研究開発において企画の効率を上げる方法として、AIを活用した調査は、単なるキーワード検索よりも数倍迅速になるだけでなく、周辺知識の検索についてアドバイスをもらえるので便利である。
仮に、ハルシネーションが潜んでいたとしても、よりどころとなった文献を読めばAIに騙されることは無い。ただし、チェックのための文献は学術誌に限る。
企画に続いて行われる実験も同様にAIを活用できる時代になった。但し、個人の実験データを再利用する場合でも、メタデータが不十分だったり、メタデータの形式が不ぞろいだった場合には、苦労する。
Excelファイルで管理していた場合には、再度そのファイルをAIで活用できるように整理しなおす必要が出てくる。20年ほど前に、量産試作段階だった中間転写ベルトの歩留まり改善テーマを担当した時に一番大変だったのは、10000を越えるExcelファイルに記録されたデータの理解だった。
過去のデザインレビューの報告書を読むと、10%前後の押出成形を改善することで、70%以上の歩留まり改善を達成できるはずだった。それが、研究開発の初期からリーダーを務めていた部長Aにも不可能に思われたのだ。
一番の問題は、自分のマネジメントの悪さを公にすればよいのだが、エリートの立場ではそれができないのはよくある話である。初対面の人物だったが、土下座までされて頼まれたのでは断ることもできない。
このような仕事を引き受けたときに頼りになるのは、担当者の生データである。いくら無能な担当者でも指示された実験で、生データを捏造する時にはそれなりの動機があるはずだ。
生データからデザインレビューに至るまでの段階で、誰かが意図的にデータを操作したので、部長Aは、量産試作を乗り切れると判断したのだろう。デザインレビューの報告書を読む限り、歩留まり改善は容易に解決できる残課題だった。
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研究開発プロセスにおける企画については、20世紀にその方法や評価等についてよく議論されて、各社工夫された方法で運営されていると思われる。高分子同友会で定期的に研究開発の実施態様アンケートが行われているが、そのアンケートにも企画について悩みが書かれていた。
企画書の書き方やそこに盛り込む内容は古くから知られているが、それらの評価法は各社の事情もあるのかもしれない。研究開発マネジメントの著書が数冊ある浦川氏は、企画書を持ってくる前にモノ持ってこい、と企画会議で研究所の管理職に命じて噂になった。
この方の企画会議におけるテーマ評価はオブジェクト指向に近かった。仮説に基づく企画書を排除した点にもそれが表れている。この方法で、当方の半導体治工具事業は、事業としてスタートできたのでマネジメント手法として間違いではないのだろう。
しかし、研究所の中間管理職には評判が悪かった。世の中にない技術を創り出そうと研究するのではないか、とマネジメントに関し果敢に議論を挑んだ管理職がいたが、まず世の中にニーズがあるかどうか考えないのか、*学生より甘い、と一括されて粉砕している。
今ならば大問題となる発言であるが、ニーズを満たす製品をとりあえず作ってみる、という考え方は、アジャイル開発の手法である。ただし、浦川氏は、オブジェクト指向やアジャイル開発などソフトウェアー分野で話題になり始めた手法を知っていたわけではない。
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現代の技術すべてが科学の成果とするのは間違いである、と指摘したのは、E.S.ファーガソンである。彼は、著書「技術者の心眼」の中で、科学以外の方法で生まれた技術が大半である、と述べている。
彼の述べる科学と異なる方法とは、心眼で現象から機能を取り出し、その振る舞いを探りながら設計する方法である。これは、プログラミング手法の一つオブジェクト指向と似ている。
オブジェクト指向が大衆誌BYTE(英文)に載ったのは、1981年8月であるが、学術誌Communications of the ACMには、クラスを用いるプログラミング設計プロセスが述べられていた。
オブジェクト指向という言葉はアラン・ケイの発明とされるが、Simulaという言語がすでに使われており、言葉が生まれる前に概念を実装したプログラミング言語が生まれていたことになる。
このようなオブジェクト指向の黎明期の論文を読むと、プログラム設計プロセスすなわち問題解決プロセスがオブジェクト指向で行われると効率のあがることが理解できる。
E.S.ファーガソンの述べていることは、オブジェクト指向の議論とは異なるが、彼の考え方を概念として捉えると似たように見えてくる。すると、研究開発プロセスを科学の方法ではなくオブジェクト指向の方法で行ったらどうなるか、というアイデアが浮かぶ。
幸いなことに、入社して1年ほどの間にオブジェクト指向という言葉を知らず、概念のみに魅かれたので、上司への説明も分かり易くできた。上司は英文の論文がプログラムに関する内容とは知らなかったので、理解しているように話を聞いてくれた。
そもそもどのような始末書を書いたらよいのかも指示できなかった上司なので、日常の報告もこのように行っておれば、ハラスメントをいなすことができたのではないかと、今頃反省している。
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科学の方法で完璧な証明を行いたいならば、それは否定証明である、と言ったのは、哲学者イムレラカトシュである。
「方法の擁護」は、村上春樹の小説よりも難解である。また、小林秀雄の評論よりも読解が難しいが、論理的なので、何度も論理をおいながら注意し読めば、著者の意図を読み取ることができる。
イムレラカトシュは、科学的な境界は時代により変化する、とも述べている。それゆえ否定証明以外の方法でも科学的と言えること、すなわち方法の擁護を展開している。否定証明を唯一の科学的プロセスといっているわけではない。
ところで、この10年マテリアルズインフォマティクスブームであるが、この方法により得られた知識が科学的であるかどうかは怪しいと思っている。新帰納法なる言葉を持ち出して科学的であると主張する研究者もいる。
しかし、風が吹くと桶屋が儲かるという論理的プロセスを科学的なプロセスであると認めることができるか。科学的プロセスでは再現性や仮説が重要である。
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新入社員時代の研究所リーダーである研究開発本部長Yは自由な風土が研究を加速する、という考え方のリーダーで、研究所の中は、他人の成果を自分の成果として主張するぐらい自由な雰囲気で溢れていた。
自由を放置すると弱肉強食の風土となる。3人目のリーダーは、科学こそ命というぐらい科学に拘り、電気粘性流体の耐久性問題を界面活性剤で解決できない、という報告書を、世界的な大論文と持ち上げた方である。
これを当方は一晩でデータサイエンスの手法でひっくり返し、界面活性剤で電気粘性流体の耐久性問題を解いた。科学的な否定証明の危険性はここにある。
科学というパラダイムで自然現象のすべての解明が済んでいるならばこのような問題は起きないが、未だ科学で解明に成功した自然現象はわずかである。例えば地震の正確な発生日の予測は不可能であり、発生確率あるいは、100年に一度とかいう誤差の大きな予測しかできない。
金属やセラミックスの破壊について20世紀末に科学的体系ができ、非破壊検査や破壊に至る寿命予測法が開発されている。しかし、高分子の破壊については、未だその体系が完成していないので非破壊検査や寿命予測が困難である。
地震の原因となる岩盤の破壊現象には、高分子材料に似た粘弾性的挙動がみられるので、高分子の破壊について科学的体系ができるまでその予測は難しい可能性がある。
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1990年ごろからStage-Gate法が研究開発プロセスに採用され始めた。これがどの程度普及し、現在どのような運用がなされているか知らない。
しかし、写真会社に転職し、高分子同友会メンバーになってからしばらくして開発部会世話人に就任し、高分子同友会メンバー企業に研究開発実施態様なるアンケートを実施したときに、この手法の運用について尋ねている。その時には3割程度が導入していただけだった。
研究開発について、企画の検討や成果の評価について、悩んでいる企業は多かった。どのような研究開発プロセスを行おうとも、企画から始まり、量産試作まで研究開発部隊が関わる企業が大半だった。
中には、研究開発した部隊が、そのまま量産部隊に加わる体制をとっている企業も存在した。量産試作や量産は、日本企業の場合にQC手法今ならばQMSを導入しているので、決まった定型プロセスで行われるが、企画やその後の研究開発における実験には定まった方法が無い。
ゴム会社では、タイヤ開発部隊と研究所とでは異なる研究開発プロセスが行われていた。コーポレートの研究所は大学の研究室よりも自由で、リーダーである研究開発本部長が業務中に休日のゴルフに備え、ゴルフクラブを振り回して蛍光灯を壊すような珍事まで起きていた。
当方は、このようなだらけた環境が肌に合わなかった。大学でも4年から修士課程卒業までに6報論文を書くぐらい、気合をいれて研究を行っていた。これは、4年生の時に助手の方から躾けられた研究スタイルだった。
研究とは何か新しいことを見出すために実験を行う。実験は、その新しいことを見出すための体系の中で位置づけられる。その仮説に基づく体系に独自性があれば、研究の成果が出る、と教えられた。
しかし、ゴム会社で12年間勤務し、3人の本部長の元で指導を受けたが、2番目の本部長以外の方からここまで明確な実験の意味を指導してくださった方はいなかった。
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研究開発プロセスとして、一番最初の企画が重要である。この企画が曖昧なまま研究開発を進めると、研究が完了したときに、研究成果が事業に結びつかない。
ドラッカーは、「常にそれが事業の何になるか考えて仕事をせよ」と著書に書いている。新入社員テーマとして担当した樹脂補強ゴムの企画は、後工程の担当者名も記入されていた。
新入社員テーマは、人事部の所定のフォーマットがあり、それが研究所の企画書にもなっている、と当方は勘違いしていた。樹脂補強ゴムは1年間の計画が立てられ、最初の1か月は遅延なく進んだ。
しかし、開始して1か月半経過したときに所属グループが解散する噂が本当であることや、主任研究員から、製品に搭載されるグループの成果は当方が担当しているテーマだけであることを告げられて、当方は焦った。
指導社員は、計画通りできるところまででよい、と余裕に構えていた。そこで、サービス残業や休日返上で年末までにまとめる決意をして一人突っ走ったのだが、研究がまとまって後工程の担当者に成果を渡しても、指導社員は喜んでいなかった。
テーマの引継ぎには、主任研究員と指導社員そして当方が出席したのだが、喜んでいたのは主任研究員だけだった。後工程の課長も部下の担当者も迷惑そうな顔をしていた。迷惑そうな顔をしていたが、試作してT社の評価をとりあえずしていただこう、と言われた。
その後、後工程の開発成果としてT社の主力車種用エンジンマウントの採用が決まったが、それを伝えた社内報には研究所の成果という文字は無かった。ただしこれは2年後の話である。
当時の研究所では噂通り、当方の最初に配属されたグループは年末に無くなり、主任研究員は特許部主査として人事異動、指導社員は、研究所内の他のグループで新テーマの企画を担当している。
グループの他のメンバーは研究開発管理部へ異動し、ポリマー電池の企画を始めている。新入社員のころの記憶なので、成果が出ても何故グループが解散したのか不明である。
当方は、高分子合成研究室へ異動となり、新しいテーマを担当することになったが、難燃性軟質ポリウレタンフォームの開発というテーマ名と後工程の担当者名は決まっていたが、中身は何も決まっていない状態で、新しい上司から世界初の高分子難燃化技術を開発してほしい、と発破をかけられた。
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高分子の粘弾性をシミュレーションする方法には、ダッシュポットとバネのモデルを用いる方法とOCTAを用いる方法とがある。後者は分子一本のレオロジーから積み上げるので科学的とされ、前者は高分子のふるまいに着目した方法であるがクリープをうまく説明できないので非科学的方法と見なされている。
ダッシュポットとバネのモデルによるシミュレーションが非科学的であるからダメという人は、おそらくオブジェクト指向による材料設計もやはり否定するかもしれない。
当方は、1989年にオブジェクト指向により電気粘性流体の耐久性問題を解き、また電気粘性流体の基本機能向上のために、傾斜組成の粉体や超微粒子分散微粒子などナノ構造を制御した材料を創出している。
しかし、これらの成果は非科学的と批判されただけでなく、FDを壊されたり机の上にナイフが載るような脅迫を受けたり、それをまじかで見ていた部下が転職するなどの事件に巻き込まれた。
研究開発プロセスが組織風土に馴染めなかったので、そのような事件に巻き込まれたわけだが、身の危険まで感じたので、写真会社へ転職している。
ゴム会社がダメな企業かというと、タイヤ開発部門は創業者の現物現場主義思想が定着した堅実な会社であり、どちらかというと非科学的な研究プロセスがはびこっていた。
コーポレートの研究所ではタイヤ開発部門の開発プロセスを批判するような文化だったが、今思い出してみても、コーポレートの研究所はかなり歪んだ組織ではなかったかと思う。
ChatGPTに事実を連ねて質問すると転職した方が良いという回答が得られているので、やはりおかしい組織だったのだろう。
研究所とは、企業のイノベーションの源泉とならねばならないはずだ。そのような使命がありながら、新しい研究開発プロセスを排除するような文化では、組織のイノベーションも難しい。
40年以上前にタイヤ開発部門では多変量解析を用いた材料開発が行われていた。今の言葉でマテリアルズインフォマティクスである。当方も主成分分析を用いて電気粘性流体の耐久性問題を解いただけである。
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1年間の予定で担当したテーマを3カ月でまとめ上げた。これは、学生時代に鍛えた肉体の賜物だった。指導社員により、1年間やるべきことが明確に記され、それに必要な材料がすべて準備されていただけでなく、粘弾性シミュレーションで、代表的な樹脂とゴムとのブレンド系についてふるまいが明らかにされていた。
当方は、コンビナトリアルケミストリーの手法で配合システムをマトリックスに整理し、詳細なシミュレーションデータの得られている組み合わせにマーカーを入れ、それらについては丁寧に粘弾性データを採取した。しかし、それ以外については、シミュレーション結果を参考に、特定周波数についてのみ粘弾性データを測定している。
こうした工夫により、樹脂とゴムの最適組み合わせを短期間に見出すことができ、それらの耐久データを除く基礎物性が指導社員の予備実験で得られていたサンプルと一致したので、耐久性向上を目指した改良のための配合量最適化実験だけを行えばよかった。
その耐久性実験についても指導社員から短期間でスクリーニングを行う秘伝の方法を教えられていたので1日で耐久性改良結果を得ることができた。この秘伝は、20年以上経過してから当方のセミナーで公開している。
このような実験の工夫で1年間のテーマを3カ月でまとめることができたのだが、実験室では指導社員の業務の進め方に対する批判的陰口がささやかれていた。それらの共通していた批判は、非科学的方法という視点だった。
例えば、樹脂とゴムとをブレンドして仮説通りのサンプルが得られるかどうか、シミュレーションを行う前に実験データで示すべきだ、とか、シミュレーション結果から1点の組み合わせを導き出し、その実験結果から技術ができたというのは非科学的だ、という現代から見ればやや的外れに思われる批判だった。
1970年代は、1960年代に始まった研究所設立ブームが実を結び、アカデミアよりもアカデミックな研究を行う企業の研究所が多かった。企業からの学会発表が多かった時代である。
ゆえに仮説を設定し、その真偽を確認するプロセスで研究開発を行うことが躾として厳しく指導されていた。当方の指導社員は、そのような研究所風土の中で自己流のプロセスで研究開発を行っていたので評価されず、主任研究員に近い年齢でありながら当方が初めての部下となるような処遇だった。
しかし、たった3カ月の指導で混練技術初心者に技術のツボを習得させる指導力だけでなく、数理モデルを用いた材料設計手法まで指導できる技術者だった。
非科学的と批判されていたが、シミュレーション技術を駆使し、フロントローディングによりゴールとなる材料を企画段階で創造するアジャイル開発プロセスを仕事のやり方に取り入れていた。
社会に出たばかりの当方にとって、指導社員の研究開発プロセスは刺激的であり、ダッシュポットとバネによる非科学的なシミュレーションから新たな知を見出す手法は、量子化学の授業で習った反応プロセス予測法よりも魅力的に感じた。
すなわち、分子レベルの反応や運動ではなく、マクロで起きている粘弾性のふるまいに着目したシミュレーションは、非科学的ではあるがオブジェクト指向による材料設計そのものであり、科学とは異なる研究開発プロセスを体験できたからである。
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驚くべきことに、新入社員テーマの発表資料までできていた。但しそこには、当然であるが、各種物性値は書かれていなかった。
ただひたすら指導社員が用意された樹脂とゴムを混練し、シミュレーションの検証を行うとともに、指導社員の開発されたゴムについて耐久試験を行い、発表資料に書き込むだけだった。
配属されて1カ月が過ぎた頃、研究所の組織が変わるとのうわさが流れた。指導社員から、年末近くになると年中行事のように組織編制の話題が上るが、今年は早いとのことだった。
しばらくして、当方の配属されていたグループが解散する、という噂まででてきた。指導社員は、新入社員テーマは防振ゴム開発チームが成果を期待しているテーマなので、当方が一人で担当することになるかもしれない、と話してくれた。
そのうち、当方の異動先に関する噂が飛び込んできて、高分子の難燃化技術が新たな新入社員テーマになるらしい、と指導社員は噂話を基に話してくれた。
ある日、主任研究員に噂話の真偽を尋ねたところ、ここだけの話として、グループの成果が何もないので年内にテーマをまとめて欲しいと言われた。
そこで、新入社員2年間は残業手当も休日手当もつかない規程であることを承知の上で、定時退社の日常を改め、サービス残業と休日返上により、年末までに技術を完成している。そして、その過程で新たに見出した形式知とも呼べる新現象を研究報告書にまとめている。
この研究報告書には、多数の様々なサンプルの物性データをグラフ化し、グラフと現象を対応させて仮説設定し、それを確認するための計画外の実験も行って、その結果をまとめている。
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