お餅は多糖類の高分子が水を抱きかかえた構造をしている。お餅をつくときの手垢も、ということは考えたくない。あるいは、町内の行事で行う餅つきでは砂埃も入る。こんな事を考えながらお餅を食べていたらせっかくのお餅の味が台無しである。
しかしお餅を焼きながら考えて頂きたいことがある。お餅を焦がさずに焼く方法である。難しいことではない。焼き上がるまで丁寧に何度も餅を裏返し、お餅が膨らむまで注意して焼き上げれば良いだけである。
子供の頃、お雑煮に入れる餅を焼く担当であった。餅を焼かずにそのまま入れたお雑煮ではどうしてもおつゆの粘度が上がる。お雑煮でおつゆの粘度を上げないコツはお餅を焼いてから入れる手順をとることだが、焦げ目のついたお餅ではお焦げの味がお雑煮に移りおいしくなくなる。ゆえに焦げ目をつけないで焼く技が必要になるのだがこれが難しい。
昔は火鉢があったので炭火で餅を焼くことができ、お焦げを作らずに焼く技は容易であった。しかし、ガスの火力は強いので頻繁にひっくり返す必要がある。火鉢の中とガス台では餅の焼きあがるプロセスが異なるのだ。
餅は少しでも焦げ目がつくとその色が濃くなるスピードが早くなる。ゆえに最初の焦げ目が現れたらそれ以上焼かない方が良い。全くお焦げを作らないで焼くようにするには、この最初のお焦げに十分に気を配り、現れないようにすることである。
炭火で焼いた方が容易なのは、浸透性の高い遠赤外線が出ているためだが、ガスの火でも注意すれば焦げ目なしで焼くことはできる。とにかく焦げ目をつけないで餅に火を通し、それをお雑煮に入れると汁の粘度が上がらないおいしいお雑煮を作ることができる。
ところでなぜ焦げ目がつくと色が濃くなるのが早くなるのか。それは脱水反応から炭化反応に移行するためである。炭化反応はラジカル反応が中心になって進行するので早いのである。この餅を焼いているときに観察される現象は、高分子の難燃化に生かすことができる。
高分子の燃焼は酸化反応が急激に進行する現象である。急激に進行するので餅を焼いているときのような炭化反応が生じにくい。このことに気がつくと燃えにくい高分子と燃えやすい高分子の違いが炭化反応の起きやすさにありそうだ、と気がつく。これが高分子の難燃化技術開発では重要である。
正月にこのようなことを話していたら、電子レンジを使えば焦げ目無く餅を簡単に焼けると妻に教えられた。「ガスの技」の蘊蓄は無用であった。お雑煮は雑念を持たず食べるのが一番おいしい。
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混練は剪断流動と伸張流動で進行する。餅つきでも剪断流動と伸張流動が発生している。最初の段階は杵で餅米をつぶしながら粘りけを出す剪断流動だが、粘り気がでるとつき始める。この餅つきプロセスでは、一人の返し手が餅を折り曲げながらつき手がついてゆく。
杵が振り下ろされ餅に圧力が加わった瞬間は剪断流動と伸張流動が働く。その後返し手で餅を折りたたみ、そこへまた杵が振り下ろされる。あたかも偏芯二重円筒で発生するカオス混合のようなプロセスで餅つきは混練を行っている。餅つきで重要な点は剪断流動と伸張流動が高圧で同時に発生している点である。
混練が進む過程は何か色素を餅に添加すると確認することができる。例えば、ひな祭りに飾る紅餅の場合、食紅が拡散してゆく様子は不思議な光景である。数度つくだけで全体が赤くなる。子供の頃、年に3回餅つきをやっていた。2月と4月、12月である。2月の餅つきは混練に興味を持つきっかけとなる行事だった。また、餅つきの行事が無くなり、まずい餅の秘密を米屋の友人が見せてくれたのは好奇心を育てるのに十分な役割をした。
しかし、餅つき以外にも不思議な現象は身の回りにたくさんあった。いつのまにか餅つきで体験した新鮮な好奇心を忘れていたが、ゴムのロール混練で悪戦苦闘していたときに突然思い出した。それは指導社員がカオス混合を教えてくれたときである。指導社員は少し個性的な物理屋であったが、プロセシングの勘所をよく知っていた。
混練をモデル化するときの問題は実際の現象が極めて複雑なのにそれを単純化することだ、と不思議なことを言われたが、単純なロール混練でもそのモデル化は困難だろう、と説明を受け、早い話が混練プロセスをモデル化して解くことは難しい、と言っているだけと理解できた。ロール混練を観察すると剪断流動と伸張流動に分けてモデル化することができないことに気がつく。
ゴム種と混練条件でその現象が変化しているからだ。さらに混練が進行するとその比率も変化してゆく。ゴム技術を学んだ後、ポリウレタンの難燃化技術開発を経験したが、この技術ではRIMを始め低粘度の液体を混合し、反応させる「技」の難しさを知った。その後高純度SiCを発明し、セラミックス材料を扱うようになったが、粉体混合の科学が一番分かりやすかった。混練という混合プロセスは極めて難易度の高い技術で未だに科学的に解明されていない。
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子供の頃年末になると大掃除を終えた翌週に餅つきを毎年行う習慣だったのが、小学6年の時に家を改築してから土間が無くなったのでその習慣が消えた。長年使われた石臼は庭で金魚鉢となった。餅つきを年末やらなくなったので米屋から餅を買うことになった。米屋の餅だからおいしいと期待したが家でついた餅よりもまずかった。
米屋には同級生の息子がいたので、餅がまずいとクレームをつけたら、機械で作っているので味が落ちる、我慢しろ、と正直に答えてきた。さらに餅には古米を使わず良心的に新米で作っているから、味は製造方法の違いだ、と言っていた。
実際に当時の名古屋市内の米屋で購入できる餅はどこも練り餅で、臼でついた餅ではなかった。近所の和菓子屋がわざわざ臼でついた餅を倍の値段で販売していた。臼でついた餅と練った餅でどうして味が違うのか不思議だった。
中学に進級したとき同級生が餅米を持ってきたらその餅米で餅を作ってくれる、というので味の違いを確認するために親に頼んで毎年親戚から送ってくる餅米を持って行き餅に加工してもらった。確かに練り餅はまずく、餅の味の違いは製造法の違いであることを確認できた。
当時の餅製造機はバンバリーのような装置でバッチ式であった。練り上がってできた餅は臼でついた餅と同じように見えるが、つきあがった餅を伸ばしてみると伸びが半分ほどしかない。臼でついた餅はよく伸びて、食べているときに困るぐらいであった。しかし練った餅は一応餅ではあるがあまり伸びない。また歯ごたえも微妙に違う。製造法の違いがレオロジーに現れたわけだが、子供の頃大変不思議な現象に思った。
今では同一型番の二軸混練機でも機械が異なると条件を揃えても混練物のレオロジーまで揃えることができず悩んでいる話を聞いたりしているので、臼でついた餅と練った餅で味が異なることなど当たり前に思うようになった。たまに商店街の行事で餅つきがあると正真正銘の臼でついた餅を味わう機会があるが、その味に感動しなくなったのは少し寂しい。
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機能性低分子材料のコンピューターによる材料設計は、40年前コーリーらが逆合成のコンセプトで分子の合成ロジックを完成し、コンピューター上で効率的な合成ルートを評価したことに始まる。そして現代ではパーソナルコンピューターでその機能をシミュレーション可能なレベルまで到達している。
また、無機材料も固体物理の進歩によりコンピューターでその機能をシミュレーション可能なレベルに到達している。しかし、高分子については10年ほど前に元東大教授土井先生らのOCTAが完成したが、現在シミュレーターのテスト段階という状況である。
テスト段階であるが、例えばSUSHIのように現実系に適用できるシミュレーターもできている。ポリマーアロイの材料設計についてはSUSHIと経験知を併用するとコンピューター上である程度の実験が可能となる。OCTAが機能性低分子材料の設計のように使われるまでまだまだ時間がかかりそうであるが、原因は高分子物理の遅れにある。
高分子物理については、元東大教授西先生らのグループが地道に行っている分子1本のレオロジーの研究が重要である。レオロジーについては40年前の状況と現在では大きく変わったにもかかわらず、その変化が産業界に十分認知されていないように思う。
昔はあるスケールの大きさで高分子を眺め、計測されたレオロジーデータから高分子物性を議論していたのが、現在は分子一本から観測されるレオロジーデータを考察し高分子物性を議論しようとしている。この実験は気の遠くなるような実験で一つのデータを見る限り遊んでいるようにしか見えない問題がある。
しかし、このデータが必要な実務の現場が多数あるはずで、産業界はもっとこの研究に注目し、現場の情報を提供すべきであろう。実務の現場で得られたデータとこの研究が結びついたときに分子1本からメソフェーズ領域、そして目視可能なマクロ領域まで高分子物性の理解が連続的に進む。その結果高分子の材料設計がモノマーから自由に可能となる。
このコンセプトをある程度コンピューター上で実現しようとしたのがOCTAのように思われる。ここで「思われる」としたのは門外漢としてOCTAを眺めてきたからである。しかし退職後OCTAを勉強してみると高分子物理の向かうべき方向が示されていると考えるようになった。すなわちコンピューターのプログラムがあたかも高分子物理の哲学のようでもある。細部のプログラムを理解できていないのでオペレーションからの推定になるが、土井先生がOCTAで目指されたのは高分子材料設計における設計図の概念かもしれない。
(注)OCTAは名古屋で生まれたので名古屋の市のマーク「丸八」(布団屋ではない)から由来している。
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パーコレーション転移について材料科学の分野では未解明な部分が数多く残っている。数学的には確率過程で説明されるが、材料科学ではここへ材料固有の問題が加わる。すなわち高分子をバインダーに用いて導電性粒子をその中に分散し、半導体フィルムを製造しようとすると、溶融時の高分子の挙動が科学的に解明されていない場合には技術でこの問題を解くことになる。しかもKKDを働かせて科学的取り組みを行いながらモノを創り上げてゆく。
パーコレーション転移を材料設計で自由自在に使いこなすにはコツがある。詳細はコンサルティングで個別に請け負うことになるが、未経験で知識が無い場合にはカーボンと高分子1組成の単純な2元系のシステムでも隘路にはまる。
その結果、添加剤を加えて制御しようと試みる。パーコレーションに限らず材料のシステムは成分が増えれば増えるほど複雑になる。そもそも高分子という材料は多成分系である。そこへ全く構造の異なる物質を添加すれば見かけ上改善されても隠れた問題のために商品化で苦労することもある。
実際に問題解決を依頼されたケースでは、高分子AにカーボンXを添加して検討していたが抵抗が安定しないので高分子Bも加えて制御しようとした。2割ほど偏差が小さくなったが仕様に入らない。そこでXよりも微粒子のカーボンYを添加して凝集させようと試みたところ偏差が2元系よりも大きくなった。偏差が小さくなるときもあるので1年間タグチメソッドで最適化を試みたがロバストを上げることができなかった、という内容である。
故田口先生が聞かれたら、それはシステムが悪くタグチメソッドの責任ではない、と明快におっしゃるに違いない。パーコレーション転移の制御にはあたかも機械系のシステムのごとく最初にある程度の設計が必要である。カーボンの選択もその一つであるが、そのコツを書いた教科書や文献が無い。論文では現象の解説はあるが、解決方法を書いていない。
パーコレーション転移の問題は電気抵抗に限らない。実はフィラーを高分子に添加して力学物性を改善しようとするときにも現れる。しかしフィラーによる力学物性の改善は、せいぜい10倍程度なので電気抵抗のように100倍の偏差など生じない。それで問題になっていないだけである。
パーコレーション転移の科学は単純化されたモデルでうまく説明できるが、全ての材料システムに当てはめた科学理論、すなわち問題が発生したときに必ずこうすれば解決する、という理論はまだ無い。奥深い内容を含んだ技術の問題である。しかし、技術としてこうすれば良い、という経験則は存在する。ご興味のある方はご相談ください。
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技術の伝承のために体験が不可欠である。どのような技術でも体験無しに伝承することは難しい。もし体験をしないで伝承可能な技術があったとしたらそれはすべて科学的に解明された万民が認める公知の技術か、あるいは大した技術ではないのかどちらかだろう。科学のおかげで科学で説明できる技術は論文で伝承可能である。しかし、技術の中には科学で解明されていない内容が含まれる場合もある。その部分を伝承するときに文章だけではうまく伝承できない。
技術の伝承のために何故体験が必要なのか。例えばパーコレーション転移という数学で原理が解明された現象を化学の世界で活用しようとするときに、未だパーコレーション転移は化学の分野で科学的に全てが解明されていないので、技術の伝承が文章だけでは難しくなる。
どのように難しくなるのか。例えば技術的に完成したパーコレーション転移制御による帯電防止層を体験無しに文章で説明しても伝わらず、何か品質問題が発生したときに文章で伝承された人が技術的には品質問題解決を不可能という誤った結論を出す、ということが起きる(これは実際に起きた問題であるので少し書きにくいが)。
その場合に、化学の世界におけるパーコレーション転移という知識と数学における成果を結びつけて品質問題の原因仮説を設定できるにもかかわらず、そのような行動をとろうとしない。化学の世界におけるパーコレーション転移について科学的に解明されていないため、自分が経験上獲得した他の知識と品質問題を結びつけて原因仮説を設定し、論証しようとするためおかしな事が起きる。
すなわち文章で伝承された技術は次世代の人の体験レベルまで結びついた理解が無い限り、技術がうまく伝承されない。難解な技術、というものはほとんどの場合科学的な解明がなされていない部分が多く残っている。このパーコレーション転移という現象もコンピューターの中で制御因子は解明されているが、化学の世界では未解明の因子が存在する。
この例で言えば導電性粒子表面とバインダー高分子の濡れの問題はすべてが解明されているわけではない。濡れの問題については界面活性剤の経験を数多く積んでいるためにすぐに界面活性剤を用いた仮説をアイデアとして考える傾向にある。バインダー高分子のコンフォメーションやその高分子が結晶化していた場合などに濡れが変化するという知識や経験をしていないためだ。その結果、界面活性剤など持ち出さなくても解決できる問題を界面活性剤で解決しようとしてパーコレーション転移の制御因子を増やし問題を難しくしたり解決できなくする。
特公昭35-6616という特許は酸化スズゾルを世界で初めて写真フィルムの帯電防止層として用いた技術だった。しかし酸化スズの物性やパーコレーション転移に関する数学的解明もされていなかったため、1991年にその特許の偉大さの再発見がされるまで誰もその技術の重要性を評価し理解できなかった。その特許を出願した会社においてさえ技術の痕跡すら無かった。
ライバル会社はその技術を否定するような特許を多数出願していた。写真フィルムには無色透明の酸化スズゾルが最も適しているのに青みを帯びたアンチモンドープの酸化スズが良い、という特許を出願していたのである。写真フィルムの色材以外の材料は無色であることが一番良いのは素人にも理解できるが、技術が伝承されていないとこのような不思議なことが起きる。
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PPSと4,6ナイロンについてOCTAでχを計算すると0.0006となる。限りなく0である。だからPPSと4,6ナイロンの相溶実験の動機になる。これは高分子の研究者であれば常識的な研究動機である。6ナイロンでは0.14となり非相溶系と予想される。この数値から相溶性を期待する研究動機はアカデミアで起きない。
しかし、アペルとポリスチレンの相溶を実現した着眼点から現象を眺めると、フローリーとハギンズが見ていた世界と異なる情景が見えてくる。E.S.ファーガソンによればこれを心眼と呼ぶそうである。アカデミアで心眼の話を行うのは気が引けるかもしれないが、技術者がこの心眼を十分に活用するとイノベーションを引き起こすことができる。換言すれば科学で解明されていない現象でも心眼で成功が見えたならば技術者はそれを実行すべきである。
東工大扇沢研究室で行われた実験は、相溶の窓が開かれるところを直接観察する実験である。すなわち二枚の円平板でPPSと4,6ナイロンの混合物を挟み、回転させながら温度を上げて透明になる現象をビデオカメラで直接観察できる装置で実験を行っている。論文では、310℃の時、円板の周辺で透明になる現象が観察された、とある。
この研究レポートでは、310℃で相溶の窓が開いた、と結論づけられているが、剪断速度が関係しているとも書いている。すなわち温度だけで論じられるχパラメーターであるが、相溶という現象に剪断速度が関係していることを示す、すなわちフローリーハギンズ理論で説明されていない相溶パラメーターの存在を示す価値あるレポートである。
このレポートの結果とアペルとポリスチレンが相溶した結果と重ね合わせると、プロセシングで高分子を相溶させるアイデアが見えてくる。プロセシングで発生する結晶相についての研究は存在するがアモルファス相の研究はない。
結晶相についてはシシカバブというトルコ料理の名が付いているラメラからできた有名な結晶がある。学生時代にシシカバブの意味を質問したら回答できなかった高分子合成の教授がいたが最近は写真の入った教科書も存在する。そこまで結晶については丁寧に説明されているが高分子アモルファスについては自由体積ぐらいであまり研究も進んでいない。相溶は高分子の場合アモルファス相で生じる現象である。
温度が高く剪断速度が速い樹脂の流動状態のアモルファス相がどのようなものか知らないが、この条件で急冷処理したPPSは何故かアモルファスとして得られる。そしてそのアモルファスの密度は結構低いのである。すかすかの状態で混練されたときに4,6ナイロンだけでなく「4,」がとれた6ナイロンが相溶しても良さそうである。「4,」が取れるといっても熱分解するわけではなくPPSと6ナイロンをカオス混合するのである。
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合成技術をもったあるメーカーにお願いし、様々な重合条件でポリスチレンを合成して頂いた。すなわち合成条件が変わればポリスチレンの重合様式も変わり、安定なコンフォメーションに違いのあるポリスチレンができるのではないか、と期待した。これをアペルに混練すれば、アペルのアモルファス相で安定に相溶する、と仮説を立てた。
重合条件については300程度まで頑張ってみようと、気合いを入れて取り組んだ。運良く16番目に重合されたポリスチレンをアペルに混練した時に透明になった。すなわち15番目までは不透明な混練物しかできなかったが、ポリスチレンを30wt%配合しても透明になる混練物が16番目の重合条件で合成したポリスチレンでできたので、それを射出成形しテストピースを作ったところ透明になった。
このテストピースを加熱すると面白い変化が起きた。ポリスチレンのTg付近でテストピース全体が白濁し、アペルのTg以上ではまた透明になったのだ。また、白濁になる過程を見ていると、テストピースのゲートに近いところから白濁が始まり、樹脂流動の様子がうかがわれるように全体が白濁してゆくのだ。美しい光景である。
300の実験を覚悟して16番目にできたので相当運が良い、と思った。運が良い時にはよいことが重なるものである。写真会社がカメラ会社と統合し、PPSと6ナイロンの相溶を検討できるチャンスが生まれた。ポリオレフィンとポリスチレンの相溶実験は、窓際の席になった時に何か面白いことができないか狙って行った実験であるが、PPSと6ナイロンの相溶はフローリーハギンズ理論から誰にもできないと思われるが、しかし社業へ大きく貢献できる仕事である。
サラリーマンとして初めて単身赴任を経験するチャンスでもあった。ゼオネックスについてもアペル同様その問題点を深く調べたかったが、PPSと6ナイロンの相溶に興味が惹かれた。東工大扇沢研究室からPPSと4,6ナイロンの相溶実験の論文が発表されていた頃でもある。
PPSと4,6ナイロンではχは0になるが、6ナイロンではχは0.14程度になり、これをコンパチビライザーを用いずプロセシングで相溶させてやろうと考えた。成功できればアカデミアの先を行くことになる。
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高分子ガラスには、DSCを測定した時にTgが現れないことがある、と昨日書いたが、不思議な現象ではないのだろうか。無機材料では、アモルファス相でTgを持つ物質をガラスという、と明確に書いてあるが、高分子ではすべてTgを持っている前提になっている。そのためこのTgを示さない高分子アモルファス相について、ほとんど研究が進んでいない。
例えばAとBの高分子を相溶させたときに、Aの高分子のTgとBの高分子のTgが一つになった時にAとBの高分子は相溶している、と判断され、電子顕微鏡で一相になった様子を観察した結果が示されている。粘弾性で測定されるTgも同様に一つになる。またTMAで観察されるTgも一つになり、アモルファス相でAとBがガラス相で一相になっている、と同定できる。
それではTgが観察されない高分子のアモルファス相はどのような状態だろうか。やはりガラス相と同等に扱うべきという考え方で少しトリックを使いTg変化をチャートにだすような測定方法で良いのだろうか。それとも無機材料のようにガラスではなく単なるアモルファス相と扱うべきではないだろうか。高分子の相溶現象はアモルファス相で生じるのだが、このアモルファス相の理解を進めなくてもよいのだろうか。
光学用樹脂として有名なアペルやゼオネックスは非晶性樹脂として知られているがこれはウソである。ただしこのウソは今年話題になったホテルの食材偽装と性格は異なり、材料を供給しているメーカーの技術水準を問われる問題だが、少なくとも10年前のアペルやゼオネックスはある条件で結晶化させることができた。そしてわざわざアペルやゼオネックスの結晶を作って営業担当にこの問題の回答をお願いしたがいずれも回答を頂けなかった。この2つの樹脂には、世間であまり知られていない技術に関わる問題を引き起こす物性が隠れている。そのため品質問題が起きても迷宮入りとなる。
アペルを非晶性樹脂として扱う技術上の問題については、とことん実験を行い理解を深めた。ゼオネックスについてもその問題の幾つかを実験していたが、PPSと6ナイロンの相溶を扱うようになって時間が無くなり、非晶性樹脂とうたっている怪しいベールの全てを剥がすことができなかったが、結晶化させることができたのでこれも結晶性樹脂といってもよいと確信している。そしてその結果ゆえに引き起こされる問題をゼオネックスもアペル同様に内在している。
さてアペルであるが少なくともそのアモルファス相(非晶相)は2つある。一つのアモルファス相はTg以上で膨張する相であり、他の相は収縮する。そしてこの比率は射出成型条件で変化する。そして時々起きる偶然がTMAで観察される見かけ上のTgを30℃以上も引き上げる。TMAのTgは高く観察されるが面白いことにDSCのTgはほとんど変化しない位置に現れる。
アペルのアモルファス相の不思議な現象からアペルにポリスチレンが相溶するのではないか、と考えた。理由を簡単に説明するとフローリーハギンズ理論の見かけのχが大きな組み合わせでもコンフォメーションを安定化させる錠と鍵の関係になれば、自由エネルギーが下がり(χが小さくなり)相溶する可能性がある、と考えた。これはフローリーハギンズ理論で説明されているようなモノマー単位の親和性ではない立体の安定化の要請から生じる現象である。
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2種類の高分子を混合したときに混ざって均一になるのかどうか、すなわち相溶するのかどうか、という問題は高分子溶液論から導かれたフローリー・ハギンズ理論(FH理論)で論じられχが0となるときに相溶する、といわれている。また、それぞれの高分子のSP値をモノマー構造から計算して、SP値が近い高分子は相溶しやすいとか議論したりする。
高分子の相溶性だけでなく、何か添加剤を高分子に添加したいときにその分散性を事前評価する場合にも用いられている。添加剤についてはカーボンブラックやチタンホワイトなどの粒子表面のSPなども提案され、微粒子が高分子に分散する状態を表現することに成功した、という論文もある。
ところでχパラメーターやSPは溶液論の延長から導き出された値である。これらのパラメーターを用いる高分子加工分野の大半は高分子を無溶媒で混合するプロセスであり、FH理論がそのまま当てはまる、と考えてよいのだろうか。ゴム会社に入社したときに最初に頭に浮かんだ疑問である。
高分子の相溶は高分子のアモルファス相(結晶になっていない部分、非晶相)で起きる現象である。高分子相溶系で結晶が生成し始めるとスピノーダル分解で2相に分離することはよく知られている。
ところが高分子のアモルファス相は無機のアモルファス相と少し異なる。また、アモルファスである無機ガラスと似ていると言われているが、やはり少し異なる。一応高分子のアモルファス相にもガラス転移点(Tg)が観察されるので、アモルファス相という言葉よりもガラス相という言葉が高分子の教科書で使用されている。
アモルファス相にはTgを持つ相と持たない相があり、Tgを持つ相の物質をガラスと呼ぶことはガラス工学の教科書に書かれているが高分子の教科書には書かれていない。すなわちガラスであるためにはTgを持っていなければならず、Tgは高分子の基礎パラメーターとして常識となっている。
ゴム会社に入社して、からかわれた思い出がある。今ならばいじめに近いが、ある高分子の示差熱分析(DSC)を測定していたらTgが出ない。これは新発見、と驚いたら、DSCの測定方法としてちょっとしたテクニックが知られており、そのテクニックを使用するとどのような高分子でもTgが出ると教えられた。しかしこのちょっとしたテクニックを知っていることは高分子研究者の常識だとからかわれた。
この思い出のおかげで高分子ガラスに疑問を持つようになった。大学院の生活は無機材料の、それもガラスも扱っている研究室でリン系の材料の合成研究をしていた。その時は、Tgがあるのか無いのかはガラスの判定基準であった。しかし、高分子の世界では、姑息な手段でDSCのチャートにTgがわざわざ現れるように測定するのである。これは科学としてインチキである。ただ、高分子のアモルファス相はガラスという常識があるからTgの無いDSCチャートではかっこつかないから姑息なテクニックが生まれたようだ。
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