ドラッカーがその遺作の中で、「誰も見たことの無い世界が始まる」と表現した時代である。仮説を立てて、それを確認するために実験を行う、という姿勢だけでは新しい技術を開発できない時代になった、ともいえる。
そもそも仮説を立案すためには、前提となる科学的に解明された現象が必要である。ところが科学で説明しにくい、あるいは説明できない現象を前に、仮説を立てながら問題解決をしていたのでは時間がかかるだけでなく、解決できる可能性も保証されない。
訳の分からない現象を前に仮説を立てるのは難しいが、こうあって欲しいとか、このように機能しているはずだ、とかいう期待は、誰でも持つことができる。そもそも技術開発とか商品開発は、そのような淡い期待を持って行っている。
この時この淡い期待を明確に図に書き、それを実現するための実験を考える、というやり方は有効である。一般の実務書には「ゴールを明確にする」と表現されている方法である。図が得意でなければ言葉でも良いが、言葉よりも図の方がより明確になりアイデアを導き出しやすい。
ゾルから生成されたミセルを用いてラテックスを合成し、そこへゼラチンを添加して高靱性ゼラチンの塗布液を開発した時には、この方法で実験を進めた。まず、シリカが凝集しないで分散しているラテックスの様子を図で表現した。これは、科学的真実にもとづいていないので仮説ではなく漫画である。
次にそこへゼラチンを添加した図を書いてみたりして、理想的な状態を様々な漫画で表現してみた。その過程で高分子をシリカに吸着させてゾルからミセルを生成する、というアイデアが自然発生的に出てきた。たまたまコアシェルラテックスの合成条件を検討していた時で、失敗した実験で得られたサンプルがそのようになっているかもしれない、と担当者が叫んだので大騒ぎになった(注)。
あとは成功体験をするだけだった。コアシェルラテックスを合成できず失敗した実験について再度慎重に行い、そこへゼラチンを添加したところ増粘しなかった。さらにそれで単膜を製造したら、コアシェルラテックスを添加したゼラチンよりも高靱性のゼラチンが得られた。担当者は興奮のあまりひっくり返りそうであった。
この成果は、転職した写真会社でコーチングの研修を受けた直後にだすことができた成果である。電気粘性流体の増粘の問題を解決した知見が役立ったのだが、その知見は科学的知識とは呼べない。技術開発で得られた経験値を体系的に整理した知識である。
コーチングで成功するためには、このような経験値が重要なのだが、一般のコーチングの研修では、なぜかこのあたりにふれない。経験値の整理方法もコーチングの研修に必要で、ドラッカーもその著書の中で体系だった知識の重要性として指摘している。
(注)このコーチング過程では思考実験を行っていることになる。思考実験ではアハ体験が可能で、脳科学をテーマにしたテレビ番組でも指摘しているように、その瞬間はものすごい快感が訪れるようだ。苦労すればするほど、解決方法が閃いた時の快感は大きい。一度この体験を行うと思考実験を繰り返したくなる。ただし、他人に言われると落胆にかわる場合もあるのでコーチングスキルが重要になる。
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科学的に未解明な領域で仮説を立てて実験を行う、という科学的手順で問題解決するプロセスは、よほどの賢人でない限り選ばないほうが良い。あのノーベル賞受賞者の山中先生でも、そのような方法ではなく、あみだくじ式実験で大当たりを引き、ノーベル賞を受賞されている。
当方の説明よりもヤマナカファクター発見の事例のほうが権威があるが、おそらく山中先生はそれを問題解決法の優れた事例として説明されないだろう。また説明しずらいお立場である。だから活動報告で当方の実体験を公開しているが、本来は山中先生に大きな声で科学に縛られるな、と警告を発してもらいたいぐらいに思っている。
もう少し本能的な実験のやり方が見直されても良い。本能的な実験のやり方、といっても単なる思いつきの実験ではない。機能実現のための本能的な実験である。機能実現のための本能的な実験に成功した時には、ものすごい快感あるいは感動が得られる。
このものすごい快感が得られるという理由で本能的実験と表現しているのだが、山中先生もiPS細胞を生み出すヤマナカファクターを発見された時には、同様の快感を体感されたのではないだろうか。仮説を立てて実験を行い、仮説の正しさを実証できた時にも感動が得られるが、本能的実験の結果得られる感動はその比ではなく快感でもある。
できるかどうかわからないものが解決できてしまうのだから、達成感どころではない。ところがこの感動を職場であからさまに出してはいけない。人のいないところで味わうように注意すべきである。反感や妬みを買う恐れがあるからだ。思わず出てしまうドヤ顔も、できるならばしないほうが良い。
科学的に未解明な領域で科学的に問題解決することが、いかに時間や費用がかかるかはSTAP細胞の騒動を見れば明らかである。おまけにリスクもある。しかし、その領域で機能実現のための実験は可能である。科学的な説明は難しいが、ヤマナカファクターのように幾つか機能を実現した実例がある。
当方の経験でも、リアクティブブレンドによる高純度SiCの合成法や、電気粘性流体の耐久性をあげる第三成分の開発、ゾルをミセルに用いたラテックス重合技術、ポリスチレンとポリオレフィンの相溶技術、PPSと6ナイロンの相溶を実現したカオス混合技術、リサイクルPETを用いた難燃剤を用いない環境樹脂など科学的に証明ができない事例は多い。
これらは、機能実現のための実験により生み出された事例なので、未だになぜ、その方法なのかあるいは何故できたのかについて、科学的証明が成されていない。あのヤマナカファクターについても、未だ経験的に見出された状態に近い。
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ローソンが宅配便サービスを始めるという。そしてその中に御用聞きのサービスがあると書かれたニュースを読んで驚いた。まるで先祖がえりである。
50年以上前ご近所の小売店は、米屋だけでなく味噌、醤油やパン、牛乳に至るまで御用聞きが我が家へ訪問していた。パンや牛乳の御用聞きがこなくなり、次に味噌と醤油がこなくなった。米屋は同級生の店ということが理由かもしれないが、当方が就職しても暫くは御用聞きに来ていたようだ。
やがていつの間にか一人も御用聞きが来なくなった。いつの頃か記憶にないが、母親から買い物でお米を買って帰るのが辛くなった、と愚痴を聞いたので、米農家からの直配サービスを利用するようになっていた。幼馴染の米屋はレコード屋に変わっていた。
米屋から転じたレコード屋ではCDを売っていたが、25年前まで看板は「**レコード店」のままだった。米屋だけではやっていけないから、レコード屋を併設したことは聞いていたが、バブルはじける直前には「マルチメディア館」となり、いつのまにか米屋を廃業していた。
やがてその「マルチメディア館」は、レンタルビデオや通信販売なども始めた。今はもっぱらインターネット販売が売り上げのほとんどでアマゾンとの競争にならないようにしているという。
時代の流れとともに商流が変わり、大資本の進出で中小の零細業者が駆逐される流れの中で業態を変えしぶとく生き続けている小売店もある、と感心していたら、大資本の店舗が、その昔に小売店がやっていたような御用聞きを始めたというニュースである。先祖がえりの現象であるが、温故知新でもある。
もしこの御用聞き作戦が成功したならば、コンビニ業界にイノベーションが起きる。なぜならコンビニで扱っている商品は生活に便利な品というカテゴリーで何でもアリだからである。そしてこのイノベーションはヤマダ電機やビックカメラにも波及するはずだ。
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機能を確認することを優先する実験では、科学の手順こそ唯一の創造の手段と信じている人には無茶苦茶に見える実験でも許される。耐久試験が終わりドロドロになって廃棄されていた電気粘性流体に界面活性剤を添加して機能を確認する実験の話を先日書いたが、この実験は「科学を唯一の哲学」と信じている人には認めがたい実験のはずである。
工学博士のリーダーは、その実験手順について、実験そのものがナンセンスと言わずに、実験の結果得られる現象は同じ、すなわちどろどろのままだと決めつけた。今でも記憶に残っている感情的な発言で、その回答の内容にも当時驚いた。すなわち、「科学を唯一の哲学」と認めている人にもかかわらず、廃棄されたサンプルを使用する実験を認めた上で、得られる結果が同じ、と言っていたのである。
界面活性剤の機能を理解していると、素人からは多少乱暴な実験に見える、廃棄物を使った実験でも機能確認の実験として意味があることがわかり、さらに様々な耐久試験で不良になった電気粘性流体の粘度を下げるような添加剤であれば、ロバストも高くなるであろうという見通しもできる。これは経験知からくる判断で、実験の上手い人と言うのは経験知から実験手順の妥当性を見通せる人である。
この時の経験知はどのようなレベルが要求されるのかは、ヤマナカファクタ発見の時に行われた、24個の遺伝子をすべて細胞に組み込むという乱暴な実験を行った学生の逸話を思い出していただくと解りやすい。山中博士が指示したのではなく恐らく工学部の学生が自分の判断で行ったのだろう。実は、その程度の経験知で十分なのである。
大切なことは、新しい機能を迅速に確認したい、という欲求なのだ。それが真理と一致する場合であれば、科学的な実験手順と同様になるのかもしれないけれど、直接真理とは結びつかない場合でも、それを優先して実験を進めることが技術者には求められている。またそれは21世紀の科学をけん引するために、科学者にも必要な姿勢である。
但し新しい機能が確認された後は、それを検証して真理を明確に記述することが科学者には求められている。山中博士もあみだくじ式実験でヤマナカファクターの機能を確認後、真理の実証実験結果を発表し、ノーベル賞を受賞されている。但し、それをどのように発見したのかは受賞までブラックボックス化されていた。NHKでは、特許をその理由に挙げていたが本音は異なると想像している。
また、放送後出版された著書の中では、「すべての遺伝子の組み合わせを調べていたら、こちらの命が先に無くなってしまう」、と本音を語られている。すなわち確信犯的に機能を確認する実験を優先したのだ。当方の実例では説得力が無くとも、ノーベル賞の実例ならば、この機能を確認する実験手順が新技術を見出すことに優れている点をご理解いただけるのでは?
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耐久試験で増粘する電気粘性流体の問題は、簡単な実験から見出された界面活性剤で解決ができたが、そこで選ばれた物質は界面活性剤として市販されていない材料だった。しかし、その分子構造には親水基と疎水基が存在した。ただ、それは界面活性剤の用途に使用されていない物質だった。モデル計算でその物質のHLB値を計算し、先に多変量解析で得られていたマップへプロットしてみた。すると、報告書の最も検討されていなかったところにプロットされたが、その近くには、すでに検討された界面活性剤のプロットも存在した。
そこでお宝がありそうに思われた、検討が手薄な領域の材料について徹底して実験を行ったところ、分子量が機能に影響していると思われる傾向が見えてきた。多変量解析のマップでは、単純に第一主成分と第二主成分で界面活性剤の分布を見ており、化学構造との関係がわかりづらい。第一主成分に対して寄与が大きいのはHLB値であり理解しやすいが、第二主成分は曇天はじめ様々な因子の寄与が大きく材料設計に使いずらいマップである。
新たに見出された分子量とHLB値の両者を軸にして界面活性剤の分布を調べてみると、主成分分析の結果のようにきれいな分布にはならないが、効果のあった界面活性剤周辺では、意味がありそうな傾向が見られた。しかし、その科学的な意味は文献を調べても研究例が無く、「科学的」な理解はできなかった。
これは、界面活性剤の機能について科学的に解明されていない問題が存在することを示す重要な現象である。界面活性剤の教科書を読むとすべてが解明されているような記述だが、このように未だに解明されていない現象も存在するのだ。この事実、すなわち科学万能の今日においても科学ですべてが解明されているわけではない、ということを技術者は強く意識すべきである。
科学で解明されていない問題を扱う時に実験のやり方が特に重要になる、と思っている。科学で解明されている問題では、科学に基づく仮説を立案し、誰でも科学的方法で解くことが可能である。実験など、わざわざやらなくても答えが得られる場合も多い。しかし、科学で解明されていない問題を科学に未熟な技術者が科学的方法で解くのはやめたほうが良い。指導者のいるところでやらなければSTAP細胞と同様の混乱を引き起こすか、否定証明で間違った結論を導き出すのか、あるいはーーーである。
科学で解明されている現象を扱う問題と解明されていない現象を扱う問題の区別については、信頼できるアカデミアの研究者に相談すれば分離できるので、もし開発を担当した領域に科学で未解明の現象が存在するとわかったならば是非弊社に相談していただきたい。解決方法をご指導させていただきます。
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仮説の正しさを検証するために実験を行う、というのは科学的姿勢として正しいし、実験のやり方として科学の時代では常識だろう。しかし人類が誕生してから続けられてきた本能的な実験のやり方もある。それは機能を実現できるかどうかを直接確認する実験方法である。最近ではカラスもこの方法を行い、硬いクルミの殻を割って実を食べるのに成功している。カラスでもできる方法(注)だから誰でもできるはずだ。
界面活性剤を入れた電気粘性流体で耐久試験を行うのも、耐久試験で増粘した電気粘性流体に界面活性剤を添加する実験も結果は同じだ、と工学博士のプロジェクトリーダーから言われたが、恐らく提案を認めたくない感情的な発言だったと思われる。なぜなら正しくは科学的に異なる実験となる。また、機能を確認するという技術の立場でも、履歴が異なるので同一の結果が得られる科学的保証もない。
しかし、てっとり早く直接機能を確認するには、後者の方法が優れている。科学的にも技術的にも結果が異なるような方法だが実験そのものが簡単になり時間を大幅に短縮できる。また、後者の方が簡便に機能の実現可能性を確認できるので大量に実験ができる。少なくとも同じ時間内に50倍以上も情報を取り出すことが可能である。実は技術開発では、仮説を検証するための実験よりも、目標とする機能に関する情報を如何に大量に取り出すことができるのか工夫された実験が優先されると思うし、優先すべきである。
もちろんこのような実験では真実が不明確になるペナルティも覚悟しなければならない。しかし真実を追求する実験は、機能が正しく発揮されてから行えばよい。そうすれば大量の情報が得られた後なので現象に対する見方も鋭くなり、最初に立案した仮説もより洗練されたものを立案しやすくなる。
電気粘性流体の増粘の問題では、てっとり早く機能を確認する方法を用いて有効な機能を発揮できる界面活性剤を見出し、見つけられた界面活性剤を用いて検証実験を行い、技術として完成させた。特許作成時間も含め、1ケ月もかからなかった。界面活性剤では問題解決できない、という否定証明には1年と言う時間が費やされたが、てっとり早く機能を確認するという実験方法ではカラスの行水のごときスピードだった。またいかに優秀な「できない」ことを論じた科学的否定証明でも「できた」という真実の前には、はかない存在となる。
(注)10年以上前にNHKテレビで紹介されていたニュースでご存じの方も多いのでは?
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界面活性剤については、O/W型もW/O型もHLB値でその特性が語られる。これは、親水基と疎水基のバランスでミセルはじめ界面活性剤の機能が決定ずけられているという科学的モデルを用いた解説である。しかし世の中の界面が関係する現象は複雑で、単純なモデルで説明できない現象や複雑怪奇な界面現象を制御できる製品も存在している。
例えば洗剤は科学が誕生する以前に開発されていた技術的成果である。技術では機能を実現しなければいけないので科学的真理が明らかであろうとなかろうと試行錯誤と言う方法で発展してきた。科学万能の時代に試行錯誤を軽蔑する人がいるが、科学的真理を前提とした試行錯誤が強力な問題解決法の一つであることを知らない人も多い。
セレンディピティ―なる言葉で特殊な能力のように表現されているが、科学教育を受けた人ならば誰でも発揮できる能力であり、それができないのは科学の知識が乏しいからだ。科学の知識については、その道の専門家に尋ねれば容易に獲得できるので、その知識の使い方さえ理解できれば誰でもそれを発揮できる。ただセレンディピティ―を発揮しようとすると体力が要求されるので若さは重要な資質だ。
ただ体力勝負だけでは、猿と人間の差別化ができないので多少の工夫をしたい。電気粘性流体の増粘の問題では、オイルに界面活性剤を入れて耐久試験を行い、その効果を見る、という実験が行われている。猿にはできない実験方法で科学的である。しかし、この方法では結果が出るまでに時間がかかるのである。
耐久試験を行い増粘した電気粘性流体に界面活性剤を添加して、粘度を改善できる界面活性剤を見つける、という実験を行えば、短期間に結果を出せる。増粘した電気粘性流体を大量に製造し、それを小瓶にとり、界面活性剤を添加して撹拌し、現象を観察する。界面活性剤を添加して現象を観察するだけならば、30分もあれば結果が出る。
実際の実験では、耐久試験を完了し、廃棄されていた電気粘性流体を利用した。それを300個ほどの試薬びんにいろんな界面活性剤とともに入れ、振とう機にのせて一晩撹拌しただけで、有効な界面活性剤を見出している。たった2日で1年かけた否定証明の実験をひっくり返している。
廃棄されていた電気粘性流体は、何が何だかわからない検体であり、このような同定不可能な状態のものを使用するのは科学的実験では嫌われる。しかしノイズが多い状態で見出された改良手段ならば、再現性が高くなると期待できる。実際には再現性だけでなく、性能も優れた界面活性剤を見つけているが、それは界面活性剤として市販されていなかった高分子である。
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電気粘性流体(ERF)は、オイルと特殊な半導体微粒子の組み合わせで作られた、電気制御により流体から固体あるいはその逆へ可逆的に変化できる流体である。その面白い特性以外に振動吸収システムやブレーキ、姿勢制御システムなどを単純な機構で設計できるため注目された材料である。このレオロジー流体開発初期に問題となった現象が、ゴムと接触している部分で、ERFのオイルがゴムに配合された成分を抽出するために増粘してしまう欠点である。
ゴムから抽出された物質のため、電流OFFの状態の粘度が100倍以上ひどい時には10000倍に跳ね上がり機能をしなくなる。電気粘性流体の実用化を目指していたゴム会社で1990年ごろ耐久試験で見つかった現象である。ちょうど高純度SiCの事業化を住友金属工業(株)小島氏と検討し始めたころで、忙しくなり始めていた。突然降ってわいた災難のように電気粘性流体の耐久寿命を上げるプロジェクトに加われ、と指示が出た。
現象から判断して、科学的対策は界面活性剤を電気粘性流体に添加する方法以外に無い。すぐにリーダーに提案したところ、そんなことは誰でもすぐに思いつき、既に一年間検討し、その方法ではできないという結論を出している、とすごいことを説明してきた。そしてほかの方法を考えるように指示をしてきた。科学的な他の方法は無い、と即答したところ、叱られた。
仕方がないので上司と相談したら、一週間程度で回答を出せるか、と言われた。そして、過去の界面活性剤の検討経緯の資料を見せてくれた。それは見事な否定証明で展開された科学的論文であった。報告書を読む限り、界面活性剤では、対策できないことになっている。まともに攻めたら見つからないことは、その報告書から理解できた。しかし、「現代の科学で考える限り、界面活性剤が最良の対策手段」と上司に告げ、コンビナトリアルな手法で行うと説明した。
具体的な説明をせよ、と上司だけでなくプロジェクトリーダーから責められた。手当たり次第に増粘した電気粘性流体に界面活性剤を添加し、放置して粘度が改善された界面活性剤を選ぶ、と答えたらプロジェクトリーダーからふざけるな、と叱られた。すでに報告書もできているので無駄な作業だ、と一蹴された。一週間だけ時間をください、とお願いし、上司と二人になった場所で報告書の感想を述べた。
上司にふざけて回答した訳ではないことを説明した。上司は優しく、増粘した電気粘性流体に界面活性剤を添加する検討は誰もやっていなかったのでうまくゆくかもしれないと思ったが、担当者には増粘前に界面活性剤を添加していた場合との違いが無い点に目がゆき、ふざけるな、と言う言葉になったのだろう。君が自信のあるアイデアの背景を説明して欲しい、と言われた。
自信など無かったが、この現象を科学的に解決できるとしたら界面活性剤以外にありえない、ということと、報告書では市販の界面活性剤についてはほとんど検討しつくされていたが、界面活性剤として市販されていない界面活性効果をもつ物質については検討されていないことを指摘した。そして市販の界面活性剤について多変量解析を行った結果を示し、報告書に書かれた界面活性剤を主成分マップに展開したところ、検討が手薄な領域のあるところがわかった、と説明した。
すなわち、HLB値を軸に過去の検討結果をマッピングすると、くまなく完璧に検討されているように見える。教科書には界面活性剤と言えばHLB値、と書いてあるので、科学的に正しい検討結果に見えるが、技術の視点で見た時に、界面活性剤の機能を見出していないのだから、検討は不十分ということになる。
科学的な考察でやりつくされたように見えても、主成分マップに展開すると検討されていない領域が存在するので、検討不十分と言う評価は間違いではない。さらに、科学的に進められた実験で科学的に正しい結果が得られたからといっても、機能を実現できなければ、技術的視点から一連の実験は失敗という評価になる。
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否定証明を展開する場合に、実験のやり方が問題になる。過去の科学の成果を用いて論理で展開する場合には、過去の科学の成果の信頼性が問題になる。完璧な真実だけを用いた否定証明だけが正しい結果を導き出す。過去の科学の成果のいくつかは実験で得られたものもあるはずで、それで成果の信憑性が左右されるので、実験のやり方は極めて重要である。
ところで技術開発の現場では、どのような実験のやり方が指導されているのだろうか。恐らく多くは科学と同様の方法が指導されているだろう。タグチメソッドの普及で実験のやり方を見直している現場もあるかもしれないが、せっかくタグチメソッドを導入してもその哲学を正しく理解せず、科学の実験のやり方だけで作業を行っている現場もある。
これはその哲学と科学の相違点を説明しなかった故田口先生にも責任の一端があるが、科学の時代においてタグチメソッドが科学と異なる哲学とは言いにくかったのだろうし、そのように表現していたらこれほど普及しなかったかもしれない。当方の習ったタグチメソッドは、科学と同様に哲学のカテゴリーに感じた(宗教かもしれない)が、本来は問題解決のための一手法にすぎない。問題解決法の一つとして、さらりと指導すれば、その内在する矛盾、科学的完璧性に欠ける点を解決できたはずである。
故田口先生は、基本機能さえ正しく選べばタグチメソッドは正しい結果を与える、と明言されていたが、未だ科学が自然を完璧に記述していない以上、ここまで言ってしまうと宗教のような怪しい哲学になる。宗教では神様に責任を転嫁する場合が多いが、基本機能を選択する責任は技術者にある、とちゃっかり責任を技術者に転嫁されていた。タグチメソッドを使うかどうかも実は技術者の責任のはずで、それをいつも使わなければいけない、というのでは、もはや宗教である。
技術開発の現場では、この方法だけでやれ、というのは禁句である。そこでは、ロバストの高い新しい機能を生み出さなければならない使命がある。ロバスト設計にタグチメソッドは必要だが、それだけで技術開発はできない。なぜならタグチメソッドは、技術開発における実験のやり方の一つにすぎず、何か新しいものを創りだそうとする時には、タグチメソッドは使いにくいからだ。但し、それでもうまく活用すると技術開発のスピードと得られる成果のロバストは高くなるシーンもあるので、技術者ならば頻繁に活用すべき実験のやり方の一つだと思っているが。
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実験は仮説の正しさを確認するために行うので、実験がうまくゆかなければ、立案した仮説が間違いであったことになる。STAP細胞も検証実験でその存在が否定された。一応日本を代表する研究機関の発表なので、STAP細胞が存在することを信じている人はいないだろう。しかし、当方はSTAP細胞は存在するかもしれない、と今でも思っている。
実はあの騒動が終結しても、「植物でSTAP現象は起きるが、動物でSTAP現象が起きない」という理由が未解明のままだ。STAP細胞が存在する、という前提で行った検証実験で確認されなかったのだから、STAP細胞は存在しない、と結論が出されているだけだ。これには、イムレラカトシュが指摘した否定証明の問題を含んでいる。
イムレラカトシュは科学で完璧に論理を展開できるのは否定証明だけである、と述べた。しかし、その否定証明はそれを否定する現象が見つかった時にどうなるか。脳天気に新しい科学が生まれた、などと喜んでいてはいけない。科学と言う哲学の重大な欠陥なのだ。STAP細胞は存在しないことになっているが、誰かがSTAP細胞を本当に実現したならば、「理研の検証実験はなんだったのか」という批判が起きるとともに、生物科学の体系を見直さなければいけない事態になる。
当方は、故笹井氏にSTAP細胞の実験のやり方を手紙に書いて提案したが読んでいただけたのかどうか疑問である。もし読んでいただいていたのなら、あのような結末になっていなかったはずだ。STAP細胞の事件では不幸な出来事ばかりで、結局何も解決されないまま幕引きとなった。疑惑のマウスでは、ES細胞を実験で使用した理由よりもES細胞をどこから入手したのかが問題にされ、これでは一匹のネズミも犬死である。
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