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2013.04/09 PENフィルムの巻き癖(2)

PENフィルムの損失係数を規定した特許は脅威に感じられた。しかし、特許をよく読むと、レオロジーを知らないのか、あるいは意図的にインチキ特許を書いたのか不明だが、科学的におかしい特許であった。すなわち損失係数の測定と書かれているが、大きな応力をかけて測定していたのである。

 

粘弾性の測定に詳しい技術者ならば、この測定方法がすぐにおかしいことに気がつく。すなわち粘弾性の性質を評価するためには、本来応力ゼロで測定することが望ましい。しかし、応力ゼロでは物性測定ができないので、わずかな歪みをかけて測定することになる。

 

特許では、サンプルに大きな応力をかけていた。すなわち損失係数の測定と特許には記載してあるが、応力緩和と相関するパラメーターを測定していることになり、物質固有の損失係数の測定になっていないのである。発明者が粘弾性に詳しくないか、あるいは特許審査官の目を欺くための手法なのか不明だが、物質固有のパラメーターを規定した特許になっていないことに気がつき安心した。

 

PENフィルムの巻き癖はPENが応力緩和して現れる現象であることが解明されていた。応力緩和とは、長年使用していたパンツのゴム紐が伸びた状態になるような現象である。中年太りの体型だったので応力緩和の実験量は豊富であった。ゆえにPENの巻き癖解消技術に関してはすぐに理解ができた。すなわちフィルムを巻いた状態にしていると、フィルムの内側は圧縮応力を、外側は引張応力を受けることになる。その結果応力緩和で巻き癖がつくのである。

 

PENの損失係数を規定したライバル特許は、損失係数を扱っているが、実際には応力緩和しない領域をパラメーターで規定しているだけの特許であった。樹脂の応力緩和が高次構造に影響を受けることも当時知られており、異なる高次構造を作り出して応力緩和しにくいPENにすればよいのである。

 

若い技術者に考えたことを説明したら、高次構造の制御と簡単に言うがどのように構造制御したら良いのか、と質問された。ライバル特許を読んでいてすぐに指示してきた仕事であると気がつく頭の良い社員である。頭のいい人はとかく生まれたばかりのアイデアを否定する傾向にある。君ならできる、と持ち上げたら、すばらしいアイデアだから一緒に考えてください、と上司の私が丸め込まれ、PENの高次構造を必死に勉強することになった。確かにアイデアまでは良かったが、世の中に情報が無い世界であった。科学的に難しいのであれば、技術的なセンスで問題解決する以外に方法の無い状態だった。

 

<明日に続く>

 

カテゴリー : 電気/電子材料 高分子

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2013.04/08 PENフィルムの巻き癖(1)

いまや写真はデジタルカメラで撮影するのでフィルムをほとんど見かけなくなった。またAPSフィルムなど入手がかなり困難になったばかりでなく、APSというフィルム規格など忘れ去られたかもしれない。このAPSフィルムというのはデジタルカメラ普及前のアナログ技術のささやかな抵抗だったような気がする。一般的に使用されていた135フィルム(35mm幅のパトローネ入り写真フィルム)の24x36mmの規格に対し16.7×30.2mmと画像面積がやや狭い規格である。イースタマンコダックが提唱し富士フィルム、キャノン、ミノルタ、ニコンの5社で作り上げた規格である。

 

残念ながらコニカはこの中に入れてもらえなかった。ビジネスとは厳しい世界である。ただ、この規格は写真愛好家から見れば普及する見込みの無い規格に思われた。当時銀塩フィルムの技術が進歩して画像面積を小さくしてもA4レベルの引き延ばし程度ならば差が分からない、ということでイーストマンコダックと富士フィルムがカメラメーカーを巻き込んで普及させようとした規格である。小さくなっても135フィルムと価格差は無いので付加価値をあげることができるメーカーサイドの考え方である。

 

いろいろユーザーメリットが書き立てられていたが、写真愛好家の立場に立てば普及しそうに無い商品である。同じ解像度の技術で面積を小さくしているのだから画像品質は135フィルムよりも悪くなる。規格が登場当時には無視していてもよい商品、と思っていたが、上位2社のフィルム会社が品揃えしているので売れないと分かっていても商品開発をしなければならなかった。画質を愛好するお客様にメリットの無い商品と不満を持ちつつ技術開発を担当した。

 

APSフィルムにはPENという高価なエンジニアリングプラスチックが使用された。135フィルムと同じようにTACでも良さそうに思えたが、巻き癖の問題がありPENが採用された。135フィルムは現像処理後、帯状の状態でお客様の手元に戻るが、APSフィルムではカートリッジの中に巻き込んだままお客様にお返しする。ネガの保存に場所をとらない長所がある、と言われていたが、それほどのアイデアには思われない。巻き込んだまま保管されるので巻き癖がつきやすいTACを使用することができなくてPENが採用され、PENフィルムの物性が規格にもなっていた。

 

20年近く前に標準化を武器に戦う手法が盛んになりつつあったが、このAPSも写真フィルム上位2社が規格を武器に下位2社から特許料を吸い上げる戦法で、お客様のため、と言うよりも企業の論理が強かった。弱肉強食のためならお客様メリットが二の次になる、そんな傲慢な技術に見えた。当然このような規格はすぐに売れなくなったが、それでも商品を揃えなければ写真フィルム会社の面目が立たない、ということで少しでも特許を回避できる技術を開発することが技術者の重要課題となった。

 

PENフィルムの巻き癖解消技術については、富士フィルムの技術が学会賞まで受賞し、技術として完成されていて特許回避が難しい、と言われていた。学会賞では科学的にフィルムの巻き癖という問題を解明しており、それを解消するために10時間以上かかる長時間アニールという技術を完成したとある。ただし長時間アニール技術は元巻き状態で保管時に実施するのでコストに影響しない、といわれていたが、いささか技術としてセンスが悪いように感じた。

 

フィルム技術であれば、ロールtoロールで元巻きに巻かれたときには製品としてできあがっている状態が好ましい。ライバルよりセンスの良い技術を開発しようと意気込んでいたら、フィルムの損失係数を規定した特許が出てきた。物質特許なので知財部から、この特許回避はできないでしょう、と言われたが、科学的には不可能だが技術で回避する、と今から思えば若さから大胆な回答をした、と少し反省している。しかし幸運なことに回避できた。努力は成功を信じて必死でしてみるものである。

<明日に続く>

 

 

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2013.04/07 光学用樹脂の奇妙な構造

昨日非晶性ポリオレフィン樹脂として販売されている光学用樹脂の奇妙な物性について書いた。この奇妙な物性を示した樹脂の高次構造を調べてみると、その構造も不思議である。

 

光学用ポリオレフィン樹脂として販売されている樹脂は単一組成のポリマーなので、非晶性ならば高次構造は均一なガラス構造となっているはずである。実際に通常の高価な分析装置で何も考えず分析する限りは非晶質として観察される。しかし、非晶性樹脂ではなく結晶性樹脂ではないか、と疑っていろいろ実験を行い、その構造の問題を探っていくといろいろ出てくる。

 

例えば、成形体を金槌で破砕しその破面観察を行うと、あるドメインの大きさで異なった弾性率の部分があるために、結晶性高分子の破面と類似の構造とゴムの破面と同様の構造とが混在して作られた汚い破面が観察される。すなわち弾性率が高いために破壊エネルギーの伝播が高速で進んだ領域と弾性率が低く伸びやすいために引き延ばされた構造とが観察される。そしてこの構造の大きさは、射出成形条件の違いで様々に変化している。またそれらの構造以外にボイドらしき構造も観察される。

 

このボイドらしき構造は、射出成形体をアニールしてやると、アニール時間と相関し大きくなり、ある大きさまで成長する面白い性質がある。奇妙なのは光学的性質について耐久試験を行うとこのボイドらしき構造が多い成形体ほど耐久性が良いのである。さらに粘弾性の性質を調べてこのボイドらしき構造との関係を調べてみたり、密度との関係を調べてみたり、いろいろと実験を行った。10年以上前の話だが未だにその時の不思議な興奮を記憶している。

 

それから7年ほど過ぎて、また光学用ポリオレフィン樹脂を取り扱う仕事を担当した。これは5年ほど前のことなので詳細は控えるが、大きな成形体をそのままX線分析装置で測定してみると、期待されたとおりの現象が観察された。1cm前後の間隔で密度の高い部分の分散構造が観察されたのである。すなわち10年以上前は米粒ほどのレンズ材料だったのでミクロ構造の解析しかできなかったが、こんどは豊川のちくわほどの大きさのレンズだったので大きな構造周期を観察することができた。

 

いまだに光学用ポリオレフィン樹脂は非晶性樹脂として販売されている。もし10年以上前の樹脂から大幅な改良がなされ、まったく結晶化しないならば問題は無いが、少なくとも5年ほど前射出成形体に結晶化したと思われるドメインを捉えることができたので表示に偽りがあることになる。大手メーカーの樹脂なので、もし結晶性樹脂であるにもかかわらず非晶性樹脂と偽って販売しているならば、その影響は大きいと思う。ユーザーは高分子の知識が乏しい技術者なのでさらに問題は大きくなる。

 

10年以上前にあるメーカーの技術者にはこの情報を流したが、当方が間違っている、と言われた。しかし、非晶性樹脂ならば起きない現象が実際には発生しており、それが品質問題となっているのである。科学的によく分からないなら非晶性樹脂として販売しても問題ない、というのは材料メーカーとして間違った考え方である。できている構造が結晶かどうかは、おそらく難しい議論となるが、粘弾性試験やキャストフィルムなどを作成し結晶化させることは容易であり、良心的な技術者ならば問題の大きさに気がつくはずである。

 

このように光学用樹脂にはまだ改良の余地があり、完全な非晶性樹脂を開発することができたなら、既存の光学用樹脂を置き換えるマーケットを獲得できる。光学用成形体の射出成型条件や歩留まり、金型構造などの情報は外部にでてこない。その結果品質問題が発生したときに樹脂の問題なのか射出成形技術の問題なのか判断しにくい状況だが、樹脂を分析すれば樹脂に問題のあることがわかるはずである。光学用樹脂の大きなマーケットではパーフェクトポリマーが求められている。

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2013.04/04 光学材料としてのポリオレフィン

20年以上前に光学材料としてポリカーボネートやポリアクリロニトリルが着目された。しかし、いずれも複屈折が大きいため、CD-ROMやDVDーROM、ブルーレイといったデバイス、ピックアップレンズ用の材料には不向きであった。現在レンズ材料として多く用いられているのは、ゼオネックスやアペルと呼ばれている材料である。10年以上前にこれらの材料を1年ほど扱い、その材料設計思想の稚拙さにあきれた。一部の公的機関の研究者もご存じの内容をもとにこの分野の材料開発がまだ必要である点を述べる。

 

ゼオネックスやアペルは、主鎖がポリエチレンと同じようなC-C結合でつながったポリオレフィンとよばれるポリマーの側鎖に大きな基をぶら下げた構造をしている。ちなみにレンズ材料用ゼオネックスはポリスチレンを水素化して合成する。すなわちゼオネックスの場合には、ポリスチレンの性質を一部ひきついだポリマーである。レンズ材料用ゼオネックスの主鎖はエチレンと同じで、側鎖基には6員環がぶら下がった構造をしている。

 

ポリマーの実用的な耐熱性はガラス転移点に制限をうける。このガラス転移点は主鎖の分子運動性とも関係する。ちなみにポリエチレンのガラス転移点は最も低い測定値で-110℃という値が報告されている。一般のポリエチレンをDSCで測定した場合に観察されるのは-20℃前後の値である。ガラス転移点という物性値で注意しなければならないのは、このように同じポリエチレンでも高い測定値がえられたり低い測定値がえられたりする点である。ポリエチレンは特殊な部類だが、ポリマーはその製造履歴によりガラス転移点がばらつくものである。

 

そもそも無機材料で観察されたガラス転移という現象をポリマーにそのまま適用したので多くの技術者の誤解を生んでいる。このポリエチレンのガラス転移を調べれば、物性値としてその気持ちの悪さに気がつき、耐熱性についてこのパラメーターを頼りにする危うさに驚くはずである。ポリエチレンのような単純な構造のポリマーのガラス転移点がこのような状況である。その構造に大きな側鎖基をぶら下げれば、大きな側鎖基が分子運動性を規制し耐熱性があがる、と考えるのはポリマーの物性を甘く見た考え方である。

 

確かにマクロ的には、すなわち構造材料に用いるときには、見かけ上の耐熱性は上がっている。ポリスチレンではガラス転移点は80℃から100℃の間で観察される。多くのカタログでは85℃前後の値が書かれている。そしてポリスチレンの耐熱性は80℃までとされ、ポリスチレン製容器には食洗器に入れないようにと言う注意書きが書かれている。ゼオネックスでは、このポリスチレンのベンゼン環に水素を付加し、より側鎖基どおしがぶつかりやすくし、主鎖の分子運動性を下げ見かけ上のガラス転移点を120℃以上にすることに成功している。

 

しかし、この考え方の問題はミクロ的な領域の分子運動性を忘れている。ゼオネックスを押出成形して様々な熱履歴を与えると80℃前後にガラス転移点をもった材料がえられる。これは面白い、ということで様々な条件で薄膜を作ってみると、カタログには絶対に結晶化しない非晶性高分子と書かれているのに結晶化した薄膜がえられる。なぜブルーレイ用ピックアップレンズにアペルやゼオネックスを当初使うことができなかったのか、この材料を開発した技術者は反省して欲しい。

 

CD-ROMからDVD-ROM,ブルーレイへと変わる過程で光学的耐熱性で考えなければならないドメインの大きさが小さくなっているのである。詳細はここでは書かないが、ポリマーの専門家ならば、すぐに理解できる世界の現象である。現在の光学用樹脂の世界はまだこの程度のレベルの技術である。高分子材料には、まだまだ研究の余地が残っている。固くて歯が立たないセラミックスに比較して取り組みやすいはずである。年寄りにも浮かぶアイデアなので若い人ならばパーフェクトポリマーのアイデアはすぐに出てくるはずである。

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2013.04/02 技術と芸術(照明)

今月の高分子学会誌には、照明技術に使用される高分子材料の特集が載っている。有機ELが1990年代に登場し、その有機ELを使用して平板照明を開発すれば一大事業になる、といって10年も開発を続けた企業がある。それも開発リソースを大量に用いて。技術の視点では有機ELで紙のように薄い発光体が得られるから平面発光体という発想になるが、それでは感性の乏しい技術開発になる。

 

エジソンにより電球が発明され世の中は夜でも明るくなった。しかし、電球はその発光原理のため形状に制約があり、電球の形状を生かしたランプシェードのデザインが発達した。ステンドグラスを使用したランプは現在でも美的に評価され高価である。エジソンによる発明から21世紀まで電球は照明技術の一角を占めてきた。その形状は技術的制約から規格化されたソケットともにあまり変化せず、ランプシェードの芸術性を高めることにより付加価値をつけ販売されてきた。一時、裸電球と四畳半がもてはやされ、窓の外に神田川が見えたなら最高の景色とされた時代もあったが、電球はランプシェードとともにその意匠性を高め付加価値をつけてきた。

 

その後蛍光灯が登場してもやはり発光部分の技術的制約からランプシェードとの組み合わせで付加価値がつけられてきた。しかし、電球を点で表現できるとすれば蛍光灯は線として表現でき、すでに平面発光を経済的に実現できる技術になっていた。実際蛍光灯を利用した平面発光の照明も昔販売された実績がある。ただ、平面発光のニーズが大きくなく普及しなかったのである。そのかわり円形の照明技術が発展し、意匠性の自由度が上がった。

 

すなわち、これまでの照明器具の意匠性は発光部分の技術的制約からランプシェードとの組み合わせで商品化され成長してきた。有機ELの登場で面発光が可能になった、というのは技術屋の単純な発想である。有機EL技術で大きく変わったのは、発光部分の自由な設計が可能になったことである。その自由な設計に寄与できる材料として高分子材料の活躍の場ができたのである。有機ELの平面発光は、意匠として一分野に過ぎない。発光部分の意匠に対する技術的制約が無くなったことが一番の特徴である。そして有機ELでなくとも無機ELでも同じ状況で、無機のほうが有機よりも寿命が長い点において優れている。すなわち、有機ELで平面照明をというアイデアは照明のわずかな市場を目指す企画に過ぎない。LED照明に駆逐される可能性すらある。

 

新しい照明技術は発光部分の意匠の自由度を上げたことが重要で芸術性の高い発光体実現も可能になった。これまで発光部分とランプシェードの組み合わせで意匠を考えなければならなかったのが発光部分まで意匠として使用可能な時代になったのである。ただ、このような捉え方はなかなか理解されにくいのだろう。芸術学部の学生に様々な照明のデザインをさせて某企業に提案したがLED照明がそのような発展をすると思えない、と一笑に付された。LED照明が平板照明として市場を席巻してゆくのか、様々な意匠性の優れた発光体として進化をしてゆくのか楽しみにしたい。

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2013.03/31 三菱製ハイブリッド車の蓄電池問題

WEB上のニュースを調べていたら、三菱製ハイブリッド車のLi二次電池が焼け焦げた原因は生産ラインで金属片などの異物が入ったため、と報じられていた。新聞ではそこまで明らかにされていないが、三菱製ハイブリッド車の蓄電池は三菱自動車とGSユアサの共同出資で設立された会社で製造されている、という情報は公開されている。簡単に異物が混入するような蓄電池の製造ラインをGSユアサの技術者が設計するとは思えないが、もし異物混入が原因とするとボーイング社の蓄電池問題も再燃しかねない。ゆえに金属片混入のニュースはGSユアサ側了解の情報ではないだろう。

 

Li二次電池の構造は電極間にセパレーターが入っており電極間のショートが起きないようになっている。1980年代にはLi金属を負極に用いる研究が盛んに行われたが、Li金属を用いるとデンドライトの析出でこのセパレーターが破れLi二次電池が爆発した。ソニーが両電極をLiイオンのインタカレーションで充放電を行うLi二次電池を発売し、それがLiイオン二次電池元年とされている。

 

また、ソニーもLi二次電池の危険なイメージを払拭するためにわざわざLi「イオン」二次電池という名前で商品化している。すなわちLiは金属で存在せずイオンの形式で存在しているので安全である、と言いたかった。電解質に可燃性有機物を用いている以上危険であるにもかかわらず、Liがイオンで存在しているから安全、と言うには多少無理があるが。

 

昔ながらのマンガン電池やニカド電池では液漏れの事故で悩まされた。ただこれらの電池は電解質が水なので液漏れによる被害は爆発に至らず装置の電池室を汚染するぐらいである。Li二次電池では電解質が有機物なので液漏れは火災に直結する。ゆえに最近の電池は難燃剤を添加するか、あるいは不燃性化合物を用いている。しかし、それでも有機物なので高温で酸素に触れれば炭化する。

 

興味深いのはボーイング社でも三菱自動車の事故でも爆発炎上まで至っていないことである。これはGSユアサの技術力を示している。万が一のことがあっても爆発しない蓄電池ができている。液体の電解質を用いる以上電池で液漏れを100%防げないのでこれはすばらしいことなのだ。蓄電池分野のテーマで固体電解質の研究が40年以上続けられているのはそのためである。NaS電池は固体電解質を用いることに成功したが昨年爆発事故を起こしている。電解質は固体になったが、金属Naを用いた危険性を忘れている。

 

蓄電デバイスというものはエネルギーを貯めるデバイスなのでいくら設計が良くても使い方が悪ければ、基本的に爆発する危険性がある。3V程度で使用している限りにおいては大事に至らないが、複数重ねて高電圧で用いるときには、完成されたパワーマネジメントシステムが必要である。しかし特許を見ている限り化学屋を満足させるシステムはまだ無い。今世の中は蓄電池のエネルギー密度を上げることに必死になっているが、力を入れなくてはいけないのは蓄電デバイスのパワーマネジメントシステムの開発である。

 

 

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2013.03/30 パワーマネジメントシステム

昨日の記事及び過去の記事に関して問い合わせを頂いた。当方の業務にも関わるので詳細は省略するが、一口に言えば理想的な蓄電池のパワーマネジメントシステムとは何か、という質問である。この回答は蓄電池にやさしいパワーマネジメントシステムとなる。

 

蓄電池にやさしい、とは蓄電池に負荷をかけない、とか蓄電池を痛めないという意味である。例えば蓄電池は過充電あるいは通電し続けると劣化を早める。初期のLi二次電池は、インタカレーションタイプであり過充電に強い、と言われたが、それでも過充電を繰り返したなら劣化は早まる。

 

昨日のPC用蓄電池が膨らむ問題は原因が不明だが、店員からPCを100V電源につなぎぱなしにしたために膨らんだ、と教えて頂いたから、恐らく同様のクレームが多いのだろうと思う。また、そのような場合に充電を行わない、という仕組みが、リンゴのマークのPCに備わっていないのだろうと思った。専門店の店員の言葉なので、メーカーからのマニュアルがある可能性も高い。もしそうならば、何らかの理由でパワーマネジメントシステムに手抜きをしているのだろう。

 

蓄電池一つのセルの放電電圧は、充電されたLiイオン二次電池であれば3V-3.5Vなので、CPUを駆動する6Vとか12Vの電圧が必要ならば2つ以上のセルを組み合わさなければならない。もし家庭用の100Vのバックアップ電源として使用するならばさらに多くのセルが必要になる。

 

蓄電池それぞれに性能ばらつきがあるものを複数個重ねて使用するのでセル一つ一つを管理する仕組みが必要になる。すなわち蓄電デバイスの信頼性は、蓄電池一つの信頼性で決まらず、パワーマネジメントシステムととの組み合わせで決まる。

 

製品寿命の予測には最弱リングモデルから導かれたワイブル統計がよく用いられる。最近の蓄電池の信頼性データを持っていないので間違っているかもしれないが、仮に蓄電池を10個直列につないだデバイスを1セルずつ管理するパワーマネジメントシステムがある場合と無い場合とで寿命比較をしたならば10倍以上寿命に差が出るのではないか。

 

手元にパナソニック製の軽量ノートパソコンがある。8年前S社の軽量ノートパソコンが2年もしないうちに電池がだめになったので買い換えた製品だが、このパナソニックの製品は未だに電池は健在で、2時間以上100V電源無しで使用可能である。今時8年間も同じPCを使う人はいないと思うが、講演で持ち歩くのに重宝している。パワーポイントのバージョンがデスクトップPCと2世代異なっている点が不便なだけであるが、電池が壊れるまで使い続けたいと思っている。

 

消費者は実験のために複数同じ製品を購入することは極めて稀である。1台購入しそれがダメならば100%だめ、と判断するし、当たりの製品の場合には信頼性100%になる。このような心理的な影響はあるが、60年間の人生の記憶でも松下製やナショナル製、パナソニック製のテレビや冷蔵庫、電球の信頼性に対する印象は良い。

 

話がそれたが、蓄電デバイスの寿命を決めるのは、蓄電池の信頼性と同様にパワーマネジメントシステムの出来映えにも大きく依存する。蓄電池のパワーマネジメントシステムの重要性を知ったのは、ニコン製のカメラD2HをD3に買い換えたときである。充電器にキャリブレーション機能がついたのと、カメラ本体が電池の劣化度を示してくれる。さらにD2Hで派手に連射をしたときに電池が熱くなったが、D3ではそれが無くなった。特許を調べてみて電池よりもそちらのシステム開発の重要性を認識した次第。まだ技術革新の余地がある分野である。

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2013.03/29 三菱自動車のハイブリッド車問題

三菱自動車はかつてリコール隠しを行い、国内でシェアーを大きく落としそのまま回復していないメーカーである。そのメーカーのハイブリッド車のバッテリーが異常を起こして問題となっている。バッテリーは、ボーイング787のバッテリー問題で有名になったGSユアサのLi二次電池である。

 

原因の分かっていない段階でバッテリーのメーカー名まで明確に公開されてGSユアサも大変だろうと思う。現在のところ原因が不明ならば、バッテリーのメーカー名をふせるべきではないかと思う。自動車部品の問題はまず自動車メーカーの責任である。トヨタはバッテリーの問題が起きたときに必要が無ければバッテリーのメーカー名を公表しない。あくまで自社の責任として対応している。潔い。

 

三菱自動車はランサーエボリューションのような自動車好きには歓迎される車を最近作っているが、かつて一世を風靡したミラージュの復活では失敗している。新しいミラージュは安いだけで魅力の無い車だったから、と言われている。ハイブリッドブームで出した車で今回の問題である。外から見ていると会社の企画部隊に大きな問題がありそうな気がする。

 

トヨタ自動車は、ハイブリッド車を出すにあたり、Li二次電池採用に慎重であった。コストの問題、と思っていたらかつてアメリカで販売したプリウスでバッテリー火災を起こしており、それを扱った論文を見つけた。国内ではニッケル水素電池搭載車が販売されていたが、同じ時期に海外でLi二次電池車が販売されていた、と知って、トヨタ自動車の戦術のうまさに感心した。

 

有機電解質が使用されているLi二次電池に比較してニッケル水素二次電池の方が遙かに爆発リスクは小さいと言われている。このあたりの感覚は実際に開発を担当した人とそうでない人の間で差が大きいと思う。ブリヂストンではいち早くホスファゼン系難燃剤の特許出願を行っている。電気粘性流体用絶縁オイルの技術が生きた。

 

そもそも蓄電池というデバイスはエネルギーを貯めるデバイスなので爆発リスクを抱えている。電解質が水の場合には発熱で膨張するリスクぐらいであるが、有機電解質の場合には酸化して燃焼というリスクを考えなければならない。

 

Li二次電池の特許にはこのリスクの問題回避に関する内容が多い。例えば電解質に難燃剤を添加したり、不燃性のイオン性液体を用いたりする技術が公開されている。GSユアサのLi二次電池も同様の技術を採用しているようで、発火爆発という大事には至ってないようだ。まだそのようなニュースを聞いていない。この点でGSユアサはそれなりの技術蓄積を持っており信頼できるメーカーだと事故の新聞報道を読んだ今でも思っている。

 

一般的に二次電池の事故の場合に二次電池そのものが原因なのか使用方法が原因なのかわかりにくい。リンゴのマークのノートPCのバッテリーが春先に大きく膨らみ始めたので、クレームとして店頭に持って行ったら当方の使用方法に問題があったから有償修理だという。お客さんが悪い、と言うのである。当方はパワーマネジメントの仕組みが悪いと思っているが大人の対応をした。

 

PCを家庭用電源につなぎぱなしで使用してはいけない、と注意書きに書いてある、と言われた。分厚い注意書きだけの冊子など2年前に捨てたので記憶にないが、二次電池のことが分かっていたので素直に納得した。ようするにリンゴのマークのPCのパワーマネジメントシステムでは、過充電対策がされていないのであろう。

 

10年以上前に超薄型のノート、ということで飛びついて購入したら同様の体験をした。液晶で揺れているメーカーの製品だが、二度とそこのPCを購入しないことにしている。これら以外に二次電池の品質問題には何度も遭遇しており、その時対応が良かったのはパナソニックだけである。2年前のバッテリーでも異常の状態を見て無償交換してくれた。パナソニックは信頼できるメーカーの一つである。

 

三菱自動車のハイブリッド車では、まだ原因が解明されていない。ボーイング社の場合には二次電池に問題の無いことを早々と公表した。事故の状態から賢明な処置だと思う。今後三菱自動車がどのような対応を行うのか興味深い。対応の仕方が悪ければお客は二度とそこの製品を購入しなくなる。GSユアサの責任にするのかどうかが注目ポイント。もしGSユアサの責任となればLi二次電池の市場からGSユアサははじき出される可能性もある。GSユアサは日本を代表する蓄電池メーカーである。

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2013.03/28 樹脂と油のケミカルアタック

樹脂と油の組み合わせで生じるケミカルアタックに限定してのべる。

 

樹脂と油のSP値が近いと付着した油が樹脂に拡散し、可塑剤として働き弾性率の低下を引き起こしたり、成形時の歪みが残っている場合には高分子の緩和が促進され、ひどいときには内部に破壊の起点となり得るボイドが発生したりする。

 

油が付着していた部分に力がかかっていなければ破壊に至ることが少なくケミカルアタックに気がつかないが、応力がかかっていた場合にはケミカルアタックにより材料の破壊が生じる。これはUVや酸化により引き起こされる高分子材料の劣化とは明らかに異なる劣化現象である。

 

油の分子量が大きければ拡散速度も遅くなるのでケミカルアタックの問題に気がつくのが遅れる。高分子量のグリースの場合には数年後にケミカルアタックと気がつく場合もある。低分子量の場合には拡散が早いので1週間程度でケミカルアタックに気がつく。しかし低分子量の油の場合には揮発もするのでケミカルアタックに至らない場合もある。

 

応力がかかっていて短期間で破壊し油の付着していない場合にはケミカルアタックかそうで無いかの判別が難しい場合がある。そのような場合にはフラクトグラフィーを用いると良い。フラクトグラフィーを行い、破壊の起点が判明した場合には、ケミカルアタックで無い場合がほとんどである。作業現場で油を使っていないならば、ほぼケミカルアタックでは無い、と断言できる。

 

ケミカルアタックなのかコンパウンドが悪いために故障が起きたのか分からない場合がある。しかし、作業現場や装置内に油が無ければケミカルアタックは起きないので作業現場の5Sや、使用している油の管理を徹底することがケミカルアタックを防止するために重要である。

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2013.03/27 高分子材料の劣化(ケミカルアタック)

樹脂部品にグリースなどの油成分が付着していると力学物性の劣化速度が速まる、という現象が生じる。ケミカルアタックと呼ばれる現象で、付着した油成分が樹脂内に拡散し、クレーズを発生させ靱性を低下させたり、樹脂を可塑化し弾性率を低下させるために起きる。

 

ケミカルアタックは樹脂と油成分とのSP値の関係で決まるので、機械油を使用する場合にはSP値が異なる材料の組み合わせを選ぶように、とその分野の教科書には書かれているが、言葉足らずである。例えば樹脂に表面処理された無機フィラーが添加されていた場合である。

 

本来樹脂に分散しにくい表面を持った無機フィラーを表面処理して樹脂に分散しているのだから、無機フィラーの表面のSP値に相当する性質は、樹脂のSP値から離れている。もし無機フィラーが油成分と濡れ性が良い場合には、油成分が無機フィラーと樹脂の界面に分散し、クレーズを発生させる場合がある。

 

油ではないが水分の場合でも物性劣化を引き起こす場合がある。例えば樹脂レンズの場合に樹脂の添加剤にわずかに親水性を有する化合物が添加されていた場合には、水分で樹脂レンズが曇りやすくなる。例えばわずかに残っている未反応の二重結合などは親水性が有るのでレンズの曇りを促進する原因になり得る。これは透過率の低下が引き起こされたケミカルアタックとして考えるべきではないか。

 

またわずかに残った二重結合やUVに反応しやすい化学構造がある高分子材料でブリーレイ用の対物レンズを製造するとブルーレイで高分子緩和が促進される。緩和現象は物理現象であるが、その緩和を引き起こしているのは化学構造と物理因子である。これもケミカルアタックの仲間に入れても良いように思うが、これには異論のある方が多い。しかし、高分子の主鎖そのものには劣化が生じていないが、材料には劣化と同様の現象が化学構造で引き起こされているので、ケミカルアタックとして議論されても良いように思う。

 

このようにケミカルアタックは高分子の主鎖の断裂が起きていない場合でも高分子材料の劣化という現象を引き起こす。やっかいなのはこのケミカルアタックという現象が揮発性の油で引き起こされている場合である。明日は樹脂と油により引き起こされるケミカルアタックに絞り説明する。

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