故ドラッカーは「何によって覚えられたいか」が人生の目標を決める、と言っている。すなわちこれが自己実現の目標であり、年をとってもそれを大切にして生きることで老いを重ねる、とでもいうのだろう。
全日本選手権における浅田真央選手の挑戦を見て、この言葉を思い出した。彼女の代名詞はトリプルアクセルである。彼女はこれができてこそスケート選手としての自分がある、と考えリスクを承知で挑戦した。
高度経済成長では、そつなく無難に生きていても問題は無かった。すなわち、本来社会のために挑戦すべき人が優等生で生き続けても許される時代だった。そのような時代でもゴム会社では新入社員の訓示で「火中の栗を拾える人材」が強調された。
ゴム会社は日本では珍しい社風の会社で少なからず問題も起きたが、入社時には世界6位だったのがバブル崩壊後世界のトップになった元気の良い日本の企業である。
これは経営陣のチャレンジ精神が伝統ゆえの結果であるが、日本企業の多くの経営陣はそれが乏しく、20年間のGDPが横ばいというグラフにその成果が現れている。
今日本企業の経営陣の中にはサラリーマン出世競争のゴールを楽しんでいる人もいるかもしれないが、世界一を目指してチャレンジしてほしいものである。弊社もニッチでよいから世界一を目指して起業しそこを目標に努力している。
創業から現在まで赤字だったが来年は黒字の経営計画を作成することができた。来年こそは、とは浅田選手も弊社も同じ気持ちである。皆様の応援と来年も弊社の企画するセミナーへのご参加をお願いします。明日から1月3日まで弊社は休みになりますがよいお年をお迎えください。
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全日本選手権から一夜明けた月曜日のWEBニュースでは浅田真央選手の話題が多かった。多くは彼女の挑戦を称えた内容でレポーターは皆選手続行にエールを送っている。
「まだ終わったばかりなので、次という気持ちにはなれないんですけど、今回は自分が今までやってきた最高のレベルで臨みたかったので、その状態にまで戻せたことは良かったと思います」
これはある記事で紹介されていた彼女の試合後の言葉である。結果は12位とふるわなかったが、彼女が挑戦をするために試合に臨んだという気持ちを感じ取ることができる言葉である。
今シーズンの彼女の戦歴は、WEBの記事を見ていただきたいが、トリプルアクセルを避け、失点しないように演技をまとめる柔軟さを見せている。それでも今大会では過去の名誉を顧みず、傷だらけになりながら挑戦をした。この彼女の姿勢に感動する。
彼女の代名詞であるトリプルアクセルは失敗したときのリスクが大きい。それは全日本の結果を見ても明らかで得点にならないのである。しかしそれでも彼女は全日本でそれを演技に組み込んできたのだ。
演技をまとめて無難な順位を取ろうとするのではなく、あくまで自分のベストを尽くすというのは、競技者としての彼女のプライドでもある。全日本の放送だけでなく一夜明けたニュースを読んでいても彼女の挑戦意欲に感動し、思わず来年こそ、という気持ちになってくる。
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今年のフィギュアスケート全日本選手権では、スポーツの世界における世代交代のすさまじさと日本のフィギュアスケート界の選手層の厚さを知った。特に浅田真央選手にあこがれてスケートを始めた女子選手達の台頭がめざましかった。
最年長の浅田選手は12位となり、世界選手権の切符も得られなかった。野球評論家の張本勲氏(76)が25日、TBS系「サンデーモーニング」(日曜前8・0)の名物コーナー「週刊・御意見番」で彼女のSP8位という結果に対して、「やっぱりどうでしょう、厳しいけどスポーツ選手の宿命だよね。力がなくなったら。若い子が出てきているからね」と厳しい意見を語った。
浅田選手の今年の結果については、ヒザの怪我による調整不足が伝えられていた。スポーツ選手の怪我については、運不運もあるが、スポーツが肉体を用いた力の戦いと言う意味で張本氏の意見は正しいだろう。ただ、観戦する方はそれを超えた力の発揮に期待している。
浅田選手の今季は、女子スケーターとしてチャレンジのシーズンだった。浅田選手の実績は恐らく日本の過去も含めた女子スケーターの中ではトップクラスではないだろうか。銀メダルで終わったオリンピック以外の主要世界大会では、すべて金を取っている。この実績は日本で唯一のオリンピック金メダリスト荒川静香氏を圧倒する。
浅田選手は競技後選手を続行するとの気持ちを述べていたが、是非来シーズンもオリンピックを目指してチャレンジして欲しい。今の日本で欠けているのは、力を持っていた人たちのチャレンジ精神だ。
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微粒子が分散している溶液の物性測定は難しい。すなわち微粒子がその溶液全体に均一に分散しているかどうかが保証されていない時には溶液物性がばらつくからである。
1lほどのメスシリンダーに10%酸化スズゾル水溶液(アンモニア水)を入れて放置すると、上部からサンプリングした溶液と底部の溶液で粘度の周波数依存性が大きく異なる。
しかし、このような状態になっても、微粒子濃度は、熱分析装置で測定した残渣から計算される値で、大きな偏差は生じない。アンモニアの揮発量が上部と底部で大きく異なっていないからだ。
レオロジー特性は異なっていても微粒子濃度に変化がないという現象に接した時に最初は驚いた。また、pHも試験紙で観察した限りでは変化がない。ただしpH計では差が現れる。これには困った。
pH系の結果は電離の状態が異なるために差が大きく出たのだが、微粒子分散溶液を生産に使用するときにこの偏差をどのように管理するのかが問題になる。
ここから先はノウハウになるが、このような管理の厄介な微粒子分散溶液では、工程で生じうる現象をすべて書き上げて対策を行うFMEAが有効である。
科学的に対応しようとすると痛い目に合う。泥臭く書き上げた項目について机上の検証と必要に応じて実験を組み合わせ対策をとらなければいけない。
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一般の微粒子は、粒度分布があり、そのサイズにより扱いやすさが異なる。ここで問題となるのは、粒度分布の測定方法で、多くの方法では、適当な溶媒に微粒子を分散させて粒度分布計で測定する。
多くは水に界面活性剤を添加した溶媒を用いる。すなわち粒度分布の測定では、溶媒の中で微粒子が一粒ずつ分離し、分散していることを仮定している。これを忘れている人が多い。
細かい問題を問わなければ、多少凝集粒子が存在したとしても、その統計的分布は大きな影響を受けないので得られたデータをそのまま活用できる。
しかし、粒度分布には、これ以外に測定装置の影響も無視できない場合がある。測定装置の影響は粒度分布測定装置の営業マンも売込みトークとして用いる場合もあるのでご存知の方も多いと思うが、測定時に溶媒の中で微粒子が単離しているかどうかは、どの測定装置でも存在する。
ゆえに微粒子の粒径測定において、必ず電子顕微鏡観察との併用が重要になってくる。この時の観察では、少なくとも3視野以上みておく必要がある。
もし電子顕微鏡写真で求めた粒径分布と粒度分布系で求めた分布とが異なった結果であれば、粒度分布測定時に溶媒中で粒子がクラスターを形成している可能性がある。ただし、電子顕微鏡では狭い視野の範囲における粒度分布である点を忘れてはいけない。ゆえに少なくとも3視野以上観察する必要がある。
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昨日NHKのあさいちに黒柳徹子さんが出演されて、TVの歴史を語られていた。黒柳徹子さんは、TVメディアの世界で生きている化石のような方である。
現代は多数のメディアが存在し、TV不要時代との発言もある。ちょっと前には、ライブドアのTV局買収騒動があった。また、TVの各局視聴率低下も話題になっている。いまや、視聴率は10%を超えれば良い方で、10%に届かない番組も存在するそうだ。
黒柳徹子さんは、この視聴率を気にして番組を制作する姿勢こそがTVをダメにしていると発言されていた。これには当方ももっともだと感じていたので、発言に耳を傾けたところ興味深くTV以外でもあてはまるような意見を語っていた。
すなわち自分たちが面白いと思い一生懸命制作することがまず大切で、視聴率など気にすることはない、と語り、死ぬ思いで必死に番組を作れば必ず視聴者は喜んでくれる、と言われた。
一例としてご自身も出演されている日立提供の「世界不思議発見」について、最初視聴率が低迷し、10年ぐらいかけて現在の視聴率になったこと、そしてスポンサーも息長く我慢してくれたことなどのエピソードを語られていた。
同様の番組として出光提供による「題名の無い音楽会」がある。恐らく視聴率は今でも10%に届いていないはずであるが、出光一社提供の番組として40年以上続いている。
これらを見るとTVは単なるメディアとしての位置づけだけでなく制作者が社会に提供する文化である。その文化を視聴率という経済性の物差しで測定することが意味の無いことのように思えてくる。すなわち制作者の思いと意気込みとその他番組の品質を決めるファクターこそ重要である。
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少なくとも40歳より若い人には老いの意味など分からないだろう。亡父に老いの意味など分からないだろう、と転職したときに言われた。亡父は80を過ぎていた。
生意気にも理解している、と応えたが、60を過ぎた今となっては「その時」を後悔している。おそらく亡父は40近くで専門を変えて、すなわち自らの強みを捨てて、新しい仕事に就こうとする当方を心配して忠告をしたかったのだ。
老いの良い点は、細かいことよりも大局的な見方ができるようになることだ。悪く言えば細かいことを考えるのが面倒になる。身近に細かいことをうだうだ言う老人がいたら、それは細かいことが見えているのではなく、昔の経験を謳っているのだ。若い人はそのように捉えて欲しい。
少し耳を傾ける優しさが若い人にあれば、その老人の経験知を学ぶことができる。老いの最も致命的な問題は記憶力が衰えることだ。どのくらい衰えるのかというと、5年前中国語の入門書をまとめたが、すっかり内容を忘れている。
このことに気がついて、一日かけて記憶力テストをしてみたら、面白いのは、30代まで学んだことはよく記憶している。しかし、40以降学んだことは、半分くらい忘れている。意外に思ったのは、4歳頃の記憶も思い出すことができるのである。
50以降はどうかと言えば、例えば管理職の研修の内容を思い出してみると、ドラッカーで読んだ内容と研修の内容が錯綜している。すなわち研修の時のテキストに書いていない内容が思い出されたのだ。もちろんそれは若いときに読んだドラッカーの著書の内容だった。
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「もう一度、輝きを取り戻せ!日本ハムの斎藤佑樹投手(28)が来季、背番号を「18」から「1」に変更することが19日、分かった。」と、昨日のWEBニュース、スポニチアネックスに掲載されていた。
「ちょうど10年前だった06年夏の甲子園。斎藤は誰よりも輝いていた。早実のエースで「ハンカチ王子」としてブレークし、田中(現ヤンキース)擁する駒大苫小牧を決勝で破って優勝。引き分け再試合の末に頂点を極め、全国に名前を売った。その際に背負っていた背番号が1。通算30勝&300奪三振を達成した早大時代も2、3年時に同番号をつけていた。」
と彼にとって背番号1の価値を説明し、「6年間背負った18から、陽岱鋼(ヨウダイカン)の巨人移籍により空いた1への変更は「アマチュア時代のような輝きを取り戻してほしい」という球団の強い思いが込められている。」と、球団側の思いが解説されていた。
この話題は組織と個人の関係において、組織が果たさなければいけない人材育成の事例を示している。だめな組織は、人材を使い捨てにするが如くチャンスまでも奪ってゆく。ダメな烙印を押されても組織に捨てられないためには、専門性を高め自己の組織における価値を上げるしかない。
50を過ぎて左遷された(年俸が下がれば左遷である)ときにそれまで倉庫であった部屋を与えられて毎日を過ごした。高分子の専門家ではなかった当方が転職し、開発リーダーに就任しなければ成功しなかった商品に搭載されたフィルム技術で多くの成果を出し、まだ役職定年まで10年近くあるというのに左遷である。厳しい時代だが、だめな組織で仕事をしなければいけなかった運命を嘆くことなく、自ら豊川への単身赴任を願い出た。
グループリーダーとしてPPS・6ナイロンの中間転写ベルト押出成形を1年以内に立ち上げる難しい仕事だった。斎藤の背番号ほどの価値があるかどうか不明だが、組織リーダーとして何を成すべきか真摯に考えた。その結果、部下のマネージャーに自分の役割を与え、高分子の専門技術者として活動する道を選んだ(注)。
その結果、技術開発が成功し生産も安定化したが、その後はまたスタッフマネージャーへ逆戻りだった。給与は左遷前の水準に戻ったが役割は変わらなかった。
もし斎藤投手がこの活動報告を読んでいたなら、球団側の思いの偉大さと貴兄に対する期待を十分に理解し、ポルシェにうつつを抜かすのではなく練習に之まで以上情熱を傾けて欲しい。厳しい時代にありえない処遇がなされたのである。さらにファンも期待しているのである。これで結果を出せなかったら、君は引退しかないのである。ちなみに当方は結果を出してもサラリーマンを早期引退した。
(注)管理者として、部下のマネージャーに成果を出させるマネジメントが正しい道である。しかし、これは開発資源に余裕があるときで、外部メーカーにコンパウンド開発を依存する方針で進められているテーマで、その方針変更は難しい(部下のマネージャーには猛反対された)が、半年以内にコンパウンド工場を外部に新設しなければ成功しないと自分にだけ道筋が見えている状況では、そのようなマネジメントは難しい。そもそもコンパウンド工場を建設するためには数億円必要で簡単に決済がおりる案件ではない(ここでセンター長の決済範囲である投資8000万円未満で成功させる目標設定をしている)。日々意思決定が必要な多くの問題発生が予測され成功の可能性が、専門スキルが低い管理者に見えないテーマなら、テーマ中止を決定するのが最も妥当なマネジメントである。しかし、成功の可能性が少しでも見えるならば、残りの期間で失敗の責任をとることを覚悟して仕事を進める選択が、専門家として重要である。大きなイノベーションは専門家としての力量の高さだけでは難しく、必ず成功に導く責任ある意思決定もできなければ実現出来ない。
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相対的貧困とかワーキングプアとか最近貧乏が話題である。そして高学歴が経済的な価値を失った、という論調もある。しかし、生涯賃金を上げるために学歴が重要な意味を持っている、という意見には、昔から当方は反対していた。
理由は亡父が小学校卒で警察官を勤め上げ、年金まで含めると生涯賃金の観点で当方よりも高額を得ていたからである。とっくの昔に生涯賃金における学歴の効用は無くなっていた。
もちろん亡父は秋の叙勲の栄誉もうけており、警察官として異例の出世をしている。だから大学進学の時から学歴と仕事に対して世間とは異なる考え方をしてきた。人生一番大切なのは学歴ではなく自己実現の目標設定とその実現のための努力だろう。
物心ついたときから亡父の勉強熱心な姿には敬服していた。古文も含めた国語の大学入試問題集でその実力を比較すると亡父は当方よりも上だった。国語だけであれば、最難関の大学でも合格できる実力を亡父は持っていた。亡父の学歴を思うとき、生涯の自己実現努力が如何に大切かが理解できた。
専門教育や研究の方法については、大学で学んだ方が効率が良いが、最近は大学も一般に開かれているので、わざわざ高校を卒業してすぐに大学へ進学する必要もないと思っている。
世間には若い優秀な人材を必要としている中小企業は多く、大学に進学せず、中小企業に就職してから自分の専門とすべき方向を見極め、就労しながら勉強する方法もある。お茶やお花の免許取得と同じような感覚で大学進学してはいけない時代である。
もし大卒の肩書きが必要であれば社会に出てから学位を取得すれば良い。当方も博士を目標に社会に出てから学位を取得している。奨学金の問題も重要だが、高卒で社会に出る、という考え方も見直しても良いのではないか。
マスコミは学歴が無ければ就職の機会も無い、と進学熱を煽っているが、高卒で就職できるところに就職すべきである。警察官にあこがれていた亡父もスタートは地方の郵便局だった、と生前話してくれた。
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写真会社へは高分子の専門家として採用していただいた。看板に偽りがあることを面接の時に正直に申し上げたのだが、それでよい、と人事室長に言われた。
ただ、入社後は申し訳ないので、入社時にゴム会社で出会った先輩社員で大学教授なられた方を頼り大学へ通ったり、学会に出席したりして、高分子の勉強をした。社会に出て基礎化学を改めて勉強するにはアカデミアがふさわしいと思う。また、そのためにアカデミアが存在する。
この意味で、アカデミアが訳の分からない研究をしていても社会に貢献しているのであり、昨今の実学の方向に大学の研究テーマが流されゆく傾向に反対である。
福島原発の事故では、原子力研究者や技術者の力量が極めて低いことが露呈した。日本の原子力研究者は優秀だ、と反論する人が今でもいるが、福島の状況を見ていると大いに疑問である。
専門外の当方に任せていただければ、もう少し金がかからない方向で現状を改善できる。早い話が岡目八目で素人がわかるような当たり前の対策がとれていない状況である。
原子力の研究者は何を研究していたのか。原子力発電で最も重要な研究テーマは、安全な運営を可能にする技術と万が一の事故を想定した基礎研究であるはずだ。なぜなら大事故は環境を破壊し、人類存亡の危機を招くからだ。
時折福島のあれだけの事故でも誰も死んでいないことで安全だった、と言う人がいるが、ただ運が良かっただけである。もし運以外に死亡者0の原因があるのなら、それを真実として明らかにするのも研究者の役割である。
事故が起きたときに外部電源車両が到着してもコネクター形状が合わなかった問題や温度センサーが外されていた問題、補助電源が低い位置に置かれていた問題など明らかな人為的ミスが報道されながら誰も責任を負っていないだけでなく、なぜそのような状態だったのかというその後の総括も不十分である。
また、事故が起きて大変なときに専門家のトップリーダーであるべきN審議官の不倫問題が週刊誌で報道されるなど、科学倫理以前の問題などもその分野の専門家や研究者に対する不信感になっている。甘やかしによる原子力行政の結果と言えばそれまでだが、専門家とか研究者は、一般には理解できない高度な知識を扱う故にその社会へ及ぼす影響に対していつも責任を意識すべきである。
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