午後の時間は、当方の自由時間の様なものだった。指導社員は当方にすべて仕事を任せてくれて、当方はただ翌日の座学の最初に一日の実験報告をするだけだった。
その報告の中である日、実験方法について議論になった。材料の振動エネルギー吸収能力の評価時間が材料開発の律速段階となっていたからである。すなわち混練し加硫したサンプルについてスペクトロメーターでデータを収集していたのだが、その測定時間が2時間近くかかっていた。
当方は、目標からほど遠いサンプルについても同じ測定するのは時間の無駄で、とりあえず80Hzと10Hzの2点だけ測定すればよいのでは、と提案した。
当時開発していたのは防振ゴムであり、振動周波数の広い領域で振動を吸収できることが材料に要求されていた。しかし、高分子材料はある特定の狭い振動数の領域だけエネルギーを吸収し、それ以外はバネの効果が大きかった。
ゆえに80Hzと10Hzの二点でエネルギー吸収能力の大きい材料ができれば、それが目標の材料物性を備えていると考えた。
このエネルギー吸収能力のわかりやすい例として、室温付近にTgを有する材料でボールを作ってみると、ほとんど弾まないボールになる事例がある。
すなわち、このボールは室温付近でエネルギ吸収能力が大きいので、弾ませたときにエネルギー吸収が生じて反発できない。
測定周波数を変えながら、このエネルギー吸収の大きさをスペクトロメーターで測定していた。そして気がついたのは、80Hzで損失係数が高いときには、10Hzで低くなり、10Hzで高いときには80Hzで低くなる、という当たり前の現象だった。
目標は80Hzで測定しても10Hzで測定しても損失係数が高い材料なので、この2点だけで評価を進め、両方の周波数で条件を満たした材料だけすべての周波数で測定すればよい、と考えて評価時間の短縮を提案した。
そして用意されたすべての樹脂を1ケ月で評価し終える、と宣言したら、これは1年間のテーマだから急がなくてよい、と指導社員は応えられた。
当方は提案について指導社員が否定されなかったので、翌日から提案した方法で仕事を進め、1ケ月どころか1週間ですべての樹脂の評価を終えて、いくつか製品の候補になるような樹脂補強ゴムの配合を見つけることができた。
このような仕事のやり方について指導社員から特に注意を受けなかったので、見つけた配合について耐久試験に移ろうとしたところ、指導社員から分析グループの女性を紹介された。
そして当方が候補として選んだ樹脂以外に指導社員が評価済みの樹脂の中からいくつか樹脂を選び、それらについて細かくデータを収集するように指示を受けた。そして、作成したサンプルはすべて分析担当の女性に渡すように、とも言われた。
翌日から座学の半分の時間は、分析担当の女性が撮影した電子顕微鏡写真とゴムの製造プロセスも含めた処方の議論が行われるようになった。
この業務状態は1週間ほどで軌道に乗ったので、それから平日は夜中まで仕事をするようになった。すると評価サンプルがどんどん増えたので、分析担当の女性がもう一人つけられた。ますます仕事は加速し、3ケ月で材料開発と報告書作成が完了した。
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毎日午後は、自由に実験できる時間だと言われた。そのため、配属されて最初の一週間は、社内の実験設備を使用する方法を指導された。
指導社員が設計して創作された世界に一台しかない粘弾性測定装置スペクトロメータは、現在市販されている粘弾性装置の4倍の大きさだった。
当時マイコンが無かったのでミニコンで動作しており、この制御部分が半分の面積を占めていた。またサンプル取り付け部分やサンプルに信号を送るモーター部分はじめすべてが大きく頑丈に作られていた。
このスペクトロメータは指導社員の管理装置だったので自由に使えた。それ以外の設備はすべて予約や設備管理者との調整が必要だった。
指導社員は使う必要のない設備も含めてすべていつでも使用できるように設備管理者を紹介してくれた。おかげで名刺ホルダーがすぐにいっぱいになった。
勉強になったのは、ゴムの混練製品開発の実用化を考えたなら必ずパイロットプラントの試作設備でゴム材料を混練しなければいけないといわれたことである。
また、製作したゴム材料について早い段階で繰り返し引張による耐久試験器を用いて信頼性のチェックを実施することが実用化を失敗しないコツである、と指導された。
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毎日午前中は指導社員による座学が行われた。これは大学の講義よりも面白く大変に役立った。この指導社員の講義を聴きながら、なぜ大学の授業がつまらないのか考えた。
指導社員は、ダッシュポットとバネによるレオロジーの議論は将来無くなるだろう、と予測されていた。粘弾性論を大学院で学んでいた時には面白かったが、実務でゴムを扱うようになってその体系に疑問を持ったそうだ。
確かに電磁気学の体系と粘弾性論とは美しく似ているが、実験で遭遇する様々な現象について考察を進めたところ学んできた粘弾性論を怪しいと思うようになったという。
大学の授業ではこのような話の展開にならない。学問の体系は絶対であり、すでにそれが完成された体系として学ぶ。その結果理解よりも記憶が優先されるような講義になる。
講義している本人から、怪しいがとりあえずこれを知らないと仕事にならない、などと言われると、頼りなさよりもなぜ怪しいと感じているのかという点に興味がわいてくる。
指導社員による朝の座学はこのような調子だったので、質疑応答が中心となって進んでいった。しかしそれは当方が仕事を体得するまでだった。
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NHKの大宣伝で4Kと8K放送が開始したことを知らされた。我が家のTVは4K対応TVであるが、今年の10月以前に購入したのでチューナーがついていない。だからせっかくの4KTVであっても高画質放送を楽しめないのだが、不思議なことに特に残念な気分にならない。
4Kチューナーはそれほど高くないのでやがては購入しようと思っているが、心配なのは衛星放送用のアンテナとブースターだ。NHKの説明によると4K放送はチューナーだけで大丈夫だが8Kを楽しむためにはアンテナやブースターまですべて8K対応にしないと受信できないそうだ。
しかしこのような説明があるにもかかわらず、ネットには早々と4K放送がチューナーだけでは映らなかった、という書き込みがある。まだ放送が始まったばかりなので、どのような場合に受信できないのか情報不足で今すぐにチューナーを購入する気持ちになれない。
かつて衛星放送や地デジが始まったときには、まったく異なる放送として説明されたのでわかりやすかったが、今回のNHKによるPR内容では既存のTVでもチューナーを購入すれば簡単に映ると誤解している人も多いかもしれない。
実はNHKが盛んに宣伝しているような単に番組が高画質になるというわけではなく、高画質番組を始めた新しいTV局の電波で放送される、というのが正しい理解だ。
だから単純にチューナーを購入しても高画質を楽しめない可能性があるから注意したほうが良い。NHKのサイトの説明では4K放送はチューナーの購入だけで良いような説明がなされその他の問題について詳しく説明されていないのは不親切である。
ところで40インチ前後のTVでは、4K対応のTVであればハイビジョン放送でも十分な画質で大相撲を楽しめる。観客の顔も従来のハイビジョン対応のTVよりもくっきりと見えて、貴景勝の優勝が決まった瞬間映し出された高安の表情と観客の表情が面白かった。大画面TVになるほど画素の問題は大きくなるが、30-40インチ程度ならばハイビジョンでも十分楽しめると思っている。
レコードをCDの音質でデジタル化した場合とDVDの音質でデジタル化した場合にはその違いを劣化した耳でも聞き取ることができた。これはヘッドホーンでなくてもスピーカーから十分に離れて聞いてもその差が分かるレベルだ。
しかし40インチ前後のTVでは、2m程度画面から離れて鑑賞する場合に、先日行われたNHKのPR番組で見るかぎりハイビジョン放送と4K放送の画質の差はそれほど大きくない。よくわからなかった、というのが正直な感想だ。
おそらく4K以上の放送を感動して楽しむためには、50インチ以上の大画面TVが必要と思われるが、このような大画面TVを購入できる世帯がどれだけあるのだろうか。設置場所だけでも大変だ。天井に照明と兼用して利用している光景を思い浮かべ笑ってしまった。
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1979年10月1日にゴム会社の研究所へ配属された。指導社員は神様のようなレオロジストで、ダッシュポットとバネのモデルから導かれた常微分方程式を関数電卓で解く人だと紹介された。
1年間の新人テーマとして、指導社員が材料設計した樹脂補強ゴムの実用処方を開発し、大衆車の低コスト高性能エンジンマウントを製品化する業務が用意されていた。
テーマ説明を受けて奇妙に思ったのは、すでに配合処方が出来上がっていたことである。それを標準配合として、さらに適した樹脂を探索するのが仕事だと補足説明を受けた。
指導社員が1年かけて行ったダッシュポットとバネを組み合わせたエンジンマウントのモデルについてシミュレーションされた結果と、指導社員が考案した標準配合のゴムの特性が見事に一致していた。
ただ、指導社員からここだけの話として聞かされたのは、その標準配合は彼のKKDで見出したものだという。シミュレーション結果と見事に一致した特性のゴムを見出すことはできたが、どのような樹脂とゴムを組み合わせればそのようになるのかは不明だという。
それを明らかにするために20種以上の樹脂を用意したので標準配合の樹脂成分を変えたときに物性と高次構造がどのように変化するのかを科学的に探るのが当方の仕事だという。
すなわち、業務として簡単にまとめると、標準配合の樹脂成分を他の樹脂に置き代えた処方のゴムを幾つか混練し加硫後のゴムの分析と物性測定を行い、もっと最適な樹脂が無いのか探るだけである。そしてその実験過程で得られたデータから処方設計の法則をまとめ上げるのは研究所としての成果だった。
ただし分析項目や測定すべき物性もわかっているので、科学的に仕事をといわれても、これはほとんど頭を使う必要のない肉体労働だった。修士課程の2年間無機材料の講座で学び、高分子の知識が皆無に近い新入社員の当方には最適なテーマだと思った。
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帰納法こそ科学の原点とか、科学は一種の思想であるとか、科学について諸説あるが、科学が論理学の誕生とともに成立したことや真理の追求が使命であることは共通した見解である。
誤解があるのは技術に対してであり、科学技術という呼び名がそもそも悪いような気がしている。科学が無くても技術の発展の歴史が存在しているからで、それゆえ科学は哲学という見方も出てくる。
それにかかわった日本のアカデミアのお粗末さが明らかになったSTAP細胞の騒動は一人の優秀な科学者が自殺した悲劇的な事件だった。そこに見え隠れしたのは科学を正しく理解していない多数の科学者の存在である。
未熟な科学者の引き起こした事件としてこの騒動をとらえる人もいるが、生化学の世界でSTAP細胞技術を開発しようとした無知な人を科学者として持ち上げた失敗が原因である。
この騒動は、第一線の科学者と呼ばれている人さえも科学やそれにかかわる倫理を正しく理解していない現実をさらけ出した。また、一流と言われている大学のいい加減さと無責任さを社会が知ることになった。
科学により加速された技術開発は20世紀に大きく進歩したが、そもそも科学とは何か、技術とは何かをそれに携わる人々が深く考えず現在に至っているように思う。
そのまま企業では研究部門の見直しやリストラがバブル崩壊後進められたが、果たして成果があがっているのだろうか。
1960年から1970年にかけての研究所ブームはその考え方が明確であり、アカデミアのような研究組織が各企業で作られた。大局的に見ればそれは一定の成果をあげバブル経済に貢献している。
ゴム会社では、日本を代表する合成ゴムメーカーを生み出す活動があり、その成功体験からLi二次電池や電気粘性流体、ファインセラミックスへの挑戦が行われ、高純度SiCの事業が30年経った今でも存続している(今年10月に㈱MARUWAへ譲渡された)。
今企業に必要なのは、やはり社会をイノベートできる技術開発を担当できる組織であるが、その組織構造は、研究所ブームの時のような科学を具現化したような組織ではなく、新しいコンセプトに基づく構造体ではないか。具体的には弊社へご相談ください。
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科学の成果をもとに技術開発を進める方法は20世紀にどこの企業も実践してきたことだ。当方がゴム会社に入社した時の新人研修発表会で、CTOから統計科学により導かれた結論を頭ごなしに否定された。それ以来、技術と科学について悩むことになった。
これは今から思えば大変に良い経験だったと思い出される。当方が素直にCTOの意見を受け入れることができたのは、その前に実施された1.5ケ月間の現場実習の体験があったからである。
この期間に見聞きした技術は、大半が科学の成果ではなかった(注)。当時高分子科学がゴム材料について十分な寄与をしていなかった、というよりもまさに高分子科学が大きく進歩しようとしていた時だったからである。
ダッシュポットとバネの要素モデルで研究されたゴムの世界は大きく変わった。20世紀末にはOCTAというシミュレーターまで登場し、シミュレーションを活用した材料設計の可能性が見えてきた。
このような技術開発経験から科学による技術開発の方法とそれに頼らない技術開発の方法がある、との確信に至った。
後者については一つ間違えると技術者と職人の境界が分からなくなるが、開発成果について科学の検証を加える習慣を身につければ防ぐことが可能である。
わかりやすく言えば、技術開発を行って成果を出してから科学的研究を行う、という手順を踏めば、職人に陥る心配は無くなる。またこうすることで基盤技術を伝承しやすくする。モノづくりにおいて「標準語」である点が科学の重要な役割である。
(注)同期の友はこれゆえ「この会社には科学技術が無い」と言い残して、研修終了直後転職し転職先で社長になっている。確かに「科学技術」は少なかったが、先人の努力による技術は多数息吹いていた。タイヤ設計実習発表のプレゼンは彼との技術論議についてCTOにより結論が出されたようなできごとだった。当時の社会状況では科学のつかない技術を軽蔑する風潮があったが、科学が接頭辞として着かなくても技術は技術である。これまで科学の方法に偏りすぎていただけで、技術には人類の営み同様の自由な活力が必要である。
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以前この欄で書いているが、カオス混合装置の発明は、無端ベルトの押出工程を半日以上眺めていて頭の中で完成している。
経験知と暗黙知が大きな役割を果たしているが、とにかく最悪の場合には目の前にある押出機を混練機の代わりに使えばよいと考えていたから気楽だった。
実際の技術の姿は、二軸混練機にカオス混合装置を取り付けてコンパウンドの生産を行っているが、用いているカオス混合装置は、無端ベルトの成形金型の一部、すなわちイメージされた機能部品を3つ重ねたような構造をしている。
カオス混合装置を考案したときに、目の前や頭の中で起きていた現象は、現代の科学では説明できない。
目の前では教科書にも書かれている著名なフローリーハギンズ理論では否定されるPPSと6ナイロンの相溶現象が起きていた。そしてそれを示す音が頭の中に艶めかしい妄想(注)を描き出していた。
現象を科学的に解析してみても、「フローリー・ハギンズ理論によるとΧ=0で相溶が起きる」と教科書に書かれているような現象ではないことを確認できた。
これは非科学的現象と言ってもよいような現象であるが、カオス混合装置の実用化のためにはどうでもよいことだった。ただ、機能の再現確認のために、科学的には否定されるような現象を利用しただけだ。
ところでカオス混合装置の最適化は試行錯誤で行われた。頭の中に完成の姿がほぼできていたので、科学的に開発を行うよりも経済的だった。無端ベルトの金型図面から寸法を読み取り、吐出速度との関係を参考に実験を進め、その機能を完成している。
そこに科学的な根拠があったわけではないので、この発明を科学の成果とはいえない。ただ機能の再現性については統計手法やタグチメソッドを用いて確認している。
また、いわゆる職人の手による成果でもない。おそらく職人ならば何十年もその完成に時間をかけなければ技術を完成できなかっただろう。まぎれもない技術の成果である。
これが可能となったのは、30年以上前のロール混練の経験知があったからだ。それはたった3ケ月間の経験だったが、当時の指導社員のおかげできれいに頭の中が整理され体系づけられていた。ゆえに暗黙知も忘れることなくすべて思い出すことができた。
技術とは、非科学的な現象を前にしても臆することなくそこから人類に役立つ機能を取り出す技である。技術は科学の下僕でもなければ科学を頼る必要もない独立した技である。
ただ、科学があればそれを便利な道具としてあるいは技の一つとして技術の完成に役立てているだけである。ゆえに1970年代に「技術と科学は車の両輪である」と言っていた人がいたが、これは至言である。但し車軸式である必要もなく独立懸架であってもかまわない。
(注)PPSはボツの発生しやすい材料で、押し出されたベルトを後加工しなければ中間転写ベルトに使用できなかった。しかし、頭に描かれた新技術では、PPSと6ナイロンが相溶してボツの無いまさに艶々したベルトが連続して押し出されていた。カオス混合技術により収率が100%近くになっただけでなく、表面のボツを対策する後工程も不要にした。
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剪断粘度を高めて混練したいときには温度を下げればよい。ロール混練では、ロール間隙を変えても、あるいはロールの回転速度を変えても剪断粘度を高めることができる。
伸長粘度は剪断粘度の3倍あろうがなかろうが、剪断粘度を3倍にも4倍にもする方法は実用的にはいくつもある。これは二軸混練機も同様で、スクリューセグメントの変更や回転数のほかにも剪断混練という特殊な条件もある。
但し、剪断混練では、トルクオーバーに気をつけなければいけないが、L/Dが40前後の混練機で伸長流動を利用するよりも剪断流動に頼ったほうが確実に分散がうまくゆく。
当方の経験では、二軸混練機では剪断流動を重視した混練条件で混練を行い、カオス混合機を取り付けて伸長流動を発生させた方が混練効率は上がる。
カオス混合機についてはようやく国内で検討しようとするお客が増えてきた。複雑なポリマーアロイや高級エンプラの混練では不可欠だと思っている。
このあたりについて技術の詳細を希望される方が多いので、6名以下の参加者によるミニセミナーを弊社事務所で随時行っていますのでお問い合わせください。
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科学は、世界中が認めた一つの哲学であり、これが産業革命以降の技術の発展を加速したが、忘れてはいけないのは、科学が生まれる前にも技術が存在したという事実である。
この技術については、「マッハ力学史」やファーガソン著「技術屋の心眼」に詳しいが、科学が無くても技術開発は可能である。また、現在われわれの身の回りにある便利な道具がすべて科学の成果と思うのは間違いである。
例えば当方が開発したゴム会社の高純度SiCは、その製造プロセス開発に科学を用いていない。ただし、それが妥当な技術であることの証明には科学を用い、論理的に説明し学位を授与されている。
写真会社のレーザープリンターに用いられているPPS中間転写ベルトに至っては、PPSと6ナイロンを相溶させた科学では説明できない材料で技術を完成させている。
退職後科学的に自分の開発した技術を見直し、来年あたり本にまとめる予定だが、技術を生み出すために必ずしも科学は必要ではないと実感している。
ただ共通言語としての科学の恩恵にはこれまで十分に助けられた。その体験からアカデミアにおける科学的研究活動には敬意を払うが、一方人文学の衰退が著しい点を少し危惧している。
人文学の研究者から現在の技術に関する批判なりがもう少し活発に出てきてもよいように思う。人文学の視点で技術の向かうべき方向とかさらには技術開発の方法論まで出てくると面白いように思う。ゲーテの研究だけが人文学ではない。
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