フローリーハギンズ理論は2種類の高分子を混合したときに生じる変化を論ずる重要な基礎理論と言われている。その理論では2次元の四角の中に異なる2種類の高分子を閉じ込めたときのエネルギー変化を論じている。その理論の中でお互いを溶かし込みやすいパラメーターとしてχを定義しているのだが、このあたりから怪しくなる。しかし、理論は実験で得られる現象をうまく説明できそうな雰囲気があるので2成分系の混合ではよくχまたはその相関するパラメーターとしてSPが用いられたりしている。ただしこのとき用いられるSPは低分子溶媒に溶解して求めたSPではなく、低分子の溶解の世界で用いられているSPである。
多分に怪しい理論にもかかわらず、実験でしばしば遭遇する現象をうまく説明できる。2つ3つうまく説明できるとマインドコントロールされたような状態で、その理論で全ての現象を解釈しようという気になる。これが危ない。新しいアイデアが出てくる可能性をつぶしてしまうのである。たった1種類の高分子を混練した時に、それが安定化するまでに40分以上という時間が必要な現象があるのに、5-6分で二軸混練機から吐出されるポリマーアロイをフローリーハギンズの理論で解釈しようとすることは乱暴な試みである。
実務で扱う高分子が、多分散系であることを理解している人は多い。GPCなどの測定器が進歩し分子量分布を簡便に測定できるようになったため分子量分布のデータを見る機会は多い。しかし、これが多成分系であることを示しているデータとして考える人は少ない。分子量が数100万以上の高分子と数万以下の高分子では分子運動のモードは全く異なる。化学式でモノマー構造にnをつけて代表して表現していても、実際には多成分の混合物と捉えた方が良い場合が実務上の現象では出てくる。さらに2種以上のモノマーを共重合して合成したコポリマーならば順列組み合わせを思い出して頂ければすぐに多成分と考えなければいけない状態ということに気がつくはずである。
光学樹脂用ポリオレフィンは、Tgを高めるために側鎖基をバルキーに分子設計している。ポリスチレンを水添した構造の材料や提灯のような構造をぶら下げたモノマーとエチレンを共重合させた材料などがある。
ポリスチレンは結晶性樹脂である。まだ完全な非晶性ポリスチレンは合成されていない。結晶性樹脂を水添してできた樹脂も結晶性樹脂のはずだが、これが非晶性樹脂として売られている。一部二重結合が不規則に残り完全にランダムな構造になっている、というなら理解できるが、この材料について二重結合は含まれていないので405nmのレーザーのレンズに使用できる、として説明されては何が何だかわからなくなった。使えない、というのが正しいし、実験をやらなくても予想はできたが実際に実験を行っても実用化ができなかった。無駄だと分かっていてもサラリーマンゆえにやらなければならない実験ほどむなしいものは無い。
提灯のような分子構造をぶら下げたポリマーでは、明らかに多成分系であるがこれを単成分のポリマーとして供給元の技術者は説明してきた。多成分のポリマーと解釈しなければならない実験結果が出ていても実験がおかしい、とまで言われた。現実を正しく見るように求めていたら最後はプロジェクトを外された。どうせおかしな実験と思われているならば、とポリスチレンとポリオレフィンを混練し透明な樹脂材料を作って405nmのレーザーで耐久試験を行ったところ、単成分と言われていたポリマーよりも耐久時間は延びた。ただし、この材料はポリスチレンが入っており複屈折があるのでレンズとして使用できない。そのかわり、押出成形して延伸すれば偏光子ができ、二枚重ねて90度回転させると暗くなる。フィルム会社ではこのような実験ができる環境がある。このあたりは別の機会に述べるが、新しい現象を発見できることが期待される実験は楽しい。
ここで大切なことは、フローリーハギンズの理論からはポリオレフィンとポリスチレンが相溶し透明な材料ができる、という現象を説明できないという点である。フローリーハギンズの理論を信じている限り、この二種のポリマーを混ぜて透明な樹脂を作ろうという動機は起きない。また、少し高分子科学を知っている人にこのようなアイデアを話せば馬鹿にされるのがオチである。しかし、ポリマーメーカーの技術者とポリマーに対する技術思想の違いから、いたずら心で行った実験でとんでもない実験結果が得られたのである。
この実験結果そのものは面白い実験結果であったが外されたプロジェクトで推進されていたテーマは失敗に終わったのは残念である。勝ちに不思議な勝ちはあるが、負けに不思議な負けは無い、とは野村克也氏の言葉だが、技術開発では不思議な成功は無い代わりに、皆の意見が一致した道を進んでいたのに失敗するという不思議な出来事はよく見かけた。技術開発の方向を多数決で決めるのは不思議な失敗の始まりとなる。
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異なる低分子の組み合わせで混合したときの現象については基礎的な物理化学の教科書に書かれた内容でほぼ説明可能である。ほぼ、という表現を用いたのは、低分子の組み合わせでも科学的理論からはずれた現象が観察されることがある。これが高分子の組み合わせになると、まず均一に混合するところから困難になる。
高分子と低分子の組み合わせについて希薄溶液ではフローリーの基礎的研究が科学的に正しい、と言われている。すなわち誰がどこで行っても再現する理論である、とされている。しかし、高分子の濃度でたった1-2%の世界の話で、この濃度を超えると低分子溶媒の中で高分子どおし接触が生じ理論から外れてくる。また再現性も怪しくなる。
高分子と高分子の組み合わせで生じる現象について、この低分子の組み合わせの世界で生じている現象と同様の捉え方で理論が構築されている。フローリーハギンズ理論がそれで、大雑把な理論にもかかわらず高分子の教科書に取り上げられている。
異なる低分子の組み合わせで均一になるかどうかは、溶解度パラメーター(SP値)で吟味される。高分子についても同様にSP値が用いられるが、フローリーハギンズ理論ではχパラメーターが定義されている。ややこしいのはこのχパラメータがSP値の関数である、という教科書が存在することである。
ゴム会社にはいるまでそのように信じていたが、指導社員から高分子のSP値は低分子溶媒に高分子を少量溶解して完全に溶解したときにその溶媒のSPと一致する、という定義であると指導された。χパラメーターと別物であるとも習った。またSBRと書かれていても銘柄が異なればSP値が異なることもある、と聞いてびっくりした。ゴムのブレンド実験をするときにいつも低分子溶媒でSP値を確認するように指導を受けた。χパラメーターやフローリーハギンズ理論は実務で信用されていなかったのである。また言葉は同じでも高分子のSP値は実験値であり、熱力学的パラメーターの関数と等しい、としてはいけないのである。
ただ数年してこの常識が常識では無かったことに気がついた。社内でもフローリーハギンズ理論を重視する研究者がいたのである。これは大切なことで、早い話が異なる高分子の組み合わせを混合したときに生じる現象はよく分かっていない、ということである。よく分かっていない現象について、教科書によく分かっているような書き方がされているので技術開発にも影響がでているのである。
SP値が異なる高分子の組み合わせ、あるいはχパラメーターが異なる高分子の組み合わせは必ず相分離する。この事実は正しい。そしてその相分離過程はスピノーダル分解で進行する、というのも正しいかもしれない。しかしχパラメーターがSP値の関数となる、というあたりから怪しくなる。この怪しい世界の現象についてどのように接するのか、この接し方でアイデアの出方が変わる。<明日へ続く>
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材料開発をセラミックスから有機高分子まで32年間研究開発した経験から、科学的に完璧に否定されない限り、技術開発は新しいことにチャレンジすべきだ、という考え方に至った。現代の科学で完璧に否定される技術はおそらく実現する可能性は低いが、科学で完璧に否定されない技術は実現する可能性がある。さらにその技術が完成したときに新しい科学の世界が広がるので挑戦的技術開発は人類にとって大歓迎すべき活動である。
昨年ノーベル賞を受賞したiPS細胞を創る技術は、それが実現するまでできるのかどうか科学的に不確かな世界であった。一つ一つの細胞について確認する作業が続けられている時にトリッキーな実験で一気にヤマナカファクターが完成した。ただしこの時点でそれはiPS細胞を創り出す技術であったが、ヤマナカファクターの研究が進むにつれて科学として完成しつつある。iPS細胞を創り出す技術ができあがってみると、ヤマナカファクターが4個の遺伝子の組み合わせであったので科学的アプローチをまじめに続けていたら膨大な時間がかかったであろうことが理解された。だから山中博士が最初に行った非科学的な実験を否定する人は誰もいない。むしろそのチャレンジ精神を称えている。
ヤマナカファクターには及ばないが、高純度SiC合成技術に用いる前駆体高分子の発明も非科学的方法で開発された。ポリエチルシリケートとフェノール樹脂はフローリーハギンズの理論から相溶しない組み合わせと言われていた。フローリーハギンズの理論を科学的に完璧であると認めるとこの組み合わせで均一なポリマーアロイを合成することは不可能なので技術開発しても成功の可能性は極めて低い。しかし、フローリーハギンズ理論は未だに科学的理論とは言いがたい。ゆえにポリエチルシリケートとフェノール樹脂を均一に混合したポリマーアロイの技術開発は成功する可能性があり、それが成功すると新たなポリマーアロイの技術の世界が広る。また、この技術の成功で、もしフローリーハギンズ理論が科学的に正しいならば、科学的な理論として不足している部分を明らかにできる。
高純度SiC前駆体の発明を行った時代にリアクティブブレンド技術はポリウレタンRIMのような低分子どおしの反応で用いられていた。これを高分子で行ったらどうなるか考えてチャレンジしたところたった1日で成功した(注)。山中先生と同じでただひたすら反応条件を変えて実験を行い均一になる条件を探したのである。300種以上の組み合わせ実験を行い、最適条件を見いだした。この30年前の実験の成功でフローリーハギンズ理論に対する疑問とカオス混合技術の可能性が結びついた。(明日に続く)
(注)ポリエチルシリケートとフェノール樹脂、反応触媒の3種類を混合し、透明な物質になる条件を求めれば良いので、1処方について実験開始から1分で結論は出る。実験準備も含め1日で500種類実験ができるという計算で実験を開始したが、朝9時から始め、ただひたすら撹拌実験を行い技術が完成したのは夜10時であった。
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多くの高分子は絶縁体で、その体積固有抵抗は10の12乗Ωcm以上である。この高分子を10の8乗から10の11乗Ωcmの領域で材料設計を行う場合、パーコレーション転移という現象を理解していないと材料の品質安定化が難しい。
低コストで材料設計を行おうとする場合にカーボンが用いられるが、一般に市販されているカーボンの体積固有抵抗は10Ωcm未満である。少し特殊なカーボンでも100Ωcmである。このレベルの体積固有抵抗のカーボンを高分子に分散し、例えば10の10乗Ωcmの材料に設計しようとすると10の7乗から10の10乗まで偏差が現れる場合がある。場合がある、と書いたのは、偏差が小さくなる幸運も起きるからである。これはパーコレーション転移の怖い点である。
実験室や試作段階で偏差が小さくとも量産が始まったとたんに偏差が大きくなったりする。これを一度経験するとパーコレーション転移という現象を正しく理解できる。パーコレーション転移という現象の難しさは、確率過程で発生する現象なので、運良く発生しなければ大きな問題と感じないからである。一度痛い目に遭うと、導電性粒子を分散した高分子中で生じるクラスターの重要性に着目し、その制御技術開発を真剣に行うようになる。
パーコレーション転移の検出には、表面比抵抗の測定や体積固有抵抗の測定がよく用いられる。これでも測定しないよりはましで、このデータだけでも正しく評価すれば、パーコレーション転移の制御は可能である。多くの場合、これらの抵抗測定をいい加減に行うので、うまく材料設計できない場合がある。例えば、表面比抵抗と体積固有抵抗は相関するはずで、その係数は測定した材料の厚みと関係する。厚みと関係する、と書いたのは、ここがミソだからである。詳しくはここで書かないが、表面比抵抗と体積固有抵抗の関係を示したグラフを見てどのように感じるかで運の分かれ道となる。どのように考えるか、と表現していない点に気をつけて欲しい。適当な考察をして失敗した人を見てきたからである。
パーコレーション転移を科学的に正確に考察しようとするならば、大変なコストがかかる。そこまでコストをかけて考察するならば間違った考察とならないが、適当なデータで、似非科学的考察を行うと失敗する。科学的ではないが、表面比抵抗と体積固有抵抗の関係のグラフを見て不安に感じたら、インピーダンスの測定を行うと良い。定性的ではあるが、インピーダンス変化をクラスター形成の数値シミュレーションで説明することに成功しているからだ。福井大学で客員教授をしていた時代に行った研究だが、パーコレーション転移のクラスター形成過程を直流で抵抗測定するよりもうまく捉えることができる。パーコレーション転移に対して感度が高い、と表現できる測定方法である。
しかし、このインピーダンス測定法による評価でさえも非科学的であることを知っておくべきである。元東京理科大学古川先生からパーコレーション転移が起きたあと、導電性微粒子の充填率が高くなった時のインピーダンス変化について科学的な評価結果を教えて頂いた。ただ、その問題は直流測定で検出できるので実技では大きな問題とはならないが、インピーダンス計測とパーコレーション転移を科学として論じる場合には、古川先生ご指摘の通りである。
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カラーレーザープリンターやカラー複写機には、中間転写ベルトという部品が使われている。高級機には溶融成膜によるポリイミド製の半導体ベルトが使用されているが、廉価版には押出成形による樹脂ベルトが使用されている。成形技術の観点から言えば、溶融成膜よりも押出成形が低コストである。また環境の視点でも溶媒を使用しないので押出成形の中間転写ベルトがLCA的に優れている。経済効果で表せば3倍以上の差がある。
このように押出成形が優れているのに未だに溶融成膜によるポリイミドベルトが使用されている背景は、力学特性と電気特性に差があるからだ。ベルトの押出成形では樹脂の合流部(ウェルド)が少なくとも1ケ所できるのでその部分の電気特性が他の部分と異なる宿命を持つ。すなわち溶媒を用いた溶融成膜では均一性に優れたベルトを製造できるが押出成形ではウェルドの存在のため均一性が劣ったベルトしかできないのである。
しかしウェルド部分について押出成形で用いる樹脂の均一性が影響していることに気がつくと、均一なコンパウンドを用いればウェルドの影響を小さくできるのではないか、と期待する。ところがこの均一なコンパウンドというのが現在一般に使用されている混練技術では難しい。
中間転写ベルトは、樹脂にカーボンを分散させ半導体領域の電気抵抗に調節し、製造する。要求される電気抵抗は、10の9乗から10の11乗Ωcmの均一なベルトであるが、カーボンは10Ωcmよりも抵抗の低い材料である。パーコレーション転移が生じれば、一気に樹脂の抵抗は10000Ωcm未満に下がってしまう。ゆえに樹脂にカーボンを分散させた樹脂を用いて中間転写ベルトを製造する技術はものすごく難易度の高い技術である。
10の5乗Ωcm前後の半導体粒子を用いれば技術の難易度は一気に下がる。しかし、その領域の半導体粒子は一般に10,000円/kg前後するので技術の難易度が下がるがコスト上昇する。溶融成膜技術は押出成形に比較してパーコレーション転移の制御を行いやすい。すなわち溶液状態で均一にカーボンを分散することができ、溶媒の乾燥条件を制御してその均一性を保つように製造すれば良いからだ。しかし押出成形では、仮に均一なコンパウンドを用いてもウェルドの存在を克服する技術が必要になる。各社それぞれの技術を用いて、押出成形でもベルトの面内の抵抗偏差が1桁程度のベルトを作る技術ができている。ただし、ポリイミドベルトの0.5桁前後の偏差には追いついていない。
活動報告ですでに紹介した新しい混練技術は、すでに3年前から特許が公開されたので特許を読まれた方もいるかと思うが、二軸混練機を用いてもコンパウンドの均一性を劇的に上げる効果がある。この混練技術を用いて製造されたコンパウンドを使用して押出成形でベルトを作ると、面内の抵抗偏差が0.5桁未満のベルトができる。
コンパウンドの均一性というのはわかりにくい因子であるが、中間転写ベルトのような電子部品では、コンパウンドの均一性という因子の重要性が明確になる。
*本内容は、特許とコニカミノルタテクニカルレポートにすでに公開済。
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カラーレーザープリンターの画像形成は次のようなプロセスで行われる。レーザーで感光体上に情報を書き込むと、感光体上には情報が帯電した状態として記録される。そこへトナーが静電気力で付着し画像が形成される。そのトナーを今度は中間転写ベルトへ画像が崩れないように静電気力で転写する。これをYMCKの4色行い、カラー画像が中間転写ベルト上に形成される。この中間転写ベルト上に形成された画像を紙へ転写する。このときにも静電気力が使用される。紙へ静電気で付着したトナーは最後に定着プロセスで加熱され、トナーは溶融し紙に定着される。
すなわちカラーレーザープリンターの情報書き込み機構で静電気は重要な役割を担っており、エンジンの各部品は、すべて導電性が精密に制御された半導体部品が使用される。特に中間転写ベルトの面内における抵抗偏差は1桁未満で設計され、高級機ではそれが0.5桁未満となる。中間転写ベルトの段階で紙へ直接書き込む方式もあるが、その場合でも導電性が制御された半導体ベルトが紙の搬送用に使用される。但しカラープリンターの高級機には、中間転写ベルトが使用されている。
カラーレーザープリンターで画像が紙に転写され、定着されるまでを初めて1段階ずつ見たときには感動した。コンピューターで情報を送りレーザープリンターで印刷される様子を30年近く見てきて、当たり前と考えていたことが、一段階づつ各部品の仕事ぶりを見た時に大変新鮮であった。レーザープリンターの仕組みを30年前に本で読んで知っていたにもかかわらず、技術開発の余地が未だに残されていることに気がつきうれしく感じた。
静電気力でトナーを転写しているだけ、という単純な工程ではあるが、フィルムの帯電防止で苦労してきた経験があったので、美しい画像出力を出す技術を100点満点のレベルで完成することは容易でないことはすぐにわかった。また、その理解は、ライバル会社も含め開発に関わる技術者が正しくその機構を理解しプリンターを設計しているのか、という疑問に変わった。おそらく開発の最後には気合いで造り込んでいるのであろう、と思われる部分が他社品解析をしていると出てくる。レーザープリンターは科学の塊のように思っていたが、静電気でトナーが搬送される各ステップを観察すると気合いの塊のような装置に見えてくる。
科学ですべて解析でき、設計通りにできあがる装置は、今の時代資本があればどこでも作ることができる。しかし、ノウハウが無ければ製造できない製品は、その会社を丸ごと買収するか技術者を数人引き抜くかしなければ作ることができない。レーザープリンターもそのような製品の一つである。静電気の性質を理解するとその難しさが見えてくる。
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SiC繊維は故矢島教授により発明されたセラミックス繊維である。炭素繊維は空気中高温度で使用できないが、SiC繊維は1200℃前後の空気中でも使用可能である。SiCの焼結体は1400℃前後まで使用可能であるが、SiC繊維は繊維内部に構造欠陥ができるため1200℃前後までである。この耐熱性を上げるために長年努力がなされ、短時間であれば焼結体に近い温度まで使用可能な繊維となった。
このSiC繊維はポリジメチルシランを炭素繊維と同様のプロセスで処理して合成される。原料が高価なので炭素繊維より収率が高いにもかかわらず高価である。SiC繊維が炭素繊維よりも優れている点は、空気中における耐酸化性と表面の性質である。例えばアルミの補強材に炭素繊維を使用すると金属間化合物が生成し界面が脆くなるがSiC繊維の場合にはその問題が無くなる。炭素繊維に関するこれらの欠点は表面の性質を変性することができれば解決できる。
フェノール樹脂繊維のカイノールはその性能に比較し安価でコストパフォーマンスが高い繊維である。この繊維にTEOSを含浸させると繊維内部にTEOSが分解しながら拡散し、表面から内部にかけてTEOSの分解物が傾斜組成で分散する。これを1600℃前後で焼成するとSiCが傾斜組成で分散した炭素繊維ができる。但し、反応途中でシリカの還元反応がおきるので焼成条件を見つけるのが大変である。
このような複雑な焼成条件を見つけるには熱重量分析(TGA)を利用すると便利である。速度論の解析まで行うことができれば、焼成条件を理論的に机上で決めることが可能となる。多くの場合TGAで得られた曲線の形から速度論的解析結果も予測可能なのでTGAのデータだけでも反応条件を決めることは可能である。
カイノールへTEOSを含浸させるにはTEOSとカイノール両者の良溶媒を用いると良い。両者の良溶媒を用いるとカイノールへ効率よくTEOSを含浸させることができる。TEOS100%の溶液へカイノールを浸漬させても傾斜組成の繊維はできるが、傾斜組成となっているのは表面付近だけである。
傾斜組成のSiC繊維の強度は、内部までTEOSを含浸させた条件が最も良かった。この条件で製造したSiC繊維とアルミ粉を用い、ホットプレスでSiC補強アルミニウムを製造したところ、文献で報告されているSiCウィスカーで補強したアルミニウムと同等以上の物性を持った複合材料が得られた。
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炭素繊維はピッチ系炭素繊維が安価にもかかわらずPANから製造される炭素繊維の品質が良好のため、最も普及している。その価格も下がってきた。日本を代表する化学技術の一つである。かつて高純度SiCのパイロットプラントを立ち上げ後、半導体のマーケットを探索して死の谷を6年間歩いていた時、毎年新しい企画を提案しながら研究予算を工面していた。そのころ、このPAN系炭素繊維に匹敵する品質の炭素繊維をフェノール樹脂繊維(カイノール)から製造することに成功した。
カイノールから炭素繊維を製造するのは簡単だが、PAN系炭素繊維と同等の引張強度が出ないのが難点。PANよりも残炭素率が高いにもかかわらず、難黒鉛化炭素ができてしまうので引張強度がPAN系炭素繊維の半分程度となる。曲弾性率にはあまり差がみられないにもかかわらず引張強度が低いのは、炭素繊維の高次構造がPAN系に比較し無秩序でどこかに強度を低下させる欠陥があるためと思われる。
カイノールを易黒鉛化するためには、PANのように加熱時に延伸し芳香環を整列させれば良いが、カイノールでは高次構造が3次元化しているので、延伸しても芳香環をPANのように整列できない。その結果難黒鉛化炭素が構造としてできる。延伸力を上げると炭化が開始する温度で繊維が切れる問題があるので延伸力を上げられない。
面白いのは延伸力の大きさで切断する温度が不規則に異なるのである。この現象を発見し、昇温速度を一定にして延伸力を調節しながらカイノール繊維を炭素化したところ、引張強度がPAN系並みに向上した。恐らくカイノールでは3次元化していたフェノール樹脂の構造が300℃から450℃にかけて変化し、この構造変化に呼応して延伸力を調節してやると芳香環をうまく整列させることができるのであろう。またこの温度領域で延伸力との組み合わせでカイノール繊維は軟化するような挙動をとる。三次元化していた構造が二次元化するためと推定しているが、研究報告は無い。
これはそれなりに面白い実験結果だと思ったが、上司からSiCでは無いので意味が無い、と言われた。特許部からも特許出願には費用がかかるので出願しない、ということになり、せっかくの成果が無駄になる。SiCならば評価してもらえるのか上司に尋ねたら、SiC繊維で炭素繊維並みの価格ならば意味がある、との回答。当時矢島先生が発明した、ポリジメチルシランを前駆体高分子に用いたSiC繊維が販売されていた。しかし高価であった。また炭素繊維を置き換えるほどの魅力が少なく価格が下がる見込みが無かった。
そこでカイノール繊維から炭素繊維を製造する実験結果を活かすために炭素繊維同等の価格を目標にSiCとCとの複合繊維開発の企画を立案、1年間研究開発を行い、繊維補強アルミニウムを開発することに成功した。明日SiCとCとの傾斜組織複合繊維について書く。
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材料の破壊について波面観察を行い、破壊に至るメカニズムを解析する手法にフラクトグラフィーと呼ばれる手法がある。金属材料の分野で発展した破壊の解析方法だが、セラミックス分野でもその手法は有効であることが確認された。しかし高分子分野では大学で教えない手法である。非科学的手法と言われる先生もいる。
確かに高分子分野では非科学的手法かもしれないが、金属やセラミックス材料同様にゴムや樹脂材料でもうまく破壊機構を説明できる。金属やセラミックスで実績のある手法という理由だけで無く、飛行機の墜落事故の場合に裁判資料として採用されたりした実績のある方法なので高分子材料分野でも普及しても良いと思う。
この手法で重要なことは、破壊した面が新鮮でなければならない。新鮮な破壊面を顕微鏡観察して破壊の起点を探す。慣れれば簡単であるが、破壊の起点では破壊エネルギーの伝播速度が最も早くなっているので、そのようなところを探す。コツは破壊エネルギーの伝播速度の早いところでは破壊面はなめらかになっている。そしてなめらかになっている面に放射状のシワが観察され、そのシワの幾つかがある一点を起点に放射状に広がっていることに気がつく。そのある一点が破壊の起点である。
破壊の起点が見つかると材料がどのように破壊したのかがわかる。破壊の起点がもともと存在していた大きなボイドであったり、クラックであったり、フィラーの界面であったり、と観察結果に忠実に解析していけばほとんどの場合に破壊の原因について推定がつく。
フラクトグラフィーは便利な手法である。例えば、樹脂でできた成形体では、ネジ止めして組み立てたときにボスが割れたりする。それが設計ミスなのか、成形ミスなのか、あるいは他の原因なのか、フラクトグラフィーにより判別できる。耐久試験を行っている時にも使える場合があるが、それは破壊直後の時だけである。破壊直後で無い場合には、破壊の起点を探すのに苦労する。破壊面に他の時間的要因が加わるからである。
非科学的方法であるにもかかわらず、フラクトグラフィーは、高分子材料でも重宝する。一度そのコツをマスターすれば簡単に誰でもできる手法なので大学の材料科学の時間に取り上げても良いように思う。
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スペシャリティーポリマーであるPENについては、昨日で終了予定でありましたが、質問が来ましたので回答します。ガラス転移温度以上の熱処理とガラス転移温度以下の熱処理の違いについて説明して欲しいという質問です。
高分子を射出成形あるいは押出成形などで成形すると内部に歪みが残ることがあります。この残留歪みが緩和現象と組み合わさり、成形体が変形したりします。この歪みをとるには、一般にガラス転移温度以下で熱処理を行います。ガラス転移温度以上で行うと、ガラス状態にあった分子が運動するために成形体が歪んでしまうから、とその方面の教科書には書かれています。
しかし実際に熱処理を行うと、ガラス転移温度付近で長時間成形体を保持した場合には、ガラス転移温度以下でも成形体は歪んでしまうことがあります。実験を行ってこの状態を観察したときに疑問を持つかどうかで高分子材料に対する知識を実験から吸収できるかどうかが分かれます。
ライバル会社の技術者も恐らく同様の実験結果を経験したと思います。ガラス転移温度以下でも成形体が歪むのは温度分布の偏差のため、と自分を納得させ、アニール条件は、成形体が歪まない温度を試行錯誤で決めていった、と推定しています。熱処理の実験を行っている人に、期待した温度で期待した実験結果が得られなかったときに質問すると、必ず温度の偏差を理由に挙げます。有機材料の研究者が抱えるこの問題についても言及したいですが、とりあえず質問の答だけに焦点を合わせます。
問題が残っていることを承知の上での回答です。ガラス転移温度以下では、ガラス状態になっているため高分子の分子運動性が拘束されていますが、自由体積周辺では高分子は運動性を持っています。ゆえに、この部分だけが熱処理によりガラス転移温度近辺で熱処理した温度における平衡状態になり、熱歪みが解消されガラス転移温度近くの熱処理した温度領域まで耐熱性があがります。
ガラス転移温度以上の熱処理では、ガラス状態にあった分子の運動性が活発になり、自由体積部分だけでなく、ガラス状態にあったところまでその温度の平衡状態へ至ります。このとき動く部分が多くなるのでガラス転移温度以上では、成形体が大きく歪む、と教科書には書かれています。
この解答には問題があります。しかし、一般的にはこのように言われており、この説明を信じる限りにおいては、高温短時間熱処理というアイデアは生まれません。高温短時間熱処理は、まだ科学的に実証されていない非平衡における現象を扱った非科学領域のアイデアです。弊社では、このような非科学領域まで取り込んだアイデア創出法を提供しています。
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