ロール混練ほど不思議な混練装置は無いだろう。二本のロールが回っているだけで混練が進行してゆく。ロールの表面はつるつるであり、ロールの回転速度差とロール間隙により、混練で必要な剪断流動と伸長流動が制御されている。
もし二軸混練で不満があれば一度ロール混練で材料を処理してみることをお勧めする。55%もパルプを含有した樹脂パルプ複合材料を開発した時には、ロール混練でPS並みの射出成型性を有した材料を開発している。
ロール混練は生産性は悪いが、二軸混練機などの連続式混練機では得られない混練レベルのコンパウンドを製造可能である。ゆえに指導社員はカオス混合の発明は混練の世界に革新をもたらす、と説明されたのだった。
指導社員は、ロール混練について形式知の観点から指導してくださったが、技能指導をしてくださった年配の方は経験知をいろいろと教えてくださった。二人の指導内容を比較すると科学の知識が無ければ技術が出来上がらない、という考え方が誤解であることに気がつく。
科学的ではない思考方法でも技術が創りだされ、技術によって生み出された人工物に含まれる知識は科学がもたらした物である、というのは科学の時代の俗説というファーガソンの言葉を理解できる。
当方の発明したカオス混合装置はロール混練の機能をそのまま実現しただけの非科学的装置だが、中間転写ベルトの開発や樹脂の難燃化技術などで十分な成果を生み出した。
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結晶が焼き固められたセラミックスでは、結晶構造でその機能性が決まり、結晶のサイズや欠陥で力学物性が支配されている。結晶の機能性に着目し、強相関物質と呼ばれたりしている。
しかし、高分子の構造と物性との相関はセラミックスほど強くはない。ただし、経験知として整理してみると、セラミックス同様にその構造と物性との間には相関がみられ、このことから高分子を強相関ソフトマテリアルと呼ぶ研究者もいる。
この材料の構造と物性との相関が形式知として整理されると材料設計が容易になる。しかし、高分子材料技術はまだそのレベルに到達していない。ゆえに、この分野の有力なソフトウェアーであるOCTAで材料設計ができるわけではない。
ところがOCTAが無用の長物であるかというと、そうではない。現在の段階では使いこなすのにそれなりの知恵が必要である。
これが分かってくると日常OCTAをつかいたいシーンも登場する。すなわちOCATであたりを決めて材料設計する、ということがもうすでに一部の分野で可能になった。
OCTAを使ってみてわかったことがある。しかし、ここでは書かない。時折当方のセミナーで気が向いたときにその成果をお話しすることがある。
気が向かなければこんなこともできます程度の話で終わるが、無料のOCTAが普及するには少々高い敷居を越える根性が要求される。
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高分子材料技術に関し門外漢が勉強しようとしたときにまず困るのは適当な教科書が無いことだ。絵解きの初心者用の書物も存在するが、それを読んでもすぐに実務では役立たないだろう。
実は最近絵解きの初心者用モータ技術に関する本を購入したのだが、これがたいへんわかりやすかった。そして読んだ後、すぐに新しいアイデアが浮かんだ。残念ながら思いつきのアイデアに関して最近類似の特許が提出されていた。
残念な結果ではあったが、このきっかけで、分かりやすい本とは、と考えるととともに、なぜ高分子材料にこのような本が無いのかと考えてみた。
同じ材料に関しても、金属やセラミックスに関しては材料からそのプロセシングに至るまでの初心者用の適当な書物があるのに、なぜ高分子材料に関しては普遍的と呼んでもよいような初心者用教科書が存在しないのか。
一つの原因として、日常接している高分子材料でできた製品の特長について一応の理解をするために、形式知だけで説明できないことが考えられる。
金属やセラミックスについては、形式知だけで何とか分かったような感覚になる説明が可能だが、高分子では例外事項が出てきて説明する側も苦労する。原因は、高分子の一次構造がそのまま製品物性に現れている事例が少なく、高次構造を持ち出さないと説明しにくいからと思われる。
その高次構造について形式知がどのような状況かというと、最近は階層化構造という認識が一般的であるが、研究者により微妙にその階層化構造のイメージが異なっている。困ったことに階層化構造の形式知が固まっていないのにメソフェーズの研究が盛んに行われていることだ(階層が分かりにくいのでメソフェーズ構造の研究がなされている、が正しい認識かもしれないがーーー)。
すなわち高次構造認識は、まだ確定した形式知が存在しないために、高分子研究者それぞれの思いの認識で研究が進められている状態と言ってもよいかもしれない。
セラミックスでも40年ほど前は研究者により材料認識が異なっていた時代があった。すなわち結晶を研究している研究者の認識と古典的に混ぜ合わさった焼き物を研究している研究者とは、大きく異なっていた。
焼き物の研究者の説明を聞いても門外漢にはさっぱり理解できなかったが、結晶の研究者の話は論理的でわかりやすかった。セラミックスフィーバーはこのような状況を一変した。そのフィーバーのさなか、古典的な焼結理論に関する激論があった。
自由エネルギーをもとに展開された新説を速度論と勘違いされている大御所の先生がおられた。思わず自分が無知であっても新説を素直に理解できたので自信がついた。やはり、科学では、まず論理的に現象を説明できなければいけない。論理的な説明であれば、偏見が無い限りその理解について勉強すればだれでも可能になる。
形式知の良いところはこのような点だが、高分子材料の形式知に関しては一次構造以外についてうまく整理されていないように思われる。だから、高分子材料に関してもセラミックスで展開されたような激論がなされるべきかもしれない。力学物性については、かなり情報がそろってきたように思われる。
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当時の研究所は、8階建ての大きなビルの6階以上が職場となっていた。5階以下はタイヤ開発部隊が使用しており、夜7時過ぎは6階以上の電気が消え、5階以下は朝まで電気がついていた。
研究所に配属されたのは二人だったが、同期から雲の上の人だから早く帰れてよいなと、嫌味とも思われるようなことを言われたりしたが、今の時代だったらこのような言い方はしないだろう。
ゴム会社には、タイヤ事業の研究開発部隊と非タイヤ事業の研究開発部隊、それと基礎研究部隊の3組織があり、基礎研究部隊は、アカデミアよりも恵まれた研究環境でその風土はまるで大学の研究室のようだった。
おそらく当時の高分子関係の企業に設置された基礎研究部門の中ではトップクラスの人材が集まっていたのではないだろうか。この研究部門から東京大学をはじめとしてアカデミアの研究者になられる方もいた。
半年間の新入社員研修で2ケ月間タイヤ設計部で構造設計開発の研修を体験したが、およそその職場の風土と基礎研究部門の風土とは異なっていた。
一番びっくりしたのは、当方のロール混練の手際の悪さを見て、例えば、「フローリー・ハギンズ理論を説明してみろ」と聞いてくる先輩社員が職場にいたことだ。大学で使用された当時の高分子の教科書には、言葉が載っていただけなので、論文でも読んでいなければ答えられないこのような質問をして得意になっていたのだろう。
そして、およそ企業と思えないような会話が始まるのである。知識を増やすには良い職場であったが、当方はむしろロール混練の実技を指導していただいたほうが嬉しかった。ちなみに、バンバリーやロールの扱いは指導社員から習ってはいたが、ナイフの返しのコツなどは一度聞いただけではうまくできない。
また、実験室でロール混練をしている人たちの手元を見ても、様々な流儀が存在した。幸いなことに、事故をおこすといけないので、と小生の指導を指導社員に申し出られた年配の方がいて、その方から混練の現場ノウハウをいろいろ教えていただいた。
指導社員も丁寧に混練について教えてくださったが、実技の細かい点になるとやりやすいように、と言われるだけだったのでこの方の指導はうれしかった。そもそも、やりやすい形にはやくたどり着くためには、それなりのコツがあった。
例えばナイフ作業の回数については、慣れないうちはマッチ棒で数える、とか、添加剤を添加するときにあらかじめ添加回数が少なくなるように添加剤を組み合わせて混ぜておくとか、経験知といえる内容である。
また指導社員による午前中の座学における小生の居眠りが噂になっていたようで、指導社員には叱られなかったが、この年配の方から「たるんだ新入社員と言われないように」と注意を受けた。たった3ケ月で一年間のゴールを達成したのだが、このような周囲の温かい指導もそのバカ力の源泉となっている。そしてカオス混合のアイデアも現場の雑談で少しずつ具体化されていった。
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樹脂補強ゴムの開発は、一年間の計画が立てられていた新入社員テーマだった。一方で、大衆車のエンジンマウント用に高性能かつコストダウン(CD)配合の防振ゴム開発が緊急課題として生産現場から研究所に求められていた。
この緊急性について同期が製造技術部門に配属されていたので知ることができた。生産現場からすぐに欲しいとの要望が出されていたが、研究所では基盤技術研究テーマとして樹脂補強ゴムを位置づけていたため、当方以外の戦力はあてられていなかった。
また、このテーマは、ニーズとは無関係で指導社員のアイデアとして企画され、半年間指導社員が一人で推進してきた。ゆえに一応当方がニーズに合わせた補強要員という役割だった。
ドラッカーの働く意味は、貢献と自己実現であり、当方が担当していた樹脂補強ゴムの成果でニーズに合わせてすぐにアウトプットを出すことは十分な社業への貢献に思われた。また、カオス混合装置について研究することは混練技術に興味を持ち始めた段階では、ゴム技術者を目指す自己実現手段として意味があった。
さらに新入社員である一年間は残業代が支給されない規則だったので、残業を死ぬほどやっても会社に迷惑をかけるわけではなかった。健康には自信があったので、仮に死ぬほど残業をしても死なないだろうと楽観的に考えたため、寝ている以外は仕事という毎日になった。
今の国会で議論されている働き方改革とは程遠い考え方ではあったが、働いていると何故か不思議な幸福感があった。指導社員から、計画が遅れない限り好きなように仕事を進めてよい、とあたかも裁量労働のように言われていたからである。
ただし、計画に遅れない、とは、新入社員発表会において発表できる程度の成果が出ておればよい、という意味だった。ありがたいことに指導社員は残業を全くしない定時退社の習慣だった。
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カオス混合とは、パイ生地や餅つきで発生している機能との説明を受けた。すなわち急速に引っ張った(伸長流動)後折り曲げる(剪断流動)ような混練方法だ、と指導社員から教えられた。さらにロール混練ではそれに近い現象が起きているのではないか、とご自身の想像をまじえ混練技術に関する経験知と暗黙知を伝承してくださった。この指導には大いに感謝している。
当時すでに高性能な二軸混練機が世の中で普及していたのに、加硫ゴムでは、バンバリーとロール混練を用いるバッチ方式が使用されていた。指導社員は、高性能な加硫ゴムを絶対に二軸混練機では製造できない、と明確にその理由を経験知と暗黙知で説明された。
2005年末に二軸混練機に取り付けるカオス混合機のアイデアに成功したのは、この時の暗黙知がうまく伝承されていたからである。
技術の現場において暗黙知を伝承する方法は、経営の使命が企業の持続的成長、すなわち今の世代を次の世代に受け継ぎ発展させる行為にあるとすると、大切な問題である。しかしながらその実現は容易ではない。ノウハウが要求されるが、ゴム会社には伝統的にその風土が存在した。
設備の進歩以外に、ポリウレタンRIMの普及が始まり、高性能なTPE開発が活発になってきた時代でもある。当時の愛車セリカのバンパーにはPPではなく高価なポリウレタンRIMが使用されていた。加硫ゴムの技術が将来も残っていくのか、という議論が活発に行われ、樹脂とゴムのハイブリッドであるTPEが新素材としてもてはやされていた。
たとえ射出成型で作られるゴムが普及し始めたとしても、バッチ方式で混錬され、成形もたい焼き機のようなバッチ装置を用いた方式がゴムの高性能化には必要なプロセスだ、と指導社員はいわれた。しかし、高性能なカオス混合装置が発明されたなら、それで加硫ゴムの混練ができるかもしれない、と付け加えられた。
ゴムの混練プロセスというものが十分に解明されていなかったので、それをカオスと例えた人も研究所にいたが、カオス混合というのは、そのカオスとは異なり特殊な混練方式、というのが指導社員の説明だった。それを連続プロセスで実現できるのは君しかいない、などと時々からかわれたりした。これはカオス混合に興味を持ち考え続けるには十分な動機付けだった。
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カオス混合という混練技術について知ったのは、新入社員の時である。防振ゴムを樹脂補強ゴム(TPEと呼ばれている樹脂と同一構造だが、射出成型できず通常の加硫ゴムのプロセスで成形体が作られる)で設計するテーマを担当したときである。
一年の予定が、たった3ケ月のテーマとなったが、開発処方は特許出願されて製品化に成功している。このテーマを担当していた時に、指導社員から混練技術の実務について濃厚な指導を受けた。
特に、パイロットプラントのバンバリーを操作し、20kgノンプロ練したゴムから100gほど使い、ロール混練(プロ練)して評価サンプルを製造した手順には驚いた。使用しなかったゴムは廃棄するのである。
大抵はバンバリー1バッチのゴムで加硫剤などを追加して10水準ほどのゴムをプロ練するので1kgほど使用するが、残りはボイラーの燃料となる。
もったいないと思ったが、指導社員は、ニーダーを使えば小スケールで練り上げることができるが、そのプロセスで最適化されても実用化の時には、今以上の廃棄サンプルが出ることになる、それが加硫ゴムの混練だ、と説明された。
すなわちバンバリーを用いたときと小スケールニーダーを用いたときでは、同一配合でも出来上がる加硫ゴムの物性が異なる、というのだ。その結果、小スケールニーダーで素晴らしい物性のゴムができたとしても、実用化できない場合も出てくるとのこと。
小スケールニーダーで製造したゴム物性が、大スケールのバンバリーを用いて製造したゴムのそれよりも悪いならば良いが、そのような結果になることは稀で、たいていは量産化で物性が悪くなり、ひどいときには実用化できない場合もある、と実験をやっているときによく言われた。
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老化防止剤やワックスその他の配合剤を用いないゴムがどのようなものかは教科書を読んでいただきたいが、形式知や経験知の観点で実用性のあるゴムなどこのような処方で製造できない。
一方、界面活性剤で問題解決できない、と形式知の観点で完璧な結論が出ていた問題に対して、どうしてまた界面活性剤のアイデアがひらめいたのか。それは、当方がこの増粘問題を界面活性剤で解決できない、と結論された否定証明を知らされていなかったからだ。
さらにその後当方の界面活性剤技術を特許として出願しているが、その特許を書く時でさえ界面活性剤という言葉を使うな、と指示され、そこではじめて研究報告書の存在を知らされた。仕事を開始して数か月過ぎてからである。
この界面活性剤で解決できないという完ぺきな否定証明をお手伝いの依頼されたときに読んでいたら、アイデアなど浮かばず一晩で結論を出せなかった可能性が高い。それでも、配合剤の入っていないゴムというものが耐久性のないことを即座に説明するような無思慮な対応は、しなかった。
しかし、情報を知らされていなかったことが、素直なアイデアのひらめきと、それを確認する実験につながった。そしてこの実験結果は、一年もかけて研究したのに隠されていた報告書の内容を完全にひっくり返すような結果だったので、相手を怒らせたのかもしれない。さらに、その結果はたった一回の一晩静置するという簡単な実験からえられていた。
今冷静に考えるとこの時のマネジメントは極めて稚拙である。当時当方は一般的な職位でいえば係長の役職にいた。そのような立場の者に対して、ただ黙って仕事を手伝え的な依頼の仕方は非常識だろうし、少なくとも同じ社内で同じテーマを担当する研究者にテーマに関する情報をすべて開示しないという秘密主義もおかしい。
その非常識な依頼に対して、当方は臥薪嘗胆し、静かにそして謙虚に実験結果を示したのだが、このようなお手伝い依頼の背景では、否定証明をひっくり返したような実験結果となって、せっかくの忖度も、「モリカケ問題」同様に悪い状況を生み出してしまった。ゆえに忖度をしなくてもよい組織が理想であり、これはドラッカーの遺言でもある。
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高純度SiCの事業化を一人で推進していた時に、電気粘性流体の増粘問題が研究所で大きな問題として扱われていた。これは、その後当方が界面活性剤で解決した問題だったが、当時優秀な人材が一年かけて界面活性剤では問題解決できない、という結論を科学的に出していたのでややこしい。
ただ、この結論は電気粘性流体を実用化するときに避けられない問題であり、その解決策と問題そのものは極めて重要な形式知と位置づけられ、社内でも機密扱いにされ、本部内の報告会でも扱われなかった。
そしてこの電気粘性流体の増粘問題を解決するため、界面活性剤では問題解決できないという結論を出したメンバーにより、電気粘性流体を増粘させないゴム材料の開発という新たな企画がなされた。
その企画のお手伝い役として当方に一部仕事が回ってきた。住友金属工業とのJVを進めようとしていた頃だったので、何とか断りたかったが、本部長命令だという。高純度SiCの事業化は、本部長が交代した時に、どうでもよいテーマになっていた。
ただ、この時どうでもよいテーマになってはいたが、一年後には、当方の転職の決断で大きなテーマになり、現在まで事業がつづいている。電気粘性流体の増粘問題が、転職問題に変わったのは、このお手伝いがきっかけだった。
お手伝いを言ってきた人に、配合剤が電気粘性流体のオイルに抽出されないゴム=配合剤の添加されていないゴムという意味か尋ねたところ、それに近いという。すでにオイルに抽出される添加剤は解明されているので、それらを用いなくてもよいゴム(加硫剤も入っていないようなゴム)を開発するのだ、と真顔で、少し考えれば間抜けな説明をそのリーダーはしてくれた。
どこが間抜けかはここで詳しく書かないが、反射的に、増粘した電気粘性流体を欲しい、とお願いした。そんなものは実験室にたくさんあるから自由に使ってよい、と言われたので、耐久試験時間が一番長くヘドロの様なもっともひどい状態の電気粘性流体を頂いた。
そしてそれらを300個程度サンプル瓶にわけて、それぞれのサンプル瓶に手元にあった界面活性剤を一滴ずつ添加し、サンプル瓶をよく振ってから一晩放置した。翌朝配合剤の添加されていないゴム開発というテーマを担当しなくてもよくなる、素晴らしい結果が得られていた。
すなわち、電気粘性流体の増粘問題を解決するアイデアは、お手伝いを頼まれた仕事がゴムの常識から考えてあまりにもばかげていたので、ショックであきれた瞬間にひらめいたアイデアである。
常識にとらわれないアイデアとは、実現可能性が明らかに存在しないときに、それを聞いた人をびっくりさせる。しかし、それが素晴らしい内容の時には感動を呼びおこすが、ほとんど苦労してよく考えていないと思われるばかげた内容の時には、相手を忖度した行動を引き起こす。サラリーマンとして、150年以上のゴムの歴史から考えるとばかげた企画だと即座に断れなかった。
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科学者は科学という哲学を頼りに仕事をしているが、技術者は第六感も含めたすべての感覚を働かせながら自然を眺めている。この時必ずしも科学という哲学は必要ではない。
科学者と技術者とがコラボした結果、うまく発展している分野がある。高分子である。当方が大学で高分子を学んだ時に一次構造、すなわち分子レベルの構造が重要と習った。
また、高分子の歴史的認識において、その分子の大きさが着目されてきたこともあり、ノーベル賞を受賞したフローリーの研究もずばり高”分子”に関する基礎研究であり、実用性の乏しい研究成果だった。
この一次構造に対して高分子の塊として現れる現象や機能性については、おおざっぱにとらえられて高次構造と呼ばれていた。
DNAの二重らせんを二次構造と呼ぶ科学者もいたが、当時はこれも高次構造の一つとして扱われた。
研究の着眼点として高分子を階層的に取り扱おう、という動きが出てきたのは技術者からである。技術者が高分子の機能と高次構造の関係の重要性に気がつきアカデミアへ相談するようになったのである。
当方が社会に出た1980年前後のころ、企業の技術者はすでに高分子を階層的にとらえていた(注)。アカデミアでは一次構造と高次構造だけであったが、技術者は、高分子材料物性の細かい機能性を取り出す必要性から、自然とその階層性を問題にしなければいけなくなった。
このモノの見方にアカデミアが飛びついたのだ(注2)。2000年の精密制御高分子プロジェクトや、20世紀末に行われた土井プロジェクトは高分子の階層性について一定の成果を出した重要なプロジェクトである。
高分子物理は、多少のおおざっぱさをその論理に認めつつ、素粒子物理とは少し異なる哲学で発展している科学として稀な分野である。
一方技術者は高分子物理の科学体系がうまくできていなくても自然を経験知や暗黙知で階層的に眺めることにより、上手に機能をそこから取り出すことに成功している。
(高分子科学は技術を科学が追いかけている状態だ。当方の開発したカオス混合機の機能については、いまだに科学で説明できない。しかし、この装置を使うとポリマーアロイをナノオーダーで美しくできる。当方が自然現象眺めていたのは科学という哲学とは異なる方向からで、それを具現化したのがこの装置である。)
恋は人を盲目にして既婚者も独身者も区別せず許される、というのが瀬戸内寂聴氏の見解であるが、仏教も科学同様の倫理と異なる哲学なのだろう。倫理という人の自由を束縛する考え方を排除しているのかもしれない。
高分子科学者はその昔、素粒子物理学者と同様に高次構造を区別せず細かくなる方向で眺めていた。しかし、40年ほど前まで一次構造を重要と言っていたことを忘れ、今はその階層性に心をときめかせている。
(注)当方の新入社員時代に担当した樹脂補強ゴム(一年間のテーマだったが)では、最も高次の構造は、ゴム相で島が形成され樹脂相で海となっていた海島構造が観察された。さらにその下位の構造として樹脂の結晶性が物性を支配していた。さらにゴムの架橋密度も他の力学物性に効いており、この階層性と機能の関係が商品設計の重要なツボであり、これを3ケ月でまとめた。指導社員は大変優秀な人で午前中座学で形式知の伝承を、午後は実技で経験知の伝承という指導方法だった。指導社員は定時退社される人だったので、翌朝までは自分の暗黙知を蓄積する時間となった。
(注2)セラミックスフィーバーで固体物理の分野が急速に発展した。強相関物質という概念が誕生し、これを高分子に応用した、という説もある。しかしセラミックスと高分子の両者の研究をしてきた立場から見ると、固体物理の強相関物質という分野をご存じない先生もおられる。それゆえ科学という哲学の視点よりも技術者の影響が強いと思っている。
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