昨日高分子材料の気持ち悪い現象について触れた。本日は熱膨張の測定でで観察した気持ち悪い現象。光学材料用ポリオレフィンとしてアペルやゼオネックスが10年以上前から使用されてきた。10年以上前の話で恐縮するが、光学的耐久性を力学的パラメーターから予測しようと実験していた時に体験した話。ここでは気持ち悪い現象だけ説明するが、その深い意味等ご興味ある方はお問い合わせください。
材料の熱膨張の測定にはTMAが用いられる。無機材料の研究には良く用いられるが、高分子材料では、DSCやTGAに比較して使用頻度が少ないように思う。ゴム会社で高純度SiCの事業を立ち上げ、セラミックスの研究者としてTMAを使い込んだ経験から、フィルム会社で高分子材料の研究を始めるに当たり購入したのはTMAである。TMAを気に入っている理由は、直感と分析結果が結びつきやすいことである。測定しているのは温度上昇に伴う線膨張で物質の状態変化が生じれば線膨張率が変化する、という単純な現象の測定である。それ以上の情報が得られないのであまり使われない、という研究者がいるが、単純な現象ゆえに物質の異常をマクロ的につかみやすく、商品開発においては便利な道具である。
例えば材料の耐熱性を考えるときにガラス転移点が指標に使われることが多い。ガラス転移点まで材料の状態が変化しない、と暗黙的に信じられているからである(これは危険な常識である)。しかし、複合材料になってくると界面の問題が関わってくるので複雑になる。セラミックスでは粒界で生じる現象を考えなければならない。そのようなときにTMAは便利である。ミクロ領域の状態の変化を線膨張率の変化として検出してくれるのである。
さて、単体の物質であれば材料の融点までガラス転移点の前後で線膨張率が変化する。高分子材料ではガラス転移点と融点の間で結晶化が起きる場合もある。そのような場合にはガラス転移点と融点の間で結晶化に伴う状態変化が観察される。すなわち室温から融点までの間にガラス転移点で1回目の、結晶化温度で2回目の状態変化に伴う線膨張率の変化が観察される。これは平凡な材料変化の場合で、通常はこのような変化が観察されると安心できる。またこのような情報はDSCでも得られるのでTMAなどいらない、ということになる。
しかし、得られる状態変化のパラメーターが同じでもDSCとTMAでは見ている現象が異なるので、DSCでは観察されないが、TMAでなければ観察できない現象が存在する。また、その現象が気持ち悪いのである。
いくつか例をあげると、一種類の高分子であるはずのアペルやゼオネックスで観察された現象であるが、ガラス転移点と思われる現象が2つも見つかったり、ガラス転移点が一つの場合でも、ガラス転移点に到達する前に線膨張率が増加したり減少したりする現象が観察された。またアペルやゼオネックス以外でも観察されることがあるが、ガラス転移点を過ぎてから熱膨張のグラフがグニャグニャうねることである。アペルやゼオネックスでは、これがガクンガクンという感じに変化する場合がある。これらのTMAで観察される変化が、DSCでは何も検出されていないので気持ち悪いのである。分かってしまえばすっきりするが、すべてすっきりするまで10年以上かかった。
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昨日光学用樹脂材料について述べたが、ガラスの定義について高分子の教科書にあまり書かれていない場合があるので、少し説明する。無機材料の教科書にはガラスの定義が書かれていたが、最近の無機材料の教科書を読んでみると定義が書かれていないことに気がついた。
ガラスの定義は、非晶質状態で、かつガラス転移点をもつ材料と習った。すなわち非晶質材料でもガラス転移点を持たない材料があり、ガラス転移点を持つかどうかで非晶質材料は二種類に分類される。
無機材料の熱分析(DSC)結果は大変分かりやすい。しかし、高分子材料の熱分析(DSC)結果には頭を悩まされる。慣れてしまえば悩まなくなるが、ゴム会社で過ごした新入社員時代はその結果によく悩まされた。特にガラス転移点については、信号が出るはずのところにでないときがある。
何度も測定を仕直していると、指導社員がコツを教えてくれた。ガラス転移点が出そうなところでスキャンを途中停止し、加熱あるいは冷却状態を保持したまま3分待つ。その後スキャンすればガラス転移点が現れる、というのである。やってみるときれいにガラス転移点がチャートに描かれる。3分という時間も覚えやすい。カップ麵の食べ頃と同じである。
ここでまた悩むことになる。このようにして得られたガラス転移点をどのように解釈すれば良いのか。例えば製造条件が異なる材料では、熱履歴に差異があるのでガラス転移点は変化する。まれにガラス転移点が現れなくなる条件もある。特許ネタには良いが、このガラス転移点が現れない状態というのはどのような状態なのだろう。熱的な解釈はできても状態のイメージを未だにつかむことができていない。
このように高分子では同一高分子の非晶質状態でガラス転移点が現れる場合と現れない場合がある。無機材料では経験したことが無い。35年の研究開発で無機材料と有機材料の両者を扱ってきて、高分子材料には無機材料に無い不思議な現象をいくつか体験している。
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20年以上前に光学材料としてポリカーボネートやポリアクリロニトリルが着目された。しかし、いずれも複屈折が大きいため、CD-ROMやDVDーROM、ブルーレイといったデバイス、ピックアップレンズ用の材料には不向きであった。現在レンズ材料として多く用いられているのは、ゼオネックスやアペルと呼ばれている材料である。10年以上前にこれらの材料を1年ほど扱い、その材料設計思想の稚拙さにあきれた。一部の公的機関の研究者もご存じの内容をもとにこの分野の材料開発がまだ必要である点を述べる。
ゼオネックスやアペルは、主鎖がポリエチレンと同じようなC-C結合でつながったポリオレフィンとよばれるポリマーの側鎖に大きな基をぶら下げた構造をしている。ちなみにレンズ材料用ゼオネックスはポリスチレンを水素化して合成する。すなわちゼオネックスの場合には、ポリスチレンの性質を一部ひきついだポリマーである。レンズ材料用ゼオネックスの主鎖はエチレンと同じで、側鎖基には6員環がぶら下がった構造をしている。
ポリマーの実用的な耐熱性はガラス転移点に制限をうける。このガラス転移点は主鎖の分子運動性とも関係する。ちなみにポリエチレンのガラス転移点は最も低い測定値で-110℃という値が報告されている。一般のポリエチレンをDSCで測定した場合に観察されるのは-20℃前後の値である。ガラス転移点という物性値で注意しなければならないのは、このように同じポリエチレンでも高い測定値がえられたり低い測定値がえられたりする点である。ポリエチレンは特殊な部類だが、ポリマーはその製造履歴によりガラス転移点がばらつくものである。
そもそも無機材料で観察されたガラス転移という現象をポリマーにそのまま適用したので多くの技術者の誤解を生んでいる。このポリエチレンのガラス転移を調べれば、物性値としてその気持ちの悪さに気がつき、耐熱性についてこのパラメーターを頼りにする危うさに驚くはずである。ポリエチレンのような単純な構造のポリマーのガラス転移点がこのような状況である。その構造に大きな側鎖基をぶら下げれば、大きな側鎖基が分子運動性を規制し耐熱性があがる、と考えるのはポリマーの物性を甘く見た考え方である。
確かにマクロ的には、すなわち構造材料に用いるときには、見かけ上の耐熱性は上がっている。ポリスチレンではガラス転移点は80℃から100℃の間で観察される。多くのカタログでは85℃前後の値が書かれている。そしてポリスチレンの耐熱性は80℃までとされ、ポリスチレン製容器には食洗器に入れないようにと言う注意書きが書かれている。ゼオネックスでは、このポリスチレンのベンゼン環に水素を付加し、より側鎖基どおしがぶつかりやすくし、主鎖の分子運動性を下げ見かけ上のガラス転移点を120℃以上にすることに成功している。
しかし、この考え方の問題はミクロ的な領域の分子運動性を忘れている。ゼオネックスを押出成形して様々な熱履歴を与えると80℃前後にガラス転移点をもった材料がえられる。これは面白い、ということで様々な条件で薄膜を作ってみると、カタログには絶対に結晶化しない非晶性高分子と書かれているのに結晶化した薄膜がえられる。なぜブルーレイ用ピックアップレンズにアペルやゼオネックスを当初使うことができなかったのか、この材料を開発した技術者は反省して欲しい。
CD-ROMからDVD-ROM,ブルーレイへと変わる過程で光学的耐熱性で考えなければならないドメインの大きさが小さくなっているのである。詳細はここでは書かないが、ポリマーの専門家ならば、すぐに理解できる世界の現象である。現在の光学用樹脂の世界はまだこの程度のレベルの技術である。高分子材料には、まだまだ研究の余地が残っている。固くて歯が立たないセラミックスに比較して取り組みやすいはずである。年寄りにも浮かぶアイデアなので若い人ならばパーフェクトポリマーのアイデアはすぐに出てくるはずである。
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持続的な社会実現へ向けて1990年から2000年にかけて環境に関係する各種法律が整備された。当時高分子同友会でも次々と立法化される法律で高分子事業がどのように影響を受けるのか議論された。それから10年以上経過し、明らかになってきたことは、材料のコモディティー化が進むともともにリサイクルしやすいように使用される高分子材料の標準化が進んできたように思われる。
例えばテレビやパソコンの外装材には、ABSあるいは高級外装としてPC/ABSが主に使用されてきている。また、PSやPPも多く使用される材料である。すなわち靱性が要求される分野にはABS系が、高い靱性が要求されない分野にはPSが、弾性率が多少低くても、あるいは弾性率が低いところにはPPといった傾向である。
このような標準化の流れ以外にポリ乳酸を一部に使用した環境材料も普及してきた。しかし、ポリ乳酸を使用した材料は、まだ高価であり、スペシャリティー材料の仲間である。ポリ乳酸がさらに普及するかどうかは価格に依存している。
一方で機能性材料についても傾向が出てきた。直鎖状PPSの普及である。10年ほど前のPPSは、分子量が低く、射出成形材料以外に用途は無かったが、押出成形によるフィルム材料に使用可能なPPSも普及期に入った。絶縁テープなどで見かけるようになった。またカラー複写機やレーザープリンターには中間転写ベルトが使用されているが、このベルト材料についてもPPSの使用が広がっている。
その他のスペシャリティーポリマーの動向については、それぞれ単独で取り上げてみたい。
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今月の高分子学会誌には、照明技術に使用される高分子材料の特集が載っている。有機ELが1990年代に登場し、その有機ELを使用して平板照明を開発すれば一大事業になる、といって10年も開発を続けた企業がある。それも開発リソースを大量に用いて。技術の視点では有機ELで紙のように薄い発光体が得られるから平面発光体という発想になるが、それでは感性の乏しい技術開発になる。
エジソンにより電球が発明され世の中は夜でも明るくなった。しかし、電球はその発光原理のため形状に制約があり、電球の形状を生かしたランプシェードのデザインが発達した。ステンドグラスを使用したランプは現在でも美的に評価され高価である。エジソンによる発明から21世紀まで電球は照明技術の一角を占めてきた。その形状は技術的制約から規格化されたソケットともにあまり変化せず、ランプシェードの芸術性を高めることにより付加価値をつけ販売されてきた。一時、裸電球と四畳半がもてはやされ、窓の外に神田川が見えたなら最高の景色とされた時代もあったが、電球はランプシェードとともにその意匠性を高め付加価値をつけてきた。
その後蛍光灯が登場してもやはり発光部分の技術的制約からランプシェードとの組み合わせで付加価値がつけられてきた。しかし、電球を点で表現できるとすれば蛍光灯は線として表現でき、すでに平面発光を経済的に実現できる技術になっていた。実際蛍光灯を利用した平面発光の照明も昔販売された実績がある。ただ、平面発光のニーズが大きくなく普及しなかったのである。そのかわり円形の照明技術が発展し、意匠性の自由度が上がった。
すなわち、これまでの照明器具の意匠性は発光部分の技術的制約からランプシェードとの組み合わせで商品化され成長してきた。有機ELの登場で面発光が可能になった、というのは技術屋の単純な発想である。有機EL技術で大きく変わったのは、発光部分の自由な設計が可能になったことである。その自由な設計に寄与できる材料として高分子材料の活躍の場ができたのである。有機ELの平面発光は、意匠として一分野に過ぎない。発光部分の意匠に対する技術的制約が無くなったことが一番の特徴である。そして有機ELでなくとも無機ELでも同じ状況で、無機のほうが有機よりも寿命が長い点において優れている。すなわち、有機ELで平面照明をというアイデアは照明のわずかな市場を目指す企画に過ぎない。LED照明に駆逐される可能性すらある。
新しい照明技術は発光部分の意匠の自由度を上げたことが重要で芸術性の高い発光体実現も可能になった。これまで発光部分とランプシェードの組み合わせで意匠を考えなければならなかったのが発光部分まで意匠として使用可能な時代になったのである。ただ、このような捉え方はなかなか理解されにくいのだろう。芸術学部の学生に様々な照明のデザインをさせて某企業に提案したがLED照明がそのような発展をすると思えない、と一笑に付された。LED照明が平板照明として市場を席巻してゆくのか、様々な意匠性の優れた発光体として進化をしてゆくのか楽しみにしたい。
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混練技術の基本は、剪断流動と伸張流動をうまく組み合わせて材料を均一に練ることだと35年前に習った。ゴムの混練については、バンバリーミキサーとオープンロール混練といったバッチプロセスを組み合わせて行う。バンバリーミキサーで混練する時間は通常5分前後である。オープンロール混練(以下ロール混練)では処方に依存して混練時間が大きく異なる。
バンバリーミキサーをのぞくと、いかにも剪断流動を発生しています、と物語る構造をしている羽根が見える。剪断流動は、混練効率は高いが混練後の高次構造のサイズに限界がある、と言われている。すなわちミクロンオーダーよりも細かい構造を剪断流動で創り出すことはできない、とされていた。されていた、と言う理由については後日説明するが、そのために伸張流動を発生可能なロール混練で仕上げを行う。伸張流動は、混練効率は悪いがナノオーダーまでの構造を作り出すことが可能と言われている。ロール混練ではロール間のギャップ幅を変更して伸張流動の発生を制御できる。
ゴムの混練では、バンバリープロセスの後のロール混練で物性が決まる、と言われており、ロール混練を2プロセス以上に分割して行うこともある。また、バンバリープロセスの前にロールプロセスを入れることも稀にある。例えば天然ゴムでは、分子量が大きいのでそのままバンバリープロセスにかけた場合にうまく混練できない処方もある。その場合には、一度ロール混練を行い、天然ゴムの高次構造を壊してからバンバリーに投入する、といったノウハウもある。
ゴムの世界が難しいのは、このようなバッチプロセスの組み合わせで大きく物性が変化し、その変化を制御する方法がブラックボックス化しているためである。有限要素法などでシミュレーションを行っても解析できない、と言われている。ただそれなりの高分子の知識があれば、実際の実技を通してノウハウの意味が「見えて」くる。新入社員時代の指導社員は、優秀なレオロジストで各プロセスでどのようなことが起きているのかマンガでわかりやすく教えてくれた。また、当時の研究所ではニーダー派とバンバリー派がいたが、工場見学をしながら実験室でも大きなバンバリーを使用しなければいけない理由も分かりやすく説明してくれた。
定年退職前はゴム会社ではなく写真会社に在籍していたが、6年間樹脂開発を担当した。他社の樹脂混練技術者とのミーティングの機会を通して樹脂混練の世界がゴムに比較して大雑把であることが気になった。少し意見を述べると「素人には分からないですよ。」とたしなめられるので、黙って蘊蓄を聞いていたが、2000年頃に4年間推進された高分子精密プロジェクトにおいて学術的には成果が有りながら、実務では大きな成果が得られなかった理由を理解できた。おそらく当時も同様の狭い了見で議論が進められた可能性が高い。L/Dの大きな二軸混練機を作りだした程度の進歩しか無かった。
写真会社に転職したときに、実験室に小さなバンバリーミキサーがあったので、ポリオレフィン樹脂を練ってみた。自由体積の大きさと混練時間の関係を見てみたら、30分間以上混練すると自由体積の大きさが変化しなくなる。一般の二軸混練機では樹脂投入後5-8分程度で混練された樹脂が出てくる。樹脂工場を4社ほど見学したが、10分以上混練にかけている企業は無かった。おそらく経済性の観点で10分以上混練していないのだろうと思われるが、混練技術の理想は誰が成形しても品質の安定した成形体ができることを保証できる技術だと思う。現在の樹脂の混練技術は、その理想から遠いように思う。ゆえに成形技術の研究が今でも重要な一分野になっているのだろう。射出成形の品質問題に遭遇する度に樹脂の混練技術の問題を思い出す。
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樹脂と油の組み合わせで生じるケミカルアタックに限定してのべる。
樹脂と油のSP値が近いと付着した油が樹脂に拡散し、可塑剤として働き弾性率の低下を引き起こしたり、成形時の歪みが残っている場合には高分子の緩和が促進され、ひどいときには内部に破壊の起点となり得るボイドが発生したりする。
油が付着していた部分に力がかかっていなければ破壊に至ることが少なくケミカルアタックに気がつかないが、応力がかかっていた場合にはケミカルアタックにより材料の破壊が生じる。これはUVや酸化により引き起こされる高分子材料の劣化とは明らかに異なる劣化現象である。
油の分子量が大きければ拡散速度も遅くなるのでケミカルアタックの問題に気がつくのが遅れる。高分子量のグリースの場合には数年後にケミカルアタックと気がつく場合もある。低分子量の場合には拡散が早いので1週間程度でケミカルアタックに気がつく。しかし低分子量の油の場合には揮発もするのでケミカルアタックに至らない場合もある。
応力がかかっていて短期間で破壊し油の付着していない場合にはケミカルアタックかそうで無いかの判別が難しい場合がある。そのような場合にはフラクトグラフィーを用いると良い。フラクトグラフィーを行い、破壊の起点が判明した場合には、ケミカルアタックで無い場合がほとんどである。作業現場で油を使っていないならば、ほぼケミカルアタックでは無い、と断言できる。
ケミカルアタックなのかコンパウンドが悪いために故障が起きたのか分からない場合がある。しかし、作業現場や装置内に油が無ければケミカルアタックは起きないので作業現場の5Sや、使用している油の管理を徹底することがケミカルアタックを防止するために重要である。
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樹脂部品にグリースなどの油成分が付着していると力学物性の劣化速度が速まる、という現象が生じる。ケミカルアタックと呼ばれる現象で、付着した油成分が樹脂内に拡散し、クレーズを発生させ靱性を低下させたり、樹脂を可塑化し弾性率を低下させるために起きる。
ケミカルアタックは樹脂と油成分とのSP値の関係で決まるので、機械油を使用する場合にはSP値が異なる材料の組み合わせを選ぶように、とその分野の教科書には書かれているが、言葉足らずである。例えば樹脂に表面処理された無機フィラーが添加されていた場合である。
本来樹脂に分散しにくい表面を持った無機フィラーを表面処理して樹脂に分散しているのだから、無機フィラーの表面のSP値に相当する性質は、樹脂のSP値から離れている。もし無機フィラーが油成分と濡れ性が良い場合には、油成分が無機フィラーと樹脂の界面に分散し、クレーズを発生させる場合がある。
油ではないが水分の場合でも物性劣化を引き起こす場合がある。例えば樹脂レンズの場合に樹脂の添加剤にわずかに親水性を有する化合物が添加されていた場合には、水分で樹脂レンズが曇りやすくなる。例えばわずかに残っている未反応の二重結合などは親水性が有るのでレンズの曇りを促進する原因になり得る。これは透過率の低下が引き起こされたケミカルアタックとして考えるべきではないか。
またわずかに残った二重結合やUVに反応しやすい化学構造がある高分子材料でブリーレイ用の対物レンズを製造するとブルーレイで高分子緩和が促進される。緩和現象は物理現象であるが、その緩和を引き起こしているのは化学構造と物理因子である。これもケミカルアタックの仲間に入れても良いように思うが、これには異論のある方が多い。しかし、高分子の主鎖そのものには劣化が生じていないが、材料には劣化と同様の現象が化学構造で引き起こされているので、ケミカルアタックとして議論されても良いように思う。
このようにケミカルアタックは高分子の主鎖の断裂が起きていない場合でも高分子材料の劣化という現象を引き起こす。やっかいなのはこのケミカルアタックという現象が揮発性の油で引き起こされている場合である。明日は樹脂と油により引き起こされるケミカルアタックに絞り説明する。
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高分子材料の劣化という問題は取り扱いが難しい。例えば加硫ゴムを室内で保存した場合には100年以上その力学物性を維持している、というデータもある。これは保存状態が良い場合である。
銀塩写真フィルムでも保存状態が良ければ100年以上その画質を維持する。保存状態が悪ければ30年前のネガでは退色が起こり、元の色など判別できない場合がある。写真フィルムの場合には見て劣化が分かるが、高分子材料の物性の場合には何らかの試験を行わない限り、劣化状態を知ることができない。
商品であれば品質の基本となる重要なスペックの劣化状態を試験して耐久性を保証する。大抵は商品の使用状態を想定した試験を行う。ここに落とし穴がある。商品に使用される材料一つ一つに関し丁寧に耐久データを一通り揃えておくべきである。手元に無ければ材料メーカーに要求すれば良い。
高分子材料の劣化というと高分子の主鎖の断裂に伴う物性変化を問題にする場合が多い。空気中の酸素や紫外線により高分子の主鎖断裂は発生し、その結果力学物性は低下する。戸外で使用される高分子材料はこの点を配慮し材料設計されている。
ところが高分子材料の劣化としてブリードアウトの問題を取り扱わない場合がある。ブリードアウトを単なる拡散現象として捉え、その対策を行うだけで済ませる場合である。確かに静的な状況ではブリードアウトは拡散現象としてシミュレーションどおりの結果が得られる。ゆえに経時変化の予測を立てやすい。
しかし、温度変化や振動など外部エネルギーが関与するときの高分子内の拡散現象は複雑になる。すなわち静的な拡散速度よりも促進される場合がある。可塑剤の場合にはブリードアウトが促進された場合にクレーズの発生原因となり、そこが破壊の起点となって高分子材料の主鎖の断裂が起きなくとも力学物性の低下が起こる。その他ケミカルアタックおよびその類似現象による劣化については明日説明する。
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自動車用途に使用可能な材料の判断基準はコストである、と先輩社員から教えられた。今はどのように教えられているか知らないが、400円/kgは新素材の目標価格であった。
カーボンが200円/kg前後であり、当時は天然ゴムが合成ゴムよりも高く350円/kgだった。一般のタイヤは400円/kg以下の材料でできていたが、高級タイヤには1000円/kg以上の高価な新素材も採用されることもあり、何を根拠に設定されたのか分からない400円/kgという数字に悩まされた。
材料技術を職業にするつもりで社会に出たが、400円/kgの壁にぶつかった。この価格を目標に新素材を設計するのは容易ではない。新たな生産設備を揃えたならば、固定費がかさみ、新素材を設計するために選択できる原料など無くなってしまう値である。
12年間勤めた会社で、独力でこの壁を超えることができたのは、難燃剤として設計した硼酸エステルだけだった。研究開始から6ケ月で試作段階へ、その後採用された。入社して1年後提案した新規ホスファゼン誘導体ではコストが高い材料研究を行った、という理由で始末書を書かされただけにうれしかった。また、材料メーカーから依頼される新素材評価の業務とは異なる達成感を味わうことができ、その後の進路に自信を持つことができた。
自動車用材料ではコストに苦しむことになるので、電子材料分野の企画を行うことにした。半導体用高純度SiCを有機無機ハイブリッドで合成する新技術について先行投資を受け試作ラインを立ち上げたが、市場が無かったために6年近く死の谷を歩いた。最近ハイブリッド車などに使用されるインバーターにSiCが使用され始めたがこの材料は400円/kg以上の材料である。
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