生命保険の担当者が生命保険の組み直しを提案してきた。組み直すと支払額が減り有利になるという。そこで言われるがまま変更したのだが、考え方により損をしていることもわかった。これは以前にも書いた問題解決と同じで、システムをどのようにとらえるのか、というところからくる。
すなわち生命保険とは入力(I/P)としてのお金があり、出力(O/P)として保証が得られる仕組みだ。保証内容が変わるとI/Pも変化するが、生命保険会社は、保証内容を工夫し「I/PよりもO/Pが他社よりも大きく見える」魅力的な商品を企画する。
保険商品を購入する、すなわちシステムをどのようにとらえるのかは自己責任であり、生命保険の担当者に責任は無い。また、「死んだときがO/Pの最大値になっている生命保険」というものをどのように考えるのかという複雑な問題がある。
バブルがはじけたときに、生命保険業界はその影響を受け、一部で再編や株式会社化が行われた。また、生命保険の見直しを新聞や週刊誌は書き立てた。すなわちバブル経済では、生命保険の保証内容もバブルだったのだ。
そして新聞や週刊誌が書き立てたのは、生命保険の保証内容が実現されない場合もでてくるので、家計への負担も考え適切な保険に切り替えるように書いていた。これは主に保険の配当金が減額される点を指摘していた。
換言すると、バブル期には銀行にお金を預けるよりは生命保険が有利だ、という社会の雰囲気ができていたことに対し注意を喚起したものだった。今時このような説明をする保険の担当者がいたら注意する必要がある。生命保険と貯金は別物である。
当時、生命保険だけでも10万円近くの支払いをして家計が圧迫されてきたので早速見直しを行った。生命保険が膨らんだのは、姉が生命保険の勧誘員であり、言われるがまま生命保険に加入していたからだ。
バブル期には、貯蓄型の生命保険は銀行よりも有利な配当をつけており、お得に見えた。しかし、生命保険の組み直しを行ったときに知ったのだが、特約事項でその有利な配当が幻になる可能性が説明されている。新聞や週刊誌が見直しを煽った理由の一つである。
当時、生命保険関係の支出を半分に減らしたが、そのとき65歳までの保証内容を最大にするという方針を明確にしていた。今回まだ65歳前だが、保証内容を減らすと毎月の支払額が下がると言うので生命保険をすべて整理し一つにまとめた。
20年ほど前は明確な方針を立てて生命保険を整理したのだが、今回は単純に支払金額や医療の保証関係に着目し、何となく変更してしまった。確かに保険の担当者が言うようにお得な内容だった。但し、変更前に比較すると、65歳までに死んだ場合には大損をする内容である。
生命保険というシステムは、死んだ場合の保証が掛けた金額以上になるので、基本は掛け捨てにならなければ保険会社は倒産するはずである。また加入者数が多くなるほど保険会社が有利となる。保険会社は集めたお金を投資に回し、その運用で利益を出す仕組みだ。
バブル期から継続して掛けてきた保険の保証内容は、まさにバブルだった。65歳までに死亡したときには、掛け金を考慮しても100歳までの収入より多いお金が入ってくる。今回の保険の組み直しで儲けたのは、「今」という時間をとれば、生命保険会社である。「未来」をとると、確かにお得な内容になっている。長生きしよう。
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30数年サラリーマン技術者として活動してきた。周囲からアイデアマンと言われたが、それなりの努力とコツを活用した結果で、天性の素質に頼ったわけではない。コーチングで部下にアイデアを出させたりした経験から考察すると、アイデアの出ない人には一つの共通した特徴がある。
それは努力をしていないか、無駄な努力をしている人である。ある日、君は努力不足だ、とはっきり部下に言ったら、毎日努力している、と真剣に食い下がってきた。見所があると思われたので、あるコツを授けたら、その日から彼はアイデアマンになった。
この体験から、凡才がアイデアを出すには、絶対に努力とコツが必要だと思っている。今は某大手の副社長をしている友人が、高校生の時に「知恵のあるやつは知恵を出し、知恵の無いやつは汗を出せ」と書かれたZ会の添削答案を持ってきて、「皆で汗をかこう」と言っていた。
一緒に仲良く一年目は大学を失敗したが、3月に行われる入塾テストの成績順にクラスと席が決まる予備校で、「なぜ君が前の方に座っているのか」、と質問してきた。「君以上に汗をかいた」と答えたら、「俺はもう少し汗をかく必要があった」と笑っていた。
天性の才能のある人は才能に頼れば良いが、凡才は努力しなければ知識労働者として成果を出せない。ただ努力にもコツは必要で、そのコツのいくつかを弊社は提供している。凡才でありながらそれなりの実績を出してきたので、そのときのコツは誰でも活用できると思っている。
例えば温故知新は、最初に説明するコツで誰でも必ず新しいアイデアが出せるようになる。これは写真会社へ転職したときに、専門外の業務でありながら日本化学工業協会技術特別賞(注)を頂けるほどの成果を出せた、基礎知識が無くてもできる有効な方法である。
(注)昭和35年に公開された特許を実用化した仕事である。パーコレーションを真剣に勉強するきっかけになった。バブルがはじける直前の転職した時代は、スタウファーの浸透理論など科学の成果がまとまりつつある頃で、学会に必ず年に1回は参加する習慣の努力が結びついた。独自に開発したシミュレーションソフトを論文発表しようとしたそのときに炭素学会から同様のコンセプトのプログラムが公開された。その5年後には、高分子学会で導電性高分子のパーコレーション転移を論じた発表が出てきた頃である。パーコレーションそのものは数学者によりもっと古くから議論されていたテーマで、学問の普及の仕方を学ぶ機会でもあった。
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問題解決と題して事例をもとにその概略を書いてみたが、新しいアイデアを考え出すコツの一つに「何が問題か」というドラッカーの問いがある。このドラッカーの問いは、ビジネスプロセスのすべてのシーンで有用な表現だ。
新しいアイデアをひねり出す必要があるときに、目の前のシステムを少し変えたものについて入力(I/P)と出力(O/P)を考えてみる方法がある。この方法は使用頻度の高いコツである。TRIZやUSITよりも簡単な方法でアイデアがよくでてくる。
ここまでの表現でよくわからない人は問い合わせていただきたいが、アイデアを出すには努力が必要なことは以前指摘した。考える対象にもよるが、システムを少し変えてそれを考える作業は、実際に行うときに結構大変である。
コーチングでは事前準備が欠かせないが、苦労するのはシステムを理解させて、それの変化系を作り出すところだ。そもそも目の前のシステムを離れて独自のシステムを考える習慣を社会人になるまでにしていないことが問題だ。
新入社員時代に指導社員から仕事の指導を受けたが、最初の内容がバネとダッシュポットの教育だったのは幸運だった。粘弾性モデルを考える時にこのプロセスは、どのような場合にも応用できるアイデア創出法である。指導社員からそのように習った。
高分子材料にバネとダッシュポットのモデルを適用し考える、というスタイルはもう古典であり行われなくなったが、高分子材料設計を行うときには便利な方法である。時間のあるときに今様に脚色し、まとめてみたいと思っている。
以前電子出版をネット上にオープンしていたときに「高分子のツボ」を販売していたが、そのときバネとダッシュポットの解説は除外した。しかし、日々特許などを読んでいると、時折そのような考え方も重要なことに気がついた。温故知新としてまとめてみたい。
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入社試験の回答の定番の一つに、趣味は読書、というのがある。果たして読書は趣味か?特定の趣味の分野の読書ならば、趣味かもしれない。しかし、それでも趣味は読書と答えたくない。知識労働者にとって読書は習慣の一つである。
漫画は読書か、という問いもあるが、議論しても無意味と思っている。会計の入門書は漫画で読んだ。最近は実用書を漫画で読める時代なのだ。漫画で読んで気がついたことがある。実用書はやはり活字だけのほうが情報量が多く理解しやすいのだ。
漫画は理解したような気にさせるが、実用性が無い。実用のために改めて本を買い直したが、手始めに漫画を読んでみる、というスタイルもあると思う。漫画の過激な表現は今に始まったことではなく、40年前からすでに鼻血がでそうな表現の漫画は存在した。
電車の中で過激な漫画を平然と読んでいる高校生を見ると隔世の感があるが、漫画も情報入手の一つの手段と見れば、知識労働者が読んでいてもおかしくない本,という時代なのだろう。
父が亡くなったときに困ったのは本の処分である。昔からの読書家だった。名古屋大空襲があったので、戦後の本しか残っていなかったが、それにしても多かった。最後に読んでいたのは仏像の本だった。
ドラッカーを読み始めたのは父の勧めだが、当方に勧めた割にはドラッカーの書籍は少なかった。アルビントフラーも、コビーも1冊だけだった。警察官の在職中の本はバラエティーに富んでいた。
しかし、亡くなる前の30年間に購入された本は仏教に関する書籍ばかりだった。街の書店ではあまり見かけない本ばかりだが、岩波書店とか著名な出版社の本で、それらを眺めながら、改めて読書は趣味ではない、と思った。
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中国は80%近くいた農業人口を30%に減らし、生み出した労働力を第二次産業へシフトして工業国へ変わろうとしている。経済特区では建設ラッシュがおき、すさまじい早さで町が生まれ変わっている。
中国の景色を見ていて心配になるのは荒れ果てた農地である。おそらくこのまま進むと、中国は農産物の輸入を大幅に増やさなければいけなくなるのではないだろうか。さらに一人っ子政策の影響で人口構造が変化して国を支えていた産業システムまで変わるのである。
10億人を超える超大国のシステムの変化は、世界に大きな影響を与えるに違いない。この影響を予測しにくいのは、共産主義という政治体制をそのまま維持して産業システムだけを変化させようとしているからと思っている。中国の政治システムは中国研究家に質問しても難しい問題だという。
例えば今の習近平体制を予想した専門家はいないと言われている。自動車という商品を基に企業の経営システムを想像するレベルではないようだ。三菱自動車で最初にリコール隠しが告発されたときに、担当者が市場の品質レポートをロッカーに隠していたと報道された。
この報道から会社のシステムが垣間見えた。しかし大きなシステム変更が行われなかったので再発した。この再発は、多くの人が予測できたのではないだろうか。当時の新聞や週刊誌には辛辣なことが書かれていた。
大企業で問題が起きたときに、その問題から社内のシステムを想像できるのは、事務の合理化や標準化が進んでいるからだ。中国について研究者がそのシステムを描いてみても、どのように将来動いてゆくのか見えないという。これは中国研究者の責任ではない。システムを科学的に描いている限り、中国の正しいシステムを描き出すことはできない。
面白いのは中国企業のシステムも国同様にうまく描くことができない。まったく標準化が進んでいないヒューマンプロセスのシステムだからだ。人件費が高騰して倒産する企業が出てきた、とニュースで報じられているが、人件費の高騰で倒産している企業は、ほんの少しではないかと推定している。信じられない理由で倒産している多くの企業が存在するらしい。
倒産する企業が増えても強引に第一次産業から第二次産業へ労働力を移そうとしている中国のシステムは、国も企業もきわめて不透明である。ゆえにそこで発生する問題について意見が分かれるのは当然のことだろう。10年前に書かれた「10年後の中国はこうなる」という本を読み返したが、一部あたっているが外れている部分が多い。その昔「ジャパン・アズ・No1」というベストセラーもあったが。
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メーカーでは技術者が経営に提案しなければいけない時代になった、と昨日書いた。これは技術者が知識労働者だからだ。今の時代は知識労働者も経営者と同じ立場にある。この前提に立ったときに日本のメーカーの技術者はそのように活動しているのだろうか、という疑問がわいてくる。
ゴム会社で半導体用高純度SiCを一人で担当しているときにあたかも社長直下で仕事をやっているような雰囲気だった。今や業界トップの大会社でこのような気分を味わっていたのだから、転職に至った問題はあきらめているが、そこにいたるまで今から思えば信じられないできごとが続いた。
高純度SiCの仕事を提案したのは、CIを導入した時の記念論文募集イベントだったが、このイベントも信じられない顛末だった。もう30年近く前の出来事なので公開するが、首席には10万円の賞金が出ることになっていたのだが、締め切りまでに応募されたのは8件だけだった。そして首席になったのは、締め切り後に書かれたとんでもない内容の論文だった。
当方が記念論文に応募した、という噂を聞いた当方の同期が、応募した論文を見せてみろ、と言ってきた。そして応募した当方の論文を読んで、このようなまじめな科学論文では佳作にも入らない、と言ってきた。当方は締め切り時点で8件しか応募が無いので佳作にぎりぎりはいる、と説明したら、同期は、そんなに応募が少ないのか、と驚いて事務局に電話し、今から応募しても間に合うか尋ねていた。
そしたら事務局は応募が低調なので職制を通じて全社に呼びかけているところだから大丈夫だ、と答えてきた。同期の友人は俺が模範解答を書いてみせる、と宣言し当方に書き上げた論文を見せてくれた。その内容は、実現性は怪しいが未来感あふれるマリンビジネスや豚の繁殖力と牛のうまみを組み合わせた生物を生み出すバイオビジネスの話など荒唐無稽な論文だった。
当方の未だ科学では説明できないが技術的に実現性の高い、有機高分子と無機高分子のポリマーアロイからセラミックスの高純度化を行う技術について、関連技術を調査し裏付けを採って書かれた論文に比較すると、二ー三日で書けるいい加減な論文だ、とコメントしたら、審査する側から見ればどちらも今実現されていないので同じに見える、レオポンが実現されているからトンギューのほうがセラミックスの高純度化よりも科学的に実現性が高く見える、という。さらにこの募集はお祭りの一環で審査員はW大学の先生だから、○○○○な審査になる、と予言していた。
この予言は当たり、「夢にあふれる論文」と高い評価を受け、当方の同期の論文が首席となった。当方の論文は佳作にも入らなかった。同期の指導社員は、こういう結果が予想されたから俺は応募しなかった、と慰めてくれたが、その後海外留学に人事部から指名され、高純度SiCの発明を無機材質研究所で成功し2億4千万円の先行投資を受けて事業をスタートすることになった。
経営が知識労働者に何を期待しているのか具体的に示すことが重要で、CI導入時の記念論文募集イベントは大胆な夢を期待し、それを従業員に示す目的があったのだろうと思った。ただあまりにもすごい論文を選ぶと目的とする意図が伝わらない場合もある。人間性あふれる思考、ヒューマンプロセスの難しいところである。
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その昔、フォード社はすべてを自社で開発する体制を作りあげたという。また、日本では1970年前後に基礎研究所ブームがあり、メーカーの基盤技術開発を自前で基礎から作りあげようとした。日産自動車の基礎研究所が二つ作られたのもその時代だと聞いている。
昔のような基礎研究所の時代ではなくなったが、メーカーのコアコンピタンスとなる技術のマネジメントについてどのように行うのか、今は難しい時代ではある。バブルがはじけた頃に、技術のマネジメント(MOT)が話題になった。メーカーが生産性を上げようとするときに基礎研究所のマネジメントが各企業で話題になったのだ。
ゴム会社では、それよりも10年早く1980年頃に研究所の運営が問題になっていた。これは、指導社員が自分の専門スキルであるダッシュポットとバネのモデルを使うレオロジーが将来無くなる、という発言をしていた背景でもある、と推定した。当方は入社後配属された研究所が縮小されてゆくのに戸惑ったが、ドラッカーを読んでいたので、知識労働者のあるべき姿を悩み解決のため考えた。
その結果、現場の技術者が考え、貢献と自己実現の目的で経営へ提案をしなければいけない時代になった、という結論に至った。ゴム会社のマネジメントもその方向になっていた。ゴム会社の社名からタイヤが無くなり、変化に対して工夫で対応する化工品事業を拡大するという方針で、「電池」「メカトロニクス」「ファインセラミックス」を三本の柱になるように育て事業を展開する、と全社員に社長は説明した。
そしてCI導入キャンペーンの一環として論文募集を会社は全社員向けに行った。社長方針を受け、当時フェノール樹脂の天井材を担当していた当方は、有機物から高純度半導体を製造する技術の提案を行った。紆余曲折あったが、無念の退職をするまで事業立ち上げに経営陣とともに努力した。
今もゴム会社にその事業は残っているが、恐らく当方が会社に残っていたら子会社として独立させるマネジメントを行っていたと思う。また、やめる直前までそのような活動を行っており、住友金属工業とJVを立ち上げたのだ。そのとき出願された半導体冶工具の基本特許はもう権利切れになっているが、このころの活動の証拠文献である。
このJV立ち上げ努力と平行して、日産自動車の基礎研究所と電気粘性流体部品開発のお手伝いをしていた。アクティブサスは、電気粘性流体を用いると大変簡単な構造になり、コストダウン可能な技術に見えたが、シリコンオイルを用いる電気粘性流体が高すぎた。
当時ものにならない技術と思いながらも、高純度SiC事業化のかたわらのお手伝いであってもベストをつくし、3種の電気粘性流体用特殊構造粒子やホスファゼンの難燃性油、そしてこの技術を手伝うきっかけとなったゴムからの抽出物で粘度が高くなる問題を解決した界面活性剤技術などを開発した。短期間になぜ豊富な技術を生み出すことができたのか。それはヒューマンプロセスを用いたからである。その具体的方法につきましてはお問い合わせください。
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(金曜日からの続き)日産自動車は、海外工場の建設を過剰に進めて経営危機になり外資に買収された。その後新社長になり、経営の効率を最優先にして技術開発を置き去りにした。外に現れる商品開発の流れから内部の技術開発システムがうまく機能していないように見える。少なくともメーカーでありながら魅力的な技術が無くなってしまった(注)。
最近「技術の日産」というコピーも聞かなくなった。電気自動車に注力している、といっても独創の技術が見えてこない。燃料電池を用いる水素自動車ではトヨタとホンダが先鞭をつけた。本来ならば日産自動車が最初に商品化すべき車ではなかったのか。それもスカイラインで。今やスカイラインは心臓部を輸入品でお茶を濁す本当に箱だけの箱スカになってしまった。
製造業が農業のように廃れ、労働集約的なサービス産業へ人材が流れてゆくのは、ドラッカーも自然の流れとして指摘しているが、製造業が無くなるわけではないのである。日本の農業が絶えることのない品種の改良の努力で生き残ってきたように、製造業が生き残るためには、やはり市場でイノベーションを引き起こす新技術の開発努力が必要である。
新技術の開発といっても、1970年代の研究所ブームのように一社ですべてをまかなう基礎研究所を建設する時代ではなくなった。外部に依存できる技術は、積極的に外部から導入し、効率を上げる時代である。連携と補完は製造業のマネジメントで重要なキーワードの一つである。トヨタもスバルやマツダと積極的に提携を行い商品開発の効率を上げている。
しかしトヨタと日産を比較すると、その昔+100ccの魅力でカローラが登場したときよりも大きな差が生まれている。当時から80点主義と言われ続けているが、HV自動車や水素自動車にその技術開発の成果が見られるように、トップの自動車会社として生き残るためのマネジメントが機能している。日産は将来マツダやスバルに負けてしまいそうな雰囲気でもある。すでにホンダの後塵に甘んじる企業になりつつある。
かつて選択と集中が叫ばれたが、選択と集中は、意志決定により選択が行われ、それが全体システムの集中という行動となって現れる表現である。選択がシステムの効率化だけならば、教科書通りに行えばよいので誰でも意志決定できるのである。
システムに付加価値をつけられる社長が本当に優れた社長である。社長の給与が自動車業界で一番高い会社が、何も付加価値を社会に生み出していないのは恥ずかしい。挽回するためにヒューマンプロセスが必要で、それが無ければ独自性を作り出すこともイノベーションも起こせない。
ペンタックスは、ホヤに買収された後リコーに切り売りされるような運命になっても、K3-Ⅱに搭載された高精細化技術のような昔ながらの独創を発揮している。技術者の思いが商品に宿っているようだ。企業の技術陣は、社会にその貢献が見えるように活動しなければ技術のブランドを残すことができない。いつまでペンタックスやスカイラインのブランドが残っていくのか注目したい。
フィルムカメラではペンタックスを使い、デジカメではニコンのD2Hを購入度、D3へとニコンに切り替えようとしたが、独創のペンタックスの商品につられ、今ではニコンとペンタックスを使っている始末である。お客様に商品を買わせる技術開発が重要である。ベンツ社のエンジンのスカイラインなど誰も買わないのではないか。いつの間にかスカイラインよりもマークXのほうが売り上げが多くなっている。
(注)1990年頃の日産には、二段階の基礎研究所があったようだ。電気粘性流体の開発を担当していたときに、基礎研究所の最も基礎を研究する部署と共同開発を行っていた。おそらく今はそのような部署はなくなっているだろう。バブルがはじけた後、外人社長によって進められた壮絶なリストラで、多くの優秀な技術者を日産は失った。リストラをやり過ぎて、あとから退職した社員に戻ってこい、という案内を出したほどである。友人の技術者からその話を聞いた。昔のような基礎研究所の時代ではなくなったが、メーカーのコアコンピタンスとなる技術のマネジメントについてどのように行うのか難しい時代ではある。技術者が考え、貢献と自己実現の目的で提案をしなければいけない。
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STAP問題で小保方氏作成のマウスからES細胞が見つかったが、このES細胞がどこから混入したかは謎のままだった。おそらくこの謎を解く目的で、元理研上級研究員がES細胞の窃盗容疑という問題で訴えることを思いついたのだろう。科学の問題を法律で解く(注)、という手段を選んだのだ。
ただこの告発には当方は賛成しかねる。現代の科学のレベルで論理的に導かれる犯人が明確であり、その犯人が真相を語っていないからである。なぜマウスからES細胞が見つかったのかは、実験に関わった方がご存じのはず。しかし、誰もそれを語らない。それは語れない理由があるから、と推定している。
組織内の人物が情報を知っていることがわかっており、それを組織外に出そうとしない意志が働いている内容について、法的手段を使い強引に情報を引き出そうというのは、例え知る権利があるからと言っても判断に迷う問題である。
マウスからES細胞が見つかった理由は、若山研究室のES細胞を盗み出し、悪意があってマウスへ入れたから、という前提で今回の告発が成されている。しかし告発しているのは、研究室外の人物である。なぜ研究室内部の人が告発しないのか。告発できない理由があるのかもしれない。
公の研究機関の事件なので、すべて明らかにしなければいけない、という考え方を理解できないわけではないが、なんともやりきれない告発である。もし科学的に完璧にSTAP細胞の存在が否定されているならば、今回の告発に当方も賛成したかもしれないが、STAP細胞の存在については、まだ、科学的に易しいと言われている完璧な否定証明ができていない。追試をやってみたが、できなかった、すなわちある実験だけが否定された状態である。
ES細胞の意図的な混入に科学的な意味があった可能性も有り、もしそうならば、今回の告発は明らかにその意図を持った人を糾弾している告発になるのではないか。悪意ではなく、それが科学的意味のある行為だったなら、今回の告発は科学の芽をつぶす行為となる。真相を知っている人物は、早急に事実を明らかにした方が良いだろう。
科学の問題は、あくまでも科学で正すべきで、もしそれができないならば、科学を進歩させなければいけない科学者に責任がある。今回の告発を、自然科学の研究における失敗について法的手段で訴える時代になった、ととらえると、性善説を前提としている科学の世界が終焉したことになる。残念である。
(注)科学の時代を「科学ですべてを明らかにできる」と誤解している人がいるが、科学で理解できない現象のほうが未だに多いのである。例えばPPSと6ナイロンの相容やポリスチレンとポリオレフィンの相容を技術で実現しても、教科書に書かれているフローリー・ハギンズの理論に反する事実なので信じてもらえないだけでなく評価もされない。例えそれが商品として成功していても科学で解明されていなかったら科学者は信じないのだ。
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(昨日からの続き)今自動車業界で元気が良いのは、トヨタとスバル以外にマツダがある。「マツダ、マツダ」と女性がささやき耳に残るCMも評判だ。そのマツダは、HV流行の兆しがあっても、既存のレシプロエンジンについて究極の省エネ技術開発を目指した。
その結果スカイアクティブと愛称をつけた一連の技術群からヒット商品が生み出されている。その技術の優秀さは、トヨタ自動車が、マツダとエンジン技術について提携を検討していることからも証明された。
マツダといえば独創のロータリーエンジンが有名である。その開発を中断し、クラシックエンジンのブラッシュアップに開発資産を集中するという意志決定で成功している。コンパクトなロータリーエンジンの特徴を生かしたHV車という魅力的な企画があっても、ディーゼルエンジンやレシプロエンジンの完成を目指した。
トヨタのHV技術は、1980年代のセラミックスフィーバーで開発されたガスタービンとモーターのHV技術にルーツがあり、ガスタービンエンジンのコンパクトさにモーターを組み合わせたそのアイデアは、当時のモーターショーで注目を集めた。ロータリーエンジンも同様にコンパクトなエンジンなので、ロータリーHVとして登場するかもしれない。
昔カローラとサニーの競争で敗れ、万年二位だった日産自動車はといえば、マツダから売れ筋のミニバンのOEM供給を受け、ベンツからはダウンサイジングターボエンジンを導入し、プリンス自動車の系統でかつてのカリスマカーであるスカイラインに搭載した。ベンツのエンジンだからブランドは魅力的だが、その性能はスバルのエンジンに及ばない。
その昔、スバルは日産の傘下にいたのだから、スバルからエンジンを導入してスカイラインに搭載した方が良かったのではないか。おそらく水平対向エンジンを搭載した低いボンネットのスカイラインはデザインも良くて売れたかもしれない。スバルS4に市場を食われているマークX(旧マークⅡ)の対抗車種はスカイラインだった。
スカイラインといえば、ケンメリ、とか箱スカ、羊の皮をかぶったオオカミ、スカG、ジャパンなどと呼ばれ、その各時代において日本を代表する名車の一つであり、日産のカンバンブランドだった。そこに他社のエンジンを積み販売するのである。自動車業界の動きを見ていると、技術開発における意志決定の重要性が見えてくる。(続く)
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