酸化スズゾルは、その合成条件を変えるとコロイドの分散状態が変化する。酸化スズゾルは1-2nm程度の一次粒子が金魚のウンコのように、繊維状につながった粒子として分散しているが、合成条件が変わるとこのウンコ状のつながりが枝分かれした形状になったり、網目のようになったり様々である。濃度が1-2%であれば繊維状が大半であるが濃度が上がって7%程度になると網目状につながった凝集体が観察される。
実用的には濃度の濃い粒子が必要だが、10%以上の濃度にすると短時間でゲル化するので塗布液として使いにくい。7%前後がポットライフも長く使いやすい。ところがこの7%前後の濃度では網目状の構造が多くなり、その結果粘度の制御が難しくなる場合がある。
粘度をコントロールできても網目状の構造のばらつきがパーコレーション転移に影響し、帯電防止性能のばらつきにつながる。厄介なのは、帯電防止性能に差があっても表面比抵抗に違いが見られないことがあるのだ。
すなわち帯電防止層の品質評価に表面比抵抗が使われるが、それで品質管理できない、という事である。しかし、100Hz以下のインピーダンスであれば、クラスターのでき方を検出できるので帯電防止性能の品質評価に用いることが可能である。また、タバコの灰付着距離とも相関するので、実技評価を省略できる。
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帯電防止材料としてイオン導電性材料を用いた場合に表面比抵抗を計測すると、抵抗が安定するまでに時間がかかる場合がある。例えばポリスチレンスルフォン酸を帯電防止材料として使用すると、10の10乗程度の抵抗に安定化するまで2分程度かかる場合も存在する。
ところが30秒以内で安定化することもあるのだ。この両者のサンプルについて100Hzのインピーダンスを計測すると異なる値になる。同一添加量でもこのような現象が生じるので、おそらくイオン導電性材料でもインピーダンスの値でパーコレーション転移のクラスターを検出している、と推定した。
すなわち、100Hz以下のインピーダンスの値を用いると、同一帯電防止材料についてパーコレーション転移で生じるクラスターの大きさを計測できる可能性がある。もちろんこの結果は科学的ではない。なぜなら、昨日までクラスターの大きさとインピーダンスの関係を実験値ではなく推定で述べているだけである。
ただ、技術としてこの推定された事実を用いると、帯電防止層の品質管理を行う事ができる。(続く)
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電子伝導性の帯電防止材料であれば一次元のシミュレーション結果でパーコレーション転移におけるクラスターの生成とシミュレーション結果はうまく合ったが、イオン導電性材料の場合には抵抗成分の値についてシミュレーションで少し実際の測定値にバイアスを大きくかけないといけない。
これはイオン導電性材料では電荷移動にイオンの拡散が必要なためであり、帯電防止材料の静電容量と抵抗の両者の値を直流で計測できないためだ。電子伝導性材料では材料の静電容量を無視することが可能である。ゆえにシミュレーションにおける静電容量の変化はクラスターの大きさの変化と一致する。
しかし、イオン導電性材料ではイオン導電性材料自身も静電容量を持ち、マトリックスに分散しているその形状により静電容量の値は変化する。この変化が大きいためにインピーダンスの値に影響を与える。
面白いことにイオン導電性材料も電子伝導性材料も、タバコの灰付着テストの結果を100Hzにおけるインピーダンスの値と灰付着距離との関係で整理すると一本の直線に乗る。すなわち、帯電防止材料の種類によらず100Hzのインピーダンスを計測すれば灰付着テストにおける灰付着距離を推定できるのだ。(続く)
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数多くの測定データをA先生にお見せしたところ、単純に静電容量が効いている結果ではないか、といわれた。さっそく直流抵抗とコンデンサーの組み合わせモデルを使った数値シミュレーションを行おう、ということになった。
1次元のモデルでは、抵抗とコンデンサーの数が問題になる。この総数をNとし抵抗の数をnとすればコンデンサーは(N-n)となる。そしてその配置を工夫すると一本の回路は容易に数式化できる。これがNとおりあるとして、Nを無限大にすると式が完成する。
完成した式について解くとシミュレーションが完成する。
おもしろいのはこの程度の雑なシミュレーションで実験結果をうまく説明できたのだ。三次元抵抗分布のシミュレーターを開発していたので同様の方法で抵抗とコンデンサー二元系のシミュレーションを行わなければいけないのか、と心配していたが、技術の理解なのでこの程度で良い。
このシミュレーション結果を用いてコンデンサー成分を大きくしてゆくと低周波数領域の周波数の異常分散が大きくなる現象を説明できた。すなわち、導電性微粒子の距離が小さくなってゆくと導電性粒子間で形成される静電容量は大きくなり、低周波数になればなるほど大きなインピーダンスとなる。
一方このような現象の場合に直流で表面比抵抗を計測すると抵抗は下がってゆく。すなわち導電性粒子の抵抗は変化しなくとも、クラスターが形成されると静電容量が大きくなって低周波数になればなるほどインピーダンスが上がるという現象が起きることになる。
数値シミュレーションの結果から周波数のインピーダンス依存性を調べた多数のデータはパーコレーションでクラスターが形成される過程を調べた結果であることが分かった。
この結果から、帯電防止材が異なると、すなわち導電性材料の抵抗が異なると表面比抵抗の値が同じでも100Hz以下のインピーダンスが異なる現象が生じることも理解できた。また、同一材料でもクラスターが小さいならば表面比抵抗が同一でも100Hz以下のインピーダンスが異なることも推定できた。すなわち100Hz以下のインピーダンス変化をみれば、同じ帯電防止材料を使用しているときのパーコレーション変化をうまくモニターすることが可能となる。(続く)
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100Hz以下のインピーダンスが増加すると帯電防止性能が向上する、という現象は、電気化学の素人からみると驚くべき結果だが、電気化学の専門家からは、帯電後の放電が直流的に起きるのではなく交流のように起きている、と考えれば当たり前の結果ではないか、となる。
すなわち自然現象を眺める時に、眺めている人の知識や経験が現象理解に重要であることを理解できる。同じ現象を見てもその現象を支配している本質の知識が無ければ見落としたり、現象の理解ができなかったりする。
この逆もあり得るわけで、現象の本質について知識がありすぎるために見落としてしまう、あるいは新しい考え方ができなくなってしまう、という場合だ。STAP細胞の発見はまさにその例で、小保方さん以外に同じような実験を行っていても皆STAP細胞のヒントを見落としていたが、小保方さんは素直に現象を捉えイノベーションに結びつく発見を行った。
知識があっても無くても自然現象における新しい発見を見落とすことになる。発明や発見を左右するのは知識の量ではなく自然現象との関わりあいに対する意欲だろう。このインピーダンスの実験は、疑問を持った若い担当者とその疑問に答えられなかった上司が、特許出願だけでなく科学的にも現象を明らかにしたいという意欲を持ったことにより始められた。
低周波数領域のインピーダンスと灰付着距離との相関が普遍的な真理かどうか確認するために入手可能なフィルムを使い多数の実験を行い精度を高めた。その結果、相関係数が1に近いデータ群が得られた。一方、サンプル数が増えるにつれ、表面比抵抗とゴミ付着距離との相関は小さくなっていった。(続く)
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帯電防止の実技テストの一つ、タバコの灰付着テストとは、温度と湿度などテスト環境が定まったところでフィルム表面をゴムでこする。そして帯電したこのフィルムをテスト直前にタバコを吸い発生した灰を集めた上にかざす。2mほど上から徐々に帯電したフィルムをおろしてゆき、タバコの灰がフィルムにつき始めた距離を測定する。
テスト方法からわかるように帯電しやすく放電しにくいフィルムの場合にはこの距離が長くなる。帯電しやすくても放電もしやすいフィルムの場合には、タバコの灰との距離を縮めてゆく過程で徐々に放電するので灰付着距離は短くなる。
帯電防止処理された写真フィルムの場合には0となる。帯電防止性能が悪くなるに従い、その距離は伸びる。すなわち帯電防止性能が悪いフィルムの場合には、遠い距離からタバコの灰を吸い寄せる傾向がある。
まったく帯電防止されていない絶縁体フィルムの場合には、低湿度の環境でこの実験を行うと2mの高さでもタバコの灰を吸い寄せる。初めてこの実験をしたときには、帯電現象のあまりの能力にびっくりした。
さて、帯電防止性能があがると灰付着距離は短くなり、0となった場合には帯電防止性能に優劣をつけられなくなる。表面比抵抗が10の10乗Ω程度で0となる場合もあれば、10の9乗Ωでも0とならない場合がある。この理由がよく分かっていなかった。だから帯電防止フィルムの開発において実技テストを欠かすことができなかった。
すなわち市場品質を再現できる科学的手法が20年前に知られていなかったのだ。経験を積んだ技術者であれば、表面比抵抗や誘電緩和、電荷減衰速度その他の帯電防止に関する電気的評価から市場品質の推定ができたようだ。しかし、実技テストの結果と相関する電気パラメーターが見つかれば、実技テストが不要になる。
インピーダンスの評価はそのような狙いで始めた。最初からパーコレーション転移との関係を調べるために開発したのではない。しかし、インピーダンスが増加すると灰付着距離が短くなる現象に若い人が疑問を持ち質問にきた。インピーダンスは交流の抵抗なのに、なぜ抵抗が上昇すると帯電防止性能が向上することになるのか、という疑問である。
ちょうど福井大学客員教授のお話を頂けたときなので、A先生と共同で帯電防止性能とインピーダンスとの関係について研究を始めた。(続く)
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絶縁体フィルムに帯電防止層を塗布して、そのインピーダンスの周波数分散を測定すると低周波数領域で異常分散を生じる。面白いのは同じ表面比抵抗の塗膜でもこの領域における分散の様子が異なることだ。
イオン導電性高分子で帯電防止層を形成した場合と電子伝導性微粒子を薄膜に分散して設計した場合でこのような差が生じる。さらに両者の表面比抵抗が一致しても帯電防止性能に違いが生じる。表面比抵抗が10の8乗Ωレベルになるとその差は小さくなるが、10の9乗Ω以上の高抵抗領域では、表面比抵抗と低周波数領域におけるインピーダンスの値の差が大きくなる。
すなわち表面比抵抗が同じ値でも、100Hz以下のインピーダンスの値が大きい帯電防止層が高い帯電防止性能を示す、という現象が生じる。例えば実技テストであるタバコの灰付着テストを行うとタバコの灰の付着距離に差が生じる。
インピーダンスは交流で測定される抵抗というイメージを持っているとこの現象に悩むことになる。100Hz以下のインピーダンスの値とタバコの灰が付着し始める距離との関係を調べると高い相関が認められる。4種類の帯電防止化合物を用いて様々な表面比抵抗の帯電防止層を塗布したフィルムを製作し、その相関係数を調べたら、ほぼ1となった。しかし、表面比抵抗については0.6であった。(続く)
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導電性微粒子と絶縁体バインダーで生じるパーコレーション転移の観察あるいは評価には体積固有抵抗や表面比抵抗が直流で測定される。ところがこの時観察されるパーコレーション転移の閾値はシャープに現れない。原因は、微粒子間の接触抵抗その他の要因をうまく計測できていないためである。
閾値を見積もりたいときに、交流で測定されるインピーダンスを用いると良い。それも100Hz以下の領域の値である。50-60Hzあたりはノイズが乗りやすいので避けた方が良いが、この低周波数領域のインピーダンスを計測すると閾値を直流の場合よりも見積もりやすい。
交流では、材料のコンデンサー成分を計測可能で閾値近辺の変化を観察しやすいが、直流では抵抗成分のみしか計測できないので導電性微粒子間の距離の変化を検出できないためこのような違いとなる。
実際に抵抗成分と容量成分のモデルを組み立て、抵抗成分が増加するコンピューター実験を行うとこのあたりの変化をシミュレートできる。すなわち、このようなモデルで低周波数領域から高周波数領域までインピーダンスの周波数分散を求めると現実の材料のようなインピーダンスが周波数に依存したグラフが得られる。
そして抵抗成分を小さくしてゆくと低周波数領域で大きな異常分散が生じる。このシミュレーション結果から導電性が向上すると低周波数領域におけるインピーダンスが増加する理由を理解できる
インピーダンスは交流で測定される抵抗である。ゆえに導電性が向上すると大きくなる、という現象は、驚くべきことである。よく考えれば科学的に説明がつく現象であるが教科書で学んだ知識のために現象に遭遇したときに最初はびっくりする。
このような現象は特許ネタにもなる。いくつかこのような現象を用いて特許を書いたがその幾つかが容易に成立したのには驚いた。異義申し立てが無かったのである。フィルムに帯電防止層を形成している場合にこの特許に皆ひっかかっているはずである。
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昨日書いたようにパーコレーション転移は、処方とプロセスに大きく影響を受ける。これら以外の因子として粒子の大きさや、分子の形状なども重要な因子である。パーコレーション転移の因子については、実験を行っていると幾つか見えてくるが、見えない因子もある。
しかし、シミュレーションでパーコレーションという現象を抑えておけば、見えない因子の存在に気づくことができる。材料系でパーコレーション転移を扱った論文を読むときに注意しなくてはいけないのは、その論文のテーマが主要因のごとく書かれている場合がある。もともと科学論文は、一つの真理を明らかにすることを目的にしているので、そのような書き方になることを読むときに考慮すべきである。
ところが昨日簡単に紹介したように二元系のパーコレーション転移でも複数の因子が複雑に絡み合っている。昨日の例で、ラテックスのTgが80℃以上という前提を置いたのは、塗布乾燥過程でコロイド粒子が変化しない、という条件設定である。このような条件を設定しても他の因子の影響をうけてパーコレーション転移はシミュレーションと異なる結果になる。
現象に合わせてモデルを組みシミュレーションを行っても合わないことがある。うまくシミュレーション結果と合致した場合には論文を書くことが可能になる。昨日の例では、酸化スズゾル粒子がうまくネットワークを作っているTEM写真を撮ることができた。すなわちラテックスのまわりに酸化スズゾル粒子が凝集した、きれいな網目の写真をとることができた。
また、塗布乾燥条件を工夫し酸化スズゾルが表面に偏析した単膜を作ることにも成功した。面白いことに、酸化スズゾルの添加量が同じ時にネットワーク状態でも表面に偏析した場合にも同一の表面比抵抗になったことだ。
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酸化スズゾルとラテックスを用いたパーコレーション転移の実験は、パーコレーション転移の制御にケミカル因子とプロセス因子がどのように関係するのか整理するのに便利である。
ラテックスは、数10nmから数100nm、酸化スズゾルは1nm前後の一次粒子が金魚のウンコのようにつながった粒子で、どちらも一定の大きさを持ったコロイドである。またラテックスのTgが80℃以上の高分子ラテックスであれば、乾燥過程で両者の粒子が壊れることがない。
ラテックスに酸化スズゾルを凝集しないように添加してよく撹拌する。この手順だけでもパーコレーション転移の制御因子が幾つか含まれている。例えばラテックスのpHや溶液の温度制御などの因子でパーコレーション転移は影響をうける。何も制御しないでこの作業を行った場合に、沈殿や凝集といった現象が起きる場合もあるが、詳細はコンサルティング内容になるので省略する。
実は二種以上のコロイド溶液を安定に分散する技術は難度の高い技術である。運良く沈殿が生じていないように見えても、混合時に小さな凝集体ができたりしている。目視で見えない凝集体をどのように観察するのかも容易ではないがこのあたりも含め、研究を行いパーコレーション転移とは異なる分野で写真学会から賞を頂いた。
この手順において幸運にも沈殿や凝集がまったく発生せず均一に安定に分散した二元系のコロイド溶液が得られたところから話を続ける。ワイヤーバーを使用して、表面処理されたPETやTACなどのフィルムにこのコロイド溶液を塗布する。この段階でもパーコレーション転移は影響を受ける。
塗布後の乾燥条件もパーコレーション転移に影響を与える因子だ。乾燥後の熱処理でもパーコレーション転移は影響を受け、冷却過程を得て帯電防止薄膜となるのか単なる微粒子分散薄膜になるのかは処方次第である。
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