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2013.05/05 成功する技術開発(12)

本来中断すべき判断が正しい、と思われる状況でもその判断が出されず、研究開発が続けられる場合がある。いろいろな原因がそこにはあるが、技術内容の共有化という作業が難しいこともその一つである。

 

例えばポリマー電池だから軽量化でき、将来の電気自動車用二次電池として有望といって学会賞を受賞後、研究企画を行った受賞者が転職した事例が存在する。その後二次電池は比重ではなくエネルギー密度が重要とわかり、ポリマー電池では勝ち残れないとの判断で事業は中断された。学会賞目的に事業として難しい企画をプレゼンテーションスキルの悪用で提案してくる輩もいるのである。技術開発を中断するのか進めるのかは、容易に判断できるケースばかりではない。

 

企画担当者が科学的なウソで固めた企画を提案してきたときには、ウソを見破らない限り正しい経営判断を出せない。ウソとまでいかなくとも都合の良いデータだけで説明する輩もいる。本来企画担当や実際に研究開発を担当している人は経営者のことも配慮して研究開発を推進すべきであるが、理想とかけ離れた現実が稀にある。

 

ゴム会社で半導体用高純度SiCを開発したときに一人で苦しくとも死の谷を歩き続けたのは先行投資をしてくださった経営陣の期待に応えるためであった。このような真摯な姿勢は必ず後継者にも伝わる。その結果30年事業が続き、技術の基本となるアイデアを実現し事業立ち上げまで行った企画担当者がメンバーに入っていない学会賞の受賞例も存在する。しかしいつでもこのような真摯な姿勢の企画担当者ばかりではないのである。

 

科学的に考えると中断しなければならない状況でも開発が続けられている時にどうするのか。このような状況では技術で開発をやり遂げる道を担当者は必死で考えなければならない。6ナイロン樹脂の6をとった一般のナイロン樹脂を使うという技術的発想が認められなければ、例えば他の技術手段である6ナイロン樹脂と他のナイロン樹脂との併用を承認してもらえるように目指すのである。この時、6ナイロン単独系での検討も進めるが、併用系も了解して欲しい、と検討会議で提案すれば”NO”という判断は出ない。製品化を半年後に控えて成功確率の高い技術手段を選ぶ、という選択を有能な経営者であれば誰でもする。

 

6ナイロンを使用した時に6ケ月後成功する場合と失敗する場合の2つのケースを示し、失敗するケースについてナイロン樹脂を同時に添加した系で成功に導く、と説明すれば製品化間近なのでその意見に反対する経営者はいないはずだ。

 

この後、研究開発の進め方は真摯な担当者とそうでない担当者に分かれる。科学的視点から6ナイロン単独系ではうまく行かない、と思われるので実験計画から外す、という考え方は不誠実である。たとえ6ナイロンと絶縁体樹脂に相溶しうるナイロン樹脂との併用系の検討が科学的見地から成功への近道と分かっていても、6ナイロンでもうまくいく技術の可能性を現場の担当者は最後まで真剣に考えなければならない。それが企業の技術者としての義務である。科学的にだめだ、と思われても技術の可能性を真摯に追求しなければいけない。ただし熱力学的に完全に不可能と判断が出されている永久機関のようなテーマはこの限りではない。しかしすでに説明したように世の中の科学的理論の中には怪しいものが存在するので技術者は科学的理論の正しさを実務の中で検証してゆくという姿勢をとる必要がある。

 

ワークライフバランスなどの考え方やサービス残業に対する批判から労働者の時間管理が厳しくなっているが、テーマ検討会議で検討課題にあげた以上可能性が低いと思われても最大限の努力をするのである。時にはヤミ実験も必要になる。

 

ナイロン樹脂併用系を認められた以上失敗の可能性は無くなったのだから、6ナイロン単独系の技術開発はだめでもともとと、大胆なアクションをとることが可能である。製品化半年前に技術的な“博打”を打っても良いようなチャンスが生まれた。また、最初に”モノ”を作り成功する道筋も用意できているので挑戦的なアイデアを失敗しても製品化計画への影響は無い。技術の挑戦をするのは今しかない、という状況を作り出す研究開発マネジメントは、新しい技術を生み出したいときに有効である。

 

<明日へ続く>

 

 

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2013.05/04 成功する技術開発(11)

フローリーハギンズの理論を確立された理論として信用すれば、ドメインサイズを小さくするナイロン樹脂を選択するとは、絶縁体樹脂とブレンドしたときにχが小さくなるナイロン樹脂を選択するという意味である。ここでナイロン樹脂に制限する理由は、前任者から業務を引き継いだときに、絶縁体樹脂と6ナイロン樹脂、カーボンブラックという配合を変更することができない状況だったから。もしこの制限が無ければナイロン樹脂にこだわる必要は無い。配合処方にまったく制限が無い状態が最も研究開発を進めやすい状況であるが、ここではいろいろ制約がある場合の技術開発について考えるための例として配合処方の制限を取り上げている。配合処方の制約は材料開発を行うときにかなり厳しい制限事項になる。

 

χが小さいナイロン樹脂を選択し半導体シートを作成したところ、6ナイロン樹脂を用いたときと同様に電気特性が安定したシートが得られただけでなく、期待したドメインサイズも小さくなっており、靱性の向上したシートが得られた。すなわち材料のあるべき姿を明確にして、それを実現できる技術手段を選択し実行したところ期待通りの製品ができたのである。しかも絶縁体樹脂とナイロン樹脂、カーボンブラックという配合の制約の中で実現できた。当初6ナイロン樹脂の6がとれた状態ですよ、と関係部署の承認を得ようとしたが、6ナイロン樹脂とナイロン樹脂の違いが問題となった。6が無いだけだ、という説明ではさすがに説得できなかった。

 

ここでさらに4をつけて4,6ナイロン樹脂ではダメか、という議論をしてはいけない。周囲の雰囲気を考慮し、周囲に受け入れてもらえる現実的な選択肢を提案すべきである。ちなみにフローリーハギンズ理論によれば、6ナイロン樹脂よりも4,6ナイロン樹脂のほうが今回の系ではχが小さくなる。調整の仕方をあせってブレークスルーできる手札を否定されるような失敗をしてはいけない。事業を成功に導く技術手段を周囲に受け入れてもらえるようにうまく表現しなければならない。

 

多くの会社では1990年以来ステージゲート法類似の方法で研究開発管理を行っている。研究開発の各段階で評価する項目が決められており、処方変更が許されるのは開発の初期段階である場合が多い。すなわち機能材料において処方変更は全く異なるコンセプトの技術手段となるためだ。今回の開発では、コンパウンドを外部から購入することが前提となっており、配合は開発の初期段階で決めなければならない。開発の終了段階で許されるのは購入先変更だけである。

 

思い切って開発初期段階に戻す、という判断は、製品化時期を半年後に控えた状態では、経営への影響が大きい。しかし、フローリーハギンズ理論を信じる限りにおいては、配合の変更以外に技術手段は存在しない様に見える。技術経営の考え方がうまく機能しておればこの場合の判断は開発中止になってもおかしくない状況である。しかしそうならない状況がしばしば生じるので研究開発のマネジメントは長年のテーマとなっている。単純にマネジメントの問題という一言では解決できない。企業の技術者が技術以外のスキルを要求される理由でもある。

 

<明日へ続く>

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2013.05/03 成功する技術開発(10)

絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの3種類を混合し、抵抗偏差が小さい、すなわち電気特性が均一な半導体シートを安定に製造するためのあるべき姿を考える。すでに説明したようにカーボンブラックの抵抗は10Ωcm未満と低いために絶縁体樹脂中でパーコレーション転移が生じると10の3乗から4乗Ωcmまで絶縁体樹脂の体積固有抵抗は下がる。これを回避するにはカーボンブラックは弱い凝集体を形成して材料に分散していなければならない。弱い凝集粒子の作り出すドメインの体積固有抵抗が10の4乗から5乗Ωcm程度になれば、この凝集粒子でパーコレーション転移が生じても急激な抵抗変化は生じないので、10の9乗Ωcmの体積固有抵抗の半導体シートを安定に製造することが可能である。

 

カーボンブラックの弱い凝集体がそのような抵抗になるのかどうかを確認したければ、カーボンブラックを絶縁体の錠剤成形機にいれて、体積固有抵抗の圧力依存性を計測する実験を行えば良い。この実験を行うと、体積固有抵抗と粉末にかかる圧力との関係を示すグラフが得られ、粒子の凝集状態で体積固有抵抗の変化する様子を示唆するデータが得られる。実際に実験を行えば10の8乗Ωcmから10Ωcm程度まで錠剤成形機にかかる圧力に依存して体積固有抵抗が減少するグラフが得られる。この実験では初期設定条件とカーボンブラックの嵩密度など粒子の状態に伴う因子が大きく影響するので実験条件によりグラフは大きく影響を受ける。しかし、カーボンブラックの凝集状態で大きく抵抗が変化する様子を表すグラフを得ることができる。

 

弱い凝集体を分散した半導体シートの材料をどのように製造するかは、ホワイトボードにその絵を描けばすぐに思いつく。すなわち絶縁体樹脂の相にはカーボンブラックは存在せず相分離している6ナイロン樹脂の相の内部に全てのカーボンブラックが分散している状態であれば、材料設計の目標となる構造を作り出せる。そして6ナイロンのドメインサイズを小さくすることができればカーボンブラックの凝集体も小さくなる。すなわち6ナイロンを絶縁体樹脂に相溶する可能性のあるナイロン樹脂に変更すれば小さなカーボンブラックの凝集体を絶縁体樹脂中に均一に分散できる。

 

この考え方で、バンバリーを用いて強引に理想とする高次構造を有する材料をブレンドして作りだした。二軸混練機ではなくバンバリーを用いたのは混練における様々な“技”を使いやすいからである。樹脂を混練するときに二軸混練機を使用するのが一般的だがバンバリーやロール混練機を使用すると混練状態を確認しながら材料をブレンドすることが可能でブレンド実験を手際よく行うことができる。

 

電子顕微鏡観察を行い、ややドメインサイズは大きいが理想どおりの高次構造を有するコンパウンドを製造できていることを確認できた。このコンパウンドで半導体シートを製造したところ、電気特性の安定した半導体シートがえられた。そしてこれは期待したことだが、シートの延伸条件を工夫すると、半導体の体積固有抵抗を調整できることもわかった。すなわちシートの延伸条件によりカーボンの凝集状態が影響を受け、カーボンの凝集体の体積固有抵抗が変化し、それがシート全体の体積固有抵抗に影響を与えたのである。

 

テーマを担当して1週間でここまでの成果が得られた。あとはどのようにドメインサイズを小さくしたら良いか、という問題(科学的にはフローリーハギンズの理論をどのように扱うかという問題)とバンバリーで製造したコンパウンドをどのように二軸混練機で製造できるようにするかという、時間をかければ解決がつく易しい技術の問題だけである。しかし、科学的に考えようとするとフローリーハギンズ理論が存在し、問題はとたんに難しくなる。

 

<明日へ続く>

 

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2013.05/02 成功する技術開発(9)

科学的に考察して実現不可能な技術を担当したときに中断を申し出ることができる状況であれば中断するのが無難な選択である。しかし、その選択ができない状況の時には、担当したテーマの完成の姿に最も近い“モノ”を実現して見せて、その”モノ”が当初の方針と異なることを説明し方針変更について周囲の承認を得て技術開発を続けるのが成功する技術開発のコツである。

 

科学の世界で真理は一つであるが、技術の世界では真理は必ずしも一つでは無い。技術の世界の真理とは、その技術で製品の機能を達成できるかどうかと言う点が重要で科学的な真理と一致しないときもある。換言すれば科学的真理にとらわれる必要は無く、製品の機能を達成できる技術手段を考えることが重要である。

 

絶縁体の樹脂に6ナイロンとカーボンを分散し、半導体シートを作る時に、絶縁体の樹脂に6ナイロンが相溶せず海島構造となるのは、フローリーハギンズの理論では重要な真理の一例になるかもしれないが、半導体シートのあるべき姿からすればどうでも良いことである。重要なのはカーボンブラックのナノオーダーの弱い凝集体が絶縁体の樹脂の中で安定に分散しているシートを作り出せるかどうかである。

 

前任者の目指した目標を否定し、新しい技術コンセプトによる開発を納得してもらうためには、最低限の制約の中で実現したい“モノ”を作ってみることである。不完全でもよく、とにかく担当した技術開発テーマにまつわる制約を少なくすることが肝要で、方針変更した時に実現可能な技術の前に存在するすべての障害を取り除くことである。すなわち、新しい技術のコンセプトで実現した“モノ”を作って、開発の方針変更について周囲の承認を早急に取り付ける作業を最初に行う。

 

コンパウンドの成形技術を研究開発している会社では、コンパウンドを外部調達している場合がある。コンパウンド供給メーカーの協力が得られるのならばそのメーカーの技術力を利用して実験を行えば良いが、通常コンパウンドメーカーは非協力的である。そのような場合は装置メーカーから装置を借りて自分でコンパウンドを開発するところから始めることになるが、その技術が無いときには弊社のようなコンサルタントに相談すると良い。専門家に技術イメージを伝えると、実力のある技術コンサルタントならば希望を実現してくれる。

 

<明日に続く>

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2013.05/01 成功する技術開発(8)

10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する時に、樹脂へカーボンブラックを分散するという材料設計の話に戻る。この設計では、導電性の良好なカーボンブラックを用いるために10の9乗Ωcmの体積固有抵抗を安定に作り出すことは難しい。10の9乗Ωcmの材料を絶縁体と導電体の組み合わせで安定に作りたいのならば、体積固有抵抗が10の3乗から4乗程度の導電体を用いる必要がある。

 

絶縁体樹脂にカーボン表面のカルボン酸と反応しうる6ナイロンを分散させる、というアイデアは、パーコレーションだけに着目すればそれなりに理にかなっている。相分離したナイロン表面をカーボンが覆い、そのカーボンで覆われたナイロン粒子が分散してパーコレーション転移を生じたならば、ナイロン表面のカーボンどおしの接触抵抗が大きくなったときにナイロン表面の導電性は下がり10の3乗から4乗前後になり、パーコレーション転移を安定化できるようになる。ただし、このアイデアの問題は、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの3成分を混練した場合にカーボンブラックとナイロン樹脂がうまく反応してくれない点にある。

 

このアイデアの他の問題として、絶縁体樹脂に非相溶の6ナイロンを分散したときに生成するドメインの大きさを考慮していない点である。絶縁体樹脂に6ナイロンだけを分散してもこのドメインの大きさはあまり大きな問題とならない。すなわち6ナイロンがしなやかなので多少ドメインが大きくとも実験値にその影響は現れにくい。しかし表面をカーボンが覆った場合にはそのドメインの硬度があがるのでドメインサイズの影響が靱性に現れる。

 

絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンを分散し安定な半導体シートを作る、というアイデアは、混練時にカーボンブラックとナイロンがうまく反応しないという問題と、仮にうまく反応しても脆い半導体シートになるという問題がある。ゆえに絶縁体樹脂に6ナイロンとカーボンブラックを混合し半導体シートを作るというアイデアは、フローリーハギンズ理論を信じる限り、八方ふさがりのアイデアである。技術企画の最初の段階で冷静に議論したならば、一般にこれはつぶれるだめなアイデアである。

 

もしこのアイデアを生かしたいならば、フローリーハギンズ理論を否定するアイデアを用意する必要がある。技術企画を行うときに様々な制約が働き、技術手段が束縛される状況は頻繁に発生する。今回は、商品化を半年後に控えて、絶縁体樹脂と6ナイロン、カーボンブラックの組み合わせを変更できない、という状況である。このような状況でテーマを引き継いだマネージャーは、商品化を断念する、という決断は勇気がいるが、最も無難な選択肢である。その決断をしたことでそのマネージャーは、技術開発の失敗を免れることができる。しかし、このような状況でマネージャーを代えるときに商品化断念という選択を塞ぐという間違ったマネジメントがしばしば行われる。

 

科学的な見地から実現不可能なテーマを請け負ったときにどうすれば良いか。できないことを説明しても周囲は納得しない。実現できる道を示すことが唯一の使命である。マネージャーに課せられた制約をすべて取り払い、こうすればできます、という成功のシナリオと、不完全であっても実現できたモノを一緒に示すことが大切である。科学的理論ではなく実際のモノを短時間で作る必要がある。

 

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2013.04/30 成功する技術開発(7)

科学的手順で実証された現象は正しい、ということになっている。フローリーハギンズの理論でもその理論に適合する現象を例に実験で理論の流れを証明している論文がある。おそらくフローリーハギンズ理論の考え方は、高分子の混合系について現象をうまく説明できる理論なのだろう。しかし一方でフローリーハギンズの理論に合わないような実験データもある。合わないような、と表現したのは高分子の混合プロセスに必ず問題が残るからである。理論を正しいという考え方に立てば、理論にうまく合わないときに考察を混合プロセスの問題に持ち込めば良い。

 

哲学者イムレラカトシュは、科学的に厳密に証明できるのは否定証明だけだ、とその著書「方法の擁護」の中で述べている。すなわちフローリーハギンズ理論を否定する証明は科学的に厳密にできても、この理論を肯定する証明では科学的に不確かな部分が残るというのである。イムレラカトシュに従えば、フローリーハギンズ理論が間違っていることを示すために、χが大きい高分子の組み合わせで安定に相溶する系を示せば良い。

 

この視点で、光学用ポリオレフィン樹脂とポリスチレンの組み合わせを用いた相溶実験を計画した。ポリスチレンを様々な重合条件で重合してスチレン単位の並び方が異なっているポリスチレンを100種類以上合成しようと考えた。これらのポリスチレンと、光学用ポリオレフィン樹脂とを混練する実験を計画した。あらかじめ光学用ポリオレフィン樹脂だけで平衡状態になる混練条件を求め、その混練時間よりも短い条件で混練し、透明になるかどうか確認する実験を行った。すなわち混練時間5分という短時間の条件でポリオレフィン樹脂が平衡状態に無いことを確認し、この条件でポリスチレン存在下、透明樹脂ができるかどうか実験を行ったのである。

 

ポリスチレンの合成条件を100以上考えたが、運良く16番目の条件で合成したポリスチレンを混合したときに透明な樹脂が得られた。この16番目の合成条件のポリスチレンは、実験に用いた光学用ポリオレフィン樹脂と様々な比率で混合しても透明になる。すなわち完全に相溶しているのである。面白いことにこの樹脂で直径1cm程度の丸い平板を射出成形で成形し、温度変化を観察するとポリスチレンのTgあたりで平板は白濁し始める。さらにこの現象はゲートから樹脂の流れた状況がわかるような白濁の仕方である。そして、光学用ポリオレフィン樹脂の高い方のTgあたりから高温度の領域でまた透明な樹脂になる。

 

この実験でフローリーハギンズ理論が間違っていることを確信した。多くの系でこの理論に合う現象が生じるのは、考え方の大枠が間違っていないためであろう。しかし、χの定義が不十分ではないか、と疑っている。フローリーハギンズ理論は高分子のエントロピー変化に着目し構築されている理論であるが、χの定義をもう少し厳密に行う必要があるように思う。このあたりは高分子物理の専門家に任せるとして、技術の立場では、フローリーハギンズの理論が正しくないとすると面白いアイデアの展開ができるのである。

 

<明日へ続く>

 

 

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2013.04/29 成功する技術開発(6)

例えば、10の9乗Ωcmの半導体シートを樹脂で製造する場合に、樹脂へカーボンブラックを分散する材料設計を思いつく。しかし、導電性材料を絶縁材料に分散したときにはパーコレーション転移が生じるので、10Ωcm以下の体積固有抵抗で導電性の良いカーボンブラックを用いたときには、ある添加量のところで10の9乗Ωcmから1000Ωcm前後までばらつくことがある。このような場合でも成形プロセスで成形条件を工夫し、強引にシートを作ることは可能である。おそらく歩留まりは悪いがこのようにして10の9乗Ωcmの半導体シートを製造している場合が多い。

 

しかしマトリックスを構成する樹脂によっては、半導体シートの歩留まりが30%前後になる場合がある。パーコレーション転移は確率過程の現象なので10の9乗Ωcmの抵抗ならば30%前後の歩留まりで目標の抵抗となる。歩留まりを上げるために、樹脂の中で分散しているカーボンブラックのクラスターを制御することを思いつく。カーボンブラックの表面にはカルボン酸ができているはずだから、ナイロン樹脂を一緒に分散させればカーボンはナイロン樹脂の表面にくっついて分散するだろう、と甘いアイデアを思いつく。ナイロンの構造式を見れば周囲も信じてしまう。ところが実際にはうまく反応しないことは化学屋の常識である。

 

高分子をかじった技術屋がいれば、ここでフローリーハギンズ理論を持ち出し、χが大きいナイロン樹脂を選べば良い、とアドバイスする。このような材料設計案を材料開発の実力のある技術屋が聞けば一笑に付すはずである。しかし構造式や期待される反応、高分子分散に対する理論をまことしやかに並べて説明されると皆が納得するから不思議である。また、皆が納得しているところへ反対意見を言おうものなら袋だたきに遭う場合もあり、おいそれと怪しい理論のプレゼンテーションで反対意見を言いにくい。フローリーハギンズ理論など教科書に書かれた有名な理論なのでその理論に従い相分離するナイロンの島の表面にカーボンブラックをくっつけてパーコレーション転移を制御する、という怪しいアイデアは採用されテーマとして推進されることになる。

 

ある樹脂にナイロンを分散させて海島構造を作り、その島の表面でカーボンブラックのクラスターを制御する、というアイデアは一見すばらしい。アイデアは間違っているが、実験を行うと歩留まり改善に寄与して、30%が60%まで上がる場合がある。ナイロンの添加でパーコレーションの確率に影響がでたわけだが、それが良い方に出現したのである。2倍に歩留まりが上がったのだからもう少し頑張れば100%に行くかもしれない、と周囲も応援する。ただパーコレーションが確率過程であることに気がついていると、ここで限界と悟ることができるのだが周囲の応援もあってどんどん開発を進める。

 

開発プロセスにも品質管理を導入しているところでは、開発中の技術をある時点で商品化するかどうかの議論を行い、商品化決定後は技術の中身を固定化する。商品化まで半年あるからそれまでに60%から100%にできるだろうという予測で技術手段を決めてしまうとこの場合には開発を失敗する。このような技術開発をしている場合があるのではないか。このような場合に失敗の原因は明らかだが当事者には見えにくい。ゆえに不思議な失敗となるが、技術を正しく知っている技術者が最初に一任され、技術をチェックする仕組みしておけばこのようなことは起こらないが、日本の多くの企業ではそれだけの力量の技術者が少ないだけでなく、力量の高い一人の技術者に判断をゆだねることをしない。

 

<明日へ続く>

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2013.04/28 成功する技術開発(5)

勝負の世界では不思議な勝ちがあるという。しかし、論理を積み上げて行う技術開発では不思議な成功は無い。成功した技術開発には成功するための論理があり、問題は皆が成功すると信じていた技術開発が失敗する不思議である。そもそも技術開発を博打同様に考えている企業は少ない。少ない、と書いたのはリーダーが自分の定年退職の日までこのテーマが続けば良い、とうそぶいて技術開発を行う場合が大企業では起こりえるからだ。これは冗談の言葉としても言語道断で、そのようなリーダーの上手なプレゼンテーションに経営者はだまされないことである。

 

話は高分子材料から離れるが、省エネで注目を浴びているLED電球は無機系の材料でできている。これを有機系の材料で置き換える技術開発は100億円以上のマーケットを狙う必要のある大企業では技術テーマとして取り組まないはずである。また、寿命が無機系材料と有機系材料では大きく異なり、そのようなことは20年以上前から分かっている。当たり前だが特殊な付加価値でも無い限り、寿命の短い照明用の材料が寿命の長い照明用の材料を置き換える、という逆転現象は市場では起きないのである。コストは現在のLED電球の状況を考えればわかるように無機系材料にやや歩がある。ゆえに普通なら有機系照明という商品を目標に大企業では技術開発企画を立てない。

 

ただし有機ELディスプレーは15年前にすでに小さな画面ならできていたので、照明用ならば技術開発の目標として易しい。このように小さな市場と予測される分野を大企業は狙わないうえにすでに機能を達成できる基本技術が揃っている技術開発は、技術がさらに成熟してからニッチを狙う企画として中小企業が取り組めば必ず成功する。今から5年後であれば基本特許も切れるので、特許戦略を今立案し、特許出願を行って5年後に必要な技術開発を行えば、大きな市場をとれないが必ず成功できる技術開発を行える。

 

しかし、フローリーハギンズ理論のような怪しい理論がかかわる技術開発になると成功と失敗の見極めを企画段階で行うことが難しくなる。先の照明の例では20年ほど前に有機系材料及び無機系材料で「光るモノ」ができていたので技術開発を有機系で行うのか無機系で行うのかという選択を技術以外のどのような判断で行うのかという問題になり、技術的な要因で成功か失敗か左右されない。しかし、技術開発の根幹に関わる部分で怪しい理論がある場合には、その理論を頼りに技術開発を行うと失敗する可能性が出てくる。まずその理論が正しいのか間違っているのか、あるいは技術開発のよりどころとして捉えて良いのかどうかと言うことを最初に明確にする作業が必要になる。すなわち技術開発に関係する科学の成果を整理して、科学的に必ず成立する現象と怪しい現象を区別する作業が成功する技術開発のために重要である。

 

科学的に必ず成立する現象はそのまま技術開発計画の中に入れても問題ないが、怪しい問題は、まずその問題を解決してから技術開発計画の中に入れる必要がある。怪しい問題の解決方法であるが、それは技術開発のゴールとなる「モノ」を自分たちが保有している技術で作り上げ、どのような「モノ」ができるのか確認することが一番手っ取り早い。すなわち技術開発の「ゴール」に対して怪しい理論の副作用を手作りで不完全でも良いから1つ「モノ」を作って確認してみることである。そのとりあえずできあがった「モノ」を解析し怪しい理論の副作用の影響を見極めるのである。

<明日に続く>

 

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2013.04/27 成功する技術開発(4)

フローリーハギンズ理論は2種類の高分子を混合したときに生じる変化を論ずる重要な基礎理論と言われている。その理論では2次元の四角の中に異なる2種類の高分子を閉じ込めたときのエネルギー変化を論じている。その理論の中でお互いを溶かし込みやすいパラメーターとしてχを定義しているのだが、このあたりから怪しくなる。しかし、理論は実験で得られる現象をうまく説明できそうな雰囲気があるので2成分系の混合ではよくχまたはその相関するパラメーターとしてSPが用いられたりしている。ただしこのとき用いられるSPは低分子溶媒に溶解して求めたSPではなく、低分子の溶解の世界で用いられているSPである。

 

多分に怪しい理論にもかかわらず、実験でしばしば遭遇する現象をうまく説明できる。2つ3つうまく説明できるとマインドコントロールされたような状態で、その理論で全ての現象を解釈しようという気になる。これが危ない。新しいアイデアが出てくる可能性をつぶしてしまうのである。たった1種類の高分子を混練した時に、それが安定化するまでに40分以上という時間が必要な現象があるのに、5-6分で二軸混練機から吐出されるポリマーアロイをフローリーハギンズの理論で解釈しようとすることは乱暴な試みである。

 

実務で扱う高分子が、多分散系であることを理解している人は多い。GPCなどの測定器が進歩し分子量分布を簡便に測定できるようになったため分子量分布のデータを見る機会は多い。しかし、これが多成分系であることを示しているデータとして考える人は少ない。分子量が数100万以上の高分子と数万以下の高分子では分子運動のモードは全く異なる。化学式でモノマー構造にnをつけて代表して表現していても、実際には多成分の混合物と捉えた方が良い場合が実務上の現象では出てくる。さらに2種以上のモノマーを共重合して合成したコポリマーならば順列組み合わせを思い出して頂ければすぐに多成分と考えなければいけない状態ということに気がつくはずである。

 

光学樹脂用ポリオレフィンは、Tgを高めるために側鎖基をバルキーに分子設計している。ポリスチレンを水添した構造の材料や提灯のような構造をぶら下げたモノマーとエチレンを共重合させた材料などがある。

 

ポリスチレンは結晶性樹脂である。まだ完全な非晶性ポリスチレンは合成されていない。結晶性樹脂を水添してできた樹脂も結晶性樹脂のはずだが、これが非晶性樹脂として売られている。一部二重結合が不規則に残り完全にランダムな構造になっている、というなら理解できるが、この材料について二重結合は含まれていないので405nmのレーザーのレンズに使用できる、として説明されては何が何だかわからなくなった。使えない、というのが正しいし、実験をやらなくても予想はできたが実際に実験を行っても実用化ができなかった。無駄だと分かっていてもサラリーマンゆえにやらなければならない実験ほどむなしいものは無い。

 

提灯のような分子構造をぶら下げたポリマーでは、明らかに多成分系であるがこれを単成分のポリマーとして供給元の技術者は説明してきた。多成分のポリマーと解釈しなければならない実験結果が出ていても実験がおかしい、とまで言われた。現実を正しく見るように求めていたら最後はプロジェクトを外された。どうせおかしな実験と思われているならば、とポリスチレンとポリオレフィンを混練し透明な樹脂材料を作って405nmのレーザーで耐久試験を行ったところ、単成分と言われていたポリマーよりも耐久時間は延びた。ただし、この材料はポリスチレンが入っており複屈折があるのでレンズとして使用できない。そのかわり、押出成形して延伸すれば偏光子ができ、二枚重ねて90度回転させると暗くなる。フィルム会社ではこのような実験ができる環境がある。このあたりは別の機会に述べるが、新しい現象を発見できることが期待される実験は楽しい。

 

ここで大切なことは、フローリーハギンズの理論からはポリオレフィンとポリスチレンが相溶し透明な材料ができる、という現象を説明できないという点である。フローリーハギンズの理論を信じている限り、この二種のポリマーを混ぜて透明な樹脂を作ろうという動機は起きない。また、少し高分子科学を知っている人にこのようなアイデアを話せば馬鹿にされるのがオチである。しかし、ポリマーメーカーの技術者とポリマーに対する技術思想の違いから、いたずら心で行った実験でとんでもない実験結果が得られたのである。

 

この実験結果そのものは面白い実験結果であったが外されたプロジェクトで推進されていたテーマは失敗に終わったのは残念である。勝ちに不思議な勝ちはあるが、負けに不思議な負けは無い、とは野村克也氏の言葉だが、技術開発では不思議な成功は無い代わりに、皆の意見が一致した道を進んでいたのに失敗するという不思議な出来事はよく見かけた。技術開発の方向を多数決で決めるのは不思議な失敗の始まりとなる。

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2013.04/25 成功する技術開発(2)

異なる低分子の組み合わせで混合したときの現象については基礎的な物理化学の教科書に書かれた内容でほぼ説明可能である。ほぼ、という表現を用いたのは、低分子の組み合わせでも科学的理論からはずれた現象が観察されることがある。これが高分子の組み合わせになると、まず均一に混合するところから困難になる。

 

高分子と低分子の組み合わせについて希薄溶液ではフローリーの基礎的研究が科学的に正しい、と言われている。すなわち誰がどこで行っても再現する理論である、とされている。しかし、高分子の濃度でたった1-2%の世界の話で、この濃度を超えると低分子溶媒の中で高分子どおし接触が生じ理論から外れてくる。また再現性も怪しくなる。

 

高分子と高分子の組み合わせで生じる現象について、この低分子の組み合わせの世界で生じている現象と同様の捉え方で理論が構築されている。フローリーハギンズ理論がそれで、大雑把な理論にもかかわらず高分子の教科書に取り上げられている。

 

異なる低分子の組み合わせで均一になるかどうかは、溶解度パラメーター(SP値)で吟味される。高分子についても同様にSP値が用いられるが、フローリーハギンズ理論ではχパラメーターが定義されている。ややこしいのはこのχパラメータがSP値の関数である、という教科書が存在することである。

 

ゴム会社にはいるまでそのように信じていたが、指導社員から高分子のSP値は低分子溶媒に高分子を少量溶解して完全に溶解したときにその溶媒のSPと一致する、という定義であると指導された。χパラメーターと別物であるとも習った。またSBRと書かれていても銘柄が異なればSP値が異なることもある、と聞いてびっくりした。ゴムのブレンド実験をするときにいつも低分子溶媒でSP値を確認するように指導を受けた。χパラメーターやフローリーハギンズ理論は実務で信用されていなかったのである。また言葉は同じでも高分子のSP値は実験値であり、熱力学的パラメーターの関数と等しい、としてはいけないのである。

 

ただ数年してこの常識が常識では無かったことに気がついた。社内でもフローリーハギンズ理論を重視する研究者がいたのである。これは大切なことで、早い話が異なる高分子の組み合わせを混合したときに生じる現象はよく分かっていない、ということである。よく分かっていない現象について、教科書によく分かっているような書き方がされているので技術開発にも影響がでているのである。

 

SP値が異なる高分子の組み合わせ、あるいはχパラメーターが異なる高分子の組み合わせは必ず相分離する。この事実は正しい。そしてその相分離過程はスピノーダル分解で進行する、というのも正しいかもしれない。しかしχパラメーターがSP値の関数となる、というあたりから怪しくなる。この怪しい世界の現象についてどのように接するのか、この接し方でアイデアの出方が変わる。<明日へ続く>

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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