高分子材料以外にも、遺伝子分野も同様の状況のようで、山中博士は躊躇することなく、答を先に決める方法や逆向きの推論、さらには宝くじ的消去法などKKDを発揮しながら成功を収めています。
興味深いのは、二十四個の遺伝子を細胞にすべて入れた時に遺伝子がどのようになるのかが科学的に不明の状態でも学生の提案による実験を許可していることです。そしてその実験に成功した学生は宝くじ的消去法を提案し、ヤマナカファクターを確定しているのです。
この著書に書かれた内容から、学生は工学部出身で生化学の研究については素人でしたが1年未満でも山中博士のKKDの一部が伝承されたことを伺い知ることができます。
<明日へ続く>
TRIZやUSITはじめこれまで提案されてきた科学的な問題解決法で各種問題を解決できイノベーションを起こす力があるならば、「あるべき姿」を最初に決める問題解決法や、KKDを見直す必要は無いでしょう。しかし、言葉では表現しにくいKKDやその他のヒューマンプロセスも動員してイノベーションを起こす覚悟をしなければ3.11以降激変した環境を乗り越えることは難しいように思っています。
不確実性の時代とか、誰も見たことの無い未来とか言われておりますが、自分達の未来ですから「あるべき姿」を描き、そこから逆向きの推論を行って、現在やらなければならないことをスタートしなければなりません。
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ポリスチレン(PS)は、側鎖にベンゼン環がぶら下がった形の分子構造を持っている高分子です。ベンゼン環が入っていますと、一般にLOIは高くなりますが、側鎖基にぶら下がったPSでは、ベンゼン環を含まない高分子と大差はなく、18.5前後です。
ゆえにPSを難燃化して空気中で自己消火性にするためには、リン酸エステル系難燃剤が用いられる。しかし、リン酸エステル系難燃剤を添加した場合には、可塑剤として働くので、弾性率等の物性が低下する。アンチモン系の難燃剤も過去に検討されたが、環境への配慮から最近ではリン酸エステル系難燃剤を使用するケースが多い。
高い難燃性を得たい場合には、難燃剤を大量に添加することになり、弾性率だけで無く靱性なども低下する。線形破壊力学によれば弾性率の低下とともに靱性は向上するが、添加剤が入ったときには、その添加剤が形成するドメインの大きさで靱性が影響を受け、このように靱性が低下する場合がある。
物性低下を最小限にして、高い難燃性を得るためにはどうするか。このような問題解決には、ポリマーアロイの技術が使用される。すなわち難燃性の高い高分子を添加してマトリックスの難燃性レベルを持ち上げてから、難燃剤の検討を行うのである。このとき難燃剤の分散状態も変化しているので、その効果の検討には注意を要する。すなわちプロセス因子の寄与も大きくなるのである。
PSの場合には、ポリフェニレンエーテル(PPE)がよく使用される。これはPSとPEがうまく相溶系のポリマーアロイを形成し、どのような比率でもほどよい物性が得られるからである。面白いのは、PS/PPE/難燃剤の3元系の検討であるが、難燃剤の構造とPS/PPEの比率で難燃剤の添加量と難燃性が変化することである。PPEはPSよりも価格が高いので、コストパフォーマンスを狙うときには、弊社にご相談ください。
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「勘(K)と経験(K)と度胸(D)の研究開発」は、新入社員の時に先輩社員から教えられた企業の研究開発精神です。KKDは、日本企業の共通精神と思っていましたら間違いであり、ゴム会社特有の精神でした。
ゴム材料については、現在も高分子科学で解明されていない技術が多く存在し、それがタイヤ業界の参入障壁にもなっています。特にプロセシングで材料物性が大きく影響を受ける現象は、現場を経験した技術者でなければ理解できない世界です。
しかし、そのような世界でもKKDプロセスで科学的成果は生まれています。KKDを大切にする企業では、技術の伝承に力を入れております。すなわちヒューマンプロセスによる技術は、人から人への伝承以外に正確に伝える手段がないからです。
入社後担当したゴム材料の開発では、バンバリーやロール混練作業の練習が日課でした。手動式の不便な道具をわざわざ使用して指導社員からプロセスとゴム物性の関係を教えていただきましたが、驚いたのは30年経過して樹脂開発を担当した時に、その時の勘と経験を問題解決に活かせたことです。
勘と経験は、「考える技術」としてどのように役立つのでしょうか。刑事コロンボは、「刑事は年に100回殺人事件を見てるんだ。しかし真犯人はたった1回の経験だから必ずどこかにミスがあるはずだ」と名言を述べています。すなわち、繰り返しの現場観察による積み重ねられた情報とその情報により支援を受けた逆向きの推論で過去の事件における犯人の行動とが結び付けられ、真犯人を推理しているのです。刑事コロンボのドラマには、死体から逆向きの推論を行うシーンがこの他の作品にも何作も存在します。
科学分析技術が進歩し、刑事コロンボに限らず多方面において現場観察により得られる情報量は大変多くなりました。高分子材料につきましても、製品の分析を行えば、分子レベルの考察が可能になっています。しかし、その製品が作られたプロセス内の挙動に関しては、現在の科学分析技術を駆使しても解明することはできません。刑事コロンボが、犯人しか知りえない情報をKKDを頼りに逆向きの推論を展開しているのと同様に、高分子材料ではプロセス開発で発揮されるKKDの占める割合は大きいと思っています。
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テレビ放送で紹介された山中博士の問題解決プロセスは、非科学的でしたが科学的大成果をあげました。そしてその大成果をもし科学的に行うとしたら天文学的数値になるほどの実験回数を行わなければなりません。
日本の理科教育では、科学的なものの見方や考え方の重要性を教え、算数や数学で論理の緻密さを指導します。そして企業に入れば、ロジカルなビジネスプロセスを学び、TRIZやUSITに代表されるように製品開発では科学的なプロセスが重視されます。また、ホワイトカラーの業務手順については標準化がこの10年進められ、業務品質の向上が図られました。
科学的な思考やプロセス、業務の標準化は大切ですが、それを重視するあまり、効率を悪くしたり、新しい発想を阻害したりしているように感じられます。山中博士が進めたようなヒューマンプロセスでノーベル賞を受賞できること、そして短期間に目標を達成できる、その効率に注目し、非科学的プロセスも推奨すべきと思っています。すなわち、科学的成果は重要ですが、その成果を出すプロセスに関しては科学的というよりも効率を重視すべきと思います。この効率を重視した時にあるべき姿から逆向きの推論で得られるアクションは、最も重要なアクションになります。
ところで科学的方法論がこれまで尊重されてきましたが、この科学的方法論についてイムレ・ラカトシュという哲学者によれば、「科学的方法で完璧にできるのは否定証明だけ」(「方法の擁護」)だそうですから、完璧に問題を解こうとした時にほとんどのモノづくりの問題は科学的方法で解けないことになります。ヤマナカファクターは、科学的成果は重要だが問題解決は科学的プロセスに拘る必要は無い、というメッセージに見えてきます。
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高分子材料とセラミックスは、物質としてかけ離れた材料に見えますが、力学物性の発現機構に似ているところがあります。特に結晶化度の高い樹脂の脆さなどはセラミックスとよく似た挙動をとります。
力学物性を専門にやっておられる研究者には叱られるかもしれませんが、商品に構造材料を組み込むときには、セラミックスも高分子材料も同様に扱った方が安全です。即ち金属材料に比較して品質管理が充分に行われなかったときのペナルティーは大きいです。
金属材料には錆びとか外観上の問題でセラミックスや高分子よりも品質問題を引き起こすリスクが高い因子もありますが、少なくとも構造材料として用いたときの力学的信頼性は、セラミックスや高分子よりも高い。
学生時代には、セラミックス<<高分子<金属の順序で構造材料としての信頼性を学びましたが、1980年代のセラミックスフィーバーでかなりセラミックスの技術革新が進みました。高分子材料につきまして信頼性を向上できるような革新的技術は、複合材料以外ありません。ポリマーアロイを革新的な技術にあげても良い面はありますが、実務の観点では合金の信頼性に及びません。実務で射出成形や押出成形を経験し、高分子材料のコンパウンドから成形プロセスに至る品質管理の重要性を痛感しています。
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ニュートンにつきましては、リンゴが落ちるのを見て万有引力を発見した人物として有名ですが、リンゴではなく「月が地球に落ちてこないのはなぜか」という問いを「マッハ力学史」では考えたことになっています。すなわち、「身の回りの物は地球の重力により落下するが、月はなぜ落ちてこないのか」、という問いを考え続けたそうです。
マッハは、ニュートンの思考過程を彼の業績と彼以前の学者の業績を示しながら説明し、非科学的な思考ではあるが科学的な成果を出した優れた方法と評価しています。ここでは、マッハ力学史を参考にして、伝説に従い身の回りの物をリンゴに置き代えてニュートンの思考過程を想像してみます。
(1)満月の夜、リンゴの木を見つけたニュートン。
(2)そよ風が吹いて、リンゴが木から落ちた。
(3)リンゴが落ちたのは、リンゴを木につなぎ止めていた力が弱かったからだ。
(4)しかし、満月は、なぜ地球に落ちてこないのか。
(5)ニュートンは、リンゴを拾い上げ、ヒモをリンゴにとりつけ振り回している姿を想像する。
(6)振り回す速度を速めていったら、恐らく遠心力でヒモからリンゴがはずれ、リンゴは月明かりの中に飛んで行くだろう。
(7)月が地球の周りを回っているのは、遠心力と釣り合う力が働いているためだ。
(8)この遠心力と釣り合う力を地球の重力と考えよう。
(9)ところで地球に重力があるならば月にも重力があるはずだ。
(10)お互いが引き合って、遠心力とバランスを取っているのだろうか。
以上は筆者の推測ですが、満月に向かって真っ赤なリンゴが黒い影となり飛んで行った時に万有引力が発見された、という絵画的なシーンを思い浮かべながら思考実験の様子を描いてみました。
上記の手順で本当にニュートンが考えたかどうかは不明ですが、マッハは、彼のこのような思考過程を非科学的と批判しつつも、現象を考察する時に用いた思考実験を称賛しています。そして、このニュートンの思考実験の方法をアインシュタインに紹介し、相対性理論の発見へ彼を導いています。
光の速度で運動している物体をあたかもその場で見ながら考えるという実現不可能なことを考えたい時に、思考実験は使えますので、「考える技術」として大変便利な方法です。すなわち、たとえ非科学的ではあっても、思考実験を使えば現実に実験できない現象までも頭の中でシミュレーションすることができ、架空の観測結果から予想外のアイデアを生み出せる可能性が出てきます。
ところで、ガリレイやニュートンの思考方法に共通しているのは、経験や観察結果を活用する非科学的な思考方法であるにも関わらず科学的成果を導いている点です。そして、その成果を生み出す動力となりましたのは、whyからhowへの発想の転換や思考実験など現代にも利用できそうな方法です。彼らの思考方法をこのように評価しますと、17世紀頃にアイデアを生み出す動力となる「考える技術」が誕生し現代まで伝承されてきた、と言って良いかもしれません。
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高分子発泡体の難燃化は、バルクに比較し密度が低く燃えやすいので難燃化は難しい。バルクと発泡体では、LOIはほぼ一致するが燃焼速度が異なるので、燃焼規格では異なる評価結果になる場合が多い。
あまりにも低密度であるとLOIもうまく評価できない場合が存在するが、23以上であればバルクも発泡体も評価結果が良い一致を示す。炭化型でLOIを24以上にする材料設計が可能であれば、発泡体でもうまく自己消火性にできる。21-24程度であると、炭化型でもうまく火が消えず、バルクでは自己消火性になるのに発泡体では自己消火性に材料設計するのに苦労する場合がある。
もしドリップが許されるならば、炭化促進型の設計をあきらめ、溶融型で設計した方が容易に自己消火性にできる。溶融型材料設計の場合には、バルクよりも発泡体の方が簡単である。
もし炭化型で燃焼速度も抑え自己消火性にしたい場合には、LOIは、少なくとも23以上にしなければならない。24以上であれば、かなり低密度の高分子でも自己消火性にできる。材料によっては21でも多くの難燃性規格で自己消火性になる場合もあるが、発泡体ではLOIと燃焼規格の自己消火性と一致しない場合が多いので苦労します。
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マッハは著書の中で、動力学の基礎の議論を近代的な科学の萌芽と位置付けていますが、それが登場したのは17世紀前後と思われます。17世紀初めにガリレイは、「なにゆえに(why)」の問いをすて「いかに(how)」を問い、落下運動の問題を解いています。ガリレイ以前にもガリレイの認識に近い議論がなされていたそうですが、一様に加速される落下運動の定義に成功し、その成果が記録として残っているのはガリレイが初めて、とマッハ力学史に書かれています。
マッハの解説によれば、落下運動の問題は1世紀以上議論されてきたようで、ガリレイは現象に対する問いかけをwhyからhowと変えることにより科学の時代の扉を開けた、と言えます。このガリレイが行った発想の転換による問題解決法は、例えば連関図や系統図の作成などに利用できますから現代でも使える「考える技術」といえます。
マッハは、ガリレイの業績に対して、現在よく知られている知識や概念、さらに正確な時計すら無かった時代に科学的成果を出した点について評価しています。しかし、ガリレイの思考過程は科学的ではなく過去の時代と同様の本能的経験によるものである、と厳しく批判しています。
このマッハの批判は、科学的成果を得るための思考過程について、科学的であるという制約を設ける必要が無く、観察を主体にした本能的経験的な思考過程でもよいことを示しています。極論すれば、「風が吹けば桶屋がもうかる」式でも観察結果がそうであれば、問題を解き科学的成果を上げることができます。この観察結果を中心にした議論を大胆に展開した人物がニュートンで、17世紀にニュートン力学を完成しましたが、やはりその思考過程についてはガリレイ同様に非科学的である、とマッハに批判されています。
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科学誕生以前の「考える技術」の歴史について調べる時に、宗教や哲学的な内容は本書の目的から少しはずれますので、少なくとも「現代に影響を与えた、科学的な成果を導いた考える技術」というフィルターをかけて歴史を見る必要があります。この目的に近い書として、先に紹介しました「マッハ力学史」が力学の発展史に限定されますが参考になります。
「マッハ力学史」には、「本能的知識が、科学的あるいは任意的認識、つまり現象の研究に先行していた」、と記述されていますので、科学成立以前のはるか昔には現代のような考える技術というものが無かった、と思われます。「考える技術」だけでなく、今日の意味における力学の理論なども存在せず、それらが考えられる以前には実物の道具や機械に関する経験や知を伝承しながら進化を進めてきたようです。
それでは、いつ、どこで、どのような仕方で、科学の発展が始まったのでしょうか。科学の成立前後には、理論を整理するための技術、考える技術が生まれたはずです。マッハは、「科学成立以前の歴史の中にその史実を調べることは困難」、と述べています。マッハの考察によれば、科学の無い時代には、経験の本能的蓄積が問題の解決を可能にしていた、とのことです。
彼は、「欲求の満足をめざす人間は、無反省に本能的に行った経験を無思索的に・無意識に用いる」、と表現しています。この表現から問題を前にして経験を無思索的に・無意識に働かせて考えている時に、それまでの経験に基づく当たり前のアイデアを出すという行動は、人間が昔からとってきたことであり、問題を前にした時の人間の本能と思われます。
換言すれば、当たり前のアイデアを出しながら十分に経験が蓄積されたところで無意識に能力が向上し、それまでの経験を超えるアイデアを発案し進化してきたのが人間の歴史ではないかと思います。科学が誕生する時には、恐らく人類の進化のスピードがそれまでの時間の流れに比較し加速度的に早くなっていたと思われ、当たり前のアイデアしか出せない経験不足を補うために考える技術を生み出したのかもしれません。
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山中博士の見出した四個の遺伝子は「ヤマナカファクター」と呼ばれているそうです。このヤマナカファクターは科学的大成果ですが、その見出だされたプロセスは非科学的です。しかし、「考える技術」として演繹的推論は必ず使われています。ただしその使い方は、科学的な厳密性に拘っていません。逆向きの推論の結果を検証せずに用いています。
ビジネスの問題解決において、ロジカルシンキングは重視されていますが、アイデアを出す作業に限ればロジックの厳密性まで必要はなく推論の性質を利用する程度あるいは問題を意識する程度でよいことを述べました。これは人類の問題解決の歴史を見ても納得のゆく事実です。
例えば論理学の歴史から思想史まで幅広く扱っている伊藤勝彦編「知性の歴史」(新曜社)を読みますと「ある事態に直面したとき、言葉を媒介として冷静に分析したり総合したり、また自分のできることとできないことを弁別して、可能な限りの自分の目的にかなった方向に課題を解決していくこと、それが知性の営みにほかならないとすれば、その真摯、熱意において、人事や自然に対処する人間の基本的構造に歴史や発展があるわけではない。「知性」そのものに歴史はない。せいぜいその所産たる「思想」に変遷があるだけだ。原始人が蒙昧で文明人が理知的と思いこむのは後者の偏見にすぎない。」とあります。早い話が、ロジカルシンキングを知らない原始人でも火が必要になれば問題意識からアイデアを出して火を起こし生活をしていたのです。
問題解決法を科学的あるいは厳格なロジックのルールで拘束する必要はなく、問題解決は人間の営みの一部として捉え自由度の高い方法で行ってもよいように思います。
一方、エルンスト・マッハ著「マッハ力学史」には、ニュートンの思考実験の様子が紹介されています。この方法を用いてアインシュタインの相対性理論が生まれた、という伝説もそこに書かれており、人間は考える営みの中で肉体労働を軽減する道具の発明と同じように思考に便利な「考える技術」も発明し、それを伝承していた様子が伺われます。
ニュートンの思考実験を人類最初の問題解決の技術とみなすと、現在も一部の研究者に使用されていますので、その技術の伝承は約300年続いていることになります。しかし人類は生活を改善するために、科学誕生以前から様々な道具を発明してきましたので、「考える技術」の歴史は300年より古い可能性もあります。
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