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2016.05/10 煙草の煙

煙草の煙というタイトルだが、五輪真弓の歌ではない。写真フィルムの社内規格「タバコの灰付着テスト」のことである。退職後この欄の読者から指摘されるまで、JIS規格だと思っていた。転職したときに上司からJIS規格と教えられたので、番号など確認せずそのまま信じていた。
 
写真フィルムの重大品質問題として帯電がある。デジタルカメラの普及で、もう写真フィルムは使われなくなったので写真フィルムの話題など時代遅れだが、三菱自動車の問題でふと思い出したことがあるので書いている。
 
この「タバコの灰付着テスト」は、吸いたてのタバコの灰の上で帯電させたフィルムをかざし、どのくらいの距離で灰が付かなくなるかを見るテストである。具体的には、ゴムでこすったフィルムを2mぐらいの高さからタバコの灰に近づけ、灰が付き始めるときの距離を求める。
 
湿度10%の部屋でこれをおこなうと、帯電防止処理されていないフィルムでは、2mの高さでもタバコの灰を吸いつける。面白いぐらいに灰が飛び上がってくる。はじめてこの実験をやった時には面白くて、サンプル数を忘れて実験を行っていた。
 
ただ、このタバコの灰を集めるのが大変である。すでに20年ほど前から煙草を吸う人は少なくなっていた。だから研究費用で煙草を購入し、喫煙者にお願いし煙草の灰を作ってもらっていた。この作業は、そのうち問題になるかもしれない、と思い、このテストに代わる試験評価法開発の企画を提案したら、JIS規格だからこの方法以外駄目である、ということになった。
 
しかし、このテストの泣き所は、灰を集める作業だけではない。高湿環境の試験では、灰が大量にいる。すなわち灰が吸湿するので一回一回灰を交換しなくてはいけないからだ。低湿環境の実験では手を抜いても問題にならないが、高湿環境ではデータが大きく変わる。
 
ゆえに初めての人には楽しい実験となるが、やりなれてくると代用評価法が欲しくなる、という声が多かった。そこで代用評価を開発したのだが、灰付着距離ときれいに相関する評価技術が完成した。また、その科学的根拠も福井大学客員教授時代に明らかにし、灰付着テストに代えて行ってもよいレベルまで評価技術を磨き上げた。
 
しかし、この科学的に優れた評価技術でも、その使用は研究開発段階だけで、商品の評価にはやはり「タバコの灰付着テスト」を使うようにしていた。それは、これが商品の規格と教えられたからである。もし三菱自動車の技術者も当方と同じ感覚であったなら、今回の不祥事を起こさなかったに違いない。
 
どのように優れた科学的な評価技術があったとしても、商品規格として公的に認められるまでは使っていけないのである。せいぜい使えるのは研究開発段階だけである。商品として世に送り出すときの評価技術は、たとえそれが非科学的であっても商品規格であれば、定まった方法で愚直におこなわなければいけない。当たり前のことである。科学的な方法だからと煙に巻いてはいけない。
 
 

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2016.05/09 評価されない仕事

会社の仕事の中には、評価されない仕事がある。働く意味は貢献と自己実現だから評価されなくてもよいとわかっていても、自分の出した成果でほかの人が評価され昇進してゆくと、複雑な気持ちになるのが人間である。
 
さらには、せっかく成果を出しても恨まれるような事態になったりすることもある。例えば電気粘性流体のテーマでこんなことがあった。
 
高純度SiCの仕事をやりながら手伝った仕事で、あまり時間をかけたくなかったのですぐに成果を出せる戦略を考え、戦術に落として遂行したところ、恨まれた。
 
なぜかといえば、その成果は、お手伝いをした部署で一年以上検討して、その方法では問題解決できない、と科学的に否定証明されていた方法だったからである。しかし、依頼してきた人が、過去の検討資料も含め、情報を一切見せてくださらなかったので、否定証明の結論など知らなかった。問題を科学ではなく技術で解決しようとした当方の責任ではなく依頼側の問題である。
 
これは、科学がすべての問題を解決すると考える人と仕事を進めたときの怖い事例であるが、手伝った当方は非科学的に戦術を立てている。すなわち手間暇かけずに答えを出す方法で、実際に一晩で成果を出す方法を考えて遂行した。
 
当方は依頼された業務を早くやり終えたい一心で仕事を行ったのであり、その成果が依頼してきた部署の気に入らない成果になったのは当方の責任ではない、と思った。科学的に否定証明を行った責任者の問題である。
 
昔、禁煙パイポという商品で、「私はこれで会社を辞めました」というセリフがあったが、当方は結局このCMのセリフを電気粘性流体と変更してその1年後言うことになった。高純度SiCの事業を住友金属工業とのJVとして立ち上げながら、気前の良さで困っていた人を助けて不幸な結果になったのである。人生、塞翁が馬というが、湾岸戦争も始まった時代で会社の中の異常な事態で出した結論が、これまでのキャリアをすて専門外の業界を選ぶ転職だった。
 
あらためて転職に至った理由を思い出したりしてみると、この電気粘性流体を手伝ったときのスタートが良くなかったのかもしれない。一年以上かけてプロジェクトメンバーで解決できなかった問題を一晩で解決したなら喜んでいただけてもよいはずだったが、人間はそれほど単純ではない、ということか。
 
三菱自動車の燃費不正問題で、測定された数値の一番低い値を採用した人の気持ちは今複雑だろう。おそらく当時の開発を担当していた人たちは、その数値が得られたおかげで燃費目標を実現出来たと大喜びをしたかもしれない。
 
科学ならば、一点でも発見されれば、それが真実となるが、技術では機能のロバストが重要になってくる。このことに気がついていなかったばかりに、その一点を見出した成果が評価されないどころか会社が大変なことになった。

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2016.05/08 技術者の労働

ワークライフバランスが普及し10年以上経過する。技術者にとってワークはライフとバランスをとるべきか。知識労働者のワークはライフそのもののはずである。このように書くと、古いとか労働環境に対する無理解とか、さらにはブラック企業の社長というレッテルを貼られたりする。
 
しかし、働く意味に自己実現を認めたときに、ワークはライフと対立する概念ではなく、ライフの中に取り込んで考えたほうが効率的となる概念になってくる。ワークライフバランスの研修を受講した時に違和感があり、未だにこの概念に疑問を持っている。
 
当方は、ゴム会社で半導体用高純度SiCの事業を立ち上げたとき、いわゆる死の谷を約6年歩いた。毎日がサービス残業である。テーマの人件費など最小限にしなければいけないので他部門のテーマを手伝いつつ、本来の自分の業務を遂行しなければいけなかった。
 
事業が立ち上がり、現在まで続いているが、何もその見返りを受けていない。発明の対価は、無機材質研究所に支払われたが、当方には支払われていない。転職間際に書いた半導体治工具の特許対価にしても同様である。
 
しかし、その結果無機材質研究所の先生からその対価を頂けるという幸運の手紙を頂けるような、人生のサプライズを経験した。ゴム会社へ貢献そのもの12年間だったが、人生最大の喜びともいえる手紙の交換体験が生まれた。
 
ブルーレイでは、発明者が会社相手に特許対価の裁判を起こしているが、あの感覚は理解できない。確かに発明者の特許対価は重要で、当方も発明を譲渡する際には発明者の権利として必ず要求するようにしている。しかし無節操な要求はしない。
 
ゴム会社で要求しなかったのは、そのような規程があったかどうか知らなかったからである。無機材研の先生から手紙を頂いて、ゴム会社が当方の基本特許に対し対価を支払ったことを知った。ただそれを知ってゴム会社に対価を要求しようという気持ちにはならなかった。規程を読んでいないのは社員の自己責任、と新入社員研修で言われたからだ。不覚にもゴム会社の特許規程を読むのを忘れていた。
 
しかし、それよりもゴム会社に残した仕事は、お金に換算できない当方の遺産という自信があった。当方のゴム会社へ残した遺産はカネに換算できる価値ではない。そのくらいの誇りをもってゴム会社では貢献した。ゴム会社でワークはライフそのものだった。

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2016.05/07 三菱自動車の技術者は幸福か?

WEBで見られる三菱自動車の記者会見を休み中に再度見てみた。ふと、この会社の技術者は幸せかどうか疑問に思った。ランサーエボリューションは、技術者のシンボルとしてそれなりの役目を果たしたに違いない。あれだけの高性能を安価に提供していた努力は素晴らしい。
 
しかし、そのシンボルだった車の生産は終わった。自動車の燃費競争で科学的にできることしか行わないのでは、技術者の楽しみは無いのかもしれない。思い切った目標を示し、ロードマップを書いて市場をリードするような技術開発が三菱自動車ではできないのか。
 
先日、トヨタの経営陣が2050年にエンジンは無くなる、と宣言して世界をびっくりさせた。是非それまで生きて、この宣言が正しいか確認するとともに、車を買い換えるならハイブリッド車ではなく、乗り納めとなるガソリンエンジンの車を買いたいと思った。
 
ところで、一部では、自動車開発予算がトヨタの1/10だから今回の事件が起きた、などと言われているが、当方は、写真業界で苦しい戦いを行っていた会社で、三菱自動車の技術者よりもおそらく厳しい予算状況で、楽しく技術開発を行ってきた。
 
決算の二か月前になると開発予算の見直し通達がきて、ひどい時には、残り二か月人件費以外は0という状態で過ごせ、ということもあった。さらにひどい時には、残業代0となる。これはすでに残業代を生活費の一部として仕事をしていた人には、賃金カットに等しい。当方の管理していた高分子材料部門など、一台新規設備を導入すれば、それで設備予算が無くなる状況だった。その新規設備導入も全くできない年もあった。
 
今、三菱自動車では、ようやく賃金カットの交渉を始めたという。優しい会社である。厳しいゴム会社は儲かっていても賃金を抑えていたり、バブルの最中に人員削減をやっていた。自動車部品の製造会社はもっと厳しい賃金状況におかれているのだ。
 
おそらく、開発予算は自動車業界で少ない、と言われても、今頃賃金交渉が話題になるくらいだから、それなりの予算はとられていたのだろう。少なくとも当方が置かれた状況よりは三菱自動車の技術者は、今まで予算面で燃費問題を起こさなければいけないほどの苦労をしていなかったと思う。
 
開発予算があっても今の様な問題を起こしたのは、技術者が自分の担当している技術に誇りを持っていなかった可能性も考えられる。自分の技術に誇りをもって技術開発をしていたなら一番を目指していたはずで、達成可能な目標へ向かって事務的に仕事を行うような仕方はできない。燃費不正事件はこのような問題が根底にあるような気がしてきた。
 
技術者はトップを目指して技術開発を行っているときが、最も充実感を感じるようでありたい。そして、そのような技術者を常に応援したり、新たな進むべき方向を意思決定し具体的に提示する経営者がメーカーの経営者として理想的である。ゴム会社でCIを導入しファインセラミックス事業の推進を宣言した故H社長や、先日エンジンが無くなると宣言したトヨタの社長のように。
 

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2016.05/06 26日の三菱自動車記者会見(8)

ゴム会社の故S専務は、多変量解析で求められたパラメータを用いて軽量化に成功したタイヤを前に得意げにプレゼンテーションを行った当方におもむろに質問された。「君にとって軽量化タイヤとは何か」
 
当方は、自信を持って「このタイヤです」と答えたら、「ばかもん!」という講堂に響かんばかりの叱責が返ってきた。そして、「それはゴムの塊だ!」と、おっしゃりその後延々と話が続き、グループの代表で発表台にいた当方ははりつけ状態になった。
 
すなわち、実験室でいくら物性値を測定し、それが規格内に入った製品ができたとしても、そこにあるのはタイヤではない、タイヤとは実際に車に装着し、各種安全試験を行ってそれに合格した製品だけがタイヤという商品として販売できるのだ、というようなことをおっしゃっていた。
 
その日の夜の打ち上げでは新入社員の間で意見が分かれた。しかし、多くのメンバーはこの専務の説教でモノ造りの神髄を感じたようだ。当方もその一人で、ゴム会社の「最高の品質で社会に貢献」という社是が、メーカーの社是として世界一の社是と理解できた瞬間でもあった。
 
おそらく現代の科学の水準であれば、自動車の各機能を科学的に記述することは可能だろう。しかし、それで本当に安全な自動車ができた、という証明にはならない。自然界に科学で未解明の現象がある限り、必ず自然界で機能の安全確認を愚直に行わなければならない。
 
科学ですべての自然現象を解明できていないので、自然界で想定されるすべての条件で機能をテストすることになるのだが、これは不可能である。そこで科学的に、自然界のノイズの中でテストを行う標準規格をとりあえず作り、その標準規格を満たしているかどうか確認する。
 
実はこれでも不十分だが、妥協して標準規格を作り確認実験を行っているのだ。だから、標準規格については、愚直にその規格通り行わなければ、気がつかないミスを犯すことになる。
 
今回の三菱自動車の記者会見を聞いてわかったことは、このモノ造りの基本を経営者始め従業員全員がご存じ無く、科学で自動車開発を行ってきたことが原因で、それが結局不正という評価になっている。だから、記者会見に臨んだ役員はおろか業務を担当した人までも大きな不正を行ったという意識は無いのだろう。記者会見を聞いて、もし不正ではないなら、モノ造りの手順において大きな間違いを犯した、と思った。

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2016.05/05 26日の三菱自動車記者会見(7)

燃費計算を行う場合に各国に対応した実験値を用いなければいけない、というのは大変なことで、これを科学的に問題解決して合理化できないか、と考えるのは科学者ならば当然だろう。そして科学的に求められた換算式で得られた値だから大丈夫だ,というのは科学の世界ならば正しいかもしれないが、技術の世界では間違いである。
 
技術の世界では、一度忠実に機能しているのかどうか必ず確認する必要がある。研究開発段階で仮に科学的に合理的な方法で開発を進めても、商品として完成した最後の段階で行うテストでは「自然の中で」機能確認を行わなければ行けない。
 
タグチメソッドでも必ず確認実験というものが必要である。すなわち合理的な手段で機能の最適化を行った後に、得られた最適条件で確認実験を愚直に行うのは、技術開発の鉄則である。その点が真理だけを確認できればそれで終わりの科学の研究と異なる点である。
 
三菱自動車は、技術によるモノ造りを科学の研究と同様の方法で行ってきた可能性があり、記者会見では、この反省どころか、その間違いにも気がついておらず、高速蛇行法から蛇行法への換算では捏造を行っていない、とちんぷんかんぷんの回答を記者会見でしている。
 
研究開発段階ならば、発言の内容は問題とならないが、製品を世の中に出すときには、愚直に決められた方法で再度機能を確認しなければいけない。これが技術によるモノ造りの鉄則で弊社がコンサルティングで重視している点である。
 
かつてゴム会社に入社したときに新人研修でタイヤの軽量化というテーマを体験した。その研修最後のプレゼンテーションの地獄の体験が当方の技術に対する姿勢に大きく影響している。
 

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2016.05/04 26日の三菱自動車記者会見(6)

5回目の燃費目標設定とその確認方法には役員もまずいと思ったようだが、データに不正は無かったので不正のレポートは無いと説明していた。一方で5回目において平均値の中央値を採用したときには、燃費目標を達成できなかった、とも説明している。そしてこの時は、平均値を取らず、実際に測定された最も低い値を採用し、シミュレーションで29.2を達成できると判断した、と説明していた。
 
この説明には、今回の燃費不正における三菱自動車で起きた問題と他のメーカーでも起こりうる問題が潜んでいる。すなわち科学と技術というものを正しく理解しておれば、三菱自動車のような問題は起こさないが、これを正しく理解しないで、科学の研究のような感覚でモノ作りをしているとだめである。
 
科学の研究の様な仕事の具体例として、会見で説明があった燃費の測定方法について。燃費の測定方法は車の輸出先に応じて3通りあるそうだ。アメリカは高速蛇行法、欧州と日本は蛇行法と呼ばれる方法で、欧州と日本は同じ呼び名でも計算の仕方が異なり、前者はn=4の単純な平均値が採用され、後者は最小自乗法により求めるという。
 
高速蛇行法では燃費が高めになる係数が得られるらしい。また、欧州の方法で測定すれば、すべてで対応可能な燃費水準となるそうだ。これら3通りの計測方法があるので、それぞれの関係を科学的に求め、その結果をプログラムし、コンピューターで計算できるようになっていた。
 
これまで三菱自動車が日本で販売した車で、日本の規格通り測定されたのは3車種だけであとは、すべてこの換算プログラムで求めてきたそうだ。これがマスコミで「不正が1991年から行われていた」と騒がれている原因である。実際には1992年から高速蛇行法で測定されたデータを蛇行法の値に計算で置き換える方法をとっていた。
 
ちなみに日本において燃費計算で蛇行法が制定されたのは、1991年である。この蛇行法とは、ある速度でギアをニュートラルにして、その速度が維持される時間を計測する。すると、車の空気抵抗やタイヤの転がり抵抗の寄与した数値が得られる。
 
蛇行法そのものは、自然界の管理されていないノイズの中で実験を行う実技である。しかし、数値を統計的に処理し、誤差を管理して実験を行えば、科学的に計算で数値を求めることができるようになる。
 
他の方法についても同様に計算式が求まれば、科学的に計測値間の関係を求めることは容易である。このような仕事の進め方は不正でもなんでもなく、「科学による仕事の進め方」である。ただし、これを行ってよいのは、研究開発段階までで、商品として国に認定を受けるときには、「科学的に結果が分かっている」時でも、愚直に試験を行わなければいけない。

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2016.05/03 26日の三菱自動車記者会見(5)

特に自動車業界に詳しいわけではないのでモーターショーなどを見学した体験からの話になるが、三菱自動車が燃費目標の3回目の変更を行った時に想定した2013年のモーターショーの目玉はスバルのレボーグであり、マツダのスカイアクティブテクノロジーによるディーゼルエンジンだった。
 
この10年以上モーターショーは環境問題をキーワードに様々なテーマが設定されていたが、2013年は電池に話題が集まっており、燃料電池車の夢展示などがあった。そして、こうした夢の展示以外に実車で話題を集めたのは、スバルとマツダだった(注)。
 
スバルはダウンサイジングターボと銘打って、とにかく燃費を前面に出していた。2.5L並の性能を1.6Lのエンジンにターボを取り付け実現していた。燃費はショーのメインキーワードになっていたのである。
 
すなわち環境性能として、排ガスやスクラップなどの問題が解決し、各メーカーが燃費を前面に出して勝負するようになったのが2013年で、マツダは、スカイアクティブ技術と銘打って新技術のディーゼルエンジン車をハイブリッド車の対抗として発表していた。
 
三菱自動車が5回目の燃費目標を変更しなければいけなかった最も大きな理由が、開発の最中にライバル他社の燃費向上技術が急速に進んでいたことである。その結果、5回目の燃費目標設定とその実現において、社内で行われていなかった科学的方法に手を染めなければいけなくなった。
 
科学的方法なので実際に実験値が得られればそれでよし、という感覚で、捏造という意識が無かったと思われる。これは記者会見でも説明があった。
 
ところでマツダはロータリーエンジンが看板技術だったが、2011年頃から、スカイアクティブ技術のロードマップを発表し、着実に成果を発表してきている。そしてデザインにおいてもTVでささやくような「マツダ、マツダ」という言葉で巧みに消費者へ訴求している。その結果現在の新車販売状況は絶好調である。
 
(注)プリウスが発表された20世紀末に自動車の基本性能として燃費の重要性が、「走る、止まる、曲がる」の性能と同等になりつつある兆しだった。しかし、ハイブリッド車のカタログ燃費と実燃費の乖離がガソリン車と比較し大きかったのでその当たりがあやふやになった。また燃費競争について欧米では、ダウンサイジングターボやディーゼルエンジンが主流でハイブリッド車は日本特有の技術だった。ゆえに、日本では欧米のような燃費競争の展開に至らず、ハイブリッド車がキーワードとなり、メカの開発競争が行われていった。そこに改めて「燃費競争」であることを全面に出してきたのが、ハイブリッド技術で出遅れたマツダとスバルである。2013年は車の基本性能が「走る、止まる、曲がる、燃費」となった年である。また、この年実燃費ではハイブリッドでなくてもガソリン車で同等レベルという記事も現れていた。さらにスバルは燃費を目標としないハイブリッド車を上市し消費者に受け入れられている。すなわち本来燃費目的のハイブリッド技術が実燃費との大きな乖離から消費者に燃費技術としてうまく訴求しなかったのである。この流れを受けて、今ハイブリッド車の燃費競争がホンダとトヨタで行われており、この技術のガラパゴス化がささやかれたりしている。

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2016.05/02 26日の三菱自動車記者会見(4)

4回目に目標変更されたときには、タイヤの転がり抵抗低減などの改良効果を見込んでおり、5回目は技術的に可能と判断されるエビデンスがあったので、シミュレーションで目標値を決めたという。また、開発が進み燃費を上げる技術的手段も多数出来てきたから数値を怪しいと思わなかった、というコメントも会見で出された。
 
一連の燃費目標変更に関する説明から、次のような想像ができる。すなわち3回目までの燃費目標設定変更は、開発初期段階で製品開発においてよくある話で、企画段階の目標に対して市場動向を踏まえ、開発初期段階のまとめとして各性能目標値を見直したのである。
 
そして実際に図面を引いてエンジン等を試作するときに、再度2013年の市場動向を予測し、製品性能の各目標値を設定し直す。これが3回目である。
 
開発後期では、実際にエンジンはじめボディーなどを発売に間に合うように試作し、生産段階に移行できるかどうか、実車テストなどを繰り返す。そして、燃費性能に余裕があれば、目標を引き上げることもあるだろう。これが4回目となる。
 
4回目までは、製品開発の手順から、その変更が行われたとしても仕方がないのだろうと記者会見の説明を聞いていて納得した。実際に4回目までは、エビデンスも有り不正ではない、と胸を張って説明をされていた。
 
しかし、ダイハツのムーブが上市されてその29km/lという燃費に開発陣は驚いたらしい。この値を見て、最終段階で5回目の燃費目標の変更を行ったという。
 
昨日書いたように最初から市場のトレンドを把握し、科学的に達成可能な目標値ではなく、ダントツトップになれる、その結果それを実現するアイデアが無いので非科学的とはなるかもしれないが、思い切った目標設定をしておればこのようなことにはならなかったはずである。
 
技術開発における目標設定は、仮に非科学的であったとしても、開発が終了した時点で1番になっている目標を設定すべきである。この1番になっている目標を設定できる能力も技術力となる。いくら非科学的な目標と言っても荒唐無稽な目標設定では、技術開発のモチベーションはあがらない。納得性のある1番という目標設定である。
 
かつて、国のプロジェクトの開発目標を演算速度一番としたコンピューター開発で、二番ではだめですか、と質問した大臣がいたが、技術開発の意味がわかっていない。最初から二番を目標するのであれば、技術開発をやめてライセンスを購入する道を選ぶほうがコストが安くなる。技術とは自然界から機能を取り出し生活の利便性を向上しようとする人間の営みのなかの行為であり、今の時代十分すぎるぐらいの技術があふれている。二番や三番の技術を開発してみても誰もそれを欲しいとは思わない。今という時代は、一番になれる技術開発が求められているのである。

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2016.05/01 26日の三菱自動車記者会見(3)

ランサーエボリューションの開発中止は、おそらく三菱自動車が開発体制の見直しを行った結果だろう。軽自動車について燃費訴求車の燃費目標変更を2011年2月に行った、と記者会見で述べられた。その後5回に渡り燃費目標の変更が行われ、当初26.4km/lだったのが5回の見直しで2013年2月に29.2km/lまで目標が引き上げられた。
 
これは、すでに市販されたダイハツムーブの値29.0km/lを意識してのことである。ご存じのようにダイハツはトヨタの子会社でトヨタの支援を受けながら軽自動車業界でトップを走っている。かたや三菱自動車は、日産へのOEMと併せてようやく30%弱の市場占有率であり、三菱自動車自身では10%以下のシェアーとなっている状況だ。
 
すなわち、新車開発の企画段階で立てた燃費目標が、新車開発を行っている間にライバルの技術がどんどん進歩し、それを追いかける形で燃費目標を開発しながら上げていった状況を見て取れる。
 
しかし、ここで疑問が出てくる。なぜ、最初に思い切った目標に設定できなかったのか、という問題である。完全に市場予測が間違っていたのである。
 
これは勝手な推測だが、思い切った目標設定ではなく5回も目標変更しなければいけなかった背景には、マネジメント手法としての目標管理があり、科学的に確実に達成可能な目標設定を心がけた結果ではないか。それは役員の説明の中にもうかがわれた。
 
すなわち、5回に分けて燃費目標を変更した流れについての質問に答え、3回目に燃費目標を28.0km/lに設定したときには、ハードウェアーを目標達成可能なように盛り込んでいた、と回答している。そしてこの3回目の目標にあわせてエンジンなどの設計図の出図を行った、という。
 
もし、担当者の業務について、その目標管理の都合から科学的に達成可能な目標を設定しながら技術開発を行っていたとしたら、技術開発のマネジメントが稚拙である。ちなみに現在のハイブリッド車も含めて排気量と燃費の関係を求めて行くと、軽ならば2011年の時に思い切って35km/lの目標設定をすべきだったろう。
 
このようなハイブリッド車とガソリンエンジン車とを同列に扱う目標設定は非科学的であり、設定値として無意味だと言う人がいるかもしれないが、思い切った目標設定により、思い切った技術開発が行えるのである。技術は科学とは異なる人間の営みなので科学的に確実な目標ではなく、意味のある夢の目標が重要である。
 
もし科学で予測可能な目標を設定して技術開発を続けることが好ましい姿とするならば、将来の技術開発シーンでは人工知能の奴隷となった人間の姿が見えてくる。例え非科学的な目標であっても市場が求めているならば、そこにチャレンジするのが人間である。「あっと驚くタメゴロー」的発明はそのようなときに生まれる。
 
記者の質問の中に「役員が無理な目標を設定したのではないか」と燃費不正が組織ぐるみで行われたような印象を誘導するおかしな質問があった。製品仕様については、実現可能な現実的目標を設定しなければいけないが、技術開発目標は、意味のある世界一の目標をいつも設定すべきである。ただし記者会見で、企画に書かれた製品仕様を開発目標と勘違いして役員が発言していたとしたら、当方の厳しい感想については、お許し願いたい。

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