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2013.10/16 混練のノウハウ(3)

加硫ゴムの混練はバンバリーとロールで行う。ロール工程はたった二本のローラーが回転しているところで操作を行うだけだが、奥が深いプロセスである。また 危険度の高い工程でもある。ゆえにロール工程ではまず安全教育を徹底して行うことが肝要である。週に1回のKYTも含め丁寧に安全教育を行っていれば事故を防ぐことができる。混練操作はどの工程も危険だが、ロール工程の危険度は極めて高いので、これがロール工程で最も重要なノウハウである。

 

事故を目撃すると混練操作にもその影響が出る。自分の指をロールで挟んだことはないが、指が挟まれ、革手袋がノシイカのようになっているのを見た時には、しばらくロール作業を休んでいた。幸い指先が少しつぶれただけであったが、他人の指先でも自分のことのように思われるので不思議だ。そのくらいロール作業は危険で怖い作業であることをまず理解すること。完全自動ロール混練機というものがあれば便利で安全だが、未だロール混練機のロボットが稼働している工程を見たことがない。

 

初めてロール混練を行った時にその奥の深さを体感した。バンバリーで素練りされたゴムがロール上で均一になってゆく様子を眺めていると不思議な気分になる。ゴムの返しなどの技を繰り出さなくても回転しているロールに巻き付いたゴムが混練されて均一になってゆく様子がわかる。こわごわナイフ作業を行うのだが、それにより分散が改善される様子も目視で分かる。うまく混練できた、と思って加硫すると指導社員から渡された比較サンプルの物性に及ばない。

 

教えられたとおり行ったつもりでいた。しかし、素練りのゴムがロール上で美しくなるのを眺めていた時間は少し長かったかもしれない。またナイフ作業も恐怖心から回数が少なかったのかもしれない、などと反省して再度同一配合処方のゴムを練り始めた。

 

後で教えられたことだが混錬が大変難しい配合のゴムだったので、安定な品質を保つためには熟練工でも難しい操作が要求された。数時間の講習を受けた新入社員では品質を安定に混練できない配合処方をわざと課題として与えているのだからいじめに近いが、おかげで大変勉強になった。実験室で悪戦苦闘していると、先輩社員が親切にナイフの技を幾つか教えてくれた。

 

声が大きくがさつではあるが親切な先輩社員や、細身で柔らかい物腰の先輩社員など他部署であるにもかかわらず、かわるがわる覗きに来て、ああだこうだと指導してくださった。そのおかげで5日ほど練習して安定な品質を実現できる ようになった。

 

このように加硫ゴムのロール混練において、配合処方で練条件が変わる点は他の混練プロセスと同じだが、混練条件として「技」が大きく影響する点は二軸混練機と異なる。このことは教科書に書かれていない。特にナイフの使い方が問題で、現場に行くと作業性を改善するために工夫を重ねている状況を職人が自分専用のナイフを持っていることなどからうかがい知ることになる。

 

加硫ゴムの世界がブラックボックス化されるのは、混練の段階から属人的な「技」の因子が多く存在するからで科学だけでは実現できない世界である。 男女雇用機会均等法の精神に反するかも知れないが、ロール工程は「男の世界」だと思う。女性には危険な工程だ。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.10/15 混練のノウハウ(2)

バンバリーの使用方法にもノウハウがある。バンバリーはゴムを投入して5分から10分程度混練するだけの操作、と思っている人が多い。投入順序や混練する組成、投入量の容積比などの加硫ゴムの物性を左右する因子は多い。また、バンバリーで加硫ゴムの最終組成を混練しない場合もある。すなわち一部の添加物をバンバリーで添加せずロール混練で行う、というケースである。

 

また、バンバリー投入前にロールでゴムを素練りする場合もある。バンバリーの使用方法に制限は無い。但しバンバリーのロータは剪断力が大きいので長時間の使用はゴムの分子量低下を引き起こす。そのため長時間の混練は通常行われないが、ある樹脂について投入量を少なめにして30分ほどバンバリーで混練したところ、分子量低下は起きず二軸混練機では得られない効果が出た経験がある(注)。

 

このようなバンバリーの特殊な使用方法と混練物に与える効果のデータはあまり公開されていない。これは余談だが、樹脂の混練にバンバリーを使用する例は教科書に書かれていない。しかし二軸混練機で期待したような樹脂の混練物が得られない場合にはバンバリーを試してみると良い。バンバリーはゴム専用の混練機ではなく樹脂も混練することができ、二軸混練機では達成できないレベルの混練物が得られる場合がある。最近はバンバリーの性能を出せる連続運転可能なニーダーも開発されているので特殊な性能が要求される樹脂の混練でバンバリーを検討する価値はある。

 

バンバリーはバッチ操作なのでコストに与える影響も大きい。しかし加硫ゴムにおいてこのプロセスは物性に影響を与えるのでコスト重視のプロセシングになっていない場合がある。しかしバンバリーを匠に使用し加硫ゴムの物性を創り込んだ場合にこの効果は後工程のロール混練で隠れてしまう。このため加硫ゴムのリバースエンジニアリングを難しくする。

 

さらに加硫ゴムの混練ではバンバリーを使用せず、すべてロール混練で行う事もできるのでバンバリーのプロセスはさらにブラックボックス化される。但しバンバリー混練の効率はロール混練よりも高いので、ノンプロ練りでバンバリーを使用しないケースは稀である。加硫ゴムのリバースエンジニアリングで配合組成が分かっても物性を再現できない場合には組成物の添加順序を検討してみると良い。そこからノンプロ練りにおけるバンバリーの使用方法がおおよそリベールできる場合がある。

 

バンバリー投入前のゴムの素練りについては、リバースエンジニアリングで解明できない。どのようなゴムでこの操作を行うのかについても詳しく書いた教科書は無い。このあたりの技術については経験知を持った技術者に指導を受けるのが賢明である。

 

(注)ある樹脂について特許を出願しているが、その特許にはバンバリー投入量と投入順序の詳細を実施例に書いていない。しかしバンバリーを使用しなければ達成できない高次構造を実現している。換言すればその樹脂組成の高次構造を見ればバンバリーの使用を特定できるのである。

カテゴリー : 一般 高分子

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2013.10/14 混練のノウハウ(1)

ゴムはバンバリーとロールで混練を行う。この混練というプロセシングについて、その分野の参考書には、装置の説明はあるが、その作業の方法が詳しく書かれていない。ゴムに限らず他の材料の混練に関する記述は主に装置に関する説明ばかりである。しかし、ゴムや樹脂などの高分子を混練するときに装置以外で材料物性に関わる因子が多く経験知が無いと材料開発が難しくなるのが混練技術である。

 

すなわち装置を購入し特許の実施例をそのまま実施しても再現できない場合が多いのが混練プロセスといえる。そもそも高分子材料の物性は、プロセシングの影響を受ける、ということが教科書にも書かれていないことが問題だ。高分子は大別すると、ゴムと樹脂、そしてその中間のTPE(熱可塑性エラストマー)に分かれるが、ゴム物性は最も混練プロセスの影響を大きく受ける。

 

ゴムの混練プロセスは、ゴムの種類により様々である。まずこのことがよく理解されていない。バンバリーとロールを用いて加硫ゴムを混練するのだが、バンバリーとロールの組み合わせプロセスは無限に存在する。しかし、多くの教科書には最初にバンバリーで混練してその後ロール混練を行う、という記述程度しか書かれていない。これは多くの加硫ゴムの混練プロセスの一例である。

 

そもそも最初にバンバリープロセスが行われることが常識になっているが、ロール混練が最初に行われ、その後バンバリー、ロール混練と実施される場合もある。あるいは、バンバリーを用いずにロール混練だけでゴムを練り上げる場合が存在する。同一配合でそれぞれのプロセスで混練を行うと、混練して加硫されたゴム物性は皆異なる。どのプロセスが選択されるかは、加硫ゴムの配合により異なる。そしてゴムの配合とプロセスの組み立ては経験的に決められる。

 

プロセスの組み立ては経験知でノウハウの塊である。ゴム会社の指導社員は大変優秀な研究者であると同時に職人技も持っていた。ゴム材料の開発はまず職人の技を盗まなくては始まらない、というのが指導社員の口癖であった。ゆえに最初の1ケ月は毎日座学と実験室の繰り返しであった。おかげで職人技まで獲得するには至っていないが、経験知を充分に学ぶことができた。プロセスの組み立ては最初に決めなければならないが、加硫ゴムの物性により見直す必要がある重要項目、というのは大切なノウハウである。

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2013.10/08 高分子の難燃化技術のノウハウ(6)

溶融しやすい軟質ポリウレタンフォームの難燃化に燃焼時の熱で無機高分子(ガラス)を生成するシステムを検討した。予想通り溶融物は落下せず自己消火性炭化促進型軟質ポリウレタンフォームが合成された。

 

燃焼面に生成したチャーを分析すると最表面にはボロンホスフェートが生成していた。また添加したリン酸エステルに相当するリンが検出された。熱分析を行った後の残渣でも同様に添加した量に相当するリン及びホウ素が残っており、このことから燃焼時にホウ酸エステルとリン酸エステルとの反応が推定された。

 

ホウ酸エステルとリン酸エステルの組み合わせについて15種類ほど添加量の違いも含め全部で50サンプル前後のホウ酸エステル変性軟質ポリウレタンフォームを合成し、燃焼実験をASTMの規格で行ったところ、すべてでボロンホスフェートが生成していること、さらに多変量解析結果でもホウ素の役割がリンと同程度であることなども示すことができた。

 

ちなみにホウ酸エステルだけではLOIは19.5までしか上げることができず、軟質ポリウレタンフォームに自己消火性の機能を付与することはできない。リン酸エステルを組み合わせたときだけLOIは21を越え、さらにTGA曲線の微分を観察すると熱分解速度が最大になる温度がホウ酸エステル無添加の時に比較して高音側にシフトするとともに熱分解速度も低下している。

 

しかし、ホウ酸エステルとリン酸エステルとの組み合わせにおいて、燃焼試験時における溶融物の状態がわずかに異なることを発見した。すなわちリン酸エステルの構造によっては溶融物がわずかに落下することもあるのだ。これはホスファゼン変性軟質ポリウレタンの時と異なる燃焼時の現象である。

 

この燃焼時の現象の差異がどこから起因するのか不明であったが、30年後PETの難燃化技術開発を行った時におおよその原因を想像することができた。恐らく燃焼時にガラスを生成する場合には燃焼面にガラス成分が集まり炭化促進反応が進むが、昨日のホスファゼン変性軟質ポリウレタンの場合では溶融物内部で炭化促進を行っている、と想像している。

 

この想像は現象を観察した結果であり科学的ではない。しかし、燃焼時に樹脂の分解、溶融という現象は熱可塑性樹脂の場合に必ず発生するので難燃剤の機能発現の場がどこであるかは重要である。科学的ではないが、ノウハウの知識として身につけておく必要がある。

 

(注)ホスファゼン変性軟質ポリウレタンフォームについては科学論文に投稿したが、ホウ酸エステル変性軟質ポリウレタンフォームはその後商品化されたために論文発表できなかった。但し学位論文には掲載許可が下りたのでそちらにまとめてある。また一部クローズドセミナーで発表しておりその予稿集には多変量解析のデータと解析結果が掲載されている。

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2013.10/07 高分子の難燃化技術とノウハウ(5)

溶融しやすい樹脂を炭化促進型で難燃化するには、燃焼時に溶融物の粘度を高くなるような組成にすれば良い、そしてリン系の難燃剤を用いるときにはオルソリン酸として燃焼時に系外へ揮発しないように難燃剤の分子設計を行う必要がある、ということがホスファゼン変性ウレタンフォームの開発経験で得られたノウハウである。

 

しかし,これは難燃試験を行いながら観察して得た仮説に近く科学における定理ではない。但しリン系の難燃剤が燃焼時にオルソリン酸として揮発している現象について当時の科学論文に書かれていた。また、熱重量分析を行い、その重量減少カーブの解析や分析後の残渣を組成分析したところ、ホスファゼン変性ウレタンフォームにおいてほぼ添加した量に相当するリン成分が含まれていたが、市販の5種類のリン酸エステル系難燃剤では600℃における残渣にリン成分がまったく観察されなかった。

 

難燃剤の分子設計に関して科学的検証に耐えうる情報は得られたが、燃焼時の溶融物の粘度については溶融物中でホスファゼン誘導体がどのように振る舞っているのか不明のため検証が困難であった。例えば単純に軟質ポリウレタンフォームのポリエーテルポリオールとホスファゼン誘導体を混合してみても混ざらない。

 

ただ、系外にオルソリン酸としてリンの成分が揮発しない場合にはリンの難燃化成分で高粘度化できてドリップを防げるのではないか、と予想された。そこで一般のリン酸エステル系難燃剤を用いる時に、燃焼時の熱で無機高分子を生成する可能性のあるホウ酸エステルを組み合わせて難燃化する手法を試してみることにした。

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2013.10/06 高分子の難燃化技術とノウハウ(4)

溶融しやすい樹脂を70%以上含む場合は、炭化促進型で難燃化が難しい、と述べてきたが、できないわけではない。開発に時間がかかるのである。もし2年程度の時間があれば、目標とする材料を開発できるかもしれない。かもしれない、と書いたのは、2年も基礎検討を行った開発経験が無いからだ。

 

但し、溶融しやすい軟質ポリウレタンフォームを半年で炭化促進型により難燃化した経験がある。ホスファゼンで変性した軟質ポリウレタンフォームは、ホスファゼンの添加量が7wt%前後でもASTMの試験で溶融物が生じない状態で炭化促進型の難燃化を実現している。

 

イソシアネート化合物とのプレポリマーを合成して反応型難燃剤に設計し軟質ポリウレタンフォームに応用した。入社2年目の成果を出せた、と思ったら始末書を書かされた。市販されていない難燃剤を使用したので量産できないことが問題になった。今から考えればこれは管理者の問題であるが、無知な新入社員が勝手にやった仕事として扱われ責任を取ることになった。当時は責任を取れるぐらいの立場になった、と勘違いして始末書を躊躇せず書いた。

 

後日開発管理部長から褒められたので訳が分からなくなった。始末書も初めての経験ならば、それが原因で褒められたのも最初で最後であった。サラリーマンを終えてみると開発管理部長が褒めてくれた理由がよく分かる。責任感の欠如した管理者に対して責任感のある新入社員という構図である。自分が開発管理部長の立場でも褒めたくなる。ただ、責任感の欠如した管理者をなぜ誰も注意しなかったのか、という疑問は残る。ゴム会社ではこの始末書を初めとして褒められるよりも叱られた記憶の方が多いからだ。12年勤務して多くの方から叱咤激励され大変勉強になった。

 

ところでホスファゼン誘導体はリンの含有率が高く、リン酸エステル系の難燃剤に比較すると同一添加量でリンの添加量を多くできる。また、一般のリン酸エステル系難燃剤は燃焼時にオルソリン酸の形で揮発するが、ホスファゼンは燃焼時に揮発せず、系内に残り難燃化の機能を果たすので、溶融物の增粘に効果がある。

 

しかし、いつでも增粘効果が十分に発揮され溶融物を抑えるわけではない。溶融の激しい樹脂では、ホスファゼンをかなり大量に添加しなければ燃焼時の溶融を抑えることができない。ホスファゼンは大塚化学の努力で最近価格が下がったが、まだ一般の難燃剤に比較すると高価なためコストの問題が発生する。コストのバランスを取りながら、溶融しやすい樹脂を70wt%以上含有し炭化促進型で難燃化する技術は、難易度が高く開発時間がかかる。

 

ホスファゼンは側鎖を変性し様々な誘導体を合成可能である。ゆえに難燃化しようとする樹脂に分散しやすい構造の高分子量体を20%程度添加(この時難燃化をしたい樹脂は80wt%の含有率になる)すれば炭化促進型の難燃化を達成できるかもしれない。しかし、その時の樹脂の他の物性については予測不可能である。溶融型システムで強相関ソフトマテリアルの設計を行い難燃化した方が経済的で樹脂の物性バランスも取りやすい。

 

 

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2013.10/05 高分子の難燃化技術とノウハウ(3)

UL94-V2を目標に溶融型で樹脂の材料設計を行った場合にフッ素系樹脂を添加してはいけない。フッ素系樹脂は1%前後添加すると溶融物を抑制する作用を発現する。フッ素系樹脂を用いる場面は炭化促進型で材料設計を行い、ドリップを抑制したいときである。溶融型で添加するとどうなるか、興味のある方は溶融型で材料設計された樹脂に1%前後のフッ素樹脂を添加してみると良い。実験結果はここでは触れない。

 

溶融型による材料設計の面白いところは、難燃剤を添加しなくてもUL94-V2レベルを通過できる樹脂の設計が可能な点である。難燃剤を添加していないのでLOIは21に到達しないが、これはLOIの試験方法を工夫すると21に到達する。邪道と言われかねないのでこれ以上書かないが、この結果は溶融型による材料設計で実火災の時にも効果があることを示している。

 

30年以上前、新婚家庭には売れないかもしれないが燃えない寝具を開発していた時に軟質ポリウレタンフォームを溶融型で材料設計した。入社して間もない頃だったので胡散臭い方法と思いながら仕事をしていたが、寝たばこの実験を行ったときにその先入観は吹っ飛んだ。着火するがすぐに自己消火するのだ。タバコ2本でも大丈夫であった。それ以来あさはかな先入観は持たないことにした。

 

このモデル実験で溶融型による難燃材料設計の有効性を知った。この時は難燃剤が5%添加されていたが、うまく材料設計すれば難燃剤無添加でもいけるかもしれないと思った。しかしテーマが終わったのでそれ以上の検討はできなかった。退職前にPETの難燃化設計を検討できるチャンスが訪れた。30年以上前の思いで材料設計を行ったところ難燃剤無添加でもUL94-V2を通過できる樹脂を設計できた。強相関ソフトマテリアルという概念を用いて材料設計を行い、PETに20wt%程度5種類のポリマーを添加している。5種類のポリマーにはそれぞれ樹脂の機能分担が決まっており、それをバランスさせて材料を完成した。

 

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2013.10/04 高分子の難燃化技術とノウハウ(2)

30年以上前に存在したJIS難燃2級という規格は欠陥規格であったために簡単に燃えてしまう天井材の普及を促し問題となった。当時硬質ポリウレタンフォームの軽量天井材が現場の施工で好評であったがJIS難燃2級から新しい簡易耐火試験に規格が変更されてからフェノール樹脂発泡体へ置き換わっていった。この規格見直しの引き金となったのは、以前紹介した餅のように膨らむ硬質ポリウレタンフォーム天井材である。

 

この餅のように膨らむ硬質ポリウレタンフォームは科学的な材料設計の成果として開発された。餅のように大きく膨らみ変形すれば火元から材料が逃げることができ、その結果延焼を防ぐことができる、という「仮説」(注)で材料設計されたが、これは説明するまでもなく姑息にもJIS難燃2級の規格の欠陥をついた考え方である。この材料設計の危険性は実火災を考えれば明らかであり、餅のようにふくれあがり一瞬火から逃げることができても、LOIが21以下の材料では引火したら新たな火源となる。

 

技術的に考えるときには機能が重要なので、「火がついても消える材料」、という最低限の機能を持った材料を設計しなければいけない。このような設計を実現するためのノウハウは、「溶融型(ドリッピング型)」か、「炭化促進型」で材料設計をするかのいずれかである。これが筆者のノウハウで、このノウハウでPETを8割ほど含む樹脂でUL94-V2を通過できる材料設計を1ケ月で実現している(実験室評価)。

 

他の技術者の中には、これ以外のノウハウを持っている方がいるかもしれないが、高分子の難燃化設計を行うときに、この2つのノウハウによる実現の可能性を筆者の場合には考える。そのために設計対象の材料でまず燃焼試験を自分で行うか、自分でできない場合には必ず試験の時に立ち会うことにしている。そして燃焼挙動から、難燃化設計の方針と到達レベルを予測する。これは難しいことではない。

 

UL94-V2レベルならば溶融型でも炭化促進型でも達成できるがV0になると炭化促進型でなければ実現できない。もしドリップが激しい樹脂であれば、溶融型の設計でまずV2レベルを狙い、V0は溶融しない樹脂とのブレンドを検討することになる。

 

PETはTgが低く着火すればすぐに溶融が始まる樹脂なので70%以上のPET含有率の樹脂を設計する場合にはUL94-V2レベルの樹脂が目標となり、UL94-V0を目標とするならばPET含有率を50%以下にして炭化促進しやすいPCなどとのブレンドで材料設計を行う。

 

このノウハウは環境樹脂としてよく知られているポリ乳酸樹脂の設計でも使われており、例えば電気機器の外装材ではUL94-5Vbが目標となり、ポリ乳酸樹脂の含有率を30wt%前後まで下げて材料設計されている。30wt%前後しかポリ乳酸が含まれていないにもかかわらずポリ乳酸樹脂と呼ばれたりするのは少し奇異に感じるが、ポリ乳酸を70wt%以上含有する樹脂でUL94-5Vbを通過する材料設計はノウハウから判断して、開発工数も含めかなりのコストアップとなる。しかし、炭化促進型で強相関ソフトマテリアルの考え方を用いれば可能と思われる。

 

 

 

(注)昨日も触れたがこのような命題は、真理を追究する科学の仮説とはよべない。

 

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2013.10/03 高分子の難燃化技術とノウハウ(1)

科学と技術の相違点の一つとして、技術にはノウハウというやや抽象的概念までもあたかも定理のごとく扱い、目標とする機能を実現するところがある。科学では一つの真理を目標とするので経験的な事項や再現性があっても論理的に理解できない現象を利用することはない、というよりもそれを行ったら科学の存在する意味が無くなる。科学技術とはうまい表現でこのような相違点をうまくカプセル化している。しかし、このカプセル化が時として技術の伝承を困難にする場合があるので注意が必要である。

 

例えば以前この欄でも紹介したが特公昭35-6616という酸化第二スズゾルを用いた帯電防止薄膜の技術は、その周辺のノウハウとともに伝承されず、ライバル会社に1000件以上の特許を出願されて使用できない状態になっていた。公知の技術については権利化できないはずであるが審査請求された発明について異義申し立てが無ければ発明は新規技術として登録される。ゴム会社から転職した写真会社では特公昭35-6616という特許の存在までも忘れ去られ、つぶせる特許もつぶせない状態であった。

 

技術の伝承がなされない場合に重要な基盤技術が揺らぐ、という表現がされるが、「揺らぐ」どころではなく自分たちの開発した技術であっても使えなくなるのである。10年以上前から技術経営(MOT)の重要性が叫ばれているが、技術の伝承はその重要検討課題である。帯電防止技術の悲惨な状況を立て直しうまく伝承できる体制まで創ろうとしていた道半ばにデジタル化の波に押し流されて実現できなかったが、帯電防止技術は写真フィルムだけでなく複写機にも活用できる重要な基盤技術のはずである。しかし、それが認知されていない風土では、まずその風土を耕すところから始めないとダメであることを学んだ。

 

高分子の難燃化技術も帯電防止技術同様にノウハウが多く技術の伝承が難しい分野である。そもそも科学的に整理されていない技術分野は、企業の中で基盤技術として共有化されるまでの道のりが険しいようだ。トップが非科学的なノウハウの重要性を認識しない限りノウハウの塊の技術を基盤技術として育成することはできない。写真会社の経験では非科学的な内容を軽蔑する風土があり、ノウハウを職人の世界の技術のように扱われていた。非科学的な内容をあたかも科学の香りがするように努めなければいけない風土では非科学的な技術は育たない。

 

高分子の難燃化技術で難しいのは、対象とする商品の活用される分野が異なると難燃化規格が異なるケースが存在することである。高分子の燃焼について科学的に解明がされていない部分が多く「燃えにくい」高分子材料を科学的に完全に表現できていない。ゆえに商品の活用分野や業界が変わると難燃化規格が異なることになる。この様々な難燃化規格の存在が科学的な材料設計技術を難しくしている。明日はこの点について述べる。

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2013.10/02 高分子の難燃化技術と仮説

高分子の難燃化技術は、科学的に攻略しにくい技術である。20世紀末様々な技術開発が行われ、臭素系難燃剤がある一定の市場規模を占有したと思ったら、環境問題に関わる各種法律及び規制によりその市場が縮小し始めた。

 

一方でハロゲンと三酸化アンチモンとの組み合わせは経済的で高い防火性能を発揮する難燃剤であり、これに置き換わる統一コンセプトの技術は存在しない。今リン酸エステル系難燃剤メーカーは臭素系難燃剤に奪われた市場を取り戻すチャンスである。

 

ところが高分子の難燃化技術におけるリン酸エステルの役割について30年以上前に提案されたメカニズム以上の研究報告は無い。また、その提案されたメカニズムについても理解はできるが、はたしてそれが100%正しいのかどうか怪しい部分も存在する。恐らく高分子の種類ごとにそのメカニズムを詳細に研究しなければいけないのであろう。

 

このような科学的研究を進めにくい分野で仮説を持って実験を進めよ、と言われ困った経験がある。それは、建築材料の開発において餅のようにふくれる硬質ポリウレタンフォームを設計した人物である。この硬質ポリウレタンフォームの開発で建築の難燃化基準の見直しが行われるようになったので大きな成果をあげた、と評価はできるが、一方でLOIが19程度の材料で建築材料を設計できる、と考えた甘い考えの研究者という見方もできる。

 

彼は、硬質ポリウレタンフォームの開発過程で、当時の規格JIS難燃2級の試験を行ったときに極めて性能の良い処方を発見した。調べてみたら難燃性試験の時に大きく変形して炎から試験片が外れていた。そこで餅のように大きく膨らむ材料設計にすれば難燃性試験を通過できると、仮説を立てて開発を行った、と誇らしげに説明していた。

 

はたしてこれは技術開発における正しい仮説と言えるのだろうか。そもそも仮説とは何か、という前に製品の品質設計の考え方に怪しいところがある。実火災を想定したら、少なくとも材料は自己消火性に設計されていなければ危険である。LOIが19程度の材料では、仮に難燃性試験を100%通過できても実火災で引火した瞬間よく燃え、それ自身が火災を加速する存在になる危険きわまりない材料となる。構造材料には使用できない。

 

溶融型で消火する技術では、溶融により火が消える機構が明確で初期消火に効果があることが分かっている。しかし火炎から変形して規格を通過する、というのは邪道である。着火してからの挙動が溶融型では消火となるが変形逃避型では消火する保証が無い。

 

30年程前に仮説による実験の重要性を教えられたが、事例が悪かった。餅のように膨らむ硬質ポリウレタンフォームの普及で難燃性試験が見直され、プラスチックフォーム建築材料は硬質ポリウレタンフォームからフェノール樹脂フォームに変わっていった。科学的に取り扱いにくい分野の技術開発では、仮説よりもあるべき姿を想定することが重要と思う。あるべき姿を実現できる機能とは何か、を追究するのが技術開発である。仮説とは真理を追究するために用いる。

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