高純度SiCの事業はゴム会社で現在も継続している。2億4千万円の先行投資を受けた30年以上前の出来事を今でも記憶している。その7年後起きた騒動で転職を決断したのは騒動を早く収集し事業を継続することが狙いだった。6年近くのいわゆる死の谷を歩き成功がみえてきたところだったたので苦渋の決断となった。しかしこの究極の選択が正しかったと今では思っている。
高純度SiC事業の重要な技術である、当時最先端の高分子前駆体を用いたセラミックスの高純度化法は、技術者として多くの技術経験を蓄積した成果である。但し、大学で3年以上の研究生活を行った社会人にあるような科学的に考えを思い巡らし発明に至った、あるいはアカデミックな研究を基盤にしてテーマを企画したというわけではない。
先行投資のきっかけとなる高純度SiC事業の企画については、訳あって無機材質研究所で実験を行うチャンスに恵まれ、それに成功した。その後、ゴム会社の会議室に一日缶詰状態となり、資料を企画としてまとめ、翌日社長の前でプレゼンテーションを行った。発明から先行投資が決まるまで、STAP細胞の騒動に似たびっくりするような日々の展開だった。
科学的ではない発明だったが、先行投資を受けてから一部のプロセスについて研究を行い学位論文としてまとめた。この学位論文については、発明を行っているときに、その構想も考えていた。ゴム会社の研究所は、アメリカのゴム会社を買収するまで、その作業ができる風土だった。また、会社の研究で学位を取られる方も多かった。定期的に海外留学も行われており、科学的研究能力を高めることに力を入れている企業の一つだった。無機材質研究所への留学も海外留学を指名されたときに自ら留学先を探して実現した。ゴム会社の研究所は研究の自由と人材育成という側面に関しては、優れた風土だったと思っている。
ところが、会社全体の風土はKKDを中心とした技術者魂があふれる会社だった。このアンバランスはゴム会社のイノベーションを生み出す風土になっていたように思う。研修で行われた成功体験の伝承は学会の受賞経験とKKDの融合の話題もあった。入社まで科学的方法論を学んできても、技術者魂をまさに入魂するような半年の研修で、自然とKKDの真の意味を理解するように成長する。
KKDは決して軽い経験やヤマ勘、それにくそ度胸という意味ではない。技術者の奥深い経験に裏打ちされた勘で思い切ったイノベーションを引き起こそうとする度胸のことである。科学で未解明の現象を機能として活用するときには、どうしても勘が必要になる。勘は体験で身につけた知識の展開であり必ずしも普遍の真理が保証されているわけではない。そのような勘を信じて実行できる度胸が新しい技術を生み出すのである。
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担当者が失敗しているときに、成功体験を話す上司が写真会社にいたが、これは失敗のさなかにいる担当者には嫌み以外にどのような理解をしたらよいのか考える余裕がないので、悪い印象しか残らない。成功体験というものは業務がうまくいっていないときに話すべきではない。成功体験はゴム会社のように研修の場で話すだけが良い。
例えばゴム会社の新入社員の研修の場面で、このようなことがあった。講師から質問を求められたときに、同期の友人が、「研修で講師から成功体験ばかり聞いてきたが、失敗談は無いのか」と質問した。講師は「失敗事例は失敗する当然の理由があったので失敗しており、参考にならない」と答えていたが、これは研修の目的から至言である。
野村監督の「勝ちに不思議な勝ちあり」という名言があるが、成功事例もそのような側面を持っており、それを語り継ぎ、成功のノウハウを共有することで、成功するための度胸を持った技術者が育つのである。
科学的に不明な現象を扱う技術の成功には、必ず運もあるはずで、運をどのように成功へ結びつけたのかは実際に体験させるのが難しく、語り継ぐ以外に伝えることができない。
しかし、失敗事例にはその原因をいくつあげても底なしとなる場合が多い。さらに、失敗となるような状況に遭遇しても成功できる不思議さを学ぶことが技術者として重要である。
新入社員研修で聞いたいくつかの成功事例には、ほとんどが失敗したかもしれないミスがあったそうである。成功事例にはそれを語る効用があるが、実験に失敗しているときには、同様の失敗事例を語り、どのように問題解決したら良いのか一緒に考えてくれる上司こそ尊敬される上司である。
失敗している最中にどや顔をされたら泣きっ面に蜂となる。それでもめげず開発をしなければいけないのが技術開発の現場である。ゴム会社に入社して間もない頃、ホスファゼン変性ポリウレタンフォームを工場試作まで半年で完成させたが、これはその後営業会議で大失敗とされた。
ホスファゼンがまだ市販されていない材料でありすぐに商品化できない技術だったからである。上司はその会議で新入社員の責任と語ったそうで、そのため始末書を当方は書かされた。ただ始末書には、リベンジを決意したことを書いた。そして半年後に燃焼時にガラスを生成する低コストの難燃化技術を実用化しリベンジに成功した。上司は運営委員を務められていた高分子の崩壊と安定化研究会へ報告するように当方へ指示されたが、これは技術者としての学会デビューの機会になった。この失敗体験は30年以上前の出来事だが、リーダーのあり方も含め今でも忘れられない思い出である。
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度胸は技術者の能力として重要な能力かもしれない。おそらく単なる科学者が技術者になれるかどうかは、この度胸の有無かもしれないとさえ思っている。もし度胸が無いならならば、科学の研究者でとどまるのがよく、技術者を目指さない方が良い。ただし研究所ブームが去って30年、企業には研究者が生きてゆける場所は無い。科学で解明されていない現象からもうまく機能を拾い出せる度胸のある技術者が今求められている。
技術者は、商品開発の現場で二律背反という状況によく遭遇する。すりあわせの技術がマスコミで取り上げられたりしているが、すりあわせにも度胸が必要だ。ファーガソンは度胸についてことさら強調していなかったが、心眼で思い描いたことを実行に移すときには度胸が必要となるので、彼もその重要性を否定しないだろう。
くそ度胸は天性の素質かもしれないが、わずかばかりの度胸があれば、成功体験でそれを大きくすることが可能になる。思い切った開発を行うためには度胸が必要だ。仮に科学的に証明された現象から導き出された機能を活用するときでも、その機能が発揮される市場には、科学的なモデルから予想できないノイズが多量に存在する。技術開発では想定外のエラーがつきものなのである。
想定外のエラーは、想定して対策していても遭遇する非論理的な、きわめて技術特有の問題である。ゆえに二重三重の冗長性というヒューマンプロセスを理解する必要がある。おそらくこのヒューマンプロセスは、実務経験あるいは技術の伝承による仮想体験以外では鍛えられない能力ではないかと思っている。
市場でエラーが起きたときに担当者を叱ってみても仕方がないが、叱責は愛の鞭として重要で、さらにアメとして上司は自分の失敗体験を話してあげると良い。それにより冗長性の重要性が分かってくる。また、失敗体験を話すことで叱責が愛の鞭であることも理解でき、技術者は育つ。
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技術者に必要な能力は、試行錯誤を効率よくできることだけではない。科学的論理を超越した風が吹けば桶屋が儲かる式の論理展開もうまくできなければならない。これについては、ビジネスはロジックだ!という名言もあるのでうまくできる人は多いようだ。
ただ、科学の時代においては、論理展開できるだけではダメで、それに科学的検証を加える作業が必要になる。これをうまくできるかどうかも技術者の能力として重要である。へたにやるとアカデミアのような研究になってしまうので注意が必要である。具体的な方法については弊社に問い合わせていただきたいが、このやや科学を割り引いた科学的検証で業務効率を上げることが可能となる。
また、科学的検証により、度胸の発揮どころもわかる。科学的に解明されていないだけならば、「**細胞ありまーす」と叫びながら現象に潜む恐怖を追い払い、勢いをつけて行えば良いが、科学で否定されている現象ならば、それを実行するにはかなりの度胸がいる。それを試みようとするときに馬鹿にされる覚悟と協力者が誰もいなくなる覚悟、その他様々な覚悟が必要になるのでよく考えた方が良い。
KKDのDについては馬鹿にする人がいるが、何も考えず目をつぶっているかのごとく発揮されているDならば馬鹿にされても仕方がないが、十分にそのプロセスと結果を検証した上で発揮されるDについてはエールを贈るぐらいのゴム会社に似た企業風土があると業界トップになれる。
PPSと6ナイロンを相溶させることに成功したカオス混合の発明では、科学の教科書に載っているフローリー・ハギンズ理論で否定されている現象なので、その開発にかなりの度胸(くそ度胸)が必要だった。しかし、ポリオレフィンとポリスチレンの相溶実験や過去の習得した技術の裏付けがあり、それらを自信のよりどころとしてDを発揮し、こっそりと実験を行った。(続く)
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試行錯誤という方法は、腕の良い職人も行う。職人で技能の差が生まれるのは、この試行錯誤ができるかどうか、という点ではないか、と思っている。もしそうならば、腕の良い職人は技術者でもある。
また、当方が32年間の会社生活で大卒以上の学力を有しながら、科学的方法を使わず、腕の良い職人のような技術開発を行っている人たちを写真会社で多数見てきた。
この試行錯誤を少しかっこよくしたのはタグチメソッドである、と思っている。タグチメソッドが嫌われる背景は、その方法にあるのではなく、その手法を指導している先生方が科学者然としている点である。科学として指導しているから基本機能の説明が難しくなる。
技術者の心眼で見える基本機能としてしまえば、初学者でも容易に理解できる。これをエネルギーと関係づけたり、妙な似非科学的因果関係から考えさせようとするから初学者には難解にうつる。
タグチメソッドは試行錯誤を効率よくやる方法だと思えば、日々の仕事に取り込みたくなるはずだ。計画性のない試行錯誤では、制御可能な因子を行き当たりばったり変化させて、ある日偶然に良い制御因子の組を見つけて、ゴールへ到達する。
会社では、行き当たりばったりではなく、それを計画的に行うことが求められる。そして計画的に行うだけでなく、科学的な香りをつけて行えば上司も納得する。企業の研究開発は科学的に行われているように見えるが、科学の真理を厳密に追及する進め方をしているところは少ない。
行き当たりばったりを工夫する方法として、ラテン方格に制御因子を、またSN比をその外に割り付け実験計画法のように実験を進めるやり方がある。このタグチメソッドでは、科学的に説明できない因子が選ばれたとしてもそれでよしとする。
そして、だれでも効率よく機能のロバストをあげることができる。タグチメソッドを指導している先生には叱られるかもしれないが、感度最高の制御因子を選べば、最高の性能を出せる技術を容易に創造できる。
タグチメソッドは今の時代において常識のように技術者は身につけておかなければいけない能力の一つだろう。ただし科学的な方法ととらえるとそれが難しくなる。タグチメソッドは科学的な香りのついた説明がなされたりするが、妙な制御因子の組み合わせが選ばれたとしてもそれで技術ができあがってしまう、技術的手法の一つである。
もし必要であれば弊社に依頼して欲しい。一般に指導されている考え方と異なる科学ではないタグチメソッドを進化させた方法を伝授いたします。それも教条主義にならず楽しく使いたくなるようにご指導いたします。ただしタグチメソッドはトレードマークなので仮にケンシューメソッドと呼ばせていただきますが—。
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しかし、技術開発に使える問題解決法は、人類の歴史をたどってみると科学だけではないことに気がつく。確かに科学は技術開発のスピードを速めたが、人類の過去の歴史を見てみると、少し極論かもしれないが、科学は教育という手段で普及するために便利な問題解決法だったにすぎないことが分かる。
科学が生まれる前の時代は天才的な技術者が、試行錯誤や風が吹けば方式の論理展開で技術を発明し、人類の生活を便利にしてきた。そして獲得された新技術が伝承され、それにさらに磨きがかかり、より生産性の高い便利な道具を生み出すとともに技術を高度化してきた。
科学で明らかな現象から導き出される機能だけを使って技術開発を行うのであれば、科学的方法が最も良いと思われるが、科学で解明されていない現象から新たな技術を生み出さなければいけないときに、科学の無い時代の人類が行っていた方法は、技術開発のスピードを上げる。
例えば電気粘性流体の耐久性が問題になった時に、科学的方法でアプローチした人たちは、界面活性剤で耐久性の問題を解くことができない、という否定証明を見事に行っていた。当方は、その結果を見て、科学的方法ではこの問題を解けないことを知り、科学の無い時代の天才が行っていた方法で問題解決を行った。
当方は試行錯誤で電気粘性流体の耐久性を向上できる界面活性剤を見つけただけだが、試行錯誤と言っては馬鹿にされると思い、「15世紀の天才が行った方法で見いだした。」と冗談半分に答えただけだった。電気粘性流体の耐久性の問題の解は、界面活性剤以外の方法ではゴムから添加材を抜いてゆくというナンセンスな手段になる。界面活性剤以外の良い解が無いならば、界面活性剤で何とかして解決するのが技術の問題解決法である。
ところが、難しい問題について、できない、という証明はいつでも科学で簡単にできてしまう。異なるHLB値の界面活性剤をいくつか添加して解決できないことを示せばよいのである。報告書を読むと多くの種類の市販されている界面活性剤を検討し、界面化学では問題を解くことができない、と結論が出されていた。しかし、界面活性剤で問題解決できたのである。それも非科学的アプローチによってである。(続く)
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E.S.ファーガソンは、「技術屋の心眼」で技術が科学とは異なる行為であることを述べている。ただこの書で残念なのは、科学偏重の大学教育に対する批判で終わっていることだ。大学の使命を考えたときに、そこで行われる教育が科学偏重になるのは仕方のないことである。
もし、大学のあるべき姿をたずねたら、科学を追究することだと多くの人は答えるだろうし、当方もそのように思っている。もし大学で技術を扱うならば、工学部で技術なるものを科学的に研究することになるであろう。
最近大学でも面白い試みが行われており、例えば京都工芸繊維大学では漆という伝統工芸を科学の視点で研究している(注1)。そしてその研究のアプローチの方法として職人の動きまでに着目し美が生まれる仕組みについて迫ろうとしている。工学部でも技術に対してこのような取り組みが必要に思っている。当方が学んだ工学部は理学部との境界が無い状態だった。
この欄で当方の科学に対する考え方を何度も書いているが、科学は一つの哲学である。それも真理を追究する方法として、それだけで技術開発できる領域は極めて狭いが(注2)人類が考案した現在最良の問題解決法とみることもできる。論理展開についても技術では許される風が吹けば方式の論理は、科学では許されない。その厳密さから必ず誰がその知識を用いても一つの真理に到達することが可能である。
厳密に定義されているから、だれでもその定義を身につけ学んでいけば、科学の知識を身につけることができる。習得にかかる時間の問題を除けば科学は誰でも身につけることが可能な知識の体系である。だから科学で記述された技術の伝承は確実となり、容易なので、技術を科学的に開発することが20世紀の大ブームとなった。(続く)
(注1)濱田先生が工芸を科学で研究するというアプローチで進めており、大学で理系を選択していない職人が学位取得まで行っているユニークな研究だ。この大学は、一度見学されると面白いと思う。
(注2)科学以外の体系だった問題解決法が重要な理由である。
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事務所の窓際に鉢植えが3つ飾ってある。実は、この鉢植え、太陽光が当たると動くおもちゃである。100円ショップで見つけて飾ってみた。太陽電池とムーブメントがついて100円という価格に驚かされた。
機能性高分子の開発は、高分子でも面白い分野の一つである。ただ難しいのは、その応用となる出口である。多数のアイデアが生まれ消えていった過去の歴史を思うと、今更夢の機能性高分子の開発など特別に面白い分野には見えない。しかし、研究としては高分子材料の可能性を考えるときに面白いテーマで高分子の年会にゆくと新しいアイデア提案が一つや二つ必ずある。
技術の応用分野というとすぐに産業用途に目を向けるが、おもちゃも新素材や新技術の重要なマーケットの一つと思う。昔新素材だったシリコーンゴムは大人のおもちゃへすぐに展開されバカ売れしたそうだ。そんなある意味ショッキングな話を若いときに聞かされて材料の応用分野として産業用途だけでなくおもちゃも考える習慣となった。
ただ、おもちゃの泣き所は昔のダッコチャンのように売れるときと売れないときの落差が大きいことだ。また売り方も大事だ。楽しいと思わせる仕掛けが重要になってくる。さらに楽しい以外に癒やしもおもちゃに必要な要素だ。
工業用品の機能は明確でニーズに合わせた商品を企画すれば必ずある規模で売れる。しかし、おもちゃは顧客の「楽しい」とか「癒やされる」という機能が抽象的であり、その売れ行きを見込んだ商品企画は難しい。コンピューターゲームですらそのトレンドが大きく変わりつつあり、事業環境が厳しくなっているという。おもちゃを企業で新規事業として立ち上げるのは難しいが、大学であれば教材も兼ねて事業として立ち上げる方法がある。
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シリコーンLIMSは、1980年代に急速に普及したシリコーンゴムの技術である。ポリウレタンのRIMとよく似ているが、ポリウレタンと大きく異なるのは、低分子量のシリコーン化合物をA液とB液の二成分にわけ、それを混合して用いる点である。
A液とB液の二つの成分をスタティックミキサーや二軸混練機、一軸混練機などで混合して射出成形したり、注型後加熱して成形する。ミラブルタイプのシリコーンゴムよりも生産性が高いので一気に普及した。また、シリコーンメーカーの間で激しい技術開発競争が起き、特許には各メーカーの棲み分けがくっきりと描き出されている。
例えば信越、東レ/ダウ、モメンティブの御三家のLIMSは、A液B液にそれぞれ特徴があり、その結果各社技術の限界が存在する。どのような限界があるのか弊社に問い合わせていただきたいが、科学と技術の違いを学ぶのに良い題材である。すなわち科学では真理は一つだが、技術における機能実現の方法は一つではない、という典型例である。
多機能複写機の定着ローラにおけるシェアは、上記の順番であり、信越化学がトップである。LIMSの設計に無理が無い点が優位に働いているのだろう。しかし、死角は存在し、他の二社はそこを攻めれば勝てる可能性がある。単身赴任早々福建に出張しなければいけなかったのは、まさにその死角が原因だった。
シリコーンポリマーの分野は、原料を安価に調達可能な御三家の寡占状態だが、最近伸びているシリコーン製食器のように素材の市場は今でも拡大しているので、新規参入可能な分野に思える。また、20世紀に開発された、特許の権利が切れた技術を用いても物性の良いシリコーンゴムを提供可能なLIMSを開発可能である。
中間転写ベルトの開発を行いながら、単身赴任という気楽さもあり、粘弾性の測定装置を買い込んで研究をしてみた。ワークライフバランスが叫ばれているが、研究が趣味の場合に仕事との境界が怪しくなり、バランスの取り方が難しくなる。単身赴任は家族と離れて寂しい環境であったが、家族に気兼ねなく研究のできる時間がたっぷりあった五年間でもある。シリコーンゴムは辛い単身赴任の状態で一服の清涼剤の位置づけとなった。
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(昨日からの続き)シリコーンLIMSを使用した定着ローラで品質問題が発生した。問題を解析するには一つの真理が保証される科学的方法が便利である。そこで科学的に原因を推定すると可能性のある3つの原因が考えられた。真理は一つなので、発生している問題の現象を科学的に解析するとこの3つ以外に無い、と考えたが、定着ローラを製造している会社の技術者から、この3つの原因を否定された。製造現場で技術的に何か複雑な現象があるのかもしれないと推定した。そこで、急遽現場を見るために単身赴任してすぐに福建へゆくことになった。
福建の工場の現場で新たな発見があった。定着ローラメーカーの技術者がシリコーンLIMSと言う材料を単なる経験だけでとらえており、過去に問題が無かったので今も問題が無い、と経験主義の技術者がよく陥る誤りを犯していた。
加硫工程のトンネル炉の中を覗いたところ、空気のゆらぎがおかしい。温度が均一ならば対流は簡単な目視で観察されないはずだが、空気層に明確な境界が存在するかのようなゆらぎが観察された。あきらかに下側数cmの領域の温度が低い!と直感で思いつき、トンネル炉の出口に指を突っ込んでみた。
180℃に設定されている、と聞いていたが熱くない。おそるおそる指を高い位置に移動してみたところ、30cm程度の高さで我慢ができなくなった。コンベアベルトを触ってみたところ生暖かい。そこで思い切って腕を突っ込んだところ、現場監督者が慌てて飛んできた。
やけどはしなかった。直感が正しく、ベルトから15cm程度は生ぬるい程度である。トンネル炉内部にはファンがついており空気を攪拌しているのでそれはおかしい、と一度否定されたが、目の前でほほえみながら腕を突っ込んでいる当方を見て、それ以上の議論へ発展しなかった。
なぜだ、ということになり、現場観察を行ったところ、エアコンの風向きが怪しい、と言うことになった。エアコンはその年の始めから設置されていたらしい。反対側にあるトンネル炉の入り口のコンベアベルトは、きわめて冷たかった。
トンネル炉内部の温度分布が不均一のため、定着ローラの端部において加硫不足が起きる現象を考慮しなければいけない。加硫不足は科学的に推定していた原因の一つだったが、技術者の経験では起こり得ない現象だった。エアコンが技術者の経験を狂わせていたのだ。定着ローラの品質故障が必ず端部で起きているという市場の問題と一致し、さらに故障した端部が濡れたようになっている現象を裏付ける大発見である。
科学で真理は一つだが、その真理を技術者の経験から否定したくなる場合がある。その時は現場で、科学の真理を頼りにその原因を探ると早く見つけることが可能となる。データとともに確定している科学の真理は揺るぎない。トンネル炉を覗いたら技術者の経験のように空気が揺らいでいた。
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