末X線で測定すると低角側にブロードな反射がわずかに現れる。TEMでカーボンの結晶を探しても存在しないが、わずかに積層しているような構造が観察される。しかし、TEMで層間距離を測ってみても一般のカーボンよりも広い。

 

この材料を2000℃程度で処理を行うと徐々にカーボンの結晶らしきものがTEMで見えるようになるが、粉末X線の反射像はブロードのままだ。すなわち結晶と非晶の区別に明確な境界線を引くことができない可能性がある。そこで複数の分析データが必要になり、それらを組み合わせて非晶と判断することになる。非晶質体を科学的に研究しようとするとこのあたりの難しい問題が存在する。

<明日に続く>

 

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2013.06/03 科学と技術(酸化スズゾル4)

特公昭35-6616に記載された実施例には酸化スズゾルの詳細な製造条件が書かれていない。四塩化スズを加水分解して得られた沈殿をデカンテーションの繰り返しで精製し高純度酸化スズゾルを得る。これをアンモニア水に分散すると、安定な高純度酸化スズのコロイド水溶液ができるのだが、四塩化スズの細かい加水分解条件やデカンテーションの回数等が実施例に記載されていない。

 

デカンテーションの回数については副成する塩素が残らない条件なので10回以上であることが計算から容易に推定がつく。しかし、加水分解温度について詳しく記載されていないのは不思議に思った。四塩化スズと水の混合物が得られてから煮沸するので、100℃までであれば、四塩化スズの添加温度など気にする必要がないようにも思われる。また四塩化スズを液体の状態で添加するのか、あるいは水和物の固体で添加すのかについてはどちらでも良いような中途半端な書き方である。

 

ところが実験をやってみて分かったことだが、発明者はこの加水分解温度の重要性に気がついており、わざと丁寧に記載しなかった可能性があると推定した。

 

タグチメソッドで実験を行うと、この添加温度の因子が感度とSN比に大きく影響する。困ったことに感度を高める条件ではSN比が低下し、SN比の最大をとると、感度は中程度となるのである。

 

最適条件の選択では、田口玄一先生と喧々諤々の議論を行った。田口先生はあくまでSN比を優先すべきだ、というお立場で、当方はSN比中間で感度もそこそこの良さそうなところを、という立場である。何のために動特性で実験を行ったのか、という雷が落ちる。当方は実験を行った感触から、SN比最大で無くとも生産安定化ができる、と予想した。

 

ちなみに非晶質酸化スズの体積固有抵抗は、この時の実験結果で500Ωcmから100000Ωcmまで約200倍以上変動している。タグチメソッドの動特性の実験として典型的な結果が得られる実験系である。SN比と感度の議論では、田口先生が正しい判断をされていることは理解できていても、ものすごい結果を目の当たりにした生徒の立場では未練が残る。ただ、田口先生の一言「科学の研究をやっているのではない、技術開発をやっているのだ。」に、すなおに「はい、分かりました」と納得して答えた。偉い先生である。

 

<明日に続く>

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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