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2013.06/21 科学と技術(混練4)

液状の高分子の混合では、高速剪断が活用されている。この事が教科書に詳しく書かれていない。教科書に書かれている混練と言えば室温で固形あるいは高粘度の高分子が対象である。ゆえに35年前のゴム協会誌に剪断流動で混練後の構造はミクロンオーダーよりも小さくならない、と実験データとともに記述されていても誰も疑問としなかったのだろう。

 

ゴム会社に入社2年後、ポリウレタンエラストマー発泡体(PU発泡体)の研究開発を担当した。PU発泡体は、スラブフォームとRIMの2種類扱ったが、生産機のミキシングヘッドは両者ともに高速剪断装置であり、これを用いてミクロンオーダーよりも小さい高次構造を形成できた。

 

ミキシングヘッド内の高分子の滞留時間は2秒以下で、瞬時に混合分散が進んでいることになる。当時ヘッド内の設計は現場のノウハウであり写真撮影が禁止されていた。ゆえにプレゼンテーションでは毛虫のような図で代用していた。何も知らない人には毛虫に見えたのかもしれない。毛虫はエンペラーと呼ばれており、毛虫の皇帝か、という冗談が受けた。

 

毛虫が高速回転するそのミキシングヘッド内では分子レベルの混合が、たった2秒間で行われている。エンペラーの構造から剪断流動が発生していると推定され、剪断流動でも分子レベルの混合ができることを示していた。

 

ホスファゼン変性PU発泡体では、ホスファゼンをTDIとのプレポリマーにして添加した場合と、低分子固形物で添加した場合で試作を行ったが、前者の難燃性能が20%程度高かった。力学物性から、前者は可塑剤として作用していることが推定され、分子レベルで分散している様子が推定された。また、電子顕微鏡写真の比較でも、後者ではホスファゼン超微粒子が観察されたが、前者では単相を示していた。

 

たった2秒間の混合で分子レベルの混合を達成できる高速剪断装置の混練効率は極めて高い。なおミキシングヘッドは運転中に外装を触れても12月の試作にかかわらずひんやりするほど冷却されていた。

 

そのほか溶媒を用いない高分子の混合の例ではシリコーンLIMSがあり、スタチックミキサーが使用されるが、これも剪断流動で混練を行っている。すでに述べたように剪断流動では混練後の高次構造のサイズが剪断速度に影響を受ける。スタチックミキサーを使用するときに注意しなければいけないのは充分な剪断速度が発生しているかどうか、という問題である。

 

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2013.06/20 科学と技術(混練3)

高分子の混練装置には、バッチ式と連続式があり、バッチ式にはバンバリー、ニーダー、ローラーが、連続式には一軸から二軸さらには多軸式の混練機がある、と教科書に書かれている。そしてバッチ式はゴムの混練に用いられ連続式は樹脂の混練に用いられる、とある。

 

当方も混練に関する執筆を頼まれたときには、昔ながらのこの分類に従い説明をしているが、やや恥ずかしさを感じている。多くの書籍でこのような説明がなされているが、これは一例であってこの方式にとらわれる必要はない。むしろこの説明はタコツボ技術式説明だろうと思う。ゴムを連続式混練機で混練しても良いし、逆に樹脂をバッチ式混練機で練っても良い。

 

ただし、これは混練物の物性を考えなければ、の話である。すなわち混練物の物性を考慮した場合には、ゴムも樹脂もバッチ式混練機のロールで混練した方が良い。ただ、バッチ式は生産効率に難があり、一方樹脂の場合連続式で混練してもユーザークレームが少なかったので連続式混練機が用いられたという経緯がある。

 

加硫ゴムについては、連続式混練機では混ぜるのが難しい、と書いてある教科書がある。しかし、これはウソである。装置を工夫すれば、特に原材料の投入口を工夫すれば加硫ゴムでも混練可能である。ただし、連続式混練機で混練された加硫ゴムの物性は、熟練者によりロール混練された加硫ゴムに比較すると劣っているという問題の存在と、ストランドで押出したときのダイスウェル効果に驚く事になるが。換言すれば加硫ゴムは、樹脂に比較して混練プロセスにその物性が大きく左右される難しい材料といえる。逆に樹脂は適当に混練しても一応の物性が出るので経済性を優先して二軸混練機で混練されている、と説明した方が正しいだろう。

 

このようなことを書くと樹脂の混練技術者に叱られるかもしれないが、バッチ式による加硫ゴムの混練技術に比較して樹脂の連続式混練技術のほうが制御因子が少なく技術的難易度が低い。さらに加硫ゴム技術者はプロセスと物性の関係に苦しむが、樹脂技術者は成形技術者に問題を押しつけることが可能で、実際に樹脂メーカーの技術者の成形技術者に対する横柄な発言にびっくりしたことが多々ある。

 

混練は剪断流動と伸張流動の組み合わせで進行するが、剪断流動では剪断速度で混練物の状態が大きく変わる。また伸張流動では高分子溶融体の粘度でその効果が左右される。混練物のレオロジーや成形体の力学物性を考慮すると、ゴムと樹脂という種類で単純に混練装置が決まる、と考えない方が良い。

 

もし高分子の研究を行うときに、高分子を混練するための設備を1台しか導入できないとしたら(株)小平製作所製の二本ロールを購入すると良い。混練物の特性を示せば使いやすい二本ロールを納入してくれて使用方法も教えてくれる。ロール混練では使用方法を工夫するとカオス混合もできる便利な装置であるが、「技」が要求される難しい装置でもある。構造は二本の回転するロールがあるだけなので極めて単純である。

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2013.06/19 科学と技術(混練2)

30年前、混練技術の教科書はハードウェアーの説明書であった。混練したい高分子材料の種類により、どのような混練機を選べば良いか、という説明と、混練機のハードウェアーの説明があれば教科書として充分と思われていたようだ。

 

高分子材料の設計における混練技術の役割が論じられるようになったのはこの10年ほどのことである。10年ほど前に推進された高分子精密制御プロジェクトは、あまり評価されていないが、アカデミアの成果は大変大きかったのではないかと思う。

 

例えば、ナノオーダーまでの混練は、伸張流動を利用しなければできないが、剪断流動では、ある構造サイズ以下の材料を製造できないとか言われていたが、実用化は難しいが小さな実験機で高速剪断で混練すればナノオーダーまで到達できることが示されたし、伸張流動でナノレベルの材料を量産できることも実証された。

 

ところが、剪断流動の成果は、高分子が低分子量化したからナノオーダーの構造になったのであって、とか、伸張流動の成果は、あんなL/Dの大きな二軸混練機は生産機として使えないとか陰口を言われている。しかし、混練技術のレベルにようやく科学が近づき始めたことをなぜ評価しないのだろうか。

 

高速剪断装置で高分子を混練すると発熱が大きくどうしても分子の断裂が発生するが、この実験結果は、もし発熱の小さい高速剪断流動ならば、どのような混練が進行するのか、という問題を提案している、ととらえることもできる。この問題の答は、分子の断裂が起きず、ナノオーダーまで混練が進む、と考えられる。

 

また、それを示唆する技術的なコンセプトで行って得られた実験結果もある。すなわち剪断流動では高次構造を小さくできない、と過去に言われていたが、それは剪断速度を考慮していない条件における結論だった。剪断速度が大きく変化したときの剪断流動は、一般の二軸混練機では得られない現象が生じる。高速剪断装置では分子の断裂が起きているので信用できないデータ、という否定的な見方をしている限り、新しい技術は生まれない。未知の世界へチャレンジして得られた結果に問題があったなら、その問題が本当に全ての結果を否定しなければならない問題かどうか慎重に考える必要がある。高速剪断装置の実験結果は新しい技術アイデアを生み出すヒントを示している。

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2013.06/16 科学と技術(主成分分析法)

タグチメソッドで多変量解析といえばマハラビノスタグチ法であるが、多変量データの組を単純に分類するだけならば主成分分析法が便利である。

 

例えば、半導体微粒子を絶縁オイルに分散した電気粘性流体(ERF)がゴム製の容器に封入されている。耐久試験を行ったところ增粘してきた。ゴム容器からゴムの配合成分がERFへ溶け出したため、と推定される。

 

この問題の解決には界面活性剤が有効であるが、水に油を分散する場合、あるいは油に水を分散する場合ではそれぞれ用いる界面活性剤の構造が異なることはよく知られている。しかしERFには水は入っていない。界面活性剤、というアイデアにすぐ結びつかない人もいる。さて、どうするか。

 

半導体粒子とゴムからの抽出物、そしてオイルである。ゴムからの抽出物が、半導体粒子とオイルに作用して增粘している様子が頭に描かれると、水と油の関係で無くても界面活性剤で問題解決できそうだ、というあるべき姿が見えてくる。しかし、そこまで見えてきても、界面活性剤は星の数ほど世の中に存在する。この後どうするか。

 

界面活性剤に詳しい人ならばHLB値という界面活性剤の分子構造の指標を頼りに探索する。しかし水と油の関係ならばHLB値で何とかなるが、今回の場合には、有機物の微妙な界面相互作用を界面活性剤で制御しようというのである。HLB値だけで考えて問題解決できる、と思う人は弊社の問題解決法のプログラムを勉強する必要がある。弊社の問題解決法では、このような短絡的な思いつきアイデアよりも有効なアイデアを導き出す方法を伝授している。

 

PRはさておき、頭のいい人の場合は、增粘した物質を解析してその結果から界面活性剤を選ぼうと考える。実際の現場でもこのような科学的アプローチが取られていた。そして界面活性剤では不可能だ、という結論が出されていた。

 

詳細は省き、とりあえず答を書くが、科学的結論が間違っていたのである。この場合は、界面活性剤の公開されている情報(多変量データ)を主成分分析にかけ世の中に存在する界面活性剤を分類する。そしてできあがった分類マップから、代表例の界面活性剤を一つづつ選び、增粘したERFに添加してみる。そして少しでも改善されたなら、その効果のあった界面活性剤の属するグループの界面活性剤を增粘したERFに添加して最良の状態になる界面活性剤を選ぶ、という方法が有効で、実際に問題解決できた。すなわち泥臭い刑事コロンボ型で問題解決するのがベターな方法である。

 

この問題解決を行ったのは20年以上前(ゴム会社を転職する1年前)であり、マハラビノスタグチ法を知らなかった時代であるが、知らなくて良かった、と思う。単純に界面活性剤を主成分分析してグループ分けをする、という手順が今でも最良の解決方法だと思っている。

 

主成分分析は、科学的統計手法として心理学の分野や経済学の分野でもよく使われている。既製服のA体、B体、AB体などの分類も主成分分析で決められる。因子分析の一手法であるが、全体の変動の大きな順に主成分が並べられるので便利である。興味のある方は多変量解析を勉強してみてはどうだろう。技術の分野でも重宝する手法だ。

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2013.06/12 科学と技術(タグチメソッド7(帯電防止薄膜の基本機能))

写真感材用フィルムの表面処理技術について田口先生から御指導を頂いた時の話。酸化スズゾルを用いた帯電防止薄膜について、基本機能の議論で田口先生も楽しまれていた。

 

帯電防止薄膜は半導体薄膜なので、それまでの事例では導電性を基本機能としてみなし直流で測定されたVI特性を動特性として使用していたそうだ。その事例に対し、インピーダンスを基本機能にした方が良い結果になる、と提案した。動特性を直流で計測するよりも交流で計測してL18を行えば、電気特性を計測しても薄膜の接着力という力学特性まで評価していることになり、基本機能のSN比を改善したときに薄膜の物性すべてが改善された結果になる、まさにこれこそ基本機能だ、と提案した。

 

なぜ直流で測定するよりも交流で測定した動特性の方が優れているのか。理由は交流で測定した場合には情報量が多くなるからだ。直流で計測した場合には容量成分を見ていない。しかし、交流で測定すると容量成分を見ることになるので、膜の付着力をテストする誤差を調合して実験すると、この容量成分に誤差の結果が大きく反映されるからだ。

 

直流で計測した場合にも膜の付着力のテスト結果は少し反映され、基本機能としての役割をしているが交流で計測した方が誤差因子に対して大きく影響を受けた結果を得ることができる。

 

実際に調合予定のそれぞれの誤差因子に基本機能がどれだけ影響を受けるのか実験をしてみたところ、交流で計測した場合には全ての誤差に計測結果が影響を受けるが、直流で計測した場合に幾つかの誤差因子に影響されないケースが観察された。

 

基本機能の動特性を用いて実験を行い、SN比を改善すると、システムにおける全ての品質項目が最適化される、という点がタグチメソッドのセールスポイントだが、これを胡散臭く思っている人もいる。しかし、帯電防止薄膜についてインピーダンスを動特性に用いてタグチメソッドの実験を行ったところ、帯電防止薄膜のシステムについて全ての品質項目が改善された。このテーマのコンサルティング結果について田口先生は大変満足されていた。

 

<明日へ続く>

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2013.06/11 科学と技術(タグチメソッド6難燃化技術の制御因子)

リン系難燃剤のシステムでリン酸エステル系難燃剤の添加量は制御因子か、信号因子か。教科書を見ると制御因子で考えることになる。しかし、難燃化システムの基本機能としてLOIの増加率を考え外側にリンの濃度を取った場合には、信号因子として扱うことになる。基本機能の認識の仕方でこのような考え方も可能なのだ。これもタグチメソッドを難しくしている。

 

タグチメソッドの指導者にこの点を質問した場合に、その指導者が高分子の難燃化技術に詳しければ混乱はしないが、タグチメソッドに詳しいだけで技術というものを知らない指導者だった場合には最悪の事態になる。田口先生と直接議論したから当方もこの点を理解できたのだが、この場合田口先生はどちらでも良い、と言われる。すなわち技術者の責任なのである。

 

そもそもどのような制御因子を選んで実験を行うか、という点も技術者の責任である。この点を指導者の方が勘違いされてああだこうだ、と指図し、担当者の感覚とずれていたときに混乱が起きる。実験者が自由に設定できてSN比を改善できる因子が制御因子なのである。最近の教科書にはこのように書いてある本もあるが、10年以上前は難しい説明がされており理解するのに困難だった。その他調整因子とか因子の名前がいろいろ出てきて混乱した。しかし一番大切なのはSN比を改善できる制御因子を見つけることである。

 

リン系難燃剤を用いた実験で難燃剤の種類を制御因子に選ぶ場合がある。直交表にこの制御因子を入れた場合には、実験は少しややこしく感じるかもしれないが、処方が面倒になるだけで、実験そのものは難しくない。すなわちリンの濃度を揃えて処方を組めば良いのである。ずぼらをするのであれば、あとからリンの濃度を計算してSN比を決めても良いのである。

 

リンの濃度ではなく、難燃剤の添加量を信号因子にする場合もある。これも難燃化システムの捉え方が異なるだけで、間違ってはいない。技術者がシステムをどのように認識しているのか、と言うことである。

 

リン酸エステルの添加量を信号因子に取った場合には、難燃剤に含まれるリンの量が難燃剤の種類により異なるので解析に注意が必要になるが、それは技術の捉え方の違いの範囲内である。当方はリンの濃度を信号因子に取った方が考えやすいのでリンの濃度を推奨するが、添加量で信号因子をとったほうが考えやすいケースがあるのも事実である。どちらがよいか、それは技術者の責任である、と恐らく田口先生は天国から言われると思う。

 

高分子材料の難燃 化技術においてリンの濃度以外の基本機能を考えても間違いではない。設計しようとしているシステムに対して何を基本機能とするかは、技術者の責任なのである。このあたりは10年ほど前の品詞工学フォーラムの雑誌に竹とんぼの例が載っており、基本機能を考え竹とんぼを作ったがうまく飛ばなかった、というオチが書かれていた。もちろんこの例はタグチメソッドを否定するために書かれた記事ではない。

 

<明日へ続く>

 

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2013.06/10 科学と技術(タグチメソッド5(難燃化技術の基本機能))

高分子の難燃化技術について、炭化型システムでは、極限酸素指数(LOI)の増加率は基本機能だろう。溶融型システムでは基本機能とならない場合も出てくる。高分子の難燃化技術で基本機能を考えるときに難しい点である。基本機能を難燃化技術に直接関わらないところで考えることも可能であるが、ここでは炭化型システムでLOIの増加率を基本機能とした場合を考えてみる。

 

難燃化成分を横軸に取り、LOIを縦軸に取ると、難燃剤の場合、LOIが21前後まで一次線形の関係が得られる。LOIの増加率が高い系は、炭化型システムにおいて難燃性が高い傾向にある。また、難燃成分の中には、LOIが20で上限となり、その成分を増加させてもLOIが上昇しない場合もあるが、一応LOIの増加率を求めることができる。

 

ところがリン原子は、どのような高分子についてもLOIが22程度まで一次線形で正の相関係数をとる。リン系の難燃剤で難燃性の高い高分子材料を設計したいときには、信号因子としてリン原子の濃度を取り、LOIとの関係式からSN比を求める。このSN比を用いて他の制御因子について直交表を使い探す。

 

制御因子として何を考えるのか。予備実験から効果的な制御因子が分かっている場合は苦労しないが、全く分かっていない場合に、いきなり大きな直交表を用いた実験を行わない方が良い。L18が適当な大きさである。直交実験に慣れていれば、L8やL9という小さな直交表を使うのも良いが、L8やL9を二回行うくらいならば、L18を使用すべきである。

 

技術ができあがっていると制御因子のおおよその挙動は見えているが、技術が全くできあがっていない段階であると制御因子と思っていた因子がそうではなかったケースも経験している。一因子実験では制御因子のように見えても直交表を使用した実験では、効果が見られないことがある。これは実験を失敗したのではなく、タグチメソッドのメリットであり、実験者の誤解がその実験からあきらかになったのである。

 

直交表を用いたタグチメソッドの実験の良いところは、基本機能のSN比を“本当に上げることができる”制御因子を素早く見つけられることである。これは一因子実験をくり返して行い求めることもできるが、効率が異なる。但し、L18実験をすべて完了しなければその結果が得られないのがつらいところである。タグチメソッドを嫌う人の多くがこの点を指摘するが、実験計画をうまく組めば多くの場合1週間以内に結果が揃うので、タグチメソッドの欠点ではない。

 

ここまでリン系の難燃化システムの例で説明したが、他の難燃化システムでも同様である。例えば、ガラス生成の難燃化システムでは、ガラス成分とLOIの関係を直交表の外側に割り付ける。

 

ところで、難燃化技術では、燃焼速度の変化率が基本機能だ、という人もいる。もし自分たちの難燃化技術の哲学が燃焼速度を遅くする技術こそ大切である、と言うのであればそれでも良いのである。田口先生は基本機能を決めるのは技術者の責任だ、と言われた。タグチメソッドの責任では無いのである。何から何まで機械的に決めてくれないので、このあたりがタグチメソッドを難しくする原因になっている。あくまでもタグチメソッドは“メソッド“なのであるが、哲学的側面もある。基本機能は技術者がシステムを設計するときに自己責任で決めなければいけないコンセプトでもある。

<明日へ続く>

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2013.06/08 科学と技術(タグチメソッド3(タグチメソッド輸入前の時代))

会社の方針で技術開発に日本科学技術連盟(日科技連)の手法を導入していた時代の話。

 

高分子の難燃化技術開発を担当していたとき、実験の大半を実験計画法で行っていた。まじめに検定を行い信頼値の区間について統計計算まで行っていた。統計計算を行うために自腹でMZ80Kを購入した(注1)。当時給与の手取りが10万円前後の時代に2ケ月分の給与が吹っ飛んだ。日科技連のベーシックコースは50万円である。学生時代よりも教育費に金がかかった。サラリーマンとなりお酒にお金が消える心配よりも自己啓発にお金が消える心配をしなくてはいけない時代(注2)であった。

 

上司から、「君のグラフでは、いつも平均値がきれいに真ん中にきているが、なぜだ」と質問された。あたかもデータを捏造している、と言いたげな質問の仕方で口調も意地悪であった。検定で信頼値を求めるとこうなる、と説明したら驚いていた。その後、グラフの書き方はは実験で得られた最大値と最小値を用いて区間を示し、平均値をそこに書くように指導をされた。あたかもグラフの書き方を知らない小学生を指導するような口調である。

 

これはおかしな指導であった。間違っているかどうかの議論の前に、日科技連の方法を業務に取り入れるという会社の方針に従えば、必ず平均値は真ん中に来るのである。しかしゴムのような力学物性に大きなばらつきを持っている材料では、最大値と最小値で偏差の区間を示した場合に、平均値は真ん中に来ない場合が多い。

 

上司のあまりにも軽蔑的な指導方法のおかげで自分が大きな間違いをしているような気持ちになり、世間で偏差の区間をグラフでどのように表現しているのか調べてみた。技術論文を調べて気がついたが、当時は値の偏差の区間を最大値と最小値を使って示している場合と、検定で得られた信頼区間を用いている場合、検定を行わずただの標準偏差を示している場合の3通りあった。

 

タグチメソッドのSN比は日本ではまだ知られていなかった。日科技連の努力が続けられていても正しく日科技連の方法が世間に浸透していないことに気がついた。さらに「統計でウソをつく」などという著書まで登場した。

 

社会では1980年代は統計的手法に疑問が持たれた時代であるが、少なくともデミング賞を受賞している会社の中では日科技連の手法が標準となっているべきであるが、上司の指導が異なっているだけでなく、統計学の検定の意味すらご存じなかったことには驚かされた。全社方針がなかなか担当者まで浸透しないときには、中間管理職の教育を行った方がよい、という典型的な状態であった。

 

実験計画法にこだわる実験スタイルを周囲の人が笑うのも納得できた。全社品質発表会の時だけ統計を使うのが最も効率の良い、大人の仕事のやり方なのである。すでにこの状態が、当時の日科技連の科学的統計を用いた手法が技術開発に適合していないことを示していた。

 

それでは日科技連の手法が間違っているのか、というと技術開発には適合しないが、科学の研究には都合の良い便利な方法である。すなわち、自然現象は偏りのない統計分布を持つ、という仮定が無ければ科学の研究を進めることはできないので、日科技連の手法を使うべきなのだろう。ワイブル統計のような手法は隠れたモードを解析するのに大変便利なデータ整理の方法である。科学的手法として信頼でき、また発見を効率的に行う実験を組むことができる。科学的研究に用いる手法として日科技連の手法は間違ってはいない。

 

すなわち日科技連の手法を当時「技術開発の思想として導入」したことが間違っていたのである。その象徴が福島原発の事故なのである。技術開発を科学的統計の思想で行ってはいけないのである。但し繰り返しになるが科学的統計手法が間違っているのではない。技術開発のある場面では、科学的統計を使った方が良い場合だってある。最弱リングモデルに基づくワイブル統計は、故障モードの解析に大変有効である。即ち科学的解析手段として科学的統計を用いるのは良いが、それを技術開発の思想にするのは良くない。

 

<明日に続く>

 

(注1)当時上司に実験計画法でコンピューターが必要だ、と申し出たら、誰も実験計画法など使っていない、と一蹴された。人事部が研修でベーシックコースを技術者の必須コースとしていたので上司も受けていたはずである。MOTや企業統治がまだ話題になっていなかった時代である。

(注2)学会も年休をとり自腹で参加していた。たまに会社の出張で参加したときには、日当がついたので天国であった。若いときの苦労は金で買ってもせよ、とは父親の口癖だったが、若いときに自己啓発でお金が消えて苦労するのは仕方がないのであろう。

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2013.06/06 科学と技術(タグチメソッド1)

田口玄一先生がお亡くなりになって1年になる。酸化スズゾルを用いた写真用フィルムの帯電防止層開発のテーマでは、70歳を過ぎた田口先生から直接御指導を受ける幸運な機会が2年ほどあった。酸化スズゾル技術を含め4テーマ御指導頂いたのだが、結構準備が大変であった。

 

コンサルティング時の苦労話をしても仕方がないのだが、毎回こちらのテーマを正しく理解して頂いているのか、という不安があった。しかし、タグチメソッドでは基本機能さえ正しく把握できれば細かい科学の話などどうでもよいのである。毎回の不安が、タグチメソッドの本質を理解するのに大変役立った。

 

タグチメソッドは「田口メソッド」と書いてはいけない。なぜなら米国からの輸入品だからである、という田口先生のジョークは面白かった。田口先生がアメリカでご活躍されていた頃、日本では日本科学技術連盟(日科技連)の推進する品質管理工学がもてはやされていた。

 

1979年にゴム会社に入社したとき、新入社員は全員日科技連の品質管理ベーシックコースを受講させられた。受講料一人50万円のコースである。おかげで統計学を基礎から理解することができた(お金の力はスゴイ。但し費用は無事終了したときに会社が支払ってくれる)。

 

日科技連の品質管理におけるばらつきの概念は、科学統計学のそれと同じである。すなわちばらつきは「偶然誤差」として扱う(注1)。技術開発において日科技連の統計手法を活用するとまずこの矛盾に遭遇する。しかし統計学では、それを矛盾とするのではなく、誤差が均等になるように実験計画を組め、としている。例えばさいころを振って実験順序を決めたり、あみだくじで実験順序を決めたりする説明がまじめに教科書に書かれている。

 

このあたりの胡散臭さは、実験計画法を使い込むと気がつく。実験計画法でうまく実験を行っても、最良の条件が外れる場合が出てくるのである。だから確認実験を行うようにテキストには書かれているが、なぜ外れるのかについては説明されていない。社内の講師に質問しようものなら、それは実験計画が悪い、と一言で片付けられてしまう。

 

コンセプトを決めて技術開発を行うスタイル(注2)だったので、実験計画を工夫してもうまく行かない場合が多かった。高分子発泡体の難燃化技術開発を担当していたときに積極的に実験計画法を使っていたのだが、よく外れて、その度に周囲から笑われた。他の人はどうしているのか、と覗くと、実験計画法など誰も使っていない。実験計画法が外れる事を知っているので皆一因子実験である。せっかく新入社員の研修で50万円も払って身につけたのだからと意地になって使っていたら、面白いアイデアが浮かんだ。

 

実験計画法の因子を割り付けるときに、外側にも因子を割り付け、外側に割り付けた因子で相関係数を求め、相関係数で実験計画法を行うのである。面白いほど最適値(いつも物性の最大値を最適値にしていた)を決める実験がうまく行くようになった。タグチメソッドなど知らなかったが、偶然タグチメソッドでいうところの感度を最大にする条件を求める実験方法を思いついたのだ。

 

このような体験があったので、タグチメソッドの解説を面白いほど素直に理解できた。そもそも技術開発の実験の世界で現れる誤差は、偶然誤差ではなく必然誤差と呼べる性質の誤差である。田口先生のご講演でSN比の説明を聞いたとき目から鱗状態で、感度の説明がされたときには仰天した。「私は田口先生と同じことを考えていたのかもしれない!」

 

<明日に続く>

(注1)福島原発は海岸沿いにあるにも関わらず、防波堤の高さを科学的な確率で決めたという。女川原発では、津波の経験から少しでも高台に、と考えて建設されたという。両者は同じように津波に襲われたが、福島の状況を見ると科学的確率で決める問題が浮き彫りになる。タグチメソッドではSN比で経済計算まで行う。もし原子力技術をSN比を用いてリスク計算あるいは事故が起きたときの損失を計算したならばものすごい数値になるであろう。地震国日本で原発を運転するときの覚悟とはお金を準備することと、日本に住めなくなる場合を理解することである。

(注2)弊社の問題解決法でもコンセプトに基づく実験を取り入れています。実験はタグチメソッドで行うことが基本です。

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2013.06/05 科学と技術(酸化スズゾル6)

結晶については、分析データを用いてどのような結晶であるかを議論できる。各種分析結果から同定された結晶についてその物性を議論すれば、誰でもどこでもその議論を検証できる。

 

伊藤・犬塚共著「結晶の評価」(1982)には、固体であって結晶性でない物質を非結晶または無定形と呼ぶ、と書かれている。前者にはnon-crystalline、後者にはamorphousと英語読みがふられており、さらに結晶の細かい分類について英語で記述し、日本語の記述を避けている。結晶という言葉に対するこの本のこだわりから結晶ではないものを定義する難しさが伝わってくる。

 

さらにこの本では、アモルファスに対して非晶質ではなく無定形という言葉だけをあて、本の中に非晶質と言う言葉はどこにも出てこない。アモルファス金属などが世の中に登場し、すでに実用化が始まっていた時代の教科書である。もちろんガラスは昔から知られていた。だから、意図的に非晶質という言葉を外しているのかもしれない。この本では、タイトルどおり結晶という物質をどのように評価し定義づけるのか、という点を厳密かつ明確に記述している。

 

一方で結晶ではない物質については、未だに科学としての研究は続いている。アモルファスについては曖昧のままだ。例えば電子顕微鏡で探しても結晶など見つからない状態の物質でもX線の散乱ではブロードの信号が現れたりする。潜晶質とも呼ばれているがこの言葉は金属以外の分野であまり聞かない。ちなみに潜晶質と呼ばれる物質は、先の教科書によれば結晶に分類されない。また無機化学の専門家10人にヒアリングした結果でも、9人までが無定形あるいは非晶質と解答している。

 

ただ、潜晶質のデータを結晶と答える先生がいらっしゃることも事実である。「あの先生はご自分で実験をやったことの無い先生だから」という批判やここでは書けない辛辣な言葉もあったが、いろいろ調べてみると古くから鉱物学をやってこられた先生は粉末x線の回折にブロードのピークが現れていてもその位置が期待された位置だった場合に結晶と見なすらしい。

 

これは結晶という言葉の起源を探るヒントになる。ある先生がここだけの話、とひそひそ話として教えてくださったのだが、結晶とか非晶とか結構いい加減に扱っている研究者が多いとのこと。

 

(注:確かに高分子の結晶と無機の結晶では少し異なるところがある。高分子の非晶質状態に至っては、無機のガラスと異なる挙動をとる場合もあるのに無機ガラスと同様の考察が進められている。科学ではそれで良いのかもしれない。しかし、技術では無機のガラスと高分子のガラスが異なるという認識を持つことはアイデアを出すために重要な時がある。)

 

その先生曰く、結晶とは鉱物学から生まれた言葉で、もともとは目で見て規則正しい形をしている物質に対して与えられた言葉とのこと。大きな結晶は、砕いて小さくしても規則正しい形を保っている、それが結晶の言葉の起源、と言うのである。昔はX線ぐらいしか分析手段がなかったから、目で見て結晶かどうか分からない物質はX線で分析していた。

 

鉱物学の分野ではあらかじめ目視段階で構造の予想をつけているから、ブロードなピークだろうがなんだろうが、期待された位置に回折ピークが現れれば、それで分析データとして充分だった、と言うのである。結晶という言葉の成り立ちから考えると、潜晶質を結晶ととらえる学者が鉱物学の流れを学ばれた先生にいらっしゃる理由を理解できる。

 

特公昭35-6616に記載された酸化スズゾルのx線回折データは、ブロードだがそれでも比較的シャープに回折ピークが現れる。しかし、酸化スズであれば現れなくてはいけない位置のいくつかにまったく回折ピークが出ていない。すなわちX線の反射面が存在しないのだ。電子顕微鏡観察では、ところどころ数層であるが積層状態を見つけることが可能である。しかし、それを結晶というのには無理がある。だから特許には非晶質と書かれていた。

 

特許の出願された時代の科学的成果を論文から考察すると、わざわざ非晶質と書かなくても結晶質の酸化スズまで含めた特許として成立した時代である。驚くべき成果として特許は出願されていたが、その結果、この特許の5年後にアンチモンドープの結晶性酸化スズによる帯電防止層の特許が出願され成立している。昭和35年の発明でわざわざ非晶質とこだわり特許が書かれていたことに改めて驚いている。

 

カテゴリー : 一般 電気/電子材料 高分子

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