超高温熱天秤は、高純度SiCを品質管理するための重要な設備だった。フェノール樹脂とポリエチルシリケートを酸触媒存在下でリアクティブブレンドにより高分子前駆体を合成するのだが、反応条件により透明度が変化する。
すなわち、非相容系のポリマーブレンドを強引に反応させて均一にしようとしているので一部で相分離が起きているのだ。このような前駆体を用いた場合には、副生成物としてSiCウィスカーが生成したり、シリカとカーボンが残存したり、と通常のシリカ還元法と一緒の結果が得られる。
良好な前駆体合成条件で製造された炭化物からのみ、当時知られていなかった反応機構で反応が進行し、高純度SiCが得られる。だから、量産技術を開発するためには、前駆体の品質管理技術が必要で、どこまでの管理基準を設ければよいか決める必要があった。
今ならばタグチメソッドという手法が存在するが、当時タグチメソッドもどきのクラチメソッドしかなかった。クラチメソッドは機会があれば説明したいが、タグチメソッドとよく似ており、タグチメソッドの感度を頼りに開発する手法だった。
しかしタグチメソッドを用いても高分子前駆体の品質管理基準を決めるのは難しく思われる。当時反応機構の解明と理想的な熱重量分析のプロファイルを基準に用いる品質管理手法が最適と考えた。すなわち、品質管理手法として科学的方法をそのまま使用することにした。
高純度SiCを合成するために理想的な反応機構を解明できれば、その反応機構で進行している理想的なTGA曲線を決めることができるはずで、この前駆体炭化物のTGA曲線を管理すれば、工程を安定に維持できると考えた。
超高温TGAを用いて高分子前駆体の品質管理を続けたところ、リアクティブブレンドが、かなりロバストの高い技術であることがわかった。
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SiCは、天然に存在しない化合物で、アチソン法やシリカ還元法で工業的に生産されている。いずれもシリカとカーボンの反応で作られているが、前者は高温度で合成するので6Hが主体のインゴットとして生産物が得られ、後者は3Cの粉体として得られる特徴がある。
合成される結晶相は異なるが、両者ともに合成時の反応はシリカと炭素で起きており、高純度SiCを発明した当時は2種類の反応機構が知られていた。しかし、その反応機構のいずれも中間体としてSiOガスを仮定しており、ガス相が存在するためにバイプロダクトとしてSiCウィスカーが生成する問題があった(注)。
すなわち、SiCにはダイヤモンドと同じ結晶構造の化合物以外に多数の結晶系の化合物が知られており(これを多形という)、SiC以外の不純物だけでなく異なる結晶が不純物となる問題があった。ちなみにSiCウィスカーは、2Hの結晶系だった。ゆえにシリカ還元法では、どれほど純度をあげても当時の生産方法によると3Cの結晶系に2Hの不純物が混ざって生産されることになる。
アチソン法では、高温度でSiC化を行うので、このSiCウィスカーはインゴットと同様の結晶系へ転移する。しかし、高温度で生成する他の結晶系が不純物として混ざってくる問題が発生していた。
超微粒子の高純度SiC合成法として、CVD法の一種であるレーザー法やプラズマ法も開発されていたが、工業生産には不向きであった。微粒子の工業生産にはシリカ還元法が適しているが、SiCウィスカーの不純物を除去しなければいけない、という問題を抱えていた。
当方の発明した高分子前駆体法では、最初から3C単相の微粒子が得られ、不純物は存在しなかった。これは当時ものすごく驚くべきことで、その目の前の黄色い粉体から従来知られていなかった反応機構で合成されたことは明らかだった。
ゆえに無機材質研究所で3日間の研究で得られた高純度SiCを見てから、反応機構の解明は科学的に重要な研究になる、と直感した。そしてすぐに熱天秤の調査を行ったのだが、そもそも2000℃まで加熱できる熱天秤そのものが無く、この研究の律速段階は熱天秤の開発になる、と考えて、すぐにその設計を始めた。
STAP細胞の騒動では、未熟な研究者が「できている」ということを歓喜し連呼していた。科学では「新しい現象」の発見は重要な活動の一つなので、現象が起きたことを喜ぶことは大切である。しかし、成熟した科学者は、新しい現象の発見で「なぜ」を解明したい衝動に駆られ、新しい現象を喜ぶと同時に新たな苦悩が始まる。一方、一流の技術者は、新しい現象を人類に役立てる使命に燃え、歓喜し動き出す。
科学者にも技術者にも科学の新しい現象は重要な意味を持つ。ゆえに現象の新しさを認識するために、科学者はもちろん技術者にも科学という哲学は重要であるが、新しい「こと」だけを喜んでいてはだめなのである。新しい現象を発見したら、科学者は真実を知るためにその科学的な解明が重要な仕事になり、技術者には新たな機能を抽出するための作業を効率よく行うための手順を科学的に考えることが大切となる。高分子前駆体法では、科学者にも技術者にも速度論的解析が重要となった。
(注)SiCウィスカーが生成しているのでガス相の存在が推定され、ガス相の存在を確認したところSiOガスだった、と論文には書かれていたが、当時の説明はそれが真実として認められた結果、SiOガスが生成するためにウィスカーがバイプロとしてできる、と言われた。
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高純度SiCの反応速度論を研究するために、自分で設計した熱天秤を使用している。新たに開発した、と表現しても良い熱天秤で、2000℃まで15秒以内に上昇する。おそらく15秒以下で2000℃に到達しているはずだが、熱電対の表示遅れで5秒前後に2000℃と表示される。
赤外線イメージ炉とYAGレーザーを熱源に用いて開発したその熱天秤は、当時世界最速の昇温スピードだった。この熱天秤開発を企画したのは、高純度SiC前駆体の品質管理をどのように行ったら良いか考え、その結果到達した結論である。
すなわち高分子前駆体については透明な物質が合成されれば、可視光レベルのドメインが生成していないだろうことは推定がつくが、その前駆体高分子を加熱して800℃で炭化したときに、分子レベルでシリカと炭素の混合物になっているかどうかの証明が困難であった。
当時進歩していた機器分析装置を用いても科学的な証明は難しく、品質管理手段が見当たらなかった。シリカと炭素の組成比については、分析手段があったのだが、分子レベルでシリカとカーボンが混合された状態を管理する手段はなかった。
そのため量産時にどのような品質管理をしたら良いのかが問題になることは、この合成法のアイデアを思いついてからの重要な課題になっていた。おそらく今もその簡便な手法は熱重量分析法(TGA)しか無いが、当時大学の先生にご相談しても電子顕微鏡観察以外に良い回答は無かった。
ところが電子顕微鏡観察でわかるのは、シリカのドメインがかなり大きい場合である。フッ酸でサンプルを処理して観察を行うのだが、最高の分解能のTEMで得られた像でどこまでマクロレベルまでの均一性を証明できるのかが不明だった。
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高純度SiCの前駆体となる高分子について、その構造解析は科学的に困難を極めた。3大学の先生にお願いし構造解析を試みたが、科学的に完璧な解が得られなかった。これは加硫ゴムの構造解析が現在でも科学的推定になっている理由と同じで、架橋密度が極めて高く非晶質であるからだ。
非晶質構造は未だその構造を記述できる科学的手段が存在しない。高分子の自由体積部分についても今ようやくその量を測定できるようになったレベルである。30年近く前にはDSCで測定されるTgのエンタルピーでその量を推定していた。
高分子前駆体の構造が不明なので、それを炭化したときの構造になるとその構造解析はさらに難しい。しかし炭化物では、ポリエチルシリケートに含まれているケイ素が全量シリカになっていることは、確認できた。元素分析で、SiとOのモル比率が1:2であった。高分子前駆体では、フェノール樹脂にもOが含まれていたのでこの比率がばらついた。
炭化物前駆体は安定であった。高分子前駆体の合成条件やその炭化過程を管理すると再現よくその構造の情報が得られた。生産プロセス開発のためにその繰り返し再現性を確認することは技術として重要である。科学ならば1回でもできて科学的証明ができれば、それは実験事実になる。しかし、技術では一回できただけでは、生産ができないので繰り返し再現性の確認を行わなければ技術として認められない。
科学的に必ずできる、と叫んでみても、技術では現物データが要求されるのである。しかし科学では一回でもできれば、それは科学的真実であり、STAP細胞の騒動はそれが原因で起きている。新聞ではSTAP細胞は存在しない、と報じられたが、正しくはその科学的存在について結論が出されなかった、となる。
正しい科学的結論では、STAP細胞はもしかしたら存在するかもしれないが、その確認を今回できなかった、となる。この点で小保方さんを責めるのは、いじめ以外の何物でもない。しかし彼女はマウスの実験にES細胞を使った理由やその他諸々の疑義に対して、真実をすべて語っていない。さらに真実を追究する科学者として大切な学位論文をコピペで書き上げるような過ちをした。
技術では、繰り返し再現性がきわめて重要であるが、科学では誰もが認める一回の成功でも、それが真実であれば重要な事実となる。そしてそのたった1回の真実をたよりにして人類に役立つ技術を作りあげようとして20世紀の科学技術は進歩した。
科学が重要なのは、それで導かれた結論が真実である、と保証されるからだ。科学を使って嘘をつくこともできる。21世紀になり、たった1回の真実が現れる機会が20世紀よりも少なくなった。20世紀に科学が急速な進歩を遂げたからである。
しかし、高純度SiCの高分子前駆体のように科学で解明できない難しい問題は多数存在している。科学では解けない難しい問題を抱えたまま技術として成立している事例は多い。ゆえに今科学者は、20世紀に解くことができなかった難しい問題にチャレンジしなければいけない時代である。
一方で技術者は科学に頼らずとも新しい技術を生み出せるスキルを身につける必要がある。この点については弊社にご相談ください。次のサイトでは弊社の考え方を探偵物語でご紹介しています。www.miragiken.com
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学位論文の一章を割り当て高純度SiC合成法における反応速度論をまとめた。無機高分子を用いたケミカルプロセシングが学位論文のテーマであり、写真会社に転職後、中部大学渡邉先生にご指導いただきまとめた。
学位論文の内容は、有機高分子と無機高分子のプロセシングについて実例とともにまとめた内容で、高純度SiCの速度論はこの学位論文の心臓部である。もちろんコピペなどない。オリジナルの日本語で書かれた論文である。隅から隅まで主査と副査の先生方から細かい修正が入った。親身の指導で、こちらもその熱意にこたえようと努力した。
高純度SiCの反応速度論については、2億4千万円の先行投資を受けた時に超高温熱天秤を開発しそれを用いて解析していた。そして、そのデータについてはゴム会社から論文発表の許可も得ていた。
残念なことにその論文は、当方が測定した速度論データを見て、学位をすぐに出すと言われた国立大の先生が、実験に関わっていないのに筆頭になっている。その後他の先生からは奨学寄附金を請求され、学位の裏の世界を覗いたような悪い気分になり学位取得を一度あきらめた。
このあたりは私立W大学よりひどい話だが、恩師から紹介された中部大学では、しっかりとドイツ語の試験も審査過程であり、スリルを味わいながら気持ちよく学位を取得できた。そして盛大な学位授与式までついて、かかった費用は学位審査料8万円だけである。
STAP細胞の事件に見られるように、有名大学の学位の品質が良いとは限らないのだ。真理を追究する科学の論文を審査する教官の資質や人格、品性が大切だと思っている。それらを一定水準で維持している大学が品質の高い学位論文を審査できるのである。
高純度SiCの速度論の話に戻す。この研究は無機高分子と有機高分子を相溶させた前駆体の均一性を証明する目的と、前駆体の品質管理のために行った。前駆体のロバストの高さが多数のデータの蓄積で明らかになってから、品質管理手法としてこの方法を用いなくなったが、速度論の研究は、前駆体の均一性を証明するためと、それを活用した初期の品質管理にどうしても必要だった。
フェノール樹脂とポリエチルシリケートをリアクティブブレンドした前駆体高分子は透明だったので、可視光の波長以上のドメインができていないことは科学的に明らかだった。しかしそこからシリカと炭素が分子レベルで均一になっているという科学的証明は難しい問題である。
分子レベルで均一になっている、という科学的証明を、均一素反応の取り扱いで示すことにした。そして、速度論による解析で前駆体の均一性を証明でき、さらにSiC単結晶を製造するレイリー法改良のヒントまで得られた。これらの成果を技術としてまとめ、前駆体の品質管理の手段として利用した。
このように、科学では一つ真理が明らかになると、その真理を活用して新たな真理を導き出すことが可能となる。科学の重要性が叫ばれるゆえんである。
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30年前リアクティブブレンド技術を用いて半導体用高純度SiCの開発に成功した。無機高分子技術の黎明期であり、ゾルゲル法によるガラスの製造技術が研究されたりしていた。ポリマーのブレンド技術を用いた方法は世界初であった。フローリーハギンズの理論から無機高分子と有機高分子をブレンドすれば相分離することが科学的に明らかとされていたために誰も挑戦しなかったからだ。
実際にポリエチルシリケートとフェノール樹脂をブレンドすると、すぐに相分離する。ここへ酸あるいはアルカリ触媒を添加するのが味噌で、触媒の添加で両者のポリマーの反応が開始され、均一混合が実現する。
相分離するポリマーのシステムでもリアクティブブレンドであればポリマー間の相互作用が強いために相分離しなくなる。科学的にフローリーハギンズの理論から逃れる方法の一つである。その後この着想の影響かもしれないが、ππ相互作用を用いた有機高分子と無機高分子の均一化という研究が発表された。
科学的推論に基づくアイデアは、その論理のアナロジーから新しいアイデアを導き出すことを可能とする。だから科学の体系化は重要である。経験の体系化も有効に見えるが、真理が保証されている科学の体系ほどに汎用性は無い。ゆえに重要な経験知は必ず科学の視点で整理される必要がある。
スポーツ科学はこのような視点で飛躍的に発展し、科学的に管理された練習で記録も伸び続けている。最強の市民ランナーが注目されているが、これは努力と根性の賜物であって、市民ランナーがトップになったからと言って、スポーツ科学を否定する理由にはならない。
人類の肉体の可能性を明らかにするためにスポーツの科学は重要である。その科学が完成した時に豊かな老後を過ごすためのスポーツ科学がビジネスになっているだろう。スポーツの科学の面白い点は、その分野へ著名なアスリートが率先して参入している点である。
誰でも異分野ですぐに活躍できるのは、知識の標準化が可能な科学という哲学のおかげである。有機化学と無機化学という異なる分野でも科学のルールで知識が体系化されているので、異分野の研究者でも研究論文を読むことにより容易に研究をスタートできる。有機合成から無機合成へ専門を容易に転換できたのも科学を理解していたからだ。
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科学は知識を伝承する方法として最適な哲学である。様々な知識が生まれても、それが科学的に体系化されないならば、次の世代への伝承は難しくなる。特公昭35-6616という帯電防止技術の特許があった。パーコレーション転移について科学的に解明されていない時代の酸化第二スズ超微粒子を用いたフィルムの帯電防止技術に関する特許である。
不純物を全く含まない酸化第二スズの単結晶が絶縁体である、と科学的に証明されたのはセラミックスフィーバーのさなかであり、ITOやATOの導電性発現機構もその真理を基に、その時初めて理論的に解明された(注)。ゆえにそれ以前の時代には、特公昭35-6616実施例を追試して導電性が発現しなかった時に、この特許に書かれた技術が疑われたりした。
理由は不明だが、この特許を補強する出願は、この出願人企業から約30年経過し、当方が転職して気がつくまでされていなかった。ライバル企業からは、技術を実現するためには酸化第二スズが結晶性でなければならないとする特許出願が大量に行われ、酸化第二スズを用いた技術はこの企業が独占している状態となっていた。科学的にその導電機構が不明であったために、この企業の多くの特許は成立した。
先に述べたように高純度結晶性酸化スズは絶縁性であり、導電性を出すためにはインジウムやアンチモンのような不純物を加える必要があった。これが現代の科学で解明されている酸化第二スズの導電性に関する科学的知識である。この科学の知識以外にパーコレーション転移という現象に関する科学的知見が加わるとライバル企業の技術を簡単にリベールできるが、特公昭35-6616の技術はそれだけの知見があっても容易にリベールできない。
この特許では非晶質の酸化第二スズを用いており、その導電機構は、21世紀になっても未だ科学的に解明されていないからだ。次の世代に技術を伝承するために某大学にお願いし、導電性の測定を依頼したところ、不安定な導電性準位の存在が見つかった。しかしその科学的記述は非晶質という状態の科学が遅れているために不可能だった。しかし、技術者の心眼には、その機構がはっきりと見えており、科学的ではないがその繰り返し再現性を高くできる技術を開発することができ、数100Ωcm程度の導電性を発現できる高純度非晶質酸化スズを開発できた。そして特公昭35-6616の帯電防止技術は実用化された(注2)。
もし科学で解明されていたならば簡潔に記述できるはずの手順が、報告書では写真や図などの視覚までも活用した現物説明になっている。科学で解明されていない場合には、どこまで客観的に現象を伝えることができるのか、その配慮が重要になってくる。技術伝承のために科学の進歩は重要である。
(注)不純物ドープによる複合酸化物の導電性に関する研究は30年以上前から行われていた。しかしその中身は科学と技術の混在した状態で、論理の脆弱性を補強する論文が多数出ていた。例えばITOやATOについて、その導電性が高いことは古くから知られていたが、高純度酸化スズ単結晶の電気特性が科学的に解明されたのは20世紀末になってからである。しかし透明導電体の技術は、科学として完成していなくても進歩していた。
(注2)日本化学工業協会から技術特別賞を受賞している。ただし科学の成果ではなく技術の成果である。
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真理を追究することが使命の科学は、人類が開発した研究方法のスタンダードである。研究ではこの方法以外の実験は認められない。だから科学的方法は重要である。但し真理を追究する方法として、である。
科学は、科学教育として子供のころから学ぶことになる。自然科学のみならず人文科学を理解するために重要な哲学だから長期間に渡り訓練される。誰かに何か現象を説明する時に、科学で正しく説明を行えば、誰でもその正しさを理解できることになっているので重要である。
新しい技術が登場しても科学的に創造された技術であれば、その全貌を明らかにすることは科学の力で容易である。そして、そのような科学的方法をリバースエンジニアリングと呼び、技術競争を行う時に不可欠の技術である。リバースエンジニアリングは正しく技術要素に到達するために、科学に忠実に行わなければならない。
このリバースエンジニアリングにも泣き所がある。科学的に設計されていない製品については、リバースエンジニアリングでリヴぇールできない。例えばナイロンの相溶したPPS中間転写ベルトのリバースエンジニアリングは難しい。そもそも6ナイロンとPPSは、科学的な見地では相溶しないし、熱分析してもTgが一か所現れるだけで、わけがわからないデータとなる。
リバースエンジニアリングできない商品があるから科学は使い物にならない、という人はいない。リバースエンジニアリングを科学的に行わなければ、得られた結果の正しさを信じることができないからだ。技術が科学を追い抜いている状況ではリバースエンジニアリングで科学的研究の時間を多く消費することになるので、科学の進歩は重要である。
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6ナイロンが相溶したPPS中間転写ベルトの開発では、周囲から見れば悲壮感漂う処遇あるいは立場だったが、その左遷された単身赴任の5年間は感動の連続であり、定年退職を迎えるために用意されたようなテーマを担当できたという楽しい思い出となった。サラリーマンは、どのような処遇でも決して腐ってはいけない。もしその職業を続けるならば、いつでもニコニコ元気に勤める(努める、ではない。心から勤める)べきで、それができないならば、転職するかやめたほうが良い(経営とはそのお客様と社員が心からニコニコできる環境を創り上げることである。また、社員はその会社に勤務するならばニコニコする義務が発生する)。
フローリーハギンズの理論で解釈すると相溶しない、と思われる系で相溶現象を実現したり、電気電子物性と力学系の現象との相関を見出し(注)、世界でも珍しいコンパウンドの品質管理方法を開発したりした。その他新たに開発された技術がたくさんあるが、科学では説明しにくい技術を短期間に大量に生み出すことができたのは、その昔、宮崎美子嬢をCMに起用したメーカーの風土のおかげである。木陰で着替えている女性を隠し撮りするようなイメージを与えかねないキワモノCMだったが、それを容認する大胆な風土である。
実験のやり方は企業風土の影響も受ける。日本企業に多い科学的方法を重視する風土では、ヤマナカファクター発見のような技術開発を進めにくい。ゴム会社のような現場重視の企業風土であると、現場現物が科学の真実よりも優先されるので、新たな技術が生まれる土壌ができやすい。転職した写真会社は、科学重視の会社であったが、現場重視の会社と合併した結果バランスのとれた企業になった、と感じている。
日野八王子地区から豊川へ単身赴任し、最初にお稲荷様にお参りしたが、職場は、まさに狐に騙されたような科学の香りがしない自由な雰囲気であった。6ナイロンとPPSを相溶させるための前提になる講義をする必要もなく、実験が上手くゆけば何でもアリ、の楽しい職場で仕事ができた。
このような職場では、リーダーさえ舵取りを間違えなければ、どんどん成果が出る。そもそも馬力のある担当者が多く、中間転写ベルトの開発がうまくいっていなかったのが不思議に思えた(注2)。科学の常識に反する技術で成果を出せたのは、この風土と担当者のモラールの高さに依存するところが多い。
単身赴任前、失敗して東京へ帰ってくる、とか周囲で噂されていたテーマでも、無事商品化でき、予定していなかった環境対応の再生樹脂技術開発まで短期で製品に搭載できた。アカデミアからみたらめちゃくちゃな実験の連続であったが、技術開発のための実験は、科学で真理を追究するための実験と少し異なる。
あくまで機能を実現するための実験が中心になる。技術開発のリーダーは、科学の正しい実験のやり方を熟知していることは当然だが、それにとらわれることなく、機能を実現するための実験を心がけなくてはならない。
(注)2000年頃に4年間推進された国研の精密制御高分子プロジェクトで、アカデミアから提案された強相関ソフトマテリアルというコンセプトがある。このプロジェクトでは、実用の観点で眺めると夢のある提案が多くなされている。このプロジェクトは科学で大成功を収めているが、技術の視点で評価されたためにその成果を正しく理解されていないもったいないプロジェクトである。このプロジェクトには20世紀の技術を科学で体系化するプロジェクトも動いていた。中浜先生はじめ当時の先生方を再評価すべきプロジェクトである。コンパウンドの段階で押出成形の結果を予測する新しい品質評価法では、制御された高分子の高次構造を媒介変数として用いている。すなわちパーコレーション転移を制御することに成功している高次構造を想像し、その時の電気物性との強相関性と力学物性の強相関性に着目した。中間転写ベルトの機能実現のための重要品質項目は、ベルトの周方向の電気特性の安定化であるが、これをレオロジー測定で予測している。品質項目は、両者についてSN比で表現している。人間が、クルミを割る方法を開発したカラスと異なるのは、経験値と科学的知識を対比させて思索できる能力である。この方法についてもっと知りたい方は、弊社へご相談ください。
(注2)この事例は技術マネジメント(MOT)とはどのようなものか、を説明する時に最適である。マネジメント能力とは何かを勘違いしている人が多い。知識労働者のマネジメントについてはドラッカーの著書に詳しいが、この著書が少し難解で読みづらい。含蓄のある内容の著書の多くは読みづらいものなので3回は繰り返して読む必要がある。ドラッカーを過去の人と言われたりするが、ドラッカーの著書の奥深さを理解していない人だ。多様に解釈できる彼の著書は時代が変わっても経営の教科書になりうるのではないか。効果的なMOTとは、実現したい機能を中心にしたマネジメントであり、科学的研究を推進するマネジメントではない。科学の研究が必要とされるのは、知識を体系化し伝承しやすくするためである。ナイロンの相溶したPPS中間転写ベルトの商品では、PPSの基材にプラズマCVDでシリカ薄膜を形成する技術も必要とされ、この技術は科学的に完成していることになっていた。しかし、その商品化ではこの科学的に完成されたことになっていた技術が足を引っ張り、上市されてもすったもんだしていた。当方が単身赴任する前は、どうせ基材が間に合わないからプラズマCVDの技術の問題はーーー、という陰口が研究所内で聴こえたが、単身赴任の1年後には、当初の開発計画に無かったコンパウンド工場が立ち上がり、安定な基材を供給できる目途がたっていた。これは機能を中心にした実験の成果である。その結果科学的完成とはどのような意味かがわかる結果となった。そして納期が迫ってきたら、科学的のはずが試行錯誤のやっつけ技術で完成するという状況になった。このような技術開発を進めている企業は多いのではないか。最初に技術を完成し、その後に科学でまとめる、というのが正しいMOTである。科学でまとめて技術で完成という手順は、科学が技術を推進していた20世紀には通用したが、「誰も見たことの無い世界が始まった」21世紀には、この手順を見直さなければいけない。
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ドラッカーがその遺作の中で、「誰も見たことの無い世界が始まる」と表現した時代である。仮説を立てて、それを確認するために実験を行う、という姿勢だけでは新しい技術を開発できない時代になった、ともいえる。
そもそも仮説を立案すためには、前提となる科学的に解明された現象が必要である。ところが科学で説明しにくい、あるいは説明できない現象を前に、仮説を立てながら問題解決をしていたのでは時間がかかるだけでなく、解決できる可能性も保証されない。
訳の分からない現象を前に仮説を立てるのは難しいが、こうあって欲しいとか、このように機能しているはずだ、とかいう期待は、誰でも持つことができる。そもそも技術開発とか商品開発は、そのような淡い期待を持って行っている。
この時この淡い期待を明確に図に書き、それを実現するための実験を考える、というやり方は有効である。一般の実務書には「ゴールを明確にする」と表現されている方法である。図が得意でなければ言葉でも良いが、言葉よりも図の方がより明確になりアイデアを導き出しやすい。
ゾルから生成されたミセルを用いてラテックスを合成し、そこへゼラチンを添加して高靱性ゼラチンの塗布液を開発した時には、この方法で実験を進めた。まず、シリカが凝集しないで分散しているラテックスの様子を図で表現した。これは、科学的真実にもとづいていないので仮説ではなく漫画である。
次にそこへゼラチンを添加した図を書いてみたりして、理想的な状態を様々な漫画で表現してみた。その過程で高分子をシリカに吸着させてゾルからミセルを生成する、というアイデアが自然発生的に出てきた。たまたまコアシェルラテックスの合成条件を検討していた時で、失敗した実験で得られたサンプルがそのようになっているかもしれない、と担当者が叫んだので大騒ぎになった(注)。
あとは成功体験をするだけだった。コアシェルラテックスを合成できず失敗した実験について再度慎重に行い、そこへゼラチンを添加したところ増粘しなかった。さらにそれで単膜を製造したら、コアシェルラテックスを添加したゼラチンよりも高靱性のゼラチンが得られた。担当者は興奮のあまりひっくり返りそうであった。
この成果は、転職した写真会社でコーチングの研修を受けた直後にだすことができた成果である。電気粘性流体の増粘の問題を解決した知見が役立ったのだが、その知見は科学的知識とは呼べない。技術開発で得られた経験値を体系的に整理した知識である。
コーチングで成功するためには、このような経験値が重要なのだが、一般のコーチングの研修では、なぜかこのあたりにふれない。経験値の整理方法もコーチングの研修に必要で、ドラッカーもその著書の中で体系だった知識の重要性として指摘している。
(注)このコーチング過程では思考実験を行っていることになる。思考実験ではアハ体験が可能で、脳科学をテーマにしたテレビ番組でも指摘しているように、その瞬間はものすごい快感が訪れるようだ。苦労すればするほど、解決方法が閃いた時の快感は大きい。一度この体験を行うと思考実験を繰り返したくなる。ただし、他人に言われると落胆にかわる場合もあるのでコーチングスキルが重要になる。
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